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己れの意思とプライド

福島第一原発の所長だった吉田昌郎氏が7月9日、食道がんのため58歳で逝去した。

震災翌日の3月12日、1号機で水素爆発が起きた。東電幹部からの残りの事故炉への海水注入中止指示に「今から注入中止を指示するが、絶対に止めるな」と作業員に密かに命じたエピソードがマスコミに再三取り上げらた。自ら「もう死ぬと思った」という現場で発揮された強力なリーダーシップと命懸けの作業に取り組む作業員から最後まで失わなかった信頼に称賛の声が寄せられた。

「現場で詰めろ」「被曝も覚悟で頑張れ」と言い放つ「現場」を知らない東電本店や官邸の右往左往の大混乱を見切りつつ、吉田指揮官は時に怒りを爆発させながらも職務を放棄しなかった。

「これはもうジジイの決死隊でいこうか」「私はあの時、自分と一緒に死んでくれる人間の顔を思い浮かべていたんです」

報道によれば、指揮官が自分と部下達の「死」を考えていた頃、菅直人首相が東電本店に乗り込んで来たという。「撤退したら、東電は100%ツブれる。逃げてみたって逃げ切れないぞ!」テレビ会議で言い放つ首相に、背を向けてスックと立ち上がり、ズボンを下ろし、パンツを出してシャツを入れ直したというエピソードもあったという。東工大の先輩でもある首相への無言の抗議だったのかもしれない。

だが一方で、事故の3年前に東電社内で巨大津波のリスクが試算され、到来の可能性が指摘されていたのに、担当者である設備管理部長としてその対策を見送っていた負の側面も指摘されている。これは組織の一員という立場にいる人には理解できなくもない。たとえ迫り来る最大の危機における傑出したリーダーシップの持ち主でさえも、何もない平時の企業の社内官僚体制にあっては為すべき事も出来なかったのだろうか?

この部分は直接本人から話を聴いてみたいと思ったのは私だけではあるまい。残念至極である。合掌

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参議院選挙の公示から一週間以上が過ぎた。

自公は衆参ねじれの解消に躍起になっているが、結局は大企業優遇と消費増税が目的のアベノミクス、96条を入口に9条改正を窺う議員発議1/2への改憲論議、今や交渉の主導権はおろか大幅な譲歩も辞さないTPP、安全性の確立どころか原因解明すら終わっていない原発の再稼働、そして二の次三の次にされて過去の事に追いやられつつある震災復興について、国民は自公政権の主張を手放しで支持しているのだろうか?

勢いのままに衆参共に過半数を超える議席を制したら、政権与党としては万々歳だろうが、もはやチェック機能は働かなくなる。どんな法案でも採決にさえ持ち込んでしまえば否決はされないのだから、時の権力者にとってこんなオイシイものはない。

改憲について安倍首相は言った。「国民投票があるから、1/2の議員発議になっても国民の意思を軽んじる事にはならない」 本当だろうか? 国民投票を国政を始めとする数々の選挙に当てはめてみたらいい。有権者、とりわけ無党派層の若者の投票率の低さは目を覆うばかりである。この状態で国民の総意が計れるだろうか?

おまけに国民投票による過半数の判断基準は曖昧で、安倍政権は最も母数の多い「総有権者数」にする気などさらさらなく、「総投票数」はおろか、最も母数の少ない「有効投票数」を基準にするつもりなのだ。棄権はもちろん白票や抗議票も母数から除外される。その上、投票率がいつもの選挙ような40%台だったらどうなるだろうか? 結局、支持政党の組織票と改憲で利する一部有権者の票で決まってしまう公算が大なのである!

アベノミクスの恩恵とやらが自分に返ってこないうちに消費増税に賛成する有権者はいないだろう。昨年の衆院選挙で自公のほとんどの候補者が反対と言っていたTPPも今や首相の声に乗って総員前のめり状態である。核のゴミ処理問題に全く光明が見えないのに原発再稼働やら原発輸出やらに賛成するのはどういう人種かも想像がつく。

民主主義のあるべき姿としてねじれというものは存在するはずである。かと言って、反自公票や批判票の受け皿であるべき野党の足並みも覚束ない。一票を投じる先がないのなら、いっそ棄権しておくか?

バカを言っちゃいけませんよ!

有権者が選挙において一票を投じるという行為は、この国に生きる国民としての意思表明の大きな機会であり大切な手段であるのは論を待たない。だが民主主義が個人の意思の巨大な集合体であるがゆえ、その結果が必ずしも個人の思い通りにはならないのは当然である。だから自分の投じた一票にただ結果だけを求めてはならない。

そこにあるのは国民として一票を投じた瞬間、それまでの傍観者から厳然たる当事者の一員となったという矜持=プライドなのである。選挙権を持った大人の誇りと言ってもいいだろう。

人として誇りを失ったら生きていく意味も薄れるだろう。有権者として選挙権を放棄したら国民としての存在意義も薄れてしまうのではないだろうか? 「有権者はそのまま寝ていろ」とのたまった権力者がまた笑う事になるだろう。

来る投票日には、己れのプライドに懸けて必死に投票先を見極め、必ずや国民としての意思を表明しようではないか!




戦い済んで気がふれて?

先日の衆議院解散と暴走老人のと知事辞職を受けて総選挙&都知事選挙が公示され、先日の日曜日がその投票日だった。

朝の8時過ぎに投票を済ませた後は、ここまで2週間に渡って続いて来た全国研修ツアーの合間の貴重な休日に身も心も委ね、しかしながら夜ともなれば神戸空港行きの最終便で再び研修ツアーに赴いていた。落ち着いて選挙速報を見られたのは午後10時を回った後の事だった。

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いくつかのチャンネルをザッピングしながら、徐々に明らかになる当落情報。ハッキリしていたのは民主党の壊滅にも等しい大幅議席減の惨状と予想を超える自民党の大躍進の姿だった。政権交替で盛り上がった3年半前の真逆の光景、見方によっては先祖帰りへの巻き戻しの光景だった。

民主党は政権交代時こそ308議席の大躍進をみたものの、途中で78人もの離党が生じ、結局230議席に減じた。それが今回の選挙で何と57議席(しかも全候補者が比例との重複立候補だったのでゾンビ議員を含めて)に激減した。

自民党は改選時119議席だったが、何と2.5倍の294議席に大躍進。10議席を増やした公明党と併せて325議席と、2/3超の大勢力となった。これで法案が参議院で否決されても怖くも何ともないし、場合によっては憲法改正案の議決すら可能となったのである。

話題を集めたものの、次第に馬脚を晒した形っとなって結局まとまらなかった第三極。地方議員と既成政党からの鞍替え組の「日本維新の会」は11議席から54議席に躍進したものの、直前の石原新党「太陽の党」との合体が賛否を呼び、思ったほど支持が得られなかったのは橋下徹代表代行の顔を見れば明らかである。すでに首班指名で石原慎太郎代表と見解の齟齬が出始めている。

すんでのところで合体を回避した「みんなの党」は18議席と10議席を伸ばした。それでもこれほどの自公大勢力の前では、もはやキャスティングボートすら握れない弱小勢力だろうけど。

小沢一郎党首の起死回生の一打が裏目に出た「日本未来の党」。民主党離党組の62議席がわずか9議席では、単なる読み違えでは済まされないだろう。影響力の衰退と共に小沢時代の終焉を物語っていたように思えた。彼について行って討ち死にした者の恨み節が聞こえて来るようだ。嘉田代表の言動に確固たる政策の基盤が見て取れなかった事も支持が伸びなかった一因と思われる。

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…それにしても、負けるにしても負け方というものがあるだろう。

民主党の現役閣僚で戻って来たのは野田総理を始め岡田、前原、枝野、玄葉、そして安住の6閣僚のみ。現役官房長官の藤村修、常勝を誇った田中真紀子文科相、元総理の菅直人(彼は比例復活)でさえ選挙区選挙で敗れている。

事ほど左様に小選挙区選挙は厳しいという事だろうが、野田総理が選挙戦でしきりに訴えていた自民党批判は、却って自らの首を絞めたのではなかろうか? 国民は民主党政権に批判の意を表したが、だからと言って必ずしも自民党に盲目的な支持を寄せたわけではなかったのだから。

その自民党は大型公共事業と金融緩和を経済政策の柱に据えている。また憲法改正を宣言し国防軍を認め、強気の外交政策を取ろうとしている。原発維持・推進にも肯定的だ。自民票がいくら反民主の意思表示だったとしても、大人の国民として一切の抑制を利かせる事もなく、一気に流されてしまう国民性というか民度というものに、たまらない危機感をおぼえるのである。

はたして民主党政権あらずばこれほどの流れが生じただろうか? 有権者は本当に自民党の主張を容認・支持したのだろうか? 戦後の長期政権で甘い汁を吸って来た自民党が、初代投げ出しの安倍氏が本当に変わったのだろうか?

たった一度の選挙によって2/3の勢力と権力を与えた我々国民にその答えが返される日は遠くない。




解散はしたけれど・・・

今月も12月の全国研修ツアーのコンテンツミーティングや営業スキル研修、果ては全国の薬剤師を対象とした講演会などバタバタしていたら、あっという間に上旬・中旬を通り越して下旬に差し掛かってしまった。

内閣改造で就任した直後の田中「暴走大臣」真紀子文科相による唐突な3大学認可撤回発言。ヤリ玉に挙がった札幌医療大、秋田公立美大、岡崎女子大について、正直、四年制大学の設立意義の段階で「?」がなくもないが、校舎建設や教員・生徒募集を正式認可前にやっちゃってるのも「?」である。この業界、見切り発車オーライが慣習とでも言うのか。

14日の党首討論で、野田首相は半ばエモーショナルに2日後の16日解散を言明した。慌てた安倍総裁が「16日選挙でいいんですね? 約束ですね?」と、今度はまだ公表されていない12月16日の投開票日を思わず口にしてしまうというデキレースの馬脚を晒した。もっとも、両者の間に全く事前の情報交換がなされず、完全ガチだったなどと信じて疑わない純粋無垢な人間はいないだろうが。

ともあれ、これで3年半に及んだ民主党「ガッカリ」政権の幕が下ろされた。

いつのまにかマスコミから第三極と呼ばれていた橋下「大阪維新の会」は国政進出のために「日本維新の会」と改称した。週刊朝日による出自暴露記事騒動もあったが、その超タカ派的政策にはネットを中心に賛否両論が生じ、思ったほど政党支持率が伸びて来ない。

古くは安倍に始まり、東国原、中田、投げ出し三兄弟に続けとばかり、石原「暴走老人」慎太郎も知事の職を投げ出して、立ち枯れ日本の爺さん達と合流。これで投げ出し四兄弟となった。

返す刀で今度は党名を「太陽の党」へ「改称」した。まるで万博。立ち枯れ日本を「解党」したわけじゃないので、12月分の政党助成金4000万円超はもらい逃げとなる。そして早々と維新の会に吸収合併させたモンだから、一つの政党が消滅した形となる。こりゃ不正受給そのものじゃないのか?

一方で小沢一郎の「国民の生活が第一」を軸として「きづな」「新党大地」などを巻き込んむ動きを見せ、これが別枠の第三極、いや第四極となるようだ。

解散と同時に慌ただしくなったそれらの動きに伴って、与党民主党からの脱北者ならぬ離党者が後を絶たない。

この3年半でかれこれ70名以上が離党した計算になるが、遂には単独過半数割れのところまで来たようだ。与党議員として国民の審判を受けるでもなし、離党者がそれぞれ口にする、理念や政策が党と違ったなどというセリフ、いったいどの口が言うのか! 間違いなく自分の選挙しか頭にないだろが!

自民党政治に呆れ、政権を委ねた民主党に失望した有権者は、では第三極、第四極を選択するかと言えば、それは早計に過ぎる。

論点は消費増税、TPP、原発と言われるが、どの政党も到底一枚岩ではない。それぞれのテーマに賛否両論が渦巻いている。それよりも危急の課題であるはずの震災復興を真正面から取り上げるところはもはや皆無と言っていいし、同じく危急の課題であるはずの経済政策や外交問題、果ては社会保障問題でさえトーンダウン気味ではないか! オスプレイ配備や普天間基地移設問題なんてどこへ行ってしまったのか?

聞こえてくるのは、もう総理大臣になったつもりでいる安倍の浮ついたシュプレヒコールや、二言目には前へ進むか後へ戻るかしか言わない野田、そして弁舌巧みに聞こえの良い言葉で絵に描いた餅を語る橋下ばかり。

その陰で橋下は利用したのか利用されたのかとウワサがかまびすしい、日本維新の会代表となった石原の姿。選挙後の情勢次第では、彼は安倍自民との連立をしてまでも短期の総理就任を企てていると私は見ている。

原発一つとっても主張が異なるこの合併は野合の誹りはまぬかれない。でも既存政党の面々だって出処、主張はさまざま、これとて野合と言われれば否定はできまい。

いずれにせよ、来るべき投票日には有権者は選挙を通じて意志表示をする義務と責任を負っていると思う。

もしも明確な選択肢が見つからないのなら、コイツだけには国政を担って欲しくないと思う候補者や政党以外へ意思表明としての一票を投じようではないか。今回の選挙では、いつにも増して絶対にしてはならないのは「棄権」だという事を心得ておきたい。この日本、今はそれだけ重大な岐路にある。

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訃報もいくつか。

10日は元クレージーキャッツの桜井センリ氏、女優の森光子さん。奇しくも一年前に逝去した森繁久彌氏と同じ命日だった。15日は政治評論家の三宅久之氏。諸行無常。合掌





有終の美があった!

男子サッカーの3位決定戦は、韓国に敗れて銅メダルは獲得できなかった。

全体的に選手の動きが悪く、パスの精度もイマイチだった。精神的な落ち込みに加え披露の蓄積があったのだろうか? でもそれは相手も同じだから言い訳にはならない。次世代のA代表を背負って立つ若い彼らには、ぜひこの経験を生かして精神的にも成長して欲しい。必ず明日は拓けるから。

その仇を取ったのが女子バレー。ここでも大和撫子は強かった。韓国を撃破して堂々の銅メダル! 韓国のエースのキム・ヨンギョンがけっこう可愛いかったのが喜ばしい発見だった。いやいや、そんな余裕をカマせるほど安心して見ていられる試合だったという事である。

ロンドンオリンピックも最終日、ここで日本は有終の美を飾った!

まずはボクシングミドル級の村田諒太が見事に48年ぶりの金メダル! 大接戦の末、最終ラウンドの大逆転での勝利だった。

彼の奥さんがマスコミによく取り上げられていたが、驚いたのは自宅の冷蔵庫に「金メダルを取ることができました」との張り紙をオリンピック前から貼っていた事だ。この奥さんは目標達成の有力手段である「紙に書いて貼って見る」を実践していたんだと感心した。これってリッパな成功哲学だよ。ダンナも奥さんもおめでとう〜!

そしてレスリング66kg級の米満達弘が24年ぶりの金メダルをもたらした!

彼のスゴいところは、試合を見ていても負ける気がしないほど強く安定しているところだ。組み合わせで優勝候補がことごとく彼のブロックに入り、それらを撃破しての優勝というのも金メダルの価値を高めた。事実上の最強王者である。グッジョブ!

これで日本は37個だったアテネ五輪を凌ぐ、史上最多38個、通算400個のメダルを獲得した。ただし、金メダルを予定されていた競技は、そのほとんどが銀や銅以下となってしまったのが悔やまれるが、一生懸命やった選手は立派だった。

男子マラソンは中本健太郎の6位入賞の他は惨敗と言っていいだろう。「2週目までは寝たふりをして3週目から勝負」とうそぶいていた藤原新は、序盤で力を使い果たしてガス欠の45位。女子を含めて日本のマラソン界は今、谷間の時代なのかもしれない。いみじくも、あの有森裕子は練習量の不足を指摘した。量だけでなく質にも問題があったかもしれないが、一番の課題は執念と見た。

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男子サッカーで日本に勝った韓国のパク・チョンウが、コーチらしき人物から渡された「竹島(独島)は我々の領土」とハングルで書かれたプラカードを掲げてピッチを走ったとして物議を醸している。これは、オリンピックに政治的メッセージを持ち込まないという五輪憲章の明らかな違反行為であり、不愉快極まりない蛮行である。

しかも一時は得点後のパフォーマンスもやるつもりだったというから悪質である。

内政に追い詰められた大統領の分別ない竹島上陸行為といい、どうして韓国人は感情を抑制できずに蛮行に走るのか? やればやるほど、自分達は民度の高い民族ではないと世界中にプロパガンダする事になるんだと気づかないのだろうか?

帰国した空港とその後の会見に彼は姿を現さなかったらしい。やりたい放題やっておいて、今度はIOCが調査に乗り出しメダル剥奪や追放の可能性が出て来たら、お得意のトンズラ雲隠れかい! そういうのをチキン野郎って言うんだよ!

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さて、明日からの1週間は、月末に控えている大学担当者研修のためのコンテンツ作成が始まる。これはあくまでも私の分担セッションのコンテンツであるから、まったくの個人作業である。

だから、同僚たちがお盆休みや夏休みを取り、わざわざ高い料金を払って海外旅行へ行ったり、わざわざ大混雑の道路や鉄道で帰省するのを妨げるものではないのを断っておく。ちっとも羨ましくないぞ〜!

願わくば、営業部隊も休みを取るだろうから電話問い合わせもなく、まるで図書館のような静けさの中で、一日も早く神が舞い降りて完成できる事を。





充実の一夜と不法侵入

いやぁ〜、一晩でついつい40回以上もつぶやいてしまったわ。TVにTwitterにとホント忙しい一夜だった。でも充実した一夜だったぞ!

女子レスリング55kg級の吉田沙保里、72kg級の浜口京子、そしてなでしこジャパン決勝、女子バレー準決勝と今大会最大級の盛り上がりだった木曜日の夜から金曜の朝にかけての時間帯。ここは時差など吹き飛ばす気合で応援するのが日本国民の心意気ってなモンである。

まずは吉田沙保里。昨日一足先にオリンピック3連覇を達成した伊調馨に続き、吉田も得意な高速タックルやサバキを交えた貫禄の戦いぶりで危な気なく勝ち進む。決勝の第2ピリオド終了の笛が鳴った瞬間、そこに涙はなかった。オリンピック3連覇、世界大会12連覇の偉業達成の歓びを満面の笑みと共に表わす彼女に、最高の「オトコマエ」を感じたのは私だけではないだろう。アッパレ!

浜口はプレッシャーがあったのだろうか、勝てる試合を落としてしまい、初戦敗退となってしまった。その彼女に、目に涙を浮かべながら敢えて厳しい叱責をした父親のアニマル浜口氏と情で娘をいたわる母親との公開夫婦ゲンカに溢れる愛情に囲まれている彼女が見えた。メダルよりも大切なものがある。

夜更けの大一番はなでしこの決勝戦 。相手はW杯で死闘を演じ、リベンジに燃える世界ランク1位のアメリカ。

前半早々8分にMFロイドの飛び込みヘッドで先制されたのは計算外だと思うが、FKからペナルティエリア内での相手のハンドを主審が見逃したり、反則でもおかしくない相手のラフプレーにも耐え続けるなでしこの健気さはこの日も健在だ。

だが、運命は皮肉にもアメリカに追加点を許してしまう。後半9分、先制点と同じMFロイドの鮮やかなミドルシュートだった。それでも決して諦めずに闘志を燃やすのがなでしこの真骨頂だ。全員で引いて守るアメリカに対して粘りの攻撃が続く。

そしてその時が来た。後半18分、澤と大儀見の波状攻撃がついに相手ゴールを割り、1点を返した。さあ、ここからだぞ〜!

シュートがバーに当たったり、キーパーと1対1に持ち込んだ絶好機にはGKソロのファインセーブに阻まれたりとアンラッキーもあったが、無情のホイッスルは思ったより早く訪れてしまった。

試合運びとしては悔いの残る部分もあったかもしれないが、男女を通じてのオリンピック最高メダルの銀、W杯からの大躍進には日本中が賞賛の拍手を惜しまない。堂々の銀メダルだ! おめでとう〜!

で、その頃、女子バレーも残念ながらブラジルに完敗し、韓国との3位決定戦に進んだ。そういえば男子サッカーの3位決定戦の相手も韓国という偶然。

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折りしも今日の午前、内政における求心力の衰えたレームダック、イ・ミョンバク韓国大統領が竹島に不法侵入した。他人の家に勝手に上がり込み、ここは自分の家だと主張し要塞のような建物を建てた挙句に自国旗まで掲揚している韓国。今度はそこに制止を無視して上がり込む国政の最高責任者の姿には、怒りを通り越して哀れすら感じる。

日本は島国である。そのアイデンティティとも言える大事な島々をロシアや中国、韓国などに蹂躙され、本来なら領空侵犯、領海侵犯の重罪であるはずの相手に、日本国政府はせいぜい「遺憾の意」なのも如何なものか? せめて威嚇行為でもしておかなければ、今後も空から海からやりたい放題にされるぞ!

こんなヘタレでは内政も外交もメタメタにもなろうってなモンである。日本国のメルトダウンも近いと見た。こうなったら早く海水注入して冷温停止に持って行こうじゃないか!





アッパレ! 大和撫子

何せ大和撫子たちがスゴいのである。

まずはなでしこジャパン。準決勝でフランスを2-1で下した。その結果、日本は史上初めてとなるメダルの獲得が確定。決勝はW杯と同じアメリカと金メダルを目指して戦う事となった。だが、このフランス戦はタダでは済まない壮絶な戦いだった。

ブラジル戦と同様のスターティングイレブンで臨んだ日本は、フランスに攻め込まれるシーンもあったものの、バックス陣の奮闘で抑え続ける。32分、宮間のセットプレーから大儀が詰めて日本が先制! さらに49分には、再び宮間から阪口が頭で合わせて2点目をゲット! これで万全! のはずだった。

しかし日本は、得点を奪いに来たフランスの強烈なプレッシャーに曝され、76分にて1点を返されてしまう。さらにその2分後、何とPKを献上してしまい絶体絶命のピンチを招く。だが、ここまでのGK福元のファインセーブがキッカーにプレッシャーを与えたのか、シュートが枠から外れ、日本は奇跡的に失点を免れた。

そこからのフランスの猛攻はまさにボコボコ状態。シュート数が実に27本対4本と圧倒されたものの、執念の組織力で守り切ったなでしこは遂に勝利をもぎ取ったのだった! これを死闘と呼ばずして何と呼ぶかってなモンである。アッパレ アッパレ!

卓球も負けてはいない。史上初めて進出した女子団体決勝で、日本の福原愛、石川佳純、平野早矢香は中国に0-3で完敗した。相変わらず世界一の壁は厚かったが、団体戦でガッチリ結束した3人は晴れやかに銀色のメダルを輝かせた。もちろん日本卓球史上初の快挙だ!

第1試合で福原はシングルス金メダルの李暁霞に、第2試合では石川も同銀メダルの丁寧に敗れた。第3試合で石川&平野のダブルスも力及ばず、世界一への挑戦が終わると福原は笑顔でチームメートをねぎらった。卓球で初めて見る爽やかな光景だった。アッパレ!

女子バレーも続く。準々決勝で日本が中国を3-2の大接戦で破り、ソウル五輪以来24年ぶりのベスト4進出を決めた。試合はもつれて最終セットに突入すると、ここも終盤までもつれる展開に。お互いにマッチポイントを凌ぐ接戦が続いたが、最後は中道瞳のサーブが中国レシーブを崩して、熱戦に終止符を打った。

エースの木村沙織は江畑幸子と共にチーム最多の33得点をマーク。試合後は「この1勝が本当に大きい」と振り返った。それまでの経過からみれば、これも奇跡の1勝と言えるだろう。次は世界2位のブラジルとの準決勝だが、もう一度奇跡を起こしてくれ!

大和撫子と言えば柔道とレスリングが代名詞。

63kg級では、初戦から順調に勝ち上がった伊調馨が決勝で景瑞雪を破って、オリンピック3連覇を達成した。今夜は55kg級の吉田沙保里も3連覇をかけて出陣するが、それに先駆けた偉業達成は、女子レスリングの金メダルラッシュに幸先の良いスタートとなった。

遅咲きでも、見事な大輪の花! 何と31歳でオリンピック初出場となった48kg級の小原日登美は、決勝でスタドニクを逆転の2-1で破り、悲願の金メダルを獲得した。喜びに顔をくしゃくしゃにして涙を流した彼女には波乱万丈の歴史があった。

実は世界選手権で頂点に8度も立ちながら五輪には縁がなかったのだ。かつては51kg級で戦っていて、世界選手権では初出場の2000年から同級で計6度も優勝。2004年のアテネ五輪で女子レスリングが正式種目に採用されたものの、51kg級は実施階級にならなかった。

そのアテネ五輪前、彼女は苦渋の決断を迫られる。妹のいる48kg級に階級を下げるか、女王吉田沙保里が君臨する55kg級に挑むか。結局、妹とは戦いたくない、女王を倒したいと吉田に挑んだが完敗して引退。再びマットに戻ったものの、北京五輪の選考でも無敵ロードを突っ走る吉田に跳ね返されてニ度目の引退を決めた。吉田とは実に通算17戦17敗だった。

だが、彼女はそれで終わらなかった。引退した妹に五輪の夢を託され、48kg級で現役復帰したのは2年前。新たな階級で2010〜11年の世界選手権を連覇し、今回の金メダルに繋げていったのである。レスリング人生の集大成として位置付けた夢舞台のマットを精いっぱい満喫した。アッパレ〜!

まるで柔道48kg級の福見友子と同じような万年No2に甘んじた歴史に耐え続けた執念が、この大舞台で大逆転を演じさせたのかもしれない。思い切り流した涙が絵も言われぬ美しさを放っていた。

イマイチ続きの男子を尻目に大和撫子たちがスゴいのである。

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さてさて、直前でプログラムにちゃぶ台返しが生じてしまった専門営業部隊の2日間研修も何とか終わった。

それまで15分の連絡事項だけが予定されていた私の担当製品のセッションが、先週いきなり3時間以上の研修に変更されたのだ。当然の如く十分な準備時間はなく、マーケ部門と必死にコンテンツを組み上げてようやく間に合ったという次第。もはや受講者の満足度が低いのは覚悟の上だった。

今月下旬には、2日間の大学担当者研修が東西2会場で実施されるが、そのコンテンツは来週のお盆期間を返上して取り組むつもりでいる。この期間のオフィスは、たぶん図書館並みの静けさだろう。

その前に、今夜から明日の未明にかけて女子レスリング、なでしこ、女子バレーの決戦が立て続けにある。さらなる大和撫子快挙の歴史的証人の一人となるために今夜こそ眠れない、いや眠らない覚悟である。





オリンピックに見え隠れ

どうなる事かと思わされた柔道の金メダルは、女子57kg級の松本薫が闘争心剥き出しのファイティングスタイルで見事に獲得した。日本人選手の金メダル第1号もあって全国で喝采の声が上がった。さまざまな思いを抱えて燃えた彼女のスタイルには好感が持てた。

柔道は日本のお家芸と呼ばれて久しい。だがポイント制導入や度重なるルール変更などもあり、国際試合などを見ていると武道としての面影は薄くなる一方で、むしろ形を変えたレスリングのようなスポーツ格闘技という印象を強く受ける。

そんな状況の中で、柔道発祥の国というアドバンテージがどこまで存在するのだろうか?

武道としての柔道は、試合において相手を制し「一本」を取る事を至上の目的とする。だが現実の国際試合は「効果」こそ廃止されたものの、「有効」「技あり」などの技のポイントは、一方で指導などのマイナスポイントの積算と表裏一体である。延長戦はそれらを持ち越した上でのゴールデンスコア方式となる。その意味で、武道家寄りの選手が多く参加する国内試合よりもドライな部分がある。

もはや一本か否かという単純な戦いではない。

いかにポイントを積み重ね、その一方で指導を食らわないように審判にアピールするかの戦術マネジメントが勝利へのカギとなると言っても過言ではない。一本はその延長線上にある。野球で言えば、ヒットの延長線上にホームランがあるのであって、初めからホームランを狙うのが目的ではないのと同じである。

武道家らしく闘志は内に秘め、感情を表に出す事なく試合に臨むというスタイルも考えどころである。

格闘技は人間対人間の協議であるゆえ、相手の表情や一挙手一投足は対戦相手のみならず自分のモチベーションにも影響する。マナーとしての礼儀は遵守した上で、もっとアグレッシブになってもいいのではないだろうか? 凛とするばかりが能じゃないと思うのだが。

そして何が何でも金メダルもなかろう。もはや日本は金メダルが当然と言えるアドバンテージなどないのだから。

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こちらもどうなる事かと思わされた体操も、内村航平が個人総合で金メダルに輝いた。

団体戦では器具メーカーによる仕様の違いに当初は惑わされた感もあったが、個人戦となれば落下などのミスもなく跳馬と鉄棒では着地もピタッと止めた。彼は言葉とは裏腹に結構ナイーブで、仲間に気を遣う団体戦よりも自分のみの世界で戦える個人戦の方がより実力を発揮できるタイプだったのかもしれない。

「北京五輪では中国チームの金メダルを羨ましく見ていた。ロンドンでは金メダルを欲しいと思った」と語っていたが、これで見事に言行一致が達成できた。おめでとうの言葉と共にリオデジャネイロでの連覇を早くも期待したい。

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北島康介は残念ながら平泳ぎ100m5位、200m4位と共にメダルには届かなかった。代わって200mで立石諒が北島を制して銅メダルに輝いた。年齢的なものもあったと思うが、コーチを替えて結果が出なかった北島に、マラソンの高橋尚子の姿がダブって見えた気がした。

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男女サッカーが順当に決勝ラウンドに進んでいる。

ところが、共に予選リーグの最終戦で決勝トーナメントの対戦上有利な2位通過を狙ってレギュラーメンバーを相当数入れ替えて臨んだ事にマスコミで批判の声が上がっている。奇しくもバドミントンダブルスで同じような事態が起き、無気力相撲ならぬ無気力試合として関わった4組が失格処分を受けた。

ならばいっそ、決勝リーグや準々決勝以上の試合は組み合わせ抽選でもやればいい。あるいは同ブロック同時スタートでもいい。でなければ、よりメダル獲得の可能性の高いブロックを意識的に目指すのは戦略として当然じゃないか!

ちょっと考えればわかりそうなものである。それなのに何も対策をしないからそういう試合が出るのだ。それでいて「勝たない試合」や「わざと負ける試合」に文句を言ったところで始まらないだろうよ。

オリンピックは参加する事に意義がある、なんて絵空事を未だに信じてるオメデタイ輩がいるとは思うまい。





オリンピックもオレもガンバレ!

足跡のCGや口パクなどの中国らしさで印象的だった北京オリンピックからもう4年。時の速さをこんなにも感じさせられつつ、一昨日ロンドンオリンピックが開幕した。

彼の地との時差は8時間、この先、ドイツW杯の時のように寝不足の日々が続くのだろう。

さて、ポールマッカートニーの「Hey Judo」でフィナーレを迎えた開会式に先立ってスタートした男女サッカー予選。なでしこ初戦はカナダ戦に勝利、男子は何と優勝候補スペインに勝利するという幸先の良いスタートとなった。なでしこは次戦のスウェーデン戦にも引き分け、早くも決勝トーナメント出場を決めた。女子バレーも順調なスタートを切っているようだ。

競泳でも作新学院3年生の萩野公介は、400m個人メドレーであのマイケル・フェルプスに勝って日本人初の堂々の銅メダル! 五輪三度目の正直となる女子重量挙げ48kg級の三宅宏美は、日本新記録で銀メダルを獲得した! おめでとう! アッパレだ!

半面、男子柔道60kg級の平岡拓晃は、北京五輪のリベンジに燃えて金を狙ったものの決勝で不覚を取り、惜しくもと言うより残念な銀メダルに終わった。女王谷亮子に二度も勝ちながらも代表に選ばれない10年間の末、特別な思いと共に初代表となった女子柔道48kg級の福見友子は、準決勝、3位決定戦に敗れ、これまた無念な5位だった。インタビューでの一言一言が、彼女のこれまでの思いが如実に現れていた。なあに、次もあるぞ!

あの栄光の架け橋を地で行ったアテネ五輪以来の金メダルを狙った体操男子団体戦予選。個人種目でも金メダルが確実視されている内村航平。鉄棒と鞍馬で痛恨の落下、初代表の18歳日本は団体予選3位に甘んじてしまった。個人総合と種目別のゆかで決勝進出は果たしているが、大会前の余裕の発言と結果のギャップに、バッシング好きのマスコミから批判が集まってしまうかもしれない。ここから挽回だ!

オグシオで国民を沸かせたのももう昔、戦う前から五輪後の引退を公言していたバドミントンの潮田玲子もミックスダブルスの初戦で黒星。ブログでのJリーガーの彼氏へのコメントも含め、これもツッコまれるかもしれない。

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さてさて、私にもノンビリとした夏休みなんて来そうにない。

今月初めの専門営業部隊の研修、続いて定例の全国研修ツアー11会場、途中で京都で説明会、さらに明日から中途入社社員研修4日間と続き、8月に入っても再び専門営業部隊の研修、下旬には大学担当者研修2会場が待っていて、9月初旬からは再び全国研修ツアーが始まる。

それまでの時間はひたすらコンテンツ作成&予演会に費やされる。お盆もヘッタクレもない。いや、むしろ帰省すべき田舎が無いのが幸いなくらいである。

唯一怖いのは体調を崩す事。夏バテ防止には意識的にニンニクやショウガを摂るのがコツだ。毎年この時季は黙っていても食欲は落ちてしまうが、無理してでも食べる事にしている。ニンニクはパスタやラーメンなどで、ショウガは刺身やウドンなどがいいだろう。

今日の夕方から中途入社社員研修の会場となる成田のホテルに例によって休日前泊移動する。成田と言えば、バツグンに美味い居酒屋「まちのや」がある。せめてそれをモチベーションに灼熱の日々を乗り切って行こう!





ここまで民意を無視されて

あらあらこりゃこりゃと言ってるうちに一年の半分が終了していた。

明日から始まる専門営業部隊の研修と全国研修ツアーのためのミーティング、コンテンツ作成、そして予演会などで、例によって侃々諤々の日々を過ごしていたら6月のブログエントリがたった3つで終わってしまった。mixiやFB 、Twitterなどに分かれているそれぞれの相手に、さまざまなテーマをチョイスしては書き込んでいるのが、良くも悪くも自分からブログエントリを遠ざけていたのかもしれない。

そうこうしているうちにも世の中は進んでいた。

先月26日、消費税増税法案など社会保障と税の一体改革関連法案は衆議院本会議で可決された。この結果、消費税率は来年の4月に8%、再来年の10月に10%と段階的に引き上げられる事になる。おかげで、ウチの部署のグータラKやI子のような借り上げ社宅の自己負担金が大幅に上がる連中が、本気で自宅の購入を考えなければならなくなった。消費税8%、10%ともなれば、3千万円の物件でも軽く車一台分の税金が掛かる事になるからである。こりゃタマらんわな。

社会保障との一体改革と言いながら、その部分は先送りしながらの増税決定は反発も大きい。政権交代マニフェストで4年間は消費税議論はしないと言っていた民主党は、この一点で公約違反だ。それゆえ小沢一郎をはじめ、反対票を投じた民主党衆院議員57名には大義がある。本日、そのうち38名と参院での反対者12名の計50名が離党届を提出した。党議拘束に従わず、反対の意志を示したのだから、これは当然である。堂々とすればよろしい。

逆に賛成した議員を有権者はしっかり確認して、次回の選挙の判断材料とすればいい。

消費税増税賛成者氏名

当選回数の少ない議員や選挙地盤を持たない比例当選議員などは、党からの公認や資金がないと次がないので、心で反対でも賛成票を投じざるを得ない。それよりも、マスコミで庶民の味方を装っていながら賛成票を入れた民主、自民の有名議員どもを我々はしっかり覚えておくべきである。また、反対しながらも離党を怖がる自己矛盾議員どものバカ丸出しのヘタレぶりも記憶に留めておこうじゃないか!

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昨日午後9時、大飯原発3号機は約1年3カ月ぶりに原子炉が再稼働した。これにより、5月5日から始まった全原発停止はわずか2ヶ月弱で終わった。今朝には連続的核分裂が安定した状態になる「臨界」に達し、早ければ4日にも送電が開始され、8日にもフル出力に達する見通しだという。

大飯原発再稼働問題に際して野田総理は「私の責任で判断する」と発言。仙谷政調会長代行、枝野経産相、細野原発事故担当相、古川国家戦略担当相、齋藤官房副長官の「5人組」も節電要請が始まる7月2日より前の再稼働に向け必死だった。特に、仙谷などは「全原発を停止すれば、日本が集団自殺をするようなことになってしまう」と語り、多くの国民の反発を呼んだ。

数万人に及んだ首相官邸前のデモ、再稼働現場の大飯原発での抵抗活動は、ほとんどのマスコミがスルーを決め込んでいた。これではまるで中国か北朝鮮である。東電などの電力会社の株主総会では、脱原発関連の株主提案はことごとく全否決。国から1兆円を受け取った東電が事実上国有会社となったが、この金はもちろん税金だし、その上電気料金の値上げを国民に課し、おまけに消費増税と来たモンだ。

消費税法案の採決では、増税の暁には財政がプラスではなく安定するだろうというだけの思惑で、200兆円に及ぶ公共事業を始めとする社会保障以外への使途を可能にする法案文書が記載されていたのである。見事にドサクサ紛れの霞が関文学の完成である。

2010年の参院選で民主党は、輿石幹事長、蓮舫前行政刷新担当相、田中直紀防衛相、北澤元防衛相、江田五月前参院議長、柳田元法相、福山哲郎元官房副長官ら47人が電力総連が応援する候補者として機関紙に顔写真入りで取り上げられ、ほぼ半数の24人が当選している。こいつらも忘れないように。

有権者よ、こんな政党に政権を預けたままでいいのか、国民の多数が自ら選択したこの結果を肝に銘じて考えてみようではないか!





またも首のすげ替えだ

1月の内閣改造時に野田首相が豪語した「最善かつ最強の布陣」だったはずが、たった5ヶ月後の昨日、早くも2度目の内閣改造に踏み切った。この改造により交代するのは、問責された2人の大臣を含めた5人の大臣で、残り13人の大臣は留任する。問責大臣を更迭する決断力もなく、いわば更迭隠しの改造劇である。

問責大臣の1人である前田武志前国交相は、4月の岐阜県下呂市長選で、特定候補への支援を求める文書を事前配布したとして問責決議を突きつけられた。これは公務員法違反の疑いが濃厚で、本来は更迭すべきだった。そうこうするうちに、自民党時代に凍結されたはずの新名神高速工事を再開する愚挙にも出た。

後任にはバカボン首相と言われた羽田孜氏の息子羽田雄一郎参院国対委員長という事だが、この御仁も今まで全く無名の存在だったから良く分からん人材だ。

民主党政権になっていつの間にか6人目の法相となっていた小川敏夫法相法務大臣は、国会で競馬サイトを閲覧していた件が有名だが、昨日の退任会見で、小沢一郎氏の政治資金規正法違反事件の捜査報告書に虚偽記載したとして告発を受け、検察当局が進める地検特捜部の田代政弘検事に対する捜査が消極的だとして、今年5月に指揮権発動を検討したが、首相の了解が得られず断念したと曝露した。

7人目の法務大臣にはすでに引退宣言をしている滝実法務副大臣が昇格するという不思議人事。冥土の土産、いや最後の花道のつもりか?

在日中国大使館一等書記官によるスパイ疑惑に関わって機密文書漏洩疑惑が取り沙汰されている鹿野道彦農水相と筒井信隆農水副大臣が退任し、農水相には郡司彰元農水副大臣が起用される。自民党が徹底追及の構えを見せているというが、そうでなくてもワキが甘すぎる。スパイからすれば日本なんて情報取り放題の天国のような国だろう。

さて最大の問題はここだ。

問責大臣2人目の防衛大臣には、森本敏・拓大大学院教授が任命された。防衛担当の大臣の民間からの任命は異例である。民主党内では「一川保夫氏、田中直紀氏と2人続けて『素人閣僚』が失態を演じたのだから、即戦力の専門家に頼るのは仕方ない」との声があると言うが、世間的には評論家かせいぜい学者という認識でしかない。国家防衛上の問題が勃発した時に責任が負えるのだろうか?

森本氏は元々は航空自衛隊出身で、集団的自衛権の行使を主張して来た改憲論者である。その起用は、彼の主張に近い自民党に対して明らかに秋波を送っているように映る。また名うての新米派(新米ポチ)で、こじれた日米同盟の強化、その象徴である普天間基地問題を進められる専門家というポジショニングである。

さらに彼の起用には中国ははじめとする東アジアを牽制する意味もあり、返す刀でTPP参加も推し進めようとしているのが透けて見える。とはいえ、総選挙は近いので彼の任期も短かい。したがって今、彼がどんな能書きを垂れようが、所詮はいつか書くだろう彼の著書にネタを提供するだけの事である。

政権交代当初、「4年間は上げない」と約束した消費税引き上げ。その舌の根も乾かぬうちに3人目の首相が、反対する小沢一郎氏との2度の会談という、いわば「儀式」を終え、自民党と手を組んでまで実現しようと血道を上げている。まるで妖怪の如く現れては影響力を発揮する輿石東幹事長の存在も不気味である。

福島原発事故の総括も終わっていない、避難者援助や被災地復興は遅々として進まない、不正確な汚染情報や曖昧な許容基準の下でのガレキ広域処理、必要な理由を首相自ら説明する事もなく、コロコロと論点がすり変わった挙句に決定される原発再稼働。

こんな暴走を黙って許すほど国民はオメデタくはないだろう。次の選挙こそが国民の審判を下す最大のチャンスに他ならない。ここでどうにかしないとこの国は本当に終わってしまうだろう。





原発利権はシャブなり!

国内の原発の中で唯一運転している北海道電力泊原発3号機が定期検査のため午後5時に停止する。これで国内の原発が全て止まる、いわゆる「原発ゼロの日」となる。

今、大飯原発を始めとする原発再稼動論議が盛り上がっていて、報道でも特集を組んだりするので否が応にも耳目に接する機会が増えている。同時にツイッターでも、特に反原発派から再稼動反対の声が大きさを増している。

そして昨日のTBSニュースの特集。

その泊原発のある北海道郡泊村大字堀株(ほりかっぷ)村の状況と村民へのインタビューで構成されていたが、その中には驚くべき事実が描かれていた。

原発開始以来、村が受け取ってきた原発関連の交付金は590億円に及び、現在でも村の年間予算50億円の70%が交付金によるものだという。そのカネのおかげで村には一年中滑れるスケートリンク(維持費8000万円 /年)、ゴルフ場、ケーブルTVシステム、PC貸出し制度などがあり、村民は全て無料。さらに老人への弁当ケータリングサービス(負担100円!)やプレミアム商品券(1万円で1万3千円相当!)まで至れり尽くせりである。

さらに驚くべきは年間予算50億円というこの村の人口はたったの1900人! 70%を占める交付金(35億円)をその人口で割ると、何と一人当たり180万円にもなるのである! これじゃ原発反対なんて口が裂けても言えんわな。いわんや村民以上に利権を得ている首長をや。

全国各地の原発設置町村だって多かれ少なかれここと似たり寄ったりだろう。この現状を見るにつけ、例えが悪いのは百も承知で言うが、これは官業癒着を背景とした国家による「麻薬漬け」どころか「シャブ漬け」じゃないか! と。

過疎という弱みを持っているところに原発利権という甘い言葉に乗って味をしめたら最後、逃れる事の出来ない蟻地獄の始まりである。今後も多額の交付金を受け取り続けるためには、新しい炉を次々と増設し続けなければならない。そうしなければ今の裕福な生活を維持できなくなるからである。結局、弱者はされるがままでしか生きられない立場に追い込まれる。

しかし、それにも限界が来る。永久に増設し続けるのは不可能だからである。

その時には浮かれて作った箱物施設は廃墟と化し、生き残った少数の高齢者が細々と暮らす寒村が残るのみ。だが、そうなったらそうで電力会社はもっけの幸いと喜ぶだろう。人がいなくなれば生活補償も汚染の心配もなくなるからである。権力者に根回しさえしておけば、もはや誰に遠慮する事もなく原発を存続させられるのだ。

シャブ漬けで廃人になってしまった哀れな人と陰でほくそ笑んでる売人の姿にカブって見えないだろうか?

イメージだけではない。事実、泊村の3年間のがん死亡率は2500人/10万人と北海道内でダントツに高い。安全であるはずの原発の存在によって、まぎれもなく村民の身体そのものも蝕まれているのである。

かつて炭鉱で栄えた村にはその後の産業が育っていない。ニシン漁もとっくに廃れている上に原発誘致により漁業権は放棄させられている。それゆえ若者の村離れは深刻な問題だ。彼らは原発があるがゆえ村には戻りたくないという。そんな先行きの見えない未来に不安を漏らす村民がTV画面に映し出される。だがそれは少数派だろう。心で思っていても言葉に出せない村民がほとんどなのではないだろうか?

ならば、それを立ち直すのは政治の力に他ならない。今のうちに多額の交付金をゼイタク施設の代わりに産業と雇用を生み出す投資に回すべきである。そしてできるだけ早く原発シャブと手を切るべきなのだ。

ところがどっこい、すでに利権構造にまみれた為政者はそうもいかないらしい。

昨年6月の道議会定例本会議にて、共産党議員からの質問に対して高橋はるみ知事は「2008年以降も北海道電力の役員の方々から寄附を頂いているところでありますが、これらの寄附については、それぞれ個人のお立場で御支援を頂いたものと理解いたしております」「また、お尋ねのあった、お二人の役員からの寄附についても、あくまでも個人のお立場で、私の政治活動や考え方に賛同され、御支援を頂いたと理解いたしております」と答弁した。ダメだこりゃ!

もっとも、彼女の経歴を窺えばさもありなん。父や弟と同じようにエネルギー分野に進もうと通産省に入省。後に、自民党の町村信孝氏に誘われて北海道知事選挙に出馬、2003年4月、6人目の北海道知事に就任した。

選挙の時は原発慎重派の態度を取っていたが、今回の泊原発を巡っては、今までのイメージをかなぐり捨てて、一転して原発推進派の素顔をさらけ出した格好だ。要するに頭の先からつま先まで「原発推進派」だったというわけである。原子力ムラの社員と言ってもいいだろう。

おまけに、運転停止によって原発が稼働していなくても交付金を支払う特例を国が定めるというではないか! その金額は自治体によっては稼働時以上になるという。おいおい、それって国家公認のシャブ増量ってこと?

こうなったら後は有権者の選択に委ねるしかないのだが、残念ながら原発地域の市町村単位の選挙は期待できないだろう。何せ有権者のほとんどが原発利権と交付金のシャブ漬けになっているのだから。

残ったマトモな有権者達よ、さあどーする?





あの日から・・・

愛車との64日ぶりの再会の場所は、車屋Yのオフィスだった。

事故直後、ディーラーよりも彼に連絡する事を選んだのはつくづく正解だった。彼の提携工場はBMWに加え、ベンツやポルシェなども手掛けるプロフェッショナルと聞いていたが、その仕上がり具合はまさに一流の仕事と言っていい出来だった。これで塗装が固まってガラスコーティングを施せば完全復活である。

このまま高速を一回りして久々のデートを楽しみたかったが、夜は息子の進学祝い第二弾のちょっとリッチな天ぷら食事会が予定されていたので、ここはおとなしく帰宅し、事故前にオーダーしていたKAROのフロアマットを敷いてやった。改めて「お帰り!」てなモンである。長かったな~。

雨も上がった今日、本当は遠出の一つもしたいところだが、今日も今日とて夕方の便で札幌移動があるので、それもおあずけ。いずれにしてもこの研修ツアーが終わらなければ精神的にも落ち着けないわ。

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名古屋ウィメンズマラソンと衣更えした名古屋国際女子マラソン、女性のみ1万5千人のスタートはギネスブック記録だとか。

私の名古屋勤務時代は瑞穂競技場からのスタートだったので、自宅マンションのすぐ下の環状線をランナーが走って行くのが見られた。今回からナゴヤドームの発着と聞いて心配したが、ぐるっと回って同じ道を走って行ったので、懐かしい街並みも楽しめた。

優勝はロシアのマヨロワ、日本人最高位の2位に尾崎好美が入り、ロンドン五輪の切符を手中にしたようだ。才能がありながら一度も五輪出場が叶わなかった32歳の渋井陽子は4位、アテネ五輪以来1500日以上のブランクの野口みずきは6位だった。

研修トレーナーの同僚にマラソン大好き女子のW子がいる。実は彼女、幸運にも2度目の当選となった先日の東京マラソンに出場し、見事完走したそうだ。この名古屋は完走するとティファニーのアクセサリーがもらえるそうで、彼女も参加を検討していたらしいが、さすがに研修ツアー中という事で断念したらしい。

終わったら這ってでも研修会場にくる覚悟なら遠慮せず走ったらいいのに。

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そして今日は、あの 東日本大震災から1年が経ったその日である。

この前後にマスコミがこぞって特集番組を放送するのは当然と言えば当然だろうが、そんな中、先日心臓手術を行なったのの決して経過が順調ではない天皇陛下が、追悼式典に強い気持ちで臨席賜わる事に国民の一人として心から敬意を捧げる。まさに命をかけたお言葉を発せられるに違いない。

一方で遅々として進まない復興計画。特に瓦礫の処理が、受け入れ自治体の市民の反発にあって頓挫しているという事実に愕然とさせられる。これが放射能汚染に関する単なる誤解からならまだしも、サヨク系プロ市民による脊髄反射的な反対運動だとしたら情けない限りだ。

アレルギー的な過大評価をしても無意味だが、逆に過小評価をし過ぎてもならない。たとえ宮城、岩手などの瓦礫の放射能は問題ないレベルだとしても、福島原発を中心とした地域の汚染状況は深刻であり、そこに情を挟むような判断をすべきではない。それがごちゃ混ぜにされているからいたずらに誤解が生じ、いらぬ反発を生む。

あの日から日本中で声高に叫ばれた「絆」ってのはいったい何だったのだろうか?

経済大国で先進国を自認するこの日本で、1年365日も経ったというのにこんな有様でいいのだろうか? 世界に対して恥ずかしくないのだろうか?

翻ってこの私も、いくばくかの寄付といくつかの現地訪問で少しばかり経済協力をさせていただいたに過ぎない。

せめて今日は、理不尽にも未来を奪われてしまった人々といまだ未来の見えない人々を思って過ごしたい。









感情と秩序7 ~最後の判決

あれから13年か。本当に長かった。ブログの最後のエントリからでも4年近く経っていた。

山口県光市で1999年4月に起きた母子殺害事件で殺人と強姦致死などの罪に問われ、差し戻し控訴審で死刑を言い渡された元少年の差し戻し上告審判決で、最高裁第1小法廷(金築誠志裁判長)は20日、「被害者の尊厳を踏みにじった犯行は冷酷、残虐で非人間的な行為だ。被告は殺害態様などについて不合理な弁解を述べており、真摯な反省の情をうかがえる事はできない」と指摘。

その上で、「犯行時少年であったことや、更正の可能性もないとは言えないこ事など酌むべき事情を十分考慮しても、刑事責任はあまりにも重大」と述べ、死刑判決はやむを得ないとした。

1審山口地裁、2審広島高裁は、年齢や更正可能性などを理由に無期懲役としたが、最高裁は「犯行時の年齢は死刑回避の決定的事情とまでは言えない」として、審理を広島高裁に差し戻した。2008年4月の差し戻し控訴審は「極刑回避の事情はない」として死刑を言い渡していた。

死刑が確定するのは当時18歳1カ月だった光市の元会社員大月(旧姓福田)孝行被告(30)。最高裁に記録の残る66年以降、最も若い犯行時年齢での確定となる。

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この痛ましい事件については、このブログで直接的に過去6回書いてきた。

感情と秩序」(2006年4月19日)
感情と秩序ふたたび」(2006年6月21日)
何度でも『感情と秩序』」(2007年6月27日)
感情と秩序4 ~セカンドレイプ」(2007年7月27日)
感情と秩序5 ~心の底の言葉」(2007年9月21日)
感情と秩序6 ~散るべき花と咲くべき花」(2008年4月22日)

事件後の状況について産経新聞の記事(2/20付)にまとめられてあったので、以下に引用(一部改変)しておく。

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事件は1999年4月14日発生した。残業して自宅に戻った本村洋さんは、妻の弥生さんの変わり果てた姿を発見。長女の夕夏ちゃんは、押し入れの天袋の中で遺体で見つかった。その4日後、近くに住んでいた元少年が逮捕された。

1999年8月に山口地裁で公判が始まり、凄惨な犯行状況が次々と明らかになった。弥生さんは殺害後に凌辱され、生後間もない夕夏ちゃんは床に叩きつけられた上、紐で首を絞めて殺害されていた。

だが、本村さんを苦しめたのはそれだけではなかった。被害者や遺族は、傍聴席で被告の主張に耳を傾けるしかないという現状。妻子の遺影を持ち込もうとして職員に制され、「ふざけるな!」と声を荒らげた事もあった。

そんな中、仕事上の逆恨みで妻を殺害された岡村勲弁護士と出会い、「全国犯罪被害者の会(あすの会)」の活動に参加。被害者の権利が保障されていない現状を訴えるため、全国を講演などで飛び回った。

その声は時の首相の心も動かし、小渕恵三元首相から「犯罪被害者やその遺族の気持ちに沿えるよう対処していかなければならないと、痛感しました」という内容の手紙が届いた。2000年に犯罪被害者保護法などが成立し、被害者の法廷での意見陳述などが可能に。2004年には犯罪被害者等基本法が成立し、被害者への支援制度が大きく前進した。

裁判では、元少年に「極刑」を求め続けてきた。年齢と更正可能性などを理由に無期懲役とした1審判決後には「司法に裏切られました」と語り、「判決は加害者だけのものではない。少年への憎しみを乗り越えていくためには、死ぬほど努力しないといけない」と判決に怒りをぶつけた。

2審の「無期懲役」、最高裁の「破棄、差し戻し」を受けて、求めていた「死刑」を聞いたのは2008年4月の差し戻し控訴審判決。4度目の判決、事件から9年が経っていた。その時の心境を、雑誌の手記で「裁判長の声が耳に入った時、あまりにも多くの思いがこみ上げ、目を開ける事も声を発する事もできなかった」と綴った。

これまで積極的に社会に訴えてきた本村さんだが、5度目の判決を前に「沈黙」を貫いている。産経新聞の取材には、こうメールで返信があった。「13年も経過していますのに、事件に関心を寄せて頂けて下さる事に深く感謝致します。ただ、ご依頼の件なのですが、判決当日までご取材は受けないようにしております」

元少年は1、2審で殺意を認めていたが、最初の上告審の途中から殺意を否認している。弁護団によると、20日の判決を前に特段変わった様子はなく、「重大な結果を生じる事をした」と反省の言葉を口にしているという。

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被害者遺族の本村洋さんにも13年という月日が流れていた。

被告には死刑反対論者の弁護士団が付き、主張を転々とさせつつ月日が流れて行った。

だが、被害者の弥生さん、夕夏ちゃん母娘には生きるべき時間を理不尽にも奪われ、その時計は永遠に止められたままである。

私は意趣返しという意味での「刑罰」には必ずしも賛成するつもりはないが、社会から永遠に退場させるに値する「犯罪」は存在すると思う。

現在の日本において永遠に退場させられる「手段」は死刑しかない。






だんしがしんだ

談志が死んだ」と昨晩のニュース速報から今朝のワイドショーまでトップニュースとして報道された。

実は月曜日には亡くなっていて、すでに親族によって荼毘に付されたという。特に亡くなるまでのがんとの闘病は、家族の目からも見るに堪えないほど壮絶なものだったと弟子の談笑が語っていた。

談志にあこがれて落語家になったという芸人は多い。その中の一人のヨネスケは、訃報を発表しなかったり早々に親族で荼毘に付させた事を、自分が良しとしない姿を弟子や他人に見せてたまるか、というダンディズムを最後まで貫いたからだろうと評した。

16歳で柳家小さんに師事し、27歳で真打となり「五代目立川談志」を襲名。五代目がどうのこうのと言うよりも、初代から四代目までの「立川談志」の記憶なんてない。後にも先にも「立川談志」とはまぎれもなく談志その人の事である。

談志の75年の人生は、落語協会脱退や立川流家元制度設立という波乱の落語家人生に留まらず、政治家としての活動もあった。今から見れば横山ノックだの青島幸夫だのの芸人に政治の舵取りなんて出来るはずはないのだが、あの頃は高度成長期で時代が良かった。選挙は人気投票であって、知名度が高ければ誰でも当選する可能性があった。挙句、沖縄開発政務次官に任命された談志はたった36日で辞任に追い込まれた。

談志の落語は、そのキャラクターと共に好き嫌いが大きかったと思う。言い方を変えれば、談志落語は聴き手を選ぶ落語だった。それはなぜか?

談志は(失礼ながら)落語家にしては頭の回転が速く、普段から口にする語彙も豊富だった。その才能は「現代落語論」などの論文的な著書に集大成される。それまで落語家の著書と言えば、自伝的な内容に落語に対する思いみたいなものをくっつけたのがせいぜいだったから、これには世間も驚いた。かの昔、それを手に取った私は迷わず買って夢中になって読んだのを思い出す。

だから笑いの方向性も深さも常人とは異なっていた。有体に言ってしまえば、談志の物言いやギャグはバカにはピンと来ない。談志の思考回路に付いて行くのは大変である。底の浅いギャグで笑いを取ってる芸人なんてのは、談志に言わせりゃ「ありゃあ芸なんかじゃない。だからあの連中は芸人じゃない」となる。

談志落語のCDやDVDは我が家にもいくつかある。その大部分は去年から今年にかけて購入したものだったので、早晩この日が来る虫の知らせだったのか。

談志自身は、自らの到達点を六十代に見据えていたと言われる。が、多くのファンを唸らせた、いわゆる「絶頂期」は昭和40年代から50年代にかけてだと思う。江戸下町言葉の「べらんめぇ調」のキレはこの頃が最高だからである。立て板に水の如く流暢で、それでいてムダなフレーズや言い直しがほとんどない。ここが志の輔や談春ら今の弟子達に感動を覚えさせ、「師匠は談志が全てで談志しかいない」と言わしめた所以だろう。

「落語とは人間の業の肯定である」

この世の人間は立川談志を忘れない。

だからとっととあの世でみんなを笑わせやがれってンだ、コンチクショーめ! 合掌



(追記)
「談志が死んだ」ってタイトル、こりゃ見事に回文になってるじゃんと今朝気がついて嬉々としたんだけど、これって落語の世界じゃとっくにネタにされてたんだと。てぇことは、私もけっこういいセンスを持ってるってこと?





TPPを考えてみる

いよいよ結論を出さなくてはならなくなって来たTPP(Trns-Pacific Partnership)への参加・不参加問題。

与党・民主党内でも推進派と慎重派に分かれて議論し合っているようだが、どうも一部に自分達の利権なども見え隠れするため、純粋な国益論議と言い難いようだ。

最近では政治家以外の論客のマスコミ露出によって、中野剛志氏や三橋貴明氏などの論調が目立っている。その論調は総じて参加慎重論というより参加否定論と言っていい。

だが、TPPにおける検討議題の種類が多すぎる事や、それが日本の国益にとってどういう意味を持つのかといった事がイマイチ良く判らないというのが本音だろう。大多数の一般市民がイメージしている工業製品の輸出vs農産物の輸入という単なる二極分化の議論でもなさそうである。

そこで、このTPP問題を少々乱暴だが出来るだけ単純明快な見方をしてみたいと思う。

・・・・・・・

まず、このTPPにアメリカがなぜ参加したか?

経済不況下のアメリカにとって唯一の打開策は、外に打って出る事である。すなわち自国の産物を大きな需要の見込める国に有利な条件で輸出し市場を広げるのである。そのためには環太平洋諸国とのパートナーシップ協定という大義名分で市場を形成したい。それによって経済を回復基調にさせられれば、オバマ大統領の再選も確実となるだろう。

ところが、TPP加盟予定国は大量にモノを買える国ばかりではない。むしろ貿易弱小国が寄り集まって助け合いたいという意味合いが強かった。それが証拠に、日本を除いたGDPの割合はアメリカがダントツで90%以上を占めている。有力国のはずのカナダは、農産物を除外するという条件が認められないという理由で参加しない。

という事は、このままではアメリカにとって決して美味しい市場とはならない。そこでアメリカは日本へ参加要請をして来たのである。アメリカにとって期待できる貿易相手国は日本だけと言っていいだろう。

では、日本の国益から見てTPP問題はどうだろうか?

日本はこれまでASEANなど11ヶ国とFTA(Free Trade Agreement:自由貿易協定)を締結して来た。FTAでは農産物の重要品目を除外しているが、例外品目がわずかしか認められない可能性の高いTPPは、これまでのFTAとは根本的に異なっている。また、工業製品や農産物だけではなく、金融や医療、サービスや労働力など多岐に渡る項目について、原則として例外なく関税撤廃や規制緩和となる可能性が高い。

ならば、日本も韓国のようにアメリカとFTAを締結すれば良さそうなものだが?

韓国はGDPに対する輸出の割合は40%を超えていて、もはや経済成長を輸出に頼るしかない。北朝鮮との国際事情によるアメリカとの同盟強化の意味合いもあり、国内で大きな批判が出るような不利な条件を敢えて呑んでまでアメリカとのFTAを合意したのである。これはこれで苦しいながらも国益を考えた韓国政府の決断だったのだろう。

一方、一見輸出大国のイメージのある日本のGDPに対する輸出の割合は20%未満である。日本は工業製品の輸出大国というより、自国内での消費が高い内需大国と言った方が良い。最大の貿易相手国であるアメリカとの関税はもともと低水準だし、わざわざこちらからアメリカへFTAを持ちかける理由はない。

そんな事をしたら、さらに安い農産物の輸入によって少なくとも国内の市場の一部は占拠されるだろうし、加えて金融・保険・サービスなどの規制緩和問題などもクローズアップして来る事が予想される。

逆に日本の工業製品の輸出量が増えるかと言えばそうとも言えないだろう。デフレに襲われるアメリカにそこまでの購買力は望めないからである。FTAはおろか、TPPによっても輸出量は増えないとの見方が強い根拠がここにある。

結論。

このままでは、TPPは多国間協定と言いつつも、実質アメリカの日本に対する市場開放戦略にハマってしまうかもしれない。しかも二国間のFTAではなく多国間協議であるから、日本の事情を押し通そうとしても、それぞれの国の事情によって認められないという事も起こり得る。いったん決まった条件もおいそれとは変えられないだろう。

くれぐれも「参加ありき」などではなく、しっかり考えて覚悟を持って決定しておかないと、「平成の開国」どころか黒船襲来時の不平等通商条約の二の舞となってしまうかもしれないぞ、野田さん。





ツアースタートと巨人の逝去

昨日の雨と寒さとは打って変わって秋晴れの今日、ここ幕張の地から全国研修ツアーは始まった。

今回の私の担当は、ここを皮切りに浜松町、水道橋、仙台、盛岡、秋葉原、長岡、横浜、札幌、高松、岡山、広島と12ヶ所となる。実はそれが終わった後、成田のホテルで11月初旬まで4日間の中途入社者研修が待っている。全国をあっちフラフラ、こっちフラフラとまるで寅さん状態で、平日は家にもロクに帰れない。

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昨日、アップル社の創業者スティーブ・ジョブズ氏が56歳で亡くなった。

長年に渡って膵臓がんとの闘病を続け、今年の8月に「もはや職務と期待を果たせなくなった」としてアップル最高経営責任者(CEO)を退いていた。そして、まるで後任を託したティム・クックCEOのジョブズ氏には遥かに及ばないプレゼンによって発表された「iPhone4S]」を待っていたかのように逝ったのだった。

1984年に発売された「マッキントッシュ」は、当時企業指向だったコンピュータをいきなりパーソナル指向にした。だがその頃、社会人駆け出しだった私は、たまたまコンピュータに詳しい同期Mがいて、彼にしょっちゅう秋葉原に連れて行かれては「これからはコンピュータの時代だ」と吹き込まれていた。

話題の中心はもっぱらNECのマイコン(PC-80●●だったか?)で、やれ8ビットだのもうすぐ16ビットが出るだのと言っていた時代である。店にはマックもあったが、値段がヒトケタ違って文字通り高嶺の花だとMが言っていた。

私は私で、新しい道具と時代の到来を予感してワクワクしたものだが、肝心のコンピュータを何のために使いたいのかさえ皆目分からなかった。当時は会社に出勤してもデスクの上は何も無く、事務作業などの日常業務は肉筆紙媒体と電話だけのアナログ時代そのままだった。それぞれのデスクの上には自分専用の灰皿さえ置いてあったくらいだった。

それから30年も経たないうちに時代はどう変わっていったかはここに記すまでもなかろう。

ジョブズ氏の残した業績はダ・ビンチに匹敵すると賞賛され、その言葉は経営者を通り越して哲学者とも賛美される。ビル・ゲイツ氏と並んで20世紀の大天才とも称えられている。

だが、私には彼のそんな面よりも、唯我独尊のジョブズ氏が同僚と衝突する事も多く、86年には権力争いの末にアップルを退社したとか、カリスマ的な存在感でファンを熱狂させる一方、社内では人使いが荒く、商品の細部にまでこだわって、気に入らない試作品は容赦なく退けるやりにくい上司との評判も確立したといった話の方に惹かれる。

だって、天才は真似できないけど、そこなら少しはマネできそうじゃないの。納得できないなら絶対に譲らない。その代わり、携わった仕事の成果はその分クオリティアップする。そんなベテランがいても楽しいじゃないか。

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時は流れて、別の会社で別の同僚から勧められたノートPCをキッカケに、少しはコンピュータがなんぞのモノかを知った時、時代はMS-DOSからWindows3.1へと移って行った。それもやがて大ブームになったWindows95の時代を迎えた。

初めて秋葉原で見たコンピュータから現在に至るまで、興味は抱きながらもついぞマックには無縁だった。遠いあの日、言い知れぬワクワク感を感じたくせに、結局私にはPCは単なる道具の範疇でしかなかったのかなと、もっと違う捉え方もできたんじゃないかと、ふと寂しさを感じさせられる巨人の逝去だった。

「iPhone4S = iPhone for Steve」 合掌





利他と利己

日本人の美徳のはずだった思いやりや助け合いといった「利他の精神」をいつから「利己の精神」へと変えてしまったのだろうか。

五山の送り火に被災者の思いを書いた陸前高田の薪を焚こうというイベントは、一部の京都市民の反対にあって紆余曲折するも結局中止に追い込まれた。わずか数百本の薪を燃やす事に対して放射能の拡散を恐れたという。

福岡では、風評被害を受けている福島の物産を支援しようというイベントが企画されたが、これも中止に追い込まれた。その理由は、物産自体の放射能汚染の心配よりもそれを運搬するトラックが汚染物質を福岡に運んで来るからというものだった。

そして愛知県日進市の花火大会。放射能汚染データがないなどの理由で、これまた一部の市民から福島県産の花火の打ち上げに反対の声が上がったという。材料の放射線量は許容量以下だし、花火であるゆえ製造保管は屋内で為されたものだったにも関わらず、である。

「がんばろう日本」の掛け声は嘘だったのか? 口先だけだったのだろうか?

被災地応援イベントを企画・立案した当事者はその思いからに違いないが、結果として被災地や被災者をさらに傷つける事になったのが何ともやりきれない。

目に見えない放射能は確かに怖い。ましてや汚染によって二度と再び故郷の地を踏めないかもしれない被災者を思うと心苦しさで一杯になるのは誰もが同じだと思う。また、汚染によって作物が出荷停止に追い込まれている生産者も未来が見えないほどの絶望にさいなまれているのは容易に想像できよう。

ならば、被災地から遠く離れた地にいられる我々は当事者ではないと言い切れるだろうか?

魚にしても野菜にしても、普段何気にスーパーなどで買っている食材は東北産のものが少なくない。いや、ある種の産物は日本全国の相当なシェアを占めていて、それが入って来ない事でさまざま不便を感じる場面もあった。その状況は復旧されるまで大なり小なり続くだろう。

回りまわって我々の生活や経済にまで波及するという事は、これは決して他人事なんかではないという事である。

たとえ一部の偏った言動であれ、それを振り切れなかった主催者もさる事ながら私が問題だと思うのは、一見モノ分かりの良い賛成派を演じつつ、その実、心の中では思わず「ホッ」とした事なかれ主義の傍観者の存在である。あるいは君子危うきに近寄らずとばかりに、初めから思考する事すら放棄して押し黙ったまま距離を置いていたその他大勢の存在である。

今回の件はどちらの側の者であれ、その是非を自分の子供や家族などから問われたら明確な論拠と信念を持って答える事が出来るだろうか? もしかしたら一時の感情に左右されてはいなかっただろうか?

モノと情報が錯綜し溢れる現代。勝ち組・負け組などと二極分化され区別される現代。我々は自分達を守るあまり、知らぬ知らぬうちに他人を傷つけ貶めていたかもしれないという事を大いに自省してみる必要がある。

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沖縄付近のウロウロ、360度の回れ右から一転、秋雨前線の方向に大きくスライスした台風15号。今日午後には東海地方に上陸も懸念され、夕刻には関東に達する勢いとなった。

さすがに会社も帰宅勧告を出したので、ひどくならないうちにそろそろ帰る事にしよう。





政治は力を出せるのか?

「まるで津波の被害のよう」

図らずも被災者にそう言わしめた台風12号による豪雨。台風による洪水被害があっても、今まではそういう比喩はされかったろう。東日本大震災の津波による惨劇がいかに人々の胸に焼き付いているかの証だが、それが悲惨さを一層際立たせる。

新聞によれば、豪雨による洪水被害に見舞われ、未明から行方不明になっていた和歌山県那智勝浦町の寺本眞一町長の長女早希さん(24)が翌朝、遺体で確認されたという。

結納の日を迎えた娘の変わり果てた姿。

寺本町長は同日「午後」10時頃、寺に安置されていた早希さんと悲しい再会を果たした。先に着いていた早希さんと来春結婚する予定だった婚約者と一緒に約30分間、早希さんの傍らに座り静かに過ごした後、役場に戻って災害対策の指揮を執ったという。

町長という公職にある身ゆえ、この痛ましい災害と再会の報道がことさら眼に入る機会が多かったのかもしれない。同じような境遇に置かれた被災者は、東日本大震災の時でも決して少なくなかっただろう。それぞれの悲しみに違いがあるはずもない。

だが、やはりこういう事実を伝える記事を目にすると涙を禁じえない。

娘にとって人生最大の喜びが訪れるはずだった日が、残された父にとって人生最大の悲しい日に一変してしまった現実。遺体発見から12時間以上経ってようやく果たせた対面。どう受け止めたらいいのかさえ整理のつかぬまま、町長として公務に戻って行く。その間、わずか30分…。

「娘とは子供の頃よく遊んだ。走馬灯のように思い出す。今は昌子を早く見つけてやりたい」

妻の昌子さんの行方はまだ分かっていない。

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朝日新聞「天声人語」から

約4万の仮設住宅に、明日を描けぬ人々が暮らす。2万人は親類縁者に身を寄せ、1万人が旅館やホテル、数千人がなお避難所にいる。震災から半年後の「住まい」は、砕かれた将来設計の象徴だ▼被災者ならずとも、多くの人生観が揺らぎ、企業は経営の見直しを迫られた。ところが、平成を災前と災後に分かつこの「断層」を楽々またぎ、素知らぬ顔で続くものもある。たとえば、埼玉県朝霞市で進む国家公務員宿舎の建設計画だ▼さいたま新都心で働く職員のため、米軍キャンプ跡地に13階建て2棟(計850戸)を造る。総事業費は百億円強。2年前の事業仕分けで凍結となりながら、今年度予算で「解凍」され、このほど着工した。未曽有の災害を経ても再考せぬ感覚が解せない▼昨年末に建設を認めた財務大臣は、どじょう首相その人である。財政危機の下、国民に復興増税を求めておいて、公僕の、公僕による公僕のための低家賃住宅では、示しがつくまい▼公共事業の暴走を止めるかと期待された政権交代なのに、鳴り物入りの仕分けもこれしきのものらしい。朝霞の場合、事業費は古い宿舎の売却で埋め合わすというが、大企業が社宅を手放すご時世に、そもそも官舎なるものが必要だろうか▼住み心地の良い家が、良い公務につながることもあろう。ただし平時の話である。国の正念場にも微動だにしない最強の「耐震住宅」は、増税論議をBGMに鉄骨を組み、2年後に完成する。住み心地がよかろうはずもない。

さんざん議論を呼び、地元住民の反対運動もある中でついに着工である。凍結を解凍した張本人が野田首相。一方で事業仕分けをやりながら、結果的にその判断を反故にする。これでは官僚の操り人形と言われても仕方ないだろう。

問題は野田氏本人どころか野田内閣にも内在している。

既に官僚の操り人形化が懸念される安住氏が野田財務相の後任である。外相の玄葉氏共々、百歩譲って40代の若さは良しとしても、問題山積のこの重要実務の実績もない。もちろん素質も未知数である。そうかと思えば、早くも死刑執行業務を放棄した平岡法相、思いつきでタバコの値上げを口走る小宮山厚労相。

大臣なりたい病と囁かれる山岡氏が国家公安委員長というのもいかがなものか? 彼は外国人参政権推進派であり、昨年、民団の新年会で「外国人参政権法案が一日も早く、今国会で必ず実現するように、全力を挙げて取り組んでまいりたい」と述べたという。また彼は消費者担当相も兼務しているが、マルチ商法業界との癒着問題があり、この点でも問題視される。

中国漁船問題や領土問題などで国家の危機が迫る中、名前も知らなかった一川氏が防衛相初入閣した。さっそくシビリアンコントロールの意味を履き違えた軽率発言が飛び出す始末。この人物を諸外国はどう見るだろうか、すでに不安だらけである。

小沢グループへの配慮から、日教組出身の輿石氏が幹事長に起用された。政界に長年の顔があるかものしれないが、活動量が求められる幹事長職としてはもはや賞味期限切れと言えよう。これのどこが実務重視なのか?

サザエさんに出てくるアナゴさんに似た国対委員長の平野氏。鳩山内閣時代に幹事長として普天間移設問題に「移設反対候補が当選した名護市長選の結果を斟酌しなければならない理由はない」などと不用意発言を連発した御仁である。

巷間、野田内閣は実務重視内閣のように言われているが、果たしてそうだろうか? 私にはこの内閣の色と輪郭がよく見えて来ないのである。

何度も書くが、国民の審判を受けていないこの内閣の存在価値はただ一点、かかる諸問題に対し国民の目に見える実績を出すことのみ。それができなければ解散して下野すべきである。






国民不在の代表選の陰で

昨日の民主党代表選で、野田佳彦財務相(54)が海江田万里経産相(62)との決選投票の末、新代表に選出され、今日の衆院本会議で第95代の首相に指名される。

5名の候補者が出馬した1回目の代表選での得票数は、海江田氏143票、野田氏102票、前原誠司前外相(49)74票、鹿野道彦農水相(69)52票、馬淵澄夫前国交相(51)24票だった。この結果から野田氏と海江田氏による決選投票となり、野田氏215票、海江田氏177票の得票数だった。

それにしても下馬評で有利とされた前原氏、民意とは裏腹に党内の支持者がこれほど少なかったのは、民意との乖離というより、自身でも反省していたプライド高きオコチャマ人格の問題だったのだろう。

海江田氏は約120人の最大勢力を率いる小沢氏や鳩山氏の全面的な支持を受け、1回目の投票では最多の票を集めた。しかし、海江田氏を通じた小沢氏の影響力を懸念する中間派の支持を野田氏が集め、決選投票では海江田氏の票を上回った。

小沢&鳩山グループの票を獲得して慢心した海江田氏に対し、決選投票へ持ち込んで勝利する作戦を描いた野田氏の作戦勝ちだった。野田氏は勝利の弁で「ノーサイド」などと、いみじくも前回勝利した菅氏と同じ言葉を発したが、どっこい小沢vs反小沢の構図は決して霧消してはいない。

ネット上のコメントは、小沢氏の操り人形となる海江田氏よりはマシとの意見も目立つが、逆に野田氏は財務省の操り人形の増税路線派で大連立推進派でもある。民主党マニフェストにも載せていないこの方針変換を国民の信を問う事なく進められたら大変だ。「新首相の最初の仕事は解散総選挙」との声も大きい。

解散総選挙をしないのなら、山積する内外の諸問題への対応を短い任期中に国民に見える形で実行できるかどうか。新代表=新首相の真価はこの一点に尽きる。もしも今後、自身の印象とカブるように自身がやってる事の輪郭がよく見えないなどと指摘されでもしたら、彼はそれまでである。

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読売新聞の記事である。

東京電力が2008年に福島第一原子力発電所に従来の想定を上回る10m以上の津波が到来する可能性があると試算していた事が政府の事故調査・検証委員会で明らかになったが、東電は同じ試算で高さ15mを超える津波を予測していた事が24日わかった。

東日本大震災で同原発は14~15mの津波に襲われたが、「想定外の津波」としてきた東電の主張は、15m超の遡上高の試算が明らかになった事で崩れた。東電は試算結果を津波対策強化に生かさず、大震災4日前の今年3月7日になって原子力安全・保安院に報告していた。

東電によると、国の地震調査研究推進本部が2002年7月に新たな地震の発生確率などを公表したのを受け、2008年にM8.3の明治三陸地震(1896年)規模の地震が福島県沖で起きたと仮定して、福島第一と第二の両原発に到達する津波の高さを試算した。第一原発の取水口付近で高さ8.4~10.2mの津波が襲来。津波は陸上をかけ上がり、1~4号機で津波の遡上した高さは海面から15.7m、同5・6号機で高さ13.7mに達すると試算した。

同社が25日の記者会見で明らかにしたところでは、2008年6月、武藤副本部長は試算結果の報告を受け、それまで津波の計算に使ってきた土木学会の指針を見直すよう、同学会に要請する事を了承した。試算結果は2010年6月までに武黒副社長にも報告されたが、取締役会で議論される事はなく、非常用発電機を高台に移すなどの対策も取られなかった。

東電と政府はこれまで「地震と津波は想定外」と言い続けて来たが、実は想定内だったという事だ。国民を欺き続けた揚げ句、世間の関心が民主党代表選に集まっている時期を狙って白状した。当事者として試算があるのは最初から分かっていたのだから、完全な確信犯である。

なぜ、今まで黙っていたのか? 単に世間の批判を恐れたというだけではない。それは賠償問題への思惑が絡んでいたはずだ。東電は「地震と津波は想定外の自然災害だったから賠償は政府の責任」という論法で生き残りを図ろうとした。

ところが「想定内の津波だった」となれば、東電が責任逃れできなくなる。だから、賠償枠組みが決まるまで隠し通そうとしたに違いない。政府も知っていながら賠償支援機構法が成立するまで黙っていた。

原発事故を巡ってまた一つ重大な情報隠蔽が明るみに出た。東電と政府は間違いなく「共犯関係」にある。これでは信頼回復などあり得ない。

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芸能界を揺るがせた島田紳助の電撃引退発表の時期とも符合する。全マスコミがこぞって追うようなニュースがあると、その陰で国は重大な案件を決めたり、こそっと発表したりするから注意しろと囁かれていたが、もしかして今回はこれか?

だとしたら、思わず嗤っちまうくらい国も民主党もレベルの低さは変わらんな。





さてと、お次は?

「有言実行」内閣と宣言したはずなのに、結局は「口だけ思いつき」内閣総理大臣で弊害を垂れ流し続けた菅首相が、昨日ようやく民主党代表を辞任、新代表選出後には首相も辞任すると表明した。

さて、これを受けて新代表候補者たちの動きも一層拍車が掛かって来た。とは言っても、実質は前原、野田、海江田の3候補に絞られていると見られる。だが、もともと選挙権を持たない世論は「誰がなっても変わらない」どころか「誰も首相の器じゃない」とまで冷めている。

ついこの前、外国人献金問題で外相を辞任した前原氏。

本来なら公民権停止処分まである大問題だというのにどういうつもりか。プライドは高いが直情径行、大風呂敷を広げるが簡単に引っ込めるオコチャマが「国のために火中の栗を拾う」と出馬に転じても説得力はない。挙句の果てに反小沢の急先鋒のくせに他の候補に追随して小沢詣で。お得意のプライドはどこ行ったんだ? 国交大臣時代の八ッ場ダムはどうなったんだ? 

増税路線の財務省傀儡大臣の野田氏。

それが不利と見るや増税路線を曖昧にして来たが、増税踏切の対価としての議員定数削減を始めとしたムダな歳出削減は置き去りにされたままである。問題は菅内閣の現役閣僚としての仕事ぶりがちっとも見えて来ない事だ。超円高に対する経済政策は待ったなしのはずなのに、財務大臣として強い意志を持って何をしたと言うのか? 党内の人望は厚いとも言われるが、同じ主流派の前原氏が出馬した今となってはどこまで票を獲得できるか? 

「泣いた赤鬼」「ウドの大木」と揶揄された海江田氏。

菅内閣の閣僚を辞任すると言いつつも結局辞めず辞められず。泡沫候補だったはずが一転、小沢&鳩山グループの支持を得て数の上では優位に立った。考えてほしい。この人物が数の論理で首相になったとしても、リーダーシップというものを期待できるだろうか? 見えているのは小沢傀儡首相、もしくは初の代表・首相分離に晒されるのがせいぜい。この人物を首相にいただいた国民はきっと後悔させられるだろう。

新首相 期待はあれど 人あらず よもやあるまい「カンが良かった」  Chaie

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「…現状という高い壁を乗り越え、あるいは打ち破る事はパイオニアとしての我々の責務だと思います。共に頑張って行きましょう!」

「それではこれで4日間の研修すべてを終了します」と言い掛けたところで、突然パートナーのI子が手を挙げた。

せっかく研修のシメをしている時に何だと思ったら、「研修中に皆さんから受けた質問の回答をお伝えします」。そこから5分近くスライドを出しながら解説、研修のフィニッシュに向けたいい雰囲気もブチ怖しになった。それがあると分かっているなら「シメをしてください」と私に言う前に、先にやればいいのだ。

今度は途中で遮られた私の方が何をしゃべるか忘れてしまった。あまりのKYぶりに「せっかくいい話をしていたのにKYだよね。ホント役立たずだわ」と言って受講者を笑わせたのだが、それがいけなかったようだ。

部屋に戻った私のケータイが鳴り、I子から「どうせ私は役立たずですから。今夜はキャンセルさせていただきます!」と鬼の形相(見えないけど、たぶん)。もともとI子の希望でセッティングしたステーキディナーだったし、その時間まで受講者と三宮あたりで一杯やろうと思っていたので、私はちっとも構わない。

研修で余った資材とプロジェクタを荷造りしてホテルから送り返した後、再び研修室に戻るとI子がいたので「それでいいから、ちゃんとキャンセルしておきなさいよ」と言い残して部屋に戻った。I子はちょっとしたキッカケでムクれる事が多い。それが定期的にやって来るみたいだ。この年頃の女性は扱いづらいったらありゃしない。

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受講者5人(これが実に絶妙のメンバー!)と共に三宮へ。

宴会部長Kが神戸時代によく行ったと言うイタリアンレストランで夕食を食べる事にして、それまでのウォーミングアップとしてガード下の居酒屋へ。立ち飲みの串カツ屋などが多く立ち並び、そのどの店も午後早くから営業しているのは大阪の下町と同じ光景である。その中の何と生ビール一杯199円の店に飛び込んだ。何気に注文したサンマ、サバ、タイ、カンパチなどの刺し盛りも鮮度抜群で歯応え満点! いやぁ、三宮ガード下、侮れんわ。

そしてイタリアンでは2時間食べ飲み放題で3000円! バイキングのイタリア料理とオーダーバイキングのピザ、それに数種類のワインなど酒の数々。これらが価格以上に美味いのに驚いたが、しばらくすると次々に客が入って来たから地元でも好評なのだろう。

既に茹でダコのように出来上がった北海道のM、宴会部長Kにいぢられてなぜか喜ぶS、何にでも嬉しがるKD、一見クールなようで実はオモシロキャラのI。今回の受講者のコアメンバーと言っていい。

ここでまたまた宴会部長のKが「やっぱシメはラーメンでしょう!」というモンだから、腹ごなしにカラオケボックスへ。意外や意外、SとKDはバラード路線がお得意。90分間さんざん歌いまくって少しハラに余裕が出たところで、ラーメン、餃子にビール。これじゃ体にいいわきゃないよ、わかっちゃいるけどヤメられねぇ…と来たモンだ!

さて本日は午後から講演会。その前に昨夜のメンバーと南京町で名物ブタマンとランチをとってホテルへ移動する予定でいる。タップリ眠れたせいか体調は良好だ。これなら明日のツーリングオフ会も行けそうだな。





己はともかく国は誰が救うか

お盆週間という事もあってか、今週に入ったら一気に休みを取る人が増えた。フロアは図書館みたいに静かだし、電話もほとんど掛かって来ない。私以外にも取り立てて帰るべき田舎を持たない連中は、これ幸いといつもよりノンビリ会社暮らしを決め込んでいたりする。

もとより研修ツアー終了直後とあって農閑期状態。仕事らしい仕事と言えば、来週から神戸で始まる異動者と中途入社者への4日間の製品研修の準備くらいである。準備と言っても研修スライドのリバイスがほとんどで、せいぜい自分の担当パートをさらっておけば良いから、何も週の頭から慌てて取り掛かるまでもなかろう。要するにいつもよりヒマなのだ。

それでも日を追うごとに営業部隊からの電話問い合わせや質問メールなどがチラホラ入って来たり、出勤しているメンバーが少ないため、担当以外の製品の問い合わせ電話を回されたりするようになった。

で、週半ばからリバイス作業やら質問対応やらで仕事の加速がついて来たため、今年最高に暑かった木曜の晩に同僚とビール(当然、それだけじゃなかったけど)を飲みに居酒屋へ。返す刀で金曜日は自主休日にした。

土曜の朝イチに予定していた人間ドックのフォロー検診。検査値も下がって来たようだし、主治医からも調子に乗らなきゃこのライフスタイルでOKとの言質も得られた。

「先生、こうして過去からの数値を眺めてみますと、取り敢えず2年前あたりの数値に戻せば良さそうですねぇ」
「でもね、その時と今とじゃ唯一違う点があるんですよ」
「?」
「その時からあなたが2年歳を取ったという事です。それは簡単には戻り難い状態にもなっているという事です」

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ポスト菅を決める民主党代表選候補者の話題がかまびすしい。

立候補を表明しているメンバーの中では、現在までは野田佳彦財務省(54)が最有力とされている。だが彼は自民党ら野党との大連立賛成派であり、財務省の傀儡とも言われる大増税推進派である。彼の人柄うんぬんよりもこの点が納得いかないのである。

そもそも財政破たん回避のための増税論は自民党政権時代から俎上に上がっているものの、政権交代を主張していた民主党は、歳出のムダを削げば財源は十分あると断言していたではないか! さらに議員定数削減などでまずは身内から痛みを伴なう改革を行なうのが先決で、増税論議はその後だと言っていたではないか!

増税推進は権益を拡大したい財務省の狙いそのものである。十分な歳出削減と議論なくして増税ありきとはマニフェスト反故、宗旨替えも甚だしい。これでは財務省に洗脳された増税原理主義者と言われても仕方あるまい。

いくら党内支持が集まって来ているとはいえ、もはや年齢的に賞味期限の過ぎた鹿野道彦農林水産相(69)やどうしても経験不足が否めない馬淵澄夫前国土交通相(50)は、その風貌はともかくとして、仮にも一国のトップリーダーとして必要な度量が見えて来ない。

度量不足の最たる人物は、野末陳平氏の元秘書で「泣いた赤鬼」こと海江田万里経済産業相(62)だろう。こちらは経産省の既定路線でしかないナンチャッテ更迭人事を声高に発表するわ、仕事の場だというのに人前で泣いてしまうわでは、一国の首相なんて到底ムリな話である。樽床伸二元国対委員長(52)、小沢鋭仁元環境相(57)らはほぼ泡沫候補と言っていい。

今回は回避すると目されている大本命の前原誠司前外相(49)は、仙石氏と共に反米親中(韓)国の売国奴とも揶揄されているし、数年前の故・永田議員の偽メール事件で状況判断力に大いに疑問符が付いた事を忘れてはいけない。

さらに問題なのは、これらの候補者が主義主張を無視してそそくさと小沢詣で、鳩山詣でをやってる事である。

そこではあろう事か、党執行部で決定されたはずの小沢一郎氏の党員資格停止の撤回を進言しているではないか! 結局は小沢&鳩山グループの票如何で代表が決まってしまうのなら、それは自民党の旧態然とした派閥の論理と何ら変わらないという事じゃないか!

誰が民主党代表、すなわち日本国総理大臣になろうとも、その前にはざっと挙げるだけでも震災復興、原発事故処理、円高対策、経済振興、そして領土問題を含む外交政策などの問題・課題が山積なのだ。解は決して単純ではなく容易でもない。候補者にその覚悟はあるか。本物の救国政治家の自覚があるか。

こんな世の中、国と国民のためだけに純粋に命を懸けるような政治家なぞもはや望むべくもないのは承知の上だが、それでもこの状況で敢えて手を挙げようとするならば、全身全霊で覚悟の声を発するべきだ。万一道半ばで死んだとしても、そういう政治家ならば国民はきちんと認めるだろうよ。





一見さんお断り?

津波で流失した陸前高田市の景勝地「高田松原」の松の木材を、京都の伝統行事「五山送り火」の「大文字」で使う計画が取り止めになった問題。

被災者は松から作った数100本の薪に亡くなった家族への思いや復興への決意を書き込んでいた。

ところが計画が報道された6月末以降、京都市に「放射能汚染された灰が飛ぶのでは」と不安を訴える苦情が40件程度あり、関係者の自宅にも抗議の電話があったという。

大文字保存会(京都市)は薪の欠片を取り寄せ、民間会社でセシウムとヨウ素の検査をしたが何も検出されなかったが「不安は完全に拭えない」と中止を決断した。

「送り火は死者を鎮魂する場で被災者の思いに応えられる場。『一見さんお断り』のようで、京都市民として恥ずかしい」「陸前高田市は原発から離れているのに、被災地の思いを届けようとする真摯な取り組みをなぜ中止するのか」などの抗議の声が殺到しているという。

それにしても何という誤解、何という判断なのだろうか。

何かとヨソモノに冷たいと言われて来た京都。これでますますその閉鎖性を表してしまった事になる。仮に汚染があったにせよ、たった数100本の護摩札状の薪を燃やしたところでどれほどの影響があると言うのか。もう少し冷静に考えられないのだろうか。

それより何より、この企画に希望を見出し大いに喜んだであろう陸前高田市の被災者に、結果的に持ち上げて落とすような二重の失望を与えた事をどう思うのか。相手を慮る日本人の美しい気持ちはどこへ行ってしまったのか。

安易に苦情を寄せたのも、安全を確認しながらも中止と判断したのも、そしてそれに抗議したのも同じ京都人。だが、こういう後ろ向きの感性が知らず知らずのうちに日本人全体のメンタリティとして根付いて行っていない事を切に願うばかりだ。

・・・・・・・

さて、研修ツアーはいよいよ最終コーナーからラストスパートの直線へと突入。一昨日からの東京の2会場をこなして、いよいよラス前となる横浜会場へ前泊移動。

実はこの横浜、私が前回研修を担当したのは2年近く前になる。これまで地元出身のトレーナーが2名いたせいもあるが、不思議とお鉢が回って来なかったから久しぶりもいいところだ。この間、ここのトップが2度替わったほどである。

ところがこの会場の受講者の評判がすこぶる悪いのである。

特に、若手を引っ張るべきベテランクラスの受講者に積極的な姿勢が見えないし、一部のマネジャークラスも同類項だとか。初めて担当したトレーナーほどその洗礼を受けるらしい。それゆえトレーナー間でも随分前から問題視されていた会場なのだ。

その中の40代後半の営業部員Iは、かつて我々と同じ部署にいた人間である。そのIの受講態度は言うまでもなく、受講者アンケートの評価も恣意的に低く付けるわ、コメントには本社批判満載だわなのである。なぜにかつての古巣をそこまで貶めるような言動をするのかよく分からんが、文字どおり斜に構えている。

それと相俟ってIに迎合する若手やベテランも少なからずいたという。

今回の組織改訂ではそこいらにメスが入って大幅な異動が為されたものの、相変わらずIは動かずにそこにいる。とっくにマネジャーになってもおかしくない年代にもかかわらず、一方で引き取り手がいないというのがホントのところかもしれない。

さてどこまで改善されたかは明日のお楽しみだ。もしも私の前で同じような態度を取ろうモンなら、もちろん私は許さないけど。

ま、あれやこれやは明日吹く風に任せるとして、今夜は行きつけの中華街「東林」にて、POOBメンバーのくりみ氏と久々に一献傾けようと思っている。今はそれがひたすら楽しみである。





夏が来れば思い出す

「名古屋もようやく暑い日に戻ったみたいですね」

朝、研修会場へ向かうタクシーの運転手が語りかけて来た。思わずうなづく。

10年ほど前に2年間名古屋勤務をしていた私は、夏の名古屋の灼熱地獄は経験している。海に面した県なのに、夕方から風がピタッと止まる。そこから猛烈な気温と湿度が襲いかかって来る。その脅威は東京などの比ではない。独身者などは部屋のエアコンをこの時間から作動するようにタイマーセットして出勤するという。

だから夏場は名古屋、京都、大阪、岡山には近づいてはいけないというのが我が家の家訓である。

・・・・・・・

暑い夏を迎えるたびに思い出されるのが、幼児の車中置き去り死亡事故である。特にパチンコ屋。

先月も石川県で両親が4時間半に渡ってパチンコをしている間に、窓を閉め切った車内で1歳の女児が死亡している。それでなくてもここ数年、犠牲者の出ない夏はない。幼い子供は家族の王様と言っていいだろう。家族の一日は子供を中心に回っている。幼い子供の親であればそれで当然なのである。

なのに、子供を放っておいて、いや、閉じ込めてパチンコや遊びに興じる。結果、子供は熱中症で命を落とすとは何という不条理だろうか。まさか子供を殺そうとは思ってはいないだろうが、親という立場を忘れてただの男女になり下がってしまった事が過失致死を招いているのだ。

警察庁は業を煮やして「子連れ駐車」の拒否を検討するよう業界団体に要請したと言うが、何をかいわんやである。CR機導入の例を持ち出すまでもなく、警察と業界の癒着の構造は根強く根深い。これまでさんざん利権を貪り合って来たのだから、警察には事故誘発の責任の一端を感じてこそ、他人事ヅラなど許されるはずがなかろう。いっそパチンコそのものを禁じるべきだとの世論ももっともである。

それにしても、パチンコとは事ほど左様に人を狂わせるものなのか? 

私がパチンコでタバコを稼いでいた30年前あたりは、穴に入ってナンボという時代だった。だから帰宅後に一度店を覗いて出ている台の番号を覚え、閉店1時間前に行けばその台は空いているから連戦連勝だった。勝ったとしてもせいぜい数千円程度の額だったから、勝っても負けても小遣い銭の範囲だったので、その頃のパチンコは娯楽の範疇だった。

この程度なら射幸心もさほど煽られる事もなく、時間の経過や環境の変化と共に自然に離脱する事ができた。

パチンコは80年代のフィーバー台を皮切りに、一万円投じても二万円勝てば良しといったハイリスク・ハイリターンの時代に入った。今ではエンターテインメント性を前面に押し出したキャラクターパチンコ台がテレビCMに堂々と登場するし、業界を挙げてパチンコの本質であるギャンブルという側面を躍起になって覆い隠そうとする意図が見え見えである。なのにそれに乗っかる哀れな思考停止の日本人がいかに多い事か。

そのおかげか、いまやパチンコ業界は数十兆円の巨大産業となってしまった。

グレーゾーンはあっても日本の法律で認められているパチンコに、たとえ数十万円の損を負ってものめり込むのは個人の自由だろうが、それが子供の命と引き換えでは全くワリに合わないじゃないか。失ってから後悔するのはモノだけでいい。命は戻りもしなければ代えも利かないのだ。親なら自覚せい!

これはむしろ虐待と言ってもいいのではないだろうか?

虐待と言えば「躾け」という名目の下に行われるDV。

大抵は子供と血の繋がりのない内縁男あたりがやらかすのだが、哀れな事に「親」であるより「女」である事を選んでしまった母親は、それを止められない。本来なら身体を張ってでも子供を守るはずなのに、惚れた女の弱みか豹変した男が怖いのか、母性本能を発揮する事なく我が子を死に至らしめる。それでは犬猫以下ではないか。

そんな親には、子供が被ったものと同じ思いをさせてやればいい。目には目をという刑罰が認められないのならそれも結構、だったら「躾け」という名目でいい。自覚を持たない出来の悪い親を真っ当な親へと公の力で躾けてやるのだ。それこそ「更生の余地」じゃないの?

なあに、途中でクタバリもしようものなら、それこそ彼らお得意の「しょうがなかった」。

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幕張、東京、名古屋と来て、明日の福岡で研修ツアー2週目が終わる。

真夏がぶり返した東京へ戻るのはいささか憂鬱だが、やっぱり自分の家の枕とベッドが一番しっくり来る。最終週は都内で2回、横浜、大阪で千秋楽を迎える予定だから、あとひとフンバリだ。

幸い、夏バテとも夏カゼとも無縁で過ごしている。あ、二日酔いもね。





半分過ぎて日が暮れて

もはや驚きはしないけど、ついに一年の半分が過ぎ去った。

原子力保安院の西山ヅラ男審議官が更迭された。親子ほども離れた女子職員とお楽しみ(もしかして単なるパパだったかも?)がバレ、不倫報道の末の更迭だった。原発事故さえなかったら、ヅラも不倫も全国に晒される事もなかったろうに。

でも、その理由が倫理観の欠如だの国民に信用されないだのという事なら、モナチュー細野の原発事故収束・再発防止担当相任命も負けず劣らず問題なんじゃないの? 

・・・・・・・

不倫のヅラ男に最初は厳重注意だけだったが、ついに更迭した海江田経産相は原発に関して造詣が深いわけではない。その彼が停止中の玄海原発の再開を要請すべく、佐賀県庁に赴いた。

反原発派市民の怒号飛び交う中、相対する岸本玄海町長やそれまで判断を保留していた古川佐賀県知事が揃って「安全性の問題はクリアされたと考える」と再開を容認したのである。おいおい、アンタらも原発に詳しいワケじゃあるまいに、何をもってクリアされたと言えてしまうのか?

玄海町には原発関連交付金の99%が入り、町の歳入の実に6割を占める。この町は人口は6500人ほどなのに、公民館やコンサートホールにスパ施設などなど、その規模からはおよそ分不相応とも言うべき豪華な施設が点在する。一方で隣りの唐津市の原発交付金歳入は1%にも満たないと言うから、いかに建設地のみが優遇されているかが分かる。坂井唐津市長が再開に否定的なのは無理もない。

いっその事、いつ来るかどの程度の規模かも分からない地震や津波のリスクよりも町の歳入と雇用の方が遥かに重要なのだと言ってしまえば良いのだ。これは沖縄の基地事情ともよく符合する切ない現実なのだろう。

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そんな中、延期されていた会社の組織変更と人事異動が公示された。

主要製品の領域別に3つの事業部に分かれ、今までの支店制から事業エリア毎にそれぞれの領域事業部の営業部長が取り仕切るという組織になった。支店長がある意味一人天皇だったとすれば、これからはトロイカ体制か社内ライバル3社体制かというイメージだ。

それに伴う異動人事には驚かされた。

徐々に会社内の発言力を増し、自ら率いる領域の実績が他の領域を上回っている弱冠40代半ばのNさん。彼の持論の一つは「マネジャーはプレイヤーとしてもトップクラスでなければ誰も付いては来ない。ただ部下管理だけのマネジャーは要らない」である。

そのアオリを食って降格させられたマネジャーは片手では足りない。いきなり降格させられたマネジャーは、今度は一営業部員としてどこかのマネジャーの部下になるという厳しい沙汰だった。中にはそれを否として退社を覚悟した者もいるという。

Nさんの持論は確かに正論かもしれないが、そのウラにはNさん個人の好き嫌い人事の色も見え隠れしている点が気になるのだ。3事業部制となったためマネジャーのポストが増え、若い世代からの登用も確かにあった。だがそのいくつかは、Nさんの支店長時代の部下ばかりだったのである。

ただでさえ自分の息の掛かったメンバーで側近を固め、さらに現場のマネジャーの殆ども今回の人事でそうした。目の上のタンコブだった、元の会社から先に来ていた年上の支店長もラインから葬った。ま、彼はそうされても仕方のない人物だったけど。

そして最終的にNさんがダメ出ししたメンバーの多くを、かつて自分の管轄だった専門領域部門へ受けさせるという形を取ったのである。そこのトップは元自分の部下だったから、さぞや話はカンタンだったろう。おかげで私は、怒りこそあれモチベーション最悪の元マネジャーを中心とした新メンバーおよそ10名に製品研修をしなくてはならなくなったのである。

こんな形での異動や研修なんて、まったくお互いに理不尽この上ないよな。




破壊と汚染

一度は退陣を口にしながら、今もってその時期をはぐらかす。いや、なお居座ろうとあれこれ弄する総理大臣。

そんな愚にもつかぬ政局に振り回される永田町。被災地から離れているのは単に地理的な距離だけではない。常日頃、国民と共にあると公言して憚らぬ政治家連中の目や心までもが、被災地から遥かに遠のいた感じがしないだろうか。

ならばいっそ、AKB48の総選挙で上位に入った6人の顔のパーツを組み合わせたCGの新人「江口愛美」のように、政治家それぞれの長所を合わせて「バーチャル総理」でも作った方がよっぽどマシかもしれない。もっとも、こちらの総選挙はいつになるやらさっぱり分からないけど。

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震災から100日を超えた。復興、復興との掛け声が連日マスコミからも流れている。

一口に被災地と言っても、片や地震と津波ですべてを破壊され、残されたのは膨大なヘドロとガレキという地域。片や地震を免れたとしても原発事故による放射能汚染を受け、いつ戻れるかも分からぬ避難を余儀なくされた地域。

どちらの被害がより重く深刻かという議論は意味がないものの、とある日、ふとそれが話題になった折にカミさん曰く「そりゃ放射能汚染地域の方がより大変よ」「ヘドロとガレキはいずれは取り除けるし、少なくともいつでも人が入って活動できるじゃない」「汚染地域は、もしもこのまま帰れないなんて事態にでもなったら、復興も何もないでしょう」

もし今の私の環境で、この2つの被害を受けたとしたらと想像してみる。

ローンを抱えた家がガレキと化した喪失感に加え、残った土地にさらなる大借金を背負って家を建てる気力と余裕なんて到底持てないだろう。二重三重ローンがその最大の理由だが、現にそれが今、被災地で大きな問題になっている。建てようにもヘドロとガレキの撤去、復興プランに基づく建築許可という問題も横たわっている。自宅だけではなく、船や会社も破壊されていては今後の収入の見通しすら立たない。

自宅は無事そこにある。町もそのまま変わってはいない。だが人は誰もいない。これが放射能汚染を受けて住民が避難した地域の風景だ。自分の家で生活をするどころか、立ち入りさえもできない。避難先ではまったく別の生活を一からやり直さなければならないのだ。無傷の自宅がそこにありながら。

放射能汚染が悲惨なのは、地震や津波、洪水などの天災と違って被害状況が目に見えないという点だ。だから一見しただけでは、これが被害なのだと理解できないのである。感覚的に受け入れられないのだ。そして大抵の場合、天災の場合よりもその状態がずっと長く続くのはチェルノブイリやスリーマイル島で実証済みだ。

人は未来があると思えばこそ希望を持てるのであって、先の見えない希望なぞ持てるものではあるまい。

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野党のみならず与党からも早期退陣を求められた総理大臣は、今度は「再生エネルギー特別措置法案」の成立を退陣の条件に加えたという。政府も政府で、海江田経産相がこの期に及んで伊方原発や玄海原発、川内原発などの再開を首長に要請したという。

現在、福島第一・第二原発が停止している中でも東京の電力の需給バランスは十分保たれている。このままなら、夏が来ても突然の停電に陥る危険はそれほど大きくはないと言える状況だろう。つまり、東京へ電力を供給している主要2ヶ所の原発が作動しなくてもやっていけるという事に他ならないじゃないか。

被災地への援助に関する法案成立を急ぐのならいざ知らず、今後のエネルギー問題は必ずしも危急の課題とは言えないだろう。それが菅総理のライフワークだろうが何だろうが知ったこっちゃないわ!

退陣の花道とやらが欲しいのなら、早急に被災者の援助と被災地の復興の道を示せ。たとえそれが置き土産でもいい、そうしたら国民は拍手を送るだろう。せめて最後は少しばかりの拍手くらい受けて去ってくれ。






震災3ヶ月と反原発デモ

東日本大震災から今日で3ヶ月。「人のウワサも75日」ではないけれども、ともすれば震災当初に受けたインパクトが知らぬ間に薄れ始めてはいないだろうか?

地震発生時刻の午後2時46分には被災地で黙祷が捧げられたとTVが伝えていた。だが、祈る姿のその向うの景色は、3ヶ月前とさほど変わっておらず、津波がさらって行った跡の荒涼たる平地が無残に広がっているままだった。

ヘドロの撤去やガレキの捜索も遅々として進んでいないようだ。死者は1万5千人以上、行方不明者も8千人以上、今も9万人以上が避難生活を強いられているのである。漁港には魚が腐敗臭を放っているし、この季節はハエや蚊が大量に発生して来るので、感染症の蔓延が心配される。田畑の塩害も数年は回復しないだろう。それどころか住人のライフラインすら復旧していない有り様である。

やっと供給され始めた仮設住宅に避難所から移った人は原則自立と見なされ、避難所のような食料などの配給は受けられない。だから仮設住宅に当選しても入居できない本末転倒に陥ってしまった人もいる。配給を行なって来た地域も今日で終了するという。

そんな仮設住宅の住人の声が画面から伝わって来る。

食料はもちろん、食器や日用品が足りない、収納棚が少ない、配線やコンセントが壁の上を這っているので危ない、網戸が欲しいなど、一見すると仮設住宅といえども入れるだけマシだろうにと思われがちだが、その声を誰が責められようか。

支援物資の受付が終わり始めている一方で、2000億円を上回る義援金はまだ10数%しか被災者に渡っていないという。当初は現物支給が必要だが、やっぱり最後は賞味期限のない金銭がモノを言う。公平うんぬんよりもスピード重視で被災者へ届けなければ、募金した人々の思いが空振りに終わりかねない。

被災後100日近く経ってもこんな生活しか提供されないとしたら、被災者のこの国に対する失望感はいかばかりだろうか。圧倒的な絶望に襲われた人々にとって、先の見えない希望を持てと言われる事ほど辛いものはない。

ところが永田町では、菅総理の退陣時期を巡って相も変わらず政局真っ最中の様相だ。爆笑問題の太田光じゃないけれど、いっそ国会を被災地に移してみろと言いたい。少なくとも復興構想会議あたりは被災地で行なったらいい。ついでに東電と原子力保安院は福島へ行け。

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一向に進まないのは原発事故処理も同じだ。今や福島県に限らず広い地域で放射能汚染が確認されている。その地域は東京や神奈川までに及んでいる。内部被曝防止のために遠隔地移住を本気で考える人も出始めているし、二度と故郷には戻れないだろうと悲しい覚悟を決めざるを得ない人もいる。

原発反対100万人デモが全国各地で実施されたという。

きっかけは反原発派のいわゆる左派プロ市民の連中かもしれないが、参加者が若者が多くを占めているというのがこれまでと違うとニュースは伝えている。レポーターは、政治に無関心と言われている層が行動している事が、今後の新しい潮流となるかもしれないと言うが、その見方はまだ早計だろう。

今回のデモ行動への彼らの瞬発力は近年見られなかっただけに大いに買うが、持続力については懐疑的だ。原発の是非が十分議論されないうちのデモは、いっときの熱がそうさせたに過ぎないかもしれないからである。感情の昂ぶりだけではなく冷静な分析も求められる。結論までには時間が必要だ。

電気に頼り切っている生活を、果たして彼らは原発以外の発電による供給量で済むように変えられるのか? ソーラーパネルやLED電球を自宅に設置するのか? 自家用車を止められるのか? そして高くなった電気代を未来永劫払い続ける覚悟があるのか?

情けない事に、私はまだその覚悟を明らかに出来ないでいる。




大山鳴動して・・・

「(不信任案に)賛成しか選択肢はない」
「変わりありません。全ては国民のため」
「一致団結して行動(反対)してほしい」

昨夜、今朝、そして昼。これが仮にも日本国総理大臣を務めた政治家のわずか半日間に発言されたセリフである。常人には俄かに信じがたい事だが、発言の主が言わずと知れた「宇宙人」鳩山由紀夫氏であればむべなるかな、だ。

民主党代議士会の直前に彼は菅首相と会談し、辞任時期を復興基本法案の成立、第2次補正予算案の編成というタイミングについて「菅首相と鳩山で合意した」と明らかにした。党内が結束して内閣不信任案否決に向けて行動するよう呼び掛けたのはその直後だった。

思い起こせば1年前の6月2日、小沢幹事長を道連れに普天間問題などで辞意を表明した彼は「首相経験者が後々まで影響力を及ぼしてはならない」と議員辞職の構えだったものの、舌の根が乾かぬうちに翻意。9月の民主党代表選では、前の日まで菅代表支持を公言していたと思いきや、一夜にして「小沢さんのおかげで総理大臣にまで導いていただいた。小沢さんには大義がある」などと、一転、小沢支持に回った。

死んだフリでも死んでてもどっちでもいいこんな人物が、政局をいいことに突然ゴソゴソ動き始めて党内を振り回す。もはや優柔不断だとか3歩歩けば忘れる鶏だとかいうよりも、全く先が見えていないアフォそのものである。すでに老醜政治家と断じてもよかろうよ。

一方で、弟の鳩山邦夫氏が新党改革の舛添要一代表と会談し、不信任案に賛成する小沢氏や鳩山由紀夫氏と連携して新党を結成する考えを伝え、舛添氏にも、党幹部として参加してほしいと打診したという。兄が一夜で翻意してしまった今となっては、弟はピエロそのものだ。ホント、この兄弟はやることなすこと…。

・・・・・・・

で、不信任案の採決。結果は賛成152票、反対293票(過半数223票)の圧倒的大差で否決された。

首相が一定のメドがついた時点での退陣を表明した事を受け、鳩山氏同様に小沢氏が「首相から今までなかった発言を引き出したのだから、自主的判断でいい」と不信任案に賛成しないよう呼びかけたため、大量造反はなかった。ただ、こちらも翻意した原口一博氏らが投票直前まで説得を試みたものの、松木謙公氏は賛成票を投じた。小沢氏は何と本会議を欠席した!

結局、これはデキレースだったのか、単なる茶番劇だったのか?

いずれにせよ、鳩山、小沢両氏のドタン場の「大人の対応」によって沈没したのは「怪気炎だけで空振り三振」の谷垣氏、「出番を間違えたホワイトナイト」の鳩山弟、「ひとり加藤の乱」の松木氏だった。特に松木氏は、親分は自主判断と言い残して欠席、反対票に回った仲間が止めるのも聞かずに賛成票を投じたのは、大人になり切れない意地の為せるワザだったか。まあ、まったく同情には値しないわな。こんなの一世一代男を賭ける場面なんかじゃない。

さて、早くも「一定のメド」とは何を指し、いつの事なのかと党内外で紛糾し始めているらしい。岡田幹事長は、造反・欠席者に除籍・党員資格停止(党員資格停止中の小沢氏は除籍)などの処分を下すと言ったが、日教組出身で小沢グループの輿石氏は猛反対だと。政党としてのケジメもつけられないのか?

せっかく否決を勝ち取った菅内閣も、ここで小沢氏の息の根を止めておかなければ、またぞろ後ろから切りつけられかねないだろうし、行く手には震災復興、原発処理、エコ問題、普天間問題などの難題山積で、こちらは今度こそ国民に認められるスピードで成果を見せなければならない。

これぞ前門の虎、後門の狼。

もっとも、それ以前に辞任を自ら口にした「死に体総理」を誰がマトモに相手にするというのか? 

「いや~ん、バ菅」なんて言ってる場合じゃないよな。





やっと当たり前の判決が

「卒業式で国旗に向かって起立し、国歌を斉唱するよう教師に命じた校長の職務命令は憲法に違反しない」と初めて最高裁が結論付けた。原告は、定年後の再雇用を都から拒否された都立高校の元教師で、その損害賠償を求めた訴訟の上告審判決だった。

元教師は「君が代を起立して斉唱する事は(教え子の在日朝鮮人や中国人に対して)良心が許さない」と訴えていた。したがって校長の職務命令は思想・良心の自由を保障した憲法に違反すると主張していたのである。

この判決について、新聞各社は記事や社説などで取り上げていた。最高裁判決に肯定的な論調は読売と産経で、朝日、毎日、東京は原告寄りか中立的論調だった。さもありなん。

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…国旗・国歌については、おおらかに考えてもいいのではないか。不起立を貫く教員は、東京ではいまや少数者である。昨年度の卒業式で処分を受けたのは、6人に過ぎない。サッカーの国際試合やオリンピックなどで、大勢の国民が日の丸を振りつつ、君が代を口ずさむのは、決して誰かに強制されたものではないはずだ。(東京新聞)

サッカーやオリンピックで日の丸や君が代に沸くのは、必ずしも選手や観衆の愛国心の発露というわけではなく、むしろゲームやイベントを盛り上げるツールの一つと捉えているのではと思う。あるいは、選手が国の代表という事に対するリスペクトに通じる表現かもしれない。それを強制かどうかと比較したところで始まるまい。

だけど、その根底には日本国=日の丸&君が代という認識がなければならず、それは幼い時からの教育によって醸成されるものだ。だから教師によってブレない一貫した教育が必要なのである。


…1999年に国旗・国歌法が成立した際、過去の歴史に配慮して国旗・国歌の尊重を義務づける規定は盛り込まれなかった。教育現場の自治や裁量に委ねることが本来、望ましい姿ではないか。(毎日新聞)

教育現場の自治や裁量に大いに疑問符が付いた日教組という組織を忘れてはならない。学校組織に反体制などという政治的思想を持ち込み、要求貫徹のためならストすら辞さずという姿勢こそ教育者としてあるまじき行為ではなかったのか。責任の伴わない自由を認めてしまっては、望ましい姿なぞ永遠に絵に描いた餅となろう。


…手放し、無条件の合憲判断ではないことに留意しよう。教育行政に携わる人、そして起立条例案の採決が迫る大阪府議会の関係者は、判決の趣旨をしっかり理解してほしい。一方で、最高裁の姿勢には疑念と失望を禁じ得ない。多数者の意向や勢いに流されず、少数者を保護する。それが司法の大切な使命だ。(朝日新聞)

朝日はいつまで亡国論を主張するのだろうか。少数者を保護するのは政治や行政の仕事である。裁判所が少数者を保護するあまり判決を曲げてしまうことなど許されるはずがない。その実、朝日の論調の本音は、自分達の左派的思想信条を否定されたようなこの判決を、一見公正中立に聞こえる言葉にまみれさせることによって相対化してしまいたいのである。相変わらず姑息な手だ。


…妥当な判断である。判決が指摘するように、公立学校の教師は本来、「法令や職務命令に従わなければならない」ことを自覚すべきだろう。自国、他国の国旗・国歌に敬意を表すのは国際的な常識、マナーである。そのことを自然な形で子供たちに教える教育現場にしなければならない。この判決を機に、教育現場で長く続いている国旗・国歌を巡る処分や訴訟などの混乱に終止符を打つべきだ。(読売新聞)

国民に対する教育の権限は国にあるが、それがどこから見ても公正で中立などと言える国などどこにもない。だが、国公立校でその教育の実務を担っているのは公務員である教師だ。だから教師は国の行政機関の一員として、国の定めた学習指導要領に基づいて教育する義務があるのは至極当然のことである。

その学習指導要領が「国旗掲揚と国歌斉唱は入学式や卒業式で指導するものとする」と定めているにも関わらず、一部の教師がこれらを拒否してきた経緯がある。いい加減に「個」の執着から「公」の遂行へ精神を脱皮させよ!


…東京だけでも国旗・国歌をめぐる同様の訴訟が24件も起きている。750人近い教職員がその当事者となっているというから、驚きである。自分の思想信条と合わない職務命令には従いたくない。聞こえはいいかもしれないが、普通の企業や組織ではそれは「わがまま」という。(産経新聞)

たとえば、私は会社のマークや社歌を歌うことに良心が許さない、などと公言し拒否しようものならクビは当然だろう。それほど個人の思想信条に殉じたいのであれば、少なくとも公立校の教師という職業を選択するべきではない。それが登場して来ない世界に行くか、主張したければ講演や文筆など別の表現方法を選択すれば良いのである。

・・・・・・・

生徒自らが望んだ私立校ならいざ知らず、誰もが選択でき、我々の税金によって運営される公立校という場で、教師の個人的な思想信条を押しつけられたらたまったものではない。個人的な思想信条とは、人が成長する過程で自ら学んだり経験した中で培われるものであって、その是非の判断すらあやふやな年代に一方的に刷り込まれるものではない。

もし私の子供が国旗、国歌を蔑視したり敬意を払わぬような教師の態度を見せられたり教えを受けたりしたとしたら、決して国粋主義者などではない私なのだが、それでも親という立場から断じて看過することはできない。






ばいばいキャンディーズ

元キャンディーズで女優のスーちゃんこと田中好子さんが逝ってしまった。結婚の翌年、30代での乳がんの発症から20年近く再発と治療との戦いの末、55歳で力尽きた。心からご冥福をお祈りしたい。

言うまでもなくキャンディーズは、青春真っ盛りの私の高校時代にデビューした。それはアイドルという存在が当たり前だった時代、彼女ら3人組は爽やかな風のように登場した。今でこそ「ラン、スー、ミキ」の順に呼ばれるが、デビューから4曲目まではスーちゃんがセンターだったから「スー、ラン、ミキ」が元祖の呼び順である。初めて見た時からスーちゃんが一番好きだった。

アイドルと言えば、現在ではAKB48あたりを指すだろうが、オタク相手のマーケットから発生したAKB48とスクールメイツ出身のキャンディーズとはカラーが違う。AKB48のメンバーの殆どを知らない人は多いが、キャンディーズは老若男女すべてにファン層があった。この時代を席巻していたベストテン番組やドリフターズの「8時だョ!全員集合」などに出演し、歌に踊りにタンブリングにと文字通りお茶の間の期待にしっかり応えていた。

彼女らが大活躍した70年代は、一方で喪失の時代でもあった。海外ではビートルズやサイモン&ガーファンクル、国内ではかぐや姫やグレープなどのフォークグループがこの年代に解散していった。大きなものが誕生する時には物心が付いておらず、ようやくそれらと巡り合って好きになった頃にいなくなってしまう。我々のジェネレーションはそんな「喪失の世代」だと思っている。

だから、デビューから解散コンサートまで足掛け5年程度だったものの、誕生から解散までの全てを同世代の人間としてリアルタイムに見て来られたというのは貴重だった。数あるキャンディーズの歌の中で、私が一番スキだったのは「アン・ドゥ・トロワ」である。曲より歌詞が多い「字余りフォーク」の吉田拓郎によるバラード調のこの曲が、彼女らをアイドル歌手からアダルトな雰囲気のグループに脱皮させたような気がした。

「普通の女の子に戻りたいんです!」というセリフは、「本当に私たちは幸せでした!」と共に今も語り継がれている。

と言いつつ、何だかんだで芸能界に復帰したのは「おいおい、そりゃ普通の女の子じゃないだろが」とツッコミたくもなったが、ピンクレディーなどのように再結成に走らなかったのは実に潔いと思う。女優としてのスーちゃんは、決して歌唱力が優れていたわけじゃなかったキャンディーズの時よりも存在感があったように感じた。特に、大人の女役だったランちゃんに比べ母親役のスーちゃんは、より適役で板に付いていたように思われた。

それは彼女の本来の性格に拠るところももちろんだろうが、静かに乳がんと闘い続けて来た強さに拠るところでもあったに違いない。それらは彼女の演じる母の愛と強さに繋がっていたはずだ。

キャンディーズを揃って見る事は事実上かなわなくなってしまった。この話を会社でしても、若い連中には全然通じなくなってしまった時の流れにも寂しさを覚える。過去の歴史と片付けてしまうにはいかにも早過ぎるだろう。

スーちゃんが愛くるしい笑顔で歌ったあの顔、演技で見せた強さを秘めた女のあの目、きっといつまでも忘れない。 合掌






選択肢が、ない!

この歳にもなると、朝は結構早く目覚める。今日も目覚めたベッドの上でだけれどもフジTV「新報道2001」を観た。

都知事選に立候補した4人の候補者を集め、東京の危機管理を中心に討論するという企画だ。討論番組は結構だが、いかんせん民放では時間の制限が特にキツいため、決まって最後は消化不良で終わる。それでも現職を含めた有力候補者が一堂に会するのは初めてだろうから、それぞれの主張を興味深く見つめていた。

現職顔負けの露骨な後出しジャンケンを弄したヒガシ。

その語り口はエモーショナル度No1。人の気付かない訴求ポイントを持っていて、熱を帯びた思いも感じさせる。だが、彼は骨を埋めるとまで言った宮崎県知事時代に自民党総裁選に色気を見せ、挙句にわずか一期で辞めての今回の転進である。野心は結構だが、上げ潮と見れば後ろを省みずに乗っかってしまう姿勢に疑問が湧く。

マスコミを使った広告塔の時はそれなりに成果も挙がったが、あくまでそれは平時の場合だ。鳥インフルエンザや口蹄疫などの非常時では決断が遅れたり情に流されたりで、お世辞にも為政者としてリーダーシップを発揮したとは言えない。宮崎よりも遥かに巨大な東京が非常時に陥った時、果たして彼に任せられるだろうか。

経営者のみならず教育者の顔を持つワタミ。

言葉のアタリは柔らかく、政治家に欠如しがちな経営感覚を都政に持ち込み、経済で都政を建て直すという主張は新鮮だ。だが、見えるのは経営者の視点のみで、政治的感覚については未知数だ。居酒屋というごく限られた分野の経営と時に国内外まで波及する都政とは、その規模も難易度もケタ違いである。

経営者というのは独断専行に陥りやすい面もあるし、逆に協調路線を前面に出せば手練手管に長けた議会や役人の言いなりになりかねない。就任しばらくは何も出来ないか、早々と議会と対立するか。そのさじ加減を間違うと、この人の行く末は、あの阿久根市の竹原信一氏か青島幸男氏だろう。

ついに共産党の仮面を脱ぎ捨てたコイケ。

姑息な策を弄する事もなく、いち早く立候補を表明したその心意気やよし。カネや利権にまみれていないクリーンさも好印象だ。だが、いくら無所属だと言い張っても、筋金入りの共産党員という認識は払拭できない。共産党のイメージは、庶民の味方と言いつつ所詮は実現不可能な理想論で権力に反対するだけの政党というものだろう。

かつて美濃部亮吉氏という、マルクス主義者の革新系知事が誕生した東京。その功罪を知る世代も少なくなって来ている今、都民は現職と候補者の中で最も異なる路線を主張するこの人に何を感じるだろうか。有権者は、少なくとも思わぬ方向への政策転換、もしくはお題目だけで何も実現しないというリスクを覚悟した上で選択すべきである。

後継候補のハシゴさえ外した究極の後だし立候補の現職イシハラ。

こんな後出しジャンケンもあったのか。不出馬をにおわせ、自身の後継と認めて立候補させた松沢神奈川県知事をドタン場で引っ込めての立候補。引っ込んだ松沢氏も松沢氏だが、ハシゴを外され今さら神奈川に戻る事もできないから、おおかた副知事指名の密約でも交わしたか。開いた口が塞がらないとはこの事である。

それより何より、この人は作家でありながら使う言葉の無頓着さが聞き捨てならないのだ。最近も東日本大震災を「天罰だ」と言ってみたり、わざわざ福島県に行って「原発推進だ」と言ってみたり。時に威力を発揮する硬派のリーダーシップというイメージを凌駕するような情のなさ。いかなる意図があったにせよ、これは許せない。

新銀行東京の大赤字、五輪招致の杜撰、築地市場移転の強行、スーパー堤防構想の荒唐無稽、おまけにファミリーへの利益誘導疑惑などなど、検証すべき事テンコ盛りなのに、それらは彼の再選によって葬られてしまうだろう。

なのに、討論を聞いていると、他の候補者が都政を批判するたびに「それはもうやってる」「あなたが知らないだけだ」などと言えてしまうのは、まさに現職の強みだ。そこに彼独特のウラ話を被せると妙に説得力を持って来る。結果、やりとりをすればするほど彼がクローズアップされる事になるのである。

現職に不満を持つ有権者はいつになく多い。だが他の候補者の決定力不足も否めない。このまま世論調査の通りに現職が4期目再選するのか、させていいのか? ならは誰を? 正直、私には選択肢が浮かばないのだ。

一週間後の都民の選択は、果てしなく難しく厳しい。





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Chaie<チャイ>

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最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコースティックギターやウクレレを弾いて70年代フォークを弾き語ったりするのが大好きです。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2などの弦楽器に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きはコンパクト欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経て2010年から「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

某企業でプロフェッショナルな社内研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、2nd Stageは頼れる薬局のOYAJIを目指したいとDgSで張り切ってます。

2013年から膀胱がんサバイバーを継続してます。無病息災よりも一病息災くらいがちょうど良いのかもしれません。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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