安倍首相による
戦後70年談話に対する賛否の評がかまびすしい。
ハタから眺めている身としては、戦後アニバーサリーの年にたまたま政権に就いていた総理大臣と内閣で決めた文言を会見で述べたに過ぎない。いわゆる所信表明とさほど大きな違いがあるとは思えないのだが、テーマがテーマだけに世界の耳目を集め、特に中韓がその内容について批判的な目を向けているのは事実である。
そして14日、記者会見という形でそれが安倍首相の口から語られた。時まさに安全保障関連法案がすったもんだの末に衆議院で可決され、現在参議院で与野党攻防の第二ラウンドが繰り広げられているのだから尚更その言葉に注目が集まったのは無理もない。
安倍政権から提出された安保関連法案に批判的なスタンスを取るマスコミは、秘密保護法の時にあれほど言論の自由を封殺するなと主張していた事がウソのように、その報道の中でことさら戦後60年の小泉談話で使われた「植民地支配」「侵略」「痛切な反省」「お詫び」という4つのキーワードとやらが出るかどうかの「逆言葉狩り」を展開していた。談話を放送している間にそれらのワードを表にして画面に写しながら○やら△を表示して行ったのには笑った。そして呆れた。
結果的にそれらのキーワードは談話に登場したのだが、今度はやれ「主語が無く曖昧」だの「自らの考えでない」だの「引用しただけ」だのと言い始めた。またも笑止。
あのなあ、今回の談話の主旨はそこじゃないだろが! 普段から言論を扱っている連中のくせに、こういう時に限って部分的な言葉という木ばかりあげつらって、文意である森を見ようとしないというのはどういう了見なんだ!
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一部間違っている部分もあるかもしれないが、私が解釈している日本が太平洋戦争へ至った経緯はざっとこうである。当時の世界情勢は強国による侵略と植民地支配は当然の事で、欧米列強はその触手をアジアへ伸ばし、東南アジア諸国をその手中に収め、植民地支配により富を搾取し続けていた。やがてそれが日本へと伸びて来るのは火を見るよりも明らかだった。
1894年、日清戦争を経て清の属国だった朝鮮半島を独立させた。これにより韓国は独立国として日本の影響下に入り、その後の韓国併合へ繋がっていく。韓国併合に際して日本は、それまでの欧米の植民地支配とは真逆の政策、すなわち日本国の同胞として福祉や教育、インフラをはじめとした莫大な投資を行なったのである。仮にも統治した国にこんな富を構築したのは日本だけである。
その後、日本は1904年、日露戦争により列強の一国であるロシアの侵攻を退けた。だが第一次世界大戦を経て1931年、満州事変を機に日中戦争への道を歩き始めるのだった。翌年には満州国を設立し、ついに1937年の盧溝橋事件で日中戦争が始まったのである。
当然、欧米列強は快く思うはずがない。たかだか極東の島国の分際で強国に逆らおうというのだから。果たしてアメリカは日本に対し石油を始めとする資源の輸出を全面禁止したのだった。これでは日本という国が立ち行かない。国際連盟などで外交努力による解決を模索したものの、列強は自分たちの植民地政策を棚に上げ、1941年、日本に対する中国大陸からの総撤退など無理難題をふっかけたハルノートという最後通牒を突きつけた。日本はもはや武力によって打って出なければ国が滅ぶという事態に追い込まれたのだった。そして太平洋戦争が始まった。
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70年談話ではこの経緯について以下の言葉で語られていた。
「欧米諸国が植民地経済を巻き込んだ経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを力の行使によって解決しようと試みました。国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。」
日中戦争から太平洋戦争は、日本の単なる侵略への野望の発露ではなく、欧米列強による国の存亡をも左右する経済的な攻撃が背景にあった。だからと言って武力で解決する道を選択せざるを得なかった事は誤りだったと明言しているのだ。その結果、戦争は当事国のみならず関係各国の一般市民にも多大な損害と苦痛を与えたとも。一方で国際法が禁じていた市民への無差別攻撃への批判も込めて。
「先の大戦では三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の遠い異郷の地にあって飢えや病に苦しみ亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が無残にも犠牲となりました」
「何の罪もない人々に計り知れない損害と苦痛を我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお言葉を失い、ただただ断腸の念を禁じ得ません」
さらに、韓国が執拗に言及している慰安婦問題も意識しつつ、弱い立場に置かれた女性達に対してはこう語った。
「戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいた事も忘れてはなりません」
「私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去をこの胸に刻み続けます。だからこそ我が国は、そうした女性たちの心に常に寄り添う国でありたい」
そして未来への宣言。
「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としてはもう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国はそう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに私たちは静かな誇りを抱きながら、この不動の方針をこれからも貫いてまいります」
たとえ主語があろうがなかろうが、引用であろうがなかろうが、これは安倍首相自身の口から発せられた言葉である事に違いはない。紛れもなく首相としての責任を伴った言葉である事に違いないのである。しかしながら、彼がこの機会に本当に明言したかった「真意」は実はそこではない。
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今回の談話の真意。それは紛れもなく「謝罪への訣別」である。
「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫そしてその先の世代の子どもたちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は世代を超えて過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります」
この言葉、歴代の総理大臣の誰が口にできただろうか。いや、歴代総理大臣はおろか、過去に談話を語った村山氏にせよ小泉氏にせよ考えもしなかった言葉だったに違いない。中韓との関係について未来志向が重要だと口にする輩は多い。だが、如何に真摯な反省と謝罪を繰り返しても、相手は壊れたテープのように謝罪を求め賠償を求め続ける姿勢を変えようとしないではないか。本当に未来志向へ舵を切るのなら、誰かがどこかで「謝罪」の悪しき連鎖を断ち切らなければ次へ進めないではないか。
反省は深く静かに自己に持ち、謝罪は心を込めて相手へ捧げるものだとすれば、70年間もそれを続けてきた国は他にない。ナチスがホロコーストを行なったドイツでさえも社会や教育の中で「記録し、忘れない」姿勢を貫き反省を示しているが、謝罪そのものはすでに過去に決着したものとしている。
安倍首相が悪しき連鎖を断ち切った。この宣言こそマスコミは最優先で取り上げるべきだろ。私はこの「謝罪への訣別宣言」こそが今回の談話の最大の意義だったと思っている。私は決して安倍支持派というわけではないが、これはよくぞ言ったと褒めてあげたい。自虐にこり固まった言葉とおためごかしの外交辞令を語るだけだった過去の談話に比べ何と清々しいのだろうとさえ感じている。これできっと道は開け、いたづらな反日感情から脱却するキッカケにもなるだろうと期待したい。
それでも難クセをつけたい連中、かかって来なさい!