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増税狂騒曲

予想以上のてんやわんやの消費増税狂騒曲。ウチの店舗も例外ではなく、金曜日の晩頃から客足が目立って増えて来たようで、パートさんも時間延長せざるを得なかったようだ。

そして土曜日からは私の三連勤。その土曜日はバイトのK子の遅刻と、まあ例によって見慣れた景色から始まったものの、実はさほど変化のない一日だった。これを見て、結局休日はお出かけ優先だから日曜月曜もそこまで大した事態にはならなさそうだわと店長共々ホッとしたのだった。

ところがこれが大大勘違い‼️

日曜日は昼前から雨との予報だったのに、朝からそんな素振りは一切なく実に良い秋晴れとなったから堪らない。

午前中は今まで見た事のない10数名のレジ待ち行列が出来、普段は閉じている私の所の薬レジを開けて対応をせざるを得なかった。そしてこれがほぼ途切れなく延々と夕刻まで続き、日曜日ゆえ通勤帰りのほとんどない夜の時間帯に至ってやっと落ち着きを見せたのだった。これは年末よりも凄い光景だったわ。

売上げはもちろん新記録‼️

振り返ってみれば、酷かったのは昼〜晩の時間帯までで、私はこの日は予め1時間延長にしていたのだが、最後の1〜2時間の落ち着きからすれば、延長するまでの必要はなかったかのようだった。

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ならば今日、平日の月曜日は更に落ち着いて来るに違いないと、延長なしの定時で退店する予定で出勤した。

平日にしては開店時からいつもよりお客さんの数は多めだったが、レジがパンクする事はなかった。おかげでそれほど多くはない納品の品出しもスムーズに片付け、欠品の目立つ棚を舐めるように見つめながら補充のための発注をこなし、吊り下げ什器などのまだ差し替えられていない増税後用の棚札を作って貼り替えたりする余裕が持てた。

そして夕刻。

そろそろ通勤帰りのお客さんが来店して来る時間帯となり、果たして一人二人三人とOL風のお客さんが見え始めた時だった。まるで電車が到着する間隔に呼応するかのようにまとまった人数が次々と入って来るではないか‼️

それでも夜間帯のバイトの人数を厚くしたシフトを組んでいた店長の采配が当たり、2つあるレジにはレジ担当とサッカー担当のバイトがコンビで張り付く事が出来た。

しかし、行列は増える一方で全く減る気配がない。たちまちもう一人のバイト君と私が組んで薬レジにお客さんを案内してはレジをこなすハメになった。それでも行列は減らない。気が付けば昨日以上の人数がフロアの端まで伸びていたのだった。同時に日用品どころか医薬品も欠品が目立ち始めていた。

行列に向かって「次にお待ちの方、奥のレジまでどうぞ〜!」と必死に呼び込んではレジをこなすの連続で、ようやくひと段落した時には予定時間を1時間超えた午後8時を回っていた。相手のバイト君も私と同じく午後7時上がりの予定だったが、この状況では叶うわけもなく一緒に運命を共にした。

ようやく落ち着いたこのスキに上がってしまおうと薬レジは店仕舞いして強引に本日の営業終了。でも店はまだ終わらないから、今日も昨日に続く売上げ記録となるのはほぼ確実だろう。

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食料品・飲料は8%のまま据え置きとなる軽減税率の適応なので、駆け込み客の主なターゲットはトレペやティッシュ、シャンプーや洗剤などの日用品、ビールや缶チューハイなど酒類、それと医薬品である。

増税とはいえ、現在の8%からわずか2%上がるだけである。例えば300円のトレペが6円上がるだけ。しかも増税後でもキャッシュレスで還元される場合があるし、消費の落ち込みを恐れる小売店は軒並みセールをやるに違いない。

それを今、長蛇の列に並んでただでさえかさばる物をエッチラオッチラ家まで運び、それを格納するスペースまで作らねばならない苦労をしてまで買い込むべきなのかという疑問を私は何度もSNSに書いて来た。

ましてやビールや酒などは豊富にストックがあると逆に気が大きくなっていつもより余計に飲んでしまう事にもなるだろう。ウチの二番手社員は前回の増税の時にそれを経験し、金輪際買い込みは止めましたと笑っていた。

結局、マスコミに煽られた情弱たちが、まるで何かに追い立てられるような強迫観念に突き動かされて押し寄せて来たというのが率直な感想である。大方は支出が増えて終わる事になるだろうに。

貧乏人の銭失いとはよく言ったモンだね。






電光石火の異動通知

他店の二番手社員だったGがウチの店舗の副店長(実質は店長)として異動して来たのは今年1月。こういう時は今度来るのはどんな人物かという噂がアレコレ入って来る。Gの場合は30歳手前と若いが真面目で妻子持ち、その半面、親会社に出向されられた過去もあるという噂だった。

基本的に性善説の私は、根が真面目なら協働して頑張れば早晩店にも慣れて良い職場環境が構築出来るだろう、少なくともまだ一部にいるトンデモ店長の類いではなさそうで良かったなという印象を持った。

ところが、例えば開店業務がやたら時間が掛かったり、担当製品の品出しや発注にも穴があったり、ワークシフト作成などに必要なPCスキルが無かったり、ピシッとした指示や指導が出来なかったりと、少なくとも前勤務店で見て来たであろう店長業務や、二番手社員として携わったであろう業務経験を疑わせるようなスキルしか持ち合わせていなかったのである。

いやいや、きっと店長なりたてで新しい仕事に振り回されていて落ち着かないのだろう、もう少しすればペースも把握して上手く回り始めるに違いないと、文句の一つも言わずに見ていた。

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やがて不満は他のメンバーから出始めた。納品日は朝からベテランパートのK子にお任せで午後出勤。たまにK子が休む日などは朝から出るものの、納品の仕分けも不十分、品出しはその日に終わらず、ヒマさえあれば何やら事務室に籠っているという、アンタ何やってんの状態だと言う。

週1回に減らした出勤日でさえロクに守れないバイトにも契約更新せずの引導を渡せず、ダラダラと契約を引きずった挙句、面接した有望なバイトを人数オーバーで採用出来ずなんていう本末転倒をやらかす。

万引きされた医薬品を空箱展示に変更する事になり、卸に空箱要請の電話をしようとしたスタッフに、それはパワハラになるからと意味不明な理由で制したり、やたらパワハラ恐怖症の言動を口にする。バイトに引導を渡せない理由も同じだった。

一方、ある医薬品を一日集中して売る「1dayコンテスト」が毎月一度あるが、そんな時でも彼は公休日にしたり出勤しても夕刻に帰ったり。店長のそんな姿を見ていれば、他のスタッフのモチベーションは下がりまくるだけ。私もそれなら目標達成なんてどうでもいいから馬なりで行こうと思ったくらいである。

Gは登販資格と栄養士の資格を持っている。同じ登販資格を持った前店長は、私と薬剤コーナーに一緒に立ちつつ、医薬品の選択や勧め方などについていろいろ質問をして来た。私も訊かれれば精一杯の知識や経験に基づいて回答するというキャッチボールの時間を何度も持っていた。

だがGからは一切そのような質問を受ける事が無かった。もはや彼にはそれは必要ないのかとも思い、彼の接客の様子をさりげなく窺っていたが、トンチンカンな事は言わないが決して当たり障りのないレベル以上の接客では無かった。せっかく近くに薬剤師がいるのだから利用すればいいのにね。

また、本部主催の栄養士の会合が月1回あるがGは必ず出席する。たとえその日に店の人手が足りなくても。前店で二番手社員だった立場ならまだしも、今は店長であり店舗の最高責任者である。さらにウチは一般的なDgSで、特に栄養士の必要な店舗ではないのだ。ただでさえ店長会議と毎月の有休で店にいない日があるのに、さらに関係のない会合に出て現場はキツくなるばかり。彼は他の店長とは違って会議などに出た日は終了後に帰店する事も無かった。

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そして半年が経ってもGの担当製品の棚は歯っ欠け状態が続き、特に夏が売り時の制汗スプレーやボディタオルがいつまで待っても商品が全く無いままを見かねて、ついに私はそれを指摘した。

「Gさん、これを見てどう感じる?」

「何がですか?」と返して来たもんだから私はキレた。

小売業(商人)として品揃えは生命線であり、棚を整えるのはお客さんへの礼儀だと私は心得ている。それを全く意に介さないセンスの無さと、それを裏付けるトボけたリアクションが許せなかった。

BYに移動して、その棚が長く欠品のままな事を責め、それを放置していた彼の仕事ぶりを責めた。彼は「そんな事言っても時間が無いんですよ!」と喚いたが、「一方で昼休憩はいつもしっかり1時間取ってるし、毎月有休も取っているじゃないか」と言えば、「それは権利ですから!」と激しく反発する。

「取るなとは言わない。だが、他のスタッフは私も含め、休憩終了時間の5分前には切り上げて仕事に掛かっているんだ」と言えば、パートのK子にそれを言っても直してくれないとまるでお門違いな返答。

いや、問題はそこじゃない。誰でも休憩時間は最大限取りたいに決まっている。半面、時間が足りないのは皆同じで、それを少しでも作り出そうとしているんだ、という事すら想像出来ないようだ。

「休みも結構。それに文句を言うつもりは無いが、ならば自分の仕事はちゃんとやれ!」と言ったところで、「なんでそんな事言うんですかぁぁぁぁ!」と、あろう事か声を上げて泣き出したのである。やがて「本部のオーダーへの対応と店で売りたい気持ちの狭間で苦しんでいた」とも。

まさかの事態に、ああコイツもメンタル系だったのかと思いつつも、「私だってこんな事は言いたくなかった。苦しいなら一人で抱え込まずに皆とコミュニケーションを取ってワークシェアなりを考えて行こう」と納めざるを得なかった。

何せ私は性善説派なのだから。

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それから5日経った納品日になっても例の棚は空っぽのままだった。このままじゃ「大魔神怒るpart2」は必至だが、取り敢えず次の納品日まで待つ事にした。その我慢ついでにツイッターでフォロワーの登販の方々に向けてこの有様を晒す事にした。

案の定、フォロワーからは異口同音に「あり得ない店長」のコメが届いた。そしてその最中、LINEを通じてK子からGの異動を知らせる画像が送られて来たというワケである。

店長の異動は通常なら2年位のスパンだから今回はイレギュラーである。どこかの店長の退職に伴う玉突き人事の結果とも取れるが、それにしては彼も含まれているのはどうした事か。着任半年は明らかに短か過ぎるだろうよ。想像するに、これまでの彼の言動に対する情報の蓄積などでそれなりの評価が下されたのかもしれない。

ま、いずれにせよこれで一件落着。もはや怒る必要もなく、後任者(それもG同様に半年程度で店長になるべく副店長として任命された)に大いに期待するだけである。

いやなに、我々は決して多くは望みません。ただ普通に仕事が出来るレベルであれば十分に協働出来るから。そして自らの背中で語れる情熱の持ち主であればなお、ね。




不躾

店長が公休日だった今朝、開店前に店の電話が鳴った。この時間帯の電話はスタッフの遅刻や欠勤に関わる連絡が多いので嫌な予感がしたけど、案の定、高校生バイトのK子からだった。

「寝坊したので少し遅れます」
「そうですか。で、あとどれくらいで来れる?」
「わかりません」
( … はあ?)「いや、今から支度してここまで来れる時間だよ?」
「わかりません」

自分が遅れる時間も言えないなんて随分と無責任で失礼な話だなと思ったが、開店前の慌しさもあって電話を切った。おそらく彼女はこれまでの遅刻電話で他のスタッフから到着時間を訊かれた事なんてなかったのだろう。

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果たしてK子が来たのは、何とその2時間後であった。ちなみに彼女の自宅は店から15分の所にあると同級生のバイト嬢から聞いていた。

今さらスタッフへの管理指導などをする立場にはない私でも、さすがにこれは看過できず、事務室で彼女に訊いた。

「電話から2時間というのは少し遅れるレベルを超えてますよ。どうして?」
「… 起きたのが自宅じゃなかったから」
( … はああ?)「それはあくまであなたの都合であって、こちらが預かり知る事じゃないです。あなたはまず契約時間迄に来る事が仕事ですから」
「… 」
「奉仕活動ならいざ知らず、お金を貰うって事は、その仕事に責任を持つという事ですよ。ましてお店はチームプレーでやってるから、あなたの仕事のみならず、それをカバーしたスタッフの仕事も滞ってしまうんですよ」

ここに至っても彼女の口から「すみません」の一言も出ない。過去の彼女の挙動から予想はついたが、改めて驚きだった。

「今後はこういう事のないよう自己管理をしっかりしてくださいね」
「… はい」

来た時と同じ解いたままのロングヘアーでフロアに出ようとするから、

「他のスタッフにはお詫びをしてね。あ、それと髪の毛は束ねて」
「… 」

… こんな按配だと、こちらの真意は彼女に毛頭伝わっていないな。

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この一件で彼女のワースケは当初7時間(うち休憩1時間)だったものが、休憩込み5時間となったため、就業規定により休憩時間は取れなくなった。にも関わらず、この日の責任者である社員2号(正社員は店長=1号と彼の2人だけ)は休憩時間をそのままにしていた。これでは実働4時間になってしまうじゃないか。

それに気付いた私が指摘すると「昼ごはん抜きは可哀想だから」などと言うから「ならばもう1時間延長するかどうするか、彼女に訊いてよ」ホントに社員かよ、こいつ。

結局、時間は伸ばしたくないと言う彼女の要望でそのまま休憩無しの勤務継続となった。当然でしょ。

そして彼女の終業時間がやって来て、私の目の前の事務室でタイムカードを押し、これも想像通りだったが、無言で更衣室へと消えて行き、やがて他のスタッフにも一切挨拶なしに帰って行った。挨拶なしも今に始まった事じゃなし。

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K子の勤務態度などはこれまでも度々問題になり、当初の週3回勤務契約が2回になり、最後は1回になった。それでも出たり出なかったりで、いい加減に再契約は無しにすりゃいいものを、パワハラ怖しの店長はそれも告げられなかったのだった。

「躾」を礼儀作法の形とすれば、彼女の言動は躾が為されていない「不躾」そのものだ。他の同級生バイト嬢達もキッチリしているとは言い難いものの、少なくとも彼女よりも基本的な躾は為されている。同級生曰く「K子は彼氏とモメると学校にも出て来なくなる」との事。そんなメンタルなら早晩フラれるかもなんて笑ってもいた。バイトよりデートなんだよね。

まあ、それを差し引いても時間も守れず、挨拶も出来ずの彼女、これまでまともな躾を受けて来なかったのはミエミエで、掛け値なしに彼女の親の顔を見てみたいわ。

きっと親にもマトモに怒られた事のないだろう彼女にとって、思ってもみなかった相手に説教(?)されてメンタルに響き、このまま来なくなろうものなら悪いがこちらとしては思うツボ。それもいいけど、そうなると彼女は近い将来、就職先などでも同じ事を繰り返し、やがて見放され惨めな顛末を辿る事も予想される。それ以前に就職すら覚束ないかもしれないが。

直すなら言ってくれてる今なんだけどね。言われているうちが華、言われなくなったらお終いなんだよ。





平成てんやわんや

何につけても平成最後の平成最後のとマスコミも騒がしいが、元号なんて人類、いや日本人が勝手に拵えた時間の呼び名であって、世界規模や果ては宇宙規模の時間の流れにゃ全く関係ないといささか斜に構えているのは私だけではあるまい。

ま、それでも平成最後の日がたまたま公休日となり、いやでもそれを意識しつつものんびりと過ごしているのだが、このところ仕事の方ではやたらドタバタ続きである。

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一つは、一時沈静化したものの、またも蠢き始めた万引き。その手口や狙われた商品から、決して一時の気の迷いや出来心なんかではなく、明らかにビジネスライクの「窃盗」である。

特に化粧品や薬品は棚や品物の変動がわかるよう、前出しの徹底や陳列数量を固定しているから、不自然に減っているとすぐに察しが付く。

先々週末はその化粧品がターゲットに。空箱やカード陳列の高級品ではなく、実物陳列をしている普及品レベルのファンデーションなどを根こそぎ。防犯カメラ映像を確認すると明らかに大陸系の人間で、黒っぽい空の大型手提げ紙袋を持って入って来る。今から思えばそれだけで十分怪しいのだが、その後入って来たやはり大陸系の女とグルでやっていた。

その男はウチだけでなく近隣の他店にも出没したらしい。別の日なのに服装も紙袋も全く一緒というのがヤツの所業がルーティン化している事を晒していたから、これはまたウチにも来るなと思わせた。それにしてもコイツらの「根こそぎ」というやり口はホントに怒り倍増である。

果たしてそれは的中した。

今度はその一週間後、私の終業時間の1時間後に男は単独でやって来た。防犯カメラで確認すると、服装もほぼ同じ、大型の手提げ紙袋も全く同じだった。悪い事にはヤツの入店時、店長はたまたま入口横のフロア什器が倒れたのを修復中で目視していなかった。ヤツは店内を物色しどこかへ電話をした後、やおらコンドームを鷲掴みして10種類50個ほどを紙袋に入れて去って行った。

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万引きはこれで終わらなかった。

ある中国人男性客が私にスマホの写真を見せながらその風邪薬の有無を訊いて来た。よくある事なので、その場所を案内した。しばらくしてまた別の写真を見せて訊いて来たのでまた案内した。

それからしばらくして売り場巡回をしたところ、ふとシミソバカス用医薬品のPB品がコーナーエンドと定番棚から丸ごと消えているのが見えた。おかしいと思い、在庫確認したら大小5つ6つ足りない。おまけに最初に案内した風邪薬も5つほど消えていた。

防犯カメラ映像を確認したら、犯人は私に訊いて来たヤツそのものだった。普通、万引き犯は顔や姿を覚えられることを恐れてスタッフとの接触を避けるものだが、ヤツは笑顔で「ありがとうございます」なんてカタコト日本語で言ってもいたのだ。これでは疑いようもあるまい。

こんな手口もアリだと言うなら、もはやお客さんからいっときも目を離せなくなる。とはいえ、とてもじゃないがそれができる人員体制ではないのはどのドラッグストアでも同じだろうが、本気で防止するならひとえに人員を増やすほか手立てはない。まあ、完全無人レジ店舗にでもなればそれも無くなるだろうけど、それこそいつになるやら。

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二つめは、今年初めから店長が代わり、前店長よりも若い店長(正式には副店長)が赴任して早や4ヶ月が経とうとしている。前店長は一見ノホホンとしているように見えて、実は色々と細かな気遣いで仕事をこなすタイプだったが、新店長は見るからにいっぱいいっぱいでとても仕事ぶりを認められて事実上の店長職に抜擢されたとは思えないタイプ。早々とベテランパートスタッフ達からもダメ出しされている。

スタッフに店長に次ぐ2番手社員のSさん(正社員は店長とSさんの二人のみ)がいる。新旧店長よりもかなり年上にもかかわらず、前店長からは何かにつけてダメ出しされていたのだが、面白いもので今度は新店長がスタッフからダメ出しされているので、いつの間にやら相対的にSさんは頼れる存在となっていたのだった。

そのSさんが来月から異動になった。

どうやら異動先の社員の退職による玉突き人事の一環らしいが、Sさんがウチの店に来たのはまだ1年半前なので私とそれほど変わらない。そして彼の自宅からは今より遠い店舗となるのも異動あるあるだった。

代わりに赴任して来るHさんは見るからにオッサン顔で、何とウチの親会社のドラッグストアで10年、そこから24時間営業などで話題のドラッグストアへ転職して数年してウチへと来たと言う。しかも配属された店舗でわずか半年勤務後の異動だそうだ。

この業界に限らず、いわゆるキャリアアップとの一つとして収入アップを目指して動くというのはあり得る話だが、彼の辿ったルートなら2社目までで十分なゴールのはず。そこから敢えて収入ダウンとなるウチへの転職は、それとは別の理由があると想像される。また、前店勤務からわずか半年で異動となった事もワケあり臭プンプン… 。

もちろん、人を見かけや憶測で判断してはならないから、彼には大いなる期待を寄せておきたい。

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そんなこんなで、ここへ来てまさに平成てんやわんやである。

退位(正しくは譲位)される天皇陛下は昭和8年生まれで、私の両親の一年下の昭和ヒトケタ真っ只中世代である。

昭和天皇の昭和という時代の負の遺産と向き合われ、その重圧を日々一身に背負いながらの被災地訪問や慰霊の旅を踏まえた公務は、想像以上に過酷な日々だったのだろうと察する。

退位礼正殿の儀で退位が正式に確定されるようだが、明日からは文字通り重荷を下ろされ、心身共に穏やかな日常を迎えて欲しい。天皇皇后両陛下の願って来た国民の安寧はあまねく国民に十分過ぎるほど伝わったし、今度は国民が両陛下に安寧の日々を過ごして頂きたいと切に願っている。




花粉よ吹け吹け〜

世間は花粉戦線真っ最中。

花粉症とは全く縁のない私は、少しでも花粉が早く多く長く吹いてくれる事を無責任に期待しながら、アレ●ラのPB(ジェネリック)品の全店コンクールのためにアレ●ラはもちろん、アレ●オンを加えたOTCの2大NB(メジャー)品からPB品へのスイッチをゲーム感覚で楽しんでいる。

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入口近くにあって一番目立つ位置の季節品プロモーション(今はもちろん花粉症薬)用の陳列棚近くにある薬コーナーのレジに陣取り、そこへ寄って来るお客さんを待ち構える。… お前はクモか。

お客さんが棚の前で足を止めてもすぐには声掛けはせず、どこらへんを眺めているかをチェック。それが経口薬なら一歩近づく。だが、NB品や他の鼻炎薬を手に取り、躊躇なく持って行くお客さんは完全な指名買いだからそれは放置。

経口薬辺りををジッと見つめ始めたり、アレ●ラやアレ●オン、コン●ックZなどを手に取って箱を凝視し始めたらアクション開始〜‼️

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アレ●ラの場合は、「お客様、それをお飲みになるなら同じ成分のこちらの方がお得ですよ。1日分が100円を切ってますから。これから長丁場ですから、毎日のコストは安い方が助かりますよね」

さらに「この価格差はCMをやっているかいないかの違いも大きいですね。大野君のギャラが含まれていますので、もし彼を応援したければどうぞ高い方を」なんてギャグを噛ませて笑わせている。

アレ●オンなど1日1回薬の場合は、「お客様、今の時期は1日2回服用の薬の方が花粉の量や症状に合わせて服薬間隔が調整出来るので効果的ですよ」

さらに「1日1回の薬は、実は前日の寝る前に飲む設定なので、翌日たまたま花粉の量が多かったりして症状が出過ぎた場合でも追加で薬を飲むチャンスがないんです。こちらなら朝1錠飲んで、午後以降に状況次第で2回目を前倒しで飲む事も可能ですから安心です。それが出来るので花粉症のベテランは敢えて2回服用の薬を選んでいる方が多いです」

こちらはちょっとディテーリング口調で説明したりする。前社の製薬企業で培ったセリングスキルがまだ錆びつく事なく役立っているのはありがたい。

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それでもNB品がいいと言うお客さんはだいたい10人に1人くらいはいる。その場合は深追いせず、「あ、そうでなんですか。お大事に〜」

また、去年飲んだ薬が効かなかったと言うお客さんへは、「アレルギー性鼻炎診療ガイドライン」の記載を参考にしながら作用の強いものを勧めたり、点眼薬や点鼻薬とのコンビネーションを提案したりする。

いまだに少なくない風邪薬や他の薬品類の案内などもこなしつつ、地道にスイッチ活動を終日繰り返して、私の勤務時間中に13箱、その後の自然売りで2箱、計15箱の販売新記録を作ったのが3日の日曜日。3月に入ってわずか3日間だが、月初からこの日までの累計で全店(120店舗中)2位に浮上した。

動き始めりゃ一気呵成に加速する。

2店の同率首位(5日)から単独首位に躍り出たのが先週の木曜日(7日)。そこから金土日の3日間でトータル40箱以上を売り上げ、2位に20箱近い差をつけて首位をキープ‼️

日曜日には1日25箱の販売新記録の更新と来たモンだ‼️

昨日の勤務時間終了時までで3月累計95箱に届き、100箱超えまであと5箱と迫った。昨年の3月実績は200箱超だったから、このペースでそれも更新出来るよう花粉にはぜひぜひ頑張ってもらいたい。爆

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還暦を過ぎて人生と仕事も2ndステージに突入し、もはや評価を気にする事もプレッシャーを感じる事もない立場となった。逆にこれまでの経歴で得た知識・スキル・経験という「利子」で食ってるような今の仕事では、ただひたすら相談しに来る目の前のお客さんのお役に立つ事にこだわって来れた。それが喜びでありやりがいにも繋がって、その情熱未だ冷めやらずを実感している。



明けても速し新年かな

あっという間に過ぎ去った一年が明けてはや4日、予定通り通常勤務に復帰した日々を送っている。今年は公休日の関係で正月は大晦日と元旦の連休となったが、2日3日は連勤となり、毎年往路をのんびりと観られた箱根駅伝もスタートから1時間程度しか観られなかった。

5連覇を目指した常勝青学が4区5区でコケて東洋大が往路優勝、復路はその東洋大が東海大に逆転され、総合優勝をさらわれた。青学は復路優勝の快走をしたものの総合2位に終わった。東海大は10時間52分09秒の大会新記録で初優勝。

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年末に向かって売り場を整え、最後の発注を完了し、品出しは応援の先生方のサポートにより滞りなく終えられた。最後まで感謝感謝だった。

2日の仕事始めは公休日だった大晦日に売れた品を補充する程度と思っていたが、これが結構な品数となっていて、結局150品目オーバーの発注となっていた。その品出しは今度は私自身で行なうので、在庫や品物の動きがようやく自分の視界に入る体制に戻った事にはホッとしている。

また、今年も私の休職中から年末までに本部からの送り込みが何度もあり、思わぬ物の在庫が見つかったりして、時に発注とダブってしまった事もあったので、それもスッキリするだろう。

もう一つ、棚落ち品や期限切迫品の返品作業。これまでH店長は一覧表を作成して本部担当者にFAXしては指示を仰ぐという、良く言えば原則遵守、悪く言えば時間の無駄となる手順をいちいち踏んでいた。他の店では返品不可品などの場合以外は特に指示を仰ぐ事をせずルーチンに返品作業をしているのがほとんどなので、たびたび歯痒い思いをしていたが、今回、そのH店長が転勤となった。

店長は2年程度で異動となる事が多いようだが、H店長はこの店に4年も勤務していた。本人もいい加減動くだろうと言っていたものの、夏の異動でも公示は出なかった。それが年末になっていきなり出た。異動先は彼の自宅から今よりも遠くなるが、店の広さはよりコンパクトとなりスタッフ数も不足はないそうだ。ただし免税店だそうで、その点はかなり面倒だと。

H店長は私の調子の悪い時期や休職中に色々と迷惑を掛けた時でも常に暖かい言葉をいただき、お陰で安心して自宅療養に専念出来た恩人である。30日の勤務終了時には精一杯のお礼の言葉と心ばかりの品を進呈して別れたのだった。

これまで職場で接して来た店長はこれで3人。いずれも人柄は良く、コミュニケーションも良好だったから、私の職場環境はつくづく恵まれていたと思っている。今度はより若い店長(取り敢えず副店長で着任)となるようだが、同じように期待している。

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次回の尿細胞診のための採尿は18日の外来日、結果を知るのがその一週間後。ここで再び悪性細胞が検出されればいよいよ覚悟の時も近づくのだろうが、その覚悟は前回の時から出来ている。

今でも勤務中にシクシクジンジンは出ているので、極期の悪魔の時間帯を含むこれらの痛みが無くなるのであれば、またガッカリ至極の再発リスクが無くなるのであればストーマライフも決してマイナスではないと既に自身で結論付けている。だから問題はその時期がいつになるかというだけである。願わくば今のシクシクジンジンが収まり、せめて半年位は無痛の快適な生活を味わった後にしたいと思っている。



準備と助走をしっかり

私が休職していた11月と週3日ペースの勤務とした12月、お店へ応援に来ていただいた薬剤師の先生方へ御礼を申し上げるために先週の土曜日と本日の休日にお店を訪れた。

土曜日の応援はK先生。見た目は私よりも年上に見えたのだが、職種は社員であるゼネラルクルーなのでまだ還暦未満だと思われる。訊けば、お住まいは埼玉県なのに、このお店の他に江戸川区の2店舗にも勤務しているという。皮肉にも臨時応援のこのお店が家から一番近いのだと。

K先生は勤務年数も長いと見え、医薬品の取り扱い品目構成の矛盾点などを的確に把握していて、それが私の現場実感との共通点も多く、話が通じる人なのだとすぐに分かった。また、本部のS先生同様に「我々も健康は最優先ですよ」と言っていただいた。

今日の月曜日は女性薬剤師のA先生。以前、店長からかなり話好きな先生と聞いていたが、はたして初対面から言葉のキャッチボールも順調に話が弾み、遂にはたまたま訪問して来た2社の女性ラウンダーも交えて家庭の話などで盛り上がった。

その軽妙な話し方は接客時にもほとんど変わる事なく、それが全てのお客さんに受け入れられるかは別にしても人懐こいオバちゃんというキャラ全開だった。彼女と一緒にお店へ立てる機会などがあれば、さぞや楽しい職場になるに違いない。

ともあれ、私はそういう先生方に助けられて復職に至ったのは事実である。お二人には心から感謝の気持ちを述べた。もしかしたらまたお世話になるかもしれないし。

そして以前から私の週2日の公休日に来てくれているT先生にも近々御礼を言いに行こうと思っている。T先生の存在があってこそお店の営業時間に対する薬剤師の勤務時間の条件が満たせているのだから。

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休職期間や今月の週3日勤務の機会に少しでも心身のリフレッシュをしようと計画した一年数ヶ月ぶりの温泉ドライブ旅行も、結局痛みの完全解消が得られなかったため頓挫した。

それでもここへ来てようやく歩行や長時間運転席に座っても強い痛みが生じないまでに回復出来たせめてものお祝いに、カミさんの休日と合わせてちょっとリッチな食事でもしようとなった。

ちょっとリッチと言うなら答えは一つ。行く度にリピートしたいと思わせてくれる四ツ谷のミクニに決まりである。もちろんディナーはリッチ過ぎるのでランチを予約。それでも料金が去年より何気に上がっているみたいだわ。

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それと、復帰にあたり顔の印象を和らげるために今年から眼鏡市場で作っているメガネを一つ追加した。

前職の頃から仕事場ではとにかく真面目さ誠実さを前面に出すために淡いゴールドのスクエアフレームをかけていたが、直接お客さんとの接客を考えた場合、真面目さだけでは取っ付きづらく親近感も湧きづらいだろうと気付いたからである。

で、この際スクエアをやめてオーバル型のややカジュアルに振ったフレームにしようと決めたのだった。今年3つ目のメガネ作成だが、そこが眼鏡市場の良いところ、せいぜい@2諭吉チョイで作れるから気が楽だ。以前は普通でも6〜7諭吉、最高値の時は15諭吉なんて時もあったから、それに比べればなんと作りやすくなった事か。

さあ、今月でしっかり準備を整え助走をつけて新年からはフルスロットルで頑張るぞ〜‼️



新しいスタートが近づいて来た

さて、4年5ヶ月余りの間に通算4回目となった膀胱内視鏡手術(TUR-Bt)も23日に終わった。

今回はさすがに軽かったのだろう、術後の出血も目立たず尿色も良く、3日後に尿カテ抜去、その翌日には当初の予定より3日早く退院と相成った。それだけ自宅療養の日数が増えたのはラッキーだった。

自宅でも以前の時と同様にソファに寝そべって過ごしているが、今回は頻尿もなく、わずかに排尿後の膀胱収縮時にキズが疼く感じはあるものの痛むというほどのものではない。

この分なら31日の現店舗への最終出勤、2月1日の新店舗への初出勤も問題なく出来そうである。

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その新店舗だが、先日の20日にお忍びで行ってみた。大通りの真下に地下鉄が通らなければ主要駅から離れた公団の団地などが立ち並ぶ住宅地という、地図で感じた印象そのままの風景だったが、それがドラッグストア市場的に見れば比較的分かりやすいエリアと言えそうだ。

この大通りの向こう側エリアには歩いて数分の場所に大型スーパーがあり、その中には別のチェーンドラッグストアがあった。即ち、このスーパーの商圏の住人の買い物はこのスーパーでほぼ事足り、わざわざ大通りを超えてまでウチの店には来ないだろうからターゲットからは外れるという事になる。

逆に大通りからこちら側の住人は、大通りを超えてさらにその先のスーパーまでは行きにくいから、大通りに面している別のスーパーで買い物をするだろう。そのスーパーにはドラッグストアが無いのでウチの客層となる。加えてウチの店は駅近の立地なので、一部の通勤客もターゲットとなるだろう。

ドラッグストアはコンビニを巻き込んで群雄割拠の戦国時代に突入したこのご時世、全てが自分たちに有利な環境なんてのはあり得ない。強い競合店の存在は当然である。勝負はその店の独自性を顧客のニーズとどう結びつけるかだろう。

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今度の店も駐車場はない。だが珍しくも件のスーパーの駐車場は無料だった。もっけの幸いとばかりにそこへ車を停めて歩いて5〜6分の店へと向かった。ま、この近辺のコインパーキングは一日中停めても1000円前後なのでリーズナブルだけど。

メーカーのラウンダーからは綺麗な店舗とは聞いていたが、医薬品売場のゴンドラなどは型の古いものだった。店の総売場面積は今の店舗とさほど変わらないものの、医薬品売り場は入口横の出っ張ったエリアにあり、通路も狭く、今の店舗よりも狭い感じだった。医薬品用のレジもアイランドスタイルで、全体的にこじんまりとした落ち着かないレイアウトである。

レジの横には薬剤師の勤務スケジュールカレンダーが掲示されてあり、それを見ると土曜日のマスに斜線が。店長からは常勤とパートの二人体制と聞き、パートの出勤日に私の公休日を合わせて欲しいと言われて承諾したが、土曜日はどちらも出ていないとなっているのは意味不明。もしかして私の着任を機に変更するつもりなのかもしれないが。

そんな医薬品売場には、なぜかウチの店舗では扱っていない商品がいくつもあったし、その逆もあった。これまた以前に見に行った他店舗同様、店舗によって扱い品目が微妙に異なっているのは面白い。本部指示もさることながら顧客ニーズなど、その時の薬剤師の判断の積み重ねだったのかもしれない。

そんなこんなしているうちに、店長らしきユニフォームを着たスタッフが売場に現れたので、そそくさと別の売場に移動したが、全体的に前出しなどの陳列棚の整理は出来ている印象を受けた。店長の顧客目線による指導が徹底しているためか、単に細かい事にうるさいタイプなのかはこれから分かるだろう。

結論として、医薬品売場は通路なども狭いため、品出しや棚替えなども今より余裕を持っては出来ない。ポツンとした位置の医薬品レジに立っているのもナンだし、さりとて巡回するのも狭いゆえやりにくいし、結果的に店舗全体をウロウロしている事になるかもしれない。

この時点で医薬品倉庫の位置や大きさは分からないが、全体的に大きな問題はなさそうだ。そうであって欲しいが。スタッフの人達とはおいおい馴染んで行けるだろう。

このお店で新たなスタートを切って、このエリアで生活している人達のお役に立てたらまた嬉しいという気持ちが盛り上がって来たのをひしひしと感じた次第である。





続・何て日だ〜!

退院し自宅療養していたカミさんも職場復帰し、さて今度は私が無事に父の七回忌法要を務め上げて入院加療へ集中しようと気を引き締めていた矢先、それは突如としてもたらされた。

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今週初め、開店直後の慌ただしさがひと段落したあたりにエリア責任者が来店。サシで話があるという。

「実は、かねてからの薬剤師不足のため、薬剤師の配置を再検討する必要が出ました。その結果、ここのお店は要指導・1類医薬品の販売を止めて、先生には異動をお願いしたいと思いまして」

つまり、ここよりも売りの大きな店舗ですら薬剤師が足りない状態なので、止む無くここを薬剤師不在店として薬剤師をそこに回すという話である。その状況がすでに複数店舗で起きているため、薬剤師の大幅な再配置をせざるを得ないという。具体的な異動先については明日の会議で正式決定されるとの事。

この店はロキソニンやガスター10、リアップなどを求める常連客も多く、売りも悪くないというのに薬剤師不在店にするのは適当ではないかもしれないが、優先すべき店が他にあり過ぎるため苦渋の決断だとも。

それがトップの経営判断とあっては私個人が抗っても仕方ない。異動を内示されれば受け入れるのも勤め人のあるべき姿ではあろう。

さて、そうと決まったらお次の問題はどこの店舗に移るのか、である。

今年に入ってからの要指導・1類医薬品の販売推移を見ると、前年比半分程度に落ちている店舗がいくつかあった。多分そこは昨年末までに薬剤師が退職した店舗であろう事は察しが付く。異動先はそこのどれかの店舗だろう。

ただ、私にはこの業種に転職した時の譲れない条件があった。

それは、その店舗の主要な客層である。私が相手にしたいのは、あくまでそこに居住しその店を生活の一部としている客層がメインの店舗であって、通勤客や観光客といった客層をメインとした立地の店舗ではない。決して通りすがりのコンビニ・ドラッグストアではない、地道に地元に根ざした店舗なのだ。

ひたすら薬を売るという事に尽力するのではなく、困って相談に来るお客さんのお役に立ちたいのだ。

その意味では現在の勤務店はドンピシャだった。私の生まれ育った下町気質の感じられるお客さんとも相性が良かった。だからたくさんのお客さんから感謝もされた。おまけに大型売り上げ店ではなかったゆえ、適度に暇な時間があったのも肉体的に嬉しかった。

異動先は、果たしてそんな環境に近い店となるのかどうか?

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話の2日後に再びエリア責任者が店に来た。

そして私に告げた異動先は同じ区内の店舗だった。だだ、ここは横の移動がしづらいエリアなのでその店への通勤時間は今よりも10分強長くなるようだ。ま、それくらいなら大きな問題ではない。

医薬品の売りはざっくり今の倍。週2回勤務のパート薬剤師がいるという。その薬剤師の勤務日が私の公休日となるため、今の公休日と変わるがそれも大した問題ではない。

店舗の立地は駅近だが、その駅が出来て本格的に住宅地が広がったようなエリアなので、オフィス街ではなく、むしろ都区内のベッドタウンっぽい。客層もそこの住人がメインなので、それも問題なし。

というわけで、私はその異動を受け入れた。相変わらずこんな時のヒキはまだまだ強そうだわ。

正直、この仕事に就いて2年半、還暦という歳になって、まさか転勤という事態が来ようとはさすがに想像すらしていなかったけど。

懇意にしていた何人かのメーカーのラウンダーに転勤ご挨拶のメールを送信し、売り場にそのメーカーの製品のフェイスを増やし、あるいはそのメーカーの発注を可能な限り増やしたりして、せめてもの感謝の形を残したりもした。

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異動が決まってふと振り返ると、今度は今の勤務店の状況が非常に気掛かりとなった。

私がいなくなれば社員は店長とスタッフの2人きり。あとはパートとバイトスタッフでそれも足りてはいない。開店および閉店業務、私の担当だった売り場の1/4を占める医薬品、健康食品、衛生用品などの発注、品出し、売場管理などの業務はパートやバイトスタッフは担当できないとなると、残った2人には地獄の日々となる。想像するたびに店長共々ひたすらドヨ〜ンとするのみだった。

ところが、世の中なかなか捨てたモンじゃございませんでしたよ!

私が異動先を聞いたその晩、何気に店内を巡回していると背後から聞き覚えのある声が。

「先生、お久しぶりです。私、またここで働こうかと思って」

見れば、かつてこの店で働いていた登録販売者で、ある時、大型家電店のドラッグコーナーへと転職して行った女性だった。

そこから店長の下に連れて行き、彼女の経歴を紹介し、開店および閉店業務もやっていた事、社員並みの時間で働きたいという希望を聞くに至って、店長から「先生、捨てる神ありゃ拾う神もあるんですね〜!」と嬉しい悲鳴が飛び出すまでさほど時間は掛からなかった。

訊けば彼女、より大きなステージを経験したくて大型家電店へ移り、事実、そこのメンバーカード獲得コンクールで本店内一位を獲得するほど頑張ったらしい。その後、私生活の変化によって少し落ち着いた環境に戻ろうと考え、勝手知ったるこの店が求人をかけている事を知って来たという。

ウチの業務を一から教える手間もなく、登録販売者で開店閉店業務もこなせ、医薬品を担当してみたいという人材を見送る人間などいない。即刻エリア責任者へ電話し、私が出るからと二つ返事で許可も得られた。良かった良かった、これで安心して異動出来るわ。

そんなこんなでまたまたこんなジェットコースターのような日を過ごしたのだった。

やっぱ何て日だ〜! だよね?





何て日だ〜!

何とか新年が明け、9日にはカミさんも無事に退院した。
とか何とか言ってるうちに、今年ももう10日が過ぎた。

ほーら、時の流れは速いって言った通りでしょ。

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お店の方もとっくに平常営業の雰囲気に満ちている。

そんな今朝、まずやって来たのは今日帰国するという韓国人母娘。

たどたどしい日本語で「太田胃散はありますか?」と訊いてきたので案内する。しばらくすると太田胃散とキャベジンコーワを持って来て「どっちの方が効きますか?」と。

慌てて症状を尋ねると、どうやら胃ではなく腸にガスが張って便秘もあると言う。ならば胃薬ではなく、腸のバクテリアバランスを整えてガスも抑えるザ・ガードの方が適していると提案、彼女は納得してそれを買って行った。

最初から相談してくれりゃ良いのに。

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続いて、対面の調剤薬局の女性薬剤師が訪ねて来た。

バリ島から来たインドネシア人が頭痛、咳、喉の痛みを訴えて来たのでOTC薬を出した。ところが対象患者は13歳と判明。薬を見るとパブロンAX。主成分がイブプロフェンなので15歳以上でないと飲めない。他に代替薬を置いてないので、こちらへ連れて来て良いかという依頼だった。

英語しか話せない女性2人組。ならばこちらも得意(?)のブロッキング・イングリッシュでその旨を伝え、喉痛緩和のためのキキョウエキスが入ったエスタックGLを勧めて一件落着。

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昼下がり。やって来たのは某メーカーのかなりオバさんラウンダー。

一通りの売り場点検が終わったら、実は今月の22日から他社のラウンダーへ転職するとのご挨拶。

「22日だったら私の入院と同じ日ですね」と言ったら、
「先生、どうされたんですか?」と訊くから、これまでの経緯を説明。

すると何を思ったか彼女、持って来たカバンに走り寄って新聞記事のコピーを出して「決して勧誘じゃないですけど、富士山方向に向かって祈れば奇跡が起るんです!」と言い出した。新聞はその宗教の刊行物だった。

来たぁ〜〜〜!

なんでも、その顕●会とやらは日蓮大聖人の本物の宗派だから多数の奇跡が起きている。がんや難病も次々に治っているので、最近では医者がそんな患者に「あなたも顕●会ですか?」と訊くほどで、いろいろな医学会で発表されているとか。そんな発表は今まで見た事ないけどね。

奇跡の患者だか信者だかが既に200万人ほどいるが、これが600万人になれば国が動いて専用の施設が建立されるんだと。そんな話もついぞ聞いた事ないけどね。

「仏教なら日本にはおたくだけじゃなく多々あるじゃない?」と振ると、「他の宗派は宗祖が中途半端に仏教を持ち帰ったので奇跡は起こらないんです」

「ならば世界的に見れば信者数一番のキリスト教はどうなの?」と突っ込めば、「キリスト教は最後に磔になった宗教なのでダメなんです」

「南無妙法蓮華経と祈れば奇跡が起こるのなら、まさに現代科学を超越した超常現象だろうから、世界が注目してとっくにノーベル賞でも何でも貰えるだろうに」という意識的な茶化しには、「まだまだそれに気がつかない人の方が多いんです」

「先生、私にも奇跡は起こりました! 前に自転車事故を起こしても大きなケガは無かったし、子供が家で火事を起こしても火が途中で消えたんですよ!」 おいおい。

前々からこのラウンダー、何となく常人離れした感性の持ち主、有り体に言えば人と会話の波長が合わないタイプだと思っていたが、やっぱりな〜だった。

今日でお別れで良かった良かった。

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さて、夕方5時も回った頃、プロモーション用の棚替えのために来てもらった別のメーカーのラウンダーが資材を持って現れた。ようやく待ち人来たりである。

彼女と二人掛かりで90cm幅の棚を対象製品や空箱などで陳列し、体裁を整える。これを急いだ理由は、本部指示の展示コンクールとやらで15日までに写真を撮って報告しなければならないからだった。ハナから入賞など目指しもしていないが、やらないと何かと面倒なだけである。

この彼女も、本来は来月から担当店が変わる事になったけど、このお店は先生が面白いから引き続き担当しますと言ったらしい。

それ、「面白い」じゃなくて「カッコいい」じゃないの? と言いかけたが、まあ、どっちでもいい。人と人との仕事をしていると、思わぬ部分で気に入られるケースもある。もちろんその逆もあるが。

ともあれ、これにて本日やるべき仕事は完了。最後でちょっといい気持ちにさせてもらったが、やっぱり朝からなんて日だ〜!





インターン薬学生

先日の日曜日、一人の薬学生(4年生)がインターンとしてウチの店にやって来た。

先月、その旨を伝える業務メールが一本あったので取り敢えずその認識はあったが、インターンの研修内容はおろか、それは彼女の大学が企画したものか、それとも企業側が企画したものかも知らされず、ましてや私の公休日の代替薬剤師の派遣などの手当ても不明瞭という、いかにもウチの人事部らしいいい加減さのままその日を迎える事となったのだった。

彼女にその辺りを訊いたら、今後、病院実習や調剤薬局実習は必修科目として予定されているが、ドラッグストア(OTC薬剤師業務)の実習は必修科目ではなく、彼女の研究室からの任意参加だったようだ。そして、医薬品のみならずドラッグストア業務全般を経験するという趣旨だという事も明らかになった。

というワケで、初日の日曜日はちょうど納品日だったので、薬剤師の役割や業務の概要の説明をした後、品出しを手伝ってもらった。この日は発注品目が200弱と多めで、加えて本部からの送り込み品もあったので、終わるまでに数時間を要した。もちろんその間にお客さん対応をする私の傍らでその様子を観察してもらった。夕刻には私がメモしておいた発注品の入力を手伝ってもらったりもした。

何せ、彼女の立場は薬学生であって薬剤師ではないし、さりとて登録販売者でもない中途半端な立場なので、お客さんの治療相談に対して答える資格は持っていない。許されるのは、せいぜい尋ねられた商品の場所を案内する程度なのだが、そんなものは初日から頭に入っているワケもなく。なまじ持参した白衣を着用しているモンだから、お客さんからすれば立派なスタッフに見えて遠慮なく尋ねて来るし、その都度私がバトンタッチするから二度手間となって効率が悪いが、これは仕方ない。

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彼女が毎日書く一枚のレポート(日誌)にコメントを書くのも私の仕事。お客さんが途絶えた時間などに、問われるまま進路の話などをしたり、薬剤の違いや選択の基準などを答えたり。それらを踏まえて数行のコメントを書く。

卒業後に薬剤師の進む道は、私の時代は公務員は別として、せいぜい製薬企業か病院薬剤部の二択だったが、近年の調剤薬局を含めたドラッグストアチェーンの拡大に伴ない、3つ目の道も出て来たと思われる。

いくら薬学部が6年制になろうとも、こと医学の知識に関しては卒業後に学ぶ事が遥かに多いし、医療従事者の一人としてその必要性は言うまでもない。その環境が最も整っているのは製薬会社だろう。特に営業職であるMRは、様々な社内研修に加え医療現場で直接医師などの医療関係者から教わる機会に恵まれている。しかしながらMRは直接患者とのアクセスはご法度で、医療関係者を通して情報を得るしかないので、ある意味の隔靴掻痒感は拭えない。近年、MR数の削減が検討されている現状で、就職先としてどこまで開かれた門戸かは不透明となって来つつある。

病院薬剤師は今や調剤室に留まらず、病棟などへ積極的に参画している。何より直接患者との接触機会が豊富なので即戦的でリアルな学習機会が得られるのは大きい。但し、病院薬剤師として修得すべき専門資格も多岐に渡り、一旦別の進路に進んでから途中参入するのは難しいと聞く。ましてやこのご時世からか退職者も出難くく、いきおい狭き門戸となっている病院も多いという。学会や講演会などを通じて最新の医薬情報や調剤技術に接する機会も他の業種に比べて多いと言えるだろう。

さてドラッグストアはどうか。この進路に進んだ場合、最もツブシが効くのは調剤薬局である。調剤薬局の薬剤師は看護師同様に人手が不足していて全国レベルで求人が多いので、より良い条件での転職もしやすい。但し、会社からジェネリック薬の推進やかかりつけ薬剤師指名などの各種加算取得のためのノルマを求められる事も多く、これが少なからぬストレスとなっているという話も聞く。保険調剤の知識とスキルを習得してしまえば独立開局する事も可能だろうが、これまた近年の医薬分業の停滞から簡単ではなくなっている。

こうして見ると、初めは製薬企業や病院などで医学知識を学びつつ経験を重ね、いずれ調剤薬剤師かOTC薬剤師としてその土地の患者に接し感謝される存在になれたら幸せなのかもしれない。何れにしても人が人に関わる仕事ゆえ、専門知識と共にコミュニケーションスキルが重要と考える。この仕事を選ぶ限り、人に興味を持ち、人と関わる事に抵抗があってはならない。特に最近の薬学生は、先輩と関わらざるを得ないクラブ活動もせずに帰宅部に徹する者が増え、加えて基本的にしゃべりが苦手な薬剤師が多いと言われるが、そこは是非改めて欲しいと思う。

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昨日で現場研修も終わり、今日は仕上げに親会社の本部に集まって半日研修を受けているようだ。彼女の日誌へのコメントには、現場で見えた事、聞けた事、知り得た事(すなわち見聞と知見)を整理・理解して、実りある人生のための進路を選んでくださいと書いた。

ウチの店の近くに自宅があると言う彼女、あと2年したらどんな道を選んでいる事だろうか。機会があればその答えを聞いてみたいなと思っている。





前出し

「先生のお店は前出しがしっかりされていてキレイで気持ちがいいですね」

定期的に店に訪問してくるメーカーのラウンダーから、最近こんな言葉が聞かれるようになった。さらに複数エリアを管理担当する自社のSV(スーパーバイザー)も同じセリフを口にした。

「前出し」とは業界用語で、買い上げられて凸凹になった商品陳列棚の商品を引っ張り出してフェイス(棚の最前面)を揃える事で、ヘンな意味はない (^_^;)。これが出来ていると見た目にキレイで気持ちがいいので、お客さんの購買意欲が刺激されるし万引き防止効果も得られるという。それゆえ、前出しは商品の如何を問わず、小売店の基本ルーチンとして入社研修などでもしっかり教えられているはずである。

だから私はそれらの言葉に少なからぬ違和感を覚えた。競合店なども見ているラウンダーの社交辞令ならともかく、自社SVまでがそんな当たり前の事にコメントするのは変な話で、まるで他の店舗では為されていないかのように感じられたのだった。まさかねぇ。

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知らない間に台風3号が長崎県に上陸し、こちらの雲行きも怪しくなっている今日の公休日、お出かけドライブは止めて、ウチの店の近隣エリアの他店舗訪問をする事にした。それらの店舗の成功事例の抽出のための訪問と言えば大袈裟だが、商品陳列方法やPOPの文言などで参考になるものをパクって取り入れたいというのが本音である。もちろんお忍びで。

訪問店舗を選んだ基準は、第一に車で回るので駐車場のある店舗、そして常勤薬剤師が配置されている店舗である。薬剤師がいれば医薬品売り場のメンテナンスはされているだろうし、さまざまな工夫もされているだろう。これが薬剤師不在店舗だと、社員である登録販売者は他の売り場も担当しているため、どうしても医薬品売り場への注力が疎かになりやすいからである。

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それらの条件に叶う店舗がそのエリア内に3店舗存在していた。仮にA店、B店、C店とする。まず開店30分後の10:30頃にA店へ。さすがに駐車場完備の店舗、ウチの店の2倍以上の売り場面積がある。店内を見渡すと、レジや品出しなどをしているスタッフが3名くらい視界に入った。

医薬品売り場に行くと、そこには薬剤師不在を知らせるプレートが掲げられていた。偶然私と同じ公休日だったようだ。さっそく売り場に目を移した瞬間、そこには目を疑うような光景が展開されていたのだった。ほとんどすべての棚の商品が凸凹どころか、グチャグチャ同然になっているではないか!

まだ開店1時間も経っていないから、この状況は今朝のものではなく、少なくとも薬剤師が在店していた昨日以前からこうだったのだろう。それにしてもこの子供が遊び散らかしたような陳列棚では、どう見たって購買意欲がそそられようもないではないか。しかもあちらこちらに欠品による空スペースも目立つので、さらに情けない光景を呈している。

フェイスの凸凹を歯並びの悪さとすれば、欠品による空洞は歯っ欠けである。歯槽膿漏でもこれほど酷くはないだろう。

暑い日なのにドリンクストッカーもスカスカである。こんな有様だったら、邪な者が商品を一品二品無断拝借しても分からないだろうよ。

正直ガッカリした。ウチの店も公休日の翌日に出勤すると商品が凸凹になっていたりワープしている事があるが、それはあくまでも部分的だ。さらにこの状況は医薬品売り場だけではなかったところが、この店が日常的に基本ルーチンが為されていない事を雄弁に物語っていた。

残念ながら、このような店から参考になるようなものは見出されなかった。

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A店はきっと何か特別な事情があっての事だったのだろうと思い直してB店へ向かった。

B店に着いたのは11時少し前だった。ここもウチの店の2倍以上の売り場面積で、この時4〜5名のスタッフがいたが、薬剤師は不在だった。そして売り場の光景もA店と同様に、あちらこちらで前出しも出来てなく欠品も目立っていた。

A店に続いてB店まで。これは不幸な偶然なのか?

さらに唖然としつつ、11時15分過ぎに最後のC店へ。ここではレジに女性スタッフが2名と店長らしき男性がいた。やはり薬剤師は不在、どうやら火曜日を公休日としている薬剤師は多いようだ。

となると陳列棚の光景は・・・やはり推して知るべしだった。それでもA店、B店よりは欠品が少なく、フェイスの凸凹が目立つ程度だったのはまだ救いがあった。ただし、医薬品に半額シールを貼って現品限りのワゴン上に置いてあったのは疑問だった。いくら売り切り終了品であったとしても、仮にも医薬品を半額投げ売り同然に扱うのは同じ薬剤師として納得いかんわ。

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こうして他店舗訪問が(虚しく)終わった。そしてラウンダーやSVの言葉の意味が分かった。当たり前だと思ってやっていた事は、実は必ずしも当たり前ではなかった。

おまけに私が入店して売り場を回って店を出るまで、いずれの店舗でも「いらっしゃいませ」も「ありがとうございました」の声もなかった。スタッフと目が合ったにも関わらず。正直、ガッカリを通り越して呆れ返った次第。

日頃、休憩室に掲示されているものの、特別に意識もしていない社訓にも「我々は常にお客様の立場に立って仕事を進め、」とか「仕事はまず整理整頓から始めること」とあるが、こういう光景を目の当たりにすると、あながち無用の能書きとは言えず、それどころか再度全社に徹底すべき真理と言っても過言ではないだろう。

私だって決して几帳面だとか整理好きだというワケじゃない。だけど日々、管理している売り場のメンテナンスには自然と気を遣う。時には食料品や雑貨売り場でも前出しを行なっているし、アルバイトにも促している。自宅の整理整頓は疎かにしていても、店の顔であるフェイスの乱れはガマン出来ない。カッコよく言わせて貰えば、それが商人の家に生まれ育った私の矜持かもしれない。



無知蒙昧

ある日の終業時間の直前、ただでさえ遅れている棚替えの準備として新規採用品目表と棚落ち品目表をチェックしていたら、ふと、女性のお客さんが声を掛けて来た。年の頃は30代後半だろうか。

「あのー、D糖の無い虫除けはあります?」
「ABCDのD糖ですか? 、、、聞いた事がありませんが、D糖って何でしょうか?」
実は、虫除け薬なんて数十年使った記憶が無い。だからその成分なんて知らなかった。
「D糖がストッキングに掛かると溶けちゃうんですよ」

目の前の棚にズラっと並んだ虫除け薬の一つを手に取って成分を確認すると「D糖」ではなく「ディート」の文字が。ミスト式やスプレー式の製品を片っ端から手に取っては確認してみるも、そのどれもにディートが使われていた。ディートこそ虫除け薬の本体なのだから当然である。

「申し訳ないですが、どうやらここには無さそうですね」
「ネットで調べたらキンチョーから出てるってありましたよ」
「ここにあるキンチョーの製品はみんなディートって書いてありました」

で、彼女は再びスマホをいじって、その製品の写真を示した。
「ほら、これですよ」
示された写真がかなり小さかったので、
「すみません、老眼なので写真を大きくしてもらえますか?」
指でスクロールして拡大してくれた写真を覗き込むと、それはキンチョー製品ではなくフマキラー製品だった。ピンクのスプレー缶に「天使」の文字が見て取れた。それは棚に並んだ製品の一つで、まだ成分を確認していなかった製品だった。慌てて確認すると唯一のディート不使用品だった。

「あ、これがそうでしたね。すみません」
「あるじゃないですかー! それなら薬剤師の方に代わってもらえます?」
これは効いた〜!

「度々すみません。薬剤師はワタシなんです」
と自らの無知さ加減に赤面と反省を自覚しつつ、ピンクのスプレー缶を差し出した。

それを受け取った弾みに、彼女の手からスマホが滑り落ちそうになった。私はとっさに両手を出し彼女の抱えたバッグの辺りでキャッチし、危うく落下を阻止出来た。
「危ない、危ない。良かったですね」
と言った私に、次の瞬間、
「イヤ、イヤ、イヤ〜」
と唐突に奇妙な声を上げるではないか!

その様子に異様な違和感を覚えた私は少なからず困惑し、踵を返してレジに向かう彼女を黙って見送る事しか出来なかった。

もしかしたら彼女は極度の潔癖症なのではないだろうか?

過去にも、レジ会計で女性客が差し出した店のカゴから商品を一つ取って、バーコードを読ませた後にカウンターに置こうとしたら、
「止めてください。そこに置かれるのはイヤなんです!」
と言う。紛れもない潔癖症で、不思議と店のカゴならいいらしいが、買ったものがレジカウンターに触れるのはイヤらしい。しょうがないのでビニール袋を広げておいて、バーコードを読ませたら直接そこへ入れるようにしたという事があった。

今回も彼女のスマホに他人の手が触れたのがイヤだったのかもしれない。

いずれにせよ、終業後の帰路で早速「ディート」を検索した。虫除け薬として日本でも使用され続けていて安全性はあるとされているが、人によっては重度の皮膚炎などを引き起こす場合があり、粘膜や幼年者には使用しないとの注意喚起がなされている云々を頭に叩き込んだ。そもそも虫すら嫌がる物質の安全性が高いわけが無い道理である。

薬剤師として情けなかったが、今回もいい勉強になったと思った。

・・・・・・・

それから4日後、店の外線電話が鳴ったのでたまたま私が出ると、相手は本部のお客様係の担当者で、言われるままに店長に取り次いだ。お客様係からの電話なんて十中八九、お客さんからのクレームの連絡である。一瞬、イヤな予感。電話が終わった店長に訊くと、果たしてビンゴだった。

あの彼女は何と親会社の対応部署へ直接メールでクレームを入れたらしい。 そこからウチの本部に連絡が行って、そこからお店に連絡が来たというわけである。

そのメールには、
「年配の薬剤師がカウンターで作業していたが、絶対に私の存在を分かっていたはずなのに声を掛けて来なかった」
「薬剤師はD糖(原文まま)を知らなかったし、不使用のものはここには無いと言い張った」
「薬剤師は老眼で見えないと言って、いきなり私のスマホを叩き落そうとした。私が落下を防いだから良かったけど、、、」
「薬剤師は、それに対して全く謝罪の言葉を言わなかった」などなど。

店長には上記の顛末を詳細に話し、改善策として「製品知識の充実」と「お客様への声掛け強化」を作文して本部に報告してもらった。

相談などで直接対応するお客さんだけでも一日20人前後、月に数百人のお客さんの中には世間一般のメジャーでは測れない人も当然いると頭じゃ分かっちゃいるけど、良好なコミュニケーションが構築出来なかった上に、いざこういう展開になると気持ちがドーンと沈む。言うまでもなく自分の不勉強さが今回の顛末の最大要因なのは理解している。それでも正直「何なんだろな」と思ってしまう。





ハロー・グッバイ!

「異動になりました。先生サヨナラ」

5月27日の金曜日。この日は公休日だったけど、例によって痛みとの闘いの日々なのでリビングのソファに寝転びながらテレビを見ていたら、ふとスマホにLINEの着信があり、そこにF店長からのこんなコメントが届いたのだった。訊けば着任日は6月1日、わずか5日前の突然のメールによる人事発令だったという。いくら転居を伴わない異動でも、こりゃあまりに拙速過ぎないか? せめて内示くらいはあっても良さそうなモンだろ。

異動先は世田谷区で、今のお店の2.5倍くらい広い店舗だそうだ。しかも開店時間は10時と今と同じだが、閉店時間は今より1時間遅い22時なので、ワークスケジュールで閉店後まで勤務した日は、彼が川崎の自宅に帰り着く時間は午前0時に近い時間帯になるという。広い店舗ゆえ扱い品目数も多くなるだろうし、当然スタッフの人数も多いから運営管理の面でもかなり大変だろうとは容易に想像出来る。でもイヤだと断るワケにはいかないのだから頑張るしかない。

彼は今の店での勤務は1年程度だが、異動先の店長は何とその店に4年間も勤務していて、オマケにPCスキルが無いので月間勤務表や日々のワークスケジュールは全て手書きだったそうな。イマドキそんな人もいるんですな。

さて、後任の店長は何処から?

店長の中には、かなり変わったキャラがいるという話はよく聞く。スタッフとのコミュニケーションもうまく取れない店長もいるし、ハラスメント問題などを起こした輩もいたらしい。F店長とは20歳以上も歳が離れていたが、偶然同じ中学出身という事もあって妙にウマが合い、3度に渡る入院加療中もねぎらいの言葉をいただいたり、不在時の仕事でもいろいろとお世話になった。それゆえ後任者については私のみならず、全スタッフの関心事でもあり心配事でもあった。

冗談半分に、唯一キャラも含めて知っている入社後実地研修でお世話になった西新宿店のS店長あたりなら面白いなと想像していたら、何と何と~! その通りになったのだった~! つまりは世田谷、西新宿との三角異動だったのである。120店舗もある中からこんな偶然はもはや奇跡と言っていいだろう。相変わらずここ一番の私のヒキは強かった。

29日には後任のS店長が引継ぎのために西新宿店からやって来た。久しぶりに顔を合わせたが、雰囲気はあの時のままだったので安心した。そしてF店長勤務最終日の31日、これまでを噛みしめるかのように一日の時間がじっくりと流れて行った。夕刻、心ばかりの品を進呈し、固い握手を交わして、私は一足先に職場を引き揚げた。これ以上顔を合わせていたら余計辛くなるから。

一期一会はどこの世界にもある。私自身いつまで勤められるかは分からないが、先日の薬剤師研修でのアンケートには調剤薬局への異動の希望について「断固拒否」の選択肢にしっかり丸印を付けたから、少なくとも定年までの2年間に異動は無いだろう。逆にF店長が2年以内にまたこの店に戻って来る事もあるまい。だからこれが今生の別れとなる可能性は極めて高い。彼にはもっと昇進してもらい、今の本部の連中と違って現場の声を汲んだ効果的な施策を実施できるポジションに是非とも就いてもらいたいと思っている。

そう、「踊る大捜査線」の室井慎次のように。





初めて見た大晦日の風景

去年までだったら10日間前後ある年末年始休暇の一日に過ぎなかった大晦日。今年は19時過ぎまで店に立ち、来店するお客さんを通して世間一般の景色を体感した一日となった。

こんな事は学生時代はもちろん、社会人となった後も初めての経験だと思う。少なからず夜更かしをした遅めの起床の後、TVでも観ながらウダウダと過ごしていつしか迎えていた年の瀬。それが一転、朝から何でそんなに買い込むのと思わせるお客さんが一定数は来るものの、やがて陽が落ちて紅白の時間が近づくに連れて飲み物とポテトチップスを買うお客が増え、遂に紅白が始まった頃から閑散としてくる店内。それらのお客を捌きながら伝わって来る一種独特な空気感。これが大晦日のドラッグストアの風景なのだった。

買い物に行く側の風景は毎年大なり小なり見て来たが、逆に定点観測のような立場は初めてだ。それにしても、三が日はどのお店も閉まっていた昔ならいざ知らず、今はコンビニを始めとして元旦も開けているお店があるのだからそんなに買い込む事もあるまいにとつくづく思うのだが、きっとそれをさせてしまう掴み所の無い強迫観念めいたものこそ年の瀬の空気感なのだろう。

そんな今年ももうすぐ終わるが、長い会社勤めから転身した薬屋のOYAJIの日々もあっという間に半年経った事になる。そしてそれは幸運にもこの職種に対して望んだ通りの毎日だった。会社勤めの頃とは全く違って社内評価などをいちいち気にする事もなく、ただひたすら相談客とのやりとりが楽しくて仕方ない。感謝の言葉をいただく事や顔見知りになったお客さんが増えて来た事も大きな歓びとなった。

ただ失敗もあった。

記憶に刻みつけたのは二つ。一つは期限切れののど飴をお客さんが買ってしまった事。前任者の残した在庫を半額処分にしたまでは良かったが、事もあろうにその一部の賞味期限が既に切れていたのだった。もちろん店頭に出す前にチェックはしていた。だがまさか同じ箱の中に異なる期限のものが混在しているとは思いもしなかったというのは言い訳にならない。期限チェックは薬剤師業務の基本なのだから、一部で全てを憶測でもって判断した私の完全なミスである。

店から徒歩15分位の購入客の自宅へ店長と二人で訪問して返金しお詫びしたが、わざわざ電話で知らせてくれたお客さんの気持ちと自分の不甲斐なさに苛まれつつ、再び店へと帰って来た事をはっきりと覚えている。

もう一つはつい最近の出来事。いつものように朝の品出し、台車に乗せられた7~8段の折りコンや段ボールを押して移動させようとした時の事だった。古い店舗のフロアの欠けた溝に台車が躓いた拍子に、積まれていた段ボールが雪崩を打って倒れたのだった。その中にドリンク剤が含まれていたから堪らない。2種類のドリンク剤が破損し内容液が漏れ出て来た。それは同梱してあった他の商品を濡らし、慌てて拭いたもののいくつかが販売不可状態となってしまった。文字通り横車を押した形になったのが敗因だったが、慣れに乗じて迂闊だったのは免れない。

自分のミスでまたもや店に損害を与えるのは許されないなと判断しかけた時、すかさず店長が「先生、それは私もやらかした事がありますよ。破損廃棄処分しますから買っちゃダメですよ」と声が掛かった。さすが店長、こちらのハラはすぐに読まれていた。

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先週の月曜日まででBCG膀注療法は3回実施した。特に大きな副作用に苛まれる事もなく、だから逆にその効果に一抹の不安を抱きつつ、次回は年明けとなった。

前回の尿検査では混在する赤血球数は減少したものの、依然として異形細胞は確認されているので、まだ膀胱腫瘍に勝てた訳ではないという主治医の判断に異論はない。勝負は年越しとなった。

ともあれ、激動と破壊に揺れた一年が終わろうとしている。職場では今までと変わりなく「良いお年を」という挨拶を交わして帰って来た。「良い年だったかどうかは来年の今日にならなきゃわからんだろが」と思いつつ、これまで半分惰性で発して来た言葉の重みが今年だけは違っていた事に気付く。

そう、過去には無かった激動と破壊だったからこそ、来年こそは少しはマシな年であって欲しいと。





復帰の第一歩

6日がオペ日だったから術後2週間目となった今日、ようやく職場までたどり着く事が出来た。それまでは公休日を除いて毎朝出勤を試みるものの、自宅から徒歩3分の最寄駅に着く頃になると膀胱術創部から痛みが発現し、その先へ歩を進める事が出来ずに家へと戻っていた。そして店長にその旨を報告し、欠勤にしてもらって一日安静にするという繰り返しだったから、強い痛みに襲われる事もなかった今朝はヨッシャ~ッ!てなモンである。

「おはようございます~!」という声に真っ先に反応したのは近くで品出しをしていた店長だった。入院後からこまめに連絡を取り、その都度いたわりの言葉を頂いていたから、「おお~!」という一声で十分だった。この瞬間から、このまま終業時間まで持ってくれればいいが、ダメなら早退も止むなしという一日が始まった。

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久しぶりのお店の空気はとても新鮮で清々しい思いがした。医薬品コーナーには幾つかの段ボールと共に折り畳みコンテナが3つずつ台車に乗せられていた。先週の金曜日から今週の日曜日まで販売した医薬品に対する補充発注が届くのが今日。だから火曜日の配送がボリューム的に一番大きい。その品出しから棚への陳列をして隙間だらけの棚が埋まって来ると、なんだかとても良い気持ちになって来る。やっぱりこの仕事(決して全ての業務とは言わないが)は大好きなんだと再認識した次第。

今は風邪のハシリの季節なので、相談される内容も風邪薬に関するものが多い。そのやりとりも実に気持ちが良い。このために今日まで何度も出勤を試みて来たんだよね。やっぱりこれ、私の第二の天職なのかもしれない。

さて、気になっている事が一つあった。

それは私が入院から今日に至るまで薬剤師の存在が必須とされる1類医薬品の販売が全くできなかったという事である。特に鎮痛剤や消化器用剤、AGA用剤などにはリピーターがいる。私が不在という事は即ち初購入のお客さんはもちろん、リピーターという顧客が求める医薬品を手に出来ない日々が続いたという事に他ならない。それが実に申し訳ないのだった。

店長から聞いた話では、医薬品全体の売り上げは前同比100%はクリアしているが、1類医薬品を求めるお客さんには私の入院加療の事情を言って理解してもらっているとの事。今朝確認したら1類医薬品の売り上げは前同比50%にも届いていなかった。私がいなければ売れないのに私の在店日数は今月20日間の内たったの4日間だったのだから当然と言えば当然なのだが、ますます迷惑を掛けてしまったという思いを強くしたし、何より率直に悔しかった。

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そんな一日もあっという間に終わり、幸い大きな痛みにも襲われる事もなく発注業務まで終えられた。本日の発注分が納品されるのは明後日だから、たとえ明朝再び痛みに苛まれて出勤を断念したとしても大きな支障にはならないだろう。が、やはり1類医薬品が売れないという事態にまた陥るので、痛みの出現はその日にならなければ分からないと言ってもここは頑張るしかない。

まあ、前回のオペ後から今回のオペまでの間も股間の痛みと排尿痛には悩まされていたワケだから今後の症状の推移はほぼ予想がつく。きっとこうやって一進一退を繰り返しながら僅かずつ回復していくのだろう。

だが私には治療第二弾としてBCG膀注療法が待っている。今月末の外来でそのスケジュールを詰めるのだろうが、副作用の頻尿や排尿痛の発現を考慮すると可能な限り遅めにスタートして貰えるよう依頼するつもりでいる。そのどちらも既に出ているからで、これ以上症状が増悪されても困るから。

まだ手探りの毎日が続く。世間を歩いて普通に歩いたり座ったりしている人を見ていると、今更ながらそれが当然の如く出来る健康というものを考えてしまう。出来ていた事が出来なくなった時に、人は初めて出来て当然だった日々に疑問を投げかけ、しみじみ振り返って思いにふける。そして健康の価値とありがたさが骨身にしみて来る。





白衣の下は脂汗

本日、安保法制案が参議院の委員会でも可決された。まずは昨日理事室に閉じ込められた委員長である鴻池氏が最初から委員会室にいて、そこで理事会を開くという奇策に出た。すかさず野党から不信任動議が出されると、それを見越していたかようにすぐさま後任を指名。

不信任案は当然否決されて鴻池氏が再登壇。与党から審議打ち切り動議が出た直後、そうさせまいとする野党が委員長席へ怒涛のように詰め寄った乱闘状態の中、それでも可決に至ったのだった。

やり方として結局は強行採決と映る形となった。国会の外では反対派のデモ隊が連日気勢を上げているが、国会内では肉体派の乱闘状態。

その道のりは法案提出側である中谷防衛大臣のダッチロール答弁からついには安倍首相の前言取り消し方向転換答弁によって議論は見事に空回り。重箱の隅をつつくような野党の質問とも相俟って、審議を尽くすとはほど遠い、極めて中身の薄い時間だけが過ぎて行った。

法案の是非はともかく、これほど言葉の重みが感じられない審議にはただ唖然とさせられるばかりだ。挙句が言葉ではなく肉弾戦に突入とは、言論の府が聞いて呆れるわ!

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さて、先月の入院手術から退院して今日でおよそ一月。なのに我が身が恨めしい。

その日の調子はその日にならないと分からない。仕事に向かう日の朝、駅までの数分間の徒歩の振動に呼応するかのように早くも股間にツーンとする痛みが走る時は最悪の一日の予感に襲われる。電車内で立っている間はほぼ無痛の事が多いので、この間に沈静化してくれるのを願うのである。

乗換え駅に着くと再び徒歩で目的のホームに向かうのだが、階段の上りなどでまたも股間に痛みが走る時がある。ますます最悪の予感に襲われる。これまでは人よりも早足で歩いていた自分が、今では人に追い越されながらゆっくりと歩かなければならなくなった事が我ながら哀れになる。

真に最悪の日ともなると、最寄駅から店に向かう数分間の徒歩の時にも痛みが発生する。痛みの本体は膀胱の収縮が原因であるのは明白だが、特に膀胱の出口付近に起こる収縮刺激に関連する痛みが殆んどだと自覚出来る。お尻の穴を締めるような緊張が走るとそれが痛みとして伝達される感じなので、痛みから解放されるためにはひたすら弛緩させるしかない。一番いいのは横になるか湯船に浸かる事なのだが、日中はそんな事は叶わない。

こうして職場に着き、白衣を纏うと品出しからその日の仕事が始まる。先入先出の徹底のため納品された一つ一つを丁寧に棚へ陳列するのだが、当然立ったりしゃがんだりの繰り返しとなるので、気がつくとまたもや股間の痛みに襲われる。その際はしばらく立ったままで痛みの沈静化を待つ。

やがて開店時間。品出しは続くのだが、不思議とお客さんへの応対時に痛みに襲われる事は殆んどないが、その前後に来る事はあるから油断はできない。

昼食休憩になっても、食べに入った店で座っている時に痛みが走る時があるのでここでも油断は出来ない。膀胱に負荷が掛からないように片側の尻だけで座るようにしているが、それでも一定時間が過ぎると痛みを感じたりする。本当に辛い時は食欲もゼロとなる。だからドリアやグラタンなどの少量の流動食系で十分だ。おかげで立ち仕事と相俟って自動的にダイエットが出来ていたりする。

何とか夕方頃になると不思議に痛みが消える事もあるが、逆にそれまで殆んど痛くなかった日の夕方から痛みが発生したりもする。そういう時は棚の陰でしばし両膝に手をつき中腰になってやり過ごす。

そんなワケで、痛みが頻発する最悪の日などは白衣の下で常に脂汗をかいている事になる。仕事帰りに痛みに襲われた時などは、途中の駅からタクシーで帰宅した事もあった。

だから痛みが走る日とそうでない日とでは、私にとって掛け値なしに天国と地獄なのである。この痛みから解放されるなら悪魔と命の契約をしてもいいとさえ思うくらいだ。

おっと、排尿痛を書くのを忘れていた。排尿時の症状は退院後からいろいろ変化したが、最近はこうだ。尿の出始めは灼けるような尿道痛から始まり、膀胱の収縮による痛みで排尿が終わる。つまり初めと終わりに痛みとの闘いが待っている格好だ。特に終わりの痛みは膀胱収縮が十分弛緩するまで感じるから、本当はこの時すぐに横になりたいくらいなのだが。つくづくトイレがイヤになる。

ただ、これらの事は店長をはじめとする同僚には内緒にしている。ただでさえ前回の入院で着任が遅れ、あまつさえ来月再手術と迷惑の掛けっぱなしの身、通常業務時まで心配させる事はまかりならんと心得ている。股間の痛み以外は至って健全なのだからハタから見たら私はごく普通の人に映るに違いない。せめて今はそうありたいと思っている。

おそらく再手術後にも同じような症状が襲って来るだろうが、それでも大元の病状進行リスクが限りなく無くなると期待するからこそ耐えようと覚悟している。今回のような術後症状は時間の経過と共にやがては治まるだろうと。

以上、自身の記録の一つとして記載しておく。

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そんな中、今日は薬剤師研修だった。全店のOTC薬剤師の2/3以上が参加したが、まさに老若男女の集合体だった。私の隣りは70代のベテラン薬剤師で、長年調剤薬局をやっていたが閉店、それでも自宅近くのドラッグストアの求人に応募して現場復帰したそうだ。まだまだお元気である。

まずはメーカーの製品説明が2つ。かぜ薬の新製品とOTC初承認となるフッ素洗口薬だった。ついこの前まで同じ立場にいたせいか、ついつい説明会スキルのアセスメント視線で見たり、ヘンな事を言おうモンなら言葉に出さずにツッコミを入れたりして聴いていた。私がやっていた喋るメーカー側の気持ちはもちろん、聞く側の薬剤師はきっとこんな感じだったんだろうなと、両者の立場になって初めて実感出来る事もある。

それが終わるとまるで営業会議のごとく本部の担当者の話が続く。そう、数字の話である。もちろん営利企業である限り利益向上は当然なのだが、相手は売上げの責任者である店長とは違う専門職の薬剤師だ。むしろその特色を生かすスキルを学ばせる場にして欲しいと思った。

隣りのベテラン先生は、入った頃の数年前までは独自の特色を持っていたこの会社が、段々と親会社色に染められて行く事を嘆いていた。それはともかく、久しぶりに指導薬剤師のY先生や先日店舗に指導に来て頂いたS先生に再会出来たのは有意義だった。終了後は店舗に戻って一仕事をして本日終了。まだまだやるべき事が山積みだが、取り敢えず明日は公休日なのだった。





新天地にも早や3週間

今年も早や9月に入った。配属店舗における勤務が始まったのは、7月〜8月初旬の研修後から入院手術を経た8月下旬からだったから、ほぼ3週間が経過した事になる。結構あっという間という感覚だった。

手始めに取り掛かった薬剤師業務の基本である医薬品の期限チェックで、何とショッピングバスケット5杯分もの期限切迫品及び期限切れ品、破損品が陳列棚の奥から遺跡発掘のように出現して来たのにまず驚かされた。前任の薬剤師とは公示後の挨拶を交わした程度で、私の入院のせいで彼の異動と入れ違いに着任となったため定期的な期限チェックが行われたのかは分からない。改めて業務記録を見ると7月実施となってはいたけどね。

また、それとは別に製品リニューアルや棚替えなどによる季節商品の予定返品がバックヤードに折畳みコンテナ(折りコン)に5、6個もストックされていた! よって返品期限の10日まで伝票作成&段ボール梱包作業に追われたのだった。これは医薬品だけの話ではなく、化粧品や雑貨に至る全商品が対象となっているため、店全体では段ボール数十個に及ぶ作業となる。店舗運営は品出しと販売だけじゃないんだと思い知る。

さらに明日からは夏場の虫除け&虫刺され薬中心だったメイン棚を今度は冬季に向けた風邪薬を中心としたものに作り変える作業が待っている。ここで意志ある薬剤師は、本部指示の仕様に並べた棚割りの写真をいったん本部へ送った(これルールらしい)後、自分の考えたストーリーに沿った棚割りを作成するという。私も風邪の症状や補助薬を踏まえた治療戦略のストーリーを考案し、そのような棚作りをしたいと思っていたのでそうするつもりでいる。

それにしても、本部の指示もありきたりの棚割りではなく売れている薬剤師のアイデアを吸い上げて、それを生かした仕様を最初から指示すれば全店規模でもっと売上向上が図れると思うんだけど。ま、会社組織はどこでも見えない隔たりや担当者のプライドなどが邪魔してしまうモンなんだろうな。もったいない。

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愛知県知多半島に上陸した台風18号と17号とのダブル台風に加え梅雨前線の影響で、関東から東北にかけて南北の方向に発生した線状降水帯による未曾有の大雨で河川が氾濫し、まるで津波に襲われたように広域に及ぶ洪水被害が続出している。東京もかなりの雨が降ったが、幸い私の家や職場は被害と言える被害はなかった。電車の遅れもほとんどなかったが、やはりここ数日の客足は芳しくなかった。

少ない中にもカウンセリングを求めてくるお客さんはいる。目立つのは最近の気温の変化でノドをやられたというケース。熱の有無を訊けば今は無く、咳や鼻水もそうでもない。となると、大人の場合はノドの症状改善にフォーカスを当てた治療戦略で行くか、今後他の症状が出て来る事を予測した治療戦略で行くかを提案する。子供の場合は他の症状が出てくるケースが多い事を伝え、飲みやすい液剤を中心とした総合感冒薬による治療戦略を提案する。

治療薬は新薬(西洋薬)成分と、その対極にある漢方薬、そして両方を含むハイブリッド処方薬の特徴をそれぞれ説明し、相手のニーズに応じた薬剤を選んでもらう。薬剤が決まれば基本的にはここまでで「お大事にしてください」と終わるのだが、本来ならさらに免疫力増強のためのドリンク剤を併用すると治りがより早まりますよと奨めるべきところだ。でも、ついつい押し売りになってはいけないという心のブレーキが掛かって言えない場合が多いのだった。未熟なんだよね。

そんな中、推奨販売力No1との呼び声も高い他店の薬剤師S先生が私の指導のために来店。S先生とは過去に研修店舗に来られた時に挨拶しただけだったが、指導薬剤師のY先生も太鼓判を押す先生だったので、来て頂けたのは千載一遇のチャンスとばかりに日頃の疑問や推売の工夫点などを率直に訊いた。予想していた以上にS先生は推奨販売に対する着眼点やアイデアが豊富で、かつ売上げや利益率向上もしっかり意識している。短い時間だったが、私はその言葉を聞きながら新しい視点やノウハウをいろいろと知る事が出来た。「プロフェッショナルは期待を超える存在」の言葉通りの方だった。

私はひたすら直接ユーザーに接する事でそのお役に立てれば良い、売上げや利益率などによる社内的な評価などは二の次三の次というスタンスでこの仕事に就いた。だが、一小売販売業者としてはそれだけでは勤まらないという事もこれまでの研修や業務を通じて実感した。当たり前と言われればまさにその通りなんだけど、薬剤師のカウンセリング販売を自分なりに勝手にイメージしてしまっていたんだろうな。

Y先生とS先生の二人を目標に、いつか両先生に肩を並べられる存在になってやろうと密かに企んでいる。




ここが次のステージか

連日のブログ更新なんて実に久しぶりだが、着任を待たずに入院するハメになってしまったので、本日の休日を利用して正式配属店舗へ挨拶に行った事を記録しておく。

その店舗は古い住宅エリアの旧道沿いにある。周りの風景は、不思議と昔どこかで見た事のある風景と重なった。そう、今から25年ほど前に入った会社で初配属された営業所があった場所の風景と道幅も町並みもそっくりだったのである。なんだか懐かしい思いを抱えつつ、ゆるりと店の中へ足を踏み入れた。研修中の今の店舗と同じマンションの1階スペースだが、一回り小規模にした感じだった。

開店から既に1時間ほど経っていて店内に客はチラホラ程度だったため、医薬品ゾーンをざっと眺めた後、薬剤師の白衣を探した。すると中程の棚で品出し中。早速名乗って店長のもとへ連れて行ってもらう。その店長も品出し中だったが、まずは挨拶と入院による着任遅延のお詫びを申し上げた。F店長から店内やバックヤードの案内を受けつつ、私の経歴などを紹介したところ、江戸川区出身と言う彼は何と私の出身中学の遥か後輩だという事が判明。私は越境入学だったけど、これも縁なんだねぇ。

私が入院している頃には転勤先へ異動しているという薬剤師のN先生。この店に着任して2年(入社2年だったかも?)の想像以上に若い先生だった。この店舗における彼の業務守備範囲は、今の私の店舗における薬剤師の守備範囲とは少々異なっていた。担当は医薬品に加えサプリなどの健康食品、オムツなどの介護用品や衛生用品など多岐に及んでいた。いきなり私がそれら全てを担当する事はなさそうだが、何せここはメンバーの規定人数が足りていないようで、彼はレジ打ちやデリバリーの応援までやっているそうだ。

ドラッグストアにおける薬剤師の本来の役割はカウンセリングによる医薬品販売実績の向上である。レジ打ちなどの作業よりも如何にそれらの業務に手間と時間を割けるかが勝負だと言って良い。だから私の指導薬剤師Y先生は医薬品販売以外の業務はまずタッチしない。それは25年以上のキャリアを誇るベテランゆえの主義主張なのかもしれないが、それがなければ薬剤師が販売スタッフよりも高い給料を頂く意味がないのも確かである。

この店舗の500mほど離れた場所にキレイでスマートな競合店が出来たため、現在苦戦中とのこと。私の研修店舗よりも歴史が古いせいか、店舗の2階や道の反対側の倉庫など収納庫は実に豊富だ。そこには医薬品の常駐在庫に混じって本部から送り込まれて売れずに残っている品なども置かれていた。だから発注も毎日ではなく週に2〜3回程度だという。でもその割には商品棚のあちこちに欠品が目についたな。

倉庫だけではなく、店内の医薬品ゾーンにも余裕を感じた。風邪薬コーナーは2ヶ所設置されているし、ドリンクコーナーも二手に分けて陳列されている。入口横のドリンク冷蔵庫も水抜き不要のタイプらしい。デジカメプリント受付機まであった。ただ、陳列の配置(棚割り)はさほどメリハリを感じず、どの商品を売りたいのかという意図があまり感じられないという印象を受けた。何より入口から医薬品ゾーンへの動線を塞ぐかのようにペットボトルのダンボール箱が山積みされていたのは実にもったいない感じがした。

結論として、「地元に密着し信頼を得られるお店」という企業コンセプトを強化するにはまだまだやれる事、やるべき事がある。特に高齢者を含む、この地域に長く住んでいる人達には、近代的な店よりも昔からあるドロ臭い店の方が却って安心できるという心理も働く。顧客ニーズにしっかり応えられれば必ずや顧客満足度は向上し、固定客はさらに増えるに違いない。

着任したら様子を見つつ、改善できるところはこまめに見直し手を加え、店全体のメリットにつながる部分は店長へ提案をして行こうと考えている。今は一日も早く役に立ちたいと思うばかりである。

ともあれ明日は全店で年に一度の大特売日。レジへ長蛇の列が出来ると聞く。もちろんこの店舗もその日を迎えるが、そのための準備は万端だろうか。短い訪問時間だったが、もはや我が身のように可愛い店舗という気持ちになったゆえ老婆心も芽生える。

心ここに在り。





進撃の三人

先週の日曜日から木曜日まで、初めての5連勤を無事クリア。日常のルーティン業務に加え、イレギュラーで発生する業務などにも関わり、さらに会社独自の携帯端末やPC操作を含め、覚えるべき事ややるべき事などがさらにボリュームアップして来た。立ち仕事の5連勤にフィジカルが悲鳴を上げるのではという心配もあったが、これが意外にもトラブルなく過ぎて行ったのだった。前立腺炎による頻尿は別として。

薬剤師だのカウンセリング販売だのと言っても、我々の出勤時間はせいぜい開店時間である10時の20分前くらいだ。実は早番のスタッフなどは開店2時間前の8時には出勤して開店準備をしている。そういう店長を始めとする正社員スタッフやアルバイトスタッフの総合力で一つの店舗がつつがなく回っている事に気付いたのは最近の事だった。

ある時は、台車のゴム車輪の跡で黒く汚れた床を無水エタノールを含ませたティッシュでゴシゴシ擦り、ある時は薬品のみならず雑貨や缶ビールの面を揃えてみたり、場所柄中国人や欧米人観光客が来ればカタコト英語で悪戦苦闘、改めて医学用語をおさらいしてみたり、子供が来ればカゴに入れたギミックを差し出したり、マイナーな雑貨などの置き場所を訊かれて慌ててスタッフにバトンタッチしたりと、間違っても薬剤師でございなどという感覚なぞ持つ事はなく、あくまで基本は一商売人という自覚を植え付けられる毎日である。

でも、そんな事がことさら楽しいのだ。そして心身共に充実するのである。

やはり製薬メーカーの時は、直接関わる相手は自社の営業部隊のメンバーや医師・薬剤師など医療関係者までで、その先にいる本当の意味での顧客(患者)までの距離は決して短いものではなかった。顧客満足度とか患者さんの気持ちとか言いながらその実、そこへのアクセスもそこからのレスポンスも極めて乏しく、とてもとてもリアリティを伴っていたとは言えなかった気がしてならない。

だが今は違う。私の応対一つが顧客満足度に直結するという緊張感、これが堪らないのだ。もう少し経験を重ねたら、きっと病みつきの快感となってしまうかもしれないほどに。もしかしたらこれは学術研修業務に次ぐ第二の天職との出会いかも?

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金、土曜の公休を経て、さあいよいよ2回目の5連勤に突入した昨日、その日も19時に無事に終わりを迎え、後はバックヤードへ着替えに向かうだけとなった時の事だった。いつものように店内パトロールを兼ね、あえて最短ルートではなく迂回ルートを通って化粧品コーナーへ来た時、ふと160cm以上ある商品棚の上に何やら見慣れた横顔を覗かせて移動して行く物体が目に入った。

それは紛れもなくあのグータラKではないか! お前は進撃の巨人か! いや、そもそも何でお前がそこにいるんだ!

慌てて商品棚の裏側へ回れば、さらにそこには見慣れたM子とN子がまるまっちい姿でつっ立ってるじゃないの!

お前らなんでここにいるんだ~! 会社はどーしたんだ~! と思わず口走ったが、よく考えればこの日は世間では日曜日だった。だからグータラKなどはTシャツ一枚のグータラスタイル。しょうがないから急遽近くの居酒屋へ。

そこでこれまでの行動を訊くと、私のブログからあっという間にOJTをしている店舗を特定。私にヘンテコな商品を持って行って商品説明とレジ打ちをさせようと画策し、3人で集まって来たらしい。何とグータラKとN子は2時間近く前に集まり、特定した店舗に私がいるかどうかを近くのマックを前進基地にして、まずはN子が偵察へ。Y先生と打ち合わせをしている後ろ姿で私の存在を現認、遅れて合流するM子を待ったそうだ。

3人揃ったところでこっそりと入店。いきなり薬品コーナーへ行くとチョンバレなので、長身のグータラKは終始中腰で化粧品コーナーに身を隠しつつ白衣姿の私を盗撮していたらしい。で、中腰に耐えられなくなって体を伸ばしたところを私に発見されたのだった。アホかっての!

グータラKがたった1ヶ月で元のセクションに出戻っただの、営業部と一緒のフロアへ移ったがために9時過ぎには来なくてはならなくなっただの、フロアに大勢のメンバーがいるため冗談の一つも言えなくなっただのと実態を語っていた。別の部署のN子も異口同音。転職したM子も担当業務の立ち上げに色々と苦労している様子。な~んだ、余裕かましてんのは私だけ?

この連中、今度は正規配属になった来月以降、さらにメンバーを増やしてその店に進撃してくると言う。

金輪際、教えてなるモンかっての!




The new stage has started!

7月を迎え、いよいよ私の新しいステージが始まった。

まずは初日。これも一つのご縁なのか、奇しくも私が25年間生まれ育った下町の新小岩にある店舗の研修センターにて中途入社者研修が始まった。ドラッグストアも小売業であるゆえ、接客を含む社内外への「接遇」というスキルが重要となる。ましてや競合の激しい中にあって、接遇の質は他社との差別化に欠かせない戦略とP社では位置付けているとのこと。

だがこれは意外に難しい。自分が客の立場に立って想像してみると解りやすい。例えば私の場合、デパートなどの売り場で品物を見て歩いている時、必ずと言ってほど店員からあれこれ投げかけられる。店員からすれば客とのコミュニケーションを取るという接遇スキルの実践かもしれないが、少なくとも私には迷惑でしかない。訊きたい事があれば尋ねるから、眺めている間はそっとしておいてくれというのが私のニーズだからである。

頭が痛い、腹を下して辛いという場合に、いくら明るく挨拶をしましょうといっても傍で大声でやられたらたまったモンじゃなかろう。相手の状況を読み取って臨機応変の対応が出来るのがプロフェッショナル。そしてそれは相手に間違いなく良い印象を残すからリピート率が上がるに違いない。限られた商環境の中で限られた顧客を獲得するためには、プロフェッショナルな接遇が決め手となるという戦略には大いに賛同する。

さて、集合研修というスタイルは2回目との事だが、今回の受講者は私と同じ7月入社が4名、6月入社が4名の計8名。私と同じ薬剤師職は1名のみで、それ以外は全て販売職か調剤事務職だった。それよりも、私以外の受講者が全て女性だった事が最大のモチベーションだった。爆

挨拶、表情、姿勢、動作、身だしなみ、言葉遣いなど、思えば営業職にも全く同じように当てはまる原則なのだが、実はこれまでの長いサラリーマン人生で面と向かって一から学んだ事がほとんど無かったので、実際に接客用語を口に出し、来店挨拶や案内の所作を身体を使って行なうトレーニングはとても新鮮だった。トレーナーによると、実際の店舗でも機械的にしか出来ていないスタッフもいるという話だが、私の場合は商売人の家(薬局)に育った過去があるため、こういう事にことさら抵抗を感じないのはラッキーだ。

午後からは人事評価や組合などの話に移った。ところが、人事部長なる人の京都弁混じりの籠った話し方や緊張のためかメモ棒読み状態の組合長の話には、それまでのトレーナーTさんやNさんのクリアな声と話し方に慣れていた受講者はかなり聴き難くそうな表情に。やはり声と話し方は伝えるために極めて重要なファクターなんだと再認識。内容はもはや私あたりにはどうでも良い部分なのでほとんどスルー。

7月入社メンバーはこの後、レジ打ちトレーニングへ。いやぁ、知らなかったけど最近のレジスターってのはカラフルで高機能なんですなぁ! 今回は時間の関係から担当者登録、バーコード読み取り、支払い方式の分別、万札への対応、領収書発行などの基本的操作のみだったが、これをマスターするにはまだまだ実践経験が必要である。

これで研修は全て終了。実質6時間ほどだったのでトレーニングとしては物足りない。が、翌日から店舗でのOJTスタートなので、ここは当たって砕けろだろう。

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梅雨空の下、傘を差しつつ白衣やノートを入れたカバンを手に開店前の店舗へ。といってもここは家からたった一駅。歩いても行ける距離なのだが、立ち仕事への体力温存のために敢えてここは電車で移動した。

店内のスタッフルームに指導薬剤師のY先生がいた。さあ、今から実践トレーニングのスタートである。PCでタイムカードを押し、朝礼で挨拶をして開店。

結論から言えば、ここから昼食休憩1時間を挟んで前半3時間、後半5時間を立ちっぱなしで過ごす事になった。水の一滴も飲まずひたすら業務とメモの繰り返し。何しろ朝の品出し一つとってもどこにあるのかすら覚束無いのだから。薬品の場所や名前はもちろん、推奨販売ブランドやPB、症状別の選択基準などなど余りにも覚える事が多過ぎて、とても悠長に座ってなどいられない。

その途中で、薬剤師の説明がなくては販売できないⅠ類医薬品であるガスター10を売ったり、検査で医者からカリウムが低いと言われた人がサプリで補給をしたいと言って来たけど、その程度ならナッツや枝豆、冷奴などのツマミで十分補えると説明し、それでも低かったらサプリを考えればいいと何も売らずに終わったりと、半分テンパりながらも一日が過ぎて行った。

とはいえ基本的には不明な時はY先生にバトンタッチし、推奨品目や患者の症状による薬剤選択基準をY先生の応対を見ながら教わったり訊いたりしてメモる繰り返し。果てはドリンク冷蔵庫の水抜き作業まで守備範囲だいうからビックリ。担当製品に関わるあらゆるものが業務対象なので、カウンセリングだナンだと言う前に、我々の基本は小売業だと良い意味で思い知った次第。う~ん、先は長いぞ。

初日が終わり19時に退社。さすがにノドが乾いたので近くのマックでコーラ補給。気が付くと下手なウォーキングなんかよりも足はパンパン! ふと院内や医局で立ちっぱなしの一日だった大昔の営業時代を思い出す。労働とはこれほどの労力を費やす行為だったんだと痛感。同時に、疲労と共にそこにある心地良さも。デスクに座ってりゃ時間が過ぎたオフィスワークって何とユルかったのだろうとも。

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私の勤務スケジュールは指導薬剤師のY先生に合わせて組まれているので、この1ヶ月間は金・土曜日が休みとなる。次の勤務は日曜日となるが、初日の復習は必須。正直、前立腺炎の調子はまだまだだが、致命的な悪影響を出さずに共存していければいいし、折を見て漢方の大家でもあるY先生に相談してみたいと思っている今日この頃である。





ある知らせ

10を超える関連部署で上市プロジェクトを組織して取り組んでいた、とある新製品があった。

私も学術研修サポートとして昨年のプロジェクト発足時から参画し、学術資材の作成や研修などを行なって来た。私自身、新製品の立ち上げに参画したのは抗糖尿病薬、抗血栓症薬に続いて3つ目で、事実上これが最後に担当する新製品だろうと思っていた。

今年になって組織再編による早期退職制度がいきなり実施された。そのために新発売を見届けることなく4月末の最終出社となったのは、私にとって後ろ髪を引かれる思いだった。こうなったら離れた場所から新発売を祝ってあげようと。

先月、その新製品の薬価収載があり、通常なら収載即発売のはずが、なぜか発売延期という知らせがあった。

こういう場合の予想される理由としては、初期在庫数量が不足したため発売に至れば欠品の恐れがある、あるいは何らかの不都合が見出されたため急遽修正の必要が生じた、などだろう。

とはいえ、ただでさえ競合品が一足先に発売されている状況下、一刻も早い上市が望まれているはずなのに一体何をやっているのかと忸怩たる思いでその知らせを聞いたのだった。

ところが今朝になって、この新製品が他社へ売却されるのではないかというショッキングな情報を耳にした!

現在のところ真偽のほどは定かではないが、発売を遅らせた理由としてそれならアリというところである。これまで少なくとも自社発売のために上市準備を進めて来たのだから、もしこの決定が為されたのだとすれば、それはごく最近の話だろうと思われる。

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この新製品プロジェクトの中心メンバーはマーケ部門のG子とTの二人である。特にG子は若手女性プロジェクトリーダーとして、プレッシャーに苛まれつつも持ち前のポジティブ思考で積極的にプロジェクトを牽引していた。彼女にとって新製品はまさに我が子同然の愛着を持っていたに違いない(彼女は独身だが)。もちろんそれはTにしても私にしても、あるいはプロジェクトメンバー全員同じだったはずだ。

それがこういう事態になって、彼女はどんな気持ちでいるだろうか。また、発売からできるだけ速やかに採用に持って行こうと頑張っていた現場の営業部隊にとっても。組織再編とのダブルパンチでモチベーションの激減は避けられまい。

実は売却が取り沙汰されている相手は、偶然にも学術研修業務を募集している転職先として私がピックアップしていた企業の一つだった。

ところが、かなり早い時期にエージェントを通じて応募書類を出していたものの、相手都合で採用選考を2ヶ月、3ヶ月と一方的に延期されてしまった。最初は余裕で待っていたが、退職日も迫って来る中、もはやこの企業とは縁がなかったと見切りをつけ進路変更をしたという経緯があった。

もしも私がその会社へ行っていたら、この新製品をこともあろうに古巣から受け取るという事になっていたのである。G子を始めとした担当メンバーの気持ちを考えるとそれはあまりに切ないではないか。甘いと言われようがビジネスという言葉では到底割り切れない。

結果論とはいえ、そんな辛い巡り合わせを回避できただけでも私のヒキはまだ強かったと思いたい。

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かつて担当した新製品の一つは製造承認直前で当局から無理難題を課せられ消えざるを得なかった。もう一つは製品の有用性に時代が追いつく速度が遅すぎて伸び悩んだという苦い経験があり、今度こそ大きな花を咲かせたいと思っていた。

多くの人の思いが詰まっているこの新製品、誤報であって欲しいと願うばかりである。



(追記)
その後の情報によれば、社内への通達および社外への通知文書も作成されているとの事で、これは事実だったと確認した。

仮にも力を入れると言っていた領域に関する新製品を発売前から他社へ導出(売却)するのは明らかに尋常ではない。

去年から上市成功のために準備して来た事も全て水泡に帰した。合掌




最終出社、そしてGM!

いよいよ迎えた最終出社日。

別に遠足の日の子供というワケじゃないけど、いつもより早く目覚めた朝。たまたま休みだったカミさんが「長い間お疲れ様でした。いってらっしゃいませ」と三つ指ついて送り出すなんてのはドラマの世界だけ。現実の世界ではしっかり寝こいてる。ま、そんな扱いは慣れてるから、そそくさと準備を終えて家を出たのだった。

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で、会社のビルやら玄関などをスマホカメラに収め、デスクのPCや思い出深いアイテムなども撮った後、SNS用にフォトフレームに並べてみた。そうこうしているうちにPCが立ち上がり、いつものようにメールチェックをしたら、何とそこには数十通ものレスメールが! そう、昨日送信した退職ご挨拶メールに全国からこれほどのレスが寄せられていたのだった。驚いたのなんの!

そこには、「とても分かりやすい研修でした」「あなたの研修が楽しみでした」「現場に即した話が役に立ちました」などなど、嬉しい言葉の数々が寄せられていた。その一つ一つのメールに返信しながらしみじみ思った。ああ、私の仕事は受講者の役に立っていたんだな、そういう言葉に励まされ支えられてこそ、どうにかここまで歩いて来られたんだなと。ただただ感謝あるのみ。

その後、現場から新たに研修メンバーになった旧知のMを始め、かつて同じ部署で一緒に仕事をしていたSや新製品のマーケ部門のG子やTがわざわざ挨拶に来てくれた。新組織スタートでバタバタしている他部署の人達には、敢えてこちらから挨拶に行くのを遠慮したのだが、こういう事はとても嬉しいモンである。最後に担当した新製品の発売に立ち会えなかったのは残念至極だけど。

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今回の退職者の人数は多かったので、いつものようにフロアでの挨拶セレモニーは出来なかった。なぜなら退職者と異動者の人数の方が残った人数よりも多いから、景色としてかなりの違和感が漂う事になってしまうのだ。また、なぜかこの日が新組織スタートの日にもなってしまっていたため、午後からはそれぞれの新組織でミーティングが招集されていて時間的余裕も無いからである。どこまでもチグハグな会社だよな。

さてランチタイム。いつもの早飯メンバーとの最後の晩餐ならぬ最後のランチは、あれこれ悩んだ挙句、一番のお気に入りだった会社前にある満腹イタリアンに決めた。そこにグータラK、H親方、金メダルA子、賑やかしのN子、そして来月で退職の決まっているY子の6人が集合した。するとしばらくして今回のリストラ、もとい組織再編の首謀者である人事部のY子女史が入店して来たから思わず叫んでやった。「世も末だわっ!」

午後は、我々退職者宛てにbccで届いていた変テコな招集メールのセッションがあった。そのセッション名が問題で、よりにもよって「新組織Day1営業会議」と来たモンだ。おいおい、辞めていく人間に今さら営業会議ってナンだよ? 実は退職者に対する組織トップの面々からのメッセージという趣旨だったらしいのだが、いかんせん表題があらぬ誤解を生んで出席を敬遠される始末。実際、40数名の対象者のうち参加したのはわずか3名、予定時間30分のところが実質10分足らずで終わったそうな。それならそうと、最初からちゃんと明示すりゃいいものを、これじゃ意味不明な上にデリカシーもないわな。

ま、こんな会社だったんだよな。

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やがて本物の新組織ミーティングの時間になり、該当者が三々五々フロアを去って行く。退職者も午前中の早い時間帯から帰って行った者もいて、それでなくても歯抜けのような寂しさのフロアがますます閑散として来た。

会社貸与のノートPC、iPad、iPhoneを返却するにも面倒なWeb手続きをさせられ、ヤレヤレこれで帰れるかと思いきや、一番肝心の退職金の受取方法など退職関係の書類一式がまだ手元に届いていない事に気が付いた。あわてて訊いてみたところ、メール便で自宅に送られる寸前のパックごと渡されたのだった。今日最終出社の人間に重要な書類を事前に渡せない会社って何なのよ!

午後3時過ぎ、いよいよ帰ろうかと数人で連れ立ってフロアを出た。その時送り出してくれたのは昔の会社が一緒だったY子や最後のマネジャーとなったK達だった。来月退職するY子からはひまわりの花束を頂いた。昨日一足先に赴任地へ趣いたYやOなどは大勢の賑やかな拍手の中で送られて行ったから、よっぽど目立ってたよな。

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これで24年に渡るこの会社の日々が終わった。うん、本当に終わったのだ。

You're King of Kings! 
帰れるんだ~、これでただの男に~、帰れるんだ、これで、帰れるんだ~! 
ライラ・ライラ・ライラ・ライ、ライラ・ライラ・ライラ・ライ、ライラ・ライラ・ライラ・ライララ~イ!

で、待っているのはゴールデンウイーク(GW)なんかではな~い! 毎日が日曜日のゴールデンマンス(GM)なのであ~る!

まずはオーバーホールを兼ねてじっくりとスローダウンする、これまで買いためた雑誌や本を読破する、名画DVDも全部観る、閖上の赤貝に去年のリベンジをしに行く、ついでに福島の温泉ドライブに行く、次の仕事のためにOTC製品の知識を習得する、カウンセリングスキルを学ぶ、立ち仕事の覚悟を決める、とやるべき事も目白押し。そうそう、愚息の結婚式も控えていたんだっけ。





退職ご挨拶メール

明日の最終出社日を控え、社内ではそろそろ早期退職者などの最後のご挨拶メールが飛び交い始めている事だろう。いつもならパラパラと届く程度の挨拶メールだが、何せ今回の退職は数百人規模であるゆえ、これまでにない数になっているに違いない。ご他聞に漏れず私もそのうちの一人である。

これだけの数の社内メールであれば、うっかりすると読み飛ばしたり未読削除なんて事もあるかもしれない。このブログは私自身の日記や記録という側面もあるので、とにもかくにも足掛け24年お世話になった会社への感謝も込めて、ここに再掲しておきたいと思う。(固有名詞はイニシャル表示)



お世話になりました皆様へ

明日(28日)が最終出社となりますので、失礼ながら本メールにて退職のご挨拶をさせていただきたいと存じます。

私事、1991年にNW社に中途入社以来、GW社、GSK社に至るまで営業現場から学術・研修業務へと歩いてまいりました。
中でも、2000年より学術研修トレーナー業務に携わった事が印象深く、掛け値なしに天職との出会いだったと感じている次第です。
以来、足掛け15年に渡りプロフェッショナルの研修職人を目指し「わかりやすい研修」と「行動につながる研修」に微力を注いでまいりました。
また、AD、AX、DUなどの新製品上市プロジェクトにも学術サポートとして参画させていただきました。

しかしながら今般、道半ばにしての幕切れを迎えざるを得なかった事は、率直に心残りを感じております。
これからはこれらの経験を生かし、直接患者さんへ関わりつつお役に立てる道を歩いてゆきたいと考えております。

MRの皆様は、ぜひ先生方よりさらなる信頼を勝ち取れる強いMRとあらせられんことを。
研修に携わる皆様は、これまで培ってきた良き研修文化を継承発展させられんことを。

多くの皆様に研修のみならずさまざまな業務を通して関わりを持たせていただき、
同時に私自身も大変勉強させていただきましたこと、心より御礼申し上げたいと存じます。

末筆ながら、今後の皆様のさらなるご活躍を祈念致しまして退職のご挨拶とさせていただきます。

本当にありがとうございました。  一期一会




ドタバタ就活狂騒曲 長文御免

早期退職制度による退職を決めてから2ヶ月、28日の最終出社まであとわずかとなったここいらで、これまでの就活についてまとめておこうと思う。何せ、私の人生最初の就活からこれまでの転職では何かしら周囲の人脈が前提にあっての話だったので、今回のように身近な人を介さずに身一つで始めた就活は初体験だったからである。

就活の方向性として、まずは求める職種に優先順位を付けた。その結果、当初は今の職種と同じ学術研修職で探そうと決めた。この時点で昨年から大手製薬会社などで同じような早期退職リストラ策が実施されていたのを知っていたので、市場には営業職を始めとした人材が溢れているだろうとは覚悟していた。それでももしこの仕事を継続せよとの天命なんてモノがあるとしたなら何がしかの縁が生じるだろうと思っていた。

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まずは探りを入れるために転職エージェントにでも登録しておこうかと思い立ち、そのうちの一つだったP社の担当者と初めて電話面談を交わして簡単な履歴書などを提出したのが1月中旬だった。

そうこうするうちに私の会社PCに1通のメールが届いた。それは外資系の転職エージェントからで、学術研修職の求人情報があれば欲しいと返信すると、青山のオフィスまで面談に来て欲しいとのこと。行ってみればやはり外資系、外国人エージェントと通訳が私を待っていた。そこで話が出た会社はG社だったが、そこは既にウチの会社の連中が(問題児も含めて)相当数移っていたのでお断りした。その後、履歴書や職務経歴書を作って提出したものの、それっきりナシのつぶて状態だった。

外資系エージェントといえば、その後に届いたメールがキッカケでもう1社の虎ノ門のオフィスへ面談に行った。そこでは女性のエージェントが迎えてくれたけど、なぜか彼女はウチの会社の組織図らしきものを持っていて、いろいろと訊いてきた。どうせすぐに新組織になって意味のないものになるのにと思いつつ、適当に当たり障りのない受け答えをした。後日、彼女からオーファンのAX社やGZ社に紹介するからと英文の職務経歴書の提出を求められたので、TOEIC満点の同僚に英訳させて提出した。だが、ここもそれっきりノンレスポンダーだった。しょせん情報が欲しかっただけだったのかも。

それはともかくとして、やはり外資系会社の内勤職への転職には職務キャリア以上に英語力が重要なのだろう。事実、求めるスキルの一つにビジネスレベルの英語力と記載されている会社は多い。さらに私の年齢もネックとなった可能性も高いだろう。でもね、若くて卓越したキャリアやスキルを持ち、英語力も抜群なんてスーパーマン、少なくとも私の周りにはいなかったぞ!

面談ではいい顔しながらも、コイツは売れるか(すなわちエージェントの売上げになるか)どうかドライに値踏みしていたのだろうな。そもそもホントに応募したのかどうかも怪しいといえば怪しいし、経過や結果の連絡すらないというのは仁義にもとるだろうよ。

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同時並行的に会社OBのYさんへ連絡し、Yさんが再就職した人材派遣会社APのトレーニング部門の求人を打診してもらったものの、私の年齢では正社員雇用は難しいとの回答。会社の同僚S子からも人材派遣会社QTのトレーニング部門のトップの方を紹介してもらったものの、先方が今欲しいのはがん領域のトレーナーというのでこれも合致せず。P社を通して応募していたサプリメントメーカーF社からは年齢・年収を考慮した結果、見送りという回答が届いた。

国内エージェントのSJ社からは、国内ジェネリックメーカーPP社の学術研修職を紹介された。これから営業部隊の研修に力を入れたいという意向があるとの事でさっそく応募、これが2月上旬の事だった。しかし、ここもその後のレスがない。1ヶ月も経った頃、思い余って問い合わせると、先方の都合で選考は4月からに延期されたと言うので待つ事にしたが、今日に至るまで結果どころか経過報告もないというありさま。同時期に同僚Y子からの情報で応募したジェネリック最大手のN社も年齢を理由に見送りとなっていた。

一口に国内の転職エージェントと言っても、その対応には結構な差があるのだと思い知らされると当時に、企業の学術研修職との縁はなかったのだと事ここに至って私は判断した。それでなくてもウチの会社で行われて来たFace to Face型の研修を取り入れようという企業はコスト面からも難しいはずで、運良く面接に漕ぎつけたところで、いざ確認すると単なる学術業務止まりだったという確率は高いだろうとは容易に想像出来る。ま、ここらが潮時か。

とはいえ、一方ではこれまで培ってきた知識、経験、スキルを直接の職務として発揮できる舞台はもう失われたのだという一抹の寂しさと悔しさを感じたりもした日々だった。

そして、取得から35年もの間、全くと言っていいほどその恩恵に預かる事のなかった薬剤師という資格を生かす道へと舵を切ったのである。

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さて、薬剤師の資格を生かす道となるとそれは薬局勤務を意味する。薬局勤務には処方箋による医療用医薬品の調剤をメインとする「調剤業務」と薬局用医薬品のカウンセリング販売をメインとする「OTC業務」とに大別され、その両方を担当する場合もある。

私はOTCの個人薬局を家業とする家に生まれ育ったせいで、店番の手伝いを通じて接客という事には慣れている。「いらっしゃいませ」「申し訳ございません」「ありがとうございました」「お大事に」など、若い世代が言い難いとされるフレーズも抵抗なく口に出来るし、こう見えても一枚の包装紙で商品を包む技も身に着けている。

思えば、疾病治療薬を扱っている企業にも関わらず、これまでの職種における直接のビジネスパートナーは医療関係者か社内ステークホルダーであり、エンドユーザーである患者さんへはルール上ほとんどタッチ出来なかった。果たして我々のプロモーションは患者さんのニーズを満たしていたのか、扱う薬剤の治療効果は患者さんに喜びを与えられたのか等について直接確認する事はかなわなかったのである。

もちろん、医療関係者との仕事で得られたものはたくさんあったし感謝もしている。でもここ数年、今度は患者さん(顧客)と直接向かい合ってそのお役に立ちたいという思いが強くなって来たのも事実である。ならば、その世界に思い切って飛び込んでみようか。ではどちらの業務を選択するか?

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その答えは簡単だった。それは私が医療機関を受診し、院外処方箋を貰って自宅近くの薬局で薬を受け取った時の体験によるものだ。

医師に対して自分の症状をさんざん訴えて診療を受け、わざわざ薬局に寄って薬を受け取って帰ろうかという時に、今度は薬剤師からあれこれ質疑応答を求められるのである。さっき医師に説明して来た内容が重複したりしようモンなら、何度同じ事を言わせるのかとイラッとする。その煩わしさったらない。リスク予防のためとは分かっちゃいるが、こっちはとっとと帰りたいのだ。四の五の言わずにさっさと薬を渡してくれればいいんだよ! と心の中で何度呟いた事か。

対してOTC医薬品等を自ら買い求めにやって来るお客さんはスタンスが違う。風邪であろうが腹下しであろうが、自分や家族の病気を治すための最良の薬を選びたいと思っている。そのために必要な情報が欲しい。だから相談したい。そして勧められた薬で治れば喜び、相談相手には感謝の気持ちすら生まれるかもしれない。

だから私は、都市部を行き交うフリーの買い物客ではなく、その土地に生活している人々を相手にどんな相談にも乗れて信頼して貰える存在を目指したいと思ったのである。今さら狭い調剤室の中にいて、かつてある薬局でボランティアでやらせていただいて挫折を味わった調剤を勉強し直すには年齢を重ね過ぎたし、商売人の家で生まれ育った血が顧客とのより多くのコミュニケーションを求めていた。

目指すはカウンセリング販売の「OTC業務」だ。

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企業の求人を探していた頃からの付き合いとなっていたR社のエージェントに連絡し、薬局の求人へ方向転換した旨を伝えたところ、ドラッグストア10社へ一気に打診すると言う。いくら薬剤師と言えども、正社員雇用ともなるとやはり年齢的に敬遠される場合もあるので、面接に至った会社からプライオリティを付けて考えるのが正解だろうと。

私も候補となった会社のWebsiteなどを見ながら自分の目指す方向性に合う職場環境の会社の見立てをしていた。私からエージェントに伝えた条件は2つ。勤務開始は7月からという事と勤務地は都市部は避けて住宅エリアの店舗にして欲しいという事だった。

そして面接第1号となった会社がP社だった。P社は業界トップのMK社のグループ企業で都内をメインに150店舗以上を展開しているドラッグストアチェーンで、MKを調剤&OTCおよび化粧品・食品・日用雑貨などを幅広く扱う大型スーパーマーケット的な店舗とすれば、PはOTCをメインとする雑貨店的な店構えというところか。

薬剤師のポジショニングも、MKではカウンセリング販売に留まらず、品出しやレジ打ちも薬剤師の業務に含まれる(その分給料はPよりも高めらしい)が、Pではレジ打ちはせず、会計カウンターと別に設置された相談コーナーが主戦場となるのでよりカウンセリングに集中しやすいようだ。

顧客のカウンセリングに力を入れたい私が、薬剤師と一般販売業スタッフの2ラインを店舗内で確立させているS社(ここはこの時期に通勤可能と思われる店舗の求人がなかったため断念)の次に、このP社にプライオリティを置いたのは言うまでもない。面接第1号がそのP社だったので、断る理由は何もない代わりに多少プレッシャーを感じた。

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一昨日の夜、用意した履歴書、職務経歴書、薬剤師免許証のコピーを先方に渡して面接は始まった。

採用担当のYさんから面接と言うよりほとんど会社や業務の説明を受けたのは、面接想定質問に対する回答を練って来た私にとって意外だった。なので、それらの説明が一段落してから志望の動機、目指したい薬剤師業務などについて私からの質問と要望という形で語った。勤務地などの要望も伝えた。一点、給与に関して製薬企業との格差を心配する言葉もいただいたが、その点は全く気になさらぬようにと伝えた。そんなのは業態が違えば当然なのであって、ハナから了解済みである。

面談は終始和やかに進み、私も日頃鍛えたトレーナーコンピテンシーを発揮しつつ、押しつけがましくない話し方を心掛けた。Yさんは雇用形態については定年までは正社員で検討してくれるようで、職場環境もほぼ私のイメージするものだったため、最後に「ぜひ御社でお世話になりたいと思いますので、よろしくお願い致します」と結んだ。

これで内定の一つでも出れば気分も楽になるけどなぁ。まして優先順位の高い会社であればなおの事だよなぁ、などと考えながら独り家路に就いた。勝手知ったる製薬業界ではなく、ドラッグストア業界への初めてのチャレンジとあっては、いささか弱気の虫も起きようってモンである。

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面談から一夜明けた昨日、カミサンと前々から気になっていた地元のトリッパメインのイタリアンで夕食を食べていたら電話が鳴った。R社のエージェントK子さんからだった。店の外へ飛び出て受けたところ、早速P社から内定が出たと。先方は私を高く評価していただいたらしく「お考えが会社の目指す方向性としっかりマッチしているのでぜひウチで活躍して欲しい」「勤務地については7月から着任となるため現段階でははっきり出来ないが、ご要望通り通勤時間に負担を掛けない範囲で考えます」との回答だったと。採用担当者の熱い思いが伝わるには十分な言葉だった。

回答期限は今月末までなので、一応家族にも相談してから返事をすると伝えたものの、反対する声などあろうはずもない。何より熱い気持ちには熱い気持ちで応えるのが仁義ってモンである。私の中で瞬時に答えは決まった。

同じエージェントでこの後に予定されているU社の面接とGW明けに別のエージェントが設定したMK社との面接が残っているのだが、それを待っていては回答期限を過ぎてしまうのでどちらもキャンセルしようと思う。会社に限らず、最初に会って気持ちの通じた相手に感情移入し判断してしまうのは、これまでの私の流儀の一つだとも言える。

送られて来たP社の採用条件通知書を見ると、給与は年収レベルで今の半分弱だが、この業界の水準から言えば中の上である。逆に、未経験のOYAJIに対してよく頑張ってくれたと理解出来る。考えてみれば、今の会社に6月末まで在籍すると定年まで2年半となり、早期退職の割増退職金がおよそ2年分の年収相当額。とすれば、残り半年分の収入をこの2年半で稼げればツーペイだから、これは十分過ぎる待遇とも言える。事実、私と収入がわずかに逆転する事になったカミさんも全く同じ事を言っていた。

もはやお金じゃなかろう、これでいいのだ。

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というワケで、これで安心して5月~6月末は有給休暇の消化で過ごし(ああ、これが毎日が日曜日ってヤツなんだな!)、7月から心機一転、およそ3000品目の取り扱い商品と格闘する日々にチャレンジする事になったのである。

これまで足掛け24年に渡ってお世話になった会社へは、こんな幕引きとなってしまったけれども心から感謝したいと思う。天職と思える学術研修業務に私を引き合わせてくれたSさん、その私を本社へ引っ張ってくれたAさんあっての今である。これからは地域の寅さん(人の世話を焼く時の寅さんは誰からも慕われる)と呼ばれるような薬局のOYAJIになりたいと思う。

最終出社日までいよいよ後5日、心の火を静かにたぎらせよう。





往く道さまざま

本日は、我々の部署トップのHさん(キャンプ幹事のHさんではない)の最終出社日。今回の組織再編で解体同然となったこの学術研修部門、気が付けば24名の管理職のうち15名が去る事になった。その先陣を切って最も早く去って行くのがHさんで、さっそく明日から次の会社へ赴くそうである。そこは社員が150名というから、今の20分の一の規模の会社となるそうだ。でも彼は英語が堪能だから、オーファン領域の外資系製薬会社でも苦にはならないだろう。

彼とは今から10数年前、名古屋勤務時代に訪れた二度目の合併時に一瞬だけ上司部下の関係になってからのつきあいだ。すぐに彼の本社異動があり、彼と私の環境や仕事に対する指向性は異なってはいたものの、私の本社異動以来10年以上同じ学術研修部門で過ごして来たから、上司と言うよりもむしろ同僚に近い存在だった。

このご時世において50代後半にもなる人間が転職できただけでもラッキーなのだろうが、敢えてこの部署を沈みゆく一隻の船に例えるとすれば、彼はその船長である。それが真っ先に去るというのもナンだかなぁ、と思わずツイートしてしまったけど。

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さて夕刻、フロアでHさんのメッセージを聞いて花束贈呈。集合写真を撮り、これで一つの歴史にピリオドが打たれたと思いきや、別の部署から駆けつけたかつての部下でもあったK子(例のグータラKではない)が私のところへやって来て、「実は私も辞めるんです」と囁くではないか!

彼女はこの部署から新たなプロジェクトのために本社内異動をし、それを見事に立ち上げマネジャーとなった優秀な人材。そんな彼女の所によそからマネジャーを持って来たから別の部署へ行けと言わんばかりの内示では、モチベーションは消滅し気力も萎えるのも無理はない。幸い、転職先も決まったようで何よりではあるけれど、ここでもまた遺恨を残しつつ優秀な人材が流出してしまった形だ。つくづくウチの会社は愚かと言わざるを得ない。

余談だが、彼女にどこの会社へ行くのかを尋ねたら、何とそこは私が同じ職種で応募していた会社だった。もっとも私の場合は、少々怪しげな外資系エージェントに委託していたので、本当に応募されたのか、あるいは応募はされたがまたも年齢がネックとなり書類選考で漏れたのかはウンともスンとも言って来ないので分からない。でも彼女だったらプロフェッショナルな研修スキルも身に付けているし、何より私より一回りも若いのだから適任に違いない。ぜひ頑張って欲しい。

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それにしても、どうやら私には現職と同じ職種では縁が生まれなかったようである。これも天啓だろうか。ま、いずれにせよここらでぼちぼち薬剤師免許そのものを活かす道へ舵を切って行こうかと思い始めている。実際に今日もその方向でエージェントを増やしてみた。

正直、今までのようにヒッチャキになって企業の中で立ち回る必要もないのかなとも思っている。収入は二の次として、今度は地域に根ざしつつエンドユーザーとゆったり関わってお役に立って行くのも悪くないかなと。

そう、あの寅さんのように「よう、おばちゃん、今日はどうした? どっか調子でも悪いのかい?」てな毎日を。





解散会の夜

さあ、いよいよ4月。お楽しみ月間の始まりだぁ~!

とはいえ、気になるのは前立腺炎だが、今週に入って少し変化が見えて来た。朝起きた時は痛みなどの症状がなく、歩いても痛まないので普通に通勤出来る。オフィスでも普通に座って仕事が出来る。ところが、ランチタイムも終わって午後の時間帯に入ると、なぜか針で刺すようなツーンとした痛み(尿道筋の過緊張)が股間に現れて来るのである!

朝から調子良かったはずがなぜここで? もしかしたら天気が下り坂になって来た気圧の変化のせいか? それとも男性更年期のホルモンバランスによる崩れが起きた? などという事まで考えてしまうのだった。しばらく横になっていれば寛解し、家で一晩眠ればまた無症状へ戻る。こりゃ一体何なんだ?  

これまでかかっていた泌尿器科クリニックの先生は超保守的。診療机にPCはなく、カルテも手書き。前立腺炎の治療もせいぜい抗菌薬と漢方薬で、効きが悪いからと筋緊張を和らげるα1ブロッカーとか過活動膀胱治療薬とかの治療提案を私からしてもスルーされて処方していただけない。症状が出続けるのであれば、この週末にでも積極的な薬物治療を行なっているクリニックへドクターショッピングしてみようかなと思っている。

・・・・・・・

お楽しみ企画の第一弾は、昨夜開催された部署のお疲れさま会。

しかしてその実体は解散会なのだが、このご時世で直球は差し障りがあるのではと「お疲れさま会」という無難な名称にした。会場となった新宿住友ビル49Fの貸切パーティルームには我々現役メンバーに加え、他部署へ異動したメンバー、関連会社などへ転籍したメンバー、既に定年退職したメンバーなどなど50名以上が集まった。司会進行は例のグータラK。この日までに一般職への内示面談も終わっていて、それぞれが微妙な面持ちを持ち寄ったような空気に満ちていた。

そんな雰囲気の中、既に関連会社へ転籍しているIさんはリストラの心配もなく、ウチの会社では死語となった定年後再雇用まで勝ち取っているらしく、散り散りバラバラにされた我々を文字通り高みの見物をしている。いつもならカラオケで他人の入れた歌を平気で横取りしまくる人間なのに、この日はいるのかいないのか分からないくらいおとなしかったな。

直近で定年を迎えたNさんやUさん、今もウチからの業務委託が続いている会社へ定年後再就職したYさん、定年後2年くらい遊んだものの、遊ぶのも飽きたので再就職したというTさんなど、すでに退職している人たちは皆ハッピーな顔をしている。そう、ウチの会社は去って行く人がハッピーで、残されるメンバーがそれを羨ましがるというヘンな会社だったが、今回の騒動で一層その色が濃くなった。実際、定年2年半を残して去る私でさえ羨ましいと言われるのだから。

・・・・・・・

グータラKによる司会も順調に進み、沈みゆく船から一番先に出て行く船長、いやセンター長のHさんの挨拶、過去の我々の写真のスライドショー(なぜか仕事の写真はほとんどなく、宴会や遊びの写真ばかりだった)や歓談も進み、定年を迎えた人のメッセージなどが終了し、いよいよ私の出番が来た。

出番と言っても、自作の歌を歌うだけの3分間のコーナーなのだが、この時のために自前のエレアコ、アンプ、譜面台などを持ち込んでセッティングし、それなりに気合を入れたつもりである。確か去年の12月の全国研修ツアー期間中だったか、ふと神が降りて作れた歌だった。フザケた内容どころか大真面目、ゆくゆくは我々研修トレーナーのテーマソングに出来たらという願いを込めた歌だった。それが年が明けたらこんな形で組織の終わりを迎えてしまい、せめてこの歌に一度くらいは日の目を見せてやりたいと今回自ら申し出たのである。

もうすぐ、今の会社の研修部門発足から15年に渡る歴史に幕が降ろされる。コンテンツ作成や予演会の侃侃諤諤の日々、コンビを組んで全国を飛び回った研修ツアーの日々、一流の研修職人を目指してもがき悩んだ日々が、脳裏に走馬灯のように浮かんでは流れて行った。


「 思いを届けに -研修ツアーのうた- 」

期待と不安を 胸にしまって 
長い旅へと足を踏み出す
たどり着きたい あの頂きは 
はるかに高くまだ道半ば
どれほど悩んで考え抜いても 
答えがあるとは限らないのさ
僕らの言葉は伝わるだろうか 
思いは届くだろうか

出会えた顔がふと懐かしく 
旅に疲れた心も癒えて
超えるべきは彼等の期待か 
それとも自分の壁だろうか
迷い立ち止まり背中向けても 
あいつの笑顔は裏切れないのさ
僕らの言葉は伝わるだろうか 
思いは届くだろうか

その場凌ぎの裏ワザよりも 
残していきたいものがあるのさ
僕らの言葉は伝わるだろうか 
思いは届くだろうか

思いは届くだろうか





もういい壊・・・

早期退職プログラムがスタートしてあっという間に40日が過ぎた。だが、対象となっている管理職の新組織におけるポジションの有無についての内示がいまだに行なわれていないゆえ、中には再就職への活動開始はおろか、早期退職の申請を躊躇している者もいる。申請を出してしまえば自分のポジションは確実に無くなるが、出さなければもしかしたら新組織に居場所があるかもしれない、という微かな望みが捨て切れないからである。せつない逡巡ではないか。

早期退職プログラムは40歳以上が対象となっているのだが、その年代で所帯持ちなら子供もまだ小さいだろう。50代の所帯でも自立している子供ばかりではあるまい。背負っているものが大きい者ほど悩みも大きい。なのにここまで沙汰を引き延ばしているのはまさに生殺し状態である。せめて確実にポジションが無いという者にだけでもさっさと伝えてあげれば、それだけ早く就活へ切り替えられるのだからそうするべきだというのは私もこれまで主張して来た。

・・・・・・・

その面談の招待状が先週から同僚の管理職に届き始めた。最初は比較的若めのマネジャーたち。訊いてみれば新組織でのポジションは示されたという。大きな組織の人事というのはシャンパンタワーのようなものだと私は認識している。トップマネジメントから始まってミドルレンジへ、そして下々へと順繰りに決められる。途中で滞りがあれば、別のグラスを持って来て入れ替えて下流へと流していく、そんなイメージである。だからグラスとなる人材はそうでない人材よりも早く内示されるのは当然であろう。

そして一昨日、いよいよ私にも招待状が届き、昨日面談を済ませた。

部屋には人事部のFさんに、すでに退職を決めている我々研修部門トップのHさんが同席していた。もちろん私などは年齢的要素も含めてポジションがあるなどとは思っていなかったが、果たしてその通りだった。それを自分の仕事に関係ない人事の人間から言われるよりは、所属上長に言われる方がまだ納得もする。セレモニーとはいえ、自身も退職が決まっているHさんには辛い作業だったかもしれないが。

面談開始から、事前に用意した私なりの条件を付記した申請書を提出するまで5分足らず。中にはあれこれ抵抗する者もいるためか、面談時間は一人当たり45分用意されていたようだが私にはまったく不要。その後10分ほど雑談を交わして部屋を後にしたのだった。

新組織では研修受講者である営業部員たちとのFace to Faceの集合研修スタイルはほとんど消滅し、自己学習と所課単位で行なわれる勉強会形式がメインとなる事が確実で、研修担当部署の人数は現在の半分以下に削られ、全国研修ツアーの代わりにひたすら教材作りの日々となる事が分かっている。それなら私でなくてもいいじゃないかと既に腹を括っていたからである。

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私は自分をアーティストに例えればライブミュージシャンタイプに近いと思っている。研修というステージでパフォーマンスする事にやりがいを感じ、そのためのプロフェッショナルを目指して歩いて来たつもりだ。それがこれからはスタジオミュージシャンとしてひたすらアルバム作りに専念しろと言われても、とてもじゃないがハイそうですかとは行かない。矢沢の永ちゃんからライブを取り上げたらその輝きはどうなってしまうか想像できないのと同じである。何より長年培い積み上げてきた経験とスキルが無に近いものになってしまうという事は、自分自身の存在と価値が否定されてしまう事と同義である。

だから、世間で言う定年までの3年間はライブミュージシャンに拘っていたいと思っている。また、これまで得たものを全力投球して若いミュージシャンを育てたいとも思っている。年齢的にも次のステージがそう簡単に得られるとは思えないが、それでも求めたいと思っている。もしも天が私にその役割を与えているのなら、これまでもそうであったように何がしかの縁が見えて来るかもしれない。

行く道が決まってしまえば今までのモヤモヤもどこへやら、次のステージが決まっていないにも関わらず気分は軽くなった。なあに、縁がなければ薬局のOYAJIになって、近所のおじちゃんおばちゃん相手にあれこれ喋る日々を送ってもみるさ。

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今朝、通勤電車に揺られながらボンヤリと昨日までの日々を反芻していたら、転職エージェントの車内広告のこんな言葉が目に飛び込んで来た。

「仕事」とは。
自分以外の他人のために、何らかの価値を生み出すこと。
プロフェッショナルの生きざま。

使い古された言葉かもしれないが、今の私には不思議とじんわり染み透る言葉だった。

かくして2月25日は一つのピリオドが打たれた記念日となった。




この憤りは何だろ壊?

トップマネジャーに続いて、営業現場のマネジャーの公示が先週末にあった。ただし、誰がどこの配属になるかというのは新組織の細部がつまびらかにされていないので流動的だが、とりあえず現場に残(れ)る営業マネジャーの顔ぶれが揃った形となった。

翻って、本社組織は未だに不明の部分が多い。決まっているのは、現場同様に人員の大幅削減である。我々研修部門はコールセンターを除いても40名以上を擁する組織なのだが、最終的には半分以下に削減されるとの見方が濃厚だ。新組織編成といえば聞こえはいいが、要はリストラである。その青写真を外部コンサルタントに委ねているとなれば、業界でもトップクラスの組織となったこの研修部門が真っ先にターゲットになるのは必然だろう。

新組織で想定される人数に絞り込むためには、まずは年齢というラインで切る。特に50代のベテランはロックオンされ、半ば強制的にでも早期退職制度を勧められるだろう。続いて、若手の営業資格認定保持者。これも営業現場へコンバートしやすいだろう。

ベテランでも薬剤師免許を持っていたりすれば、年収は半減するが最後は薬局勤務という道もある。それを持たないベテランは厳しい。もともと転職が難しい年齢層である上に、昨年から大手の製薬企業が同じような早期退職制度やリストラを行なっているため、この業界は完全な買い手市場と化している。巷には同じように転職を求める業界の人間で溢れているのだ。

ましてや我々のような学術研修トレーナーは、同じように経費節減を行なっている企業ばかりの中で新規の求人などそうそうあるはずもない。プロモーションの成果向上や営業部隊のレベルアップのために研修の持つ重要性は揺るぎないとはいえ、無い袖は振れまい。何せ研修は先行投資であり数字に表れ難い、すなわち利益として目に見え難いという性格ゆえ、研修に投資するというのは、企業にそれだけの余裕があってこそ。

結果、研修効果の高いFace to Face形式の研修スタイルからデジタルコンテンツによる一方通行的な研修手段となるだろう。その方が会場費や出張費が掛からず、はるかに安上がりだから。もちろん効果などは二の次。必然的に研修部門はコンテンツ作成とWeb研修のナレーターが主業務となり、来る日も来る日もその繰り返しとなるだろう。

企業にそれだけの余裕が無くなったのだから方向転換する。それはそれで仕方がない。だが、そういう後ろ向きの方向転換や削減策は、同時に今まで積み上げてきたトレーナーのスキルやコンテンツ作成のノウハウなどの財産が途切れるか消滅してしまう事をも意味する。

ここへ来て、私がふつふつと憤りを感じるのはこれだった。

今まで必死に自身を高め、それを研修の場で発揮してきたものがあっという間に水泡に帰し、去って行く人と共にそれは二度と戻らない。そもそもそれを発揮できる場も残されない。

ならば、これまで長い時間をかけて作り上げ培ってきたのは、いったい何だったのだろうか? 業界トップランクになるための大いなる戦略の一つだったはずだ。リストラしたらハイそれまでよってか?

そして未だに新組織のメンバー配置すら示されないのはどういうつもりなのか? 遅れれば遅れるほど社員の不安は増加する。良くも悪くも早くはっきりしてあげないと動くに動けないだろう。

こういう時こそ会社の良心というものが垣間見えるものである。ああ、ここはそういう会社だったんだ。





やっぱり壊!

私は現在までに同じ業界の転職を2度経験し、3社目の会社へ。その会社がこれまで2度合併して今の会社に至った。在籍23年余り、気がつけば赤いチャンチャンコまであと3年となっていた。

それでも今の会社の今の業務は、中学時代に国語の授業で相当シゴかれた恩師の影響もあって、願わくば「教える」という仕事をしたいと思っていた希望に合致し、とてもやりがいのあるものだった。多少はその資質にも恵まれていたのかもしれないが、数十人いる研修トレーナーの中でもトップクラスという評価もいただいて来た。言いたい事も言い、やりたい事に邁進して来られたこの10年余り。このまま後3年、いや、定年後の再雇用までも見通せていたはずだった。

先日の早期退職制度の発表に続いて、昨日、営業の新組織が公示された。

大方の予想通り、営業組織はかなりスリム化され、得意の領域別営業部隊も統廃合されるようだ。もっとも、その目的があればこその早期退職制度や組織再編なのだから、スリム化は当然の結果と言える。それが同時にこの会社の現状をよく表しているとも言えるが。

新組織になると我々の学術研修部門は事実上解体されるのだが、問題はそのトップのHさんを始めとする管理職の誰一人として新組織の責任者に任命されていなかったという事実である。仮にも本社内では50名以上の大型組織なのに、である。

これは多分に新組織における社長直下の3人の本部長の意向によるものだろう。特にその中で今一番影響力のあるNさんの意向、すなわち自分の考えに異議を唱えないイエスマンおよび自分よりも経験のある年長者以外のメンバーを選択した結果だろう。事実、新組織の研修担当と思われる部署のトップはこれまで会った事も話をした事もない人物だった。おまけにその下のマネジャーは新組織の営業マネジャーに入り切れなかったメンバーのコンバートで埋められていたのだった。

これが意味するものは、これまでの研修部門の在り方の否定と今後の研修方法の変更である。という事は、私が大好きだったFace to Faceの集合型研修が今後はバーチャルな手法にとって代わるかもしれないという事である。少なくとも集合型の研修の機会は激減するだろう。今後は研修担当者のメイン業務はトレーナーからコンテンツ作成に移っていくに違いない。そうなってしまえば、それを手掛けるのは必ずしも私である必要もないという理屈になる。

私の今までの転職の理由は、その都度新しく魅力的なステージや環境が現れたからであって、決してその時の現職に大きな不満や不安があったからではない。でも今回の状況は違った。私は初めて落胆し、呆れ、憤りさえ感じたのである。前向きの変革ならばいかようにも受け入れるし、これまでもそうして来た。だがこれではあまりに個人商店的な好き嫌いが前面に出過ぎた人事ではないのか。

今朝、Hさんが私のところへ来てポツリと「相当嫌われていたのかなぁ」と呟いた言葉がすべてを語っていた。

正直、早期退職制度が発表されて以来、割り増し退職金をもらって新天地を探すか、後3年なのだからこのまま頑張ってみようかという思いが交錯していた。そもそもこの年齢で転職しても思ったような職種に出会えるかどうかもわからないし、収入はおそらく半減するだろう。だから、今後多少の不自由さが生じても、出来ればこの仕事を全うしたいとも思って来た。

人はパンによってのみ生きるにあらず。なのかもしれない。





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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコースティックギターやウクレレを弾いて70年代フォークを弾き語ったりするのが大好きです。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2などの弦楽器に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きはコンパクト欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経て2010年から「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

某企業でプロフェッショナルな社内研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、2nd Stageは頼れる薬局のOYAJIを目指したいとDgSで張り切ってます。

2013年から膀胱がんサバイバーを継続してます。無病息災よりも一病息災くらいがちょうど良いのかもしれません。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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