FC2ブログ

早くも決定! 今年の漢字は「壊」

その長さがせいぜい半年ちょっとの感覚しかない2014年があっという間に過ぎ、いつものようにグダグダ過ごした正月休みも終わり、5日から仕事が始まった。

その初日。ランチタイムで同僚のグータラKが「重大発表がある」と言う。すかさず「別れたか?」と返すと、何とビンゴ! 

周囲からあれほど止めておけという声を振り切って、嫁さんの「友達の誰も式を挙げてないホテル」というだけの理由で分不相応なT国ホテルでウエディング。新婚旅行もこれまた「友達がうらやむところ」という嫁さんの意向でメキシコ・フロリダ旅行。超アクティブな嫁さんは早朝から深夜まで行動スケジュールビッシリ。一方、グータラなKはノンビリ寝ていたいのに連れ回されたモンだから、帰国した途端「アー疲れた」。この一言が嫁さんの逆鱗に触れたのがケチのつけ始め。

以来、土日はお茶にテニスにと忙しく動き回る嫁さんを尻目にグータラ過ごすKとは相容れない、とても新婚夫婦とは思えぬ生活が続き、ついに耐えられなくなった嫁さんから離婚を切り出されたという。わずか半年余り住んだだけの新築の家は、嫁さんの両親がローンごと引き取ってくれ、結婚前と同じに身軽になったKは家賃全額自己負担のため、家賃の安い埼玉県から通っている。 ・・・これが「壊」その1。でもこれはど〜でもいい。

・・・・・・・

そして翌6日。新年恒例の社長スピーチでそれは告げられた。

管理職を対象とした早期退職制度が発表されたのである! 去年あたりから予想はされていたものの、いよいよ現実となった格好だ。同時に営業部隊を中心とした組織の大幅変更。6領域あった営業部隊を大きく再編成するという。これにより進行中の各領域の研修はすべて凍結され、我々は一転して新規担当製品メンバーの基礎知識習得のための動画教材作りに注力せざるを得ない状況となったのだった。

今月下旬の誕生日が過ぎれば還暦まであと3年となる私。当然このままその時を迎えると思っていたのに、ここへ来てこの荒波襲来。この仕事が大好きで天職とも思っていた研修トレーナー業務が、もしかしたら今後は教材配信がメインとなり、営業メンバーと直接関わるFace to Face研修は一切出来ないようなシステムになってしまうのかもしれないのである。そうなってしまえば、もはやそこに私がいる意味はない。さあど~する?

割り増し退職金(と言っても威張れる金額ではない)と共に新たなステージを探して動くか、それともこのまま心中覚悟で踏ん張るか。こういう事に割と頓着しないカミさんあたりは「やりたい方に行ったらいいじゃない」なんてのたまってるが、明確な状況が見えない中での決断は容易ではない。粛々と早期退職の受け付けだけが来週スタートする。

管理職の次は、営業部隊を含む一般社員の番である。彼らとて新組織に配属された後は、現担当製品に加え新規担当製品が相当数増えるだろう。加えて個人の評価基準も大きく変わる。現場は予想以上に混乱すると思われるが、彼らはそれぞれ何をどう選択するだろうか? ・・・これが「壊」その2。これは重大。

・・・・・・・

見えてくるのは現状の厳しい変化ばかりである。まさかこの歳になってこうなるとは。新年早々だが、もはや今年は「壊」でしかないだろが!

せめて11日に行なわれる長男の結納だけがホッとできる一瞬なのかもしれない。否、ホッとはできない。結納の口上はこちらが用意して言わなければならないので、明日はその準備と稽古に明け暮れるだろうから。





敗北宣言

今年最後の全国研修ツアーは、最後の週に思わぬ事態が待っていた。最終週の今週は火曜の岡山会場、水曜の広島会場、そして木曜、金曜の福岡会場で千秋楽を迎える予定だった。

列島を大寒波が襲来した朝を広島で迎えた。前夜は何もなかったのに朝になったら一面の銀世界で、しっかり雪も降っている。会場へ行こうにもホテルからはタクシーが捕まらないので駅前のタクシー乗り場へ。当然そこは長蛇の列。風雪に晒されながら並ぶこと40分。ようやく会場へ移動できたが、どうやらこれがいけなかった。

研修が終わる頃から股間にツーン以上の痛みを感じ始めた。それは立っていても座っていても自覚出来るほどになった。新幹線で博多へ移動しホテルへ向かう道中もそれは悪化して来て、ガラガラを押しながらゆっくりと歩を進めるしかなかった。チェックイン直後にバスタブに浸かり温浴療法。痛みは楽になったが、バスから出ると症状は戻って来た。

翌朝、会場へは徒歩で到着したものの、今度はやたら尿意を催す。そのたびにトイレへ行くから当然尿量は少ないが、そこに血尿が認められた。排尿痛もキツい。ついに研修パートナーとの分担セッションの1つが終了したところで、泌尿器科専門営業部隊のメンバーSから紹介された天神にある泌尿器科クリニックへの受診を決め、ホテルへ戻る事になってしまった。

前立腺痛と尿道痛という自覚症状は確定的なので、触診と経腸エコーを受ける。経腸エコーは前立腺の様子を撮る超音波検査で、直腸に棒状の端子を入れて体の内側から前立腺を診る。過去には腹部側からのエコー検査を受けた事はあったが、これは初めて。また一つ研修ネタが増えたが、今はそれどころじゃない。

画像では前立腺の左側がより腫れていて、血尿を絞り出した尿検査で感染が判明した。紛れもなく細菌性の急性前立腺炎だ。前立腺への移行が良い抗菌薬をもらって終了。今後発熱の恐れもあるので明朝まで安静にという指示を受けホテルに篭った。

・・・・・・・

あれほど辛かった痛みが抗菌薬一つでこんなにも楽になるものなのか。ベッドに寝たきり状態で過ごしているせいもあるが、痛みもあまり感じない。その代わりに下痢が来た。日頃悩まされている尿意切迫感による頻尿は鳴りを潜め、今度は便意切迫感による頻便に悩まされた。うっかりすると切迫性便失禁にもなりかねない。Drからは水分は摂るようにと言われていたのでペットボトルを買って飲んでいるが、それでもここまで直通で出るものかと思うほど次から次へと。

そして最終日、チェックアウトして前日とは別の研修会場へ。思えばここまで前々日の昼食以来一日半、ヨーグルトとワッフル以外口にしていない。どうにも食欲が湧かないのだが、当然体力も落ちているはずだ。体力のあるうちにと午前中の2セッションを担当したが、受講者にそれまでの顛末を披露しつつ千秋楽に相応しいテンションで終える事が出来た。でもそこまでだった。

股間のツーンとした痛みに排尿痛。下痢も未だ完治しておらず、体力も消耗している。やっと食べたうどんの昼食後、パートナーのI子に後を託して(帰京後に埋め合わせに食事をゴチする約束をして)、予定より早い便で帰京した。福岡空港までのタクシー、羽田空港までの飛行機、新宿までのリムジン、そして再びタクシーと乗り継ぐこと3時間半、羽田空港の混雑と都内の渋滞で時間がかかったものの、ようやく帰宅。入浴後、体重を測ったら案の定2kg以上痩せていた。どうせまたリバウンドするだろうが、これはちょっと嬉しい。

・・・・・・・

局所的といえど持続する痛みはこんなにも人を弱くするものか。これがもし、全身を襲う痛みや麻痺に苛まれ続けるとしたら。私ならとっとと生きる気力を失ってしまう事だろう。難病で苦しむ人が生きる事を諦めない姿を目にする度に、それがいかにすごい覚悟なのか、レベルは全く違うものの今回の経験でさらにヒシヒシと感じられた。

理研のチームと小保方さん自身によるSTAP細胞の検証実験の結果報告会見があり、双方で実験期間を通じて一度もSTAP細胞が作製できなかったとの結論だった。STAP細胞発見と共に小保方リケ女がマスコミに華々しく取り上げられたのは今年の1月だったか。あれからあっという間の奈落。難病に苦しむ人への新たな希望の光はついに照らされる事はなかった。患者さん達はさぞ無念だったろう。

無い事を証明するのは有る事を証明するよりも難しいので、これを持って完全否定には至らない。至らないだろうが、それならば、ここに至るまでの論文投稿の顛末や小保方さんの成功話は何だったのだろうか。200回も成功したというコメントは何だったのか。彼女を管理していたはずの上司や支えてたはずの共同研究者は何だったのか。笹井氏にしても、STAP細胞が実在するならなぜ自殺する必要があったのか。

会見での理研側の訳の分からぬコメントや会見が終わったのに相沢顧問とやらが一人のたまった彼女を犯罪者扱いしたなどとの詫び口上は一体誰に向けたものなのか。監視カメラや立会人など、再実験のやり方を決めたのはそもそもアンタらだろが!

・・・・・・・

いずれにせよ、本業である研修中にリタイアするという事態に至ったのは私の不徳の致すところだ。少なくともこの仕事で報酬を得ているプロの研修トレーナーとしては敗北以外の何物でもない。何よりも受講者に要らぬ心配と迷惑を掛けてしまったのだから。




Gone with the Wind

高い専門知識と類い稀なるトレーナースキルを持ち併せていたZ子。彼女が中途入社して来たのは去年の1月の事だった。それまで長く携わって来た専門分野の研究業務から、今度は研修トレーナーという業務に経験を積みたいというのが転職の動機だったという。

それ以降、定期的な研修のトレーナー業務を通じて、受講者から非常に良好な反応を得、周囲の期待通りにレベルの高いトレーナーとして、また家庭においては2児の母として精一杯歩み続けて来た。今年に入り、新規適応を取得した製品の集合研修の機会があり、まさにオンステージ状態で100名近い受講者を前に堂々の研修をやり遂げた事も記憶に新しい。

・・・・・・・

そんなZ子が退職する事になった。それも今月上旬に表明し下旬には最終出社日を迎えるという慌ただしさだった。

昨夜は遅ればせながらの送別会を開催したのだが、メンバーは敢えて彼女の所属チームや組織全体に呼び掛ける事は避け、公私に関係のあった有志限定とした。そのワケは彼女自身の退職の理由にあったからである。

実は2ヶ月ほど前、Z子と同じチームの同僚2名が突然退職した事がきっかけだった。ただでさえ幼い子供を抱えた主婦業とフルタイムの仕事との両立をギリギリのバランスでこなしてきた彼女にとって、メンバー減による業務負担の増加は、その限界を容易に超えるものとなってしまった。もはやこれ以上、幼稚園児を放ったらかして仕事と心中するワケにもいかない。退職を決断せざるを得ないのは明白だった。

退職を表明しようと思っていたのと同時期、Z子のチームにさらに過酷な現実が襲い掛かった。現場の営業部隊の退職により、急遽彼女のチームメンバーが臨時営業部員として現場に出るハメになったのである!

Z子は激怒した。激怒したのはその決定に際し、自分の上長がチームの現状を知ってか知らずか上層部の依頼に簡単にOKを出した事に対してだった。これで担当メンバーは5名から2名となってしまう。そうなれば研修業務一つ取っても大変な負担になるからである。それを上長に申し出たら、「ならば研修をやらなければいい。それにもう決まった事だから」という、とても研修部門の長とは思えぬ回答だった事が、さらにZ子の怒りを増幅させたという。

かくしてもはや何の躊躇も感じなくなったZ子は速攻で退職を申し出た。慌てた上長は必死に引き留めの言葉を投げたそうだが時すでに遅し、覆水盆に返らずだった。

残されたチームメンバーとしても、Z子を理解しつつも自分たちの負担増を思うと複雑な気持ちになった。今回の送別会がチームや組織全体に声を掛ける事を避けたのはそういう理由からだった。

そしてZ子は文字通り、風のごとく去って行ったのだった。

・・・・・・・

実は送別会の前日になって、Z子から「実は、明日オペが決まったのでお酒をあまり飲めなくなりました」というショッキングなメールが届いていた。改めて会の席で事情を訊いたところ、先月の定期検診で乳がんの疑いが出、精密検査の結果、急遽オペが決定したとの事。本来なら、のんびり送別会なんてやってる場合じゃないけど、彼女は至って元気に立ちまわっていた。

稀有な資質を持った研修トレーナーとして、研修部門の同僚として、Z子がいなくなったのは返す返すも残念である。だがそれ以上に、彼女を襲った疾病とその転帰が気掛かりなのは言うまでもない。幼い2人の子供達のためにも、あの明るく押しの強い関西弁を聞ける日が一日も早く戻って来て欲しいと願うばかりである。

もちろん、その日がすぐにやって来るのを信じて疑わない。

次回の飲み会は彼女のホームグラウンドでちゃんこ鍋大会をするって約束したのだから。

Good Luck, Zeniko!





またひとり・・・

話は10年ほど前に遡る。

当時、営業現場のマネジャーをしていたTは、年の瀬も押し迫っていたある日、今年も忙しさに追われて人間ドックには行けそうもないなと思っていたという。ところが、その支店の女性事務員からどうしても今年は受けてくださいとしつこく言われ、仕方がないので予約を取ったら何とクリスマスの夜だけが空いていた。

そのドックで撮った胸部レントゲン写真の肋骨の隙間にそれがいた。肺がんの影だった。あと少しズレていたら肋骨の影で見つからなかったらしい。奇しくもあの吉田拓郎に肺がんが見つかった時期と一緒だった。しかも拓郎よりも小さなものだったのでまだラッキーなのかなとも言っていた。

直ちに摘出手術を受け、大好きだったタバコも止めた。そこから数年間に再発を来たしながらも、闘病生活と共に本社の内勤業務に勤しんだ日々があった。このところ顔を見ないなと思っていたら、先週突然訃報が流れたのだった。私自身が最後にTの顔を見たのは1ヶ月前だった。転移による急変だったそうな。

Tとは合併前の会社からの同僚で学年は一つ違い、かれこれ20年余りの付き合いだった。仕事上の付き合いとはいえ同世代の友人が亡くなるというのは、特に50代も後半に差し掛かった今、とても他人事とは思えない。それでなくても学生時代の同級生達をもう何人見送って来ただろうか。Tの二人の息子はすでに社会人となっていたのが不幸中のせめてもの幸いだった。合掌


通夜の夜には不釣り合いなほど 空一面の銀の星
黒い喪服の弔問客が 今日だけは明るい路地を抜けて

出逢える人の数よりもなお 別れる人の数が増えて来た
いつかは来ると今日という日が いつかは来ると知っていた

谷村新司『玄冬記』


・・・・・・・

恒例の休日研修の福岡出張から帰宅したら、保険組合の社内報が届いていた。

そこにはかねてから寄稿していた私の去年の闘病記が掲載されていた。改めて読むと、あの時の悪夢の日々が蘇る。これからの自分は、こんな風に何があっても病気と闘ってひたすら生を選ぶべきなのか? それとも死は必ず訪れるものと諦観し、楽しめる生のみを選ぶべきなのか?

決して遠い先の事ではないだけに 思い悩むものの、来る日来る日に生きる事をこなしているだけの自分がいたりする。





Philosophy

いよいよ6月度研修ツアーのコンテンツ作成も終盤を迎え、予演会を通じて仕上げの段階に突入している。

実は、研修に使用する資材は社内審査を通過させなければならないというルールがある。その審査は大きく3つの部署があり、データなどがエビデンスに基づいて使用されているかをチェックする部署、コンプライアンスに則った表現が用いられているかをチェックする部署、そして総合的に専門家がチェックする部署である。要は、これら全ての段階でOKが出ないと、手塩にかけたスライドやテキストも作り直しとなってしまうのだ。

ところが最近、これらの部署の承認基準が俄かに変化している。去年までOKだった部分が今年はNGなんてのは茶飯事、極端な事を言えば、先月OKだったはずが今月はNGだなんて事も珍しくない。

これでは作成側としてはたまったモンじゃなく、タイムスケジュールが大幅にdelayしてしまうのだ。これを我々は「チャブ台返し」と呼んでいて、極めてやっかいであり、ある意味恐怖すら覚えている。今回もNGが出たためにVTRを丸々撮り直したほどだった。

・・・・・・・

さて、その審査もどうやらこうやら通過し、いよいよトレーナー間での予演会に漕ぎ着けた。ところがここでも議論百出。

社内研修とは、会社の定めたプロモーションを成功させるために、営業部隊に必要な「知識とスキル」を提供し、それを現場で行動に移す「モチベーション」を付与するための場と心得ている。私が拘るのは、当然の事ながらその視点に立ったコンテンツかどうかという点である。

研修コンテンツ(主にパワポスライド)は原則として当該製品の担当者が、マーケ部門などのプロモーションプランを受けて作成する。だから作成者がそのコンテンツの一番の当事者であるはずだ。コンテンツの完成までには、企画原案の段階で検討する会議、たたき台のスライドベースから検討する会議、そして実際に予行する予演会と進んで行く。

担当製品のコンテンツ作成に直接関わらないトレーナーなどは、そういう段階になって全貌を目にする場合が多い。不思議なのはそれまで散々検討して来たはずなのに、新たに気になる点などが見えて来るという事。だからと言って、いい加減なコンテンツのままでハイ終わりというワケにはいかない。

そんな時、私はまず作成者へその理由を訊く。当事者意識を持って作成しているのならその意図(philosophy)をすぐに説明できるはずだ。意図が明確に伝わって来ない場合や安易に作ったなと判断された場合は遠慮なく異議を唱え、場合によっては作成者を問い詰めながら代替案を導き出す事もある。

いっそ、こちらが引き取って考えた方が時間のムダにならないという意見もあるかもしれないが、それでは作成者に当事者意識を放棄させる事になり、いつまで経っても本人に実力が付かない。時間は掛かるかもしれないが、これもOJTの一環だと考えている。

受講者が「知る歓び」を満足させるためには、まず「解りやすさ」があっての話。だから研修コンテンツは、伝えたい意図を伝える側である作成者の視点で検討し、同時に伝えられる側である受講者の視点でそれを捉える必要がある。

送り手の意思が受け手に理解されてこそ目的は達成される。送り手とは言うまでもなく作成者も含めたトレーナー全員である。だからこそ、ここに妥協をしたくないのだ。

・・・・・・・

研修の中には、受講者にテーマを与えて考えさせ、グループ討議などでまとめてもらうという「演習セッション」がある。そんな時は、同じテーマの参考例などを予めこちらで用意しておいて、演習の最後に受講者へ提示し持ち帰ってもらう場合がある。

ここでも私は拘る。持ち帰ってもらう、即ちそれは「お土産」であり、そこには現場活動のヒントとなるクオリティが要求される。それが演習で簡単に導き出される程度のものや通り一遍のものだったら誰が喜ぶだろうか?

仮にもお土産として作成したからには、「視点の意外性(アイデア)」と「現場で使える感(リアリティ)」に満ちていなければならない。だから大いに考えて作成しなくてはならないが、これがかなり難しい。

私はよくメンバーに「死ぬほど考えろ」と暴言を吐く。昼となく夜となく必死に考えているとある時、ふと閃く瞬間がある。それを私は「神が降りた」と表現するが、その経験が次の機会に生きて来る。その蓄積が実力となる。

・・・・・・

こんな事をここで書いてみたところで、ウチのメンバーがこれを読む事はまずないだろう。

時々、敢えて嫌われてまでもトレーナーを育成するなんて事が辛くなって来るし、そもそもトレーナーはそれぞれがindependentな存在なのだから、自ら気付き、自らレベルアップして行くべき職種だろうと思っている。

けれども、研修の向こうには受講者がいる。そのためにだけ今日も鬼になってるバカがいる。自嘲





研修は続くよどこまでも

営業部隊のメンバーは、各製品のプロモーションを成功させるために知識やスキルをさまざまな機会に習得し、現場で実践している。

その中には、我々のメイン業務である全国研修ツアーや営業スキルアセスメントなどもあるが、もうひとつ、リアリティと緊張感を追求するために、何と実際のプロモーション相手を招聘し、そこでロールプレーを行なって、その相手からフィードバック&アセスメント受けるという研修がある。名付けて「プラクティカル・ロールプレー・トレーニング」、まさに実戦さながらの企画である。

去年までは特定の製品のみを対象として、全国からプロモーション相手を東京に招聘するという形式を取っていたが、今年からは全国の支店所在地単位で数回ずつ開催する事になった。その第一番目の開催地が札幌というわけだ。

だが、この時期の札幌はまだまだ春とは言えない気候。前日も雪が降ったらしい。だから、とうに片づけたはずのコートを持ちつつ、すでに暖かくなった東京から寒冷の地へと赴かなければならないのだった。これは研修であるゆえ、我々の主管業務でもあり、かつ両者への説明係とオブザーブ・アセッサーという役割なのだからそれも仕方がない。とはいえ土日を潰しての業務は、この歳になっては身体的負荷が大きいのも事実である。

・・・・・・・

今回招聘した方は7名、アセスメントを受けた営業部隊のメンバーは述べ14名。それぞれ10分~15分のロールプレーの後、相手から口頭でフィードバックを受け、さらにアセスメントシートに評価が記入される。我々を含む社内オブザーバーも同席し、シートに評価を記入する。

当日は思ったよりも順調に進み、中には二日酔いで来た方もいたが、招聘された全員から積極的なフィードバックをいただき、参加した営業部隊のメンバーは予想以上に大きな収穫が得られただろう。また、招聘された方の中で、ご自分の専門外の製品情報などをじっくりと聴ける貴重な機会と捉えていたという意見も聞かれた。総じてお互いがWin-Winの企画で、成功だったと言えよう。

ところで、件の二日酔いで参加された方の席でオブザーブしていたら、突然、受講者に代わって応対の指名を受けるというハプニングが生じた。場面は、受講者の提案に対してあまり良いリアクションをしなかった直後だった。

「じゃ今度はこちらの人に聞こう。あなたならこの後、どう対応する?」

突然のご指名はもちろん想定外だった。研修が始まって何回目かのロールプレーだったから慣れも生じていただろう。おまけに二日酔いも一段落したのか、口調は滑らかそのもの。でも私は受講者ではないから、あまり深入りする事も出来ない。

ならば、どうせこれっきりの一期一会とばかりに、受講者とは真逆のキャラを演じてみた。まるで掛け合い漫才のように少々ズケズケ気味に対話を進め、最後にお互いが笑い合ったところでちょうどタイムアップ。

これが事のほか好印象だったらしく、その後のオブザーバー達に私に対するおホメの言葉を語っていたそうだ。ま、私はそういうキャラの相手はキライじゃないけど、たまたま今回のアドリブがうまくハマったに過ぎないと心得ている。

・・・・・・・

こんな具合に、ちっとも休みにならなかった土日が明け、今週は新規領域製品の2日間に及ぶ集中研修が行なわれた。こちらの研修も述べ700名超にの受講者に対して6回予定されている研修の第1回目となる。私は会場のサポート係兼受講者として参加した。

トレーナーのZ子は、今話題の小保方氏も真っ青のがん領域の研究所出身のクレバーな女性で、時折十分なインターバルを取りつつ分かりやすい言葉で滑舌良く語るわ、受講者からの矢継ぎ早やの質疑への対応もバッチリこなすわの優秀なトレーナー・コンピテンシーを発揮していた。研修トレーナーとしての彼女は初めて目にしたが、久しぶりに頼もしいトレーナーの登場だった。

この後5回の研修でも、彼女のトレーナーぶりが楽しみになって来たな。





一対多の大一番

12日の手術のための術前検査も終わり、予定通り11日入院、14日退院というスケジュールが固まった。後は俎板の上の鯉ならぬ手術台の上のOYAJI状態で、いよいよ全身麻酔手術初体験のカウントダウンが始まったというワケである。

手術と言っても、単なる内視鏡による経尿道的膀胱腫瘍除去術なので、術式に伴なうリスクはほとんどない。あるとすれば全身麻酔からの目覚め(リバース)がかからずそのままという事態だが、これも考えようである。仮に膀胱腫瘍の悪性度が高く、すでに転移を起こしていて余命数ヶ月という状態なら、そのまま逝ってしまう方が楽ってなモンである。どうせ人間、どこかで一度は死ぬんだから。

・・・・・・・

そんな中、ベテラン営業部隊の定期研修が実施された昨日は、奇しくも昭和88年8月8日だった。

この部隊のメンバーは、自他社で定年退職した営業マンと子育てがひと段落したあたりの女性営業マンが9:1の割合で組織された混合部隊で、いずれも会社との個別契約を結んでいる個人事業主という立場にある。その名もヴィンテージと名付けられたその営業部隊メンバーがほぼ3ヶ月に一度、全国から60名超集結して自身の認定証更新も兼ねた研修を受講するのである。

彼ら彼女らがなぜヴィンテージと呼ばれるかと言えば、主力販売製品の国内発売は1969年、なんとアポロ11号の月面着陸の年なのだ! 以来、45年経過した今でも年間100億円を売り上げている超ロングライフ製品、すなわちヴィンテージ製品という事である。もちろん男性メンバーが還暦越えのヴィンテージという意味も含まれている。

いざ研修となると、このメンバー達は皆、豊富な知識と経験を持ったベテランばかりで、ヘタな若い営業メンバー達よりも遥かに熱心に、アグレッシブに研修を受講する。彼らの琴線に触れるや否や、たちまち質問の嵐にもなる。とてもとても年寄り扱いなんて出来ない。

こういう人達に対し、プロモーションに関わる営業トークを一方的にこちらから提示しても、ハイわかりましたと実行してくれる確率は低い。実行するからにはキチンと納得したものをというプライドをしっかり持っているからである。彼らのヒストリーからすれば当然の事だろう。

そこで今回は、前に立った私と60数名のメンバーとがマイクをリレーしつつ順番にやり取りを行ないながらトークを作り上げていくという研修スタイルをとる事にした。これならメンバーが納得の上、現場で実行に移せるトークとなるからである。

言うのは簡単だが、彼らの考え方や意見をこちらが想定しているストーリーにファシリテートするのは簡単ではない。一人ひとりから発せられる言葉と想定したトークフレーズをシンクロさせながら、時には質問や反論に対処しつつゴールへ導く必要がある。うっかり道を外そうモンなら反論の嵐も起きかねない。

特に一家言持った大人を相手に研修を行なう際は「アダルトラーニング」という考え方を意識する必要がある。子供の教育とは異なり、大人の学びというのはさまざまなメンタリティが存在するからである。

だがこれが成功すれば、もともと強力なポテンシャルを持っているメンバーのパワーがプロモーションに最大限に発揮される事となる。というワケで、私も相当腹をくくった上でこの研修を企画し臨んだのだった。

導入部分は慎重に言葉を選びながら受講者へ投げかける。受講者から返される言葉をキッチリと受け止めつつ、ストーリーラインを外れないよう適宜修正を加える。時々前回までの研修内容の復習となる質問を投げかけてみたり、トンチンカンな回答にはギャグに変えて和らげる。提案は十分に熱意を込めて訴求する。

予め大筋のやり取りシナリオを決めてはあったものの、実際に始まってみるとほとんどアドリブのやり取りだった。それでも地声の大きさからか、はたまた必死の迫力のせいからか、ほとんどスベる事もなく順調にストーリーがなぞられて行った。

前半の丁寧な進行が祟って時間が押し、後半が若干駆け足になってしまったのは残念だったが、受講者の理解度と満足度は概ね及第点が得られたと感じた。評価で最も困難な、研修に対する受講者の期待上回り度までは自信を持てないけれど。

・・・・・・・

本日はフロア引っ越し後、夏の節電のための今年初めてのフロア閉鎖の日だった。知り合いも多く、比較的空いているフロアを探したら、偶然にもそれまでいたフロアだった。

今日は梅雨明け以降何度目かの猛暑日。フロアも決して涼しくはないけれど、昼食に外へ出たら猛烈な熱気で誇張ナシに死にそうになった。こりゃ早々に切り上げて撤収した方が良さそうだわ。





ツアーやプロジェクトやメンテナンス

気がつけばもう6月も終わり、一年の半分が過ぎる事になる。おまけに今月の全国研修ツアーのためのコンテンツ作成や予演会などで5月下旬あたりからバタバタしつつ、身体の不具合の治療を継続しつつで、ブログの更新も1ヶ月以上放ったらかしとなっていた。

過去を遡ってとなると、またも記録主体のエントリとなるけど、ま、それは仕方ないわな。

・・・・・・・

今月の全国研修ツアーの担当は14会場だった。その合間の日をやり繰りしながら、人間ドック&フォロー検診のP診療所、胸部粉瘤治療のK病院、そして前立腺炎治療のKクリニックへ。まったく、身体の上から下までトラブルのオンパレードだわ。

まずはいい話から。禁酒2ヶ月経過時点で肝機能値は半減した。と言ってもまだ4ケタ(爆) まあ、この調子なら来月のドックで3ケタ突入もあり得るな。もっとも正常値は2ケタ以内なんだけどね。今は復活の一杯をたしなめる日が来るのを楽しみにしている。

続いて胸部粉瘤。抗生剤などで腫れも引いたので、いよいよ除去手術の日が告げられた。私としてはさっさと済ませたいところだが、そこは総合病院のサガ、空いているのは1ヶ月後だと。来月中旬を予約した。言うまでもなく注射も手術も大嫌いな私だけど、ま、これで鬱陶しい粉瘤とおさらばと思えば気持ちも軽くなるというモンだ。

あんまり良くない話。前立腺炎治療のためにCを飲み始めて2ヶ月になろうとしているが、例のツーンとした痛みの頻度はさほど変わらない。研修ツアーでそんな話をすると、前立腺炎で同じ薬を飲んでいるご同輩がチラホラいたのが意外でもあり嬉しかったり。中には数年に一度、激痛と共に高熱を発するという人もいて、それに比べりゃ私などはまだマシかと安心したり。

先日の受診時に、痛みの頻度が変わらないので、前立腺肥大症ではないけれど症状寛解のためのα1ブロッカーの併用をDrへ提案してFの併用を始めてみた。これが意外にも奏功したのか、痛みの頻度が減少している感じである。もしかして、オレって名医?

・・・・・・・

今回の研修ツアーは、コンテンツによっては受講者にマイナスのモチベーションを与えかねないものや、途中でネガティブな外的要因が発生したりとかなり気を遣わなくてはならなかったため、いつもにも増して長く感じたり精神的な疲労度が高くなったりした。

そんな研修ツアーも何とか無事に終わり、昨日は半年に一度の部署会議。ここで兼ねてより私も参画していた「トレーナーズコンピテンシー プロジェクト(別名TPP : Trainers on the Pole Position)」の発表および検討会が行なわれた。

コンピテンシーとは「発揮すべき能力」と解釈され、我々研修トレーナーのレベルアップにどういうコンピテンシーが必要で、それをどう習得、発揮するかを整理し実践しようというプロジェクトである。実は過去にも数回、検討され作成されてはいたものの、それらが実践されるまでには及ばず、机の引き出しの肥やしと化していた。

今回ばかりは肥やしにはさせまいと、出来るだけシンプルで実践しやすいたたき台を作成し、この会議の場で全トレーナーでディスカッションを通して仕上げるという手法を選択、実施した。

ディスカッションの進行役をしていて気づいたが、コンピテンシーはうっかりするとToDoリストと紙一重で混同されやすく、その習得・発揮のためのノウハウはうっかりするとマニュアルと紙一重で混同されやすいという面が浮かび上がって来た。このままでは単なるマニュアル集にもなりかねない。というワケで、グループ毎に出された改定部分を踏まえ、再度コンピテンシー集としてまとめ直す作業が不可避となったのだった。

マニュアル集とは一線を画するとなればその難易度はかなり上がるので、一筋縄では完成しない。うまく完成すれば書籍化も可能だろうし、値付けして売れるシロモノにもなるだろう。

・・・・・・・

一昨日は愛車の初めての車検。いつもなら中学時代からの友人Yのところに出すのだが、今回は発進時にリア付近に違和感を感じる事があったので、メンテナンス保証期間終了間近という事もあって敢えてディーラーに出した。

先日、ランチタイムとしては初めて行ったいつもの御苑イタリアンのシェフSさん達の話から、今までメンテナンスやリコールで気軽に出していた私の家からも近い整備工場は、実はあまり評判が宜しくないという事が判明し、ディーラーには別の整備工場にしてもらった。同じメーカーの整備工場でもそんな事があるんだなと。

その修理工場から昨日電話連絡があり、違和感の原因はマフラー関連の部品の緩みによる干渉と判明。別途修理代は発生せず、基本工賃のみだと。それでも約8万円也! ちなみに現在までの走行距離が2万5千km超だったのでブレーキパッド交換の必要性を訊いたが、フロント1万7千km、リア2万6千kmの猶予があるから不要との事。パッドの寿命も伸びたもんだなと。

・・・・・・・

さて、来月あたりから本社の営業関連部門が固定デスクを廃止してフリーアドレスになるという。我々の部署もそれに該当する。

フリーアドレスになればお互いのコミュニケーションが促進されるというお題目はあくまでタテマエ。増員により固定デスクを配置するスペースに限界が来たが、さりとて本社移転の余裕はないので、フリーアドレスにすれば8割方のデスクで済むというのがホンネと見た。

そうでなくとも、少なくとも我々の部署のコミュニケーションは良好であるからそんな必要はない。それどころか、我々はじっくり腰を落ち着けてコンテンツを作成したり、現場からの電話やメールによる問い合わせ対応をしているため、手元にそれ相応の種類と量の資料や書籍を必要とする。フリーアドレスになるとせいぜいPCとわずかな資料しか持ち運べず、満足な仕事が出来なくなる可能性が大なのである。

フリーアドレスを決定した動機もさることながら、決定したトップもこんな現状を知らないのだろう。自由で働きやすい環境をアピールしている裏ではこんな不自由がまかり通ろうとしているのはある意味滑稽でさえある。コミュニケーション促進どころか、フリーアドレスを逆手に取って本社内行方不明者が続出する事も考えられる。

かくいう私もじっくり腰を据えて取り組みたい仕事の時は、どこか図書館のように静かなフロアに雲隠れかますかもしれない。





スキルとアルコールのアセスメント

4月に入り、さっそく営業スキルアセスメントのために1日の夕刻便で福岡に飛んだ。

この営業スキルアセスだが、従来までは我々のような非レギュラーメンバーは製品説明会のプレゼンスキルのアセスのみを担当して来た。もうひとつの面談スキルのアセスは相手役をこなしながらアセスを行なうという、やや複雑なワザが要求されるため、これまでは専任メンバーの担当だったのである。

その面談スキルのアセスメントを少なくとも今年中に20数名の非レギュラーメンバー全員が出来るようになるという目標が部署内で掲げられ、その中でもこういったスキルに造詣が深いと認識されていた(らしい)私にまずはお鉢が回って来たのだった。

3日間のうち、初日はまず相手役のみを私が行ない、仕切りやフィードバック、アセスは専任メンバーが行なった。2日目は相手役をしながら同時にアセスやフィードバック、仕切りまで行なう。正式なアセスは専任メンバーが行なうものの、わずか2日間で面談アセス業務のほとんどをやらされるハメになった。

これを促成栽培と言わずして何と言おう。当然、頭に「無茶な」も付くだろう。

残念ながら最終日は、マンパワーの事情から従来の説明会プレゼンアセス業務に戻ったが、ここまでの率直な感想を言えば、終盤までずっと黙ったままのプレゼンアセスよりも受講者とのやり取りをしながら行なう面談スキルアセスの方が面白い。少なくとも退屈はしなかった。

・・・・・・・

さて、さすがに私でもビビった肝機能検査値を突き付けられ、次回の検診日まではびた一滴の酒も飲まないと決めて1週間以上が経過した。来週の火曜日がその日なのでもうしばらくの辛抱には違いない。違いないのだが、ここまで何回かの酒席(福岡出張では毎晩)をウーロン茶だけで凌いで来て実感した事があったので、アルコールについてもアセスメントしておく。

1.飲んでも飲まなくても話の質、量ともにあんまり変わらない。

まあ、これは私自身のキャラに寄る部分が大きいとは思うが、酔っ払わなければ弁舌が滑らかにはならないというのはウソだった。話の質も決して酔っ払ったから下がったワケじゃなかった。

2.飲み会の記憶が最後まで残っている。

これまでは飲み会の後半の記憶はほとんど消滅していた。だがそれは決して認知症が発症したのでもアルツハイマーが勃発したのでもなかった。単に酒の飲み過ぎだったのである。

3.飲み会のウーロン茶、いくら飲んでも安心プライス。

安いところでは@200円以下。この圧倒的なCPなら安心してガブ飲みできる。今までのお勘定は如何に酒代が大きかったかが良くわかる。確かにお勘定の半分は酒代だったんだよな。これなら高級なお店でも怖くないわ。

4.シメラーメンの必要がなくなった。

アルコールには食欲増進作用がある。ただでさえ酒はハイカロリーなのに、それをしこたま飲むから 、しっかり料理を食べた後でもラーメンが食べたくなるのは必然だった。最近はどこにも寄らずにまっすぐお帰り。

5.翌朝のお目覚めスッキリ、朝食が美味い。

出張などでホテルに朝食付きで泊っても、前夜の酒と食事の影響で朝食が食べられずに出向く事が多かった。二日酔いやアルコール臭さとは無縁の生活は自然と朝食が食べられるようなるモンなんだなぁ。

・・・・・・・

禁酒してもうひとつ分かった事。酒はタバコと違って、飲まなくても精神的な苦痛がほとんど起きない。ま、これは取りも直さず私がアルコール依存症ではなかった証左だが、これを続けろと言われればたぶん出来ると思うが、目指すはオール・オア・ナッシングではない。

ニヤリと笑ってこう言うのである。「お酒? たしなむ程度です」





仕事の質の違い

営業現場のヘッドとして長年リーダーシップを発揮して来たTKさんが、ウチの部のヘッドとして赴任したのが去年の10月だったか。昔から大の酒好きだったというTKさん、私あたりとは一番多く酒席を共にし、その馴染みやすいキャラも奏功して今やすっかり溶け込んでいる。

もともとウチのH部長殿がセンター長へと昇進したため(するため)に敢えて下に2つの部を新設したのがキッカケで、今年還暦を迎えるTKさんが我々の研修領域の部長として異動して来たというワケだ。

これまで再三言っている事だが、我々トレーナーは職人の集団であり、営業組織のようなピラミッド型の組織は必要ない。ましてや、既に各研修領域のトレーナーチームには若きマネジャー達がいるからそれで十分だ。事実、間に人が入れば入るほど指示命令系統や連絡依頼事項、さらには意思疎通がやり難くなるのである。

・・・・・・・

心配した通り、その弊害というべきものが最近見え始めて来た。

旧組織の時代からH部長殿とマネジャーによる月イチ会議があったが、それに加えてTKさんとその配下のマネジャーによる部会議が追加された。1つの部署で会議を2つも持つのは明らかに非効率的で、さほど変わらぬその内容をいちいち別個にフィードバックされるこちらにしても鬱陶しい限りである。

さらに、今年最初の全国研修ツアーとなる3月度研修初日から3領域の研修会場にTKさんは積極的に顔を出している。それ自体は結構な事なのだが、問題はせっかく旅費を掛けて来たというのに、メッセージひとつ言うわけでもなくオブザーブに徹しているのである。おいおい、あなたの時給は一体いくらなのよ? ただいるだけじゃもったいないでしょ。

さらに東京に単身赴任で関西に家があるTKさん、スキあらば帰宅を兼ねて週末は西の会場主体に行くというのも何ともセコい。逆に週明けに西の会場があろうモンなら間違いなくそこへ行くという感じである。

で、そこで見聞きした印象や意見を我々トレーナー宛てにメールで送って来るのだが、これがまた教科書に書いてあるような分かりきった内容だったり、こうすれば受講者アンケートの評価が上がります的な本末転倒と言うべき内容だったりするのである。

おまけにそれらのメールには必ず上司のセンター長へCCされているから、こりゃ一体何のアピールなんだ? と勘繰りたくもなるじゃないの。あながちハズレではないと思うけど。

・・・・・・・

ある時、こんな事があった。

TKさんも参加した、とある研修終了後の食事を兼ねた飲み会でのこと。いつものようにハイペースで盃が空いて行ったその時、ふいにTKさんが言った。

「営業現場からこっちへ来てから、現場の仕事に比べると本社はずいぶん緩い職場だと感じている。例えば、朝の10時近くに出社して夜の6時には帰って行くヤツなどはロクに仕事をしていないんじゃないかと。オレはそんなのは評価しない」

営業現場と本社では仕事の質そのものが異なっているし、同じ本社でも部署によって仕事のタイムテーブルが異なっているのは他の会社でも同じだろう。まして我々研修部門は研修前後とそのインターバルにあたる期間とでは大きく仕事の様相が変わって来るのである。

また、人によって仕事のスピードも異なるし、直接の相手となる各領域のマーケ部門との進捗度合いも異なるので、早く仕上がる人間もいれば、ことさら時間がかかる人もいる。それを一律に出退社時間で測ろうというのは極めて乱暴な話である。

かくいう私は、朝のラッシュで人あたりした事もあって、出来るだけ時差通勤を心掛けている(もちろん会社はフレックスタイム制なので問題ない)し、一度スイッチが入れば仕事を仕上げるのは人一倍早い方である。だから就業時間が過ぎればムダに残る事もしない。逆に研修直前期ともなれば準備作業も加速して日付変更線を超える事もあったし、毎度のように予演会でカンカンガクガク、個人作業のためには休日出勤も辞さないでいる。

要はメリハリが重要なのだ。職種が変われば仕事の質もやり方も変わって来るのは当然の事だろう。

それを指摘すると、「なら、早く仕上がるヤツにはオレが別の仕事を与える」などとムチャクチャを言い出す始末。挙句に、「自分の研修領域の全ての製品に関するあらゆる問い合わせには全員回答出来ないといけない」とまで言い出した。

一つの製品について、あらゆる問い合わせに回答できるためには、その製品情報や関連疾患から始まって、関連文献や資材、競合品情報に至るまでの全てを把握していなければならないのである。それが難解な事ゆえ、各製品にはそれぞれメイン担当者を置いているのである。オールマイティーは理想ではあるが、軽々に口に出せるほどやさしい事ではないのである。

普段から口数が少なく、同僚からはダンディと呼ばれているHがすかさず口を開いた。「そんな事、簡単に言いますけど、それなら自分はやれるんですか?」珍しくキレ気味の口調だった。彼がそこまで言及するのは、かつて全国の支店数名ずつ在籍していた学術研修部員が組織の合理化の名の下に解散させられ、本社に縮小集結させられた苦い過去による。

その際、優秀な学術研修部員が大勢退職を余儀なくされたのを目の当たりにしたHや私などは、製品が増え続ける一方でオールマイティーであれなどと言われると、それならばなぜ一方的に学術研修組織を合理化したのだと反発したくなる。

残った学術研修部員は、本社で問い合わせ対応部門と研修部門とに分かれた。だが、途中で数名の人員がこちらへ異動して来て、研修部門でも問い合わせ対応業務の一部を扱うようになったのだが、今ではその人員のほとんどがいなくなり、対応業務だけが残った。これには何かハメられたような気がしたものだった。

そのあたりの経験のないTKさんあたりが当然のような口振りで言うからHは余計にカチンと来たのだろう。その考え方は、各支店に学術研修部を配置していた頃ならいざ知らず、それを放棄した今の組織では正に先祖返りそのものだと言う。確かに今の布陣と製品数から見ても無理ある話ではある。

・・・・・・・

その後もTKさんと酒を酌み交わす機会はあったが、それに関する話は彼の口から二度と出て来なかった。いつも酒席での議論などは覚えていないと言う彼でも、さすがにあの夜の事は頭の片隅に残っているに違いない。いささか極論を言い過ぎたと認識しているのかもしれないが、私はTKさんの素のキャラ自体は好きである。

営業部隊をリードされて来た長い経験から、研修の場でこういう言い方、やり方ならば彼らがよりモチベートされたり、明日から行動に移したいと思うようになるんだというようなアドバイスが貰えたら助かります、とメールには返信した。

(追記)
上記の件について、TKさんより丁寧な返信をいただいた。こういうやりとりならもとより大歓迎! 今回の研修ツアーが終わったら、またじっくりと語り合いたいと思う。





気温差30℃!

今月5日から今年初の全国研修ツアーが始まった。いつものように準備期間は極めてタイトで、前日まで予演会でカンカンガクガクの調整が続けられたのだった。

今回の私の担当会場だが、第1週は両国を皮切りに水道橋、立川、上野とたまたま全て都内の会場だったので研修ツアーという感じがしない。宿泊の必要がないとはいえ、プレゼンに使うPCと演習に使うiPadにそれぞれの周辺機器などを詰めた、本来なら1泊用の大きなショルダーバッグを抱えて通勤ラッシュ時間の都内を毎朝移動するのは、それはそれで地方出張の前泊移動よりもしんどい部分がある。

ともあれ、今回は数ある担当製品のうち3製品に絞り込んで実施するので、受講者にとっても研修に集中しやすいプログラムだろうと思う。

その研修ツアーも2週目に入った今週、いよいよ地方出張がやって来た。日曜移動で向かったのは札幌。実はこの日、東京では観測史上最短となる夏日が記録され少なくとも日中は半袖のTシャツで十分過ごせるバカ陽気だった。一方の札幌は前日から暴風雪が吹き荒れるわ、月曜日の最高気温は-4℃だわと、まるで赤道を挟んだ真逆の国のような世界と来たモンだ~! 

しょうがないから、もう使わないだろうと思っていたダウンコートを引っ張り出してキャリーバッグに括り付けた。さすがに夏日にこれを着て都内を歩く勇気は無いモンね。

・・・・・・・

目指す新千歳空港は積雪に対する対策は十分だろうが、強風に対しては如何ともし難く、最悪羽田に引き返す事態にもなりかねない。事実、秋田便や庄内便などではそんなアナウンスがラウンジ内にも流れていた。その頃、私よりも早い便で札幌入りした同僚KWのFBに、札幌までのJRに遅れが生じているとのつぶやきが!

う~ん、こりゃあ夜に向かって暴風雪が収まるだろうと読んだ私の判断ミスかもしれない。だが、こういう時の私のヒキは結構強い。案の定、大きな遅れもなく無事に新千歳に到着、JRにも遅れはなさそうだった。ただし気温は-3℃! もちろん一面の銀世界。

半年ぶりの札幌へ無事に到着しホテルまでの地下街を歩く。敢えてここは観光客の気分に浸ってやろうと950円也の特製札幌みそラーメンを食らう。麺もスープも美味しかったが、具のジャガイモやアスパラやワカメまではいらなかったな。それにモヤシやコーンやチャーシューまで乗って、まさに観光客用のムダな盛りだった。

・・・・・・・

今週からパートナーとなったW子は、受講者アンケートにわざわざ「次回もW子さんにお願いしたい」と書かれるほど、ここ札幌の受講者に大人気である。ホームグラウンドと言ってもいいだろう。そういうわけで研修のオープニング&オリエンテーションのセッションを彼女に振った。より早く会場の雰囲気和ませるために。

受講者の知識レベルと研修への参加意識の向上のために毎回行なっている朝のテスト。今回は設問の事前開示方式ではなく、関連書籍の範囲を指定して事前学習してもらうやり方にしたが、これがいけなかったのかもしれない。

穴埋め記述式の問題にスラスラと答えを書けていた受講者は半分以下なのはいつもの光景だとしても、驚いたのはすでにテストの解答を表にしたものを手にしている不届き者がいた事だった。あらかたどこかの会場の同期の受講者あたりから入手したと見られるが、今回はどの会場も同じ設問としていたので、これでは知識レベル向上の意味を成さない。

もっと驚かされたのは、誰かの解答用紙を写メしたものをプリントアウトして持っていたバカスケがいた事である! いずれこの営業部隊にマスター制度を導入し、知識・スキル・パフォーマンスなどに卓越した人材を育成したいと思っているのだが、この体たらくではとてもおぼつくまい。驚きを通り越して情けない思いに浸らされるのにさほど時間は掛からなかった。

・・・・・・・

札幌を訪れた時には必ずと言っていいほど食べに行くお店がある。

そのお店は札幌中心街から少し外れたエリアにあって、中で鮨や魚介類を出すお店と中華料理店が合体している世にも珍しいお店である。だがこれがいい。新鮮でボリューム満点の刺身や魚介類をまずはビール、お次は氷結酒(通称シャーベット)、そして焼酎ボトルかぬる燗と続く。途中で中華風のウニの卵とじを経由する事もあるが、最後は本物のカニがタップリのカニライス(炒飯)と本マグロのネギトロ巻きで締めるのが定番。ほぼ地元の人だけで約100席は予約で連日満杯という、知る人ぞ知る大人気店である。

ところがそのお店は日曜定休なため、日曜移動した夜には行く事が出来ない。それでもぜひここで食べたいという気持ちが抑えられない時には、予約を入れて研修終了後に行くのである。もちろん帰京は最終便に設定、家に着く頃にはとっくに日付変更線を超えているが、それでも食べたいと思わせるお店である。

この無茶っぽい強行軍を我々は「90分一本勝負」と呼んでいる。昨夜もそうだった。

大将、女将もそんな事情を良く知っていて、黙っていても美味しいものをジャンジャン出してくれる。この夜もいつものようにてんこ盛りの刺身から始まった。さらに今回は大きな器に盛られた生牡蠣と白子と生ワカメのポン酢和え。まるで昼食時に牡蠣が食べたいねと言っていた我々の気持ちが通じたようで嬉しかった~!

・・・・・・・

これでいつものように羽田に到着すれば、最終にリムジンバスに乗れるのだが、この夜は出発が15分も遅れたためアウト。京急と山手線の最終を乗り継いで1時半頃にやっと帰る事ができた。23区内に住んでいるW子はともかく、遥か郊外に住んでいる同僚のMは帰宅もままならずビジネスホテルに泊まる事になってしまったのだった。

でも一同大満足! これで今週を乗り切るエナジー注入完了~!





こりゃ〜、春から嬉しや嬉しや!

2日間に渡った全国営業会議が終わり、先ほど横浜から帰宅した。

昨日は専門営業舞台の会議だったが、もはや研修セッションすらなくなった担当製品Aのトレーナーとして自らにケジメを付けるために敢えて出席した。多分これが最後の会議参加となるだろう。会議後の懇親会では雑談を交わしながら、発売前から足掛け7年の歳月を思い返していた。

やたら切なくなってしまい、いつものようにお開き後に連れ立って二次会に行く気力も失せて、早々とホテルにチェックインしたのだった。

・・・・・・・

一夜開けた今日は、営業部隊全メンバーと本社関連スタッフ総勢2,600名がパシフィコ横浜大ホールに集結して本会議が開催された。

本会議のメニューにはお偉方のプレゼンや表彰などもあったが、その中に「プロフェッショナルとは?」というテーマのセッションがあり、各部門の大きな成果を挙げたメンバーのディスカッションなどが行なわれた。彼らのサクセスストーリーが動画仕立てにして披露された。それは何とあの「情熱大陸」のナレーター窪田等氏にナレーションをさせるというリッパな作品だった。

誰もが認めるすばらしい成果を挙げた者は、まず目に光がある。そして自らの信念に基づいた具体的なゴールを設定している。それは必ずしも年齢や経験年数によらない。彼ら彼女らこそプロフェッショナルと呼べる人間達だろう。いやぁ〜、上には上があるもんだなと素直に脱帽した。

実は事前に、参加者全員へこんなアンケートが求められていた。

「あなたにとってプロフェッショナルと思える人を一人挙げて、その理由を記してください」

私は元同僚の名前を書いたが、通常はこういったアンケートには自分の属する所課の同僚や先輩、あるいはサラリーマンの習性から上司などの名前を書いておくのがせいぜいだろう。

その結果が書かれたカードが、参加者それぞれのシート前のポケットに封筒に入れられて備えられていた。指示に従って開封してみると、そこには2つのコメントがあった。周りを見ると何も書かれていない白紙の者もいる。どうやら名前とコメントが書かれた者のみカードに印刷されているという事らしい。

そのコメントを読んだら素直に嬉しさが込み上げて来た。あんまり嬉しかったので原文のまま記しておく。

「トレーナーとしてプロだと(素直にすごいと)思えるため」
「プレゼンテーション力、話題性(全方位)、人として一番尊敬しています」

無記名だから何とも言えないが、少なくともこういうコメントを書いてくれるような人は私の周りには思い当たらない。とすれば、研修受講者である営業部隊の誰かなのかもしれない。だが誰であったにせよ、その人が身内の誰かではなく、敢えて他部署の人間である私を選んでくれたとしたら、これほどトレーナー冥利に尽きる事もないじゃないか!

このコメントをくれた人は受講者に違いないと勝手に信じる事にした。今日の会議はこのコメントに出会えただけでもう胸が一杯だ。だけど「人として一番尊敬しています」はホメ過ぎだわ。私がそんな人間ではないのは自分でよ〜く分かってるからね。

・・・・・・・

今の自分を変えるのではなく(たぶんそれはもはやムリ)、今の自分に何かをプラスワンしてみようと年頭に思ったが、今日のプロフェッショナル達を見ていて、何となくそのヒントが得られたように感じた。

これまでの研修業務に、自らの信念に基づいたゴールを決めていたか? そしてそれに向かって目を輝かせて取り組んでいたか? トレーナースキルやテクニックを磨く前に気がつくべき事ではなかったのか?

まずはここから始めてみようか。





寒い風が吹いた

全国研修ツアーに薬剤師講習会と、年内のすべての出張がようやく終わり、その最終地である仙台から帰京し出社したのが昨日。旅費清算や書類整理などをしていたら、ふいに隣席のKが「公示見ました?」と話しかけて来た。

そういえば前日は、薬剤師講演会終了後に急いで夕食へ行って飲んで食べてホテルに帰ってバタンキューだったので、メールやイントラサイトのチェックなどは一切していなかった。改めてイントラの公示を見たら、何と昨日一日だけで10件以上の公示が出ていたのだった。

中には組織改定や昇格などのめでたい通知もあったが、目を引いたのはいわゆるネガティブ系の異動公示だった。

これまでにも50歳前後の管理職の降格人事などは一部で行われていたが、今回はそれが全領域に渡って断行されていた。明らかにその資質が疑われる言動が目立っていたにも関わらず、不思議と沙汰の無かった管理職もついに降格した。それ自体は遅きに失したという声が上がったものの、半面、決してそうではない人事も散見された。

・・・・・・・

私と同じ前身会社出身の出世頭だったHさんの退職が知らされたのは数日前の事だった。

Hさんは一つの営業部門のトップで取締役まで上り詰めたというのに、50代後半になったこの段階でそれらを全てを投げ打って、遥かに規模の小さい会社の社長として赴くという。後任人事も未定というから、かなり急な話だったに違いない。

同じ前身会社でありながら、Hさんとは不思議と一緒に仕事をする機会は無かったが、これまで英国人も感心する語学力を生かして日本の状況を本国に理解させ、時には本国からの過剰なオーダーからの防波堤になっていたと聞いた。だが、グローバルの状況変化によってそれもままならず、このままでは早晩、Hさんの目指した組織が構築できなくなると判断したのかもしれない。それがここへ来て敢えて新天地を求める転職にモチベートされた要因だとすれば頷ける。

Hさんから来たパワーポイント付きのフェアウェルメールにはこんなメッセージが記されていた。「最後に無茶して失敗したで! と噂されようと、無茶したけど楽しかったらしいで! と噂されようと、そういう人生の方が振り返った時に楽しそうだというのが僕の導き出した結論です」

そんな言葉の行間に、言い知れぬ悔しさと一抹の寂しさが隠れていると私には感じられた。

・・・・・・・

さて、大幅な異動の公示はウチの部署にも及んだ。中でも、これまで10年以上営業スキルトレーニングに携わって来た、私の1つ上のSさんが関連別会社へ出向するというのには驚いた。

このトレーニング部署には、私が最初に入社したK社で研修主事をやっていて、その後紆余曲折の日々を経て今の会社で再会した3つ上のUさんという人がいる。SさんはこのUさんと共にこの部署の専任メンバーとして、トレーニングの企画・実施をして来たベテランマネジャーである。

例によって部長殿(新組織になったから正確にはセンター長殿か)からのメッセージメールが配信され、そこには人事交流による新たなるチャレンジとあったが、それならなぜ今、彼なのか? 彼は60歳まであと数年というところで、マネジャーではなく一営業部員として異動するのである。

これをどう捉えていいのか分からない、彼よりも若いチームメンバー達は、まるでハレモノに触るかのように静かに個人作業をしていた。その光景にこの異動人事の意味が示されているやに見受けられた。

・・・・・・・

状況の変化はたゆまなく押し寄せる。特にグローバル企業となれば、ポジティブな風のみならずネガティブな風も世界レベルで吹き荒れる。そのいずれをも変革と捉えて前向きに対応する事を求められるのは営利企業として当然の事だろう。

だが、その風下に立たされるのは、必ずしもそうあるべき人材ばかりとは限らない。





やっと休暇、そして新たなスタート

ここ最近、月末が来るたびに「ああ、月日の流れるのが早い」的なつぶやきを書いて来たが、ついに今年も残すところわずか2ヶ月となってしまった。

懸案だった温泉でのオーバーホール&リハビリ計画も、この土日に開催された恒例のPICA山中湖キャンプの後を受けて、熱海の山の上のゴルフ場に併設された「熱海倶楽部 迎賓館」の部屋付き露天風呂でゆったり過ごす事ができたから、めでたしめでたし。

バブルを思わせる70平米超の広い客室は、まるで高級ホテルの一室。別室にしつらえられた陶器製の露天風呂は、大人二人でも余裕の大きさ。ベランダの窓を開けっ放しにしても、この季節だから虫などは入って来ないから爽快そのもの。これを気持ちいいと言わずして何をかいわんやである。

思い立ったら何度でもその場で入れ、自由に一杯やれる部屋付き露天風呂は、一度味わったら止められない快適さだ。ネックは普通の客室よりも料金が高い事なのだが、ここは何と一室3万円台! 日曜泊という事もあったが、今までの旅館などに比べて非常にリーズナブルだった。これなら熱海行きの時はリピートありかも。

次の日は東伊豆ドライブへ。東伊豆と言えばこの名店を訪れないワケにはいかないだろう。そう、片瀬白田の「磯辺」である。ここの鯵丼(福岡のゴマサバのような甘めのタレで和えてある鯵のタタキが山のように盛られ、その頂上に載せられたショウガを合わせて食べる)は、これ一品で鯵を味わい尽くせるくらいの迫力だ。大人気のお店だが、この日は平日だったのでガラガラでゆっくりと食せた。

帰りは敢えて中伊豆を縦断して、途中河津七滝や浄蓮の滝などを巡りながら余裕で帰宅。ホント、久々にのんびりできたし、けっこう走れたしで大満足!

・・・・・・・

翌日からはいつものように12月からの全国研修ツアーのコンテンツ会議の連チャンが待っていた。

マーケ部署を交えて活発な意見交換を行ない、研修の方向性が見えてきたところで今日はおしまい。続いてマネジャーKによる新チームの業務分担ミーティング。

問題はここで発生した。

ミーティング終了後に、チームメンバーのI子が新たに担当とされた製品に対してKにゴネたというのである。I子はKを含めた4人のメンバーの中でも私に次いでベテランだ。彼女が従来から担当していた製品とこの製品を合わせれば、ひとつの営業領域の看板製品を担当する事となり、それはすなわち彼女の部内におけるさらなるステータスの確立を意味するのだが、果たして理解しているのだろうか?

さらに、こんなチャンスを彼女の自分勝手な持論(?)で結果的に断るとなると、ただでさえ頭数が減って全員が協力しなければならないこの時期だけに、たとえ他の業務がよろしくともプラスどころか大幅マイナス評価は避けられないという事も理解しているのだろうか?

他チームを見れば、I子よりも職位の低いS子やOなどはスキあらば貪欲に仕事を取りに行ってるのが良く見える。S子に訊いてみたら、それが自分の得意領域の拡大にもなるので、断るなんてもったいない事はしませんよと明るく答えていた。それが本来の姿勢なのだろうなと納得した。近い将来、I子とS子の職位の逆転なんて事も起こるかもしれない。

いずれにせよ、その後のKとの昼食時にその顛末の説明と私が担当して欲しい旨の依頼があった。こうなったら引き受けるしかないとは思ったものの、I子に対してはこれがどういう意味を持つのかをきちんと申し伝える事を一つだけ条件とした。

新しい名称、新しい組織でスタートを切ったこの部署。前を向いて全力で変革、工夫をし続けなければかなり厳しいと言わざるを得ない環境にいる事だけは確かである。





まだまだ休めな〜い!

9月から始まった全国研修ツアーは、プロモーションの影響で9月中旬の2週間にブランクが生じ、その全てが終わったのは初日から1ヶ月以上が過ぎた先週末の事だった。そこで新任部長のTKさんと久しぶりの顔合わせとなり、研修終了後は駆けつけたKと3人でそのまま飲み会に突入した。

気がつけば今月のブログも本日が最初のエントリとなってしまっていた。こんな事も初めてだわ。

同僚、いや今月から我々のマネジャーとなったKが家庭の事情で宿泊出張できにくい状況となったため、私の担当会場が史上最多の15会場となった。特にここ3週間は休日の前泊移動から始まり、その週に4会場をこなすというハードスケジュールが連続したため、さすがに心身共にバテた。

同僚の女性I子やW子などは、途中でちゃっかり休暇を取るなどしていたが、私はそうはいかなかったから疲れもひとしおである。I子はさらに2週間のリフレッシュ休暇に突入しているからなおさら幸せ者である。今頃はパリの空の下か、コンチクショー。

それでも研修ツアーが終わったら、ゆっくり温泉にでも浸かってリハビリと言うかレストアをしたいと思ったものの、現実はまだまだ甘くない。

週が開けての昨日は、愛知県の江南市の得意先へKの代打で製品説明会へ行った。相手側のヘッドはメーカーをいじめ倒すのが大好きという。その対策として、想定される重箱の隅のような項目の情報を全て頭に入れつつ、通常の説明会の倍の時間が与えられているのを逆手に取って、病態から製品関連の治療提案まで、説明会と言うよりもメディカルセミナーと言っていいストーリーを組み上げた。

そのせいか、担当者も驚くような順調な進行で、私も気持ち良く喋った。ついにヘッドからのいやらしい質問も出ずに大成功に終わったのだった。よっしゃGJ、オレ!

これでいよいよ温泉か? いやいやいや、まだまだまだ!

明日から2日間は、専門営業部隊の中途入社研修。本来なら基礎研修に優に4日間は必要な製品Aなのだが、来年からReactiveな活動しかしないという方針となってしまったため、わずか1.5日に短縮する事になった。足掛け7年関わってきた製品がこんな形で最後を迎えるというのはまさに断腸の思いだが、気持ちを殺して淡々と研修する事にしよう。

研修終了後の夕刻からは、このたび定年を迎えたTさんの最終講義を私主催のセミナーとして実施し、その後は有志30名による送別会&二次会。ここは日本酒の大好きなTさんに心置きなく潰れて頂きましょう!

そして週末からは実家の引っ越し大作戦。23日がXデーだが、その前後も気を抜けない。何せ広い一軒家に齢80前の母親と妹しかいないので、荷造りすらままならないだろうからである。今度は肉体労働が待っている。

こうなると一息つけるのは来週末の部署有志による恒例キャンプの後だ。キャンプ会場はいつものPICA山中湖なので、日曜日の終了後にそのまま温泉地へ移動し、そこでカミさんと待ち合わせて温泉宿突入プランを決行するか? うん、それなら移動も楽だし、いつも悩まされる帰りの渋滞も関係なしだ。

月曜日はモチ有休! 言っとくけど、誰にも文句は言わせないからね!





内外に台風

どうやら杞憂に終わりそうな気配である。

研修ツアー福岡会場は明日の月曜日に開催される。ところが台風17号が昨日の段階で沖縄周辺にいて、このままでは本日にも九州南部に上陸するか、東京からのフライトに影響して移動が出来なくなる可能性が予想されたため、一足先に昨日の夕刻便で移動したのだった。

同時期に泌尿器料領域の国際学会や皇太子が来たりするイベントがあるらしく、昨日の便にもそれらしき医者の姿もチラホラ見られた。学会のランチョンセミナーを主催するウチのスタッフ達は日曜移動との事だったが、今のところ福岡便は影響されないようなので、私も当初の移動プランで良かったのかもしれないが、万一トレーナーが研修会場にいなかったらシャレにならないので、これでいいのだ!

直前で土日連泊に変更したため、予め予約していたホテルを変更せざるを得なかったのが面倒だったが、フロントで迎えてくれた女性スタッフが2人共感じの良い美女だったので少しばかり機嫌が直った。

土曜の晩の便だったせいか楽々アップグレード出来た機内で軽めの夕食とワインをいただいたせいで、お腹はあまり空いておらず、予定していた五島列島の鯖刺しや穴子を食べさせる「独酌しずく」は止めにして、夕食の〆は博多にいながらなぜか札幌ラーメン「すみれ」で終了。

一夜開けた福岡の空は曇っていて、いつ雨が降って来てもおかしくないと思わせたが、台風は既に四国沖あたりまで行ってしまっているので、おっつけ回復して来るだろう。今回の措置はリスクマネジメントの観点からは正解だったけれど、今となっては台風よりも今日一日をどう過ごすかの方が問題なのである。

・・・・・・・

台風と言えば、ウチの部署にも大きな組織変更の風が吹いた。

関連部署を統括していた役員のNさんが別の業務の役員に退き、それに連れて組織が集散し、ウチの部長殿が新設された研修統括業務のセンター長となった。事実上のワンランク昇格である。

続いて部署内に2つの部が新設され、新人研修やスキル研修などを管轄するエッセンシャル研修部長にS、営業部隊への継続研修などを管轄するプロモーション研修部長に現場から異動して来るTKさんが就任する。部長殿お気に入りのSはともかく、定年まで既に1年を切ったTKさんがなぜ今ここに? という気がしなくもないけど。

我々はプロモーション研修部に在籍するのだが、そこにある4つのチームのマネジャーの一人に若手のK(例のグータラK君ではない)が任命された。彼は私がこの部署に移動して来た時の部下だったので嬉しい昇進だったが、今度は私が彼に査定される立場となったのも事実である。

だが、もともとウチの部署は研修トレーナーの集合体なので、通常見られるいわゆるピラミッド型の組織ではなく、建築業で例えれば大工職人集団というべきものなので、マネジャーは現場監督的な立場と言っていいだろう。だから上司が部下をいちいち指導するというワケではなく、一つのチームの代表者というポジションである。だから年功序列は必ずしも必要ではなく、むしろどんどん若返りすべきなのである。

その新組織は明日から始動する。

それでも研修ツアーはまだまだ続くし、私もここ2週間は出社出来ないので、全員の顔合わせの機会はまだまだ先になると思うが、この組織変更によって私への負荷がいたずらに増加する事がなければいいと願っている。今の私は文字通り「研修職人」に到達するために、残りの現役生活の中でひたすら邁進したいのだ。どうかそっとしておいて頂きたいと思っている。





希望の終焉ふたたび

さまざまな研修にスケジュールを塞がれつつ、やっぱり十分な準備期間を得られないまま、5日の大阪会場を皮切りに定例の全国研修ツアーが始まった。

今週はこの大阪と翌日の福岡の2会場のみ。ぶっつけ本番色の濃い状況に加え、マーケ部門からのオブザーバーもいる中での半分プレッシャーと半分メンドクサイ気持ちを抱えての試し斬りならぬ筆下ろしだった。

初日はトレーナー総掛かりで大阪へ出向き、各コンテンツの作成者によるプレゼンを行なった。その場である程度あらわになった受講者の反応を踏まえ、福岡会場では速攻でコンテンツの修正を行い、前日チクチクと文句を言っていたパラノイアならぬウルサ型のマーケ部長Mが思わず絶賛する仕上がりを示してやった。ザマミロ

帰京後の本日は、トレーナー間の振り返りミーティング。各会場の状況報告と修正事項を確認し、これでほぼ研修コンテンツが固まったと言っていい状態までたどり着いた。販売施策の関係で、この後約10日間、研修ツアーはお休みとなるが、私の担当会場は全部で15会場、まだ2会場が終わったに過ぎない。本当にキツイのはこれからである。

・・・・・・・

さて、振り返りミーティングも終わった午後の事。

私の担当製品Aのマーケ部門の担当者Nから「ちょっと遊びに行っていいですか?」というメールを受け取った。彼のメールに添付されていたファイルには、先日の会議で発表されたある事実が記されていた。それは製品Aにとって極めて悲観的な来年度への方針だった。そして死刑宣告に等しいものだった。

要は 、来年度から製品Aに関してマトモな販売活動は行わないというのである。命にも関わる手術後の合併症の予防薬として、画期的なメリットを持った製品Aが日本で産声を上げたのは今から5年前の事だった。私も発売前から組織された専門営業部隊の研修部門として積極的に参画し、気が付いたら製品Aに社内で最も古くから関わって来た人間となっていた。

大きな期待を持って発売されたはずだったが、その行く手は決して平坦ではなかった。

新規分野へ踏み出す新製品には、ことさら有効性と安全性が問われる。しかしながらこの製品Aは予防薬であるがゆえ有効性は体感しにくいが、安全性は目で見て分かるのだ。我々が発売前に描いていたイメージと使用現場からの反応とのギャップに大きな戸惑いを覚えたのがその始まりだった。無理もない、日本では今までまともに使われる事のなかった分野の製品だったのだから。

絶対に必要な高付加価値の製品であるはずなのに、その売り上げがなかなか伸びない。

一時は専門営業部隊のみならず、製品Aが使われる施設の担当営業部隊がコラボレートする施策が取られた。彼らにとっても本格的な入院患者用の製品を担当する良い機会となった。だが、営業部隊全体に及ぶ大きな組織変更のあおりを受けて、1年を待たずしてコラボは解消されてしまったのである。

その間、遅れて発売された競合品Eにも徐々に押され、コラボ解消によるマンパワーの減弱もあって、発売1年後に新たな適応追加があったにも関わらず製品Aの販売は伸び悩んだ。海外ではNo1の売り上げを誇る競合品Eの販売会社は、早々と日本市場に見切りをつけて他社へその販売権を譲渡した。

やがて専門営業部隊も組織合体が行なわれ、上り調子の別分野の製品B、Fと一緒に担当する事となる。

この時点で、発売初期から製品Aを担当して来て思い入れのあるメンバーと全くその思いを持っていないメンバーとの混成部隊が同じ専門営業部隊として活動する事となり、それゆえメンバー間に温度差が生じたのは必然だった。計画がキツくなるに従い、売り上げ単価の高い製品Bや製品Fに活動の比重が傾くのも必然だった。

製品Aが、術後合併症の予防だけでなく治療にも適応を拡大したのは昨年だったが、もはやメンバーに予防分野で競合品と戦いながら治療分野での使用を拡大して行くだけのパワーは残されていなかった。会社もそんな余裕を与えているわけにいかない状況にもなっていた。かくして製品Aへの注力は目に見えて減少して行ったのだった。

思えばこの製品Aは、統括部門やマーケ部門などのメンバーが短期間に入れ替わり、それに連れて販売方針の方向性もコロコロ変わった。時が経つに従い、独善的で現場感覚の乏しい中途入社社員がその中枢に座るという信じられない現象も起きた。そして発売前から私とタッグを組んで来た、マーケ部門で最もこの製品Aに熱い思いを抱いていたKが会社を去ったのが決定的だった。

それら全てが今日の負のスパイラルへの道のりだったと言えるのかもしれない。

私は製品Aが大好きだった。足掛け7年に及んでこの製品に注いで来た情熱も、ここに至ってさすがに消えかかっている。こんな終わり方をするような製品ではないはずだという思いと裏腹に、会社は決して慈善事業ではないのだという現実を何とか受け入れようとしている。極めて苦くてしょっぱい味を噛みしめながら。

このエントリを書くかどうかも最後まで悩んだが、ここは製品Aに長年に渡って付き合って来た私に免じて記録しておく事を許していただきたいと思う。

ここに一つの素晴らしい製品が静かに歴史の片隅に去ろうとしている。いや、まだ去ってしまったというわけではないが、もはや時間の推移と共に明らかになって来るのを待つだけの状況であるのは変わらない。

今こそ、製品Aに携われた事への感謝と共に万感の思いを込めて告げよう。

さよなら○rixtra。





夏と希望の終焉に

義弟の娘たちを念願だったディズニーランド&シーに連れて行った週末が明けたら、今度は東京と大阪でそれぞれ2日間のUH(大学病院)担当者研修が待っていた。

そもそもこの研修は2008年からスタートし、イニシャル研修(1日)とフォロー研修(半日)を半年位のタームで実施して来た。その後、組織変更などもあって2010年を最後に約2年間のブランクが生じた。そして今回、コンテンツのほとんどを新たにバージョンアップし、UH担当者育成プロジェクトのメンバーと連携して実施する運びとなったのである。

この研修における私の担当セッションは「リーダーシップ」。最重要ユーザーに関する内外のネットワークを一枚の紙に描く「ドクターMAP」セッション、医学生から教授までの道程を追う「医師の一生」セッションなど受講者にとって興味を抱きやすいコンテンツだったので、私自身も楽しみながら進める事が出来た。

それも今日で終了、気がつけば8月も終了、あっという間に1年の2/3が過ぎ去って行ったのだった。

・・・・・・・

一昨日、野田首相への問責決議案が参院で可決された。ところがこの問責決議は「国民の生活が第一などの野党7会派が提出したもので、自公民3党合意による消費税増税法案の衆院可決に反対する主旨だった。自公両党は別の問責決議案を提出し、他の野党などに協力を求めたが折り合えず、自民党は内容より可決する事を優先して決議に賛成した。

これが実におかしいのだ。

消費税増税法案の3党合意の当事者である自民党が、事もあろうに合意を推進した野田首相に対する問責決議案に賛成したのである。自分の党への非難を自分の党が肯定する、これを「自己矛盾」あるいは「自己否定」と言う。

なのに身内の一部からはこんな事を言い出す輩がいるのだ。アンタまだいたの? 的な存在の世耕弘成議員は「国会の決議においては決議文自体に対する賛否が問われる」のであり、「決議案の提案理由は、提出した会派の考え方が示されているに過ぎない」と。

国会で審議されるのは「提出理由」ではなく「決議の賛否」である。「小異」を捨ててでも問責可決を優先したという自民側の理屈が通るとすれば、ではなぜもう一方の当事者である公明は採決を棄権したのか? 提出理由で批判された事に反発したからこそと解釈するのが普通だろう。

いずれにせよ、これで解散総選挙はより加速されるだろう。同時に民主党代表選挙、自民党総裁選挙も控えているが、現職の野田氏や谷垣氏は再選を狙っているがいかがだろう。少なくとも、自己否定をしながらも解散に追い込めなかった谷垣氏に求心力はない。

ではどんな対立候補が取りざたされているかと見れば、自民党には総理になりたい病の町村氏、消去法から突如浮上した林氏、参加するだけの石破氏。そして何より「おいおい、どのツラ下げて?今さらアンタに出番はないだろ!」のゾンビ安倍氏。ま、自民党は誰がなっても政権返り咲きはあり得ず、所詮は野党の総裁止まりだから大勢に影響はないわな。

片や民主党では、意外や野田氏の再選の目が濃いという報道がある。反野田勢力で出馬に意欲を見せるのは平岡氏や桜井氏といった「それ誰?」な面々。また、馬淵氏や赤松氏まで取り沙汰されるものの有力とも言えない。挙句の果てには田中眞紀子氏の擁立が模索されるなど、もはやガラガラポン同然の状態。こちらも政権与党継続はあり得ないから好きにやってくれってなモンである。

ならば、第三局と言われる橋下「維新の会」に票が集まるかと言えばそうでもないだろう。大飯原発再稼働反対から手のひら返しで賛成に回ったあたりから、You Tubeやツイッターなどを通して橋下氏の実像に近い部分が顕わになって来ている。おまけに、ここに加われば当選の目があると群がって来る小物議員の浅ましさも相俟って、これらを国民はどう判断するだろうか?

我々が一票を投じる判断をする時に気をつけるべきは、土台と方向性がしっかりしていない政党に政権を委ねて期待しても、早晩失望に変わるだけだったという苦い経験を忘れない事である。断じて忘れない事が我々選挙民の矜持だと言ってもいい。そしてその失望を招いた政治家、いや政治屋には、政党に関係なく断固鉄槌を下す事である。

せめて少しでもこの国を良くするため、それだけは心に誓おう。



老雄去る

今週前半、2日間の専門営業部隊の研修が終わった翌日からの2日間は、一転して全国研修ツアーのスタート。幸い会場は同じ都内だったから移動の手間はなかったが、コンテンツがまるで異なるので頭の切り替えが大変だった。

そんなツアー初日の一昨日、研修時間直前に一人の受講者から声を掛けられた。

振り返ればそこには、ダブルのスーツにベルサーチ風のハデなネクタイ、若干薄い髪の毛をオールバックにしている、いつものNさんの姿が。これまで定年延長をしていたが、どうやら今月で退職するとの事。

Nさんは、長年ひとつの大学病院を担当して来て、そこの主とも呼ばれた超ベテランの営業マンで、その実績を買われてウチの会社に転職して来ていた。独立独歩という表現がピッタリの人で、当初は研修受講態度もいい加減で必ず途中からいなくなると、その若干コワモテの風貌から異端視されていた。

同僚からそんな情報を得て、初めて研修に臨んだ日を覚えている。そういう研修の雰囲気を壊しかねない受講者には、私は積極的にコンタクトして先に言いたい事を言わせてしまうか、敢えて簡単な事で質問攻めにして黙らせるという方法を使う。Nさんの時もそうだった。

ところがそれがNさんとのいい意味でのコミュニケーションに繋がったのか、回を追う毎にいい関係になって行ったのである。面会や説明会があると言っては夕方からいなくなるのは相変わらずだったが、決して研修を壊すような態度は取らなかった。いつしか分かっていながらもNさんに「今日もアポイントが入っていますよね? で、何時に出られます?」と訊くのが、ここの研修会場の風物詩にさえ感じていた。

残った有給休暇を一切取らずに今月末まで現場に出続けると言い、この日は最後まで研修を受講したNさん。何度もガッチリ握手をして去って行った。お疲れさまでした。

・・・・・・・

芸能界では、記憶に残っているベテラン達が相次いで亡くなった。

「北の国から」のレギュラーで、最近はぶらり番組「ちい散歩」で活躍していた地井武男氏が、先月29日に心不全のため70歳で亡くなった。ちい散歩の最後に出てくる絵手紙のうまさが印象的だったが、何と言っても忘れられないのが「北の国から〜2002遺言」で見せた演技だった。長年連れ添った女房の末期ガンを田中邦衛の黒板五郎に打ち明けるシーン。涙でくしゃくしゃの顔で語る迫力に一種凄まじささえ感じたが、それもそのはず、実生活でも妻を亡くした直後だったのだ。辛い巡り合わせだったろうが、それ以上にプロフェッショナルだった。合掌

「スターどっきりマル秘報告」などのバラエティー番組の司会や俳優で活躍した元ドンキー・カルテットの小野ヤスシ氏が、28日腎がんのため72歳で亡くなった。実は彼がザ・ドリフターズの初期メンバーの一人だった事は、亡くなって初めて知った人が多かったのではないだろうか。その時代からの親友である加藤茶氏の「年の差結婚式」の司会を買って出た時は、死への覚悟すら持って臨んだという事である。彼もプロに徹した生涯だった。合掌

双子のデュオ「ザ・ピーナッツ」の姉、伊藤エミさんが先月15日、71歳で亡くなった事が分かった。私がまだ小学生あたりの頃、実家の店員達が「ザ・ヒットパレード」や「シャボン玉ホリデー」を盛んに観ていた記憶がある。子供の私にはその面白さがよく分からず、それでも一緒に眺めていたものだった。

昭和36年の怪獣映画「モスラ」では、双子の妖精「小美人」を演じて「♪モスラヤ、モスラ…」と歌い、印象的な歌詞とメロディーで話題を集めたと言うが、その頃私はまだ3歳。記憶に残っているのはこの映画の再上映で観たせいだったのだろう。ピーナッツ解散後、ジュリーと結婚したが離婚した。一切表舞台に出なかったので71歳の姿は全く想像できない。私にはいつまでも大人の魅力溢れた美女のままである。合掌

・・・・・・・

昨夜は、長年の同僚であるIさんの、今月発足したワクチン専門会社への出向壮行会だった。

集まった部署のメンバーは総勢20名。カラオケ好きのIさんのために、何と一次会からレストランカラオケボックス。記念品はIさんの名前入り中国製ゴールデンマイク! マイクのコードは予めカラオケアンプに接続済みで、記念品授与後すぐに接続して使用できるという仕掛け。これには本人もビックリたまげたようだった。

Iさんはカラオケに行ってもまず自分では曲を入れない。人が入れた曲で自分が歌えるとなると、勝手にマイクを持って立ち上がって歌うのである。特に私とは同年代ゆえ見事に好みがカチ合い、その都度紛争が巻き起こったものだった。

だが、この日ばかりは敢えてカチ合う曲を入れ、Iさんがゴールデンマイクを持って立ち上がったところで、ダチョウ倶楽部さながら「ど〜ぞ、ど〜ぞ」とおとなしく譲るという趣向に徹した。気持ち的に忸怩たるものもあったが、主役なのだから今夜だけは、いや一次会だけはしょうがないわな。

いつものアリスやハウンドドッグに加え、5月末にがんのため69歳で亡くなった尾崎紀世彦氏の「また逢う日まで」もエントリーし、Iさんが立ち上がる度に譲った2時間は瞬く間に過ぎ、一次会はお開き。続く二次会も10人位でカラオケボックスになだれ込み、今度は遠慮なく歌いまくった。

週末だったせいか、Iさんのホームグラウンドである中野のカラオケスナックは一杯で、そこまでは行けなかったが、とことん歌えたので十分だろう。

先の事は何でもアリのこの業界、この会社だ。またいつか一緒の会社になるやもしれんし、今日のところはお互いの健闘を祈念しつつ、ひとまず別れておきましょか。





連休がこれほど有難いとは

3月は全国研修ツアー11会場に続いて専門営業部隊研修2日間。数えてみれば会社のデスクにいたのは5日間だけ。

4月は特別研修ツアーで全国9会場に続いて中途入社者研修4日間。

会場から会場への移動に加え、これらの研修のコンテンツ作成や自己予演会、実施後の微調整などなど でさすがに蓄積疲労が激しい。中途入社の N君への最終アセスメントが昨日終了し、これで過密研修のすべてが一段落した事になる。N君の積極さと明るさに彼の資質が現れているのが嬉しかった。有力な新メンバーに赴任地鹿児島もきっと明るくなるだろう。

だからこのGWはチト特別な感慨を持って迎えている。

いつもなら大型連休なんてどこへ行っても高くて混んでいるし、どうせ途中で仕事を思い出してやりたくなるのが関の山。あっという間に過ぎた連休後には、逆に普段のペースに戻るためのリハビリが必要だし・・・。

それが今回は、まとまって休める事がとても嬉しい。連休中日の(世間では)平日には、息子の大学への視察も兼ねて磐梯山麓へドライブも企画した。また、オーナーズクラブのオフミもあってアクティビティも十分なのでいいリフレッシュになりそうだ。

・・・・・・・

京都祇園と亀岡の暴走車事件。12日、観光客らで混雑する京都の四条通交差点に軽乗用車が突っ込み、男女18人を次々とはねた。7人が亡くなり、残る11人も重軽傷を負った。

てんかん持ちで医師からも運転を止められれていた運転手による事故で、タクシーに接触したのち暴走し、電柱に激突して運転手も死亡した。

23日、京都府亀岡市で、集団登校中の児童9人と保護者の女性1人の列に、18歳少年の運転する車が突っ込み、2年生女児と保護者の妊婦が死亡、2人が依然重体となっている。

少年は以前から無免許運転を繰り返していた。この日も複数の友人が同乗し、一晩中運転した挙句の居眠り運転だという。

これらの事故を憂いていた昨日、また児童の列に突っ込んだ事故が2件も起こった。恐怖の連鎖に愕然とする。

「車を運転する者は大きな責任を負っているという自覚を持ってハンドルを握れ」と教えられたあの日を改めて肝に命じる事から始めようじゃないか。

・・・・・・・

昨日の小沢一郎氏の無罪判決。秘書らの虚偽記載とその報告に対する承諾の事実認定が為されたものの、秘書らとの共謀の証拠不十分により無罪となり、裁判で争った「刑事責任」はシロと判断された。

だが判決文には小沢氏の証言の数々を信用できないと断じ、政治資金収支報告書の虚偽記載はもとより、全て秘書任せにしていたという議員としての倫理観にも厳しく言及していた。

要は「事実関係は限りなくクロだが、秘書との共謀までは認定できなかった」という判決である。現に3人の秘書は有罪判決を受けている。

だから親小沢議員連中が「潔白が証明された」「復権だ」だのと声を大にして言うのはどうか?

刑事裁判は起訴内容について、法と証拠に基づいて判断するものだ。そこで問われる「刑事責任」や司法判断と、政治家として負うべき「政治責任」とはおのずと違う。政治的ケジメはついていないとするのが当然だろう。説明責任しかり。

例の世田谷の土地取引の原資が自分の資金である事を隠すつもりだったのは認めていたし、法廷で自分の関心は天下国家であり、事実はどうあれ、収支報告書など見た事はないし見る必要もないと言い切ったのである。これを無罪判決が出たという事で片づけていいはずがなかろう。

彼の著書「日本改造計画」には「政治資金の出入りを1円に至るまで全面的に公開し、流れを完全に透明にする事である。それによって、政治家が不正を働く余地も、国民が不信を抱く余地も全くなくしてしまう」との主張がある。

ならば国民に説明せよ。疑問に答えよ。

・・・・・・・

昨夜は有志による同僚Kの送別会。新宿の隠れ家的韓国料理屋でマッコリをしこたまアオリ、さらにワインバーへハシゴしてお帰りは丑三つ時になってしまった。疲れと酔いに任せて少々アツくなってしまったのはどうかご勘弁を。

いい歳こいてもまだまだムダに青いな、御免!





ツアーはいよいよ終盤戦へ

忙中閑ありの4連休の最終日になって、ようやく休日に心身共に浸れているような気がする。昨日から天気にも恵まれ、カミさんを職場に送って久しぶりのファミレス・ブレイクファースト。

一昨日、息子の入学式のための一張羅スーツを買いに行ったはいいけど、身長とウエストの乖離が激しくぴったりのサイズがない。身長175cmに対してウエストが67cmなのだから当然である。オマケになで肩のねこ背ときてるからスーツが似合わないのなんのって。

去年などは、応募資格の体重さえクリアできていないので自衛隊関係の学校も門前払い状態だった。こりゃ大学の運動クラブにでも入って筋力を鍛えないとみっともなくてしょうがないわ。

・・・・・・・

終盤に差し掛かって来た研修ツアーを振り返って見る。

今回はコンテンツの自由度が高いというか固まり切っていないというか、走りながらより良く修正して行く部分がそこここにあった。だがそれも序盤終了まででほぼ固まり、その後は順調に進んで行けたと思っている。

だから受講者の理解度や満足度などはいいレベルに行っていると思っていた。

受講後にWebでの回答をお願いしている受講者アンケートの途中結果が日々送られて来るのだが、旅先でそれを見るとある事に気付かされた。

肯定的な回答や前向きの提案が大多数を占めているのは非常にありがたいのだが、中にはそれとは全く路線の異なる回答がある。前回の受講者アンケート内容からの流れも参照すると、それは不特定ではなく特定の地域の会場や個人から発せられていたのである。

曰く、女性トレーナーの実名を挙げて「◯◯さんの研修がいいです。また来て欲しいです」とか「次回もぜひ◯◯さんにお願いしたいのですが」だのと、これはもはや研修アンケートではなくファンレターだ。まして同じ会社の社員である。これが毎回同じ会場の特定の受講者から寄せられるのだが、社会人なんだからアンケートの主旨を汲んで回答をお願いしたいと思う。

別の会場には、やたら男性トレーナーに厳しい受講者がいる。「男性トレーナーの言葉が汚なく気分が悪くなった」と前回書かれた私、今回は同僚が「毎度毎度態度が悪い」とやられた。これでは感想文みたいだが、具体的な指摘も無いので言われた側は面食らうばかり。おまけに今回も無記名回答。男ならせめて名を名乗れ。

あとはインプットとアウトプットのバランスで、インプット好きの受講者はアウトプットは営業所の勉強会でやれるから講義中心にしてくれとか、反対に普段会えない受講者同士が集まるのだから、アウトプット中心で上手い人のワザを吸収したいとか、同じ会場でも意見が分かれる事も少なくない。

研修のレベルはほぼ中の下に設定されている。事前学習やテストで下をボトムアップし、演習のリーダー役で中以上を牽引するというイメージかな? だから出来ない人には出来る人を見てもらうと同時に、出来る人には新たな引き出しを補強してもらって相互にレベルアップできる「Growing Together」が社員研修の究極と考えている。

大人の受講者にはそこを理解して積極的に参加していただければ、もっと充実した研修になると信じている。それがお互い貴重な時間を割いている事の価値をさらに高められるはずだから。

・・・・・・・

さて、終盤戦に向けて今晩名古屋へ移動する。そこには久しぶりに会うPOOBメンバーの親子が待っている。早い時間からの軽い飲み会だが、それぞれに積もる話もあろう。楽しみである。





あっという間にツアースタート

昨日から全国研修ツアーがスタートしたが、実は前日の夜までコンテンツが固まり切れずにいたのだった。

この日までにも予演会を通じて侃々諤々のディスカッションを行なって来たものの、私などは寄る年波には勝てず(!)、どうしても夜まで集中力を維持するスタミナが保たない。途中で「本日はここまで。続きは明日でいいや」モードになってしまう。

という事で、初日の会場にトレーナー全員が集合し、コンテンツ作成者によるプレゼンを行なった上で、その内容や進行の仕方、タイムコントロールなどを再検討するミーティングを持たざるを得なかった。折しも別の領域のコンテンツでは、前日にマーケ部門から大幅変更を食らった(我々はこれをちゃぶ台返しと呼んでいる)そうだが、それよりは遥かにマシだったが。

今回の私の担当は、オープニングから午前中のセッションまで。それでも足掛け4時間は喋りっぱなしになる。受講者の反応を伺いながら演習を挟み、質疑応答をしつつのタイムコントロールは、いくつか会場をこなさなければ身に付かない。それゆえ前半の数会場のこなし方が特に重要となる。

幸か不幸か初日二日目は東京会場である。宿泊移動の必要がないから時間の余裕があるため、そのぶん楽だ。ここである程度固めて、今週末の松本会場で一つの仕上がり状態に持って行く。さらに週明けから札幌、東京、京都、大阪、神戸という今回最大のヤマ場5連チャンを迎えるので、ここで一気に不動の完成形へと持って行こうと思っている。

おっと、関西の会場でチャレンジするギャグも考えておかなくては。

・・・・・・・

それにしても持ち運ぶ機材が格段に増えたのが鬱陶しい。

iPadが支給されたので、これで重たいノートPCから解放されると思いきや、さにあらず。どうやってもPowerPointで作成したスライドとiOSの互換性が不十分で、日本語スライドでは段組みが崩れてしまい、文字通り致命的だ。メールとネットは全然OKなだけに残念至極!

結局、プレゼン用としてノートPCが必須なのは変わりなく、何だかんだで両方持っていかなければならない。おまけにモデムカードからポケットWi-Fiに変わったのでそれも持たなければならない。これで周辺機器も含めるとそれだけで一泊用のショルダーバッグが一杯になってしまうので、もはや宿泊を伴なう出張ではキャリーバッグにせざるを得なくなったのである。

おかげでどこの街に行ってもゴロゴロ行脚だわ。

・・・・・・・

息子が本命の公立大学に合格した。

と言っても、相当レベルを下げた公立校だったので、彼の言葉を借りるまでもなく、「受かって当然、落ちる確率は100万分の1以下」の結果となったが、親としてはこれで肩の荷が降ろせたのが大きい。

早速先日、ベラビータにてプチお祝いディナー。今夜だけは息子にワイン公認としたが、非公認の時と変わらない笑い上戸の酔いっぷり。少しは進歩しろっての。

あとは新入生専用の学生寮に入れるかどうかで、それは来週にも抽選結果が出るらしい。ダメなら下旬の連休で現地へ行って部屋を決めてこなければならないが、もはやどっちでもいいわ。



(追記)
来週だと思っていた学生寮の抽選結果だが、たった今、当選(?)したとのメールが届いた。ともあれ、これでダブルおめでたとなった。一足早く春満開、かな。





なんだかんだで営業終了

今年はイレギュラーな研修ツアーのせいで、例年になく遅い仕事納めになってしまった。

昨日は、どうせなら年内に済ませてしまおうという事で研修振り返りMtgが行われたものの、案の定、メンバーは蓄積疲労でいささかバテ気味。かくいう私も福岡場所2連チャンの翌日で、どうにも頭がパッとしなかった。

前回の研修あたりから試みている新しい演習手法やトレーナーがいかに絡んでいくかといった仕掛けは概ね効果的で、次回からはさらに受講者にリアリティを持ってもらうためにロールプレイにトレーナーの実演などを織り交ぜていこうという方向性が確認された。

部長殿からは、同僚のKとW子がそれぞれの担当製品のマーケ部門にデスクを構えて移動するという発表がされた。

マーケ部門と研修部門が同じフロアで机を並べるというのはすでに別の領域で試みられていて、これがお互いのコミュニケーション推進のために少なからぬ効果があるという。今回の移動はその成果を受けたもので、彼らの所属は今のままなので人事異動というわけではない。

・・・・・・・

ホンモノの人事異動の方は、マネジャーのOさんが古巣の開発部門に戻るという公示が出た。Oさんと私は合併時に名古屋でそれぞれの前会社の学術研修部署にいて、合併のドサクサに打ち合わせと称して何度も飲みに行ったりした仲だった。やがて2つの本社組織に分かれて配属になり、その後Oさんが研修部門のマネジャーとしてやって来た。

本来なら喜ばしい再開のはずだったが、事あるごとにOさんの態度が、自分の領域以外の仕事には極力関与したくないという、一種セクショナリズム的なスタンスに変節してしまっていたのである。ある時、研修トレーナー派遣の協力を依頼したものの、実にそっけない態度であしらわれた。

またある時は、Oさんの部下だったSの研修予演会でコンテンツのあまりのプアさに我々から相当数のツッコミが入った事があったが、そこに同席していたOさんは一切何も言わなかった。後で耳に入った話では、マネジャーMtgの席上で、あれこれツッコミが多いと時間ばかりかかるのでヤメさせて欲しいと発言したそうだ。

これを聞いた私は心底憤った。

何度予演会を重ねてもプアなコンテンツなのは作成者Sの責任ではあるが、そもそもそのコンテンツを承認したのは上司であるOさんだろが! しかもその場では何も発言しないで、後になって会議で申し立てるとは卑怯千万! 部長殿が「研修を良くするためにもっと侃侃諤諤したらいいじゃないか」と収めたそうだが、それには感謝しているけど。

そんなこんながあって、私のOさん像は出会った時と大きく違ってしまったし業務上の実害も被った。過去、そういう人は不思議と私の目の前からいなくなったものだが、今回ばかりは定年まで数年というOさんだったからそれを望むのは難しいと思っていた。だが神通力(?)は健在だったようだ。

・・・・・・・

業務終了後は、有志7名による打ち上げ会。

ところが幹事のKが予約を取ろうとあちこちの飲み屋に電話するも、なぜかどこも満席だと言う。こんな日に同じたくらみをしていたサラリーマンって意外に多かったという事か。結局2時間限定で駅前のチェーン居酒屋に落ち着いた。

会社を出る寸前、同僚I子がまだプリントアウトなどをしていたのでS子が声を掛けた。すると彼女は「私、誘われていないから」などとスットンキョウなセリフを言うではないか! おいおい、幹事のKが同じチームのアンタにだけ連絡しないはずがなかろうに。「だったら今から来ればいいじゃないの」と私。

そしたら今度は「もう行く気しなくなった」だと。何なんだコイツは! その後の宴席でKに確認したのは言うまでもない。もちろん彼は連絡済みで、その時彼女は別件があると断って来たと判明。

やっぱアンタは最後まで悶着起こしてくれるなぁ。とはいえ私の担当製品のパートナーなんだから、せめて来年からはもうちょっと柔軟で可愛くなってくれよな。 ・・・ムリな注文かなぁ。





いよいよ千秋楽

今週は様々な分野でいろいろあった。

まずは北朝鮮の金正日氏が急性心筋梗塞で亡くなったというニュース。

これで少しはムチャクチャな独裁国家が和らぐのかと期待したいが、弱冠28歳の三男正恩氏を軍部が支持してしまえば、早晩独裁国家の継続が確立されるだろう。が、まだバタバタしているこのスキに、拉致被害者救出のため特殊部隊を送り込んじゃえばいいのにと思ったのは私だけ?

「優勝できるチームに行って優勝したいから」とのたまった横浜の4番村田と「感情が元に戻らなかったから」とのたまったソフトバンクのエース杉内と今季最多勝のホールトンを巨人が獲得する暴挙に出た。

お粗末な内紛劇の末に解雇された清武氏の方針だった育成強化策を簡単に覆しての「あの子、買っちゃえ作戦」は、相変わらずナベツネ独裁球団である事を示している。ここまでやった巨人が、来季優勝を逃す姿を晒す事だけが一番の楽しみである。

ポスティングしてたダルビッシュは、テキサス・レンジャーズが史上最高額で落札した。一方で青木はその1/20の落札額だったとか。

柏レイソルがPK戦で競り負けたものの4位に輝いたトヨタカップ改めクラブワールドカップ。決勝はメッシのバルセロナvsマイネールのサントス。世界一の華麗なパスサッカーのバルサが4-0で圧勝。MVPはもちろんメッシ。これで5大会連続欧州勢の優勝となった。

・・・・・・

そんな事よりも私にとっては研修ツアーの遂行の方がよっぽど重要だ。

極寒シリーズの今週、最初の金沢は日曜移動だったため、いつもの「くろ屋」へ行けず、同行のY子やW子と駅中の居酒屋で香箱カニ(勢子カニ)や金沢おでんなどを囲んで岩魚の骨酒をあおった。翌日は研修開始わずか1時間の間に窓から見える景色が曇り→雨→みぞれ→雪→晴れとめまぐるしく変化し、北陸の冬をビジュアルで味わえた。

札幌への移動日には、新千歳空港へ到着したのが22時近くで、その時の気温は何とマイナス11℃と来たモンだ! エアポートライナーで札幌へ移動中、真っ暗な窓の外には一面の銀世界が静かに広がっていたのが見え、不気味な中にも美しさをおぼえた。札幌は雪も降っていなく、積雪よりもアイスバーンにコケそうになる。

さらに仙台へ移動すると、この季節のこの地には珍しい降雪に出会う。風も少し吹いていて、体感温度は札幌よりも寒い位だった。研修終了後は、仙台駅の牛タン通りで同行のKやIさんらと牛タン&焼酎2本を発車時刻寸前までガッツリ味わい、近来稀にみる猛ダッシュで新幹線に駆け込んだ記憶だけが残っている。

・・・・・・・

さて、年末近くまで掛かった全国研修ツアーも、来週の福岡×2で千秋楽を迎える。今から「華味鳥」の水炊きが恋しい。

今回は担当した製品研修のコンテンツが思いのほか確立できなかった部分もあったし、何よりローテーションの関係から研修担当製品がガラッと異なる会場が2つもあってイマイチ調子が上がらなかった。逆に、受講者の得意先の違いに応じたコンテンツ提供も改めて課題として浮かび上がった。

そんなこんなを含みながら、28日の研修振り返りMtgをもって今年の仕事が終わろうとしている。思えばホント速い一年だった。





昼前に蒜山焼きそば

同じ内容で午前午後の一日二回興行という怒涛の専門営業部隊研修が終わった昨夜、岡山行き最終便に乗るためにリムジンバスに乗り込んだ。一部の受講者は同じ岡山で病院見学実習があるため、同じ便で移動。さらにこの日、東京から直接移動する一部の同僚たちも同じ便に乗ったようだった。

この2日間、専門営業部隊の会議&研修があったため、明日からスタートするいつもの全国研修ツアーの方のコンテンツの最終的な詰めがまだ不十分だった。というワケで、岡山のホテルでひたすらカンヅメ内勤をしようと思っていた。ところが、よくよく考えてみると、内勤業務だけではどうにも時間を持て余す事になるとも予想できた。

・・・・・・・

岡山と言えばPOOBのしげドン氏である。

今夜は部署のプチ忘年会がここ岡山で予定されているので、それまでの一日の半分は内勤業務に充て、残りの半分はしげドン氏提案の「ラリーロード de 蒜山高原ツアー」にノってみる事にした。

朝8:30にプジョー206GTで迎えに来てもらい、一路蒜山へ。敢えて高速には乗らず、不連続コーナーが楽しい下道(山道)をカンカンとマニュアルを操って登って行く。ヒラリヒラリとコーナーをクリアするたびに身体が右へ左へ振られるが、それがまた気持ちイイ! これこそプジョーの真骨頂だ。

そして、この前のB-1グランプリで優勝に輝いた蒜山焼きそばの本場へ2時間チョイで到着。

蒜山は大きな市街こそ見当たらないが、エリア内には蒜山焼きそばを提供するお店が様々あった。今日はその中から、しげドン氏いわく比較的スタンダードな味という「いち福」というお店に行った。このお店、何と焼肉屋なのだが、しげドン氏いわく焼き肉屋の蒜山焼きそばが美味いとのこと。

このお店の蒜山焼きそばのウリは「秘伝のタレ」「親鶏のカシワ」「高原キャベツ」のコラボだという。「秘伝のタレ」は味噌がブレンドされたソースらしく、いわゆるソース焼きそばよりも味が複雑で深い。かといってしつこさは感じない。「親鶏のカシワ」は若鶏よりも歯応えがあるが、その分味が染み出てくる。そして「高原キャベツ」とは蒜山高原産のキャベツで、それが不味いワケがない。であるから、このコラボは大成功である。

お昼御飯の時間前に到着、そのまま食せば、これがホントの「昼前焼きそば」だ~い! 参ったか!

デザートは蒜山ジャージーランドのソフトクリーム。何と岡山県は日本一のジャージー牛の産地とのこと。アイスクリームというより濃厚なクリームを味わっているようで、ソフト部の聖地である清里清泉寮のソフトクリームとはまた別の美味さを堪能した。帰りがけにヴィンテージカーショップ(例えばフルレストア済みの1973年ポルシェターボが550万円)のカフェコーナーでハワイコナ・コーヒー(こちらはクッキー付きで400円)を味わって早々に帰還した。実に刺激的な250km(!)のドライブだった。

ああ、我が家に残して来たスプリントブースター装着の愛車が恋しくなったわ!

・・・・・・・

さて、その後は研修コンテンツの最終調整と確認を手際よく片づけて行く。気がつくと忘年会の時間まで後1時間と迫っていた。せめて15分前にはホテルを出なくてはならないので、ここでさらにスピードアップする。

それもようやくメドが付き、これで心置きなく宴会で盛り上がれるゾ。さあ、あの「勘八」へGO!





ドレスコード

今回の全国研修ツアーは、週明けの横浜で開催される専門営業部隊の会議&研修からスタートし、全国13会場を巡って何と27日の年の瀬まで続く。そのコンテンツ作成と予演会に明け暮れたこの2週間だったが、今回は珍しくギリギリまで修正の連続だった。酸欠、低血糖にも陥るような侃侃諤諤の連続だった。

特に、受講者がより興味を持って取り組んでもらえるような演習方法にはあれこれ悩み抜いた。最終的には関係トレーナー5名の英知を結集したと言ったら大げさだが、それなりの仕掛けを構築できた。だが、新しい試みは会議室の中では完結しない。実際に研修で実施して、受講者から一定の評価を得られるまでは改良の余地満載なのは言うまでもない。

なので本日は完成したコンテンツの微修正とトレーナー用のプリントアウトのために休日自主出勤の予定でいる。ちょうどこの日は、外資系の会社らしく社員の家族を対象にクリスマスイベントのファミリーデーとやらが開催されているらしい。

・・・・・・・

さて、例年より遅いのか早いのかよく知らないが、師走の入りを待っていたかのように急激に寒くなった。江戸っ子の端くれとして東京では、少なくとも12月に入るまでは意地でもコートなんぞ着ないとツッパッている私だったが、安心して着られるこの頃である。

思えば、節電のためのスーパークールビズだった夏が過ぎ、会社では新任の人財本部長のYが本社勤務者向けのドレスコードを作った。営業現場勤務から本社勤務へ変わった10年位前から、私は事あるごとに本社のドレスコード設定を進言してきた。その理由は、営業関連部署以外の社員の服装に少なからぬ違和感を覚えたからだった。

男性社員はポロシャツ、チノパンはまだマシな方で、Tシャツやジーンズという、会社というフォーマルな場におよそ似つかわしくない服装で社内を闊歩していた。さらに自分のフロアだけならまだしも、エレベータに乗って玄関に行く時までもサンダル履きなんて輩もいた。

これが女性社員となると、特に夏場などは見られたモンじゃない。カットソーやノースリーブにミュールをつっかけ、まるで近所へお買い物にでも行くような軽装、もっと言ってしまえばキャバ嬢の普段着のような格好で社内をこれまた闊歩する。

一方で営業関連部署の男性社員は、今年こそスーパークールビズでカジュアルな服装が多かったが、例年はワイシャツにジャケットが基本で、せいぜいノーネクタイ。

我々は外部に出る事も多いので、いつでも対応できるようにというのもあるが、私にはもっと重要だと思っている理由があった。それは最前線で会社の実績のために活動している営業部員である。彼らはどんなに暑い時でもスーツ姿で外回りをしている。ジャケットを脱ぐ事はあってもネクタイを外す事はない。それが彼らのビジネススタイルであり、営業の常識といってもいい。

その彼らがたまたま本社へ寄った時、そこにいかにも涼しげなカジュアルスタイルの社員が往来していたらどう思うだろうか? 私なら「誰のおかげで稼げていると思ってんだ! このクソ暑い中を走り回ってるオレたちあっての事だろが!」なんて叫びたくなるだろう。

確かに外資系の会社などには服装や髪形、ヒゲなどの自由を容認する向きもある。だがここは営業主体の会社であり、いみじくも生命関連企業なのだ。それなのに相応の慮りができない部署の連中には、敢えてドレスコードが必要なのである。ヘンなところまで外資系文化である必要なんてない。

前任の人財本部長Fと話す機会があった際、私はドレスコードの設定を提案したのだが、彼の答えは驚くべきものだった。

「営業はスーツにネクタイが必須なんて誰が決めたの? 私が知ってる得意先の人はそんな事は気にしないと言ってるよ。営業本部長あたりが、ウチの社員は夏場はポロシャツで伺いますと一筆書いたらいいんじゃないの?」

Fが事あるごとに口にする、ウチに転職する前にいた家電会社の自由さとは業界も顧客も違うんだよ。営業はファーストインプレッションが重要で、初めから違和感やマナー違反の印象を与えてしまうリスクを冒す必要はないでしょ、と言ってやったが、彼の就任中にドレスコードが設置される事は遂になかった。

それが今回設置されたのは喜ばしい限りである。

ちなみに、男性の上着は襟のあるシャツまでOK。タンクトップやTシャツはダメ。パンツはスラックスやチノパンまでOK。短パン、ジーンズはダメ。靴は革靴やスニーカーなどカカトの収まるもの。サンダル、草履はダメ。女性は勤務にふさわしい服装を考慮して過度な肌の露出のないデザインをというものだった。

ちょっとした校則レベルとも思えるが、それでもないよりはよっぽどマシである。






どんどん過去になって行く

研修ツアー終了翌日、本社にて会議後移動した成田のホテルで行われた専門領域中途入社者研修。途中の土日に部署主催の秋キャンプを挟んで本日無事終了。3名の受講者はそれぞれの地へ帰って行った。

月曜日にいつもの「まちのや」で開催した懇親会。相変わらずハズレなしのレベルの高い料理を堪能し、大将と女将に今年最後の訪問となる挨拶をして帰ったというのに、翌日移動してきたI子のおねだりで連夜の訪問となってしまい、何ともこっ恥ずかしいやら。前夜は日本酒&焼酎、次の夜はマッコリで通した。

金曜日の無料宿泊サービスを利用して、通算2泊3日で開催された恒例の「秋キャンプ in PICA山中湖」。

15名+犬1匹という大盛況で幕を閉じた。相変わらず美味い料理を作ってくれたN夫妻、久しぶりの参加となったT君とA子の賑やかしコンビ、初参加の同僚T親子とTH君、M君、Y子、T子もいい味を出していた。幹事のH、S親子、グータラK君に私は、彼ら彼女らからたくさんの元気を貰った。

楽しい時間は過ぎ去るのも速いもの。再び成田の研修の幕が開く。

・・・・・・・

成田での研修中にメールチェックをしていたら、驚くべきメッセージが入って来た。

今年の春から夏あたりに大規模な供給不足を発生させた事業部を統括していたトップのKさんが、今月から社長直属となり専務から平取へと降格した。Kさんの統括している事業部には、今まさに成田で研修している製品の事業部門も含まれているから、決して他人事ではない。

これがトップへのペナルティ人事だとすれば、ウチの会社にとって画期的な事でもあるが。

代わって就任したのは別の領域のトップをしているMさん。このMさんこそ、我々の担当製品の発売前後の責任者だったのだ。そう、これは回りまわっての再会劇とも言えるだろう。もっとも、Mさんは現職と兼任になるようなので、いずれは別の誰かが就任するまでのつなぎかもしれないけれど。

来月初めて開催される事業部の合同会議&研修のトップの顔が直前で入れ替わった形となったが、まあ、今までもロクに顔が見えなかったKさんよりは、旧知のMさんの方が何かとやりやすいと思うし、製品の事情も分かっているだけに今後に期待したい部分もある。

・・・・・・

さて、明日からようやく取った四季休課を含めた11連休がスタートする。

と言っても、明後日は旅費精算のため、10日あたりは研修Mtgのために出社を余儀なくされるが、これは仕方がないだろう。この時期に完璧な休暇など望む方がおかしい。穴あき連休は覚悟の上である。

それにしても今年もあと2ヶ月を切ったが、年初から過ぎ去った日々にどうにも実感が湧いてこない。あまりに速かったとしか言いようがないのである。

こんな調子じゃ、定年なんてあっという間にやって来るに違いない。嬉しいやら恐ろしいやら。





戦い済んで

最終週の高松、岡山、広島の各会場の研修がすべて終了し、「帰れるんだ~、これで、帰れるんだ~! ライラライラライラライ…」と、いつものようにアリスのチャンピオンを口ずさみながら帰路に就いたのが昨夜。

さすがに蓄積疲労のせいか、自分の枕でもすぐには寝付けず、しばし悶々とした夜を過ごした。

明けて今日は、人事評価システム説明会、研修振り返りMtg、旅費精算などのため出社。その後一時帰宅し、荷物を整えて成田のホテルへ移動。ここで専門領域中途入社者研修が明日から11月2日までの平日4日間で行われる。

その間の休日には、恒例の部署主催のキャンプが山中湖にて開催される。特に今回はいつもの土日に加え、前日の金曜日の宿泊が無料というサービスがあり、ならばという事で2泊3日となった。

思えば、10月初旬から出張続きで、月末までのオフィスワーク日数はたったの4日という有様。未だ5日間の四季休暇も取れないまま、今度は本来1月に実施する次回の研修ツアーが、何と12月に前倒し実施されると言うではないか! ヤバい、さすがにこのままではワークライフバランスに支障を来たしてしまうじゃないの。

という事で、この中途入社者研修終了後から11月13日まで四季休暇をブチ込んで11連休とした。

と言っても、特に旅行などの予定はない。思いつきでエイヤとスケジューリングしたに過ぎない。そうでなくても、たぶん途中で研修打ち合わせMtgとかで出社せざるを得ない日が来るんだろうけど。

・・・・・・・

そんな慌ただしい出張スケジュールの中、19日の横浜でのくりみ氏との中華街での一夜や25日の岡山でのしげドン氏との飲み食い歌いの一夜などは身体的と言うより気分的に大いにリラックスできた。

岡山の二次会で行った、採点カラオケで900点以上出せばお菓子が貰えるスナックでは、東京代表として2度ほど900点以上を叩き出してやった。特に2度目は914点で、これがもう1点高ければボトルゲットだったのは惜しかった。

しげドン氏が幹事で来月開催される「秋のPOOB総会in伊勢志摩」では、東から西から10名余りのメンバーが集結する予定だ。東京から500km以上のロングドライブになるが、車と気力に問題はない。11月下旬なら的矢の牡蠣も解禁になっていると思うし、三陸の分も食いまくってあげるとしよう。

このところ変化の多い我が家でも、BSやマルチチャンネルが見られる工事が先日終わり、10年ぶりの新しいマットレスは明日届く。PC買い替えに伴うフレッツ光の工事も来月上旬に控えている。

そんなこんなで、やっぱまだまだくたばるワケにはいかないようである。





記録しておくということ

全国研修ツアーも第3週目が終了し、これで私の担当12会場の3/4が完了した。

秋葉原から始まった今週のツアーは、そのまま新潟県長岡市へ移動し、予約しておいた駅前の居酒屋「たこの壺」で、氷を敷き詰めた一抱えもある陶器の器というより壺に盛られたノドグロ、アジ、ツブ貝、真イカなどの刺身に舌鼓。夜8時過ぎとはいえ、駅前にも関わらず人通りの少ない長岡にあって、この居酒屋のはジモティを中心に1、2階席ともほぼ満席状態。こういう店にまずハズレはない。

帰京翌日は、今月末から成田のホテルで始まる専門領域の中途入社社員研修のためのコンテンツリバイス作業や旅費精算などをこなした後、横浜へ。

リスクマネジメントの観点から、首都圏の会場でも前泊移動をしているが、この機会に前回定休日で行けなかった中華街の「東林」へリベンジ訪問。名物のワタリガニの卵炒めやピーナツ餡のゴマ団子などを肴に、転職騒動が落ち着いたPOOBくりみ氏と盛り上がる。返す刀でギリシアパブ「ATHENS」で松ヤニ入り白ワイン「レツィナ」を再び飲んで、その味をしっかりと脳ミソに記憶した。

横浜会場終了後、次の会場となる札幌へ移動するために京急経由で羽田空港へ。思いのほか順調で1本早い便に乗れそうだという事になり、空港のチェックインカウンターで19:00便へ搭乗変更をした。これで遅い夕食にはなるけれど、札幌駅の回転寿司にありつけそうだと喜んだW子とIさんと私。

だがその飛行機は遅れに遅れ、遂に19:55発となってしまったのである! これじゃ当初搭乗予定だった20:00便と変わらんじゃないの! 変えたおかげで後ろ方の真ん中の座席にはなるわ、慌ててラーメンをカッ込みざるを得なくなるわでシッチャカメッチャカの旅となってしまった。札幌駅からタクシーで久しぶりのKITAホテルに着いた頃には23時をとうに回っていた。

札幌会場が終了したら、いよいよ最終便までの「揚子江」90分一本勝負へ突入! このお店の大ファンであるW子が一番楽しみにしていたイベントである。

ここにちょうど同じ会場で別領域の研修をしていた同僚KTが合流し、3人で定番の豪快刺し盛りに、女将が本日のオススメという鵡川の本シシャモとイカの活き造りを追加。このイカの肝が、KTいわく「まさに絶品!」だった。生ビールで乾杯後は、時間と効率を考えて凍結日本酒(通称シャーベット)で通す。シメはネギトロ巻きにリアルカニチャーハンの「かにライス」と、これまたチョー定番。問答無用の大満足!

・・・・・・・

まさに前日のアクシデントを補って余りある大満足だったのだが、この席でKTから意外な提案が。

研修スライド作成に関する私のノウハウやスキルなどをマニュアルにして残しておきたいと言うのである。その理由は、今までのように営業現場から移動してくるであろう研修部門の新人達にすぐに参考にしてもらって即戦力としたいからだと。本来それは、異動者のマネジャーが個々にすべき指導だと思うのだが、ノウハウが部内で統一されていないため実質出来ていない。そこまでのこだわりやスキルを持たないマネジャーさえいる。

「だから今のうちに残しておきたいんです」などと言われると、それって遺言書みたいじゃないの。まるで自分がもうすぐあの世へ逝っちゃうようで心穏やかではないものの、その趣旨には賛同出来る。要は、さまざまなハウツー本に大量に書かれているありきたりな方法論ではなく、あくまでも実戦の経験に基づくポイントを絞ったノウハウを記録しておこうというのだ。

もっとも、この話は今始まったばかりで、いつどこまで実現されるかは分からない。また、出来上がったモノが利用されるかも不明だ。であるなら、ブログネタの一つとして、少しずつでもここに書き始めたらどうだろうと考えた。いずれその時が来れば、ここのエントリを持って行けば良い。

というワケで、「プレゼンこだわりシリーズ(仮称)」としてゆっくりと不定期掲載してみようと思う。



(追記)
出張などで知ったあの店この店も記録して整理しておきたいと思っていたら、mixiアプリの「マイミクいいとこ自慢MAP」by ANAなるものが始まった。ちょうどいいのでここに記録して行こうと思っている。マイミクさん達の情報カキコもヨロシク!




これは試練か宿命か

首都圏と東北を巡った研修ツアーも5ヶ所が終了し、ようやく2度目の週末を迎えられた。

各会場とも順調に進行し、予定時間よりも短めに終わる事が出来たので、特に長距離移動の必要のある受講者には喜ばれたと思う。逆に、いつもに比べて研修コンテンツの中身が薄いのかと勘繰られてしまうかも。

研修受講者には受講後にアンケートをお願いしている。WEB上のファイルに記入してもらい、その集計表は毎日トレーナーにメール配信されるという仕組みになっている。そこにはセッション毎の理解度や満足度を6段階評価してもらったり、意見・要望などのフリー記入欄も設けられている。

大部分の受講者は研修に積極的に取り組み、翌日からの活動に役立つ知識やスキルを吸収し、アンケートにも前向きの回答をしてくれるので、彼らからの意見や要望は今後のより良い研修のための参考となるものが多い。

だが、中には恣意的に低い点数をつけたり、明らかにネガティブな批判を書いて来る受講者もいる。せいぜい1会場1~2人くらいなのだが、大抵の場合、記名されているので自ずとネガティブ意見の常連者は決まって来る。そういう回答は、研修に対する捉え方の違いか、不満のハケ口と受け止めて流している。

ところが、ある会場の受講者の回答はちょっと趣きが異なっていた。

「目新しいものがなく、全て既知の内容だったので、貴重な営業時間が惜しく思えた」
「態度が大きく、プレゼンも聞き取りづらく、言葉使いも汚く、話を聞いていて気分が悪くなった」

実はこれ、他ならぬ私への指摘だったのである。意見という枠を超えた辛辣な個人攻撃、しかも無記名だったため個人は特定できない。

こう見えても結構デリケートなタチで、研修職人を天職とも思っている私にとって、これには少なからぬショックを受けた。

自分で振り返っても、意識して基本は「ですます体」で通しているし、受講者とはほとんど敬語でやり取りしている。念のため、初日からパートナーを組んでいるW子やY子に確認したが、2人とも私の態度や言葉遣いに初日から変化はなく、汚いと指摘されるような言葉も発していないと言う。

じゃあなぜ? さらに思い返してみると、一つ思い当たるフシがあった。

この会場の受講者は、トレーナーが前に立ってセッションを始めようとしても私語を止めない。座席の移動をお願いしてもすぐに動こうとしない。受講姿勢の個人差が大きい。休憩時間後の帰室もダラダラと遅れて入って来る。それを受講者の上司である所長達は注意すらしない。

私のセッションの時もそれが見られたため、少しキツメに指示したりした場面があった。もしかしたら記入者はその時の当事者だったのかもしれない。それでなくても営業的な部分では昔の経験を踏まえて少々アグレッシブに語ってしまう面があるのをいつも反省する私なので、それらとの相乗作用がそう書かせたのかも、とつい想像してしまう。

ともあれ、ここまであからさまな攻撃は何年振りだろうか。しかも無記名というのは初めてである。

W子もY子も、言いたい事があるのなら堂々と名乗ればいいのにと言っていた。これじゃネットの書き逃げと同じレベルだから気にする事はないですよと2人には慰められたものの、これは1000人を超す受講者に相対するトレーナーの通るべき試練なのか?

受講者に出来るだけ役立つお土産を持って帰ってもらおう、明日からの活動のためにモチベートしようと熱を入れて語れば語るほど、ごく一部の受講者とはいえ、アレルギー反応を起こされるというのは、トレーナーの未熟さゆえの宿命なのか?

「全ての受講者が完全に満足できる研修」は永遠の見果てぬ夢であり、「そもそもそんな研修など存在しない」というのは厳然たる事実なのだが、いざこういう事が起こってみると改めてそれを実感させられる。

同時に、いっその事、ニコニコ顔と当たり障りのない語り口で淡々とコンテンツを伝えるだけに専念する研修スタイルの方が無用な敵を作らずに済むだけいいのかな、などと弱気の虫が顔を覗かせたりするのである。

さて、残すはあと2週間、7会場だ。





Number of Access
Since 25. Dec. 2001
Day by Day ・・・
My Profile

Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコースティックギターやウクレレを弾いて70年代フォークを弾き語ったりするのが大好きです。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2などの弦楽器に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きはコンパクト欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経て2010年から「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

某企業でプロフェッショナルな社内研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、2nd Stageは頼れる薬局のOYAJIを目指したいとDgSで張り切ってます。

2013年から膀胱がんサバイバーを継続してます。無病息災よりも一病息災くらいがちょうど良いのかもしれません。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

Search
Translation
PDF Exchanger