スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

記念日と潮騒と露天風呂

春の天気はアテにならない。と言ったってもう3月下旬である。それなのにここへ来て10℃そこそこになるなんて何という日だ!

今月は半年に一度の棚卸しのある3月、前回9月も初旬だったので敢えて下旬に企画した温泉ドライブ旅行。それなのにグループ企業の影響か、今回の棚卸しは何と今夜に設定されていた! しょうがないから昨日までに倉庫在庫のカウントやら空箱対応品の除去やらあれこれ事前準備を済ませて来たのだった。

振り返れば温泉ドライブ旅行は去年の5月以来10ヶ月ぶり。まあこの間、息子の結婚式やら都合3度の入院やらで余裕を持てなかったのだからやむを得ない。それらの鬱憤を晴らすかの如く、結婚25年(忘れないように4月1日にしてある。25年となると銀婚か?)とカミさんの誕生日(3月30日のギリギリ早生まれ)を兼ねて気軽に行ける伊東温泉にした。

露天風呂付き客室の快適さを知ってしまって以来、それは我々のホテル選択の最優先事項となっていた。今回も目の前に駿河湾の海が広がる露天風呂付きのホテル「風の薫」にした。実はここ、東伊豆を走るたびに目にしていて、機会があれば一度は泊まっても面白いなと思っていたホテルだった。

・・・・・・・

東京の朝はあいにくの小雨模様だったが徐々に雨も止み、途中で昼食を摂った小田原辺りではただの曇り空となっていた。そこからはチンタラと135号線を走って15時にチェックイン。小田原城を始めとして周辺の観光スポットには目もくれず早い到着を目指したのは、ひたすら露天風呂でノンビリしたいがためである。もっとも、何度も通ったこのルートに目ぼしい観光スポットはもはや無いというのも事実だったけど。

予想通り、海が目の前という部屋で打ち寄せる波の音が心地良く響く。露天風呂はやや小振りの陶器製の壺の形をしているが、ノンビリ浸かって海を眺めるには十分だ。左に熱海の街並み、その右奥に三浦半島、中央には初島が見える。そこに潮騒のBGMと来れば、黙っていても身心共に癒されるというモンだ。お湯も私好みの40℃位で丁度良い塩梅。極楽じゃ~!

・・・・・・・

二部制の夕食は早い時間帯にセッティングし、記念日と告げておいたおかげで唯一の個室があてがわれた。メインの舟盛りはまるで巨大戦艦のようで、たった2人前なのにここまで迫力のある舟盛りは初めてだった。中央に金目鯛、その隣りに伊勢エビとイサキ、その外側にアジとサザエ、さらに隙間をイカと白身魚で埋めてあった。これに前菜から始まって地産の豚肉の鉄板焼きや金目の煮付け、甘鯛の煮物椀などのコース仕立てだから、そのボリュームと言ったらない。おかげで途中で力尽き、舟盛りのイサキを半分残してしまった。

そして予め頼んでいた結婚25年&誕生記念のイチゴのホールケーキが登場! ここでは記念撮影だけして後ほど部屋まで運んでくれるとの事だが、直径15センチはあるので果たして二人で食べ切れるかも怪しい。腹ごなしにカミさんはそそくさとエステに行った。

・・・・・・・

カミさんがエステから戻って来たら、夜食のラーメンサービスがある事を思い出した。ネットの口コミでも好評だったので、話のネタにと行ってみる事にした。

会場は殆どが女性客で既に満席に近い。やはりラーメンは別腹のようだ。運ばれて来た塩ラーメンはほのかな柚子胡椒風味で麺もシコシコで確かに美味い。でも二人で一つで十分だったわ。

さて、残す戦いはホールケーキ。部屋まで運んでくれたスタッフは「本日中に召し上がって下さい」と恐ろしいコメント。取り敢えず腹ごなしに露天風呂。

もちろんそんな事で腹ごなしになるワケもないが、時刻は本日中のリミット直前の23時。いよいよ4つに切って一人2切れのノルマがスタート!

・・・年を追う毎に食事の量が減って来て、もはや大盛りという言葉も死語になって来た我々だったが、大阪でなくても食い倒れがある事を身をもって知らされました。





スポンサーサイト

続きを読む

赤貝にリベンジ!

3月の下田温泉に続いて我が家の温泉浸かりたい病が再発したので、今回は先月のTV番組で温泉の巨匠の宿と紹介された西那須温泉「大鷹の湯」。無加水、無加温、循環なしの100%源泉掛け流し。さらにの美肌(お肌スベスベ)の湯と言われる炭酸水素塩泉なので、いやが上にも期待は膨らむ。

さて、最終目的地は決まったが、そこへたどり着く前にやっておかなければならない事がある。そう、去年の7月に東北復興支援の旅に出た際、楽しみにしていた閖上の日本一の赤貝を使った赤貝丼が禁漁期(7~8月)に入ったため食べられないという憂き目にあった。今年はそのリベンジを果たさなければならないのである!

世間の人々がゴールデンウイークで金も時間も使い果たした後を狙って、毎日が日曜日=ゴールデンマンスの私はカミさんの休みに合わせて日曜~月曜というスケジュールにした。これなら閖上への移動もさほど時間を要しないだろうし、帰りも平日なので楽だろう。閖上さいかい市場「浜や」へは座席と一日5食限定の赤貝丼を予約しておくという念の入れよう。万が一にも食べ損ねたらショックだモンね。

・・・・・・・

雨男なんかではない私を証明するかのような快晴の空の下、午前7時に出発。ルートは開通したばかりの常磐道ルートをチョイス。これなら仙台空港ICまで一直線である。予想通り、日曜の朝なのに車の量はそれほどでもない。例によってチンタラプリウスのパイロン(プリパイと命名)が目立つものの、さすが常磐道、他の高速よりは空いている。途中でトイレ休憩を挟みつつ快調なペースを維持してひたすら北上する。茨城県は日立市、高萩市、北茨城市を通過し、いよいよ福島県いわき市へ。ここから先が新規開通した部分である。

それまでは聞いた事もなくほとんど無名だったのに、大震災を境に全国的に有名になってしまった町の名前が案内板を通して次々と目に入って来る。広野町、楢葉町、富岡町、大熊町、双葉町、浪江町。そして南相馬から亘理町へ。この高速ルートがなければなかなか行けなかった町。なのに名前だけは記憶に刻み込まれた町。

目に飛び込んでくる家々。中には建て直されていたり洗濯物が干されていたりと人が住んでいると思われる家もあるが、ほとんどは屋根瓦が崩れ落ち、雑草に覆い尽くされている廃屋に近い状態の家。いまだに居住制限されている地域もあったり、帰りたくても帰れない事情を抱えた家もあるに違いない。あれから4年以上も経ったというのにまだまだなんだな。

ふと道路の端に目をやると、そこには線量電光掲示板が。それがところどころに出現するのでその数字を追えば、ほぼ0.2~2mSV/hの範囲だったが、1ヶ所だけ5.4mSV/hを示していた場所もあった。これもまだまだである。

そういう現実に触れられただけでも常磐道ルートをチョイスした意味があったが、逆に困った面もあった。新たに開通した部分は片側一車線だったのだ。つまり、たった一台でもバスやトラック、チンタラ車がいるとそれがペースカーとなり、後ろに長い行列が出来てしまうのである。2~3km毎に追い越し区間の設定はあるものの、それが短か過ぎて先頭までは抜け切れない。おまけにイライラするのは皆同じなので、追い越し区間に来るとミニバンだろうがプリウスだろうが右車線に出て来るから始末に負えない。オマエらは出て来んなぁぁぁ! おかげで出口の仙台空港ICに着いた時にはすでに11時を回っていた。

・・・・・・・

さて、1年振りの名取市閖上。

なんとか予約時間までに滑り込み、念願の赤貝丼にご対面~! 丼一杯に敷き詰められたオレンジ色のニクいヤツ。その味は数年前に仙台の高級居酒屋で味わったあの味と同じだった。赤貝によくある特有のクセは全くなく、上品な磯の香りと共にほんのりとした甘みを感じる。うん、このためだけにバビューンして来る価値アリと断言出来るわ!

お店の人に去年赤貝にフラレた事や今年の意気込みなどを話し、わざわざ東京から駆けつけたと言うと大層喜んでくれた。これでリベンジ大成功である。

思いを果たしたらいよいよ東北道から源泉かけ流しへGOである。

・・・・・・

15時のチェックイン開始時間にジャスト・オン・タイムで到着。何せ今回も露天風呂付き客室をゲットしたので早く着けばそれだけ長く楽しめる。しかし、客室露天風呂は一度知ったらホント止められないわ。もっとも我々の室料への許容範囲はかなり低めだから、決して豪華な部屋ではないのだが。

さてさてその露天風呂やいかに。

TV番組では宿の全浴槽を毎日洗浄し、源泉温度(約60℃)から適度な温度へ冷ましつつ供給されているという。だから衛生面や品質に問題はない。さっそく入ってみると、お湯の温度は私好みの40℃あたりではないか! 江戸っ子は熱湯好きと言うが、たぶんそれはウソで単なるヤセ我慢だろう。江戸っ子の私が言うのだから間違いない。ましてやこの温度なら自分のペースでゆっくり浸かっていられるので前立腺炎の温熱療法にも好都合なのである。一人占めの部屋風呂は誰に気を遣う事もなく。

そしてそのお湯の肌触りたるや、これまた絶品なのである! 炭酸水素塩泉類は美肌の湯と言われるが、その名に偽りなし! とろみを感じるそのお湯はたちまち肌に吸い付いてスベスベにして来る。これほど印象に残るお湯も久々だわ。今までに行った美肌の湯と言われる温泉の中では、義弟夫婦がいる鹿児島の日当山温泉、昨年の東北ドライブで訪れた宮城の松島温泉と並ぶ大絶賛の湯質と言える。これからは鹿児島や松島まで遠出しなくてもこんな近場で入れると思うと嬉しくなって来る。さすが温泉の巨匠の宿!

・・・・・・・

大満足の食と温泉、これだけで言うことなしの780km余りのドライブだった。最近は前立腺炎のケアのために毎日往復5kmのウォーキングを日課としているので車を運転する機会も減っていた。そうは言っても来月は5年目の車検も控えていて、何だかんだで4万kmを優に超えたため、いよいよタイヤを始めとしてブレーキパッドやバッテリーなどの交換も必要になって来る。さてどうやって乗り切るとしようか。




「美味しい」をいつもありがとう!

さてさて、お楽しみ企画第三弾&第四弾は連夜のイベントでした~!

まずは成田。ここは新人研修や中途入社者研修などで訪れた地で、研修会場はもっぱらエクセル東急というホテルだった。我々トレーナーは翌朝からの研修に備えて前日夜にホテルへチェックインするのだが、そこに常泊している研修運営チームのメンバーと食事に行く機会が多かった。とはいえ、ホテルの周りには何もないのでバスかタクシーで京成成田駅近辺へ繰り出すのが常だった。

そんなある日、駅前の居酒屋を目指していると、いつも彼らが行く寿司屋や沖縄居酒屋が満席で入れない。仕方がないので新店開拓とばかりに付近をウロついていたら一軒の居酒屋の看板が目に入った。正直ここは成田の地、鰻以外それほどのお店があるという土地柄ではないだろうが、何せお腹が減っていたので、さしたる期待も抱かずに入ってみた。そのお店が「まちのや」だったのである。

中では若い女将とご主人の夫婦が切り盛りしていたが、訊いてみるとご主人は沖縄出身だとか。取り敢えず、壁に貼ってある数十の銘柄の焼酎の中から焼きイモ焼酎「黒瀬」の四合瓶と本日のおすすめが書いてある黒板を眺めながら刺身や揚げ物などを適当に注文。やがてそれらが運ばれて来た。

そのクオリティの高さにビックリ! 都内でもここまで見事な刺し盛りにはそうそうお目にかかれないだろう。しかもここは、何度も言うが内陸の成田である。ビックリさせられたのは刺身だけではない。揚げ物、焼き物、煮物に至るまで何を食べても美味い! そして女将も可愛い!

それ以来、成田に来た時には他のお店には目もくれずここ一筋。食べログのレビューも書かせていただいた。

・・・・・・・

今宵参集したメンバーは、現在の組織で新人研修を行なっているメンバーで、新組織では千葉房総の責任者となるS子、私同様に6月末までには消え去る運命のTとS。このためだけに夕方東京から一緒に移動して来たグータラK、Sの奥方Y子と息子、そして私の計7名。

今夜が最後の晩餐という事を知っているご主人渾身の刺し盛りをメインに、おすすめが書いてある黒板の30品目近いメニューのほとんどを注文し、ことごとく平らげた。もちろんいつものS子の狼藉っぷりも健在だった。

その後、Tオススメの駅前にたこ焼き屋で簡易二次会。既に出来上がっているS子から焼きたてのたこ焼きを口に放り込まれては「熱い! 熱い!」とのたうち回るグータラKは、お店の前だというのにまるでダチョウ倶楽部のコントさながらに大騒ぎ! こうして成田の夜は更けて行き、駅前のホテルで一晩寝て羽田へと移動したのだった。

・・・・・・・

羽田からの札幌便は14時発なのだが、自費で泊まった安ホテルのチェックアウトが10時なので、どんなにチンタラ走っても早く着き過ぎてしまう。ま、乗り遅れるよりはマシだけど、これもマイレージ優待チケットだから仕方ない。目指すは札幌西15丁目の「揚子江」。わざわざ飛行機で飛ぶ連夜の居酒屋巡りという、文字通り弾丸お馬鹿ツアーである。バブルの時代じゃあるまいし。

そもそも今回の企画は、これまで全国研修ツアーで訪れた各地の居酒屋のうち、感動モノのお店かつ我々が認識されているお店を選んで、お礼を兼ねた最後の晩餐に行こうという声で始まった。で、その条件に合うお店が成田と札幌の2店だったといういうワケである。それでも実際にそんなトンデモツアーにフル参加した馬鹿モノはグータラKと私だけだが。

この日の札幌の気温は13℃、薄手のダウンジャケットを持参したのは正解だった。チェックインはグータラKが手配した、会社の出張では絶対にチョイスしないだろうススキノのド真ン中の安ホテル。まだ夕方だというのに、周りでは既にソープの客引きが跋扈しているというシビれるような場所だった。

・・・・・・・

「揚子江」は寿司屋と中華が店内で合体しているハイブリッドな居酒屋で、全100席はあろうかいう中規模なお店なのだが、地元の人に大人気で連日満席となる盛況なのだが、ましてこの日は土曜日、開店直後の17時にようやく予約が取れたのだった。いつもは2名という事もあってカウンター席なのだが、この日は初めて座敷だった。メンバーは我々に加え、一足先に札幌観光をしていたちっこいオッサンK。彼もまた早期退職を余儀なくされた同僚の一人だった。

このお店では3名という人数に大きな意味がある。それは毛ガニを注文しておけるかどうかがかかってるからだ。身のギッシリ詰まった上物なので、2名だとそれだけでほぼ腹一杯になりかねないので、注文は3名以上の時だけに限られるのだった。だから今回は気兼ねなく注文しておいた。すでにその毛ガニはドーンとテーブルに鎮座していた。

メインは大きなゲタ台に載った刺身。この日は大間のマグロ、ウニ、ヒラメ、ボタンエビ、ホッキ貝、シャコという、この時季のレギュラーメンバー勢ぞろい! 豪快にドーンと盛られ、その全部が実に美味い~! 何を食べても北海道らしく豪快に美味さを堪能させてくれるところがこのお店の真骨頂である。

さらに北海道ならではの巨大なグリーンアスパラ、中華屋オリジナルのウニの卵とじ炒めや絶品アワビの唐揚げと続く。大間マグロの本物の中落ちは海苔に巻いて食べるのだが、これ食べたらデパートやスーパーの中落ちなんか食べられなくなるわ。

締めは大将お手製の本物のカニがふんだんに入ったカニライスと再び大間のネギトロ巻き。和食と中華で締められるのもハイブリッド店ならではである。

このお店は来るたびにお世話になっている大将と絶妙の客裁きの女将さん、その息子夫婦の家族経営だが、同じくこのお店の大ファンである同僚のW子共々たいへん良くしてもらっていた。W子は先週、説明会の帰りに立ち寄ったそうだが、彼女は新組織の研修チームに残るので、我々と違ってまた来られる機会もあろう。

二次会は隣のパブで、待ち合わせた前身会社からの旧友Nさんに合流し、ここには書けない裏ネタなどで札幌の夜は大いに盛り上がった。

だが翌日仕事を入れられたグータラKは6時起きで帰京しなくてはならないらしい。あらあら御愁傷さま。彼以外のメンバーは文字通り解放された気分で楽しめた。翌日に仕事がない自由とは、こんなにも気持ちの良いものだったんだな、と。

・・・・・・・

こうしてお楽しみ企画はあっという間に終わりを迎えた。応募していたチェーン薬局会社から面接依頼を知らせるエージェントからのメールが届き、週明け早々に面接に行く事となった。その会社は私の中ではプライオリティの高い会社だったので、いきなり本気モードで臨まなくてはならない。

それにしても、勤務開始希望日は7月1日からとエージェントを通じて先方に伝えて貰っているはずなのに、こんなに早くから面接するものなのかねぇ。今年の薬剤師国家試験合格率が60数%と異常な低率で薬剤師不足が加速したアオリなのかな。製薬企業への応募は、これまで年齢などでことごとく落とされたから、薬局薬剤師の方で合格したらひとまずホッとするけど。

ともあれ最終出社日まで残り1週間余り。今日もランチに行くお店をダブリのないようセレクトしている私だった。





春秋キャンプ10周年!

4月お楽しみ企画第二弾は先週の土日、部署恒例の春秋キャンプだった。

そもそもこのキャンプはウチの部署が春と秋に企画し、社内の様々な部署のメンバーに声を掛け、いつも15名~20名が参加するイベントである。幹事のHさんが会員となっているPICAのキャンプ場(山梨県を中心に数ヶ所ある)を利用しているが、キャンプと言ってもテントを張るわけではなく、冷暖房・浴室完備のコテージに泊まってバーベキューなどで宴会するという極めてユル~いものだ。

会場は、ここのところ比較的ゴージャスなPICA山中湖ばかりを利用していたが、今回は最近リニューアルされたという事でPICA富士西湖をチョイス。しかもこのキャンプが初開催から10周年という事に後から気付き、記念すべき第一回開催地であるここPICA富士西湖が選ばれていたという不思議な偶然に驚いたりもしたのだった。

参加メンバーは大人13名、小人1名、犬1匹。いつものようにそれぞれの車に分乗して集合場所の河口湖町のスーパーへ集合。私も同僚のMを彼の住み家である新宿二丁目でピックアップし、心の赴くままにバビューンと行きたいところだったけど、ついつい股間の調子を気遣いながら闘争心抑え目でアクセルを踏むのだった。

この日は朝から雨模様だったせいか、高速はガラガラで鬼門の八王子料金所もノンストップ通過、谷村PAで安孫子から来たS一家と遭遇、ゆっくり朝食休憩を取ったにも関わらず、いつもより相当早めにスーパー駐車場へ到着してしまった。こんな日もあるんだなぁ。もちろん例のグータラKはこんな時間帯には来やしない。夕刻に直接キャンプ場へ合流するという、お得意の体たらくだった。

手分けして食料品や酒類(私は飲まないのでノンアル系)をドドンと仕込み、蕎麦&吉田うどんのお店で昼食を取ってもなおチェックインタイムに1時間以上早い。時間を潰そうにも、周りの観光スポットはほとんど過去に訪れたところばかりなので新鮮味もない。だがそこはユル~いメンバー、お金で解決できる事は躊躇なく済ませちゃうのである。追加料金を払えばアーリーチェックインできると聞き、速攻で決定!

どれほどのリニューアルがされたのかと期待しつつ、予約した3棟のコテージへ入ったら、なんと明るい吹き抜けの2階には木製ベッドが4つとソファーベッドが2つ! さらにトイレはウォシュレット、浴槽はユニットではない大型バス! こりゃまるで別荘かプチホテル並みの設備じゃないの! 外を見れば屋根付きの大型テラスが! 前回、皆のカンパでHさんが購入して来たおニューのターフなんか全く必要なし。明らかに山中湖よりもゴージャス仕様となっていた。うん、次回もここで決まりだな。

それにしてもさすがに外資系会社員。よくよく見れば、集まったクルマもベンツのゲレンデヴァーゲン、アウディQ7、BMW120iCoupe、ランクル、アテンザ、レガシーなど誰とも被らず、同じメーカーですらない。それがズラッと並んだだけでキャンパーの純粋さなどひとかけらも感じさせない迫力を醸し出していた。

昼過ぎから雨も上がり、ディナータイムは午後4時に無事始まった(名うての雨男グータラKが河口湖町に到着した時だけ再び降って来たけど)。今回もシェフを務めたN夫妻がアボカドやビーンズのサラダ、ソースの異なる3種のパスタをふるまってくれ、テラスでは東京ではめったに売っていない鳥の膝ナンコツ(ゲンコツ)や焼き鳥、牛カルビやホルモンなどが次々と備長炭で焼かれ、宴は盛り上がる。中でも肉のハナマサで買って来たという分厚い牛タンステーキが今宵の一番人気だった。

けれども、いつものキャンプと違ったのは、一般職の早期退職が思いのほか多くてわずか1週間で締め切られただの、シャンパンタワー理論の組織再編で救われた話だの、営業現場でのモチベーション大幅低下だの、どうしても会社の旬の話題になってしまう事だった。そこに時折テラスを吹き抜ける夜風が心の寒さに追い打ちをかける。

私がいつもカラオケ代わりに持参しているギターも、今回は先日の解散会のために新しい弦に張り替えた、我が家のアコギ3兄弟の2番目となるFenderエレアコをそのまま乗っけて来たのが幸いしたのか、営業部隊から参加のKやN、エレキを弾くOがその音の良さに感激していた。たかだか定価8万円程度のブツなのだが、ゼブラウッドの珍しい模様と材質の硬さも相俟って、アンプを通した音を前提としてブリッジピンをブラス製に替えて高音域を強調するセッティングにしていたのが功を奏したのかもしれない。

夜も更けて来たというのにフォーク、ポップスの歌声が開けっ放しのテラス窓から外へダダ漏れていたが、既にしこたま飲んでいる連中は誰も気に留めずに時だけが流れて行く。リクエストされる歌が乾杯や贈る言葉、心の旅など、なぜか別れの曲が多かったのも、参加メンバーの半数近くが退職を余儀なくされたせいなのかもしれない。こりゃ切ないわね。

かくして、10周年記念会もそれまでの会と同様、あっという間に朝を迎えた。

チェックアウト後は広大な敷地に芝桜が広がる富士芝桜祭りを目指すはずが、残念ながら18日から開催という事で急遽河口湖さくら祭りに変更。屋台のさくらソフト(桜葉の塩漬け入り)でソフト部活動後、不動ほうとう本店へ移動し、一種類しかない不動ほうとう(@1080円)が大盛り級のボリュームのため一同腹一杯! 

ここで東名組と別れ、中央道組は談合坂SAまでキャノンボール(というのはウソで、覆面パトを警戒しつつソコソコ)して解散と相成った。

ま、それでもこれで二度と会えないというワケじゃなので、秋にはそれぞれ新たな背景を背負って再会出来るだろう。おっと、幹事がグータラKになったのがちょっぴり心配ではあるけれど。





温泉三昧&経済回すぞドライブ旅行 ~その2

(~その1から続く)

ささやかな経済を回した三陸エリアを後にして、次の温泉三昧は山形県上山温泉へ。数ある山形県の温泉地のうち、ここに決めたのは客室露天風呂が比較的リーズナブルだったせいばかりでもない。

ウチの会社が現在の形になる一つ手前の時期、すなわち2つの会社が合併した1年後の2000年、私は生涯初めて箱根の山を越えた名古屋へと異動したのだが、それとほぼ同じ時期に四国から異動して来たのがIさんだった。やがてIさんは私の上司にもなるのだが、Iさんの名前を聴いた際、私のいにしえの記憶がなぜか刺激されたのを覚えている。

実は、今は無きK社で私は社会人デビューをしたのだが、入社当時は営業部門ではなく、学術研修部門に配属されていた。折しも営業職の資格制度が取り沙汰されており、年間100時間の企業研修が業界でスタートした時期でもあった。そんなところへ大学出たてのぺーぺーが社内研修講師の一端を任せられたのだから、今から思えば無謀とも言える仕事に就いたとも言える。

当時はPCなんてツールはなく、出席管理や採点結果の記録などはすべて紙の名簿に手書きで付けていた。入社や異動などがあれば都度、名簿の追加・訂正を行なっていたため、全営業社員が300名程度だった事もあって、ほぼ全員の名字と名前は頭に入った。たとえ数年しか在籍しなかったIさんの名前であっても例外ではなかった。

というわけで、顔を合わせて「Iさんって、K社にいらした事がありますよね?」が最初の挨拶になった。Iさんにしてみれば、短期間であれ業界弱者のK社にいたという事実は内緒にしていたらしく、秘密の過去を知っている人間がいた事にびっくりしたそうだ。

そんな事からIさんとの仕事上の付き合いが始まったのだが、3つ目の会社と合併してしばらく経った2002年、私は再び東京へ戻った。Iさんもその後無事に定年退職を迎えた。Iさんは雪と温泉を求め、山形県上山温泉には甚だ不釣り合いな41階建てのマンションへ住まいを移した。その後東京で1回会う機会があったものの、それ以降はあっという間に10年の時が流れてしまっていたのだった。

・・・・・・・

上山温泉は住宅地にある温泉街だ。だから眺望も展望もないのだが、それでも2メートル四方もあろうかという高野槇の半露天風呂がしつらえてある客室と実に色彩豊かな夕食&朝食をいただき、Iさんと待ち合わせた上山温泉駅へと向かう。

駅前のロータリーの一角に白いワンボックスカーとその横にキャップをかぶってアロハ&短パン姿の爺さん、いやIさんの懐かしい姿を見つけた。10年振りというのに当時とさほど変わりのないIさんの要望にホッとしたが、よく考えれば私の方が姿かたちがかなり変わっていた事に気がついた。何せ当時は生涯で一番肥えていた時期で、今よりも8Kg以上は重かったのだから。

事前の電話で楽しみにしていたさくらんぼ狩りは観光客の予約殺到で叶わなかったが、Iさんの計らいで特別に出荷予定品のうち1Kgを分けてもらえる事になった。Iさん自らが営業部長を自任するH農園へ行くと、まさに出荷作業の真っ最中だった。さくらんぼの大きさを測る定規があって、それによれば分けていただいたのは3Lクラスで上から2番目の大きさのものだった。

品種は紅秀峰といい、有名な佐藤錦を品種改良し、より上品な甘みを強くしたという。こりゃ楽しみだと期待したが、帰宅後に食べてみると期待以上の美味さだった。もうスーパーあたりの佐藤錦は品質的にも値段的にも食べる気が起きないだろうと思わせた。これで現地価格は東京価格の3~4割安いから驚くばかり。

・・・・・・・

Iさんのタワーマンション近くの個人で借りている畑を見て、昼食は近くの蕎麦屋へ。山形は蕎麦が美味いというのは知っていたが、果たしてそのお店も腰が効いていて実に風味豊かな味わいだった。さすが地元の人から贔屓にされているお店である。

すっかりお世話になったIさんに別れを告げ、紹介された蔵王越えで帰路に就く。まずは蔵王温泉大露天風呂へ。車でなければとても行けそうにない山の上にあるのだが、それでも人気なのだろう、平日にも関わらず数台の車が停まっていた。お湯は、松島温泉がお肌スベスベの女性的な泉質なのに比べ、白濁の硫黄臭の男性的な泉質だった。ふと、山梨県のほったらかし温泉を連想した。思えばこの3日間で3種類の温泉にタップリ浸かれたのだから贅沢な事この上なしである。

続いて頂上までの道をまるでラリーカーのごとく駆け抜けて、着いた先が蔵王のお釜。要するに噴火口の湖である。さすがに平日、ここらあたりにも人は少なく、ゆっくりと見ていられたが、実はここに来るまでの山道の方が私には面白かった。かつてプジョー206を走らせていた時のフィーリングにも似た、小型ボディに2000CC4発ならではの回頭性の良さとFRならではの背中を押されるようなフィーリングを同時に味わえた分、BMW120iCoupeになってさらに楽しみが広がったようだった。

そして山を越え、白石ICから東北道へと入り、帰りも順調にツーリングで来た。もちろん行きと同様、相変わらず助手席リミッターはやいのやいのとやかましかったけど。それでも台風と梅雨前線で心配された天気にも恵まれた(帰京翌日から東北地方に豪雨が見舞った!)から万々歳だわな。

残る課題は、閖上赤貝リベンジと南三陸町以北の気仙沼及び岩手県エリアへの訪問である。これもそう遠くない日に必ずチャレンジしたいと思っている。

(おしまい)







温泉三昧&経済回すぞドライブ旅行 ~その1

今回のドライブ旅行で最初に目指すは、370km先の「閖上さいかい市場」である。

世間ではまだ夏休み前だが、それでも日曜日とあって東北道の交通量はそこそこあった。こうなると、自車の速度そっちのけで右車線をマイペースで走り続けるパイロン、いやペースカー、いやサンデードライバーの存在に悩まされるものだが、今回は(も)私の車は助手席リミッターが適宜作動したため、巡航速度はぬえわkm以下に制御されていた。

仙台までは、何度も行き来している名古屋までとほぼ同じ距離だったので、ペース配分や休憩のインターバルなどは体感的に把握できる。おまけにBMW120iCoupeはエンジンフィールやシートなども含めた乗り心地がすこぶる良いから、全行程をストレスフリーで駆け抜けられた。7:20過ぎに家を出て、那須高原SAの朝食休憩を挟んで11:30前には現地に到着していたから、東北道は東名よりも案外走りやすいのかもしれない。

閖上さいかい市場は、東日本大震災で被害を受けた港近辺の商店が、高台に建てたプレハブ店舗で営業を再開したものである。震災の数年前に仙台の居酒屋「みのむし」で食した閖上の赤貝の鮮やかなオレンジ色とその身の厚さと甘さに感動し、震災から復興したら必ず訪れようと決めていた場所だった。

市場は思いのほか人出が少なかったが、商店街の中の「浜や」というお店に当たりをつけ飛び込む。目指すはポスターにあった赤貝丼。早速注文したが、意外や「ないんですよ」とのつれない返事。訊けば、7~8月は産卵期のため禁漁となっているそうだ。赤貝と言えば初夏からが旬、まさかその時期に禁漁期があったとは知らなかった。

落胆しつつ、カミさんと同じ海鮮丼にした。海鮮丼も12種類の具が乗っていてもちろん美味い。美味いけど、何だかやっと会いに行った娘が留守だったような虚しさを感じてしまう。こうなったら日を改めてリベンジだな。

重機が並び、堤防工事の進んでいる閖上港に立ち寄る。一角には釣りに興じる大人や子供が集まっていて復興の匂いもする。だが、振り帰って目に入る住宅地には、あの時から傾いたまま朽ちている建物が散見されるのみで、夏草が茂った空き地に新しい家などは皆無である。建設規制中なのかもしれないが、港側とアンバランスな事この上ない。

仙台市を通り越して松島へ。初日の宿は日本三景でまだ未訪問だった松島温泉にある。

・・・・・・・

いくら休日とはいえ、いくら景勝地とはいえ、人はそこまで押し寄せるものなのか? 

松島の中心街手前までの道はかなり混んでいて車が行列している。街中もハイシーズンの京都と見まがうくらい大勢の人で溢れているではないか! その人出に圧倒されつつも、車があったので取り敢えずチェックインし、遊覧船を求めて発着所に行き、湾内一周50分コースの乗船券(@1500円)を購入。時間に余裕があったので、「松島~の~」の瑞巌寺を訪ね、喫茶店で氷あずきミルクで涼を取った。

乗船時間に発着場へ行くと、そこも長蛇の列。ここはディズニーランドか! おまけに1階席の窓側は既にほぼ埋まってしまっているじゃないの。そうしたら、眺めの良い2階はグリーン席で別料金(@600円!)で提供していますとのアナウンス。冗談じゃないぞ、ボッタクリか! と文句を言う間もなく、お金で解決していた私。

さあ出航。芭蕉に「松島や ああ松島や 松島や」と詠われた日本三景の絶景を期待していたのだが、これが意外に地味。一つ一つに名前が付いているようだが、傍目には同じような岩に松が生えた小島があるだけの風景が続く。何も言われなかったら瀬戸内海の島なみ海道の方が風光明媚だと思ってしまう。松島は陸から臨むべし。

露天風呂付き客室中毒となってしまった我々には、@2万円くらいまでならそれが宿泊施設選定の最優先事項である。ここはバブルゴルフ場のなれの果てかと思うくらいの大型の和風ホテル。だが温泉は、漬かった瞬間にお肌スベスベというビックリ温泉だった。これほどのスベスベ湯は私の知る限り、鹿児島の日当山温泉以来だ。うん、このお湯だったらリピート確定だな。

・・・・・・・

翌朝、フレンチトーストが名物というバイキングでたっぷりと朝食を食べ、部屋でもうひとっ風呂浴びてチェックアウト。いよいよ被災地巡礼である。

まずは石巻市立大川小学校跡地へ。

今は慰霊碑も建てられているが、校舎はTVで何度も見たあの時のままだった。小学校の目の前には大きな北上川が流れている。津波はここを4kmも遡って押し寄せ、この校庭で避難待機していた児童らに襲いかかったのである。地震を免れたはずの児童を含む数十名が犠牲になった。校庭にあった児童らが描いた鮮やかな壁画が殊更痛ましい。

現実の圧倒的な迫力とはこういう事なのだろう。子供たちの冥福をただただ祈るしかできなかった。

続いて、あの防災対策庁舎のある南三陸町である。ここも鉄骨だけになった3階建ての骨組みだけが何度もTVで放映された。この防災庁舎の10m以上ある屋上のさらに2.5mの高さまで津波は押し寄せたのである。防災無線で最後まで避難を呼びかけて帰らぬ人となった遠藤未希さんはこの建物の2階の部屋にいたそうだ。

自分が同じ立場だったら果たしてそれが出来ただろうか。自問し続けるしかない圧倒的な現実がここにもあった。

南三陸町にも復興商店街がある。「南三陸さんさん商店街」という。

ここでもせめてささやかに経済を回そう。この商店街の飲食店共通で提供している名物丼を「南三陸キラキラ丼」と言い、すべてが目にも鮮やかな海鮮丼オンパレードである。我々はその中から、丼一杯生うにのみというキラキラうに丼を「志のや」というお店で注文。隣のテーブルに居合わせた地元のおばちゃん達といろいろ言葉を交わしているうちに待望のうに丼到着!

丼一杯に盛られたうにの迫力もスゴかったが、一口食べた瞬間、予想以上にうにの甘さが口に広がった。このうにはミョウバンを使っていない天然そのものの生うにだという事で、それも当然だろう。さすが三陸!

ドルチェは、カミさんが見つけた自然卵「卵皇(ラオウ)」入りのミルクセーキ・フラペチーノ。味もしっかり濃くて美味。さらに地元のパティスリーのお店で焼き菓子の詰め合わせを手土産に購入。そして我々は宮城県を後にし、懐かしい再会の待っている山形県の上山温泉へと一路向かったのである。


その2へ続く~)






今回は指宿と霧島へ

プライベートで最後に鹿児島を訪れたのは、両親を伴い、五十肩に悩まされていた2009年の秋だった。あれから4年半、久しぶりに行こうかと言うカミさんの言葉にほだされるように金曜日に休暇を取り、2泊3日で出かけてみた。

何せ、2月下旬から3月中旬までの全国研修ツアーに加え、3月下旬の1週間はいくつかの中途入社者研修で成田のホテルにこもっていたので、さすがに心身共に蓄積疲労だったから、これは渡りに船である。

・・・・・・・

マイレージ特典チケットのせいで行きは9:40、帰りは10:00というやたら早い便での往復。それでも現地でレンタカー(デミオ)を借り、カミさんの知り合いの方とドルフィンポートなるところで待ち合わせ。そこには飲食店を中心としたいろいろなお店があったが、昼食を食べた回転ずし店「めっけもん」のレベルの高さには驚いた。

関東ではあまりないネタが勢揃い! 阿久根の「華あじ」をはじめとして桜鯛、キビナゴ、トビウオ、チヌ、ソイなどなど。意外な事に本マグロがこれまた美味! 大トロは口の中で溶けてなくなった。観光客用の高い店なんかへ行かなくても鹿児島の魚はほとんどここで事足りる。平日の1時半を回ってもなお行列なのも納得だわ。

その後は義弟一家と待ち合わせて一路指宿温泉へ。指宿へはおよそ6年振り、南薩摩へ行くとなればもちろん「知覧特攻平和会館」への訪問(実はこれで3回目、もはや心は参拝に近い)である。ここだけは外せない。

・・・・・・・

前回は名門ホテルの「白水館」に泊まったが、今回の宿は山の上にある元グリーンピアの「指宿ベイテラス HOTEL&SPA」。

さすがに年金とバブルの象徴的な建物で、スポーツドームを思わせる見上げるほどの吹き抜けと滝の流れる室内池は、ここにこんな施設が必要なのかと唖然とさせられる。砂むし風呂こそなかったが、入ればたちまちスベスベ肌になる名湯は健在で、源泉かけ流しなのも嬉しい。

夕食は桜鯛しやぶしゃぶ付きの懐石(的)料理で、味・ボリューム共に満足できるレベルだった。それにしても義弟の娘姉妹の成長の早さは目を見張るばかりである。あっという間に小学6年生と5年生。以前、上の娘を預かったのが1歳前の頃、時の経つのは速く、歳を取るのも速いわな。

・・・・・・・

天気に恵まれた次の日は曇り。チェックアウト後に知覧へと向かう。

桜の花びらが舞う玄関などを撮影していると、ちょうど観光バスに乗った大量の観光客が入って来たところだった。展示場の入口に立った瞬間、この中にいる特攻隊員達の千の目に見つめられる予感に早くも涙腺が緩む。そしてそこへ足を踏み入れ、今回も10秒で落涙を禁じ得なかった。時を同じくして花散らしの雨が激しく降って来た。

今回も関西弁でペチャクチャお喋りする観光客と同じ空間を共有したが、もはやそんなことはどうでもよく、遺影から見つめる彼らに恥じない自分であったかという思いで心が締め付けられた。ひたすら「申し訳ありません。私はまだきちんと生きられておりません」と彼らに向かって繰り返すのみだった。

それぞれ別の故郷で、それぞれ別の日に生まれ育った若者が、同じ場所に集められ、命日が同じ出撃の日という不条理に言いようのない哀しみを新たにした。日本人のはしくれならば、たとえ他の有名神社や史跡には行けなくとも、少なくとも靖国神社と知覧は訪れて感謝の気持ちを表し、自身の有り様を振り返るべきだと私は思っている。

 それぞれに 生まれ集いし若鷲が 同じ命日 護る思いも   Chaie

・・・・・・・

雨の降りしきる次の日は鹿児島市内へ戻って、義妹の趣味でもある九州の小規模窯元の作品を集めたお店に案内してもらって、大分県の小鹿田(おんた)焼きなどの大小のお皿を数枚購入。その後、昼食。

その昼食が、義弟イチオシの「丸一」というお店。低温で揚げた黒っぽい衣に包まれた厚さ3cmはある巨大トンカツ定食だった。その重さなんと350g! でも少しも脂っぽさを感じさせないので、朝食バイキングをしっかり食べたくせにすんなりと平らげられた。これで1800円(上ロース定食)というからリーズナブルと言うほかない。

義弟の家でお茶を飲んで、いよいよ今回最後の宿となる霧島温泉郷の「ペンション遊鹿霧」へ単騎移動。

ルートは高速経由で私の好きな山道へ続いていたのだが、デミオのミッションはDレンジとLレンジのみ。加速がトロいので思わずスタートで踏み込もうものなら「急発進です!」と車に怒られるし、カーブのたびにブレーキを踏みまくるペースカーに合わせてエンブレを使いたくてもワンパターンでしか使えない。そもそも自分の車だったらとっくにブチ抜いてるのに。

・・・・・・・

そんなこんなで走ること1時間チョイで到着。ここの楽しみは何と言っても露天風呂付きの部屋。

数年前に味わって以来、部屋に露天風呂のある便利さがヤミツキとなっていた。さっそく入ってみたが、ナトリウム泉の指宿とは違って硫黄を含んでいる。木製の湯船の底に湯の花が沈んでいて、足で掻き回すとそれが舞い上がって白濁の湯に変化する。もちろんお肌スベスベで気持ちい事この上ない。極楽じゃ~~~!

鹿児島牛をメインにしたフレンチディナーも人気のようで、こんな山奥のペンションなのにほぼ満室状態の様子で、ダイニングエリアも賑わっていた。昼間、あれほどのトンカツを食べてしまった我々でも意外なくらいスムースに美味しく食べられた。

翌日は9:00までに空港近くでレンタカーを返却しなければならなかったので、8:00にはチェックアウトしなければならなかった。その時間ではパンが焼き上がらないとの事で朝食は残念ながら断念し、日曜日の朝で車の少ない山道を快適に駆け抜けて行った。

心身のオーバーホールのための旅行は海外旅行ではなく、やっぱり温泉旅行が一番だな。





史上最悪の寒さと、雨~!

先週の土日に満を持して臨んだ恒例春キャンプ。

部署内外の総勢24名と盛況だったものの、会場の表富士キャンプ場の外気温は1〜2℃! よく考えたらここは富士山2合目、標高1200mあたりだとか。それもそのはず、この日がキャンプ場の開場日と来たモンだ。そう、前日まで冬季クローズだったのである。

おまけに夕刻から翌朝午前中までしっかり雨。以前にも夜の豪雨という経験はあったものの、2日に渡る雨は初めてである。コテージ前の広場にターフを張るのも一苦労、先発隊のOYAJI世代がようやく設営が終えたあたりで若手の参加メンバーがノコノコ到着し始めた。おせーよ、オメーラ!

これまでのほとんどのキャンプで使っていたPICA山中湖は、エアコンも電子レンジも風呂も完備のコテージで快適に過ごせていたが、今回初めてとなったこのキャンプ場のコテージにはそのいずれもナシ! この寒空の下でどーしろってんだ。たまりかねたK子グループは灯油ストーブを買いに行ったほどである。さすがセレブー!

半年ぶりに会う参加メンバーの子供達もしばらく見ないうちにしっかり大きくなっていた。OYAJI世代の子供達はとっくにキャンプになんかついては来ないから、子供同士がお互いに喜んで遊んでいる姿は羨ましくさえあるな。

今回もはるばる大阪からやって来たN夫妻は愛犬ポロと共に鶴橋仕込みのハラミ4kgを持って来た。それをすかさず焼肉用に捌き始める姿はまさにシェフ。一方、K子の自慢はカレー。K子の同僚で初参加のT子も包丁さばき鮮やかに野菜を切っていた。同じく初参加の埼玉のKが米を炊くとなぜかアルデンテ(別名ガンタメシ)となる特技? の持ち主だった事が判明し一同大爆笑、と何とも賑やかな晩餐となった。

この夜の宴会も私はウーロン茶で乗り切った。それでもベシャリの量も質もさほど変わらないのを再確認。飲めないストレスもほとんど感じず、料理の味も良く分かるし、酔って眠るよりも心地よい疲れで眠りに就く事が出来た。もちろん二日酔いなんぞは無縁。なんだ、酒飲まなくなったらいい事ばっかじゃん。

・・・・・・・

翌朝は雨が小降りになったスキに総出で撤収作業、精算が終わって一次解散となったのが11時過ぎだった。その頃には雨は上がっていたが、寒さはそのままだった。どうやら麓のあたりは雪が降ったらしい。

親子で参加のS号、T親娘を乗せたH号、3人家族のN号と共に、魚介料理と海産物土産を求めて50km先の沼津港市場へ向けて降りて行く。終点までほぼ一直線の峠道は、先頭車両となった私には千載一遇の攻め時だ。幸いペースカーの姿も見えないので、ここぞとばかりに3速ベースのMTモードで駆け抜ける歓び~!

日曜日の沼津港市場はさすがに混んではいたが、駐車場へはさほど時間が掛からずに入庫出来た。目指すはメタボ会でも行った「丸天」だ。本店では既に10組以上順番待ちをしていたが、ここは客の回転が速い。我々9名も30分程度で席に着く事が出来た。

メタボ会の時に大満足だったキンメの刺身定食こそ無かったが、上刺身定食も負けず劣らずのボリュームで、朝をしっかり食べたSなどは途中でギブ。名物のかき揚げタワー丼に果敢にチャレンジしたNも3/4を食したところでギブだった。

Hと私は土産にカサゴの丸揚げを買い、子供達のリクエストで水族館に寄るというSとN一家に別れを告げ、少し早目の15時前に帰路に就いた。そのおかげで高速は順調、17時過ぎには無事に帰宅した。

今回の参加メンバーの声。「表富士は山中湖よりはだいぶ安かったけど、山中湖にはお金に替えられない快適さがあると痛感。次回はぜひ山中湖でやりたい!」私も禿同!

・・・・・・・

まる1ヶ月間、数えられるだけでも5~6回の飲み会で、全くお酒を飲まずに切り抜けて挑んだ検診。

問題の肝機能値は見事に3割減を達成! といってもまだまだ基準値の数十倍の値をキープしているんだけど。それでもこのまま順調に推移すれば再び飲める日も遠くないと実感。ま、先の事はわからんが、このGWは身体のあちこちの治療(レストア)に明けくれるかもしれない。

傷んでいるのは肝臓だけじゃないからね。





 

ささやかながらも経済を回そう!

長らくご無沙汰の温泉宿と息子の大学視察と、そして東北復興のためにささやかながらも経済を回しに行こうと1泊2日のドライブ旅行へ出掛けた。

GWの谷間となる5月1、2日は、世間じゃ平日扱いのところが多いので、よもやひどい高速渋滞はなかろうと、クルマのオフ会の時ではあり得ないような時間にゆっくり家を出る。と言っても午前9時だけど。

まず目指したのは茨城県の大洗、オフ会でも評判の良い海鮮料理店「えんやどっと丸」。

案の定、常磐道は快適。ところどころで右車線をカン違いして流してる車に走行車線に戻るよう教えてあげながらクルージング。開店30分前には到着しちゃったので、隣りの大洗アウトレットモールでブラブラ。しかしこんなにガラ空きのアウトレットは初めてだ。アウトレットでノンビリ癒されたのも初めてだ。

私はお造り御膳、カミさんは本鮪丼。どちらも美味いけど、どちらも軽く2000円超なのでCP的にはイマイチの感。ま、これもささやかな経済活動その1なので気にしない。

・・・・・・・

常磐道本線に戻り、一路いわきJCTへ。ここでふと、TVで何度も取り上げられていた三春町の滝桜が頭をよぎった。調べてみると意外に近いではないか。船引三春ICから10kmもないという事で急遽寄り道決定。

ピーク時には相当な渋滞が起こるだろうと想像させられる数々の看板を見ながら、入口に一番近い駐車場へスムーズに到着。入場料@300円也を払って、立派に整備された石畳のような参道(?)をしばし登るとTVでおなじみの場所へ着いた。人出も少なくいい感じだったが、肝心の滝桜は極めて葉桜状態。それでも樹齢千年、7本もの幹の集合体という迫力は満点!

しょうがないからここでソフト部の活動開始。滝桜名物(?)という桜ソフトは、ほんのり桜色で美味し。・・・名物は言い過ぎかも。

・・・・・・・

車は会津若松ICを降りて息子の大学へ。

公立なのに単科大学。入学試験の難易度は低いのに進級、卒業は難しいアメリカ式。おまけに公用語は英語と来たモンだ。だがここは市の外れ、土地が有り余っていたせいか敷地は広大だ。中を車で周回出来て、駐車場、駐輪場にも事欠かない。職員用駐車場に大型フロントスポイラー(早い話がデッパ)の車が停めてあったのは地域性か。

いずれにせよここは私の出身大学よりもさらに広く、これこそ大学キャンパスのあるべき姿だろうと感心した。

この広大なキャンパスに学生と職員が約1000人ほどなので人口密度は相当低い。講義中だったのだろうが学生の姿もチラホラ程度だ。首尾良く息子が入れた学生寮(ただし1年のみ)を確認して本日はホテルへと引き上げた。

・・・・・・・

ささやかな経済活動その2は、アルツ磐梯スキー場にある星野リゾート磐梯山温泉ホテル。ここが東北最大のBMWオーナーのイベント「ミチノクオフミ」の会場であるのを後で知った。私はまだ参加できていないが、次回は狙いたいと思っている。

ここも平日とあって宿泊客は少なめ。温泉プール&ジャグジーは我々の貸切状態。嬉しくてつい200mも泳いでしまった。風呂もぬる目で浴槽の一部に寝ころびスペースもあり寝湯も満喫できる。

食事は朝夕ともブッフェスタイル。和洋中のメニューの数々と福島牛鉄板焼などが目を引いたが、一番ウマかったのは地元の蕎麦職人が手掛けた打ち立て会津蕎麦。その抜群の喉ごしについ4杯もおかわりしてしまった。

なんやかんやでカミさん共々食い過ぎて、せっかく持って来たワインを開ける事なくジ・エンド。ワインがあるからとビール一杯で抑えていたのに・・・。

・・・・・・・

一夜開け、GW後半に一時帰宅するという息子をピックアップするために再び大学へ。途中で道の駅ばんだいへ立ち寄ってお土産を購入してささやかな経済活動その3。

講義が終わるのを大学の隣りにある障害者社会参加施設のベーカリーカフェで一服しながら待つ。障害を持つスタッフなのに元気に働いていて気持ちがいいし、カフェラテがそこらのコーヒーショップより断然美味い。みんなガンバレ!

寮の前で息子と落ち合い、同級生やら世話係の修士学生に挨拶がてら息子の部屋まで入り込んだ。一室六畳のスペースだがデスク、ベッドにクローゼット完備、カードキー式のセキュリティとゼータク装備。昔の寮のイメージとは程遠い。

市内の小さな老舗洋食店でハンバーグコースを食した。食べログ頼りのチョイスだったが、すべて手作りというドミグラスソースに大満足! これがささやかな経済活動その4。

まだ時間が早かったので猪苗代地ビール館に寄る。ここでピルスナー、ヴァイツェン、ゴールデンエンジェルなどの地ビールを買い込むと同時にまたまたソフト部活動開始。何と地ビールソフト! もちろんノンアルだが、ビールの風味満点で非常に美味い。これはオススメ上位だな。

帰りの高速は、またしても右車線カン違い走行車(別名ペースカー)に行く手を阻まれつつ、関東に近づくほど風雨も激しくなりつつも19時前には帰宅できた。

こうして今年のGW最大のイベントが終わった。

会社の同僚は石垣島ダイブだイタリアだベルギーだとハデにやってるようだ。私の方は今月は親父の納骨やPOOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)の10周年記念総会も控えているので今回はこれで十分である。

そうでなくてもGWはまだ半分残ってるし。





雨のち快晴の恒例キャンプ

いったい誰が雨男なのか?

恒例の部署有志による「春キャンプ in PICA山中湖」はしっかり雨に祟られた。今回は大人と子供を併せて総勢25名超の過去最多の参加人数となったので、いつもよりお天気だけが気になっていた。

幸い、アウトドアフリークのHさんの多数のアイテムのうちフライシートなど5、6枚を連結して見事に外メシ&宴会が開催できた。

食材もはるばる奈良から参加のアウトドアシェフN夫妻が大阪・天満の市場から仕込んできた巨大ハラミ(推定3kg)やそら豆などを豪快に焼き、河口湖のスーパーで仕入れた食材が並べられる。さらにS君の希望によるカレーも作られ(ただし、なぜかご飯はアルデンテ)、それらと共に20本くらい買ったワイン、ビール、焼酎などが次々と消えて行く。さすが25人の胃袋は巨大だ。

また、今回はサプライズイベントとして先日婚約したというA子のお祝いにケーキをオーダーした。これにはA子も喜ぶまい事か! 別件の用事のあった彼女は、そのフィアンセに送り迎えしてもらって宴会終了後に泊まらずに帰って行った。若いっていいよなぁ!

寒さが増したあたりからはコテージに入って二次会。でもいつも早寝のHさんを始めロートル組は日付変更線を超える事なく眠りに就いたのだった。だんだん持久力がなくなって行く・・・。

元からユルユルのこのキャンプイベント、前夜は食って飲んで喋って寝るだけ。子供達の相手にトランプゲームに夢中になる一部メンバー以外にとっては、まさに「居酒屋キャンプ」そのもの。ま、このユルさがいいんだけどね。

・・・・・・・

翌朝は打って変わっていいお天気! 何でこれが昨日からにならないのか。それが我々の日頃の行いの報いと言われれば返す言葉は見当たらない。

前回は骨折で松葉杖、今回は骨折治療のボルトを外す手術を受けて松葉杖で参加のグータラK君、今朝も布団蒸しされても相変わらず爆睡。まあ彼の場合、骨折が左足だったのが幸いし、オートマのレガシーを運転して来れるだけでもマシなのかもしれない。もともと戦力外だし。

ともあれ、今回は予想外の大人数参加だったため、いつもはNシェフお手製の朝食が振舞われるのを省略し、早々と撤収作業に入ったおかげでチェックアウトも余裕を持って完了。さすがにハラ減ったというメンバーの声に、2日目の目的地である絶景露天風呂「みたまの湯」の前に道の駅とよとみに行って昼メシを食べて、ここで一次解散とした。

移動の高速は空いていた。

最初こそ10台近い車の隊列を整えて出発したはずが、この空いた高速に触発されたアテンザS号が突如右車線に出てダッシュし始めるではないか! こりゃついて行かねばとスプリントブースター全開で後をついて行ったら、先頭のレガシーグータラK号まで追い越していた。その時、国産車であるアテンザS号のリミッターが作動したとかしないとか。ちなみに私の車はリミッターとは無縁のようだったけど。

山梨と言えば「ほったらかし温泉」が有名だが、ここ「みたまの湯」も負けてはいない。眼下に甲府の街並み、目の前には北岳などの南アルプスや八ヶ岳連邦の大パノラマを拝みながらの露天風呂は、思わず来て良かったぁ~! と叫ばせるに十分の魅力だった。

ここで小一時間ゆっくり過ごして最終解散。

この時点ですでに2時半を回っていたので高速渋滞が懸念されたが、はたして渋滞はしっかり始まっていた。桜の季節といい天気とあれば致し方ないけど、やはり疲れも倍加するし、ノロノロだと眠気も襲って来るから厄介である。

それでも3時間前後で帰宅。こんな調子じゃ休養とは程遠い土日となったが、明日からは特別研修ツアーの後半戦が始まる。東京×2、名古屋、札幌と渡り歩いて千秋楽を迎える。

キャンプの参加メンバーにも研修受講予定者が数人いたので再会も楽しみだわ。さあ、もうひとふんばりだ!







想像を裏切ってくれたホテル

さあ、今週は正念場! 本日夕方のANA便で大阪へ移動、月曜火曜と大阪、続いて神戸、そして四国に渡り高松、松山の研修5連チャンの始まりだ。

いつも悩んでしまうのが、休日明けの月曜に予定されている地方会場への移動である。週明け朝からの研修となれば、必然的に前泊移動となる。そのために夕食を自宅で済ませて動くとかなり遅い時間にチェックインせざるを得ない。かと言って夕食を現地で取るにせよ、日曜定休の店もあろうし、その土地でお一人様でも居心地の良い店などもよく知らない。加えて日曜日なのに休んだ気がしないし、休日移動はストレスばかりで割に合わないのが実情である。

それを何とか打破しようとホテルを探したところ、夕食付き宿泊プランをやっているビジネスホテルがあった。通常ビジネスホテルは一泊朝食付きが基本だが、昨今の競争激化による客寄せのためか、こういう企画もたまにあるようだ。エディなどのプリペードカードを付けてるホテルもある。

そのホテルの夕食が、何とサーロインステーキ食べ放題かオマール海老+サーロインステーキのディナーコースだった。もはやこの歳でステーキ食い放題はいささか無理はあるが、オマールとステーキなら十分イケる。もちろん宿泊費も会社の規定内だったので、さっそくこれを予約した。ホテルは「大阪東急イン」だった。

早々と予約を終えていた先日、突如、ホテルの営業担当と名乗るK氏からケータイに連絡が入った。ちょうど車の運転中だったけど、つい出ちゃったんだからしょうがない。

K氏によれば、ディナーを提供する館内のレストランが、この日曜の夜は貸し切りとなっていて、席が空くのは夜8時半くらいになるとの事。夕食の時間帯に合わせて飛行機の時間を予約していた私は、唐突に肩透かしを食らった気がして、予約便の変更も含めて都合がついたら連絡すると、ちょっと気分を害しつつ回答した。

そして今日。予定より1時間ほど遅らせた便で大阪入り。チェックインタイムはほぼ8時となった。貸し切りのレストランからは賑やかな声が漏れている。フロントで連絡があった旨を伝えると、件のK氏が挨拶に現れた。席が空いたら部屋まで連絡をくれと伝えると、飲み物を部屋まで提供したいと言う。思わずビールと言ってしまったものの、考えてみればここはシティホテルなどではなく普通のビジネスホテルである。多少なりとも客に迷惑を掛けたからといって、そこまでサービスするいわれもなかろうよ。

部屋も普段のビジネスホテルクラスの2倍近い広さのツインルーム、応接ソファにくつろいで観るTVもいい。やがてK氏自らがビール瓶とグラスを持って来てくれた。そのビールが空になる頃、テーブルの用意ができたとの連絡があり、私はレストランに降りて行った。その入り口で迎えてくれたK氏、初めの飲み物もサービスすると言うではないか! ビールももらった事だしいいよと言うと、2杯目からはちゃんと付けさせていただきますと言うから、ならばと言葉に甘えてハウスワインの赤をお願いした。

料理はローストビーフ風のオードブルから始まって、コーンポタージュスープにオリーブオイル添のパンが供され、いよいよオマール海老のアメリカンソースが登場! ・・・実は私、これまでオマール海老をマトモに食べた事がなかった。なので、せいぜいスカンピに毛が生えた程度のイメージしか想像してなかったが、これが大間違い。イセエビもかくやと思うほどの味とボリューム、いやむしろイセエビよりも味わい深いではないか! これで半身だから、もし丸々一匹だったらこれだけでメインを張れるだろう。

続いて本日の本当のメインであるサーロインステーキ(180gくらい?)がコンビネーションサラダと共に登場。オーダーの際に焼き方を訊かれてレアと言ったのだが、出て来たのはミディアムだったので、これはマイナス1点。でも肉の味わいは十分。マデラソースとハウスワインとの相性もピッタリだった。

そしてデザート&コーヒーでお一人様ディナー(実際、私一人だけの貸し切り状態だった)はフィニッシュ。このコース単独では3400円という価格だから、ヘタに外に食べに行くと思えば、そのお得感は格別である。デザートの時間に再び現れたK氏のトータルの印象も悪くない。今後、日曜移動の大阪のホテルはここで決まりと言っていい。

さっき乗ったタクシー運転手の話では、このあたりは昔の赤線・青線地帯だったと言うから、決して普通の出張ビジネスマンの好むエリアではないのもこの宿泊プランの提供理由かも。K氏によればディナーもさる事ながら、朝食ブッフェにも力を入れているので、ぜひ明日の朝に味わって欲しいとも。これまた楽しみだわ。

ビジネスホテルと言えど、こんなホスピタリティとコミュニケーションがあったら、コアなファンが増えて行くに違いない。少なくとも私は、これ以前の日からこの日を境にこのホテルの印象が大きく変化し、心地良い裏切りによるシンパシーを一気に持ってしまった。それだけは間違いない。






ソフト部史上最悪の活動

ここのところ気持ちの中に澱のように溜まって来ていたストレスを発散し、かつ愛車BMW120iCoupeで遠出をする絶好の機会として、私はこの恒例の部内キャンプを心待ちにしていた。

このキャンプは、おおよそ半年に一度、春はGWのちょい前、秋は寒くなる11月直前頃に開催される。部署内外に広く参加を呼びかけ、毎回10人前後の参加者を見込んでいる。幹事はいくつかの(チェーン)キャンプ場の会員でもある同僚のH、今回の開催地はその中でも一番デラックスな「PICA山中湖ヴィレッジ」である。

参加メンバーは、アウトドアシェフという称号を名実ともに認められているN1夫妻+ビーグル犬が岡崎から、今回初参加のIT部門のN2夫妻+Jrが秦野から、そして常時参加組の同僚S+Jr、さらに松葉杖持参のグータラKの総勢10名だった。なお、グータラKはいつにも増してゆっくり到着。すでに日は傾き、宴会もとっくに始まった頃だった。足を折ってもグータラぶりは相変わらずだ。

ディナーのメイン食材は、Hが通販で購入していた2kg以上はある大型チキン2匹。まずは1匹を野菜を詰めてダッチオーブンで蒸し焼きに。ここにサンマ一夜干し、コノワタがN1夫妻から提供され、福岡出張帰りのグータラKからは稚加榮の明太子、さらにシーフードパエリアに買い出した焼き肉各種などなど。これにビール、ワイン、焼酎に日本酒、そして今回はシングルモルトもラインアップ。いつもながら至れり尽くせりの楽しさである。

晩餐も終わって二次会の後半、子供たちが寝入った後は、恒例の大人の会話のお時間がやって来る。今回は夫婦2組にもかかわらず、互いのなれそめや夫婦生活の実態、果ては下ネタに至るまでテンコ盛りの話題で溢れた。そう、このキャンプにはディナーとはまた違ったディープなお楽しみタイムがあるのだ。

・・・・・・・

翌朝、遅めのチェックアウトを終了し、ここでN1夫妻とはお別れした我々は、山中湖から一路箱根へ5台連なって向かった。その目的は、かねてから目をつけていた箱根湯本ホテル別館にある石窯ピザのイタリアンレストラン「ラ・マニョーリア」とそこに至る乙女峠越えのドライブルートである。休日のせいでペースカーの連続だったが、それでもそれなりのドライビングは楽しめた。

予想通り、モチモチ感溢れるピザはとても美味しい。さっきまでお腹なんか空いてないと言ってた子供たちだったが、あっという間に大人以上を平らげたのだった。食後、解散してそれぞれの帰路に就いた。

・・・・・・・

さらに同じ方向のS+Jr号(アテンザ)とグータラK号(レガシー)と連なり、途中の大磯PAで最終休憩をした。ここで目に入ったのがソフトクリーム屋。忘れかけていたソフト部の活動を思い出し、それに見合うソフトクリームがあるかどうかメニューを見入った。

真っ先に目に飛び込んできたのが、その名も「湘南大磯しらすソフト」! どうやら特産のしらすとバニラソフトのコラボ作品らしい。こりゃソフト部の活動相手にとって不足なし。ただ問題は味だ。しらすは塩味の魚だ。そこに甘いバニラアイス。しかも他のアイスより120円も高い500円はソフト史上最高値と言ってもいい。

「まさかソフト部部長として逃げるなんて事はありませんよね~」というグータラKの殺し文句に押されて、ついにKと一緒のチャレンジを決定。覚悟を決めて大枚500円を支払い、しばし待つ…。

現れたソフトを見て反射的に後悔の念が頭をよぎった。白いソフトに黒っぽいしらすがそこかしこに混じっているサマは、もはやスイーツの域を遥かに飛び越えているじゃないの! 一口ナメれば柔らかく甘いアイスはたちどころに口の中で溶けるが、代わりにザラザラ、チクチクのしらす(もはやこれはチリメンジャコだ!)が魚臭い塩味と共に襲って来るのである。それを噛まずに飲み込むのは不可能だ。

「いや~、不味けりゃ売らんでしょ~よ」とのたまっていたKは、今や無言で必死にアイスをナメナメ&しらすをカミカミするばかり。私は3口ナメた段階で早々にギブ! 間違いなくソフト部史上最悪の作品だろうよ。もしかして、これって「アイス」と「シラス」の単なるダジャレなの? 

責任者出て来~い! カネ返せ~! 売り場のオネエちゃんも「ホントにいいんですかぁ?」くらい言ってくれっての!

楽しいキャンプの最後の最後でこれかい? 負傷で雨男の神通力も出なかったKなんて、まるでこれを食べるために参加したようなモンだわな。ご愁傷サマ。

さて明日からはまた成田のホテルで中途入社社員研修の続きが始まる。しらすソフトなんかにゃメゲずに今週も走り切るぞ~!





史上最高額の国内旅行

カミさんの休みに遅い夏休みを合わせて企画していた国内温泉旅行。その時には、まさかプジョーが壊れるとは思っていなかったので、息子が函館から帰ってくる前の最後のゼイタクとばかりに張り込んでいた。何せ予約した2軒とも露天風呂付きで@3万円クラスの旅館である。ハッキリ言って海外旅行だって楽に行ける予算なのだ。

という事で、2泊3日で箱根&伊豆半島一周の予定。初日は箱根・芦ノ湖畔の玉村豊男ライフミュージアムに併設されているイタリアンレストラン「ラ・テラッツァ」を目指す。ハイシーズンだったらムチャ混みの東名~小田原厚木道路~箱根新道ルートがガラガラで、目的地までほとんどノンストップだった。

ここまでの120iクーペの走りは、高速では全くストレスフリーの加速、箱根新道の登り坂でもプジョー並みの回頭性の良さを発揮、どのシーンでもFRならではの後ろ足で蹴って進む感覚が伝わってくる。簡単に言うと、FFのプジョーは車を引っ張って進むような感触だが、FRの120iクーペは車を押して進んでいる感触だ。

ハンドリングは想像以上に軽くキレが良い。うっかり力を入れて回すと切り過ぎになってしまうくらいだ。そして切った方向へ俊敏に向く頭が、まるで軽量のコンパクトカーを運転しているかのような気持ち良さを味わわせてくれる。これまでは大きく重くなるばかりのボディがエンジン特性を帳消しにしているというイメージを持っていたBMWだったが、これはかなり意外な印象だった。

・・・・・・・

箱根から初日の宿泊地である西伊豆・土肥温泉「粋松亭」までは、これが本日最大の狙いだった峠道。シフトレバーをマニュアルモードにし、3速固定で駆け上がり駆け下る。時折ペースカーに行く手を阻まれもしたが、もっと大きな障害は実はカミさんだった。カーブのたびに右へ左へ身体が振られ、コーナーに突っ込む前の減速と立ち上がりの加速に「気持ち悪い」を連発され、強制的にペースダウン。これからは峠道は一人で来ようと心密かに誓った。

夕方早目にチェックイン。檜の露天風呂は眼前に海が大きく広がっていたが、どうも我々は海に沈む夕日を見ようとすると天気に恵まれない。一昨年の新潟・瀬波温泉旅行の時も重く垂れこめた雲にやられたが、この日も同じような雲できれいな夕焼けはとても望めそうになかった。ま、本当に見たいのなら旅行じゃなくて住めってなモンだわな。

室内はやたら女性好みの赤やピンクの派手めの設えで、悪く言えば高級ラブホとも。それでもこの宿の最大の魅力は露天風呂のロケーションである事は確かだ。源泉かけ流しの檜風呂に浸かりながら絶え間なく打ち寄せる潮騒に耳を傾けていると、心が洗われて生まれ変われるような心地良さを感じる。もはや生まれ変われるはずもないけれど。

・・・・・・・

翌日は暑いくらいに気温が上昇、こりゃたぶん夏日だろう。お約束の恋人岬から堂ヶ島遊覧船へ。返す刀で加山雄三ミュージアム。旅館の仲居さんお勧めの広い土産物スペースで職場関係の土産物などをゲット、ミュージアムショップでは懐かしの若大将シリーズのDVDとご対面。期待していた若大将まんじゅうは売ってなかったが、入場料をケチってミュージアムに入らなくても十分楽しめた。最後にソフト部の活動。本日は小豆粒入り「北海道小倉ソフト」、伊豆で北海道というアンバランスさにそそられた。

その後は下田に移動して、これまたお決まりの下田ロープウェイで寝姿山頂から下田港を見下ろす。遠くには伊豆七島がぼんやり浮かんでいた。そして2日目の宿泊地である東伊豆・河津温泉「桐のかほり 咲楽」へチェックイン。

ここの露天風呂も檜だったが、ロケーションは海は見えたものの、粋松亭のように全面海とはいかなかった。だが私好みのぬる目の湯だったので、いつまでも何度でも入れる。和風の落ち着いた館内と室内は、文字通り上品な隠れ家という趣がある。部屋数もわずか4つと少ない。また面白い事に、ここは火曜~木曜は営業していない。したがって我々がチェックアウトした後は閉館となる。

近頃の旅館は食事に特に力を入れているようだ。初日の粋松亭もそうだったが、夕食のみならず本来シンプルな朝食も10品目前後が並び、かなり充実した食事を摂る事が出来る。咲楽は夕食の刺身もこれ以上ないほどのレベルのイセエビ、サザエ、キンメ、クロムツ、イサキなどの地魚がズラリと並び、松茸の土瓶蒸しや伊豆牛の焼き肉などに舌鼓。朝食も地魚のカルパッチョ、エボ鯛、湯豆腐、自家栽培野菜の数々に大満足。値段を考慮してもリピートしたいと思った数少ない旅館の一つだった。

・・・・・・・

BMW120iクーペに驚かされたのはドライブフィールだけではなく、その燃費にもだった。積まれているのは確かに広領域リーンバーンエンジンだが、だからと言ってエコドライブなんてまるで意識せずに思う通りのアクセルワークをしたにも関わらず、ほとんど一般道や山道の400km強でおよそ30Lの消費量。これはプジョー206XS(1.6L/AT)と同等かそれ以上と言っていい。

デザイン的には、プジョー206はナナメ後ろからのラインが一際艶っぽかったが、BMWはフロントフェンダーからドアを経てリアフェンダーに至る曲面の妙がクーペスタイルになるとより際立つ。カミさんも120iの控えめなエアロパーツやフカヒレアンテナなんてのが付いていないシンプルな外観が気に入ったらしい。

総合的にこのサイズが一番楽しいだろうし、私のライフスタイルに最も適したサイズでもある。これ以上大きなBMWはもういらない。

全行程中、ハッチバックの1シリーズとは何度か遭遇したが、クーペは赤い135iクーペとすれ違っただけだった。不景気のせいであんまり売れてないのかもしれないが、少なくとも私にはベストバイだったと確信できた。






男だらけの秋キャンプ

部署恒例のキャンプが、春の「山中湖ヴィレッジ」に続いて秋の陣として「明野ふれあいの里」で開催された。もはや部署の恒例行事と言っていいほどの回数を実施しているが、今回はいつもと2つばかり違った状況となった。

1つは、今回参加した女性陣は岡崎市に転勤したN夫婦のカミさんだけ、後の5人はすべて男性だった。常連女性メンバーのスケジュールが彼女達の仕事と重なってしまったのが原因だが、それを感じさせないN夫婦のシェフぶりで、メンバー全員無事に美味しい料理にありつけた。

もう1つは、私は愛車プジョーのトラブルで車を買い替えたものの、納車予定日は今度の土曜日。さりとてトラブルを抱えた車で遠出をするわけにも行かないので、先日レガシーB4からレガシーワゴンに乗り換えた例のグータラK君に同乗しての参加となった。

いつもなら中央道の渋滞ゾーンである八王子料金所付近を早々とクリアするために7時には出発していたのだが、そこはグータラK君、食材の買い出しには参加せずキャンプ場直行をチョイス。何と10時過ぎに家へやって来た。その後、ウケを狙ったワケでもないだろうが新宿2丁目に単身赴任している同僚をピックアップしていよいよスタート。

先週の3連休の後だったせいか、八王子料金所もさほど混雑していなかった。新型レガシー最大のセールスポイントである「アイサイト」だが、CMでやってる障害物直前で止まるシステムよりも、前車との距離を一定に保ちつつ信号で止まると自動でブレーキもかかるシステムの方が遥かに使える。グータラK君はペダルを踏む事もなくアグラをかいて運転していた。これもジャパンテクノロジーの成果だろう。ここで持ってきたEG-AGをかき鳴らしてアリスのチャンピオンを3人でシャウト!

12時前に到着した談合坂SAで軽く昼食。「グランプリ受賞 牛タンラーメン」なるものを腹に入れた。ところがこれが単なる醤油ラーメンに薄い牛タンの燻製みたいなものが2枚乗っかっただけの代物だった。どこがグランプリ受賞だ! そもそも何のグランプリだ? B1グランプリのパクリじゃないの? これで700円はボッタクリだぞ!

気を取り直してソフト部の活動開始。ここで夕張メロンソフトとマスクメロンソフトのミックスである「メロンメロンソフト」をチョイス。オレンジ色と黄緑色の普通じゃありえないような取り合わせが何とも泣かせる。

・・・・・・・

キャンプ場は13時チェックインだったせいで、我々が到着した時には、バンガロー横にHさんお得意のフライシートがすでに張られ、Sによる火起こしやN夫婦による料理の仕込みが真っ最中だった。やがて炒め物が出来上がると早速ビール片手に晩餐がスタート。だがこの時まだ14時半! 全員が出来上がる頃になってようやく西日が傾いた。

結局、粘って飲んでいたメンバーも21時にはベッドイン。こんなに早い撤収はもちろん初めてである。おかげで午前4時に目が覚める始末。これじゃキャンプと言ったって、ただ飲んだくれて寝るだけだ。もっとも、時間の差こそあれ、いつもこんな調子なのだが。

翌日のチャックアウト後、とりあえずFBMで有名な車山高原へ向かった。途中でソフト部の聖地である清里清泉寮の日本一のソフトクリームをぜひとも食したいと言うメンバーのリクエストに応えて立ち寄る事にした。だが、これが結構な混雑。見ると、清泉寮の創設者で日本にアメフトを紹介したポール・ラッシュ博士を祝う祭りが開催されていた。会場はたくさんのフードブースが立ち並び、さながらB1グランプリのようだった。

ここで本物のB1グランプリ優勝の鳥モツ煮や吉田肉うどんなどの昼食を摂ったメンバーは身も心も満足、もはや車山高原まで足を延ばそうと言う者は誰もいなかった。なあに、目をつぶってしまえばここが車山高原だわ。…という事で、次回来年4月の再会を約してこれにて解散。ただいま13時。

帰宅後はただちに成田のホテルへ単身移動。明日の研修最終日に備えた。

・・・・・・・

ところで、このキャンプの行き帰り、高速でも駐車場でも見るのはBMWの3シリーズばかり。7月に発売になったはずの120iクーペや135iクーペなんて一台も見る事がなかった。そんなに売れてないのかな? だとしたら乗ってりゃ目立つ事請け合いじゃないの。ウン、実に喜ばしい限りである。






五十肩の憂うつ

6年前の夏に参加した富士山麓の英会話合宿のレクリエーションで、フリスビーやらアメフトボールやらを投げ過ぎて右肩を痛めた。回復まで1年以上かかったが、今度は腕枕をキッカケに左肩が痛くなった。その痛みはだんだん大きくなり、そのために寝ていても目が覚めてしまう位になった。肩を回すと関節が音を立て、最近では首の付け根の筋肉まで凝ってくるようになった。

完璧な「五十肩」である。

思えば、右肩の時も同じような症状だったから、たぶんあれも五十肩だったのかもしれない。気持ち的には四十肩だと言い張りたいところだが、残念ながらその呼称は1960年代までだったらしい。

昼間は消炎鎮痛剤のテープを貼って凌いでいるが、夜がツライ。横を向いて寝るスタイルの私は、左を向いた場合、どうしても左肩に体重が乗る。で、次に右に寝返りを打った時、左肩に痛みが走って目が覚めてしまうのだ。それでなくてもセットした目覚まし時計よりも早く目が覚めるこの頃なのに、真夜中にも目が覚めてはかなわんわ。

・・・・・・・

その治療にもなる事を期待して、土曜の夕方便で3日間の鹿児島温泉旅行に出かけた。今回はカミさんの他に私の両親を伴っての旅だったが、全員マイレージ特典チケット利用でロハ。ま、これでも親孝行みたいなモンだわな。

台風の影響で天気には恵まれなかったが、まずは第一の目的地だった、翌日でもお肌スベスベの「日当山温泉」へ。今でこそ市町村合併によって有名な霧島温泉郷のある霧島市に属してはいるが、硫黄泉の霧島温泉とは異なり、重曹(炭酸水素)泉のため白っぽい。今までに浸かった温泉の中で最も高いスベスベ度に加え、旅館も本家の霧島温泉よりもリーズナブルなので、私は断然こちらを好む。

さて、2日目は薩摩半島を横断し、第二の目的地である吹上浜方面へ。湯之浦という所で古くから温泉旅館を経営しているNさんに会うためだ。このNさんは、先月放映された「戦場のメロディ~108人の日本人兵士の命を救った奇跡の歌~」でドラマ化された日本人兵士の一人として、戦後、現地で言われ無き罪によって死刑宣告され、フィリピンのモンテンルパ刑務所で刑の執行を待つ身だった人なのである。

それを救おうと立ち上がった人達が復員局役人の植木信吉氏、教誨師の加賀尾秀忍氏、そして収監されていた兵士達が作った「ああモンテンルパの夜は更けて」を歌った渡辺はま子らだった。私の母も女学生の時からこの運動に参加し、その後結成された「門天会」に今でも出席している。

その縁でNさんも過去数回、両親の家を訪れ、その時に私も会っていた。それから実に数十年ぶりの再会だったが、米寿を迎えたNさんは、遠い記憶の面影と大きな変わりはなかった。通された部屋には教誨師・加賀尾秀忍氏直筆の「清輝」の書が掛けられていた。

Nさんから語られる当時の様子は、認知症気味とは思えぬほど力強く、特に最初に3名が処刑された日と14名も一気に処刑された一夜、そして釈放された日に目にしたと言う、処刑された人が埋められた脇に更に10に及ぶ穴が掘られていたというくだりは、事実だけが持つ重みに圧倒され、胸が締め付けられた。釈放がもう少し遅れていたら今度は間違いなく自分の番だったとも。

その後、霧島温泉の宿で義弟一家と合流して宴会、宿泊。6歳と5歳の2人のムスメ達もグッと子供らしくなっていた。日当山の重曹泉、霧島の硫黄泉とたっぷりハシゴしたおかげか、肩の痛みも少し和らいだ気がした。だが残念ながら、昨日からの専門営業部隊に行なったゴリゴリ研修でぶり返してしまった。やはり五十肩は時間が解決するのを待つしかなさそうである。




癒されて190里

夏休みも取らずに突っ走ってきた夏も終わり、自らの資格剥奪にもなりかねない数々の問題を抱えた職場を早々に退職したカミさん共々、昨日から温泉旅行に行った。場所は家からそう遠くないエリアで、スベスベ系の泉質の源泉掛け流しの温泉があり、さらにドライブに適した峠道があること。

いろいろ検討した結果、大学のクラブ旅行以来30年ぶりに訪れる五色沼のある裏磐梯・猪苗代エリアをターゲットにした。ここには大小さまざまなホテルや旅館がひしめいているが、いろいろ見ていくうちに「露天風呂付き客室」のあるペンションに行き着いた。その中のうち、スベスベ系源泉掛け流しがある猪苗代エリア「はやま温泉」の1軒のペンションに目が止まった。うん、宿泊客のクチコミ評判も悪くない。

さて、出発日の日曜朝。週間天気予報では曇りだの雨だのだったが、この日に限ってここ最近で稀に見る快晴となった。我ながら今回もヒキが強い。さらに7月のPOOB夏の総会in那須塩原の時に宇都宮まで4時間以上もかかった渋滞を警戒して8時に家を出たものの、久しぶりに晴れた休日なのに高速もガラガラで、家を出てわずか1時間半後に宇都宮を通過していた。こりゃ、殆どの家族がこの前のシルバーウイークで金もヒマも使い果たしたと見た。これまたヒキが強い。

福島西ICで降り、まずは浄土平を目指して磐梯吾妻スカイラインへ。1570円という信じられん通行料金を支払い、休日もあって落ち葉マークのペースカー数台に先を阻まれ、ほとんど教習所運転で到着。名物の紅葉は、麓ではちょっと色づいた木々があった程度だったが、上へ登るに従って3分、5分と紅葉は深まり、最後にはほぼ7分まで染まっていた。紅葉狩りラッシュ前のまだ空いているこの時季に、ここまで観られれば十分だろう。

410円払って浄土平駐車場に車を停め、気温の割りに結構冷たい風に吹かれながら吾妻小富士火口まで階段状の登山道をエッチラオッチラと登り、直径400mの火口を見渡す。登ってきた階段を降りてレストハウスにて昼食。だがここでもしっかり観光地物価。鴨肉そばとやらが何と840円! しかも鴨肉とは思えないスカスカ肉が3切れほど。これなら会社近くの立ち食いそばの方がよっぽどウマいわ!

スカイラインを終われば次は五色沼を目指して磐梯吾妻レークラインに突入。ここではペースカーも入らず、さあ、いよいよ存分にWRCだと思いきや、助手席から「ウ~、目が回る~、耳がツンツンする~」の声。結局、またも安全運転を強いられる。

ともあれ30年ぶりの五色沼到着。30年前の細かい記憶は殆ど残っていないが、最初の毘沙門沼は相変わらずキレイだった。時間の都合もあって、結局この沼の端っこまで行って戻ってきただけだったが、満足度は高い。さあ、いよいよ露天風呂のペンションだ!

その名は「コージーイン」。Websiteの紹介ページ通り、ヒノキ製の客室露天風呂はサッシが無いため開放感抜群! 松や杉の木立がバックを飾る、バラが植えられている庭に向かって大きく開け放たれていた。熱めの源泉で満たされた湯船に入れば、ザザーッと溢れたお湯が目の前に張り出した濡れ縁を一気に走ってバラの庭に注いで行くではないか! これぞまさに源泉掛け流しの爽快感そのものだ。最近痛くなり出した左肩(四十肩? 五十肩?)も、しばらく浸かっているだけで痛みが消えた。もちろんお肌もスベスベだわ。

どんなに良い温泉でも、部屋から出掛けなくてはならない場合は結構面倒くさいので、一度入ればいいやと思ってしまうのだが、部屋付きの露天風呂ならそれがない。温泉好きだが決して風呂好きとは言えない私でさえ、朝晩3回も入ってしまった。湯船に浸かりながら飲むために買っておいた菊水の冷酒もウマ~い! なんだかヤミツキになりそうな予感。

黒毛和牛のローストをメインに据えた全品手作りのフルコースもグー。セットのスパークリングワインに飽き足らず、ピノ・ノワールも追加したほど。そしてこれまた手作りの大型スピーカーから流れるジャズのBGMの何とも柔らかい音。日曜泊とあって客は我々のみ。オーナー夫妻も気を利かせて最低限の接客だったので、満月に照らされた夜空と共に静かな時間だけがゆっくり流れて行った。

翌日はオーナーから教えてもらった穴場スポットの中瀬沼~曽原湖へ。この日の予報は雨だったはずだが、時折日差しのある曇り。ますますヒキが強い。月曜日とあって探勝路に人影はほとんどない。ただ例外として、曜日に全く左右されないジジババ・ハイキングご一行様はこの日も元気な声を上げていたけど。それ以外はオーナーの言った通り、ちょっと日本とは思えない風景が静かに広がっていた。

最後は磐梯山ゴールドライン経由で会津若松へ。会津と言えば赤べこ、じゃなくて白虎隊だ。白虎隊は有名だが、実は詳しいところを私はあまり知らなかった。で、かの飯盛山にある「白虎隊記念館」(←ちょっとやかましいWebsiteだが、記述が詳しいのでリンクしてみた)へ。

玄武隊(50歳以上)、青龍隊(36~49歳)、朱雀隊(18~35歳)、白虎隊(16~17歳)と年齢層別に分けられていた会津藩の兵隊は、戊辰戦争で薩長の倒幕軍勢(西軍)と闘った。城の西エリアを守る白虎隊は総勢340名、その中で上級武士の子弟で構成されていた「士中二番隊」42名のうち約半数が飯盛山まで逃げ延び、城下で発生していた戦火に包まれた鶴ヶ城を見て、もはや落城したものと思い、君主に殉じて自刃したという。

年端も行かない少年達の勘違いによる集団自決と言ってしまえばそれまでかもしれないが、神風特攻隊といい、ひめゆり部隊といい、いつの世でも戦争は若い世代をも巻き込んで、容赦なく犠牲にする事に変わりはないんだと痛切に再確認させられる史実である。

帰りの東北道は東京に近づくほどに雨足が激しくなり、埼玉以南は完全な雨天となった。それでも18時には帰宅し、久しぶりの750km超(190里)ドライブは無事完了したのだった。「果たして癒されに行ったのか疲れに行ったのか、よくわからない」とはカミさんの弁。何にせよ、とりあえずお疲れ様という事で。




御宿の夜は短かかった

2週間前の「POOB総会in那須塩原」に続く「待ってました夏企画」第二弾は、会社の同僚達による恒例行事である。

いつもは年2回ほどキャンプという名の下に山梨県あたりのバンガローでアウトドアクッキング(と言っても私ゃ食べて飲む係だけど)を満喫しているのだが、たまに料理の美味い民宿に泊まってひたすら宴会というのもいいじゃないかという事で、去年の初島に続いて千葉県の魚どころ「御宿」を選んだ。去年定年退職したYさんや今年の新入社員T君、常連の独身貴族O君や家族丸ごと参加のS一家、T夫婦などもいて、老若男女総勢12名の参加予定。

面白いのは、買出しなどが必要なキャンプの時とは違って集団行動の決まりがない点だ。集合場所は現地の民宿、集合時間は舟盛り夕食の18時までにそれぞれ勝手に来れば良いのである。さっそくグータラK君は「暑いのにわざわざ海なんか入りたくないし、混んでる時間帯もバカらしいから、昼過ぎにゆっくり出て夕食直前にでも着ければいいですわ」と、早くもグータラマスターぶりを発揮していた。

かく言う私も、アクアライン経由房総半島山道ラリーコースで御宿入りの予定。それでも150km足らずの短距離走だ。心配なのは天気だけ。グータラK君は名うての雨男だ。キャンプに行けばザーザー降り、スキーに行けば猛吹雪と、仕事とは比べものにならない強烈なパワーを発揮する。だが、今回はもう一人、名うての晴れ男S君が参加する。雨男対晴れ男の対決やいかに。

この日から800円に値下げされたアクアライン、海ほたるPAの混雑は織り込み済みだったのでスルー。代わりに楽しみにしていた山道も、ルート選択を誤ったのかそれほどタイトではなく、気がつくと早くも一宮町に入っていた。この夜、この海岸で花火大会があるのでコンビニなどでは露店の準備に大わらわな様子だった。16時過ぎ、御宿の人気民宿「浜よし」到着。

・・・・・・・

メーンイベントの宴会は18時スタート。案の定、グータラK君はギリギリになって到着。なるほど、だから雨予報にもかかわらず曇り空止まりだったのか。雨男敗れたり! ともあれ、これでやっと20畳以上もある男用のザコ寝部屋に12名全員が打ち揃い、魚介料理の並んだテーブルを囲み、まずはビールでカンパイ! ああ、この瞬間のためだけにこんな所までわざわざ来たのだった。

しかし幹事Hが言ってた「舟盛り」はどこにも見当たらず、あるのは皿盛りだった。宿のオバチャンに訊いてみると「あら、予約の時に舟盛りって言われなかったわよ」 ・・・幹事のチョンボ発覚! 食後は持参した乾物をツマミにしながら焼酎やらワインやらを飲みながら、ここじゃ書けない話のオンパレードの二次会突入。これには希望を抱いて入社したらしい新人のT君も目を白黒させるばかりだった。T君、これが大人の世界の現実というモンだぜ。

春のキャンプの時に買っておいた花札やオヤジギャグかるたなどをやりながら夜は更けていくはずだったが、OYAJI年齢ばかりの集団のため、皆さんどうにも寝付きが早い。何と日付変更線を越えるか超えないかの時間帯にあらかたダウン。特に新人T君は布団を敷く前から隅っこで寝入っている始末。そのまま夜中まで放置プレイされていたのは笑えた。

・・・・・・・

一夜明け、寝付きが早かったのが功を奏したか、何と7時前に元気に起床! 朝飯前の海岸散歩にも行って来た。そこにはすでに早朝に到着した連中がサーフボードにまたがって波間に揺られていた。その数、軽く2、30人はいただろうか。だがここは外房と言っても湾状になっている浜で、サーフィン用の波などいくら待っても来やしないのだ。それを知ってか知らずか、所在無げにただ浮かんでるだけの間抜けな姿にも笑えた。

チェックアウト後は、泳ぎたい組と泳ぎたくない組に分かれ、泳ぎたくない我々はS一家の求めに応じて南房総の定番「鴨川シーワールド」にイルカやシャチのショーを観に行った。

芸と共に水しぶきがウリのシャチ・ショーだが、その真髄は別のところにあった。水しぶきと言ったって、どうせたいした事はないだろうとタカをくくっていた前方の連中が、ハンパじゃない量の海水をシャチに掛けられ慌てふためく姿を、絶対に掛からない位置から見下して笑ってやる快感こそがこのショーの真骨頂なのである! ああ、他人の不幸は蜜の味。

泳ぎたい組と15時に道の駅「ふれあいパーク・きみつ」で落ち合い、次回のキャンプでの再会を約して解散となった。

帰路はペースカーに悩まされはしたものの、思ったよりも順調だった。都内に入り、首都高随一の設計ミスとの呼び声も高い「浜崎橋JCT」の渋滞で手間取ったものの、17時過ぎに無事帰宅。さて、明日はとりあえず朝の体調を確認して会社に行こう。当然それが午前からか、はたまた午後になるかは定かでじゃございませんが・・・。





ここからプライベートモード全開!

怒涛の7日間の中日に当たる昨日、連日脳ミソヘロヘロの学会聴講も無事終了し、その足で予定通り通天閣へ向かった。同僚からのススメもあって、ここはひとつ「オノボリさん」ならぬ「オクダリさん」に徹してビリケンを撫でに登ってみようと思っていた。ところが入口付近ですでに50mもの行列! オクダリさんは私だけではなかったのである。

仕方がないので周りを見廻してみると、二度付け禁止の串かつ有名店にも長蛇の列。幸い、まだランチョンセミナーの弁当で腹が膨れていたので、時間潰しに天王寺動物園へ行く。久しぶりに陽に当たりながらゆっくり散策。これはこれで気持ち良かったのだが、さすがに休日とあって、どこもかしこも親子連れやカップルばかり。おまけに揃いも揃って関西弁だらけ(当たり前か)。

やっと陽も傾きかけたので再び新世界へ。だが歩くほどに何とも言えない違和感がつきまとう。何だと思ったら、それは私の服装だった。ネクタイこそ締めてはいなかったものの、ジャケットに革靴姿の人間はここにはまずいない。完全に浮いているではないか! 確かに動物園も含め、ここまで目にした人達にスーツ姿どころかジャケット姿さえ皆無だった。そう、この街ではジャージ姿の方がよっぽど自然なのだ。

これまた逃げるようにジャンジャン横丁へ。居並ぶ串揚げ屋か居酒屋のどこかに入ろうと思ったが、やはりこの格好がネックになり、ついぞフン切りがつかなかった。「何をスカしてんねん!」という声が聞こえてきそうだった。ヘイヘイ、また出直して来るわな。

・・・・・・・

さて、本日は朝イチでPOOBメンバーのおふらんぷ氏のプジョー206に乗せてもらい、一路フランス車乗りのオフ会「第17回フレンチ‐フレンチ」の会場であるカルフール尼崎へ。

その後、明石からその名も「たこフェリー」に乗って淡路島へ渡る。何と同乗者の運賃は100円ポッキリ! 今年の「POOB秋の総会」の会場は「淡路島国際ホテル アレックス」だ。今回はOBANメンバーからは参加が無く、いささか寂しいものの、それでも関西メンバーを中心にOYAJI7名+Jr1名の計8名が集合した。もっとも私自身も学会会場がたまたま大阪だったおかげで参加できたのである。まあ、これもヒキの強さかも。

ホテルに行く前、阪神淡路大震災の野島断層が保存展示されている「野島断層保存館」へ向かった。それがある北淡町に近づくほどに、まるで新興住宅地かのような新しい家々が目立ってくる。それ以外の古い家でも屋根瓦が軒並み真新しく葺き替えられているのを目の当たりにした。その意味を考えるほどに切なく哀しい思いにとらわれた。

ホテル到着後、いつものように宴会前にひとっ風呂浴びてスタンバイ。40℃程度の湯だったが、結構暖まった。今回は3連休のうちの2日と淡路島という事も相俟って宿代も高めだが、何せここは瀬戸内海のド真ん中、おのずと料理に期待が掛かる。晩メシまであと10分だ。

・・・・・・・

とまあ、今日のエントリとして書けるのは多分ここまでだろう。宴会が始まってしまえば、その後のカラオケ二次会を経て、部屋での飲み直し三次会が終了するまで、もうどうにも止まらないからである。どうせ日付変更線も軽く越えるだろうから、これ以降続くとしておく。






宴と紅葉

8月の初島に引き続き、いや、正確には民宿に泊まらざるを得なかった初島キャンプのリベンジというワケで、キャンプには季節はずれの紅葉シーズンに昨年と同じ山梨の「明野ふれあいの里」に乗り込んだ。

レギュラーメンバーの同僚O君とグータラK君は知り合いのゴルフコンペの幹事という事で欠席。その代わり新婚のN君夫妻、N君の部下4名が浜松から参戦、こちらからは開発関係部署のおネエさま方(三十路過ぎの「いいをんな」と言っておこう)が4名、同僚S君親子、幹事のHさん、そして今回の送別ゲストのYさんの計15名と過去最多の参加者を数え、キャビン3棟で盛大に開催された。

皆の期待No1はアウトドアクッキングのシェフ、N君の料理とK子夫人とのご対面だった。前回の初島で彼女の写真は見たが、実物はそれ以上にキュートで可愛らしい女性という印象を受けた。N君、今度は離すなよ! そんな夫婦協働調理による数々の料理に全員が驚き、同時に舌鼓を打ったのは言うまでも無い。

やがて夜も更け、メイン宴会場の10人用キャビンに全員が車座になっての二次会に突入。ここで私が持参した「天使の誘惑」と「醸し人九平次 雄町」の四号瓶も含め、ビールはもちろん、焼酎の一升瓶やらワインやらカクテルやらの買ってきた酒全てがきれいに片付いてしまったのである。酒の余りナシというのは初めての事だったが、それほど皆さん気持ちのいい飲みっぷりだった。

さて、続いて私の企画、送別会で披露できなかったYさんのための替え歌ライブである。この日のためにハードケースや譜面台まで購入し、弦を静か目のコンパウンドに張り替えて準備は万端だった。でも実はこれが大失敗! すでに本人の自覚以上に大幅に酔っ払ってしまっていたようで、音程も合わなきゃ指もマトモに動かない。結局、替え歌もN君夫妻へのお祝いの歌も単なるド下手な出し物に終わってしまった。もっと早い時間帯にやるべきだった。大いに自己嫌悪。

それでも気持ちを持ち直し、あれやこれやの宴会が日付変更線を過ぎるまで続いた。あれほどたくさん買い込んだ乾物・菓子類も見事に姿を消し、ついにシェフの土鍋の炊き込みご飯まで登場。いつもより平均年齢の若かった分、その食欲たるや恐るべしだった。

翌日の撤収後は、N君たち西組と別れ、みずがき湖を基点とする紅葉周遊ドライブに出かけた。塩川ダムによって堰き止められて出来た湖を望むビジターセンターでは、植えられた木々の色とりどりの紅葉と遠くの山を染めた紅葉とが入り混じり、早くも期待通りの景色が展開されていた。

その近くの増富ラジウム温泉郷の立ち寄り湯にてひとっ風呂浴び、さらにみずがき山へと上って行く。そこには紅葉のトンネルなど、紅葉街道と呼ぶにふさわしい錦秋の絶景が待っていた。やがてそれはみずがき山自然公園で集大成に至ったのである。

さすがは甲斐の山々を抱く山梨。先日の秩父よりも数段進んだ紅葉をこれでもかと味わわせてくれた。ぐるっと回って再びみずがき湖へと戻るこの周回ルートは、この時期の休日にも関わらず車の量も少なく、まさに穴場と言っていいオススメルートだ。今度またぜひ走ってみたい。

それにしても助手席のY子。三半規管が異常に弱いと自分でも言っていたが、乗り物にはてんで弱く、うっかりするとすぐに酔ってしまうので、スキあらば眠ってしまいたいらしい。女性とは思えぬその寝姿、大口を開けて寝ては起き、起きてはグミ菓子をつまみ食いの繰り返し、だからナビを頼んでもほとんど役立たず。それはそれは大変だった。

極め付けは帰りの中央道。途中から先行した我々の後方でキャンプ用具をどっさり積んだHさんの四駆。併走していたキャンピングカーがいきなり左の路肩へ寄って行き、2回接触しパンクしたとか。バランスを崩した車は、今度はセンターの植え込みに激突し、そのまま横転ではなく前転するという事故を目の前で見たらしい。居眠り運転が原因だろうが、まるでアクション映画である。当然そこから10km以上の事故渋滞が生じたのだが、もしも我々があと5分高速に乗るのが遅れていたらこの事故渋滞にハマッていた。くわばらくわばら。

女性陣との昨日の集合場所だった調布駅南口に再び帰り着き、来年夏の再会を約し解散。私は下道の甲州街道をそのまま走り続けて19時前に帰宅。例によって祭りの後の寂しさを噛み締めつつこれを書いている。参加した皆さん、お疲れさま!





これぞ日本人の主食じゃ!

380km彼方の新潟・瀬波温泉を目指し、昨日の朝10時に出発。考えたら距離的には名古屋へ行くよりも遠い場所だった。台風13号はやり過ごしたものの、前線の影響か、重く垂れ込めた雲と山間部の雨に降られながら巡航速度ぬあわkmとやや控えめに目的地を目指す。

本日初の食事は新潟県に入ってから、それもコシヒカリの産地のサービスエリアのレストランと決めていた。で、入ったのが越後川口SAのレストラン。折りしも川口産の収穫したて厳選コシヒカリのわっぱ飯に焼鮭や刺身の付いた山本益博氏共同開発の定食(¥900)があり、さっそく注文。こうしてこの旅行のもう一つの目的であるコシヒカリ巡りが始まった。

コシヒカリの銀シャリは、それだけでもちろん美味なのだが、傍らに添えてあった山北町の「藻塩(もしお)」も秀逸だった。海水と玉藻を煮込んで作った茶色の塩で、ヨウ素を始めとした多種のミネラルが豊富に含まれている古式製法塩だそうだ。これをご飯にパラパラとと掛けて食べるとまさに絶品! 米の美味さがさらに引き立ち、もうそれだけで何も要らないほどのリッパな主食へと変化した。

食後に売店に寄って、農薬や化学肥料を半分以下にした特別栽培の魚沼コシヒカリ2kg(¥1700)とも藻塩400g(¥1400)を速攻で購入。これで帰宅後の夕食の主食が決まった。

宿は日本海の海岸の前にあり、最上階10階にある眺望抜群の部屋だったのだが、結局最後まで雲が晴れず、夕日どころか夕焼けすら拝めずに夜の帳が下りてしまった。真下に広がる真っ暗な海岸線を見て、ここなら拉致られても誰も分からないだろうなと、ただただ思うばかりだった。

源泉掛け流しを中心とした数種類の風呂のうち、気に入ったのはやはり露天風呂だった。私好みの熱くないお湯にノンビリ浸かっていると、立ち上ってくる磯の香りがいかにも海辺の温泉らしい。このお湯にスベスベになる肌と共に心身が癒されていくのを:感じる。さっきまで脱衣場でごった返していた団体客が夕食のために一斉にいなくなったのもひなびたムードを盛り上げる。

その時、カミさんは高級エステの真っ最中だったが、今頃そっちも癒されている事だろう。いや、高いエステ代払ってんだから癒されてもらわなければたまったモンじゃないわ。どうも女族という生き物は、石と美容がいつでもどこでも気になるらしい。

食事は先付、舟盛り、ズワイガニ、煮魚、焼き魚、茶碗蒸し、それに牛シャブに釜飯と、決して高級食材ばかりというわけではないが、ご当地の銘酒「〆張鶴 純」の四号瓶を進ませるには申し分のないものだった。訊けば、釜飯と翌朝の朝食に使用している米は岩船産コシヒカリだという。コシヒカリ巡りも順調、ボリュームもこの私が食い切れないほどだった。最後のフルーツ盛り合わせにしても、どこぞのクラブみたいな盛りだった。完全にギブ。

・・・・・・・

予定していた磐越道経由の裏磐梯・五色沼行きは、福島県の天候不順との予報により急遽変更。天気が回復した新潟県を寺泊に向かって南下する事にした。

着いた寺泊市場通り。世間では平日の月曜なのに、広い駐車場に観光バスも乗用車もたくさん詰めかけていた。ほぼ、どの店も魚介類の販売と魚料理の店をやっていて、お昼時だったため、我々もそのうちの一軒に入った。魚料理の店なのに、不思議と半数ぐらいの客はラーメンにズワイガニの姿茹でが乗った「元祖カニラーメン」なるものを食べていた。それって、別にカニのスープのラーメンというわけじゃなく、乗ってるカニをどけてしまえばただの「素ラーメン」なのに・・・。

まあ、ここは地元民のための市場ではなく、完全に観光市場だ。刺身と煮魚などの定食や海鮮丼モノは概ね¥2000前後はする。これ位なら東京でも同じようなレベルのものが同じような値段で食べられる。少なくとも美味くて安いワケではない。晩飯のおかず用に25cm位のノドグロ一夜干し(¥2200)を購入。

・・・・・・・

帰宅後、さっそく魚沼コシヒカリを慎重に研ぎ、少な目の水で炊く。藻塩を小皿に少々盛って準備完了、後はノドグロが焼き上がるのを待つのみ。・・・だったけど、どうにもガマンできずにご飯に藻塩を振って一口頬張ってしまった。その瞬間、見事にあのわっぱ飯の味が蘇った! もう止まらない、たちまち一膳完食。今朝の朝食といい、ご飯を二膳以上食べたのは近年覚えが無いほど珍しい事だ。いつもは家では夕食にご飯すら食べないのだ。

そこでふと気が付いた。

昔の人はブランド米とまではいかなくても、きちんと作られたお米を釜で炊いて食べていた。その頃のご飯は、香りも味もまさに「主食」にふさわしいものだったろう。だからおかずは質素なもので十分、せいぜい焼き魚か佃煮の一つもあれば良かったのだ。だって「主食」が十分美味いんだから。日本は世界一美味い主食の国だったに違いない。それに比べて今はどうだ? 世界広しと言えど、主食が退化しているのはこの国だけじゃないだろうか。

こうなったら米にこだわり、10年使った炊飯器を新調してみるか。それでこの感動が深まるなら安いモンだ。

そういえば私が小学生の頃、親父の疎開先だった六日町に連れて行かれた時、途中で泊まった旅館のご飯がえらく美味かったらしく、あっという間に3杯平らげたらしい。その頃の食事では1杯がせいぜいだったのに。やはり美味い米はそれだけでご馳走だったのだ。

それをこの歳になって改めて認識できただけでも、走行距離800kmに及んだこの旅は正解だった。日本海に沈む夕日はまたの機会に楽しみに取っておく事にしよう。

・・・・・・・

国民不在の自民党総裁はシナリオ通り麻生太郎氏に決まった。中国で死亡者まで出したメラミン入り粉ミルク。その乳原料を使った国内食品会社が自社品の回収に踏み切った。福岡の公園で起きた男児殺害事件の犯人は、遊びに連れて来た実の母親だった。東金の女児殺害事件が続いて起きたが、今のところ犯人は不明。朝青龍が連敗、今場所4敗目を喫し引退の危機。露鵬・白露山は弁護士共々悪あがき続行中。

世の中、主食だけに留まらずおかしな事になって来ている。



暑い初島の熱い宴

暑い季節には暑い島に行くのが良いとばかりに、今年の部内キャンプは土日の1泊2日で初島へ。ただ、予約係のHさんの手違いで初島キャンプ場のバンガローが取れず、ただの民宿泊になってしまった。それでも行き先が島という事で、ダイビング目当ての女性陣3名(Y子1号、Y子3号、M子)も参加し、参加者は総勢13名を数えた。これはこれで嬉しい事だと思った。

熱い海と書いて「熱海」まで、JR踊り子号で同僚2名と息子の計4名で移動。レギュラーメンバーのS一家と女性のY子2号、それに浜松から来た同僚N君と熱海港で合流、島までのおよそ30分、呉越同舟となる。船上でそのN君から思わぬ爆弾宣言が飛び出した。バツ2のN君、何と3度目の入籍を今朝済ませて来たと言う! 今度の相手は北海道出身の女性で、写真では菊池桃子似だった。これはこれで羨ましい犯罪だと思った。

30分弱で到着した初島、実は私には初めての地なのだが、何しろ暑いと言うより熱い! せっかくだから少しは海にでも浸かろうかと思っていたが、この暑さで気力が完全に萎えた。グータラが生きがいのK君曰く、「こんな所で外に出てたら死にますよ。こういう時はエアコンの効いた部屋で高校野球でも観ながらゴロゴロしてるに限ります!」。これはこれで珍しく説得力があると思った。

ダイビングに海水浴、鉱泉風呂やTV観戦など、思い思いのアクティビティの後に、いよいよメインイベントの夕食宴会が始まった。島のスーパーに二度通って買い揃えた酒は、日本酒「初島」、泡盛梅酒、芋焼酎、麦焼酎、米焼酎の四合瓶、赤ワイン、ウーロン茶割用の甲類焼酎の四合瓶と1升パックを用意したので準備に抜かりはない。

料理も民宿とは言え、脂の乗った鯵のタタキ、金目鯛の煮付、車海老の塩焼き2匹、イカのリング揚げと、ご主人が舟盛りの必要はないと豪語した通りの内容とボリュームだった。S一家の持って来た花火を港でやった後は、男性部屋に場所を移して二次会突入。宿の消灯時間の23時を軽く越えるほど話に花が咲いた。さすがにカラオケはない。

先に寝付いた同僚O君の恐怖のイビキが始まったので、あわてて撤収。日付変更線を越えたところで消灯と相成った。翌朝は朝食時間の7時半にたたき起こされ、布団もさっさと片付けられて朝食後の二度寝すら許されず、チェックアウトまで枕だけを抱いてゴロゴロするばかり。熱海に戻って最後の昼食。次回は涼しい山の方に行こうという事で解散した。車で来ていたM子に4人が同乗し、なんとノー渋滞で15時には帰宅していた。

私はその足で、明日から始まる研修ツアーのために19:00のANA便で福岡へ飛んだ。福岡で2日間、その後岡山、高松へ移動する「九州・瀬戸内ツアー」の始まりである。さすがにしんどいわ。

・・・・・・・

そんな中、天才漫画家赤塚不二夫氏が72年の生涯を閉じた。

我々は、まさに彼の作品と共に育った世代だと言って良い。「おそ松くん」の六つ子、イヤミ、チビ太、ハタ坊、デカパン、ダヨーンのおじさんなどのキャラはギャグマンガとは思えないほど立っていた。「天才バカボン」のパパやレレレのおじさん、「モーレツ!ア太郎」のニャロメやウナギ犬、ケムンパスなども忘れられない。そう言えば、大学時代に着ていた白衣の袖に自作のニャロメを描いたっけ。

いい意味でこれほどのアブノーマル・エネルギーを持った作家によるドハズレ路線のギャグマンガはもう出て来ないだろう。心からご冥福をお祈りしたい。



つわものどもが夢のあと

予想した通り中央道は順調そのもの。やはりガソリン大幅値上げが響いているに違いない。1時間半ほどで初狩PA到着。間近に見る富士山を期待したが、あいにくガスッてて見えず。その後は相当トロトロ運転したにもかかわらず、チェックインタイムの30分前に旅館に到着してしまった。

幹事一行が到着するのを待ってチェックイン。やがて8名のメンバー全員が合流し、山梨と言えばワイン。まずは一杯という事で旅館近くのワイナリーへ試飲に行った。ところがここは観光バスも来るような観光ワイナリーで、大きな器に入った数種類のワインやリキュールのどれもが甘く不味い。これが天下の山梨ワインだとしたら救いようがない。それでもせっせとお土産にワインを買ってる観光客が哀れだった。

いやいや、今回の目的はワインじゃないと一同気を取り直し、温泉と言えば露天風呂とばかりに、4人位入れる丸い桶状の湯船に浸かる。ところが本来湯が注がれるはずのところからはなぜか水が出ているのに湯温は暖かい。不思議に思って横を見ると、なんとそこにはリンナイの湯沸かし器が! どうやら湯船下部に直結されたパイプから熱い湯が出ているようだ。せめて湯沸かし器は隠しておけよ! ついでに外からドバトも飛んで来て、目の前を平気で横切って行く。天下の石和温泉ともあろうものが、さすがにこれはヤバいだろ。

いやいや、今回の目的は温泉じゃないと一同気を取り直し、メインイベントの宴会場へそそくさと移動した。すでにそこには頼んでもいないカラオケマシンと共に人数分のお膳が設えてあった。さらに隣の宴会場からは黄色い声が聞こえてくるではないか! 訊けばエステサロンご一行様だとか。まさかこの後、2次会のカラオケクラブで彼女達と鉢合わせする事になるとは思わなかったけど。

やがてコンパニオン2名が万雷の拍手に迎えられて登場! 主賓のYさんへは膝を突き合わせてのお酌はもちろん、鯛しゃぶをア~ン、記念品贈呈のプレゼンターの時はお祝いのキスと、まさに至れり尽くせりの大サービスが展開された。トドメは両手に2人を抱いての記念撮影。これはぜひカラープリントして額に入れ、部の送別会の時にでも進呈しなくちゃ。Yさん、すべてに大満足! その証拠に、あれほど油断するなと言っておいた2次会への延長も早々と了解してしまったのだった。

2次会場のカラオケクラブのドアを開けた途端、我々はつんざくようなボーカルの洗礼を受けた。見るとそこには隣の宴会場にいた女性達がド~ンと占領しているではないか! しかも黄色い声とは裏腹に、エステサロンのメンバーとは思えぬ老いも若きも&太目も細目もの混成部隊だったのである。その中のタンクトップにホットパンツという出で立ちの太目の女性が、和田アキ子バリの野太い声で次から次へと歌いまくり、その度にフロアに出た女性達が合いの手や手拍子を交えて踊りまくっている。阿鼻叫喚の図とは、まさにこれを言うのだろう。せめてモー娘並みなら良かったのに。

今まで幾多の先客を帰らせたウチの部署が誇るカラオケ精鋭部隊を持ってしても、情けない事にただただ圧倒されるのみ。これには延長までしたコンパニオン達も所在無げだった。しょうがないので、こちらもバカ殿ズラを被ってタンバリンを打ち鳴らしながら一緒になって弾けて対抗したのは言うまでもない。

こうして1次会の2時間と2次会の2時間があっという間に過ぎて行ったのだった。いつもながら時間の経つのは早く、それと引き換えに祭りの後の一抹の空しさ・寂しさが訪れるのも早い。

夏草や つわものどもが 夢のあと



<追記>山梨ワインは、昇仙峡ロープウェイ駅の隣にある「山梨ワイン王国」がオススメ。ここのオリジナルワインはとても2000円台とは思えないほどレベルが高く、お土産にも自家用にも満足できること請け合いである。



石和へGO!

土日で一息つくヒマもなく、今日は8月末に定年退職を迎えるYさんの送別温泉宴会の日。男性限定の有志を募って、近場の温泉地で温泉三昧+コンパニオン「艶」会の企画である。実はYさん、この企画が事のほか大好きで、2005年暮れにも伊東温泉で実施した。で、今年は石和温泉。

ハナから観光などという気はないので、三々五々現地集合。それもチェックインタイムの午後3時に旅館へ到着すればよいので、私も1時頃に出ようかなと思っている。夏休み前なので、中央道もそれほど混雑していないだろう。7年目の車検を通したばかりの206XSを駆って、先月のPOOB総会以来、1ヶ月ぶりの単独ドライブである。とは言ってもせいぜい片道100km前後だが。

旅館の近くにはワイナリーがあるそうで、到着後はまずそこで一杯やり、旅館に戻って温泉に漬かり、午後7時の「艶」会に突入する段取りだ。今回は2次会の飲み放題カラオケまで込みなので、余計な料金は掛からない。但し、コンパニオンを延長しなければ、の話。言うまでもなくこれが一番カネがかさむのである。

そうは言っても飲んだくれの男連中、どこぞのお調子者が「一緒にカラオケ行こう!」と誘えば、たちどころに交渉成立、延長開始と相成るのである。どこまで歯止めが利くかが勝負の分かれ道なのだから油断はできない。前回はドサクサ紛れにコンパニオンと布団に包まったバカもいたくらいなのだ。

何にせよ、今夜はYさんにとって最後の社内温泉旅行となる。退職記念品は美濃焼の焼酎サーバーセットに「生涯現役」と書かれた芋・麦・米の焼酎ボトルセットだ。ボトルセットはもう1セット買ってるそうなので、それを3次会で飲み回そうという事になっている。

定年退職する人を見送る時にいつも思うのだが、今の時期に退職するのは、もしかしたらとてもラッキーなのかもしれないな、という事だ。

ウチの会社の環境はこのところますます悪くなって来ていると言わざるを得ない。ほうぼうの責任者が次々と辞めていき、組織もコロコロ変わり、よそからの退職者が上位ポストを占めていく。挙句に、非営業部門を含む全部門からも実績向上・利益向上に寄与する提案を要求する始末だ。要するに「自主的節減策大募集」である。

社員の帰属意識はもちろんの事、仕事に対するモチベーションも低下の一途を辿っている。少なくとも今のウチの会社にヒトやモノを「育てる」意識はない。あるのは目先の「利益」をどう取るかである。退職する人は、これからますますエスカレートして行くであろうこれらを味わわずに済むだけラッキーだと思うのである。

「艶」会の醜態などについては、明日帰宅後にここで報告する。では!




ふたたびの薩摩路 その2

さて、指宿と言えば世界に名高い「砂むし風呂」である。白水館では何と屋根付きの屋内砂むし温泉場が完備されている。専用の浴衣に着替えて順番を待つのだが、当然の事ながら男女の別がない混浴(?)の上に、浴衣の下には何も着けていないというシチュエーションに妙な感覚を覚えたのは私だけだろうか?

通常の砂むし風呂は海岸べりの砂浜にあり、地熱で温まっているのだが、ここは地下に温泉を引き入れて砂を暖めるという床暖房方式をとっているため、地熱ほど熱くない。それでも、横たわった瞬間から背中や腰にじんわりと熱が広がる。やがて係のオジサンがシャベルで砂を盛ってくれる。5分も過ぎる頃には背中を中心に汗が染み出てくるのを実感し、10分も経った頃には頭皮からしっかり汗が噴き出てきた。

今日は外国人観光客、とりわけ中国人女性客のグループが多かったが、順番を待っている時からチュンチュンチャンチャンとやかましく、有料の記念撮影まで撮ったと思ったら10分足らずであっさりギブ。中国人、案外根性ないわ。

一緒に入った義弟が10分、遅れて入ったカミさんら女性陣もほぼ同時に上がったので、私も15分ほどで切り上げた。砂を落とした後、隣接する巨大浴場で露天風呂、打たせ湯、ジャグジー風呂などをとことん堪能した。直後の夕食まで一滴の水も飲まずにガマンしたおかげで、晩飯ビールのウマい事! ゴルフ場の昼飯ビールに匹敵する快感だった。

・・・・・・・

久々に「森伊蔵」も飲んだし、足裏マッサージで身体の悪い場所も判ったしで、高級旅館ならではの満足感を得て、最終日の今日は知覧へと向かった。目的は一つ「特攻平和会館」への訪問である。

ここへは2年前に続いて2度目の訪問だが、靖国神社と共に自身を反省するために来ていると言っていい。前回は桜の季節、今回は新緑の季節だ。

展示されている1000名を越す若き特攻隊員の遺影に見つめられると、彼らが私に語りかけてくる気がするのだ。

「私たちが守りたかった日本は平和ですか」
「あなたがたは幸せに生きていますか」

その度に自分の生き様がとてもとても彼らに胸を張って報告できるものではないことを痛感し、恥ずかしさと申し訳なさとで思わず涙が出てくるのである。そして反省するのである。

そんな時、団体客のグループが大勢入って来て、静かだった展示室はやおら賑やかになった。その中の70代と思われる男性が「戦争に対する憎しみをもっと展示すべきだ。戦争を始めた連中の展示はやめろ。俺も兄を亡くしてるんだ」と叫んでいた。

気持ちはわかるが、少なくともこの場所ではイデオロギー的批判をするのではなく、戦争始めた、始めざるを得なかった当時の情勢を踏まえた上で、平和というものに改めて思いを馳せるべきではないかと思った。彼らだって憎しみだけで己の命を投げ出したわけではない。命に代えても守りたかったものがあったからこそ飛び立って行けたのだと信じている。

今度は60代以上と思われる関西弁のオバさんグループ。「なんやこれ、最後の出撃は昭和20年5月だって。あと3ヶ月で終戦だったんやないの。これってムダ死にだわ」

あの当時、誰が3ヶ月後の終戦が予見できたというのか。言うに事欠いて「ムダ死に」とは何事か! 平気でそんな暴言を吐けるお前らこそ「ムダ生き」なんじゃないのか?

戦争を知らない世代ならいざ知らず、戦争を経験している世代からこういう言葉が出る事に、私はいつも憤りを通り越して震撼するのである。傍らで、彼らの遺書を静かに黙って見つめている若者の姿が実に対照的だった。

何やらいたたまれない思いに駆られて館外に出ると、そこにはむせかえるような新緑が広がっていた。



  千の眼に 我が生き様を見透かされ 恥じて飛び入る新緑の中   Chaie




ふたたびの薩摩路 その1

いきなり15℃と、3月の気温に逆戻りさせた雨もほぼ上がった昨日の10時過ぎ、2年ぶりのプライベート鹿児島行きの旅に出た。研修ツアーでは鹿児島市内のみだが、今回は宮之城と指宿の2ケ所の温泉を義弟一家と共に巡る予定でいる。

まずはレンタカーを手配して迎えに来た義弟たちとご対面。2年前とはまるで別人のように成長していた5歳と4歳の姉妹に驚く。さっそく手を繋ぎたいとなついてくるのが嬉しい。途中でその名も「クイーンアリス」というイタリアンの店でパスタランチを食べ、県北西部に位置する宮之城温泉へ向かった。

宿は、宮之城温泉ならココでしょと言われる老舗旅館である「手塚旅館」。建築デザイナーの手によって古い建物を和風モダンテイストにリフォームしたのだと言う。フロントロビーの雰囲気もチェックイン時に供されたウエルカムシャンパンも気持ちいい。

泉質は程よい濃度と香りの単純硫黄泉で、前回入って気に入った日当山温泉に負けず劣らずのツルツルスベスベ効果だ。

食事は、旬の食材の懐石風に加え、鹿児島牛のしゃぶしゃぶだ。刺身もあったので、メニューの日本酒を見てすぐに反省した。そこには八海山と剣菱の2銘柄のみ。そう、薩摩の地で日本酒に食指を伸ばそうとした私が間違っていた。焼酎なら優に10種類以上がグラスと5合瓶で列記されているではないか。その中から地元さつま町の「園乃露」を選んだ。もちろんロックで。

・・・とまあ、昨夜暗い部屋でここまで書いて何かのキーを押した途端に全てがリセットされてしまったので、今朝再度書いている次第。

・・・・・・・

で、今日は一路指宿へ。さつま町からゆっくりドライブで2時間ちょっと。まず着いた先は鰹節で有名な山川町。全国の鰹節の7割のシェアを誇る漁港の町である。実は今まで鰹節の本場は枕崎と思い込んでいた。ところが、今回の鹿児島行きが決まった後、偶然見たTV番組と偶然買ったコミックの両方で扱われていたのが山川の本枯節だった。

短期間で作る「荒節」などの鰹節モドキは、あくまでパックメーカーの下請け原料であって、それは鰹節ではない。本物の鰹節とは、荒節にカビを5回も付けては天日乾燥させ、実に半年以上の手間隙を掛けて作られる「本枯節」を指す。そしてこの本枯節を削ったものに麦味噌を少々、そこに熱々の知覧茶を注いだものが「茶ぶし」で、それはそれは絶品のお椀だという。

今回の指宿行きでぜひともそれを味わいたく、たとえそれが叶わなくても本枯節の削り節と知覧茶を必ず買って帰ろうと心に決めていた。さっそく山川港の近くの伝統ある小さな鰹節工場に行ったら、噂通り中国人の女性が数人働いていた。訊けば、間が悪く日本人のオーナー達は食事中との事。しょうがないので、港近くの鰹節販売店に行って、本枯削り節と茶ぶしの作り方のしおりをもらった。これで目的の半分を達成できた。残るは知覧茶を明日ゲットするのみである。

その後、チェックインしたホテルこそ「指宿と言えば白水館」と言われる歴史ある大型旅館だった。この旅館では今年の2月、あろう事か、歴代社長の陶芸コレクションの展示専用美術館を広大な敷地内に建てた。それが「薩摩伝承館」というトンでもない建物である。

他にもこの旅館は「プライベート砂むし温泉」や「岩盤浴」、100種類以上の焼酎が揃う「焼酎道場」や「森伊蔵が飲める宿」とさすがと思わせるものがあるので楽しみだ。

それらについてはまた明日。





35年後の修学旅行 2

待ち合わせたタクシーに乗り込み、先ず向かったのは「法隆寺」。ここから35年後の修学旅行パート2&自分探しの旅が始まるのである。

運転手兼ガイドとして、旅行代理店勤務後に観光タクシーとして独立した吉田さんがパートナーだ。還暦は越しているだろうベテランである。ガイド一発目は車中で始まった。太古の昔、何と奈良盆地は巨大な海だったそうだ。それが堰き止められて海水が薄まり、巨大な湖へ。やがて一部が決壊し、水が引いた後が奈良盆地になったという。

40分ほどで法隆寺正面に到着。今は門前が再開発され、最後までゴネていた茶店も立ち退き、きれいなタイル張りの広場になっていた。だが、世界文化遺産である最古の木造建築物の入口にはそぐわない違和感があるのは否めない。これも時代の流れか。

最初の門をくぐり、80mほど進むと二つ目の門。その四角い空間が、まるで額縁のようにその先にある本堂と五重塔の絶妙なバランスを映し出している。なんという見事な配置だろうか。法隆寺は一見地味に見えるが、見るもの触れるものが国宝と重要文化財のオンパレードである。そこに吉田さんの名ガイド。そのプレゼンは自然に耳に入り、しかも聞く者を飽きさせない。仕事柄、ついそのワザを盗もうと傾聴する。

やがてその片鱗が少し見えてきた。彼は「実は、・・・」で聞き手の興味を引き、「ご存知と思いますが、・・・」で安心させ、「間違いなく、・・・」で言葉の信頼度を増す。この3つの言い回しが目立っていた。しかも説明には、年号だの数字だのという無機質な言葉はほとんど出てこない。近くで小学生に説明しているバスガイドの教科書調のしゃべりとは対照的に、ジョークや雑学的要素も多々加えているのでさらに親しみが増す。かなりの勉強とトレーニングを積んだ賜物とお見受けした。まさにプロフェッショナルである。

そんな説明を、ほとんど途切れる間もなく聞きながら、あっという間に2時間が過ぎた。法隆寺がこれほどスゴい場所だとは、35年前には思いもよらなかった。あの時の修学旅行で一番印象に残っていたのは、実は薬師寺境内での故・高田光胤師の話だったのだ。今こうして大人になって訪れた時に、やっと法隆寺の本当の味わいが分かった気がした。そう、法隆寺は大人のための寺なのだ。

法隆寺を後にして、彼が強く勧める山寺「室生寺」へ行く事にした。ちょっと遠いが、公共交通機関ではなかなか行けない場所なので、貸切タクシーのメリットを最大限生かす事にした。

法隆寺から約1時間、山あいの小さな集落のさらに上にその寺はあった。別名「女人高野」ともいい、写真家の故・土門拳氏の「古寺巡礼」でも有名な寺である。

春のシャクナゲ、夏の新緑、秋の紅葉、冬の雪景色が、わずか16mほどの五重塔と見事な風景を形作るので、アマチュア写真家にも絶好の被写体だ。その五重塔だが、1998年9月の台風7号の強風で高さ50mの杉が倒れた際に屋根を直撃され、各重の屋根の軒が折れる大被害を受けた。その時の杉の木を板にしたものが売ってたので、チャリティの意味を込めてコースターとして2枚買った。杉だけに、どうせなら枡でも作って売ればいいのに。

この寺が人気投票で近畿圏第1位だったそうだ。平地にある煌びやかで派手なあまたの寺社とは一線を画す風情、これこそ山岳信仰の結晶なのかもしれない。ここを訪れた誰もが、一種厳かな空気と共に忘れていた信仰心が自然と湧いてくる事だろう。まさに癒しの空間だ。機会があれば、それぞれの季節にまた訪れてみたいと思う。

帰りは、奈良地方の地名読み方クイズの紙をもらい、推理しながら言われた正解を書いていくのだが、マトモな読み方の地名がほとんどない。例えば「蛇穴」と書いて「サラギ」、「京終」で「キョウバテ」、「杏町」で「カラモモチョウ」、「阿字万字町」で「アゼマメチョウ」と来たモンだ。ハナから分かるワケがないが、地名なのだからしょうがない。

奈良市内に戻り、最後に猿沢の池を見て終了。「おひとり様」にはちょっと贅沢な旅だったかもしれないが、その価値は十分あった。

いい思い出になったが、結局「自分」とやらはどこにも落ちてなかったので、自分探しの旅は叶わなかった。おまけに帰りの飛行機が1時間以上遅れ、帰宅したのは午後11時を回っていた。その代わり、お詫びとして支給された千円分の飲食券でお土産が買えて、まあこれで結果オーライ、だったかな。

おしまい



35年後の修学旅行 1

本日の学会出張は、午前便にて伊丹空港、そこからリムジンバスで奈良へ向かった。長旅になると思っていたが、バスに乗って1時間弱で奈良駅前に到着。紀伊半島の中央部に位置する奈良県なのに、高速利用とはいえ関西圏からこんなに近いとは思わなかった。そういえば、大阪と奈良の境にある生駒山はドライブデートのメッカと聞いた事があるから、関西人にとって奈良県は、我々よりもずっと身近な存在なのかも知れない。

学会で数々の発表を聞いて、いいかげん頭が熱くなったところで耳寄りなインフォメーションが。「東大寺」の管長と懇意の学会長の計らいで、大仏殿が一般参拝後に特別開帳され、学会終了後に無料バスでピストン輸送するという事である。今晩は古い同僚とサシで一杯やるつもりだが、その時間までにはまだ余裕十分。という事で、バスに乗って東大寺へGO!

黄昏時の東大寺。中学校の修学旅行以来だから、35年振りだ。この境内にも多数の鹿がいて、そのフンが参道に散らばり、踏まれたフンの臭いが立ち上っている。それを踏まないように歩くのに一苦労した。バス毎に説明係の坊さんがあてがわれており、修学旅行さながらに大仏の説明をしてくれた。今回は大仏のすぐ前まで上がらせてもらえ、蓮を形どった台座の一部には、なんと1250年前の彫絵が! 細かく幾重にも引かれた線上に寺社や仏像が、それこそ無数に描かれている。燃えては作り直されてきた大仏だが、この部分は当時のままで、絵は60巻にも及ぶ華厳経の世界を表したものだという。まるで古代の宇宙図のようだ。

帰りはたまたま拾えたタクシーでホテルまで帰った。そのタクシーの運転手の勧めで、明日の会社主催の学会セミナー終了後に法隆寺に行く事にした。初めての観光タクシーのミニチャーターだ。最近ウチの部署で流行ってる「自分探しの旅」とやらをやってみようと思ってたので、まあいいだろう。さて、「自分」はどこに落ちてるやらいないやら・・・。

これを書いてる時に今夜の相手から電話が入った。予定より早く仕事が切り上げられたのでホテルまで来ると言う。そうこうしているうちに待ち合わせの時間が迫ってきた。

さて、積もる話のぶつけ合いに、いざ出陣!

つづく


なんちゃって夏季キャンプ

この土~日でウチの部署恒例の「夏季キャンプ」に行った。今回は去年まで利用していた「PICA 富士西湖」から「キャンピカ 明野ふれあいの里」へ場所を乗り換えて開催した。

ウチの部署から男性5人と愚息を含む子供2人、他部署から男女各1人、他社から女性1人の総勢10名が、JEEP、プラド、アテンザ、B4そしてプジョー206に分乗して双葉SAに集合した。

乗ってる車種からもタダ者の集まりではない事が十分伺えるだろう。特にB4乗りの同僚(仮にK君としよう)は、土曜朝の中央道の渋滞予想30kmを真に受けて、それを避けるための早起きがイヤなばかりに、何と一人で甲府のホテルに前泊した筋金入りのグータラキャラである。実際は渋滞などほとんどなかったのに…。

我々の場合、キャンプと言ってもかなりヌルい。JEEPとプラド乗りの同僚2人は、テントを始めとして、ありとあらゆるアウトドアグッズを所持しているが、このキャンプではせいぜいフライシート、コンロやテーブル、食器類の出番がある程度だ。なぜなら我々のキャンプとは、エアコン完備のログキャビンで涼しく宴会する事こそが真の目的だからである。ちなみに私の持参物は折り畳みチェア2つとギターだけだった。

キャンプ場にチェックイン後は、直径7~8cmの木製のボールをこれまた木製の短いクラブで打つ「パークゴルフ」を男性4人と女性2人の6人で炎天下の中で強行。パターゴルフよりも簡単なようで難しい18ホールを無事廻り終えてキャビンに行くと、すでに他の同僚3人の手により、フライシートやテーブル、バーベキューコンロに至るまできちんと組み上がっていた。さすが本物のアウトドア派の連中である。我々のようなナンチャッテ派とは大違い。見上げたモンだよ、屋根屋のフンドシ、である。

全員揃ったところで、まだ明るい15時過ぎから早々と飲み始める。やっと日も暮れた頃、K君は同僚の誘いで参加した女性2人のうちの1人(仮にY子としよう)と運命的な出会いをした。去年、10年以上付き合った彼女にフラれて以来8ヶ月、雌伏の時を経て再び春を迎えそうなのである。正確に言えば、そうなるように我々の方で仕組んだのだが…。まあ、本人もまんざらではなさそうで、帰りはY子をチャッカリB4で送って行った。

同僚シェフのパスタを始めとする数々の絶品料理に舌鼓を打ち、買ってきた焼酎一升瓶と四合瓶2本、赤白ワイン各1本、ビール500ml缶18本、缶チューハイ数本を大人8人で飲み干し、ギターで歌い、語り終わったのが午前1時頃だったとか…。はい、例によって今回も後半の記憶はございません!

翌日は不思議と二日酔いの症状も出ず、峠越えのワインディングロード経由で昇仙峡を廻って帰路に着いた。渋滞もなく15時帰宅。次回は女性2人共々9月上旬に「残暑払い with 幻のカツオ in 魚籠庵」での再会を約して解散した。

そうそう、我々がここまでお膳立てしてやったK君だが、もしも今度もフラれたら、銀座「久兵衛」に関係者全員を招待して反省会を開く事にしているというのも追記しておく。もちろん、すべてK君持ちなのは言うまでもない。K君、いつフラれてもいいぞ~!




リフレッシュかレストアか

一週間出ずっぱりの出張を終え、金曜夜に帰京。すぐさま会社に電話を入れ、週明けのスケジュールを訊き、特に何もない事を確認して休暇にした。

そのワケは、かねてよりカミさんの休みが日曜・月曜なので、リフレッシュのために温泉旅行を打診されていたからである。まあ、自分へのご褒美も兼ねて、だな。

その後、さっそく宿泊先を検索。軽井沢・プリンスショッピングプラザへ行きたいとの希望もあり、その近辺でワインディングロードを走れる所を探した結果、辿り着いたのが「結婚伝説のプチホテル」の別名を持つ北軽井沢エトワール・アベニューだった。

結婚前のカップルでもない我々には、もはや伝説のご利益はいらないが、眺望抜群のロケーションと利用客の高評価が決め手になり、予約を入れた。

まずは7時半に出発、関越道経由で一路軽井沢へ。

ショッピングプラザが開店する10時10分前に余裕で到着。駐車場もまだガラガラ。開店を待って、まずはカミさんの弟夫婦の2人の娘のために、ご指定のピンクの服をアニエスで数点購入。その後、ニューヨーカーでセール品の秋春物のジャケットと、ブルックスでこれもセール品の半袖のカノコシャツを、これは自分用としてカミさんの勧めにより購入。

いつになく妙に気前のいいカミさんのホントの狙いが判明したのはその直後だった。彼女のターゲットはコーチの皮製の小型ボストンだった。しかも以前東京で見た時よりも2万円ディスカウントされている。こりゃだぶん、明日の帰りに再度寄った時にはゲットしてるだろう。反論の余地、もはや皆無。

中軽井沢以降、国道146号を含む非有料道路ルートに入ると、遅いペースカーに邪魔される事もほとんどなく、右へ左へコーナーをクリアする快感を心ゆくまで味わった。この程度の高低差ならATの206XSと言えど、十分エンジョイできる。瞬く間に40分程走った後、15時半頃ホテルに到着。

目の前に浅間山がドーンとそびえ、その裾野にはキャベツ畑の丘などが連なって一大パノラマを織り成していた。それは信州というより北海道の大地に近い雄大さである。この景色を見ただけでモトが取れた気がした。

夕食前に入った展望風呂も、私好みの40℃前後のぬる目の湯で、さらに天然鉱石湯のため、ちょっと浸かっただけでも身体の芯からポカポカしてくる。大きな窓から浅間山を眺めつつ、身体中の節々の部品がレストアされるような気持ちよさ! 極楽極楽。

さて、いよいよ利用客の評価が特に高かった夕食の時間だ。

ピルスナータイプの地ビール「嬬恋高原ビール」をアペリティフに注文し、前菜はローストされたフランスパンとカマンベールチーズという意外性から始まった。

ワインはミディアムボディのメドックにし、サラダはホタテとアボカド、なめらかパンプキンスープと続き、魚料理はメカジキの香草焼き、メインは牛スネ肉の煮込みとライス、イチゴ添えのパンナコッタのデザート、コーヒーまで一気に突っ走った。

フレンチと言うと、ついついソースに凝りがちで、コッテリ感がシェフの気合の表れと勘違いしてるケースが多いが、ここのは和風テイストさえ感じさせるスムースさだ。利用客の評価通りの大満足のディナーだった。

この後は、太宰治の「走れメロス」に記された「初夏、満天の星である」を観るために、一番暗いと言う農道を散策した。

頭上の天然プラネタリウム(これが本物なのに、ついついプラネタリウムを基準に語ってしまう都会人の悲しさ…)に実に久しぶりの一種独特の怖さと雄々しさを堪能した…かったが、残念ながら月光が邪魔して天の川は見られなかった。かろうじて北斗七星と夏の大三角が確認できたに過ぎなかった。

だが、これらすべてが「リフレッシュ」か「レストア」かは知らないが、持てるパッションを出し切って2週間以上走った私の心身に、少なくともかなりのいい影響をもたらした事は確かである。


雨と吹雪のスキー

息子の宿題完了を確認し、約束通り裏磐梯へ一泊二日のスキー旅行に行った。

私はスタッドレスタイヤを持っていないので、会社の同僚の車に同乗し、息子を助手席に座らせ、私は後部座席に陣取った。この日は爆弾低気圧の影響で、東京も小雨模様。イヤな予感が頭をかすめたが、何とかなるだろうと出発した。

約300kmの道のりを4時間弱で走破し、裏磐梯グランデコへ到着。山の麓までは雨だったが、スキー場はかろうじて雪に変わっていた。さっそくウエアからブーツ、スキー板まで息子と2人分「丸借りータ」した。

何せ20年ぶりのスキーの私と学校で一度スキーに行っただけの息子である。板からウエアまで何がなんだかよく分からない。それでもそれぞれ今風の丸く幅広い160cmと150cmの板があてがわれた。

運賃一人900円というお値段に隔世の感を禁じえなかったが、4人乗りゴンドラに乗って中腹まで昇り、そこのレストハウスで朝から来ていた他の同僚達と合流。まずはビールに昼飯と相成った。

だが、メニューにある食事系はマックのハンバーガーと大差ない「デコバーガー 600円」(!)のみで、あとはフランクやらフライドポテトやらのツマミ系ばかり。アールデコかグランデコか知らないが、東急系スキー場にしてはちょっとヒドくないか?

持参した乾物中心に何とかごまかし、一日券(4400円!)2枚とチョイ乗り券(3600円!)1枚を5人で使い回しながら滑走開始。だが限りなく雨に近い重い雪がクセモノで、ゴーグルにべったりくっついて視界をさえぎり役目を果たさない。しょうがないのでゴーグル無しのメガネだけで滑った。

たぶん余計な力が入っていたのだろう、何回か滑るうちに早くも太ももが痛くなってきた。やがて撤収時間となり、麓まで一気に下って終了。ウエアもグローブもまるで雨に濡れたかのようにグッショリ。それらを持ち続けなくていい半日レンタルで正解だった。でも二人分で12000円也! 最近のスキーは、もしかしたらゴルフ以上に金持ちじゃないと遊べないんじゃなかろうか。

その夜は、お通しに煮物と具沢山のけんちん汁がドンと出る猪苗代市内の居酒屋へ。こんなボリュームのお通しに出会ったのはもちろん初めて、少食な女性ならそれだけでツマミは十分なほどである。刺盛りとカキ鍋、カニコロッケ、カキ酢などなど、おまけにテンコ盛りの枝豆がサービスされた。最後に名物ソースカツ丼をシェアしつつ大満足の夕食だった。生ビールと焼酎一升も入れて一人4000円弱。今回の旅行でここが一番リーズナブルだった。

一夜明けた今朝は打って変わって猛吹雪! これも爆弾低気圧のせいである。今度は近場の裏磐梯スキー場へ。グランデコと比べ規模は小さいものの、レストハウスは充実。さまざまな食事メニューがあり、マッサージチェアのあるリラックスルームまである。従業員の対応もいい。天気のせいでかなり空いてはいたが、すでに気力の萎えた大人たちを尻目に息子だけはヤル気満々。再びフルセットレンタル&一日券で、横殴りの吹雪も厭わず20回くらいリフトに乗っては滑っていた。

そのせいで息子のボーゲンのレベルもアップし、かなりスムーズにコントロールできるようになったようだ。重心の位置と体重移動のコツさえ掴めば上達はグンと早くなる。後は函館に帰ってさらに頑張ればいい線行くだろう。

帰りは高速までがかなり渋滞したが、その後は混雑もなく21時過ぎに無事到着した。今回のスキー旅行の最大の収穫は、他人の車の後部座席に寝そべって行くのがこんなにも快適なものだと知った事である。

うん、スキーはこれが最高!



Number of Access
Since 25. Dec. 2001
Time Goes By ・・・
Day by Day ・・・
My Profile

Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

Wise Remarks
Recent Comments
データ取得中...
Search
Translation
PDF Exchanger

Weather Forecast

-天気予報コム- -FC2-
Game Corner

おまけ Space Invaders
developed by 遊ぶブログ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。