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なんちゃって夏季キャンプ

この土~日でウチの部署恒例の「夏季キャンプ」に行った。今回は去年まで利用していた「PICA 富士西湖」から「キャンピカ 明野ふれあいの里」へ場所を乗り換えて開催した。

ウチの部署から男性5人と愚息を含む子供2人、他部署から男女各1人、他社から女性1人の総勢10名が、JEEP、プラド、アテンザ、B4そしてプジョー206に分乗して双葉SAに集合した。

乗ってる車種からもタダ者の集まりではない事が十分伺えるだろう。特にB4乗りの同僚(仮にK君としよう)は、土曜朝の中央道の渋滞予想30kmを真に受けて、それを避けるための早起きがイヤなばかりに、何と一人で甲府のホテルに前泊した筋金入りのグータラキャラである。実際は渋滞などほとんどなかったのに…。

我々の場合、キャンプと言ってもかなりヌルい。JEEPとプラド乗りの同僚2人は、テントを始めとして、ありとあらゆるアウトドアグッズを所持しているが、このキャンプではせいぜいフライシート、コンロやテーブル、食器類の出番がある程度だ。なぜなら我々のキャンプとは、エアコン完備のログキャビンで涼しく宴会する事こそが真の目的だからである。ちなみに私の持参物は折り畳みチェア2つとギターだけだった。

キャンプ場にチェックイン後は、直径7~8cmの木製のボールをこれまた木製の短いクラブで打つ「パークゴルフ」を男性4人と女性2人の6人で炎天下の中で強行。パターゴルフよりも簡単なようで難しい18ホールを無事廻り終えてキャビンに行くと、すでに他の同僚3人の手により、フライシートやテーブル、バーベキューコンロに至るまできちんと組み上がっていた。さすが本物のアウトドア派の連中である。我々のようなナンチャッテ派とは大違い。見上げたモンだよ、屋根屋のフンドシ、である。

全員揃ったところで、まだ明るい15時過ぎから早々と飲み始める。やっと日も暮れた頃、K君は同僚の誘いで参加した女性2人のうちの1人(仮にY子としよう)と運命的な出会いをした。去年、10年以上付き合った彼女にフラれて以来8ヶ月、雌伏の時を経て再び春を迎えそうなのである。正確に言えば、そうなるように我々の方で仕組んだのだが…。まあ、本人もまんざらではなさそうで、帰りはY子をチャッカリB4で送って行った。

同僚シェフのパスタを始めとする数々の絶品料理に舌鼓を打ち、買ってきた焼酎一升瓶と四合瓶2本、赤白ワイン各1本、ビール500ml缶18本、缶チューハイ数本を大人8人で飲み干し、ギターで歌い、語り終わったのが午前1時頃だったとか…。はい、例によって今回も後半の記憶はございません!

翌日は不思議と二日酔いの症状も出ず、峠越えのワインディングロード経由で昇仙峡を廻って帰路に着いた。渋滞もなく15時帰宅。次回は女性2人共々9月上旬に「残暑払い with 幻のカツオ in 魚籠庵」での再会を約して解散した。

そうそう、我々がここまでお膳立てしてやったK君だが、もしも今度もフラれたら、銀座「久兵衛」に関係者全員を招待して反省会を開く事にしているというのも追記しておく。もちろん、すべてK君持ちなのは言うまでもない。K君、いつフラれてもいいぞ~!




リフレッシュかレストアか

一週間出ずっぱりの出張を終え、金曜夜に帰京。すぐさま会社に電話を入れ、週明けのスケジュールを訊き、特に何もない事を確認して休暇にした。

そのワケは、かねてよりカミさんの休みが日曜・月曜なので、リフレッシュのために温泉旅行を打診されていたからである。まあ、自分へのご褒美も兼ねて、だな。

その後、さっそく宿泊先を検索。軽井沢・プリンスショッピングプラザへ行きたいとの希望もあり、その近辺でワインディングロードを走れる所を探した結果、辿り着いたのが「結婚伝説のプチホテル」の別名を持つ北軽井沢エトワール・アベニューだった。

結婚前のカップルでもない我々には、もはや伝説のご利益はいらないが、眺望抜群のロケーションと利用客の高評価が決め手になり、予約を入れた。

まずは7時半に出発、関越道経由で一路軽井沢へ。

ショッピングプラザが開店する10時10分前に余裕で到着。駐車場もまだガラガラ。開店を待って、まずはカミさんの弟夫婦の2人の娘のために、ご指定のピンクの服をアニエスで数点購入。その後、ニューヨーカーでセール品の秋春物のジャケットと、ブルックスでこれもセール品の半袖のカノコシャツを、これは自分用としてカミさんの勧めにより購入。

いつになく妙に気前のいいカミさんのホントの狙いが判明したのはその直後だった。彼女のターゲットはコーチの皮製の小型ボストンだった。しかも以前東京で見た時よりも2万円ディスカウントされている。こりゃだぶん、明日の帰りに再度寄った時にはゲットしてるだろう。反論の余地、もはや皆無。

中軽井沢以降、国道146号を含む非有料道路ルートに入ると、遅いペースカーに邪魔される事もほとんどなく、右へ左へコーナーをクリアする快感を心ゆくまで味わった。この程度の高低差ならATの206XSと言えど、十分エンジョイできる。瞬く間に40分程走った後、15時半頃ホテルに到着。

目の前に浅間山がドーンとそびえ、その裾野にはキャベツ畑の丘などが連なって一大パノラマを織り成していた。それは信州というより北海道の大地に近い雄大さである。この景色を見ただけでモトが取れた気がした。

夕食前に入った展望風呂も、私好みの40℃前後のぬる目の湯で、さらに天然鉱石湯のため、ちょっと浸かっただけでも身体の芯からポカポカしてくる。大きな窓から浅間山を眺めつつ、身体中の節々の部品がレストアされるような気持ちよさ! 極楽極楽。

さて、いよいよ利用客の評価が特に高かった夕食の時間だ。

ピルスナータイプの地ビール「嬬恋高原ビール」をアペリティフに注文し、前菜はローストされたフランスパンとカマンベールチーズという意外性から始まった。

ワインはミディアムボディのメドックにし、サラダはホタテとアボカド、なめらかパンプキンスープと続き、魚料理はメカジキの香草焼き、メインは牛スネ肉の煮込みとライス、イチゴ添えのパンナコッタのデザート、コーヒーまで一気に突っ走った。

フレンチと言うと、ついついソースに凝りがちで、コッテリ感がシェフの気合の表れと勘違いしてるケースが多いが、ここのは和風テイストさえ感じさせるスムースさだ。利用客の評価通りの大満足のディナーだった。

この後は、太宰治の「走れメロス」に記された「初夏、満天の星である」を観るために、一番暗いと言う農道を散策した。

頭上の天然プラネタリウム(これが本物なのに、ついついプラネタリウムを基準に語ってしまう都会人の悲しさ…)に実に久しぶりの一種独特の怖さと雄々しさを堪能した…かったが、残念ながら月光が邪魔して天の川は見られなかった。かろうじて北斗七星と夏の大三角が確認できたに過ぎなかった。

だが、これらすべてが「リフレッシュ」か「レストア」かは知らないが、持てるパッションを出し切って2週間以上走った私の心身に、少なくともかなりのいい影響をもたらした事は確かである。


雨と吹雪のスキー

息子の宿題完了を確認し、約束通り裏磐梯へ一泊二日のスキー旅行に行った。

私はスタッドレスタイヤを持っていないので、会社の同僚の車に同乗し、息子を助手席に座らせ、私は後部座席に陣取った。この日は爆弾低気圧の影響で、東京も小雨模様。イヤな予感が頭をかすめたが、何とかなるだろうと出発した。

約300kmの道のりを4時間弱で走破し、裏磐梯グランデコへ到着。山の麓までは雨だったが、スキー場はかろうじて雪に変わっていた。さっそくウエアからブーツ、スキー板まで息子と2人分「丸借りータ」した。

何せ20年ぶりのスキーの私と学校で一度スキーに行っただけの息子である。板からウエアまで何がなんだかよく分からない。それでもそれぞれ今風の丸く幅広い160cmと150cmの板があてがわれた。

運賃一人900円というお値段に隔世の感を禁じえなかったが、4人乗りゴンドラに乗って中腹まで昇り、そこのレストハウスで朝から来ていた他の同僚達と合流。まずはビールに昼飯と相成った。

だが、メニューにある食事系はマックのハンバーガーと大差ない「デコバーガー 600円」(!)のみで、あとはフランクやらフライドポテトやらのツマミ系ばかり。アールデコかグランデコか知らないが、東急系スキー場にしてはちょっとヒドくないか?

持参した乾物中心に何とかごまかし、一日券(4400円!)2枚とチョイ乗り券(3600円!)1枚を5人で使い回しながら滑走開始。だが限りなく雨に近い重い雪がクセモノで、ゴーグルにべったりくっついて視界をさえぎり役目を果たさない。しょうがないのでゴーグル無しのメガネだけで滑った。

たぶん余計な力が入っていたのだろう、何回か滑るうちに早くも太ももが痛くなってきた。やがて撤収時間となり、麓まで一気に下って終了。ウエアもグローブもまるで雨に濡れたかのようにグッショリ。それらを持ち続けなくていい半日レンタルで正解だった。でも二人分で12000円也! 最近のスキーは、もしかしたらゴルフ以上に金持ちじゃないと遊べないんじゃなかろうか。

その夜は、お通しに煮物と具沢山のけんちん汁がドンと出る猪苗代市内の居酒屋へ。こんなボリュームのお通しに出会ったのはもちろん初めて、少食な女性ならそれだけでツマミは十分なほどである。刺盛りとカキ鍋、カニコロッケ、カキ酢などなど、おまけにテンコ盛りの枝豆がサービスされた。最後に名物ソースカツ丼をシェアしつつ大満足の夕食だった。生ビールと焼酎一升も入れて一人4000円弱。今回の旅行でここが一番リーズナブルだった。

一夜明けた今朝は打って変わって猛吹雪! これも爆弾低気圧のせいである。今度は近場の裏磐梯スキー場へ。グランデコと比べ規模は小さいものの、レストハウスは充実。さまざまな食事メニューがあり、マッサージチェアのあるリラックスルームまである。従業員の対応もいい。天気のせいでかなり空いてはいたが、すでに気力の萎えた大人たちを尻目に息子だけはヤル気満々。再びフルセットレンタル&一日券で、横殴りの吹雪も厭わず20回くらいリフトに乗っては滑っていた。

そのせいで息子のボーゲンのレベルもアップし、かなりスムーズにコントロールできるようになったようだ。重心の位置と体重移動のコツさえ掴めば上達はグンと早くなる。後は函館に帰ってさらに頑張ればいい線行くだろう。

帰りは高速までがかなり渋滞したが、その後は混雑もなく21時過ぎに無事到着した。今回のスキー旅行の最大の収穫は、他人の車の後部座席に寝そべって行くのがこんなにも快適なものだと知った事である。

うん、スキーはこれが最高!



そして最終日

三ケ日ICからすぐの浜名湖SAにわざわざ立ち寄って、いつのまにか「夜のお菓子」から「真夜中のお菓子」に標榜が変わった「うなぎパイVSOP」を購入。

その後は時折「ぬおわkm」などで3時間後には東京到着。だが月曜日の東京は首都高も幹線道路も大渋滞! 環八で降りたが、ここもダメ。途中から甲州街道に折れ、山手通りに入った。結局、東名から1時間以上もかかって13:30分帰宅。総走行距離1600kmだった。

私のプジョー206XSは4ATだが、それでもDレンジと2-3速ロックをうまくシフトさせながら走ればとても面白い。瞬間的な加速性能こそ大排気量車やターボ車には劣るものの、直進安定性やワインディングロード走破性能も含めたトータルバランスでは圧倒的にそれらを凌駕する。それも「どノーマル仕様」のままでである。

ハンドリングも小気味よく、何より自分の足でしっかり走っているというフィーリングをビンビン感じる。これが本当の「ファン・トゥ・ドライブ」というものだ。やはり同系統の国産車では決して味わえない貴重なものだろう。

今回の長距離ドライブでますますこの相棒が好きになった。この前、一瞬でも「旧型アウディTTもいいな」なんて思ったりしてスマン。7月に5年目の車検を通したばかりだが、まだまだ乗り続けたいと思っている。そしてPOOBも続いていくだろう。


さて、今宵は海老名SAで買った塩辛でも肴に軽く一杯やりまひょか?


~おしまい~


いきなり三日目

体感温度は少々低めだが、さわやかな秋晴れの中、旅館を後にして天橋立の「飛龍観」が拝めるというビューランドへGO! 

9時の運転開始と同時にスキー場のようなリフトに乗って約8分で山頂へ。途中振り返れば、そこにガイドブックに載ってた写真そのままの飛龍の風景が! ほどなくして頂上に着くと、展望台に股のぞき用のベンチがあったので、スカートはいたおばさんの大胆な股のぞきを横目で見ながらやってみた。みんな一度はやってみるものの、結構恥ずかしそうだ。

さすが松島、宮島と共に日本三景に数えられるだけある。海を分かつような細い砂洲に松の緑と白い砂浜のコントラストが青い空と海に映えること映えること! これぞまさに絶景だ! ああ、はるばる来てよかった~!

日本三景はどれも山(緑)と海(青)が織り成す風景である。やはり日本は美しい山と海の国、この二つが揃ってこそ、多くの人を感嘆せしめるのだと思った。デジカメにも携帯にも写真を撮りまくったのは言うまでもない。ただし股のぞきには特に感動は覚えなかった。写真を逆さに見ても同じ事である。

このビューランド、展望台以外には「なぜここにこんな遊園地が?」と言いたくなるショボい施設があるだけだ。上り下りのモノレールかリフトの運賃込みとはいえ、これで850円はちょっと高過ぎやしないか? ゆっくりと眺めたとしても1時間もいれば十分である。おまけに麓の駐車場が500~1000円もするし。

・・・・・・・

とまあ、ここまでが昨日、鳥取のホテルにチェックイン後に書いた部分だった。だが、その後が続かない。カニ食いとカラオケ、帰ってから夜明け近くまで晴れ男と歓談。更新なぞできるワケが無かろう。なので、これ以降は総会翌日に書いている。

天橋立をお昼に発ち、丹後半島越えのルートで鳥取砂丘へ。

途中で何度も地元の軽自動車のペースカーが入ってしまう。丹後半島の車は、なぜかみんな頑なに法定速度厳守で40km/hが標準。どんなに広い道でも決して50km/h以上出さない。まるで徐行運転のようだ。しかし、時折そのペースカーが消えれば、山道が俄かにラリーコースとなる。プジョー206の回頭性の良さに改めて感心しつつ、連続コーナーやヘアピンコーナーを次々に気持ち良くクリアしていく。こりゃまるでグロンホルムみたいだ。(←そりゃ言い過ぎだわな)

やがて車と人だかりの一群に遭遇した。標識には「余部」の文字。そう、ここはかの有名な余部鉄橋である。時間が無かったので運転しなから上を見上げると、幾度もTVで紹介された山と山の間に数10mの高さの赤い鉄橋の勇姿が! ゆっくりとそれをくぐり抜け、やがて日本海を右手に見ながらの快適なクルージングに入って行った。

・・・・・・・

150km弱の一般道を2時間半で走破し、集合時間の30分前に砂丘会館到着。今回のPOOBは、しげドン氏が205GTi、私におふらんぷ氏と芳氏が206、これにinakichi氏、ume氏親子が同乗、miyabi氏親子はバリチューンのコペンで登場。総勢7名のOYAJIと2名のJrが集結した。

子供たちが砂丘に登りたいと言うので、それぞれのOYAJIが付いて登りに行く。高校の修学旅行でえらく疲れた思い出のある私は、こんな所で大事な体力を消耗してはならじと他のOYAJIと共に観光馬車の発着地点に待機。そういえばこの馬たちは、さだまさしの「ひとりぼっちのダービー」に歌われていたな。遠くにパラグライダーのシルエットも見える。

・・・・・・・

POOBカニ食い総会はホテル近くの居酒屋で始まった。茹で、焼き、刺身、ナベなどボリューム満点のコースにオプションでゲソ天、塩辛など数点を注文。いずれも美味。鳥取地酒の「鷹勇」のお燗を4本ずつ3回オーダーしたあたりでお決まりの売り切れ宣告を受けた。我々が注文する酒は、なぜかいつも無くなる。すかさず「笑」という酒に替えてさらに4本ずつを2回はオーダーしただろうか。ビール党のメンバーはその間も生ジョッキを次々にお替り。

またもやどれだけ飲んだか分からなくなり、開始から2時間半が経過したところで一次会はこれまで。途中で今回欠席だった風酔亭氏の電話参戦があったようだが、よく覚えていない。お次はいよいよお待ちかねのカラオケボックス。ここでも恒例のおふらんぷ氏のディープパープル口ギターなどなどで2時間半の乱痴気騒ぎ。ホテルに帰ったのは23時過ぎだった。

さらに予め仕入れておいた芋焼酎を手に芳氏の部屋に行き、車や仕事や人生の話などをじっくり歓談もしくは議論。気が付けば明け方の4時半! 9時集合なのであわてて就寝。だがすでに手遅れ、またしてもお決まりの寝不足&二日酔い状態に。 

・・・OYAJI独特のコニュニケーションとは言え、懲りもせずにやっちまったわ。熱いOYAJIはどうにも危険だ。

・・・・・・・

眠い。だが気を取り直して鳥取港の市場「かろいち」「かにっこ館」へ。大根と親ガニ半身入りのカニ汁が無料で振舞われていたので、当然のようにお替りまでして朝食完了。

その後、50km以上離れた美作市(旧英田郡大原町)にある宮本武蔵生誕の地へ。そこのレストランで「武蔵弁当」なるものを食べ、中国道佐用ICへ向かい、IC入口で解散。岡山、姫路、神戸、大阪のメンバーとは違って遠距離恋愛じゃなかった遠距離参戦の私は、そこから400km先の後泊地、三ケ日を目指してひたすら飛ばしに飛ばした。

13:30佐用ICにて解散。14:30吹田JCTで名神高速へ。15:00大津SAにて休憩。雨に煙った琵琶湖をしばし鑑賞。ここまでは順調だったが、愛知県では一宮ICを先頭に11km、豊田JCT付近でも5kmのダブル渋滞に捕まり、予定からかなり遅れて19:00過ぎに三ケ日の「ホテル グリーンプラザ浜名湖」に到着した。

・・・・・・・

通された部屋にまず驚く! なんとセミダブルベッド2つ、6畳のタタミコーナー、リビング付きの約20畳の部屋に「おひとり様」だ! おまけに湖に突き出たロケーションなので、まるで浜名湖上にいるかのようだ。各部屋に置いてあるインフォメーションファイルの中に、40ページに及ぶ色彩豊かな肉筆の観光ガイドが収められていたのにも感心した。訊けばホテルの従業員の手製で、ここだけのものだと言う。それを褒めると、フロントの女性から逆に丁寧にお礼を言われたりして、ちょっぴり嬉しかった。日曜の夜だというのにかなりの客入りで、もしかしたらここは意外な穴場かもしれないぞ。

さて、後は早く寝て睡眠不足を解消し、明日はスッキリ気分で帰京しよう。尚、次回のPOOB総会は来年春~初夏、中部地区に決定。岐阜の下呂温泉あたりか。でも我々は温泉そのものより、騒げるカラオケが仕込めるかどうかが幹事のウデだと思っている。

そう、OYAJIには温泉よりも大事なものがあるのさ!


~さらにつづく




モバイル旅行記(1日目)

昨夜の雨も上がったようだ。出発の6:15現在、雨は降っていない。わずかにフロントガラスに雨滴が散っていた。あたりはまだ漆黒の闇だ。

首都高高井戸ICから中央道へ。混雑は殆どなく、順調に走る。府中ICを過ぎる頃から都内に向かう上り線が大渋滞になってきた。暦の上では今日は平日なんだと改めて気付かされる。

7:00過ぎには大月JCTを越え、山梨県に入るも相変わらず順調。やがて、雨で洗われた清澄な空気の中、雪を頂いた南アルプスが朝日に映し出された。思わずハンドル片手にデジカメ撮影をしちゃったほど。なんという美しさだろう! これが山梨県から拝めただけでも中央道をチョイスした甲斐があったというものだ。(←これ一応シャレのつもりだが)

順調すぎるのも困ったモンで、7:30に双葉SAで朝食のおにぎりを食べ、その後、八ヶ岳を右に見ながら諏訪湖を抜けて駒ヶ岳SA着がなんと9:00! しょうがないのでカミさんに報告の電話をする。この後は主だったSAに寄りながらの時間稼ぎである。

やがて長野も過ぎ、長い長い恵那トンネルを抜ければそこは岐阜県。ふとモバイルPCを思い出し、恵那峡SAに寄ってこれを書いている。でもまだ10:10だ。初めてのモバイラー一発目としてはこんなモンだろう。ここで一旦アップしておく。

・・・・・・・

中央道の岐阜地域はこれまたキレイだ。道路の両側の山や丘が紅葉に染まり、さしずめモミジのトンネルのようだった。

やがて愛知県に入り、勝手知ったる小牧JCTや一宮JCTを渋滞する事もなく抜け、木曽川を渡ったところで再び岐阜県へ。京都まであと120kmくらいだ。ここいらの紅葉は絵はがきの写真のように色とりどりで、さっきまでのほとんど黄色や茶色ばかりからきちんと赤色が混じってきている。微妙に樹木の種類か気候の違いが影響しているのだろうか。

抑え気味の巡航速度「ぬふわkm」で関が原を抜けると、いよいよ京都目前の滋賀県多賀SA。ここで昼食休憩に入る。ここの名物は、かの「近江牛」なのだが、さすがにステーキ2500円は見送り、なぜかカツカレーに。

そそくさと平らげて再びモバイラー。ただいま12:15。まだペースは早いな。

・・・・・・・

京都を過ぎればすぐに大阪府内。枚方、吹田、豊中などおなじみのICを抜けて車は中国自動車道へ。さすがにここまで来ると車も殆ど通っていないので巡航速度もついつい「ぬうわkm」オーバーに。

さらに舞鶴若狭道に入り、松茸、黒豆、栗などで有名な丹波笹山を過ぎた所で14:00。その先にある西紀SAでひとまず最後の道中アップとしたい。この続きは天橋立の旅館にチェックイン後にゆっくりと。

・・・・・・・

綾部JCTで京都縦貫道路へ入り、ついに宮津の文人墨客の宿「清輝楼」へ。

予定よりだいぶ早かったが15:30到着。東京を出て9時間、670km超の彼方だった。どうやら今晩の客の一番乗りらしい。まだ日が暮れていなかったので、旅館の庭園やそれに続く公園をのんびり散策する。海辺に出たら遠くに「天橋立」らしきものが横たわっていたが、低い目線で横から見てもよくわからない。やはり明日はビューランドに登って上から俯瞰で見るしかあるまい。

天然温泉ではないものの、よく暖まる風呂に一人でゆったりと入り、早めにお願いした夕食に備える。…でももう眠くなってきた。

今日の感謝を二つ。一つは「POOBの晴れ男」芳氏へ。直前の予報ですら雨のち曇りだったのに、それを打ち破って見事に晴れさせてくれた。感謝。この調子で明日も頼む。

もう一つは、いつも感心しているのだが、今回も腰一つ痛くならなかったプジョーのシートだ。休憩しつつも700km近く走って身体に一切ガタが来ないのはさすがである。これにも感謝。もっと遠出できる自信が付いた。

さて、この季節、ここ丹後半島でもズワイガニ(松葉ガニ、越前ガニともいう)の旬ではあるが、明日鳥取に行く目的こそカニ食いであるゆえ、敢えて普通食を指定した。熱燗でも傾けながら楽しもう。そして、たぶんすぐにダウンするだろう。

という事で、本日はこれまで。


~つづく





現地の天気

どうも雲行きがおかしい。

天気予報によると、明日の目的地である天橋立は「雨のち曇り、気温12℃」だ。幸い、この日は移動だけで実際に観光するのは翌日、一応「晴れ時々曇り、気温16℃」となっている。午後から鳥取砂丘に向かうのだが、そこも同じ予報だった。

POOBには「晴れ男の芳」というメンバーがいる。いつも元気な男なのだが、最近は仕事でちょっと弱り気味だそうだ。それでも今回のPOOB鳥取カニ食い総会に出席予定なので、早速昨日、彼のブログに「晴れにしてくれ!」とカキコしておいた。きっといい天気にしてくれることだろう。

さて、今晩は比内鶏を使った水炊きでスタミナをつけたい。明日の6時前後には出て、中央道経由で天橋立のある宮津市に向かう。700km近い移動に朝食、昼食、休憩込みでおよそ12時間を予定しているので十分余裕だろう。紅葉の季節だし、ゆっくりクルージングしようと思う。

ちなみにノートPCを持参するつもりなので、文字通り「モバイルラー」なるものをやってみたいと思っている。毎晩、シラフでいる限り更新してみたいな、と。

・・・そりゃとても無理だな、と(爆)



最後は出島へ

「ひとり延長戦」の土曜の長崎。昨日まで宿泊していたウチのメンバーたちや出張ビジネスマンがいなくなって、代わりに観光客のチェックインが目立つ。ゆっくりと朝食を食べて最後のぶらぶら節に出発。

一番近いのにまだ行ってない場所だった「出島」へ。そういえば長崎では今月29日まで日本初のまち歩き博覧会「さるく博'06」が開催されており、至る所にロゴが溢れている。ここ出島も賑わっていた。

今や周りが埋め立てられて海岸線も遠くなった出島を復元させるプロジェクトが進行中で、当時の半分くらいの建物が同じ工法、内装で蘇っていた。いくらボロ儲けの貿易商でも最低1年以上の単身赴任を余儀なくされた商館長(カピタン)を始めとするオランダ人商館員たちは、ここから殆ど出られずに過ごしていたという。せめてもの慰みは遊女たちだったそうだ。

ざっと廻れば1時間程度のところを3時間近くのんびり彷徨った。ホテルに戻って荷物を受け取り空港バスに乗る。予定より90分ほど早い便に変更して帰京した。土産は、サイトで目星を付けてた「南蛮おるごおる」を空港でやっと見つけたが、木箱のパッケージのはずが紙製になっていてガッカリ。しょうがないけど一番小さいヤツを買った。

さて、食べたもの全てではないにせよ、ちゃんぽんや皿うどんの感想はいくつか書いたが、実は長崎の良さはそれ以外にもある。それが「魚介類」である。長崎では魚介類が新鮮である事は当たり前なので、それを宣伝文句に使えないほどだそうだ。それだけ居酒屋のネタのレベルが高いのだ。

その中のお勧めを一つ。その名を「まつなが」といい、前泊で長崎入りしたメンバーが偶然入って大満足したと言ってた店である。それならという事で、3日目の夜に同じその店で懇親会をやった。結局参加者が20名前後に上ったため、幹事は定番の刺盛りだけでなく、その日の朝に揚がった魚を商社よろしく次々と買い占めたそうだ。

その成果もあって、旬の魚介類の刺身だけでも、キビナゴ、うちわエビ、シマアジ、イサキ、メダイ、サーモン、真タコ、サザエ、アワビ、珍しいサメの湯引き、ミズイカ姿造り、五島名産ごんアジ刺、名前は忘れたが赤いオコゼのような白身魚などが勢ぞろい! 他にもいろいろ料理が出たと思うが、それは覚えてない。

乾杯の生ビールもそこそこに、例によってこの刺身を前にして焼酎じゃ失礼とばかりに淡麗系「賀茂鶴」四合瓶から注文。たちまち売り切れて、店にあった同じ値段の日本酒を次々に開けてもらう。もちろん焼酎派は勝手に一升瓶でやり始める。気が付けば開宴から3時間以上が過ぎていた。口やかましい連中も大満足!

これで@4500円とは俄かに信じられなかった。つくづく長崎の外食は高レベルでリーズナブルである。正直、住んでもいいなとさえ一瞬思った。

ともあれ、今回の長崎のように一ヶ所に一週間近く滞在したのは近年では殆ど記憶にない。でも少なくとも食べ物で退屈はしない街だという事がわかった。

次回の課題として、その地名に何ともいえない情緒を感じる「蛍茶屋」辺りの散策と稲佐山展望台への訪問を残しつつ、初の長崎行は終わりを告げたのでした。ちゃんちゃん・・・ぽん。



~おしまい~



今日は平和を考える

さて、あくまで学会聴講の「合間」を縫っての長崎観光第二弾は「原爆資料館」から始まった。ここにも修学旅行生のグループが来ていたが、平日という事もあって観光客の人数は少なかった。

施設の規模こそ広島より小さいが、ここに落とされた原爆は広島型の2倍の威力を持ったプルトニウム弾だった。当時の人口が約24万人の長崎市で、被爆5ヶ月後までの死傷者数は15万人に達した。当然、放射能によるその後の死者は増えている。しかも海と山に囲まれた狭い地域に広島型の2倍の威力が炸裂したのだから、その熱線、爆風、放射線は史上最大のものだったと想像できる。

じっくりと資料館を見学した後、昼食を爆心地に近い「宝来軒別館」にて半盛ちゃんぽんとエビ玉丼のセットを食べた。地元でも評判の店だとあったが、確かに典型的なちゃんぽんで味もいい。わずか60年前に上空500mで原爆が炸裂した同じ場所とは思えなかった。

平和の泉と平和祈念像のある「長崎平和公園」を通って、長崎医科大学の医師であり被爆者の永井隆氏の住居兼執筆活動の拠点「如己堂」を散策。そして「浦上天主堂」へ。

ここは入場無料なのだが、大きなカテドラルを最後部から見る場所しか入れなかった。それでも祭壇正面の荘厳なキリスト十字架像やすべての窓がステンドグラスというなんとも見事な美しさに目を奪われた。明治維新を経ても弾圧を受けていたとの記述を見て、キリシタン弾圧は江戸時代のものとばかり思っていた自分の見識を恥じた。弾圧に耐えた信者たちが30年以上の年月を掛けて築いた東洋一の大聖堂も原爆で一時崩壊したが、残った信者たちによって再建されたという。

ここまで歩いてきたらもう長崎ぶらぶら節の気分だ。さらに足を延ばして、原爆の爆風に残った一本鳥居で有名な「山王神社」へ。ここの境内にある2本の巨大な楠も原爆で上部を破壊されたが、互いに枝を延ばしあって生きている。ただ、爆心地方向の樹木面だけが黒く焦げていたのが痛々しい。足取りも自然と重くなる。

最後はホテル近くに戻って「日本二十六聖人殉教地」のある西坂公園へ。命さえ厭わない信教の強さ、殉教者には子供までいた事にしみじみ考えさせられた。

長崎はさまざまな「平和」を自然に意識させ、考えさせる街だ。

最後の夕食は、ホテル近くの「飛龍園」でエビ入りちゃんぽんと焼き餃子、それにキリンクラシックラガー。巨大な皿うどんのオブジェが並ぶ黄色く目立つ店で、評判通りのちゃんぽん。しかし特筆すべきは餃子だった。昨日食べた一口餃子も秀逸だったが、ここのひし形に作られた小型の餃子も、香ばしい上に中から旨味が飛び出して来てかなり幸せになる。これは意外な穴場じゃなかろうか。

明日の土曜日、午後には空港に向かわなくてはならない。長崎最後の空気はどこに行って吸おうかな?




~さらにつづく



グラバー園に行っちゃった

前半2日間の研修が終わり、後半2日間の学会聴講の合間を縫って出かけた長崎観光第一弾、希望者多数だったので、さほど興味の無かった「グラバー園」へ。全線100円均一という驚異の安さの路面電車を乗り継ぎ、長崎一と言われる土産物屋の並ぶ坂道を登って行く。依然夏日の昼間なのでキツくなりそうである。

ところが歩き始めて20mも行かないうちにメンバーの一人が早くも土産物屋へ消えた! 見るとそこは蜂蜜店。若めのお姉さんに引き込まれたそのメンバー、そのまま蜂蜜お買い上げ~! キャッチバーじゃあるまいし、せめて帰りにせいっ! 

その反対側にはソフトクリームや飲み物を売ってる店が! そこで「恋のオランダ坂」という地ビールを見つけた別のメンバー、そそくさとサイフをまさぐり始めた。しょうがないので休憩にして飲む。まだ20mしか登ってないのにこの体たらく。あ~あ、立派なOYAJIばかりだわ。

修学旅行の女子学生目当てのファンシー土産物屋、意味不明のキャッチコピー看板の怪しい土産物屋などを見ながら、ついに園の入り口へ辿り着いた。入場料600円也を払ってさらに上へ。ここからはエスカレーター付なので楽だ。すでに汗だくで息切れしていた超太目のメンバーもホッとしている。

山の上には絵はがき等で見たグラバー邸が。この主がキリンビールの創立者とは知らなかったが、今も昔も金持ちと煙は高い所にのぼりたがるのか。今夜は閉園後から学会の懇親会が開催されるため、ガーデンスペースにはケータリング業者が忙しそうにセッティングしていた。ここからの長崎の景色は出色だ。三方を山に囲まれ、湾で二分された町並みが川になると同時に一つになり、この稀有な地形が実に絵になる風情を醸し出す。反対側の稲佐山展望台からの夜景の美しさも十分納得できよう。

この、山を丸ごと買い占めて作ったような庭園と住居のすぐ外に、驚いた事に一般の家々が建っている。このパノラマを共有できるのはうらやましい限りだが、どの家もグラバー園からみえる高さに窓を作っていない。そりゃ観光客に覗かれるのはイヤだろう。でもそのおかげで十分にパノラマが見られないというのもかわいそうな気がした。

下り坂の途中でに「大浦天主堂」へ。正式名称を「日本二十六聖人殉教者天主堂」といい、秀吉のキリシタン弾圧により6名の外国人宣教師と20名の日本人信徒が長崎で十字架に掛けられたエピソードに基づき、彼らに捧げられたもので、国宝だそうだ。

キリシタン弾圧といい原爆投下といい、長崎はいち早く海外と先進的な交わりをした半面、言いようのない災いにも遭っている場所だ。

さて、本日の夕食はタクシー運転手お勧めの思案橋にある餃子専門店「雲龍亭思案橋本店」へ。一人前300円の一口餃子を8人で瞬く間に12人前、レバ焼や肉ニラ玉とじを4つずつ、生ビール10杯に紹興酒ボトル2本で@1800円! 観光客用の店じゃなければこんなに安いのだ。

続いてその隣りにある「クッキングパパ」というマンガにも登場した「天天有」で角煮とちゃんぽん、皿うどんをシェア。ここのちゃんぽんはとんこつダシが中心で他とはちょっと異なる。コラーゲンたっぷり感でチャンポンの原型を思わせる味がウマい。当然、紹興酒も飲んだが、それでも@800円!

とは言え、中華料理のハシゴはキツい。ホテルに帰ってもハラが張ってなかなか眠れなかった。思えば長崎に来て毎日必ずちゃんぽんか皿うどんを食べてるが、不思議と飽きるという事がない。同時に全国チェーン「リンガーハット」が安価でレベルも決して低くないと再認識できた。新地の中華街の有名店と比べてもそれほど遜色が無かったからである。

中華街と言えば、研修初日は「江山楼」の特製ちゃんぽん(1500円)を狙って行ったが、特製はフカヒレ入りと聞き、ちゃんぽんにフカヒレまでは不要と上ちゃんぽん(945円)にした。それでも評判通りのクリーミーで十分なコクだったし、二日目の「会楽園」の太めん皿うどん(1050円)は、麺が甘めのスープを良く吸っていて旨味満点! この麺の味はなかなか他店ではお目にかかれないだろう。ただ、観光客相手の店のせいかどこも値段は高めだった。

明日はもう一つの災いである「原爆資料館」と「平和公園」を巡ってみようと思う。但し、メンバーのほとんどは午後の早い便で帰路に着く。土曜日まで延泊するのは私一人である。だから明日からは単独行動となる。



~つづく



研修 IN 長崎

今回の新薬専任部隊の研修は、明日から長崎で実施する。関連領域の学会が開催されるので、その聴講も兼ねての気分転換になるだろう。但し、説明会スキルのアセスメントなど、彼らをシゴくプログラムも満載である。

研修は17日~18日、学会聴講は19日~20日だが、本日午後から前泊移動、さらに私だけ21日まで延泊し、長崎市内観光でもするつもりでいる。何せ長崎は初めて訪れる地なので、平和公園や原爆資料館などを見ておきたいと思ったからだ。広島の資料館は2回ほど行ったが、長崎では何を感じさせられるだろうか。有名なグラバー邸などの外人住居跡は、神戸の北野も有名だが私はあまり興味がない。

ちなみにさだまさしの歌にもある「オランダ坂」には行ってみたいと思っていたものの、ユニークなコラム形式の観光サイト「長崎ガイド」によれば、札幌の時計台、土佐のはりまや橋、首里の守礼門の「日本三大ガッカリ名所」に数えられてもいい位の「ただの坂道」だそうだ。

天気を調べると連日26℃以上と夏日である。スリーシーズン用のジャケットでも暑いかもしれない。その気温の中でも、毎日の昼飯は「長崎ちゃんぽん」と決めている。研修会場がちょうど長崎中華街のある新地という所なので、いろいろな店で食べ比べができるのが楽しみだ。

長崎は九州の中でも私にとってかなり強いイメージが先行している街だが、初めての景色と食べ物と空気をたっぷり味わってこようと思う。



鹿児島よかあんべ2

鹿児島の義弟夫婦宅で一泊した翌日、大人4名+子供3名は2台の車に分乗し、まずは知覧町の「特攻平和会館」へと向かった。

知覧と言えば昭和20年の特攻隊最前線基地である。かつてTV番組などで有名になった「自分はホタルになって必ず帰ってくる」という特攻隊員の話の舞台となった「富屋食堂」でも知られている。会館内には、種々の戦闘機や1000名を超える彼らの写真や遺書、遺品などが展示されている。中央では70~80歳代とおぼしき男性が観光客相手に大声で解説していた。

コーナーで仕切られている出撃順に並んだ彼らの写真と肉筆の遺書(一部はコピー)の展示ブースを見ながら、私はやおら迫ってくる圧迫感とこみ上げてくる感情とを抑える事ができなくなった。それについては別の機会に「My OPINION and JUDGEMENT」の方に書いてみたいと思う。それほどの衝撃を受けた。

次に我々が向かったのは、宿泊地の日当山温泉「スパホテルYOU湯」である。ここは霧島市に統合されたため、いわゆる霧島温泉郷と間違えやすいが(実際私は間違えた)、温泉郷より南でむしろ鹿児島空港に近いロケーションだ。だが、かの西郷隆盛をして「天下の名湯」と言わしめた独特の泉質を誇る温泉である。

泉質は炭酸水素塩泉で、透明で臭いはない。特筆すべきは、入った瞬間から肌がスベスベになり、上がった後も持続するという事だ。霧島温泉とは全く異なる泉質で、鹿児島ではここだけという。当然循環なしの源泉掛け流しで、内湯の他に露天風呂まで備える。1泊2食付で大人9800円のプランもあり、霧島温泉郷よりかなりリーズナブルでもある。義弟が用意してくれた幻の古酒焼酎「天使の誘惑」を飲みながら、ボリューム満点の夕食に舌鼓を打ったのは言うまでもない。

翌日は一転、霧島「高千穂牧場」へ。山肌に沿って作られた商業牧場だが、入場料も駐車料も無料というのがいい。子供たちは牛や羊や馬やウサギと戯れ、妙においしい生乳ソフトクリームをほおばる。大人たちはせっせと買い物に勤しむ合間、カルーアミルクに似た、牛乳とラムやブランデーを原料としたオリジナルリキュールの試飲に余念が無い(ウマい!)。

山の上にもかかわらず風も無く暖かな日だった。点々と植えられた桜も満開で、ここに限らず鹿児島には桜が多い事に気づき、その美しさに心が安らぐ。そういえば平和会館への道にも靖国神社と見まごう如き見事な桜並木があった。



  足早の 春の息吹を尋ぬれば 咲く喜びに散る覚悟   Chaie




貸切露天風呂と知床キンキと(まったり温泉行~その3)

この旅館の目玉の一つは、新築された離れ(と言っても隣りの建物)の木曽檜造りの露天風呂である。私もカミさんもこれを楽しみにしていた。
15畳はあろうかという室内は、壁も床も浴槽も檜で囲まれ、檜の香りと抑え目な照明が趣を醸している。高い吹き抜け天井は、その半分が夜空に向かって大きく口を開けている。湯はほんのりと硫黄の香りを持ち、黒っぽい湯花が特徴的だ。湯温も私の好きなぬるめで、骨休めの長湯にはちょうど良い。

これが貸切で自由に入れるのだからたまらない!

○○旅行御用達の雰囲気もバッチリなので、その向きにはお勧めである。まぁそれはともかく、私もカミさんも汗ばむほどまったりと長湯に興じた。
今だから白状するけど、あまりの開放感に思わず湯船に浸かりながら一服くゆらせてしまった。宿の方、後始末はきちんとやりましたので許してつかぁさい…。

ハラも十分減ったところで、目玉のもう一つ、食事である。

冷蔵庫からはビールはパスし、そそくさと出羽桜の四合瓶を出す。まずは甘エビ、イカ、トロの刺身で一献。断っておくが、そんじょそこいらの刺身ではない。どれもが鮮度抜群で、その証拠に普段はエビ、イカの嫌いなカミさんが残らず平らげた位である。…ちょっとは残したっていいのに。

メインは知床キンキで、煮付けと唐揚げにした巨大なキンキが私とカミさんに一匹ずつ! さらには鮎の塩焼きに茹でタラバガニの足、煮物にジャコおろしなどなど。シメは甘エビ汁に白飯とおろしソバ。とてもじゃないが白飯までは食べられず、しばし放心状態。四合瓶がカラになったところで食事終了。大満足!

さらに翌日の朝食にもビックリ。なんと焼魚に高級魚ノドグロの塩焼きが登場! 旅館の朝食に感動したは、郡上八幡の宿で鮎の一夜干しに出会って以来である。それにしても、東京でもめったに食べられない魚がどうしてここに? もう黙ってられん。おかみさんに聞いてみた。

「北海道に親戚でもいらっしゃるんですか?」
「いえ、主人が北海道が好きで、何度も何度も通ううちに仕入先を開拓しました。毎日でも送ってくれますよ」 

…納得。そして参った。宿の看板に書いてある「おいしいものをお出ししたいだけです」そのものじゃないか!

満足の宿を後にし、天気も良いので赤城高原のドイツ村なる所へ。だが、これが大失敗! 広大な敷地に入場者わずか30~40人ほど、閑散とした場内にドイツ音楽のBGMだけが空しく響く。とって付けたような施設も半分は休眠状態。平日だからだろうが、これじゃ休日でもろくに人は来ないだろう。入場料1050円はボッタクリだし、ダマされでもしなけりゃ二度は来るまい。30分で撤収。

しょうがないので水沢まで足を延ばし、きんさんぎんさんも訪れた「大澤屋」にて名物の水沢うどんを食す。歯応え十分。これで日本三大細打ちうどんである「稲庭」「氷見」「水沢」を制覇したぞ!
 
水沢うどん街道の途中にあった「おもちゃと人形 自動車博物館」も見応えがあった。昭和年代の駄菓子におもちゃ、映画ポスターや広告の展示、世界のテディーベア・コレクション、極めつけはトヨタ2000GT、ハコスカ、240ZGなどをメインとした古き良き内外の自動車の大コレクションをたっぷり2時間かけて全部見て入場料は1050円! ドイツ村~!金返せ~!

という事で、全行程450kmのまったり温泉行は無事終了した。次回はPOOB総会inひるがの高原への往復900kmの旅が、11月に待ちかまえている。


~おしまい~




老神温泉で北海道の魚介?(まったり温泉行~その2)

宿に入る前に訪れたのが「吹割の滝」である。

ここは老神温泉からもほど近く、NHK大河ドラマのオープニング画像にも使われたという。そうと来れば、せっかくなのでその風景を一目見ておかなくてはならない。滝付近のドライブイン兼駐車場は、やはり平日だったのでどこもガラガラ。それでも駐車無料と書いたプラカードを持って客引きしている店には笑わされた。

滝の音が聞こえる散策道に沿って降りて行くと、いきなり川が流れている。さらにその先の広い岩場を行くと、目の前、いや足元に滝が現れた。高さこそ7m程度だが、幾筋も大きく口を開けた巨岩の割れ目を落ちてゆくさまは見事である。スケールは小さいながらも、その姿はプチ・ナイアガラの滝といった光景である。これをアップで撮れば相当な迫力に違いない。

私の立っている岩場は、水量の多いシーズンには殆ど水没するという。川と滝の延長上であるから当然なのだが、こんなエキセントリックな位置から滝を見るという経験は今まで無かった。滝というのはある程度離れて眺めるものだと思っていたから、これは極めて新鮮だった。ふと、酔っていようものなら簡単に滑落もありだな、と余計な想像もしてしまったが…。

まだ時間に余裕があるので、一周2kmの散策路をのんびり歩いた後に宿入りする事にした。

予定より早目に着いた宿は「見晴荘」という客室数5部屋の小旅館。

ここの目玉は、2ヶ所ある「貸切露天風呂」となぜか「北海道の魚介料理」! そのワケは後ほど解明されるのだが、山の温泉のくせに無理して安居酒屋並みの刺身や天ぷらを出す所がよくあるが、ウマかったためしも無く常々興醒めさせられて来た。とはいえ私も、山奥といえど一杯やるには魚料理は欠かせないという、困った人間の一人である。

宿のWebsiteによれば、知床のキンキやノドグロ、希少なブドウエビ、ズワイガニやタラバガニを始めとする「本物の新鮮素材」を適宜使うという。しかも部屋の冷蔵庫には、それらの料理と相性抜群だとお勧めの「出羽桜 桜花吟醸」の四合瓶が鎮座しているではないか! 

取り立てて特別視するまでもない銘柄を敢えて推すところが気に入った。こうなりゃ否が応にも期待は膨らむというものだろう。

さて、それではまず「貸切露天風呂」から参るとするか。


~さらにつづく


いろは坂とプジョー206(まったり温泉行~その1)

遅い夏休みを取り、群馬県の老神温泉に「まったり」しに行ってきた。
天然温泉で循環なしのかけ流しという最低条件をクリアした数ある温泉のうち、ここは東京からの距離も200km弱と適当で、何より歓楽街が無いのが良い。求めているのどかさにもってこいだ、という事で決めたのである。

往路は、敢えて日光経由の遠回りのルートを選んだ。東北道宇都宮ICから日光道路へ。平日とあって快調に走破、いよいよ最初のターゲット、日光いろは坂へ。ここは上下線が別になっており、さらにそれぞれ二車線ある。私のようなハンパな峠好きにはうれしい余裕である。紅葉の季節には渋滞のメッカともなるが、今は季節前の平日、車もさほど走っていないようだ。

しかし、ヒマなおばちゃん連中を乗せた観光バスは健在。列を成して猛然と登っていく。さらにトラックやコンクリミキサー車、そしてファミリーカー等が次々と右車線、左車線に現れる。我がプジョー206は、それらを右に左にパスしながら、ほとんどがヘアピンカーブと言っていい急勾配をクリアして行った。

驚いたのは206のカーブでの回頭性である。

こんなにきついカーブを責めたのは初めてと言ってもいいのだが、実に良く反応し、面白いように回って行く。登りのスピードは他車と同程度だったとしてもカーブで差がつく。だからすべての先行車を簡単にパスできるのである。終いにはベンツやBMWですら我が206の後塵を拝したのであった。これはちょっと自慢だな。

いろは坂を越えれば中禅寺湖畔である。中禅寺湖は中学の林間学校以来、30数年ぶりだ。

ここで、かねてよりチェックしておいた中善寺門前の蕎麦屋「かつら」へGO! 期待に違わぬコシの効いたもり蕎麦に旬の舞茸天を合わせ、雲の薄くなってきた男体山の景色を愛でつつおいしい昼食をいただいた。やっぱり気合の乗った手打ちはウマい!

さらに車を進め、湯滝の始まる湖である湯の湖に立ち寄り、湯滝を上から眺めた後、金精峠へと向かった。ここもりっぱな峠道ではあるが、いろは坂を制覇して来た私には敵ではない。もはや気分はラリースト、ぐんぐん飛ばす。今日は出発時から曇天だったが、峠の途中から晴れ間が顔を出してきた。

いつの間にか背後にAE86を従えつつ、いよいよ群馬県突入である。

本日はここまで。


~つづく


日帰り露天風呂ドライブの巻

リフレッシュ休暇中最後の平日という事で、千葉県は犬吠埼へひとりドライブに行った。太平洋に突き出たこの岬には、意外なことに温泉が出る。地下1000m以上を掘削して得られたNa・Ca塩化物泉だそうで、飲むと海の味がするという。海を見ながらの露天風呂でもの思いにふける。これこそ私にお似合いとばかりに、さっそく日帰り入浴ドライブと決め込んだ。

まずは銚子漁港にある魚屋の集合体「ウオッセ21」へ。何かウマそうな物があったら晩飯のおかずにでもと思って回ったが、ほとんどが東京の魚屋とあまり変わらない品物と値段! なんじゃこりゃ。せめてTVで紹介された「海鮮丼」だけでもと思い直し、入口近くの店に入った。20種類以上の魚介類(大振りのゆで車エビを筆頭にトロ、赤身、イカ、ブリ、ヒラメ、タコ、イクラ、煮アナゴ、コハダ、アジ、イワシ、干しエビ、シラスなどなど)が盛り込まれ、ツミレ汁付で¥1600はお値打ちか。

腹が膨れたところで、いよいよ露天風呂。ところが何を間違えたのか、目的のホテルとは違うホテル(名前が似ている!)に行ってしまった。

灯台の下のホテルなのだが、そこにも露天風呂はあり、日帰り入浴も可だったのでまるで気がつかなかった。後から考えてみれば、ここもネット検索したホテルのひとつで、それが頭にあったため余計に混同したらしい。はたしてネットで見た本命の露天風呂とは違って竹製の外塀があるため、湯船に浸かると海が見えない。絶対見てやろうと塀越しに覗けば、隣は有料駐車場の管理人ボックス。中にはOYAJI待機中! その向こうに海がいた。あれれ。

それでも内風呂はプールのようなしつらえで泳げるし、なんと言っても私一人しかいないのが格段に気持ちいい。そりゃ平日の昼下がりに風呂に入るヤツは普通いないわな。いつもはカラスの行水のくせに、のんびり1時間近く泳いだり露天風呂に出たり入ったりで過ごした。心なしかお肌もツヤツヤになったような。泊まらない温泉宿なんてカラオケのない宴会以上につまらんと思っていたが、なんのなんの結構いいもんだ。

温泉に浸かったら、次はお決まりの浜辺だ。岬からちょっとはずれた所に海水浴場のような砂浜があったので、車を止め海に向かって歩いた。夏場は海水浴客で賑わっただろうが、今は誰もいない海。タバコに火をつけ寄せては帰す波をじっと眺めていた。

シブい! おお、こりゃ演歌の世界そのものだわ。もしや物陰からそっとこの姿を見て、うっかり惚れてしまった女が居やしないかとあたりを見回したが、どこにも誰もいなかった。

そんなこんなで、小学生の時の遠足以来の犬吠埼めぐりは終わった。全行程300km弱、6時間ちょっとの日常からの脱出は楽しかった。今度は本命の露天風呂にリベンジに来よう。




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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコースティックギターやウクレレを弾いて70年代フォークを弾き語ったりするのが大好きです。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2などの弦楽器に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きはコンパクト欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経て2010年から「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

某企業でプロフェッショナルな社内研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、2nd Stageは頼れる薬局のOYAJIを目指したいとDgSで張り切ってます。

2013年から膀胱がんサバイバーを継続してます。無病息災よりも一病息災くらいがちょうど良いのかもしれません。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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