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痛みを抱えて「軽井沢シンドローム」

薬局のOYAJIになって初めて貰った土日連休。小売業において土日は書き入れ時、平日の連休とは重みも違うのだが、あえて取らせていただいたのは他ならぬPOOB総会のためである。

元々はプジョー206のオーナーズクラブとして2002年に発足したOYAJI中心の会だった。時は流れ、それぞれの愛車も変遷を受けて来たが、いまだプジョー乗りが大勢を占めている。メンバーである限り、この総会は文字通り万難を排してでも参加するという暗黙のルールがあったのだが、これも時の流れと共に家庭の事情が優先するようになって来たのは当然と言えば当然だろう。

総会は原則として年2回、関東エリアと関西エリアの会場で交互に開催される。メンバーは総員20名を優に超えるのだが、ここ近年は数名の参加という事もあった。しかしながら今回は総勢13名、うち新婚1組という面白そうな面々だったので、なおさら万難を排して参加したいと思っていた。しかし私の方は相変わらず痛みとの闘いの日々で、万が一当日の状態が悪ければドタキャンも覚悟のエントリーだった。

こうして風酔亭夫妻の幹事で「POOB総会2016 in 軽井沢」が開催されたのだった。

当日の早朝は幸いにも大きな痛みも出なかったが、念のために大事をとって直接ペンション「イグゼ」へ向かう事にした。昨夜来の雨のせいか、土曜日の関越道は思いのほか空いていて、頻尿によるトイレ休憩の高坂SA、横川SAに寄ってもなおチェックインタイムの1時間以上も前だった。偶然にも横川SAにてクリちゃん夫妻と遭遇し、しばし時間を潰した後にチェックインタイムの少し前に到着したが、そこには本隊のメンバー達が着いたばかりで、ペンションの駐車場でたむろっていた。これも偶然である。

ちなみに今回の参加車は、プジョー206が3台(しげドン夫妻、おふらんぷ氏、風酔亭夫妻)、208が2台(芳さん、inakichi夫妻)、406クーペが1台(コンドウさん)、RCZが1台(風さん)。なお、ヨソ者としてデミオ(クリちゃん夫妻)とBMW120i Coupe(私)。

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旧軽銀座に徒歩10分程度という絶好のロケーションに加え、宿泊11名となれば本館貸切となり、他の宿泊客に気を遣う必要も無いので、私はアコギ一式の鳴り物を持参した。連れて来たのはアコギ三兄弟の二男の「シャラーン・フェンダー」である。

まずは夕食。ペンションは一泊朝食にしたので、夕食は旧軽銀座の「厨(くりや)」という居酒屋。居酒屋と言ってもメニューには餃子や麻婆豆腐、エビチリや酢豚もある。もちろん刺身や煮込みといった居酒屋メニューも。それらをいつものように思いつくままに注文し、締めはあんかけ焼きそばとペペロンチーノうどん。価格はさすが軽井沢、ほとんど東京価格だったが、人数のメリットもあって飲んで食って@5000円とリーズナブルにあがった。

ペンションに帰り、談話室にてこれまたいつものようにしげドン氏が持参した酒を飲みながら談笑。カラオケもしていないうちからすでに寝落ちしたメンバー(芳さんや風さん)が出始めたのも寄る年波のせいかもしれない。ここで日帰り参加の新婚inakichi夫妻が帰京。最後に残ったクリちゃんの音頭で鳴り物タイム。持って来た楽譜にある昔の歌をギターで弾きながら次々と歌っていく。こんな事が出来るのも貸切のおかげである。

2時間近くも歌っただろうか。ここらでお開きとなったのが午前0時ジャスト。この時間なら明日の朝も十分起きられるだろう。これまでPOOB総会の条件となっていた露天風呂もカラオケもここにはなかったが、それを補って余りあるロケーションと貸切状態だった。このスタイルも十分アリだな。

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朝が来て、ペンションの朝食をいただいた後、車をそのまま置かせて貰って旧軽銀座に散策。大きな痛みはないものの、それでもついつい慎重になってしまう私は最後尾をついて行くのがせいぜい。ショッピングモールの有料トイレも頻尿を抱えている身には躊躇する理由にはならなかった。・・・100円払った割にはそれほどキレイなトイレではなかったけどね。

自宅用に有名な「浅野屋」ではなく、その対面にあるジョン・レノンが愛した「フレンチベーカリー」でパンを購入。お約束のソフト部活動は、軽井沢といえばここ「ミカドコーヒー」のモカソフトがテッパンだろう。しかしここにも中国人観光客のグループが目立つ。あっちこっちで「チュンチュン・チャンチャン」と騒がしいので、時々どこの国にいるのか分からなくなるが、日本の観光地はこの流ればかりは止めようが無いんだろうな。

昼食をとって解散となるのがこの会の通例で、今回はペンションの女将に教えて貰った近くのフレンチレストランのランチをチョイス。昨夜の居酒屋からようやく軽井沢らしい食事になったが、日曜にも関わらず静かで良い雰囲気。さすが地元民の知るお店と感心したのもつかの間、となりの若い客が携帯電話で喋り出すわ、初老のグループのオヤジが我慢が効かない性格らしく、あれやこれややかましいのでたちまち雰囲気ブチ壊しになった。田舎モンはクニへ帰ってろってんだ! いや、料理はとても美味しくいただけたけれど。

再びペンションへ帰って、いよいよ解散。関西組は遠くは大阪、姫路、岡山からの参加だったので無事に帰ってFBにアップするまでが総会なのだから気を付けて帰って欲しい。次回は大井川鉄道にチャレンジする企画がすでに持ち上がっている。この秋にも開催出来ればまた楽しめるだろう。

POOB発足から足掛け15年になる。これだけの時を経ても変わらずに会って笑える仲間というのは、この歳になるほど貴重だと感じる。これからも一人でも多くのメンバーが参加してこの素敵な輪を大きくしていってほしいと願っている。

家に帰るなりamazonでかの名作マンガ「軽井沢シンドローム」全巻をポチッとしたのは言うまでもない。この2日間に見て来た景色を蘇らせつつ、改めてじっくり読んでみようと思う。





ファイナルイベント

5年目の車検。走行距離も4万km超えなので、今回は定番のオイル交換に加えブレーキパッド、バッテリーの消耗品も交換した。さらに最大のパーツ交換がタイヤ&ホイールだった。色々と検討した結果、思い切ってランフラットタイヤからラジアルに換える事に決めた。同時にホイールも純正の16インチから17インチの軽量ホイールへ。それでもランフラ4本を交換するよりも安価だった。タイヤ幅はエンジンパワーとのバランスから現状の205のままとした。

すべてが終了して納車されたのが先週の金曜夕刻。早速給油と買出しのために短距離を走らせたが、いきなりその違いに驚いたのなんの! 

これまでラジアル→ラジアルのタイヤ交換はしたが、それはあくまで新旧タイヤによるフィーリングの違いであり、ランフラ→ラジアル(+軽量ホイール)がこれほどの違いを生むとは想定外だった。走り出しから定速走行時のフィーリング全てがまるで別モノなのである。同じ車なのでよりハッキリ分かるからこりゃホントに凄い!

一言で言えば、下半身がいきなり軽くなったような爽快感、それでいて路面情報は今まで通りしっかり伝わって来るから操舵性に悪影響は及ぼさない。昔、カー雑誌で読んだ「バネ下重量軽減が重要」というフレーズを初めて体感した。パンク時の安全性のためとは言え、重いランフラットタイヤは「駆け抜ける歓び」をかなりスポイルしてしまっていると言わざるを得ない。

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さて、新品タイヤの皮剥きと高速でのフィーリングを楽しむ絶好のイベントが「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)総会 in 中部」である。

集合場所は三重県菰野にある「アクア×イグニス」に朝9:00! そこは自宅から400km先なので通常ペースで4時間か。渋滞や十分なトイレ休憩と朝食のために、さらに1時間追加して5時間。で、朝4:00に出発。夏季なのでその時間でも外は白々としていたから好都合と来たモンだ。

この時間帯なら渋滞もなく覆面パトもなく右車線にペースカーもないので実に走りやすい。セール価格だったスポーツ系タイヤ(Sドラ)のノイズも気にならない。気持ち良く「安全運転」しながらも6:00過ぎには新東名の遠州森町PAへ到着。でも早過ぎてまだお店がやってな~い。気を取り直してさらに先を目指す。

ところがナビが「愛知県に入りました~」と告げたとたん、目の前にプリウスペースカーが増殖! さすがメーカーのお膝下、などと言っていられない。これでペースは大幅にダウン、結局朝飯にありつけた御在所SAへ着いた時には8:00を回ってしまっていた。急いで白海老かき揚げきしめんを掻き込んで四日市ICを目指す。

集合場所には8:45に無事到着。ここに集まったのは岡山からプジョー206GTで駆けつけたしげドン夫妻、群馬から206RCの風酔亭夫妻、そして地元名古屋から206Maxiの幹事コンドウ氏。この3台が偶然ほぼ同じシルバーだったから並ぶとかなりの迫力を醸していた。白いBMWの私なぞは無言のハブンチョだわ。久しぶりに会った風酔亭氏はダイエットの成果で細くなっていて、代わりに100㎏超級からダイエットしたはずのしげドン氏が順調にリバウンドしていたのが好対照!

ここで名物の竹林露天風呂を堪能し、四日市のこれまた名物(という)トンテキ「まつもとの來來憲」へ。ここで名古屋からシトロエンC3で参加のおぉで&ルル一家と合流。一粒種の莉奈ちゃん(1歳)が超可愛い~! さて、このお店は何と250gの豚肉に半分切り身を入れてタレと共に焼いた「大トンテキ定食」がウリ。まるで子供用の野球グローブのような迫力! これにニンニクが2~3粒鎮座! だがタレは色こそ黒いが味は意外にしつこくなく、ドンと盛られた千切りキャベツ共々ご飯が進む。全員完食~!

満腹の身体を引きずってアクア×イグニスへ戻る。ここにあるNHK朝ドラ「まれ」の製菓指導をしている辻口シェフのお店「コンフィチュール アッシュ」でスイーツを堪能。しっかり満腹なはずなのに、スイーツはメンバー全員別腹だったのは言うまでもない。

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時折雨がパラつく天気もどうやら回復基調。ここから一気に宿泊先の名古屋栄のホテルまで移動して早めのチェックイン。睡眠不足と股間の鈍痛が疼いていた私はこれ幸いと2時間ほど仮眠。18:00にロビーへ集合し、いよいよ宴会タイムへ突入~!

会場はホテルから徒歩10分弱にある名古屋名物「風来坊」へ。ここでピンちゃん、めぐ&しんちゃんも合流し、これで総勢12名が集結。さすが名古屋開催だと地元メンバーは集まりやすい。ま、そのために今回はこの地に会場を決めたようなモンだけどね。

定番の手羽先やターザン焼に加え、刺身やどじょう揚げ、エビフリャーに至るまで思いつくままオーダー。気が付けば勝手にオニギリセットや雑炊などのシメに入っているメンバーもいた。その傍らで、しげドン氏手製の7年物の梅酒を一人グビグビやって手足を真っ赤にしたコンドウ氏、寝落ちが得意技の風氏の後継者に任命されていた。

てな感じで、いろいろな話題で盛り上がった一次会だったが、ここで一番のネタは、この後、彼女のお店で落ち合う予定の色ボケOYAJIのume氏だったのはここだけのヒ・ミ・ツ!(爆)

実は幹事のコンドウ氏には、その前にプチ二次会の企みがあった。そう、もう一つの名古屋名物の台湾ラーメン「味仙」へ。いくらB級グルメタウンの名古屋と言ってもこのリレーはどうかと思うが、実はこの台湾ラーメン、過去にスープを飲み干ぜずに心を折られた唯一のラーメンだった。よ~し今夜こそキッチリとリベンジしてやろうじゃないの!

風来坊で散々食べていたので、ここはミニ台湾ラーメン。ところが、しんちゃんと来たら台湾ラーメンイタリアンをオーダー! イタリアンとは、ただでさえ激辛の台湾ラーメンにさらに辛さを増強した、まさにイタリアンレッドのウルトラ激辛バージョンらしい。もちろん裏メニューだそうだ。彼はこれをいとも軽くスープまで飲み干したのだった。

さて私はと言うと、ピンちゃんから名古屋弁で「すすったらいかんよ」だの「水を飲むのは最後だけ」などの言いつけを守ったものの、むせるわヒリヒリするわでやっぱりスープを飲み干せずに心が折れた。台湾ラーメン恐るべし!

で、ようやくume氏の彼女のお店へ。ほぼ毎日通い詰めているという彼は、身内の事情で昼間は参加できなかったものの、我々よりも先にカウンターに陣取っていた。奥の半円卓状のフロア席に通され、準備完了!(何の?)

彼女は来日13年目になるルーマニア人。だから日本語は十分に流暢なのだが、ume氏のFBによると意思疎通が不十分で時々ケンカになるという。だがそれは彼女の日本語理解力と言うよりume氏の日本語表現力の方に問題があるのではないかとメンバー達は密かに思っている。

ともあれせっかくの初訪問なので、ご祝儀代わりにバーボンのボトルを入れてワイワイと盛り上がった。ここまでもちろんアルコールをビタ一滴飲んでいない私なのに、まるでしこたま飲んでいた時と同じような喋りの質と量が変わらないというのも我ながら理解不能だが、ま、それは私特有のキャラという事で。

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一夜明けて、名古屋はいいお天気! 

この季節、いつもの名古屋なら風が吹かずに蒸し風呂状態となるところだが、この日は良い風が吹き、目をつぶればまるでハワイにいるような爽やかさだ。無料駐車場の穴場という熱田神宮第三駐車場に車を停めて参拝後、開店一時間前から混雑必至の有名店「あつた蓬莱軒」を避け、駅前の「あつた辨天」へ。これが大正解! 表面がいい塩梅にパリッとした鰻のひつまぶしは有名店よりも美味いくらいで、CPの面でもグー。ダテに昭和四年創業の老舗ではない。これは良いお店に出会えたわ。

お土産にピンちゃん大推奨の「伊勢とらや」のういろうを買いに電車で名鉄名古屋駅へ。これまたCMで有名な某青柳とは違って、ういろうがあまり好きではなかった私にも実に美味しそうに映った。ちなみにこのお店では「ういろう」ではなく「ういろ」だそうだ。

熱田神宮駐車場に戻って解散式。POOB総会は年2回開催が原則だが、必ずしも土日休みではなくなる私の参加は次回からは微妙となる。また、これまで西と東交互にしていた開催地も、参加者の都合を考慮して名古屋を中心とした東海地区あたりに絞るという声も出た。こういうサークルは年月と共にメンバーそれぞれの所有車も含めた環境が変化していくのが普通で、発足当初のように万難を排して集まる事が難しくなるものである。

それでもできる限り、頑張って参加し続けていきたいと思っている。プジョー206というクルマが無ければ一生出会う事も無かっただろうメンバー、その日から15年もの間つながり合えたメンバーというのは、決して大袈裟ではなくかけがえのないものだと思っている。

さあ、これで2ヶ月間の毎日が日曜日中に予定されていたイベント全てが完了し、心置きなく7月1日を迎えられるな。 

・・・あ、股間の不具合は別として(爆)





OYAJI、城崎にて

今年は久しぶりにPOOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)のお泊り総会が春秋と予定通り2回開催された。

これまで、メンバーの寄る年波のせいなのか、はたまた息子娘を持つ親の人生イベントなどが邪魔をしたのか、年一度の開催もままならない年もあったり、開催してもわずか数名の参加に留まったりと、けっこう逆流にも揉まれて来たPOOB総会だった。

で、今回の秋の総会in城崎(11/15-16)。城崎と言えば、ちょっと前に号泣県議のカラ出張先として全国に知れ渡った温泉地であるが、もちろん私はカラ出張ではない。はるばる東京から600km以上も運転して駆けつける単なるヘンタイOYAJIである。

この時季の城崎と言えば松葉蟹、それもつい2週間くらい前に解禁されたばかりである。そうなれば、普段ならせいぜい1諭吉ちょっとの宿代の温泉宿が一年で最も調子に乗る季節となって、マトモな旅館のマトモな蟹コースだと、最低でも3諭吉は下らない強気の宿代を軒並み覗かせる。

その間隙を縫うように、企画途中から幹事同然のようになったジモティの芳氏がツテを辿って射止めた、設えこそ旧いものの、それなりの地元産松葉蟹のコースが味わえるH旅館だった。お代は3人部屋で@2諭吉ちょっと。十分でしょ!

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まず目指すは第一集合場所の舞鶴赤レンガパーク。念には念を入れて、所要時間7時間弱と見積もり3時30分出発。実は前の日を休暇にしていたのだったが、急遽降ってきた仕事のために出社し、帰宅して寝付いたのは11時を回っていたのだった。さすがにこの歳ともなれば肉体的にしんどいが、そこはそれ、遠足当日のあの心境で、睡眠不足なんて感じない。

遥か西を目指すドライブは、これまで鳥取カニ食いオフの前泊で天橋立まで走ったのが2006年11月(by PEUGEOT206XS)、最も遠い距離を駆け抜けた岡山オフが2012年12月(by BMW120iCoupe)だった。これらを経験してしまえば今回のチャレンジもそう苦にはならない。ただし今回は「股間がツーン」の状態ゆえ、シートヒーターなんてない愛車のシートにホカロンを貼っての旅路となった。

紅葉シーズンの土曜日とはいえ深夜、首都高から東名への全くストレスフリー走行、さらに走りやすい新東名に入れば巡航速度も20kmはおのずと上がってくる。例によって右車線貸切状態で最初のトイレ休憩の静岡SAへ。午前5時、まだまだ暗い。

車は長い静岡県を抜けて愛知県へ入った。いつしか夜明けを告げるドーンパープルに包まれていた。すると、前方に突如としてゴキ○リのような物体が! よく見るとそれは黒いプリ○スだった。それも右車線をチンタラ走行、じゃなかった安全運転走行中ではないか。これはイカンなぁ、高速道路の追い越し車線は追い越すためのもので、定速走行だったらキープレフトって習わなかったのか?

それをしっかり教えてあげようとアオる、じゃなかった後ろについてあげたら、ようやく車線を変更した。ところが、このゴキ○リ、じゃなかったプリ○スが次から次へと出現するではないか! そう、ここはト○タのお膝元だった。このパイロンを大型トラックともどもパスしていくうちに、幸いにも名古屋周辺の渋滞にも遭わず、一気に岐阜県へ突入した。

養老SAにて朝食兼トイレ休憩を取り、一路舞鶴へ。途中の一車線時々追い越しゾーンでのペースカーにヤキモキさせられつつも、予定より1時間早く目的地の駐車場に到着。メンバーの到着を寝ながら待つ事にした。家を出てからざっと6時間、600km。う~ん、さすがに眠気を感じるなぁ。

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ほどなくして全員集合。

まずは幹事のしげドン夫妻がアマガエル色の206CCで到着。続いて群馬から風酔亭夫妻が206RCで登場。大阪から206XTで参加のおふらんぷ氏に約束通りLPレコードの束を進呈し、ジモティ雅氏のラッピングではなく塗りのマットブラック仕様の106を拝んでいたら、ジモティのくせに道を間違えた芳氏の206XTが到着。名古屋からシトロエンC3参加したルル&おおで一家の1歳の娘、莉菜ちゃんにご挨拶して、横須賀モドキの海軍カレーなるものを食し、舞鶴港クルーズで数隻のイージス艦や輸送艦を間近に臨んだのだった。

目指す城崎温泉は、ここからさらに80km以上離れた場所。先頭のしげドン号に無線を渡し、シンガリの私と交信しながら計6台(PEUGEOT4台、シトロエン1台、BMW1台)の下道トレイン走行は、例によって信号と地元ペースカーに阻まれながらも、トレイン走行自体が久しぶりなだけに爽快だった。

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蟹だけで腹一杯になったのはいつ以来だろうか。

蟹刺に姿茹で、焼き蟹に蟹しゃぶと来れば、文字通りのフルコース! しかも地元産のタグ付きなので偽りナシ! 蟹のサイズこそお値段なりだったが、それでも十分大満足! 久しぶりの御馳走に一同大はしゃぎの賑やか、いや蟹だけに静かな宴会の時間が流れてゆく。

「おっ、カニ味噌たっぷり! こりゃあ日本酒だなぁ」というメンバーの声を尻目に、私はカニ味噌ですらノンアルビールで流し込んだ。〆の雑炊でさえもはやロクに食べられないほどボリューム十分だった。寝不足に加えて満腹せいか、今回も温泉街の昭和の香りプンプンのワケアリスナックへ繰り出してのカラオケ大会もナシ。せっかく持ってきたギターも出番ナシ。

こりゃ次回からはカラオケが同じ旅館内にでもなければ、このオフ会の3本柱(露天風呂、宴会、カラオケ)の一角が崩れてしまいかねない重大な局面となってしまったのだった。やっぱ歳なのかもね。

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こうなれば部屋へ戻ってグダグダするしかない。既に酔っ払い状態となった論戦バトル相手の芳氏が、シラフの私相手にいつものように挑みかかって来る。お互いに酔っ払っていれば支離滅裂トークにもなるが、今夜はシラフの私、冷静に相手の急所を突ける。酔っ払いってつくづくアフォだななんて観察したりして。笑

翌日は20kmちょい足を延ばして出石の皿そばへ。5皿が一人前だそうだが、朝食たっぷりの我々でも物足りないくらい。蕎麦は平打ちでやや濃いめの色だが、コシはしっかり。だから江戸のもりそばの如く、シンプルにつゆに潜らせて吸い込むのが良い。追加でさらに3枚ほど手繰って終了。気がつくと周辺は駐車場への大渋滞。こんな所でもスゴイ観光地となっていたのはビックリ!

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さて帰路。当然ながら行きよりもテンションが低い事に加え、帰京渋滞も織り込み済みなので、敢えて大阪・京都エリアを避け、舞鶴経由で来た道を戻る事にした。ま、今日中に帰れればいいや、と。

案の定、この時点で東名は御殿場から町田まで50km渋滞。中央道も大月から八王子まで30km渋滞。行ける所まで行って、渋滞エリア前のSAで食事&仮眠でもすれば良い。で、立ち寄ったのは行きと同じ静岡SAだったのは偶然。でもその先のSAは全部混雑の表示だったから、これはラッキーだったかも。

結局、22:00過ぎに無事帰宅。通販で買っておいてしげドン氏に交換してもらったBLITZのエアクリ(これが純正品のスポンジではなく、金属の網目構造だった)の高速で踏んだ時の吸気音を楽しみつつ、往復1300kmの一泊ドライブが完了した。これはひとえに(PEUGEOTもBMW共に)優秀な車とシートのおかげと言わざるを得ない。見てくれだけの国産車だったら、とっくに身体にガタが来ていた事だろう。

あ、それとシートのホカロンの威力もバツグンだった事も付け加えておく。少なくとも運転中、股間は無事だった。




(追記)
今月10日、名優の高倉健が亡くなった事が昨夜明らかになった。悪性リンパ腫、享年83歳だった。

若い世代にはピンと来ないかもしれないが、健さん=ヤクザ映画という世代に育った私には、着流しにドス(断じてピストルじゃない!)、相手(大抵は敵対する組の親分)の理不尽に耐えに耐え、いよいよ我慢の限界となって殴り込みを掛けに行く。その道中に現れ、健さんと行動を共にするのが、これまた渋い池部良や鶴田浩二だった。

健さん主演のヤクザ映画(ほとんどが昭和残侠伝シリーズ)のDVDが手元に5枚ほど。間髪入れずにあと2枚をポチっていた。ヤクザ映画全盛のあの時代も、渋い現代劇の近年も、健さんに影響を受けなかった男は誰一人としていなかっただろう。

巨星墜つ。ありがとう健さん、そしてさようなら。




忙中閑、POOB総会 in 黒部

職場の同僚のほとんどが無謀にも11連休を企てていたため、私もやむなく(?)それに同調したGW。カミさんから突然の温泉入りたい宣言により、一泊の西伊豆~箱根ドライブへ行っただけで、あとはのんびりギターとウクレレ三昧で終わりを迎えた。

GW後は6月からの全国研修ツアーのためのコンテンツ作成に突入した。それ以外にも、あれやこれやの業務も含めて来る日も来る日もミーティングと作成作業の連続となった。おまけに今回は我々トレーナーによる営業面談のロールプレー(Badバージョン&Goodバージョン)のVTR撮影もしなくてはならない。

私もDr役として白衣を着込んで出演するだけでなく、シナリオの執筆も任されているので、セリフについて社内監査部門との折衝にも苦労する。何せセールストークにいちいちエビデンスを求めて来るので、時々キレそうになるのをグッと堪えるのが一苦労なのである。

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そんな忙中に閑あり。POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)の総会が先週の土日、黒部の宇奈月温泉にておよそ1年半ぶりに開催されたのだった。

今回の幹事のはずだったコンドウ氏は何やら仕事が忙しかったらしく、開催計画がちっとも進まなかった。やっと風酔亭氏が手を挙げたものの、今度は他のメンバーも転職やら出産やら子供の受験やら結婚やら、人生の多忙期に入ったようで、参加したのはわずか3家族だけという寂しい総会となってしまった。

おまけにプジョーは、群馬から参戦の風酔亭一家の206RCのみ、岡山から206GTで参戦のしげドン一家はトラブルにより急遽BMW Z3 へ乗り換え、私の120i Coupeと共にBMWが多数派を形成してしまった。これではPOOBじゃなくてBOOBでしょ!

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私は午前4時起き5時出発で、第一集合場所の小布施PAへと関越道をひた走る。今回、珍しくカミさんも参加すると言うので、助手席リミッターとして乗せて行くハメになった。

小布施PAにて風酔亭一家、道の駅うなづきにてしげドン一家と無事合流し、まずは宿泊先のホテル黒部へ車を停め、宇奈月駅からトロッコ電車へ。実は私、黒部を少々ナメていた。トロッコ電車の終点からちょいと歩いた先に黒四ダムがあると信じて疑わなかったのだ。乗車寸前になって、これがとんでもない勘違いだと気付いたワケである。研修に限らず事前勉強って大事だわ。

我々の座席は窓のある特別車両ではなく、窓のないオープンエア車両。電車はむせ返るような新緑の中をゆっくりと走り、入れば極端に寒くなるトンネルをいくつも抜け、途中、黒四ダムには遠く及ばない小型のダムや花崗岩のためコバルトブルーに染まった湖水、雪崩のまま固まって溶けない万年雪などを見ながら約80分かけて終点の欅平へ。出発早々、ホテルのベランダから手旗を振っていた、我々を駅まで送ってくれたホテルのオネエちゃんの姿が微笑ましかった。

POOBには珍しく絶好の山日和である。散策道をしばらく進むも、猿飛峡への一本道は落石があったらしく途中で通行止め。手前の広場で持って来たます寿司弁当を食べた後、しばし足湯に浸かりながらニホンカモシカの親子連れを発見して下山した。雪をいただいた立山連峰の山々の華麗な姿と共に、以前行った山梨の昇仙峡にも似た峡谷の景色が印象的だった。

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ホテルは部屋からも露天風呂からもトロッコ電車が見える絶好の立地。当然、露天風呂からも走って行く電車が見えた。すかさず風呂から仁王立ちになって手を振ってあげたのは言うまでもない。乗客達は大喜びだったに違いない。

宴会は女性陣にも大好評な刺身あり焼き物あり揚げ物あり煮物ありシチューありの懐石風コースだった。この料理だったら良く合うだろうと私がチョイスしてあげた吟醸立山を、私以外のメンバーは美味しそうに飲んでいた。私はもちろんノンアルビール。

たっぷり飲んで食べて喋って2時間、歳のせいかそのあとのカラオケへは行かずに部屋呑みへ移動。館内にはカラオケボックスではなく女性付きのカラオケスナックしかなかったため、それも致し方なし。何せ参加メンバーの半数が女性だったし。

部屋呑みも盛り上がり、カミさんには知人から貰ったと言っていた2本目のウクレレを実はヤフオクで購入した事を思わず口走って墓穴を掘った私も含め、早起きしたメンバー達に眠気が襲って来たので、ここでお開き。時間はまだ11時前だった。歳とると健康的だわ。

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明けて日曜日。例によって一番早起きのしげドン氏の5時起きガサガサ音で目を覚まされる。風酔亭氏と連れ立って風呂から帰って来たのと交代に私も露天風呂へ。しばし一人でのんびりと沈思黙考。

二日目ノープランと言っていた幹事の風酔亭氏だったが、名物の蜃気楼が見られるかもしれない魚津港へ行く事になった。そこには超望遠レンズを構えた蜃気楼ハンターたちが集まっていていろいろ話が聞けたものの、結局蜃気楼は現れず終い、一見、木の根っこが展示してあるだけの埋没林ミュージアムを見学して昼食へ。

富山湾とくれば白エビ! ならばここは白エビ丼@2400円である。丼ぶりの2/3が生の白エビ、1/3が揚げた白エビで埋まっている。まあ、お値段はともかく、これだけ白エビ責めを喰らえば、イヤでも美味さがわかるというモンだわ。

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そしていよいよ解散の時を迎えた。次回は晩秋の城の崎温泉での再会を約し、それぞれ帰路に就いたのだった。東京からの総走行距離800km強、埼玉県に入ったあたりから渋滞にハマったものの、18:00前には無事帰宅できた。

休日がハードだと、翌日の仕事中に容赦なく眠気が襲って来て困ってしまうが、いよいよ全国研修ツアーと共に、休日出勤になるリアルロープレ研修も再開される。一般に研修は社員への投資と言われるが、この会社の研修もこのままのスタイルが続いていけばいいなと改めて思うこの頃である。




弾丸ドライブツアー 〜その2

今回の長距離ドライブにはもうひとつの目的があった。

先日、しげドン氏が奥方のBMW318tiにストラットタワーバーを設置したところ、コーナーでの回頭性もさることながら直進安定性も大幅に改善したというコメントを目にし、それならコーナーリングの向上を求めていた私の車にもと彼にオーダーしていたのである。そのタワーバー装着も楽しみの一つとなっていた。

集合場所の中国道勝央SAで装着後、ひと雨降った後のややウエットな路面でも直進性の向上が実感でき、同時にフロントが軽くなったような感触を覚えた。ボディの歪みが抑えられた事で、120iCoupe本来の50:50の重量配分がより効果的に機能したのだろう。これでパーツ代は2諭吉ほどなので、CPが非常に高いモディと言える。

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さて、宿泊ホテルは幹事のしげドン氏が仕事関係でも使っているそうで、ホテル側も気を遣ってくれていた。テーブル席がメインのダイニングスペースにあって、我々5人のために座敷の個室を用意してくれ、飲み放題にもしてもらっていた。モチロン、この後のカラオケルームもしっかりリザーブ済み。

食事の途中で若い仲居さんがサザエや大アサリを乗せたカゴを持って来て「一つ900円でお好みの料理法でお出しできますが」とオプションの販促。当然、OYAJI共は二つ返事で刺身やつぼ焼きをオーダー。いつものように客単価を上げる事に貢献! ホントいい客だわ〜。

ビール、日本酒、焼酎と一通りのアルコールを注入し、一同いい気持ちになってきたところで食事は終了、続いてB1のカラオケルームへ。カラオケは昭和限定がPOOBのルール。うっかりOYAJIたちの知らない曲を歌おうモンなら即消しされても文句は言えないのである。

ところがこのカラオケマシンに自動採点機能がオンになっていたからタイヘン! 初めこそ穏やかに点数を眺めては笑っていたものの、芳氏が明らかにメロディーを外し(早い話がヘタ)ながらも97点を叩き出したあたりからヒートアップ!

「あんな歌で最高点なんて許せね〜!」とばかりに、「アップテンポの曲なら点が高いはず」「いや、バラードで音程勝負だ」「いやいや、こういうのはいっそ文部省唱歌みたいな歌がいいんだ」「いやいやいや、わかったぞ。声の大きさだったんだ」 ・・・しかし結局誰も芳氏の点数を超えられなかったのだった。それにしても彼の高得点は岡山の七不思議だな。

カラオケの後は、これまたお決まりのアフター討論会。私は長距離ドライブに酒とカラオケで、今夜ばかりはさすがにバテ気味だったが、相方の芳氏が名前の通り、喰いつきやすい芳しい話題を振りまいてくれたおかげで、ここでもヒートアップ。結局眠りに就いたのは日付変更線を超えた午前1時の事だった。

あれ? 私、本日は2時から23時間も起きていた事になっちゃった。こりゃアセるわな。

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いくら遅く寝ようが、OYAJIたちの朝は早い。枕元で朝湯に向かうコンドウ氏と芳氏の足音を尻目に、私は睡眠時間を優先。それでも7時半過ぎには朝食会場へ。

チェックアウトを無事に済ませ、トレイン走行で一同が向かった先は、日頃しげドン氏が練習ルートにしているという山道。道幅は狭いわ、急カーブの上り坂ばっかりだわで、対向車が来ない事だけが救いのほぼ2速固定のハードなルートだった。

登り切った駐車場から見下ろせば、眼下に児島湾、遥かに瀬戸大橋の絶景。それを見てなぜか私は忘れ物をしているような感覚にとらわれていた。「そうだ、岡山の牡蠣を食べていないではないか!」

という事で、今度は牡蠣が食べられるという牛窓漁港へトレイン走行。最盛期にはまだ早かったようだが、自分で焼いて食べるお店で、出ていた生牡蠣20個全てを大人買いして食べ、返す刀で近くの洋食屋でカキフライをシェア。同時に名物えびめし(エビと玉ねぎ入りのデミソースの黒い洋風チャーハン)までゲット! これで完璧!

・・・・・・・

解散後は一路東京を目指すものの、予想通りの渋滞が待っていた。おまけに東京に近づくほど雨が本降りとなって来る。トドメは今朝起きた中央道笹子トンネルの崩落事故! おいおい、中央道は通らないものの、私だってこの先いくつトンネルをくぐるか分からないじゃないの! 肝だめしじゃあるまいし、カンベンしてちょんまげ。

休日のUターンラッシュにウエットとあって往路ほど踏めなかったが、それでも仮眠を入れて9時間ほどで無事に帰宅。全行程は予定通りにほぼ1500km、オンボードコンピュータによる平均燃費は12.6km/L。高速道が80%以上だったが、あれだけ踏んでこの燃費ならまあ良しとしよう。

今回は我ながらよく走り切ったな。振り返れば、当初覚悟したほどの負荷ではなかったように思う。それは取りも直さず車の良さに助けられた結果だろう。プジョー206XSで鳥取を目指した時よりも明らかに快適だった。

次回のPOOB総会は、コンドウ氏が中心となって初夏の能登半島を目指すという。今回参加できなかったメンバーは次回こそぜひ!



おしまい




弾丸ドライブツアー ~その1

先日の土日は、今年最後の一大イベントとなる「POOB総会 in 岡山」だった。

総会は通常、東地区と西地区とで年に1回集まっては温泉&宴会&カラオケ(この3つが必須条件)で盛り上がる元、現役プジョーオーナーのOYAJIを中心とした緩いイベントなのだが、いつもは10~20名近い参加者となるはずなのに、今回は微妙に都合がつかなかったようで、地元岡山の幹事しげドン氏夫妻(206GTI)、姫路から芳氏(206)、名古屋からコンドウ氏(406Coupe)、そして東京方面からの参戦は私一人という淋しさ。

それでも、たとえアフォと言われようとも、開催地へは原則マイカーで駆けつけるのがPOOBのみならずオフミのお約束。私も当然そのつもりだった。まあ、せいぜい疲れの残る帰路あたりは、どこかで後泊でもすればノープロブレムだからである。

ところが今回に限って、恒例の全国研修ツアーが早々と翌月曜日からスタートするというからタイヘン! おかげで、はるばる岡山まで宴会&カラオケを挟んで2日間の弾丸ドライブツアーと相成ったのだった。そんなにタイヘンなら電車で行けばいいだろとの意見もあるが、万難を排して車で行く事に意義があるし意地もあるというモンである。それこそ50代の(楽しい)チャレンジなのだ。

・・・・・・・

目的地は650km先で集合時間は午前11時なので、出発予定は午前3時と定めた。なので、午後9時前に床に就いたのだが、予想通りすぐに眠れるワケもなく悶々。BGMをかけながら何とか眠れたのは、それからだいぶ経ってからだったに違いない。

それでも無意識に神経が高ぶっていたのだろう、目覚ましセット時間より30分も前に目が覚めた。まるで遠足の朝状態…。何気にmixiを見たら、3時出発では厳しいかもとのメンバーからのコメントが! 慌てて予定より15分早い2時45分に出発!

真夜中の午前3時と言ってもここは土曜日の東京、山手通りなどはそこそこ車の量も多い。ところがいざ高速に入ったら一転、通行量が激減し、目立つのは中央車線を走っているトラックのみ。右車線はほとんど貸し切り状態となった。

これならペースアップすれば前半で相当時間を稼げるぞ! ましてやペースカーやパイロンカーがいない分、昼間よりも視界が悪いはずの夜間ドライブの方がむしろ走りやすいわ。気持ちイイ~!

それは新東名に入ってさらに顕著となった。カーブの少ない広い車線上に走っているのはほぼ私だけ。勢いアクセルを踏み込む足にも力が入ろうってモン。あらら、うっかり油断してたらたちまち「ぬよわkm」突破! いけないいけない、良い子は安全運転しなくっちゃ~!

おかげで夜明けのスタバを予定していた三重県の御在所SAには1時間も前に到着。午前6時じゃスタバは開いてないじゃん! で、しょーがないので自販機コーヒー。トホホ

大阪豊中あたりから兵庫県宝塚ICまで、遂に恐れていた渋滞に遭遇! その長さおよそ10km! 土曜日なので通勤渋滞なのかもしれないが、都内の渋滞よりも遥かに流れてはいた。ここが関西の渋滞のいいところなのかも。

所要時間が心配されたものの、結局集合地点の中国道勝央SAへは9時40分に到着。途中休憩3ヶ所(駿河湾沼津SA、御在所SA、加西SAは給油)で、所要時間は7時間ほどだった。これって結構いいペース?

特記すべきは愛車のBMW120iCoupe。これだけ一気に走ってもストレスフリー。スプリントブースター装着とはいえ、踏めば応える俊敏なエンジンフィール、決してムダな緊張を強いない超安定なハンドリング、そして何より腰の一つも痛くならないシートに感心した。やっぱいいクルマだね!

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やがてメンバーも集合(一番近い芳氏が最後に到着はご愛嬌)し、焼肉の名店「藤良」にて津山ホルモンうどんの昼食後、伝説のレストアショップ「OLD BOY」のカフェであのフレーバー・コナコーヒーをケーキセットでGET! しげドン氏の車に乗せてもらって何度か訪れたお店だったが、まさか自分の車を運転して訪れる日が来ようとは! 掛け値なしに感無量!

ホテルにチェックイン前の腹ごなしにひとっ走り。アップダウンのバランスが絶妙な鷲羽山までの山道を登り、頂上から瀬戸大橋の雄大な景色を堪能。この頂上駐車場料も通行料も全て無料というのがいかにも羨ましいとはコンドウ氏。

その後はしばし島なみ海道を走って、いよいよ宿泊地の「ダイヤモンド瀬戸内マリンホテル」へ。ひとっ風呂浴びたら、いよいよここから総会の本領発揮となる宴会&カラオケのスタート。ワクワク!

・・・ここに至って私は、すでに起床してから15時間近くが経過していた事に初めて気付いたのだった。これから長い夜の始まりである。



つづく





あれから10年、POOB10周年総会だ~!

この土日が来るのを実に数週間前からワクワクして待っていた。

そう、POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)の設立10周年記念総会 in 平湯温泉である。

POOBは今を遡ること10年前、元はと言えば名古屋で開催されたプジョーオーナーのオフ会に端を発し、その時名古屋で勤務していた私の東京出戻りをキッカケとして発足された会だった。2002年7月、灼熱の岡山(山の上の岡山国際ホテル)にて設立総会が行われた。

初代メンバーは岡山のアーシングの巨匠しげドン氏、隣りの姫路から芳氏、名古屋からはume氏、横浜からは事務局をやってるくりみ氏、そして私の5名から始まった。メンバーの生息地を見れば、見事に太平洋のOYAJIがベルトで結ばれているではないか!

それが今やOYAJIに加えOBANや子供たちまで総勢20名超まで増殖している。ベルトも南は岡山から北は栃木まで延びている。POOBのユニークなところは、普段のオフ会はほとんどなく、原則年2回、西と東でそれぞれ泊まりの温泉&宴会&カラオケ三昧の「総会」があるだけなので実にユルい。だから夫婦子供連れでも気軽に参加できる。

中には一度も総会に出席する事なく去って行ったメンバーや病に倒れて名誉会員になってしまったメンバーもいる。プジョーのオーナーズクラブだったはずが、私も含めてすでに乗り換えちゃっているメンバーも少なくない。ま、それが10年の歴史だと思っている。こんなクラブも気楽でいいじゃないか。

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待ちに待った10周年記念総会。

第一集合場所は松本城近くの駐車場なのだが、岡山を前日深夜出発のしげドン夫妻を筆頭に各自が時間を読んで集結する。だが休日という事で事故などの渋滞が行く手を阻む。私も土曜日の朝5時半に出発したものの、中央道では大小2つの事故渋滞が発生していた。

私より後に事故渋滞に突入したくりみ氏以外のメンバーは何とか時間までに集合し、ルート幹事の風酔亭氏の案内で市内の四柱神社を参拝してから洋食屋「おきな堂」にてランチ。この時点で10台(しげドン夫妻、風酔亭&のんちゃん夫妻、ピング夫妻、おぉで&るる夫妻、芳氏、コンドウ氏、亮氏、タニモト氏、私と遅れてくりみ氏の14名)が集結。

ここから、岐阜県側の除雪がまだなので不通だった安房峠旧道を諦めて安房トンネル経由で平湯温泉へ。ショートカットトンネルなど絶対にチョイスしないメンバーだが自然には逆らえない。それでも平湯館までは念願のトレイン走行。峠は得意のプジョーたち、ペースカーが消えた区間だけではあったが、ハタから見てもかなりのハイペースでドライビングを楽しんだ。私もプジョーXSの時は置いていかれたが、BMWの四発でやっと追いつけるようになったくらいである。

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平湯温泉の湯は実に気持ちのいい良泉だ。かつて総会の会場になった鹿教湯温泉に並ぶレベルと見た。

ここでinakichi氏とY.N.氏が到着して参加予定メンバーがすべて揃った。まずは温泉で身体をほぐし、早くも18時から始まる夕食宴会へ。ここでビンゴ大会も予定されていたが、おあつらえ向きに会場が予想外の広間で舞台付きと来たモンだ。そこに各自持参の景品を並べ、ビンゴ幹事である私お手製のビンゴカードとiPadビンゴアプリで盛り上がれたのは嬉しかった。酒代浮かすためにこっそり持参したお酒ばっかり飲んでた反則攻撃はナイショ。

実は発足当時からくりみ氏がPOOBのテーマソングを作っていて、この日も彼が歌詞カードまで配って歌ったのだが、今回も誰も歌えなかった。こんな可哀想な扱いを受けているテーマソングも珍しい。

POOB総会の夕食開始時間が早いのにはワケがある。そう、この後にお待ちかねカラオケ大会が待っているからである。 モチロン貸切! POOBでは、カラオケが確保できなければどんなにいい温泉宿もアウトなのだ。それほどメンバーのニーズが高いし盛り上がる。ただし「昭和限定」!

この夜も、まずはノド慣らしとばかりにくりみ氏と私のツインボーカルによるアリスメドレーからカラオケの口火が切られた。POOBのカラオケは至ってシンプルだ。昭和の歌なら老いも若きも一切遠慮なくどんどん歌ってOK。うっかり新しい歌を歌おうモンなら即消しというOYAJIルールがあるのみ。

メンバーが入り乱れてリクエストしては歌い狂う。定番はくりみ氏の傷だらけのローラの絶唱。今回は風酔亭氏が勝手にYou Tubeにアップしていた。タニモト氏が歌った歌(曲名忘れた)が昭和の歌じゃないだろう疑惑を呼んだものの不問に付されたりしながら、それぞれが歌いまくってあっという間に予定の2時間が過ぎた。

最後は全員で肩を組んで「乾杯」の合唱。これまたOYAJIの定番と言っていいラストシーン。

これで十分燃え尽きたはずだが、宴はまだまだ続く。今度は我々の部屋を宴会部屋にしての三次会となるのだが、ここでの定番は芳氏と私の酔っ払いディスカッション。後から思えばどーでもいい内容なのだが、お互い譲る事を知らないOYAJI同士ゆえ途中でやめられない。いつも夜半過ぎまで延々と続くのだ。

でも今回は飲み過ぎて記憶がおぼろだが、芳氏だけじゃなくその場にいた皆を敵に回してあれこれゴタクを並べていたような記憶が残っているのは気のせいだろうか?

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前日に続いてこの日もいい天気! こんなラッキーは総会始まって以来かもしれない。

ここで別行動を取るメンバーに別れを告げ、主戦部隊は一路新穂高ロープウェイへ。割引券使用でも2500円もする搭乗券を買って2つのロープウェイを乗り継いで辿り着いたのは2000m超の山頂。風もなく穏やかな日差しが降り注ぐ山頂からは雪を頂いた穂高連峰の迫力と美しさが我々を圧倒する。とりわけ最高峰の槍ヶ岳をクッキリと見る事ができた。これは掛け値なしに感動モノだった。ああ、来て良かったぁ~!

最後は道の駅「奥飛騨温泉郷 上宝」で飛騨牛鉄板焼定食のランチを堪能して解散。私は風酔亭夫妻と松本まで戻り、ある程度の渋滞は覚悟して中央道をチョイスしたが、上野原近辺の10km渋滞までは快適そのもの。例によって右車線を流す車を後ろから諭しつつ、まだ明るい18時半前に帰宅する事ができた。

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あれ程楽しみにしていた2日間だったが、終わってみればあっけないくらいだった気がする。楽しみなイベントほど時間の流れるのが早いのは分かっちゃいるけど、やはり祭りの後の寂しさ、が切ない。

次回は11月に西のエリアで開催されるのは皆で確認した。西の総会ともなれば場所にもよるが、何年か前の鳥取総会の時みたいに前泊移動が必要かもしれない。四国も候補に上がっているとも聞くが、最終的にはいつのまにか幹事役になってしまっているしげドン氏が決めるだろうからそれを楽しみにしよう。

ユルイから時にズルズルグダグダなのか、ユルイからここまで長続き出来ているのかは知らない。だけどメンバーはPOOBというクラブが大好きで、POOBの名の下に世代を超えて集まれる事が嬉しいのだ(と思う)。

プジョーとPOOBに出会った事が宿命ならば、サヨナラだけが人生じゃないと信じつつ、オーシャンサイドのドライブロードをひらりひらりとカッコよく駆け抜けて行こうじゃあ~りませんか!






秋は伊勢志摩でPOOB総会! ~その2

いつもの総会と違って、けっこう爽やかな朝を迎えていた。

ハムや卵焼きに干物と、ありきたりな献立の朝食だったが、これも美味しくいただけた。夏には海水浴場になるだろう海岸近くの部屋に朝の潮騒が心地よく響いて来る。後はここで合流予定のおぉで&るる夫妻の到着を待つばかりだ。

と、ここでくりみ一家が先に出発すると言う。そもそも彼の奥方と娘さんがはるばる横浜からついて来たのは、決してPOOB総会に出るためなんかじゃない。ショッピングモール訪問こそが彼女らの真の目的であり、それがない場所にはついて来ない。今回は「土岐プレミアム・アウトレット」が狙いだった。

ルシファーレッドのプジョー206から同じ色のシトロエンC3に乗り換えたばかりのおぉで&るる夫妻が到着したのはそれからすぐだった。新型C3は運転席の上まで延びたフロントウインドーの解放感が秀逸で、まるで屋根のあるオープンカー(?)といった感じに一同感心しきり。最近のシトロエンはプジョーより目立っているな。

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前日の12名から3名が別れ、2名が本日参加という事で現在9名。駐車場でしばらくウダウダした後、プジョー206が3台、207が1台、シトロエンC3が1台、アクセラが1台、そしてBMW120iCoupeが1台という総勢7台の布陣でトレイン走行スタート。向かったのはパールロードの浦村にあるという牡蠣の食い放題のお店。

と言っても特にお店を決めていなかった我々は、途中で給油したスタンドで知り合いの焼き牡蠣屋に案内していただく。そこでは牡蠣御飯と牡蠣入り味噌汁の付いた小粒の焼き牡蠣食い放題コースが2100円、アラカルトなら大粒の焼き牡蠣@100円と言う。どうせなら大粒という事で、とりあえず一人10個(1000円)を注文した。

大粒の牡蠣を海から揚げて来るまでの繋ぎにと注文した牡蠣の佃煮(300円)が美味! 思わず白いご飯持って来いと叫ぶ。2パックしかないというお土産用(1000円)もすかさず買い込む。その間にも「待たせてすいません。これサービスです~」と小型の焼き牡蠣や蒸し牡蠣が次々と運ばれて来る。つくづくサービス満点の店である。

初めこそ焼きたての熱さと殻のどこにナイフを入れていいのか戸惑った私だったが、何度も小型の牡蠣で練習したせいか、じきにコツをつかんだ。コツさえつかめば、メンドクサイと思っていた殻剥きも逆に楽しみになって来る。

そうこうしているうちに、満を持して大粒の焼き牡蠣登場! いや~、こりゃまたいい大きさじゃないの! 中の身も大きくてプリプリだぁ~!

一人あたり10個注文したので次々と焼き上げては運ばれて来るが、ふいにお店の人から「いくつ食べましたぁ?」との声が! 思わず一同「4、5個くらいかな~?」とトボけるが、実際はもっと食べていただろう。けれどもお店の方も適当なんだろうか、「そうですかぁ~」と再びどんどん持って来るではないか!

大粒小粒の牡蠣、焼いたの蒸したの佃煮だの、おまけに牡蠣ご飯で全員大満足の満腹状態。結局、一人20個以上は食べただろう。ど~でもいいけど、このお店のサービスぶりは尋常じゃないわ! お店の名前は「モンキー」。

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鳥羽市の中心部からちょっと離れたお土産屋で解散。

私とinakichi氏は一路東名を目指してひた走る。東名までは比較的順調だったが、東名に入るや否や御殿場から先が45kmの渋滞との情報が! やがてそれが50kmに延びるに至って我々は富士川PAに入り、名物のアジ刺しの入った定食を夕食に食べながらルートの最終検討。

中央道も2つの事故の影響で長い渋滞ができていて迂回も効果なさそうという事で、御殿場ICで降り、山中湖から道志を経て相模原へ抜ける道志みちを行く事にした。その道志みちは過去にツーリングで通った事はあったが、それは明るい昼の間で、こんな暗い夜の山道は正直ビビる。

でも今回のドライバーはこんな山道なんて海千山千のinakichi氏だ。普段から愛車ゴルフGTIを駆って過走行の遠出を繰り返している彼に任せれていればいいのである。

そのinakchi氏、先を行く地元ナンバーのレガシーワゴンに負けず劣らずの超高速コーナーリングで飛ばすこと飛ばすこと! おかげで距離は延びても時間は大幅に短縮できた。おまけに彼のドライビングを助手席で見ていて自車の限界が垣間見えた私は、次回からは自信を持って峠道のコーナーに突っ込んで行けるだろう。

日野で彼を降ろして往復1000kmに及んだドライブも無事に一段落した。後は中央道で自宅に向かうのみ。思わぬ大渋滞のために帰宅は日付変更線を越えてしまうかもと思われたが、22時20分には自宅に到着できた。めでたし、めでたし。

来年はPOOB設立10周年を迎える。開催時期は5月下旬、場所は平湯温泉あたりを予定している。この節目の総会に過去最多の参加を願いつつ、今宵はさすがに疲れた身体をゆっくりと休ませるとしよう。

(おしまい)



「秋のPOOB総会 in 伊勢志摩」フォトギャラリー by mixi
(ノーモザイクにつき、マイミク限定公開です)





秋は伊勢志摩でPOOB総会! ~その1

さてさて、今年もやって来ました「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)秋の総会 in 伊勢志摩」。

東京からおよそ500㎞、今回はinakichi君という相棒を乗せての旅立ちだった。幹事のしげドン氏からの指示は、何と10:30に伊勢外環道の嬉野PA集合という過酷なオーダーだった。渋滞回避も考慮して出た結論は、午前4:00に自宅を出、日野市の豊田駅にて彼をピックアップして中央道経由のルートで行くというものだった。

26日(土)、真っ暗なうちからトラックをかわしながら高速をブッ飛ばし、東海環状自動車道までは順調そのもの。だが今日は休日、好調がそんなに続くワケもない。案の定、長島ICを過ぎてから雲行きが怪しくなり、ついに四日市ICあたりで事故渋滞15㎞が発生していた。

このままでは集合時間に間に合わなくなる恐れが出たので、津ICまで下道に降りて走行するも、ここもまたノロノロ。結局、嬉野PAには10分遅れで到着したのだった。

そこで待ち構えていたのは、206CCのしげドン夫妻に最近2台目のアクセラ・スカイアクティブに乗り換えた亮君というおなじみのメンバー。そして初参加がお二人。一人は、とっくに還暦を過ぎたにもかかわらず、そこからプジョー206XSを購入したY.N氏。それが私の前愛車と同じ型のプジョーというのが泣かせる。もう一人は、しげドンさんの紹介で岡山から参戦のTanimoto君。OYAJIベルトとしては若過ぎる28歳だが、白の207特別仕様車が眩しかった。

・・・・・・・

伊勢志摩とくれば、最初の訪問地は伊勢神宮だろう。まずは外宮近くの駐車場へ車を停めて外宮を参拝。10年位前に名古屋からカミさんとドライブ旅行で来て以来の参拝だった。あの時は外宮参拝のみで終わったけど、今日は内宮へも行く。相変わらず外宮は人も少なめで、そこは厳かで凛とした空気に満たされていた。

ダラダラとしばらく進んだら、反対側から見慣れぬ(似合わぬ)スーツ姿の二人の姿が近づいて来た。見れば、群馬から名古屋に前泊して一足先に来ていた風酔亭夫妻ではないか!

神官に知り合いがいて特別祈祷をしてもらうとの事。という事で一同打ち揃って本殿へと進む。本殿横の柵で囲まれたエリアが特別祈祷所らしい。低い柵越しに見ていると風酔亭夫妻が神妙にこうべを垂れて祈祷を受けていた。私も柵近くで祈祷の声だけ拝借した。

参拝後、卵入りで温度を下げた伊勢うどんで舌をヤケドする事もなく昼食終了。太く柔らかいうどんとやや甘めの濃いつゆとのバランスも良く、これならお伊勢参りしたジイちゃんバアちゃんも喜んで食べられるだろう。

内宮へは臨時バス(410円)で移動。これはしげドン幹事のチョイスだったが、実はそれが大正解だった! 

内宮は外宮の10倍以上も人がいて、当然、駐車場は大混雑の大行列だった。ほとんどが外宮参拝をスッ飛ばしたコンビニ参拝客に違いない。このバチ当たりどもめが! こちらは団体客や外国人も多く、文字通り観光地然としていて本来厳かであろうはずの雰囲気ブチ壊しだった。いっそ、外宮を参拝した証明書がなければ内宮は入場禁止にしてやればいいのだ。

参拝の願い事は「家内安全、学業成就、健康回復」とシンプルに決めてある。これを外宮、内宮のいくつかの拝殿で唱えたからご利益百倍なはずだ。さらに外宮から内宮へと正式な廻り方での参拝を終え、その両方で浪人中の息子のために学業成就お守りを買った。二つ合わさればこれまたご利益千倍・・・と思いたい。

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相差(おおさつ)にあるホテルにチェックインしたのは5時過ぎだったろうか。すぐに日が暮れて暗くなった。部屋割りの後はまずは風呂! 泉質はマイルドで良好だったが、広い内風呂と違って露天風呂は4、5人も入れば一杯の狭さで、我々が行った時にはすでに満杯だった。

風呂から上がったらまずはビール。部屋のビールはキンキンに冷えていてノド越し満点! さあ、いよいよ夕食宴会の始まりだぁ~!

宴会場は客ごとにパーティーションで区切られていた。我々POOBの部屋は中ほどの位置にあったが、手前の大きめの部屋の前には赤いミニ・スーツ姿のスーパーコンパニオンが2人待機しているじゃないの! この部屋の主はナントカ遊具協会とやら。それじゃさもありなん、納得せざるを得ないわな。貧しい我々は、せいぜい「ご苦労様で~す」と彼女らにご挨拶して通り過ぎるしかなかったのだった。

やがて舟盛りをメインとした料理をツマミつつ自己紹介などでこちらも盛り上がる。隣りからはすでに下手なカラオケが鳴り響いていた。だが、それを尻目に不思議と冷静なOYAJI達。それもそのはず、我々は別室のカラオケ専用ルームを借り切っていて、食事の後にそこで思う存分シャウトできるのだから余裕のヨッチャンだ。

舟盛りの刺身が食べきれないほど満腹になったメンバー達、いよいよ二次会のカラオケルームへとそそくさと移動を開始した。大浴場の隣にあるカラオケルームは完全に隔離されたエリアで、ここならいくら騒いでも治外法権だ。おまけに我々は10名程度なのに20名は入れる広さだったのも嬉しかった。

・・・・・・・

カラオケこそPOOBの真骨頂である。しかも昭和限定というところがいかにもOYAJIらしいではないか!

口開けは久々に家族3人で参加したくりみ氏。曲はモチロン「傷だらけのローラ」だ。続いて私のボイストレーニング兼用の「ff」。ここは通信カラオケじゃなくてDVDカラオケだったので、いつも2人でやってたアリスメドレーは残念ながらなかった。

風酔亭氏がバラードを歌えば、すかさず奥方とShall We Danceをかますわ、懐かしのフリ付きで叫ぶわの貸切やりたい放題が続く。しげドン氏はフォーク系がお得意で、亮君もアイドル系で応戦する。そうかと思えば、inakichi君の意外な大声量も負けてはいない。

若いTanimoto氏もどこで覚えてきたのだろうか、昭和の歌をがんばっている。驚いたのは還暦OYAJIのY.N氏。そのおとなし気な雰囲気に似合わず、歌う歌が「時には娼婦のように」や「ホテル」などの妖しいエロムード歌謡ばかり。彼が「エロ歌OYAJI」の称号を手にするのに時間は要さなかった。

やがて時間の都合により、ワンコーラスで終了の「一番搾り」になったものの、OYAJI達の歌声はいつまでも鳴り響いていたのだった。先日の検診以来、お酒の量を控えめにしていた私は、そのせいで声の乗りがイマイチだったと密かに反省。

でもまだまだ終わらない。お後は部屋で三次会。しげドン氏持参の日本酒を酌み交わしつつ、午前2時近くまであれやこれやの雑談会。5人足らずなのに日本酒四合瓶2本があっという間にカラ。

わかっちゃいるけどヤメられねぇ~! と来たモンだ。 


(その2に続く)





OYAJI、横浜で吼える!

左手に飛鳥Ⅱ、右手に氷川丸、ニューグランドホテルを背中に背負って佇めば・・・そう、ここは横浜山下公園。前回の名古屋以来10ヶ月ぶりの開催となったPOOB総会の舞台である。

土曜日の朝、カミさんを仕事場に送って首都高に乗ったものの、わずか30分程度で着いてしまった私は、集合1時間前のホテルのロビーを出て、ここ山下公園のベンチに座り、手にしたコーヒーを静かにすすっていた。やがて始まる狂乱の宴に己の全エネルギーを注ぐために。

定刻近くになると、岡山から夜通し700km走破して来たしげドン夫妻と芳氏、群馬から出遅れながら辿り着いた風酔亭夫妻、愛知から単騎やって来たコンドウ氏がホテルの地下駐車場へ車を入れ、珍しく電車参戦の幹事inakichi氏を加えた面々が集合した。

実は、ホテル集合組全員が集まる前に、しげドン氏には私のBMW120iCoupeのアーシングを地下駐車場にて施してもらった。テスターで電流の流れをチェックしつつ、トランクに搭載されたバッテリー周りに2本、エンジン周りに3本のコードが設置されたようだ。最後にエンジンを掛けてみると、今朝とは明らかに違って軽やかにフケ上がったではないか! こりゃ明日の帰りの首都高が楽しみだ。

・・・・・・・

さて、横浜と言えば中華街、そう、あの「東林」へランチに出掛けるのだ。ランチと言ってもセットメニューではなくアラカルト。ここはジモティのくりみ氏オススメの店で、特にワタリ蟹の卵炒めやピーナッツ餡の胡麻ダンゴが絶品で、我々も機会ある毎に何度か訪れていた。しかも今回はPOOB総会では珍しく、昼間から車を離れているためアルコールOKなのだ。

ここで合流したくりみ氏と同僚のTT氏を交え、昼の1時だというのに総勢10名のOYAJIとOBANが盛り上がった。あっという間に紹興酒のボトルが3本空き、このわずか4時間後には夕食が始まるというのに、いっさいの手加減無しに料理を平らげていく様は、もはや総会名物と言っていいだろう。

一同はホテルに戻ってチェックインを済ませ、今度は赤レンガ倉庫へと向かう。ここで2時間くらい時間を潰し、いよいよ本日の夕食会場である「横浜ビール 驛の食卓」へとランドマークタワー経由で歩き出した。だがこれが結構な距離で、ざっと3kmは歩いただろうか。

歩いたせいか、さっきの紹興酒はどこかへ消し飛び、寒さもモノともせず5~6種類はある地ビールを次々に飲み干した。ここで愛知から参戦のピング夫妻、練馬から初参戦の007氏、それに泣く子も黙る(?)ウチのカミさんが合流し、これで今回のオールスターキャストが揃った。夕食開始時間が6時と異様に早いのにはワケがある。この後に控えているカラオケ大会に十分な時間が確保できるようにするためで、メンバーの腹具合なんて関係ない。

横浜地ビールなどとナメていたが不思議にどれも美味く、珍しくメンバー全員ビールで最後まで通しご機嫌。8時過ぎ、いよいよ本日のメーンイベント、総会定番のカラオケボックスへとなだれ込んで行ったのだった。ここ何回か総会に欠席していたくりみ氏の溜まりに溜まった欲求不満マグマが十八番「傷だらけのローラ」で大爆発し、ここに狂乱のカラオケ大会の幕が切って落とされた。

POOB総会のカラオケのルールはただ一つ、歌える歌は昭和限定だということ。だが、それを知らない初参加のTT氏がウッカリ新しい歌を歌ったのを各メンバーは見逃さなかった。いつもなら「そんな歌知らねぇぞ~」のヤジや即キャン攻撃がカマされるのだが、さすがに初参加メンバーではそこまで出来ないので、歌い終わるのを待ってマイク越しに説教。もちろん、彼が次に見事な昭和の歌を披露したのは言うまでもない。

飲み放題にもかかわらず、持ち込んだ日本酒やワインをガブ飲みしては血管が切れそうなシャウトをカマす! 人が歌ってる歌に勝手にハモりを入れるなんてのは当たり前~! もはやマイクなぞあっても無くても関係ない大合唱の渦~! ・・・こうしてまた、いつものようにタダれた夜が更けて行くのだった。

・・・・・・・

ホテルに帰って眠い目をこすりつつアジア杯の決勝戦を観る。オーストラリアに押されてはいたがスコアレスのままの延長戦、長友のセンタリングから李のボレーが鮮やかにゴールネットを揺らし、これが決勝点となってザックJAPANは無敗のまま見事優勝した。グッジョブ!

翌日は朝食後一旦解散。我々は中華街でブタマンを買い、今度こそホテルを後にした。

帰りの首都高ではアーシングの効果を存分に味わう事になる。プジョー206の時と同様、エンジンのフケ上がりは軽くなったが、BMWでは加速も力強くなっていたのである! 行きとはまるで違う、車ごと替えたかのようなフィーリングについついアクセルを踏んでしまうが、決まってとなりのカミさんが悲鳴を上げるのでリミッターは効いていた。BMW素人の私でも分かるこの違い、やはりアーシングはCPの高い、かなり有用なチューンと言えるだろう。

さて、次回の総会は紀伊半島(と言ってもせいぜい伊勢志摩あたり)が候補地となった。西の幹事さん、ヨロシクね!





ドナドナ

足掛け10年乗って来た、愛車プジョー206XS(4AT、チャイナブルー、2001年型)を車屋Yに引き渡した。

ATトラクション異常が発症した先月下旬から、ディーラーでの50万円AT全取っかえ診断やそれに追従するようなYの外車AT限界宣言などを経て、ついに買い換えを決意。ところが、もともとこの206を乗り潰すつもりで9年目の車検も通した私には、ある程度の予算内で乗り変えたい車なんてそう簡単には見つからなかった。

さらに紆余曲折の末、新車のみならずランクアップした中古車乗り継ぎという選択肢もある事に気づかされ、たどり着いたのがAlfa GT Exclusiveだった。が、良いのはデザインだけってコトであえなく撃沈。結局、最も選びたくなかったベンツ、BMW、アウディのようなゲルマン製装甲車へと徐々に導かれていった。

トドメは偶然ショールームで見た120iクーペとそのデモカーの格安購入提案だった。クーペならボディカラーはホワイトと決めていた私の好みとこれまた偶然一致。折しも雨の土曜日、閑散としたショールームにおける偶然のお導きだったのだろうか。はたまたこれが必然の運命と呼ぶべき出会いだったのだろうか。

さらに値引き倒した契約も順調に終わり、後は納車を待つのみとなった時、206に不思議とトラクション異常が出なくなった。正確に言えば、初めて出た後、ディーラーでのテストドライブで再発したものの、その後300km近く運転して来たが全くと言っていいほど出ていない。機械とはいえ、10年も一緒にいれば持ち主との間に何かが伝わり何かが芽生えていたのかもしれない。相棒最後のアピールか? そう思わされるエピソードだった。

・・・・・・・

名古屋に赴任していた2001年、とあるプジョーディーラーを訪れた時、入社以来初めての客が私だと照れくさそうに言った若い営業マンのM君。彼から4年落ちのVR-4(購入総額は350万円だった)を90万円で下取りに出して購入、いよいよ生涯初の外国車オーナー生活が始まったのである。

その後はプジョーオーナーのオフ会参加やホームページ立ち上げなどで、生活そのものがプジョー色に染まって行った。そもそもプジョー206は、一流ホテル横付けも似合うオシャレなデザインと足で地面をガッチリ掴んでクイックターンでコーナーをクリアして行く、本当のFun to Driveを味わわせてくれる走りの楽しさが両立した車だったのだから、それも当然と言えば当然だろう。

納車以来幸いな事に駆動系はもちろんのこと、トラブルというトラブルも無く、ロングドライブでも腰に来ない抜群のシートに座りながらエキセントリックな日々は流れて行った。もっとも、何かのイベントでもない限り、日常は買い物車と化してはいたけれど。

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最後の日までの総走行距離は35728km。という事は年間平均走行距離約4000km。とてもプジョーフリークとは思えない体たらくだが、もっともっと長く乗り続けられると信じていたから、ほとんどメンテフリー(放置プレイ)にしている相棒には、これくらいのペースで妥当なんだと言い聞かせてもいた。

だがその日は思いがけずやって来た。これも機械の宿命というものなのだろう。

それでも、まるで不治の病に冒された相棒を見捨てるような後ろめたさすら感じつつ、これも一期一会とはいえ、お疲れさまという言葉だけでは何とも切ない。

今、家のガレージは次の相棒のためにポッカリと空いている。そのスペースがまた、無性に寂しくもある。






続々 さて、どうしたものか?

ディーラーのテーブルで目に入ったモノ、それは「認定中古車」の文字と写真だった。

このディーラーは、お目当てのフィアットと共にアルファロメオのディーラーでもあった。そこにはシルバーに輝く「ALFA GT 2.0 Exculusive」が映っていた。アルファと言えば、官能的美女のイメージがあるメーカーだが、何しろガタイがデカいモデルが多い。で、ハナから射程外だったのだが、そこに「アルファの中でもコンパクトで・・・」の文字が。

店内にあったムックで調べてみたら、なんと車幅が1.7m台だ。それでも今さらアルファレッドに乗るつもりはないが、写真の彼女はシルバーで内装はベージュのレザーである。もちろんデザインは文句ナシの絶世の美女だ。早速、実車の存在を確認したところ、大田区の店舗にあると言う。はやる気持ちを抑えつつ、環七をひたすら南下して店舗に着いたのだが、なぜかそこに美女の姿がない。店員に訊くと、つい2時間前に板橋区の店舗に陸送されたとか!

これは美女が誘っているのか、それとも逃げているのか?

こうなったら意地でも追いかけてやる。着いた店舗は環七沿いの練馬区と板橋区の境あたり。何のコトはない、ここが自宅から一番近い店舗だった。はたして美女は玄関横で微笑んでいた。手際よく電話連絡が入っていたようで、すぐに試乗。ただ、試乗と言ってもセレスピードに不慣れな私は、助手席で解説を聞きながらだったけど・・・。

美女に抱かれているようなレザーシート、何より美女の奏でるエンジンサウンドに一発で殺された。2年落ち3万キロでコミコミ価格200万円前半も相俟って、美女は逃げたのではなく、誘っていたのだと実感。これを一目惚れと言うのか。実印持ってたらその場で押していそうなイキオイだった。ルンルン気分で帰宅したのは言うまでもない。

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さて、そうなるとプジョー206を処分しなければならないので、車屋のYに連絡して引き取ってもらう事にした。購入予定の車種を聞いた彼は、案の定「アルファだけは止めた方がいい。すぐに壊れるぞ」とお決まりのセリフ。フン、そんなセリフは想定済みだし、今度は引き下がらないモンね。

すると「業界じゃアルファの3万キロは国産の10万キロに相当するとして、ほとんど買い手が付かない」「一旦トラブったら何度も修理が必要で、そのたびに20万、30万コースだぞ」「たいていのオーナーがイヤになって早々に手放している」などと、いつになくしつこい。結局、延々1時間近くも電話で説教され、それがまたイチイチごもっともだったから今回も引き下がらざるを得なくなってしまったのである。また負けた。

彼が安心して勧められるのはやっぱりドイツ車で、その堅牢な造りだけではなく、近年では日本の気候風土や乗り方に合わせて調整された車を作っているからだそうだ。そう言われても、こっちもハイそうですかと街で一番目に付く車種をカンタンには選べない。フレンチカーオーナーのプライドだってあっるってモンだわ!

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やがてYからいくつかのBMW3シリーズの写真が送られてきた。だが、どうにもこの大衆外車のスタイルになじめない。今日の昼食の行き帰りにだって、10台近いBMWが走っていた。せめてシルキー6のクーペならと思うが、そのモデルは結構高いだろうし。

ではベンツならとYは言う。ベンツなんてもっとヤダ! こちとらまだまだイヤらしいオッサンにゃなりたかねぇや! それにBMWよりもっとガタイがデカいじゃないか。大きいコトはいいコトだはとっくの昔に死語だろ。

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帰宅後、再度Yに電話。Yは言う。「ベンツだってCLKってモデルは車幅1.7m台のクーペだし、デザインもかなりオシャレだぞ」「えっ? ベンツにそんなサイズの車があったの? しかもクーペ?」

調べてみると、既に生産されていないモデルだったが、確かにコンパクトでデザインもいい。価格も200万円台前半程度でイケそうだ。私は決してミーハーとは思っていないが、とたんに日和った。パーソナルクーペならイヤらしさは感じないし、街でもあまり見かけないモデルだし。

さらに調べると、今度はBMW1.8Ciと3.3Ciが浮上して来た。こちらも同じような価格帯で、精悍なシェイプラインと白いボディが眩しい。これもアリ、だわ! 

Yは「お前さんだから、いいモノを安く探してやるよ。ベンツやBMWならウチの工場でも修理できるし、部品も殆ど揃っている」と言うのでそうしてもらう事にし、こっちは再びカミさんと実車を見て廻ろうかと思っている。

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そういうワケで、足掛け10年乗ったプジョー206XSとのお別れも時間の問題となった。

たかが車なんだけど、10年も付き合えば家族のような存在と言っても過言じゃなかろう。一緒に走った数々の思い出が蘇ってって来ると同時に、この206を購入した時から始まったオーナー仲間との出会い、やがてPOOBの発足と総会、そして変態、じゃなかった編隊走行が走馬灯のように頭をよぎる。

中でも最も遠距離をドライブしたPOOB鳥取カニ食いオフは、往きは天橋立に前泊して鳥取砂丘へ向かい、帰りは浜名湖で後泊した往復1600km走破の旅だった。他のPOOBのメンバーにしたらどうって事のない距離だろうが、私には生涯初の長距離だった。

最終的にどんな車に決まったかはまた報告したいと思う。POOBメンバーの方、しばらくプジョーから離れる私を許して欲しい。その代り、いずれまた乗りたいプジョーが現れたら、再び乗る事を約束する。

だからアタシを捨てないで~~~!





続 さて、どうしたものか?

その男から「ブログ読んだよ。手が空いたら連絡してちょ」とのケータイメールが入ったのは数日前の仕事中の事だった。ちょうど一段楽したところだったので、早速電話した。

その男とは、中学校で同級生だったYである。彼は一族の自動車販売事業に携わっていたが、かなり前に独立して個人の販売ショップを経営している。彼の一番の得意先は近隣にある警察署の警察官丸ごとで、そこからも彼の人柄と面倒見の良さが伺い知れると言ったらホメ過ぎか。

私も彼から初代セフィーロ、ギャランVR-4を購入したり、車検整備を依頼したりして長い付き合いを続けている。彼の口グセである「車は国産が一番。でなければベンツあたりのドイツ車まで」が確固たる持論と言ってもいい。私がプジョーを購入しようかと名古屋から相談した時も、案の定、「ヤメておけ。道の真ん中で止まったら大変だぞ」だった。

そんな彼だったが、今回は「外国車のATは10年前後でガタが来る事が多いから、全とっかえがイヤなら早目に手放した方がいいぞ」だった。「でも、限られた予算で乗り換えようと思える車が見当たらない」と言うと、「新車じゃなきゃダメか? ランクアップした車を程度の良い中古車で乗り継ぐって手もあるぞ」

そうか! 新車の時は高くて手が出なかったモデルでも、今なら予算内で乗れるかもしれない。仮にあと20年車に乗るとして、今新車で買った車を乗り続けられるワケもない。だとしたら、生涯最後の車を購入する時はまだ先だから、数年は中古でも乗りたかった車に乗る方が、心残りも少なくなるだろう。ウン、その選択肢もアリだな。

とは言え、プジョーのATトラクション異常がいつ頻発状態になるかは予断を許さない。ここは新車と中古車の両面から早急に検討しておかなくてはならなかった。カミさんにその事を告げて協議し、50万円AT全とっかえコースはヤメ、買い替えの車両価格は上限250万円との合意を取った。

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早速予算内での新車を検討。プジョー206の時もそうだったが、VR-4以降、もはや車に過度の速さは求めない。むしろいかにオシャレな車をさりげなく乗りこなせるモデルかが、低予算車に求められる生命線だと思っている。高い車が買える身分だったら、そんな事にこだわらなくても魅力的なモデルはいくらでもあるから、ここは実に切ないこだわりである。

同じフランス車のシトロエンDS3や同価格帯のVWポロなどを視野に入れながらも、残念ながらそれらの車には琴線に触れる感覚をイマイチ覚えられなかった。やがて目に付いたのは、発売間もない「FIAT Punt EVO」だった。

上級バージョンで230万円、4ドアで車幅は5ナンバー枠、白いボディにブラック&ボルドーのインテリアは十分オシャレ、これなら納得度もそこそこ。だが、最大の欠点はエンジンがわずか77PSしかない事だった。このエンジンはブン回して走るタイプだが、それでも非力なのは否めない。せめて本国のマルチエアー105PSエンジンモデルがあったら即決していただろう。

中古車部門では、Yとの電話で乗りたい車を訊かれて思わず口走ったのが「アウディTTクーペ」だった。

10年ほど前の新車価格が400万円というのは完全に高嶺の花だった。今は二代目になっているが、興味があるのはあくまで初代のデザインである。1.8LターボモデルならS-Lineでも4年落ち程度で200万円以内だと思う。さっそくWeb検索すると、2年落ちのS-Line、レザーシート、DVDナビ付きで180万円弱が出て来た。すぐにHPから見積り依頼を出したのだが、この会社は明日まで社内旅行で休業中との事。これじゃ、カミさんの休みに合せてせっかく取った休みなのに実車を見に行く事すらできないじゃないか。

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仕方がないので、せめて新車部門の見学にでもと連れて行ったのが杉並区のFIAT&ALFAのディーラー。Punt EVOを見たカミさんの反応は意外にも鈍い。逆に、傍らにあった「500C」にいたく興味を持って、300万円近いモデルなのに「これがカワイくていいな!」と言い出す始末。「それは若い女性が似合う車で、中年カップルにはどう見ても合わないでしょ!」と、こんこんと言って聞かせたのである。

結局、新車部門は諦めて中古車部門候補のアウディTTをどこかのショップにでも見に行こうかと思った矢先、ふとあるモノが目に入った。この後、それがキッカケとなり、我々にトンデモナイ展開が待ち受けていたのだった。

つづく




さて、どうしたものか?

先週の日曜日、カミさんと食材の買い出しに品川方面へ車を走らせていた。信号待ちでストップし、発進するためにアクセルを踏み込んだが、まるでクラッチオフのように駆動が伝わらない。私の車はATだから、アクセルを踏み込んでいく以外どうしようもない。すると少しの間の後、いきなりガクンとクラッチがつながった。こんな症状が何度も現れた。 …カミさんは私の運転がヘタになったと思ったらしい。

私の206XSは今年9年目の車検を通し、かれこれ10年目に入った。そのワリには走行距離は4万km未満という体たらくなのだが、その年月からもしかしたらATオイルが限界に来たのかと漠然と思った。4日後の木曜日に休暇を取って、症状の確認も兼ねショッピングセンター経由でディーラーへ。この日は例の症状は全く現れず、スムースなドライブだった。朝から雨模様だったので「お肌と同じで適度の湿気が良かったんじゃないか?」と思わず笑ったくらい。

予め電話で伝えていた症状をディーラーで再度話し、コンピュータレコードを見てもらったところ、確かにトラブルの記録があったとの事。そして驚くべき言葉が!

「修理の程度によって金額が違ってきます。最悪の場合はAT部分のアセンブリー交換となり50万円位いきます。問題はそこまで修理するかどうかです。中にはそうしてまで乗り続けると言う人もいますけど…」

このトラブルは徐々に症状の頻度が上がってくるものらしいが、さしあたり運転中に止まってしまうとか動かなくなってしまうという事は無なさそうだ。いずれにせよ整備士が戻り次第、再検査をしてすぐに回答をくれるというので、車を預けて帰宅した。

だが、3日経った今日に至るも電話1本ない。思い余って、こちらから電話してみたところ、「ご指摘の症状が出なかったのでテスト走行をしていましたが、昨日その症状が出て点検したところ、確かに1速が滑っていました。これはAT内部の問題なので交換という処置が必要です。概算で40数万円…」

頭がクラクラして来た。

原因の一つとして考えられるのは、ATオイル部分のオーリングが劣化してオイル漏れが生じていたのではないか、とも。そんな指摘は購入した名古屋のディーラーからも2年間なかったので、東京へ戻った後に発生していたかもしれない。外車では結構起こり得るトラブルだとも。

今後、この症状が頻発するまで乗って、いよいよとなったら考えるしかないですなと言ったら、「最悪の場合は動かなくなりますが、それは数日後に出るかもしれません。ざっくばらんに申し上げますと、今の段階から修理もしくは買い替えをお考えになっておくべきかと…」これは死刑宣告に等しい。

そして重い気持ちで車を引き取りに行ったのだった。

・・・・・・・

ディーラーからの帰り道では、何事も無かったように快調そのものだった。それは単なるラッキーで、やがて来る不幸へのプロセスに過ぎないのか? それともこのまま自然寛解してしまうのか? ま、相手は機械ゆえ、自然寛解というのはまずあり得ないのかもしれないが、出来る事ならこのまま悪化しないでほしい。

我が家の車庫スペースは十分な幅がない。206XSは3ドアのため、5ドア車よりドアが長いせいもあるが、乗り降りは結構しんどい。車幅が5ナンバー枠(1680mm)の206でさえこうなのだから、全幅1750mmまで拡大され3ナンバー化した207では余計に持て余す。ましてや、全長3835mmの206最大のメリットだった回頭性に関しては、4045mmに伸びた207では望むべくもなかろう。車重も1090kgから1260kgへと大幅に増えてるし。

という事で、もしも買い替えとなった場合、プジョーからの別離となる可能性が高い。

そうなると8年前、私の名古屋からの帰京がキッカケとなって作られたプジョーオーナーのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めの資格も無くなるだろう。既にプジョー車から乗り換えたメンバーもチラホラいる(逆にプジョー車へ戻ったメンバーもいるが…)。考えてみれば、それぞれのメンバーのライフステージは時と共に変わっていくものだし、車なんて個人の趣味・嗜好の問題だから、他人がどうのこうの口をはさむモンじゃなく、むしろ自然な流れと言えるだろう。

私はこの車を乗り潰す覚悟でいたし、少ない走行距離からもそれは可能だと思っていた。9年間、駆動系などの大きなトラブルも全くなかったし。それがここに来て大決断を迫られようとは…。

折しも、今月下旬に遅い夏休みを取って、カミさんと西伊豆回りで東伊豆までのドライブと露天風呂付き客室での宿泊(我が家の国内旅行最高額!)を張り込んだ矢先だった。自宅のPCの調子も悪いし、地デジ対応大画面TVの購入も迫っている。諸行無常極まれり、である。





強行軍大成功!

無事チェックインした岡山のホテルで、この激動の2日間をしみじみ振り返っている。

POOB総会参加のための名古屋行きから始まった強行軍は、実は既に真夜中から始まっていた。まるで台風の到来を思わせる強風と雨が我が家を揺らし続け、左肩の鈍痛に起こされる前に目が覚めてしまっていた。江戸川区や千葉では最大風速30m級を記録し、竜巻注意報まで発令されたそうな。

そんな天候なので、首都圏のJRや飛行機なども軒並み運転見合わせや欠航が相次いでいた。これで名古屋行きの手段は我と我が車の他に選択肢は残っていなかった。以前のPOOB総会大遅刻事件の轍を踏まぬよう、満を持して午前7時過ぎに出発した。ルートは風の影響がより少なそうな海沿いを走る東名高速をチョイスした。

案の定、事故も渋滞も無く快適なドライブである。嬉しい事に、前を走る車がペースカーをことごとく蹴散らしてくれたので、右車線スローペースのストレスがほとんどかからず、家を出て4時間後には静岡県を抜けようかという勢いだった。だがしかし、ここで豊橋~豊川間渋滞15kmの文字が! 特に事故でもないのになぜ? 結局、集合地点の牧野ヶ池緑地の駐車場に着いたのは5時間半後だった。

そこには見事に黄砂を被ったプジョーが3台。そう、既に関西組が先着していて、幹事のコンドウ氏と共に近くのトンカツ屋で食事中の様子。ほぼ同時に着いたume親子と近況などを話しつつ、しばし彼らの戻りを待った。やがて半径100mどこからでも視認できるしげドン氏の巨体が見えて来た。この後はコンドウ氏の406クーペとmiyabi氏の106に得意のアーシング施工。そしてお決まりの通り雨。黄砂を被った関西組のプジョーはたちまちヒョウ柄に変身した。

続いて本日の宴会&宿泊地である栄に5台のプジョーと1台のVitzの変態、じゃなかった編隊が乗り込んでチェックイン。1次会にはまだ少し早かったので、近くのコーヒーショップで一服。やがてその時が来た。

今回の総会は名古屋にもかかわらず、関東組は私とinakichi氏、それに寛吉一家とチト寂しい。それでも宴会が始まると大人17人、子供5人と過去最大級の参加人数となった。私がプジョーと縁を持ったキッカケになった亮氏の姿も。

一次会は、落ち着いたというより暗過ぎる座敷で、名古屋コーチンかどうかも怪しい鳥料理としげドン氏協賛の岡山地酒で弾けた。孫持ちマダムのピングさんも相変わらず元気で結構結構。親子で初参加のこたまんさん久しぶり。さらに何年か振りに復活参加しためぐみ改めダヤンさんは、何と黒ずくめの衣装にサングラスで登場! あんたはジャネットジャクソンか、っての。そこにOYAJIとOBANと子供が入り乱れている光景は、ハタから見れば不気味な団体の慰安旅行のようである。

弾けると言えば、二次会こそが総会の本番である。それも一次会場の隣のカラオケボックスという手際の良さ! 地元幹事コンドウ氏の面目躍如だ。10人以上楽に入れる大部屋で、振り返ればガラス張りから表通りが見下ろせ、まるでVIPルームのようだった。

まずは子供達に本当のアニソンを教えなくてはならないと、私におふらんぷ氏、それにるるさんの相方おぉで氏が昭和時代のナンバーを炸裂させたが予想通り不発。仕方がないので、それぞれのメンバーが定番ナンバーをめげずに熱唱! もちろん口ギターの名手おふらんぷ氏も健在。おまけにこの店の飲み放題の焼酎が異様に薄く、飲んでも飲んでも足りないという状態で、幹事に何度も追加をお願いするハメに。そのおかげか、今夜は声が良く出ること! 昼間クロカンを走破して参加した風氏は既にリタイア。

予定の3時間はあっという間に過ぎ、満足しつつ解散かと思われたとたん、幹事から信じられないひと言が。「ハイ皆さ~ん、3次会行きますよ~。味仙ですよ~」

味仙とは名古屋が誇る超辛口の台湾ラーメン店である。私は二度目なので余裕だが、関西組は初体験なので反応が楽しみだ。ところがこの店、辛さのレベルがアップされたのか、以前よりも辛さがパワーアップしていて舌に突き刺さる勢いなのである。これには以前2/3は飲めていたスープがほとんど飲めず、麺を平らげるのが精一杯だった。既にこの時点でヘベレケ状態の芳氏などは麺すら食せずギブアップ。

そんなただれた一夜が明け、ニンニクと辛味の余韻もそこそこに、帰京後の岡山入りを控えている私は大事を取って8時前に単騎帰路に就いた。帰りは中央道コースをチョイス。これもまた順調なドライブで4時間後には東京都に入った。ところがここでも調布を頭に17kmの渋滞情報が出ていた。やはり3連休最終日はダテじゃない。八王子で降りて甲州街道で新宿に戻った。自宅に着いたのはやはり5時間半後の事だった。

たった一夜の宴会のためにここまで強行するのは一見バカげた行為にも見えるだろう。だが遠く離れた仲間たちの元気な、あるいはちょっとスネにキズありの姿を見ながら酒を酌み交わし、歌いまくる時間は何物にも替えがたいのである。ちなみにスネキズメンバーは私を含めて少なくとも5人はいる。人生長くやってるといろいろあるわな。

さて、次回は秋の関東か。ああ、さすがに眠くなってきた。おつかれさま!



スープ焼きそばと美人の湯 その2

POOB総会in那須塩原の2日目。

宿泊組の3人のOYAJIは、曇りながらも時折陽が差す朝を迎えていた。あれほど飲んで食って語った夜がウソのように、まるで老人性早起き症であるかのように6時過ぎに起きたしげドン氏と寛吉氏は朝風呂へ。いくら美人の湯だからって、そんなに美人になりたいのかね、このOYAJIどもは。私は当然熟睡中。それでも7時過ぎにたたき起こされ朝食会場へ。好物の卵かけご飯はしっかり食べたけど。

思い起こせば昨夜の酒。総会恒例のしげドン氏持参の日本酒は、いつもの「御前酒」の今回の銘柄は純米「美作」、それに岡山県特産の酒造好適米「赤磐雄町」を使った純米吟醸酒の2本。雄町の日本酒は私も大好物だ。9月に全国の雄町を使った酒蔵の会が東京で催され、しげドン氏もスタッフで参加するというので楽しみにしている。

その雄町の酒をこっそりと言うか、半ば公然と個室の夕食会場に持ち込み、仲居のオバサンのお目こぼしも手伝って食中酒として楽しく飲んだ。山田錦と異なり、酒自体が主張し過ぎない雄町の吟醸酒は、和洋の料理にもほど良く合う。

一方の寛吉氏が買出しに行って買ってきたのが地元「東力士」の純米吟醸だった。吟醸香は控えめながらもしっかりとしたコクがある、言わばキャラの立った吟醸酒だ。実はこの酒との出会いが、自称日本酒ソムリエの私に新たなカルチャー・ショックを与えてくれる事になるのである。

総会には珍しくカラオケタイムはなく部屋で語り合うこと数時間、OYAJI3人で日本酒四合瓶4本が空いたのは午前2時を回った頃だった。 ・・・そりゃいくら何でも飲み過ぎだって!

そうそう、今や0.1トンの巨体を誇るあのしげドン氏が、かつて自転車のロードレースをやってた事が判明! 今回一番のサプライズだわ。

・・・・・・・

チェックアウト後にさっそく那須烏山市にある東力士の酒蔵「島崎酒造」を目指す。そこには何と予期せぬ驚くべきものが平然と並べられていたのである。

何気に覗き込んだ冷蔵ストッカーにあったのは、この酒蔵の裏山に掘られた洞窟(戦中は戦車工場だったとか)で長期保存された熟成酒の数々だった。年代別に10種類くらい並んでいた中で、一番古いものは昭和62年製造(!)の古々酒。とすれば、洞窟内で何と20年以上も熟成されていた代物である! しかも500mlで2500円という破格のお値段! これが20年物のワインなら優に数万円はするだろうに。

そう思った瞬間、ムンズとそのボトルを握りしめていた私がいた。昭和年代の古々酒を味わうチャンスなどそうそうないだろう。見ればほのかに色づいている。ついでに買った袋吊りの吟醸酒と共に思わぬお宝をゲットした思いだった。東力士恐るべし!

返す刀で訪れたのは、会社の同僚の知り合いでもある「四季桜」の酒蔵「宇都宮酒造」だった。だが日曜日だったせいか、残念ながら休業だった。ここで寛吉氏と別れる。幹事ご苦労様。

その後、東北道佐野SAにてお約束の佐野ラーメンを食し、下道に出るというしげドン氏とも別れ、単騎自宅を目指してひた走った。順調な上り線とは裏腹に下り線のトンデモ渋滞は栃木県内までずっと続いており、昨日の私も何も知らずに来ていたら見事にコイツにハマっていたに違いないと再び反省。

というワケで13時過ぎに無事帰還した。次回の総会は、メンバーがより集合しやすいエリアという事で静岡県西部か、いっそのこと的矢の牡蠣狙いで伊勢志摩あたりはいかがかな?

(おしまい)





スープ焼きそばと美人の湯 その1

甘く見ていた。ハッキリ言って連休の高速を、1000円高速をナメていた。

POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)夏の総会in那須塩原。MapFanのルート検索によれば、自宅から集合地点の矢板まで145km、所要時間およそ2時間。プラス1時間も見ていれば十分だ。連休と言ったってお盆でもなければ海水浴場方面でもなし、あってもせいぜい料金所混雑くらいだろう。よし、明日の出発は9時だ。そう決めたのは前夜の事だった。

折りしも全英オープン予選2日目、初日-2の石川遼は+1のタイガー・ウッズと2日目も同じ組で回る。17歳と世界ランク1位、これを見逃す手はない。スコアはほぼこう着状態でバックナインへ。するとあれよあれよと言う間に両者はボギーやダボでズルズルとスコアを落とし、上がってみれば+6と+5で両者共に予選落ちしてしまったのである。

それを見届けたのが午前3時半。「まだ余裕、余裕」ってなモンだった。

翌朝、岡山から夜通しドライブで参加のしげドン氏のmixiに「そろそろ出発しますよ~」コメントをカキコして準備万端。愛車プジョー206のキーを回した直後、ケータイが鳴った。「まだ家だって? 高速はトンデモ渋滞ですよ! 5~6時間コースですよ!」としげドン氏本人から恐ろしいセリフ。続いてinakichi氏から「下道の新4号線しかないですよ! 3~4時間で来れるかも」とまたも恐ろしいセリフが。

結局、新4号をひた走って宇都宮近辺に着いたのが13時半。家を出てから実に4時間以上の長旅だった。元来、決めた時間に遅れる事を良しとしない私にとって、この初っ端の失敗はイタかった。とっくに着いていた幹事の寛吉氏、しげドン氏、inakichi氏そして風酔亭夫妻にバツが悪いったらありゃしない。御免

・・・・・・・

「そんなもん、人間の食いモンじゃねぇ!」「い~や、これがウマいんだって!」と、かねてより寛吉氏と大激論を交わしていた塩原名物「スープ焼そば」といよいよ対決の時が来た。

地元の幹事寛吉氏の計らいで、敢えてプジョー好みの20kmの山道で移動。AT車の私は登りでパワーが出ないため、コーナー毎に前車に引き離される。後半の下りになってやっと離される事なくに駆け下りる事ができたが、このOYAJIども、やっぱエゲツない走り屋だわ。

スープ入り焼きそば発祥の店とされる「釜彦」。その名の通り、ラーメン丼の中にチヂレ麺の焼きそばが入っている。炒めてあるぶん、油が麺を覆っていて食感はラーメンよりもむしろスムーズだった。スープは普通のしょうゆ味と焼きそばのウスターソース味とが渾然となったえもいわれぬ味。

発祥の店ったって、きっとこれは焼きそばを間違ってラーメンスープに入れちゃったのがキッカケくさい。B級グルメと割り切ったら笑って食せる味だが、時々無性に食べたくなってわざわざ訪ねて行くとまで言う寛吉氏ってどんなモン? 700円也。

2、3日前のTV番組で、海のない栃木県人は実はマグロ消費量が全国トップクラスで、何とサメも良く食べるという。それにこのスープ焼きそば、栃木県で生きてくのもなかなか大変だな~と一人感心した次第。

食後のドルチェは、農協がやってる道の駅みたいな所へ移動してPOOB恒例ソフト部の部活動。これまでワサビソフトや青バラソフトなどを総会のたびに制覇して来たが、今回はツブツブ入りのキウイソフトをみんなでやっつけた。

ソフト部の活動を終えたところで、宿泊組の我々3人+ inakichi氏は当日参加組の風酔亭夫妻と別れた。いつもの総会なら軽く10人を越える参加者がいたのに今回はこれだけとはチト寂しい。よほど開催のタイミングが悪かったのか、幹事の人徳か? ・・・ま、前者という事にしておこう。

・・・・・・・

チェックインしたホテルは乃木温泉にあった。寛吉氏の会社の業務関連施設だそうで、スタッフは顔見知りばかりのようだった。特筆すべきは何と言ってもその泉質。美人の湯という謳い文句に違わず、ホントに体中が気持ち良くスベスベになった。今回参加の無かったPOOB女性特別会員諸君、逃した魚は大きいぞよ。

食事は肉あり魚ありの飽きの来ない満足のいくものだった。中でも地元のひとめぼれをお釜で炊いた銀シャリはバカウマ! 新潟のコシヒカリに優るとも劣らぬ味わいで、一同大感激。

さて、食事と来れば酒である。しげドン氏持参の日本酒と寛吉氏の買ってきた日本酒がまた出色! これについては次のエントリに書く事にして、今日はここまで。

(つづく)





POOB秋の総会 in 淡路島と・・・

(前日のエントリから続く)

だだっ広い宴会場にお膳が8つ、そして上座にカラオケマシーン。すでにそこには一次会の宴会と二次会のカラオケタイムが合体していたのである。そしてちょっとコワそうな仲居のオバチャンが一人鎮座してまして、給仕と共に飲物の持込みにも目を光らしておりました。それでも「私のいない時間に焼酎ボトルくらい飲んでも判らないから」などと粋なお言葉を頂戴し、ウキウキモードで宴会の部がスタートした。

刺身は淡路島あたりに水揚げされた魚と思しきモノが並んでいたが、あとは牛しゃぶしゃぶや何とビーフシチューなどの「?」的な料理がお膳を満たしていた。その他、大きな土鍋で鯛や野菜を蒸し焼きにした料理を取り分けられ、最後はご飯と味噌汁でシメ。量的には全員満足のいくものだった。ここまでの酒はビールと熱燗、それにこっそり開けた焼酎ボトルだった。

ここからカラオケタイムに突入。今回はいつも口開け係をしている風酔亭氏や私のパートナーのくりみ氏がいないので、初めこそ遠慮がちだったOYAJI達だったが、ものの1曲も歌えばたちまち全開モード! その圧倒的な声量と迫力に、気がつけば両隣りの宴会場から早々と人が消えていた。やがてしげドン氏持参の岡山の銘酒「御前酒」の四合瓶も空いてしまい、もはや酒が底をついたため撤収。でもこの時点でもまだ9時だった。

部屋に戻って、幹事芳氏持参の限定醸造酒の一升瓶と私が大阪から持ってきたボジョレー・ヌーボーを開け、先日何気なくmixiの日記にボヤいた芳氏の家庭事情などを肴に話が盛り上がった。しげドン氏持参のもう1本のにごり酒の四合瓶が空いた頃、ようやくお開きとなった。と言っても、それでも11時! 一次会と二次会を同時にするだけでこんなに効率的で、しかも健康的な時間に寝られるのである。次回からこれで行こう。

・・・・・・・

翌朝は例によって早起きOYAJIしげドン氏に一同7時前に起こされる。この日は小雨模様だったので、朝メシ後はしばし部屋でウダウダし、9時過ぎにチェックアウト。私は洲本バスセンターまで送ってもらい、三宮経由で伊丹空港を目指す。13時の飛行機で帰京し、渋谷のオーチャードホールにてジム・ホールのジャズギター・コンサートに行くためである。

銀座に出ていたカミさんと待ち合わせをして会場に行ったら、なにやら掲示板が。それは何と脊椎損傷の治療中だったジム・ホールが高熱を出したため、来年5月までコンサートを延期するという告知だったのである! 80歳近い老人ゆえ、不慮のアクシデントの可能性もあり得るとは思うが、サイトの告知を確認して来なかった我々のような客がブーブー文句を言っていた。でもこうなったら何を言ってもしょうがない。地下のザ・ミュージアムで開催していた私の好きな画家の一人であるアンドリュー・ワイエスの習作中心の展覧会を観られたのがせめてもの救いだった。

大阪・兵庫・東京を股にかけて動き回ったこの6日間、さすがに疲労困憊だ。明日のカンヅメ研修に備えて今日も早めに寝よう。自分にご苦労さん。




伏兵あらわる!

POOBのOYAJIたちが集まると異変が起こる。

出発日の昨日は雨天だったせいか、休日恒例のラッシュも東名御殿場の出口渋滞もなく、あれよあれよと言う間に第一次集合場所である御殿場スエヒロに到着。ここで西からの夜行ドライブ組のしげドン氏と芳氏、それに名古屋のコンドウ氏と合流。今宵も早よから宴会だというのに、OYAJIらはステーキやらハンバーグやらでガッツリ昼食をとり、隊列を組んで山中湖へと向かった。

目指すホテルは山中湖から目と鼻の先にもかかわらず、わざわざ20km近く離れた道の駅「道志」へ。その代わり、そこへの道はプジョーにうってつけの楽しい山道だった。高原で気温も7℃なのに、なぜかピーチ味のソフトクリームを舐めつつ、名古屋組のume氏&shogo親子を待って合流、ようやく来た道をホテルへと引き返す。

チェックインを済ませると、正気のうちにとばかりに早速スパ&プールへ。ここ「エクシブ山中湖」は地の利も良いためか、圧倒的に家族連れが多い。だからプールやジャグジーは良いものの、肝心の女性客の年齢層が高めだったのが唯一惜しまれた。それでも、ぬるめのジャグジーにじっくり浸かれば汗もかく。部屋に戻ったOYAJIらはわずか1時間後の夕食までガマンできずに缶ビールをプシュッ! まずは極楽極楽。

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いよいよ、いつものように後々の宴会までをも考慮した早い時間帯からの夕食開始。我々お泊り組は18名の団体サンなので個室が用意されていた。入ってみると、なんと中央に最新型のカラオケマシーンが鎮座しているではないか! そう、恒例のカラオケ宴会はそのまま同じ部屋で突入する段取りなのだ。夕食と宴会を合わせて堂々4時間の長丁場である。前回ドナドナ状態で不覚を取った私は、月曜から新しい職場へ出社するカミさんを体よく家に残し、万全の体制を整えて来たのもまさにこのためである。ふふふのふ。

今回のメニューは中華料理だったので、飲み放題の紹興酒をひたすらあおる。ボーイさんも心得たモンで、料理はハイペースでさっさと出し、デザートが終わるやいなや宴会用の乾きモノをドンと出して来た。カラオケマシーンを目の前にしたOYAJIたち、どうせゆっくり食事なんてしないのはミエミエだからそれでいい。ボーイたち、グッジョブ! 準備はすべて整った。

だが、ここに伏兵が2匹もいたのである。

なんと普段はおとなしい長老の風氏が立て続けに4曲も歌うではないか! それも何かにとり憑かれたような、まるでローソクが消える寸前のようなパッションをみなぎらせている。その姿を見て「もしかしたらこれで・・・」と思ったのは私だけではあるまい。おかげでアリスメドレー後の出鼻を完璧にくじかれてしまった。

それも収まり、さていよいよと思った矢先、もう一人の伏兵は誰あろう、ume氏の息子のshogoだった。小学生の分際で、OYAJIたちが聞いた事もないアニメ主題歌を6曲も連チャンしたのである! そのおかげで予約枠が満杯になり、新規エントリができないというヘビの生殺し状態となってしまった。これは思ってもみなかった事態である。ついに私はソロで1曲も歌えなかった。次回からは子供だからと甘く見ず、ガツンと規制強化だな。

収まらないメンバーは、さらに館内のミュージックラウンジなる所へ移動。すでに電池切れとなった2匹の伏兵どもはそれぞれの部屋に帰ったので、これでやっとオレたちの時代が来たとばかりに大いに弾けた。ところが、ほどなく「他のお客の迷惑になるから」と、事もあろうに店側がマイクのボリュームを勝手に極限まで絞り込んだのである! 

ここはミュージックラウンジと謳ってるはずなのに、これは一体どういう事だ! この非道な扱いにキレたOYAJIらはマイクなど放り出し、地声の限りに叫びまくったのであった。OYAJIを怒らすと怖いのだ。結果的にどっちが他の客の迷惑になったか反省しなさい、っての!

その後もOYAJI部屋で持ち寄った酒とツマミで4次会に突入。結局お開きは12時半とかなり早い時間だった。歳のせいにはしたくないが、それでもトータル6時間半も飲み食べ歌ったのだから十分と言えば十分。おかげで翌朝は長老以外はみんな元気に朝食バイキングに行ったのだった。

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チェックアウト後に、当日ドタ参の伊豆ナンバーの206CCドライバー、れお女史と初対面。206RCのホイールとシートを身にまとったアデンレッドの206CCが朝日に映える。彼女はこれを駆って、日々天城越えで腕を磨いているのだろうか。うん、彼女もPOOBの誇る「いいをんな」の一人として輝いているな。これも意外な伏兵と呼ぶべきだろう。

その後はプジョー206、306カブリオレ、アルファロメオ147、ゴルフGTI、アクセラなど14台が隊列を組んで、120km離れた清里に向かった。隊列優先なので、先頭のinakichi氏もさすがにスローペースで、途中で206RCのume氏が欲求不満を起こして、ブチ抜き爆走に出る始末。真相は息子のジュースを買うために自販機を目指したという事らしいが、我々にはとてもそうとは見えなかった。

以前、河口湖で行ったほうとうのウマい「小作」清里高原店で昼食後、かの昔アンノン族の聖地だった「清泉寮」でお約束のソフトクリームを食べ、再び一同が会して15時半に清里にて解散。次回の秋の総会は淡路島あたりでの開催になるらしい。とすると、こりゃまた前泊と後泊が必要かも。淡路島なんて、少なくとも私には1日で走って行ける場所ではない。

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帰りの中央道ではお決まりの休日渋滞にハマり、談合坂~小仏トンネル、府中~調布の計20km近い渋滞を潜り抜けて19時過ぎに帰宅。祭りの後とは得てしてこんなモンだ。

さあ、これにてOYAJIたちの一夜のシンデレラストーリーは儚く幕切れと相成った。明日からまたそれぞれの現実と向き合うんだよな・・・。




今日が終われば

5月も終わりだというのに、今週も先週に負けず劣らずの忙しさだった。それというのも焦りと思いつきで上から降ってきた予定外の仕事のおかげだ。Mさん、いいかげんに腹を括りなさいな。お前はもう死んでいる。

その忙しさのせいかどうか、ここ数日ノドのイガイガが続いている。さりとて熱があるわけじゃなし、悪寒がするでもなし、腹が下るでもなしなので、薬は飲まずにひたすらのど飴をしゃぶる毎日。これも風邪の一種なのか? 風邪らしい症状といえば、ノドの刺激で時折出る咳くらいのモンだ。

週明けから新しい職場に就くカミさんも同じような症状らしく、彼女曰く、これでリッパな風邪なんだそうだ。TVのアナウンサーの中にも同じ症状の人がいて、声が荒くなったり咳き込む姿を見ると言う。いずれにせよ、ここ数年風邪らしい風邪を引いた事がなかった私には、まさに鬼の霍乱である。

長かった今週を抜けた明日は、待望の「POOB春の総会」という名のお泊りカラオケ宴会だ。今回の会場はPOOB特別会員びんぐ夫妻がメンバーの「エクシブ山中湖」である。ここは全国にある会員制リゾートホテルの一つで、バブリーを絵に描いたような絢爛豪華な建物である。

1年前の春の総会でも「エクシブ琵琶湖」を使わせてもらったが、その豪華さにOYAJI連中が圧倒されっぱなしだった思い出がある。今回のエクシブ山中湖に期待するのは「スパ&プール」である。ジャグジー風呂やプールなどが合体したアクア施設で、今度こそ正気のうちに楽しみたいと思っている。

天気は明日が肌寒い雨、日曜は打って変わって夏日という両極端な予報だ。第一次集合場所は、去年の秋の総会の解散場所だった御殿場のスエヒロである。ここからおよそ100km、ナビ上では1時間半くらいで着くらしいが、遠く岡山や姫路から夜行ドライブで駆けつけるメンバーもいる。

よ~し、明日は溜まりに溜まったストレスをエネルギーと共に大いに発散するぞ~!
 
みんな待ってろよ~! 

・・・まずは寝るか。




なんと早寝早起きのPOOB総会!

プジョー太平洋OYAJIベルト(POOB)秋の総会は、いつもの通り弾けて盛り上がって無事に幕を閉じた。

3日12時に集合場所の沼津「金じろう寿し」を目指し、渋滞を予想して我が家を8時に出発。予想通り厚木あたりを先頭に14kmの渋滞だ。それでも意外と早く抜けられて、何と10時過ぎには沼津ICを出られたのだ。

しょうがないので手前のヤマダ電機に立ち寄り、マッサージ機などで時間を潰す。やがて寿司屋の駐車場は、プジョー205、206、306、307、ルノー・メガーヌなど7、8台に占拠された。夜の宴会をニラんで軽く7皿ほどで切り上げ、わざわざ遠回りして、伊豆大仁経由の伊豆スカイラインを隊列を組んで一路伊東温泉「大東館」を目指した。

この宿は、和風旅館でありながら一泊朝食付き料金のみで夕食はない。旅館内に本物の防空壕が残っていて、露天風呂や五右衛門風呂などへ続いている。温泉は循環なし・源泉掛け流しとリッパな心構え。季節によって湯温が変化し、この時季は私好みのややぬるめだった。が、5分も浸かっていると、てきめんに血行が良くなってくる、しっかりとした温泉だった。玉砂利を敷きつめた「寝風呂」もあり、横たわると心地よい肌触りを満喫できた。

早くも5時から幹事の風酔亭氏夫妻手配による街中の居酒屋へ繰り出し、広間貸切で腹ごしらえを兼ねたアルコール注入。やたら開始時間が早いのもこれがメインイベントではない証拠である。一升瓶2本をカラにして2時間ほどで宿に帰り、さあ、いよいよメインイベントのカラオケ大会だ!

ステージ付の20畳はある大広間を1時間@500円で3時間借り切っている。さらに持ち込みOKなので、日本酒四合瓶や焼酎、リキュール類が10本と言わず大集合。飲み放題、歌い放題、ただし昭和の歌限定はお約束。久々に総会出席のkurimi氏とアリスメドレーをブチかまして、OYAJI'sサタデーナイトフィーバーの口火は切られた!

だが、ここからこの私がまさかの不覚を取ろうとは、私自身も予想だにしてなかった。

居酒屋であまりのウマさに強引にお土産にさせた塩辛のせいで飲み過ぎてしまった日本酒がいけなかったのか、はたまた畳敷きの広間が災いしたのか、事もあろうにカラオケ大会の途中で寝こいてしまったのである! その後、OYAJI達が雑魚寝する部屋の三次会場までは辿り着いたものの、即刻カミさんに拉致され、ドナドナ状態で10時過ぎには寝かされてしまった。他の連中は1時過ぎまで歓談していたというのに、何たる不覚! 何たる失態! 決して歳のせいにはしたくないが・・・。もちろん記憶はない。

まあ、おかげでいつもの二日目の朝とは違って、6時半にさわやかに目覚めた。帰りは亀石峠、十国峠などを通り、芦ノ湖スカイライン経由で御殿場へ。今回初参加の207CCを買ったばかりのみほ☆さんと落ち合い、早速しげドンアーシングを施工。遅い昼食後、来年5月の「春の総会inエクシブ山中湖」での再会を約して解散した。

帰りも東名集中工事のせいで大渋滞、帰宅まで3時間を要した。考えてみれば、ここが一番時間を食った区間だったが、カミさんに恨まれても御殿場アウトレットには寄らないで正解だった。

・・・・・・・

OYAJI達が弾けていた二日間、巷ではいろいろな出来事があったようだ。

福田首相から連立を提案された民主党の小沢代表が、なぜか速攻で拒否せずに党に持ち帰ったものの役員会の反対多数で断った件で、党内を混乱させた責任を取り、鳩山幹事長に辞職願を提出した事を明らかにした。小沢氏は会見で「2日夜、党の役員会で提案したが、残念ながら認められなかった。代表として不信任を受けたのに等しい。福田首相に対するけじめをつける必要がある」と述べた。

「国民に訴えてきた二大政党制を鮮明にすべきだ」という党内からの強い反対意見が出る事は分かりきっているはずなのに、小沢氏はなぜ大連立構想を党に提案したのだろうか?

三重県の近鉄賢島CCで行われた女子ゴルフ日米ツアー、ミズノクラシックで、上田桃子選手がアルバトロスを記録し、米ツアー初優勝した。パー5の7番、残り235ヤードをスプーンで打った第2打がカップに吸い込まれた。アルバトロスの達成は米ツアー史上26人目で、日本人選手初という。

このところ、ややダーティな批判を浴びていた上田桃子選手だったけど、結果を出せば周りの見方なぞ、またすぐに変わるものである。

WBAフライ級タイトルマッチが行われ、チャンピオン坂田健史選手(27)が同級2位のデンカオセーン・カオウィチット選手(31)と引き分け、辛くも2度目の防衛に成功した。坂田選手は亀田興毅選手と同じ階級で、いずれ同門対決が実現するのではと言われている。

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さて、明日は福岡出張&博多水炊き宴会だ。走りきるぞ~!


今回は3時に寝たぞ!

恒例、POOB春の総会in琵琶湖に行ってきた。今回は土曜の7時に家を出て、中央道駒ケ岳SAにて関東からの参加組と落ち合い、さらに名神高速養老SAにて名古屋からのメンバーと落ち合い、さらにさらに車好き御用達の「ロフトカフェ」にて関西組と大合流。この時点で今回の参加メンバーのほとんどが揃った。

ロフトカフェは琵琶湖の上部をグルッと廻った対岸の方向にある。で、最終集合地点の「道の駅しんあさひ風車村」も同じ側にある。だが、肝心の目的地であるホテル「エクシブ琵琶湖」は何と初めにいた側にあるのだ。要するに琵琶湖の上半分を半周して対岸まで行って戻ったというワケで、まっすぐ南下すれば京都まで行けちゃう距離を往復したのである。

幹事の一人ume氏は何ゆえこんなへんぴな場所を最終集合地点にしたのか良く分からん。ブツブツ

それはともかくこのホテル、一昨年のPOOB総会で訪れた「サンメンバーズひるがの」をさらにバブリーにした絢爛豪華これでもか、なホテルである。両方とも、顔の広い幹事のピングーさんによるチョイスだ。カラオケ突入をニラんで17時からの早過ぎる夕食もリッチなフルコース。いつもはこの夕食タイムでしこたま飲んで出来上がるはずなのに、あまりにゴージャスな雰囲気に一同気押されてしまい、グラスビールとハウスワインを静かに飲むのがやっとだった。

それでもたっぷり2時間の夕食後、やや長めのインターバルを挟んでいよいよカラオケルームへ。なんとクローズまでの3時間コースである! 持ち込みOKとの事で、乾き物とOYAJI共が持参した日本酒四合瓶5本、焼酎1本、ワイン1本が出揃い、足りなかったアルコールをいきなり日本酒ロックで補充して準備完了となった。

始まってしまえばこっちのもの! 今回は口開け係のkurimi氏とハジケ係のinakichi氏の参加がなかったが、そんなハンデをものともせず、10名を超すOYAJI、OBANたちは、暗黙のルール通り、60~80年代のフォーク、ロック、アニメソング等を歌いまくったのである。

乱痴気騒ぎも終わり、引き続き大部屋に戻って雑談大会へ。今回はこの時点でも5~6人残っていたので、いつものコアな話まで行かず、朝までどころか3時にはお開きとなった。そうそう、初参加の寛吉氏がお気に入りだと言う、ソース焼きそばを鶏ガラスープに入れた「スープ焼きそば」なる珍妙極まりない食べ物の話には大いに盛り上がったけど(笑)。

そのおかげで翌朝はほとんどダメージが残らず、朝食バイキングも十分堪能できた。そう、今回に限ってはPOOB名物「翌朝のOYAJI、借りてきたネコ状態」にはならなかったのである。但し、お泊り初参加の一部メンバーの強度の二日酔いは別にして。

さて、チェックアウト後は、関西メンバーのロフトカフェ襲撃2日目組と彦根城見物組、さらにそのままゆったり帰宅組に分かれ、解散となった。ついでに、私がプジョーを買う時にお世話になったWebsite「Fine Blue」管理人の亮氏がホテルに来たので、そのままPOOB入会となった。

築城400年祭の彦根城はさすが国宝である。ヒイヒイ言いながら登った天守閣からは雄大な琵琶湖と彦根城下が一望でき、吹き付けてくる風も心地良かった。その周りの施設をぶらぶらと見ながら、城近くの和菓子とバウムクーヘンで有名な「たねや 彦根 美濠の舎」で麦とろ定食を昼食に食べ、和菓子を土産に買い、秋の関東総会での再会を約して解散となった。

帰りはほとんど睡魔に襲われる事もなく順調に「ぬあわkm」巡航で談合坂SAまで辿り着いた。休日恒例の小仏トンネル渋滞も大した事無く通過し、20時に帰宅した。全行程1000kmオーバーだったが、もはやこの程度の走行距離は2日もあれば楽勝で走破できるようになった。つくづく愛車プジョー206は楽しい車である。

さあ、明日から九州、四国の研修ツアーが始まる。気持ちを切り替えていい仕事をしよう!


まずはオイル交換から

さあ、今日から9連休! のはずだったが、昨日会社にサイフを忘れたことの気付き、あわてて同僚に電話して車で受け取りに行った。平日に普段着を着て車で会社に乗りつけ、裏玄関前の車止めに駐車するというのも何だか気が引けるわな。

その後、POOB総会への長距離ドライブの準備のために、いつも行ってるイエローハット目黒へオイル&エレメント交換へ。これまたいつも入れてる「Castrol Magnatec Protection」に代えて、今回初めて「Mobil-1 Driving Exellence」を入れた。銘柄を変えた事に深い意味はなかったが、帰宅後、各方面で評判のいいオイル添加剤「SUPER ZOIL」を入れる予定だったので、4L缶単位ではなく必要な分だけ買える種類のオイルを選んだだけである。

でも、よくよく考えたら3L入れて4700円だったから、それまでのオイルと比べて安くあがったどころか逆に高くなってしまったのだ。それでも24日からの長距離ドライブを考えれば、まあいいか。

だがオイルというヤツは、高ければそれなりに体感できるものだとすぐにわかった。エンジンが行きよりも明らかになめらかで吹き上がりが良くなった。プジョー206の軽快さと加速性能が際立って実に心地よいフィーリングである。もうこのままドライブに行ってしまえそう! ・・・でもまだ早いぞ。がまんがまん。

さて、昨日の仕事の積み残しの発信メールと受信メールへの返信作業を夕方にこなし、ようやく本格的に休暇モードに入った。今夜は久々にスープカレーなぞを作りながら、来るべき出発の日まで十分リラックスしておこうっと。



OYAJI、初夏に弾ける!

昨年11月以来のPOOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)総会。今回は日本一の温泉場、草津温泉で開催された。直前ドタキャンが続発したものの、西から東から総勢11名が集まった。最も遠方からの参加は姫路の芳氏で、参加できなかった岡山のしげドン氏のプジョー205GTiを駆って名古屋からコンドウ氏を乗せて馳せ参じた。

集合場所は、上信越道の小布施SA。ETCがあれば一般道へ降りる事も可能な実験SAのひとつである。そこに夜通し走ってきた205GTiを始め、206が3台集結し、観光名所の小布施堂の「蔵部」で昼食休憩。新鮮な刺身とかまど炊きご飯に一同舌鼓、返す刀で栗アイスもデザートにゲット。そして志賀高原・白根を抜ける山道ドライブを堪能しつつ草津入りするはずだった。

事件が起きたのは国道の日本最標高地点を越えて下りに入った直後だった。後ろを着いて来ているはずの205GTiが途中で消えたのだ! 連絡によるとエンジンストールで緊急停止したらしい。先導車共々引き返すと、山麓のパーキングエリアにシンガリを務めていた愛知のるるさんの206と一緒に寂しそうに佇んでいるではないか!

どうやら電気系統がイカレたようだ。車検を通したばかりとはいえ、何せ15年も前の車である。原因はオルタネータの寿命だったらしいが、バッテリーの電気だけでかろうじて2~3km動けるという有様。名車の誉れも高い205GTiも、走らなけりゃタダの箱より始末が悪い。下りに入っていたのがせめてもの幸い、充電を繰り返し何とかホテルに辿り着いたのは予定時刻を1時間以上もオーバーした16:00過ぎだった。

先着していた横浜のくりみ氏と浜松の風氏と合流、ひとっ風呂浴びて、まずは肩慣らしの夕食会場へ。ビールから日本酒、そして焼酎のボトルが空くまでにさほど時間はかからなかった。上州牛のスキヤキや海も無いのになぜか豊富な魚介類のメニューも瞬く間にOYAJIたちの胃袋へと消えていった。これで準備完了! おっと、社員旅行のラオスから帰国するや駆けつけたinakichi氏が合流したのを忘れてた。

本命のカラオケは、ホテルから歩いてすぐの場所。途中の巨大な湯元の迫力ある光景もそこそこに、十分肩の出来上がったOYAJIたちはそそくさとカラオケ店へ入場して行く。いきなり米焼酎「鳥飼」のボトルを注文してメインイベントの幕は切って落とされた!

定番の西城秀樹、アリス、ハウンドドック、フォーク、アニメなどなどが次々と炸裂! 2時間以上居たというのに女性陣が歌うヒマなどありゃしない。全部OYAJIたちの歌、そしてお約束の80年代まで限定の歌のオンパレード! 初夏の草津の夜が燃え上がった!

翌朝はもの悲しげな雨。今回の幹事である群馬の風酔亭氏の知り合いで、嬬恋で修理工場を営んでいる方にキャリアカーで205GTiをドナドナしてもらった。それをバックに記念撮影して解散。私はカミさんのリクエストに応えて軽井沢の巨大アウトレットモール、軽井沢・プリンスショッピングプラザへ。ここは、わざわざ東京から新幹線に乗って買出しに来る人もいるほど規模も大きく、一流ブランド店も多い。そして安い。ブルックスのブレザーが3万円で売っていたのには驚いた。

早めに高速に乗ったおかげで練馬ICまでは順調に到着。そこから家までの渋滞がひどかったが、16:30に無事期帰還。次回は11月頃、関西地区で開催だとか。(すでに有馬温泉という希望もある。遠いなあ!)いやいや、たとえ地の果てであろうとOYAJIたちはプジョーと共にどこにでも行くに違いない。





(追伸) おおで氏とるるさんから三次会で3/4残った一升瓶の芋焼酎を、コンドウ氏からは夜食用に用意したけど誰も食べなかった名古屋名物(?)台湾ラーメンのカップメンをお土産に頂く。どちらも美味でした! ありがとう。



OYAJI 's Saturday night Fever!

いやぁ~、飲んだ、食った、歌った、弾けた!

待ちに待ったPOOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)の岐阜ひるがの高原総会。行って来たぞ~、往復900kmの道のりを! 幸い天気にも恵まれ、高速あり峠道ありの楽しいドライビングだった。やっぱり新しい足となった「Playz」の威力はスゴかった。

「道の駅 大日岳」に集合したプジョー206は、今をときめく206RC3台(復活ume号、カーボン武装miyabi号&でん号)、白い206GTi(コンドウ号)を含む総勢12台!・・・だったかな? 

小さな道の駅の駐車スペースのほとんどを占領し、一列に並んだ光景は圧巻! と言うより一歩間違うと中古車展示場に見えたりして・・・。ともあれ、ここで2台がしげドンアーシングの施工を受け、隊列を成してホテルに出発。

今回のお宿は「サンメンバーズ ひるがの」という、リゾートトラストの運営しているコジャレたヨーロピアンスタイルの建物であった。芝生と白樺の庭も風景にマッチし、大人のリゾートを醸し出している。幹事のピングーさん、よくこんなところを見つけたねぇ。さすがですな。でもOYAJI達はしっかり浮きまくってたわ!

ここはリゾートホテルゆえ、定番のカラオケはちゃんと専用ルームがあるのだが、残念な事に23時終了との事。そこに宴会のゴールを持ってくるよう逆算すれば、17時半には夕食兼宴会をスタートしなくてはならない。OYAJI達はそそくさと最上階の展望風呂とジャクジーで一汗かいて、ダイニングルームへとなだれ込む。

当然のように焼酎飲み放題コースをチョイスしたOYAJI達。普段は居酒屋メニューぐらいがお似合いのくせに、今日に限っては上品なオードブルから飛騨牛しゃぶしゃぶまでをひたすらむさぼる。飲むほどに語るほどに、テンションはヒートアップ! 終いには、ホテルのお姉さんに静かにしろと怒られる始末。すまん、ほとんど私のせいだったかも orz

気を取り直してカラオケルームへ。事務局長kurimi氏自作のPOOBテーマソング披露から始まり、歌い、踊り、弾けまくった。名物おふらんぷ氏のハイウェイスターの口ギターで最高潮に達し、あれほど持ち込んだ酒も、ついに残りわずかとなってきた。23時を回ったところでホテルから終了の声。しぶしぶ撤収。

だが、OYAJI達はタフだ!

部屋に戻っても話は弾み、大阪タコ焼きと明石焼き、さらに姫路のタコ焼きの違いで大激論! ホントどうでもいい事にこだわるのもOYAJIである。やがて芳氏とお互いのブログで書いた強度偽装マンション問題で熱いバトルを展開。すでにほとんどのメンバーは横になっていたが、たぶん寝付けてはいないだろう。我々が眠りに着いたのは午前5時近くだった。・・・これも私のせいだったかも orz

翌朝は打って変わって、借りてきたネコ状態のOYAJI達。ビール、焼酎、日本酒、ワインのチャンポンの副作用に苛まされているのが見え見えだ。

それでも、来年5月下旬の次期総会in草津での再会を誓って、東へ西へとそれぞれ散って行ったとさ!


新しい足にSatisfaction!

何につけても新しいものというのは嬉しいもので、プジョー206の新しい足となったBS「Playz」のフィーリングを確かめるために、渋滞覚悟で中央道に乗った。行き先は八王子のラ・フェット多摩である。

思えば装着した昨日の帰り道、一般道走行ではその静粛性とハンドリングの軽快感の向上に驚かされたが、高速走行となればまた別のインプレッションが得られるだろう。案の定、渋滞の首都高部分は耐えつつ何とかクリア。調布ICから先は高速一直線だった。

やはり予想した通りに、コンチであれほど聞こえた低周波ノイズはほとんど無いと言っていい。その代わり、いつもタイヤノイズと混ざってくぐもった感じに聞こえていたエンジン音が、打って変わって純粋なサウンドとして心地よく運転席に聞こえてくるのである。ころがり抵抗というのは、これほどまでに騒音に影響を及ぼすものだったのか。

プジョー206は外観だけをチラッと見れば、ビッツやフィットなどの国産コンパクトカーと同系統の車に見える。決してハイテク投入の車ではなく、丹念に練り上げられてはいるが、むしろローテク車である。

だが、街乗りの軽快なフットワークとアウトバーン走行を十分こなせるタフな足が両立しており、ガッチリと地に足がついた独特のドライブフィールがドライバーを魅了して止まない車である。ハンドルも足もただただフワフワ軽いだけの国産車とは明らかに一線を画する。

BS「Playz」は、そんなプジョーの特性を殺す事なく、中低速での軽快感と高速での直進安定性を向上させている。特に高速では、プジョー206がもともと持っている安定性に、路面を走るスムースさをプラスしてくれているのだ。まさに相乗効果である。タイヤひとつでこれほど変わるのだから、最近のタイヤ技術の進歩はめざましいというほかはない。

そろそろタイヤ交換を検討されているご同輩、スポーツタイヤでなくても十分いけまっせ!



どうせ私ゃ何も知らなかったさ!

名古屋に転勤していた一時期を除き、私の車関係のメンテは、中学の同級生の経営する販売店に何から何まで世話になっている。本題の前にちょっとそれを紹介しておきたい。

それは埼玉県草加市にある「吉野カーサービス」である。彼の一族は、大規模な自動車オークションを東京都と共同経営みたいにやっているのだが、何年か前に正式に独立して店を構えている。内外の新車・中古車がどこよりもリーズナブルに買えるため、顧客には車好きの多い警察関係者の面々も名を連ねているほどである。

先日パンクしたタイヤの交換で、目星をつけていたタイヤショップに行こうと思っていたら、自動車保険の更新通知が来ていた。保険も彼の所で入っていたので、確認の連絡を取り振込口座等を聞いた。そのついでにそれとなくタイヤの話もしてみたところ、工賃込みで予定金額内で収まるショップに話をつけてくれた。

安いのなら大歓迎とばかりに早速そこへ出かけた。パンクの時の往生ぶりなどを談笑しつつ交換作業に入った。調べてみると、パンクの原因はバルブの損傷だったようだ。やはり交換に踏み切って正解だった。

ところが、作業に入ってしばらくすると、店の主人の驚いたような声が聞こえた。

「あれ? このホイール、センターホールが無いよ!」
「本当だ。そういえば無いですね」
「だったらこの機械じゃホイールバランスが取れないよ」

タイヤは交換後に4本それぞれバランス調整をしなくてはならない。さもないと操舵性や磨耗性に異常が出るのである。通常はホイールのセンターホールにシャフトを通し、回転させながら調整するのだが、穴が無けりゃシャフトに通せない。プジョー純正ホイールのような場合は、特別なアダプタを持っているショップのみでそれが可能なのだそうだ。しかし国産車には必要ないものなので普通のショップでは持っていないのだ。

あわててアーシングの巨匠しげドン氏に電話。
「Chaieさん、そんな事はとっくにネットの掲示板で話題になってるよ」
と、まずは軽く嘲笑される。
「プジョーのディーラーもその機械を持ってないから、提携先のショップがあるはずだよ。聞いてみたら?」
さすがは巨匠、的確なアドバイスである。

今度は埼玉県のディーラー、BL浦和に電話。幸いにも都内のタイヤショップを紹介してくれた。日も暮れた頃、すべてのバランス調整も終え、安心して家路に就く事ができた。でも調整料に8400円もかかり、二度手間になった事などを考えると、ホントに安くついたかどうかは判らなくなってしまった。

パンクの件といい、ホイールの件といい、4年以上もプジョーに乗りながら全く無知蒙昧だった。同級生のヤツもそこまでは知らなかっただろうが、彼は昔から車は国産、しかもトヨタ崇拝派だし、タイヤはブリヂストン推奨派である。彼がこの事を聞いたら、きっと鬼の首を取ったようにこう言うだろう。

「ほれ見ろ。だから国産車にしとけって言ったろ! 俺の言う事を素直に聴いてりゃ良かったんだよ!」

ああ~、勝ち誇った彼の顔が目に浮かんでくる。くやし~!
そりゃ私ゃ何も知らなかったさ! 
でも、それでも私ゃプジョーが好きなんだよ、悪かったな!



プジョー206、初めてのトラブル?

新聞の折込広告を見ながら、カミさんが言う。
「魔法瓶タイプのコーヒーメーカーなら、多めに入れても煮詰まる事もないし、何より電源の切り忘れもないのがいいわねぇ」

フレンチにしやがれ!特集を見て、久々にTipoを買った私が言う。
「環八のFRATOUTという店にプジョーのアクセサリーがいっぱいあるみたい」

という事で、4連休の最終日はお買い物。プジョー206を走らせ、まずはヤマダ電器練馬本店へ。お目当てのコーヒーメーカーを買って、ついでにプリンタのインクも買おうとPC売り場へ流れる。

「お探し物は何でしょう?」見ると小柄な女性店員。
「NECもしくはHPの黒インクが欲しいんですが・・・」
「こちらにありますが、HPのはノズル込みなので、結構高いんですよね。ちなみにEPSONでしたら1/3位なんですよ」
「え? そんなに違うの? 買った時にはプリンタの性能でしか選ばなかったからなぁ」

見ると、確かに1000円程度。おまけにプリンタですら10000円前後である。はやりの写真プリントなんかはまずやらないので、モノクロ印刷主体で構わないのだが、それにしても安くなったもんだ。いろいろと説明を聞きながら改めて彼女の方を見ると、彼女の青いポロシャツには「EPSON」の文字が。

・・・ちょっとイジワルを試みた。

「じゃあ、あそこの同タイプのCANON機は2000円程安いけど、EPSON機はあれより何が優れているの?」
「カラーインクが独立しているので、別々に交換できます」
「その程度で2000円も差があるの? 聞くところによれば、昔はEPSONのインクが一番安かったのに便乗値上げしたでしょ。それでCANONとのアドバンテージがなくなっちゃったんだよね?」
「・・・仰る通りです」
「おまけにCANONの方がややコンパクトだし。EPSONのメリットは他にないの?」
「あとは、・・・たぶん、・・・変わらないかと・・・。でも、用紙のサービスをがんばって余分にお付けします」

この時点で15分経過。こんな事でもなければ、値段でとっととキャノン機を選んでいただろう。でも、すでに私は一所懸命になって説明してくれた彼女にほだされていた・・・EPSON PX-V630お買い上げ~!

続いて「FLATOUT」へ。206のサイドマーカーリングやら206刻印入りのドアカバーやらを見る。でも見ただけ。チャイナブルーには似合いそうもないし、第一そんなモンにそれぞれ4000円ずつもかけられるか! で、ステッカー類をショボショボ買って撤収。あ、今度のPOOB総会用にお楽しみ景品も1つ買ったぜい!

後は家へ帰るだけ。空いている甲州街道を気持ちよく走る。いつの間にか後ろにチャイナブルーの206SWが付いていた。

その時、コーナーで左リアから異音が! もしかしたら・・・という予感が的中! 信号手前で横に並んだ206SWから「パンクしてますよ~」の声。あわてて路肩に寄せるも、私は不覚にも肝心な事を忘れていた。

ジャッキと工具のありかがわからない! 4年前に購入して以来、駆動系はまったくノー・トラブルで来たので、油断していた。おまけに雨。近くのカー用品店まで4kmはある。しかたなく入ったばかりの出光ロードサービスへTELした。が、話中でなかなか繋がらず、10回目でやっとアクセス。

事情を話し、手配を依頼。15分位で業者到着。なんとか無事にタイヤ交換終了。スペアタイヤがエマージェンシー用ではなく普通のタイヤだった事とジャッキがその中に入っていた事を初めて知った(大恥!)。店員さんをイジメた天罰かなぁ。国産車のは何度も交換した事はあるのに・・・。

ショックだったが、明日から札幌出張が控えてる。さっさと気持ちを切り替えて、次回の休日にでもSドラか何かに交換しに行こう!


POOB巨頭会談?

河口湖出張からの帰京日、我らがPOOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)の名古屋支部長、ume氏がかつて全損させた206S16からみごとに復活し、新たに206RCに乗って上京しているという知らせがあった。なんと彼はほとんどの出張を206RCに乗ってこなしており、今回は名古屋から山形まで走り、その足での東京一泊だという。こりゃ~一杯やるしかない!

東京に単身赴任中の岡山支部長しげドン氏設営のもと、3人は神田駅西口に集合。私のカミさんも同行してたが、それはどうでもいい。改札脇にしげドン氏の巨体とume氏のスリムな体とが並んで立っていた。相変わらず絵になるほどしげドン氏は目立っている。まるで動くランドマークである。ume氏と復活祝いの握手を交わし、いざ出陣!

昔から神田界隈は安くてウマい居酒屋の宝庫である。

今回はしげドン氏なじみの天ぷら屋兼居酒屋の一軒へ。とりあえずの生ビールが空くのに3分足らず、当然のように焼酎や日本酒の3杯セットに移る。ツマミも天ぷら盛り合せに穴子とキスを加え、富山産の岩ガキ、銀杏、焼き鳥、刺身、塩辛などなどを豪華にはべらせつつ話は弾む。ほどなく3杯セットも2度目の注文に突入。

次回のPOOB総会(と言ってもお泊り宴会&カラオケだけ)は、11月下旬に岐阜ひるがの高原で開催予定である。

そこには西から東からPOOBメンバーのプジョーが10数台集結するはずだ。ume氏の206RCの他、さらに2台の206RCも参加予定で、RC3台揃い踏みも期待される。最近のPOOBはOYAJIだけでなく20代からの若いメンバーも増え、いまや総勢20名を突破する勢いである。来るもの拒まず、仲間が増えるのは楽しいものだ。

だが、問題なのはカラオケのナンバーである。

うっかり若い世代にOYAJIたちの知らない最近の歌など歌われてはかなわない。ここはビシッと「80年代までの歌限定」の原則を守り通さねばシメシがつかん、という事で意見が一致。もし新しい歌なぞ歌おうものなら「知らね~ぞ~!」コールをお見舞いする事にした。ちなみに私は会社の連中との時は、即「演奏中止ボタン」を押す事にしている。

今日から10月になった。11月なんてあっという間だ。再会を約束しつつ、神田の路上にそれぞれの影が散って行った。



POOBと河豚と渋滞と

またまた一週間ぶりの帰京で、やっと日記の更新が出来た。

POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)の愛知県知多半島河豚オフが無事終了した。といっても、私には結構これがキツイ遠征となってしまったのだが…。

20日9:00に東京を出発。が、さっそく首都高が渋滞。なんと渋谷近くの上り車線で車が炎上! その見物渋滞だった。イヤな予感を抱えつつ東名に入ったが、厚木のはるか手前から今度は自然渋滞。結局厚木を抜けたのは出発から3時間後の事だった。

富士川SAで簡単な昼食を取り、急ぎ集合場所の南知多美浜PAを目指す。が、浜名湖SAあたりですでに定刻20分前、ナビに載っていない開通したばかりの豊田JCTから伊勢湾道路経由でひた走ったが、結局30分遅れの参入となってしまった。PAには色とりどりのプジョー206、307CC、そして掟破りのアルファ147もいた。皆さんスマソ。

会場である内海の旅館「豆千待月」は、昔のリゾートマンションをモディファイしたようなちょっとレトリックな風情。目の前の砂浜には、なぜかヤシの木が葉を枯らして立っている。南国ムードを演出したかったのだろうが、かなり無理がある。ま、愛知県らしいといえばらしいが。

下関に送られればブランド河豚となる三河湾の河豚。刺身に鍋に唐揚げにとたっぷり堪能。ヒレ酒と焼酎がカラになる頃、いよいよ本命のカラオケスナックに乱入。でも客は我々だけ。しかも頼みもしないのに女性スタッフ付き。こっちは特別会員のキレイどころ(?)を4人もはべらせているというのに。でもまあ、1時間3000円で歌い放題、飲み放題ならいいか。許す。

お約束の1980年代まで限定の歌をそれぞれが2時間歌いまくり、最後は肩を組み合って合唱。最高潮に盛り上がったのだが、歌ったのは何の歌だったかは忘れた。一同満足感と余韻を楽しみつつ解散。でもOYAJI4人がこそこそと舞い戻る。どうやらまだ消化不良のようだ。さらに1時間歌いまくって、今度こそお開きと相成った。爆睡。

帰京後にすぐ大阪入りをしなければならない身の上の私は、チェックアウト後の11時頃隊列から離れ一路東京へ。実はホントの悲劇はここから始まる。東名を順調に走って、浜名湖SAで「うなぎパイVSOP」をお土産に買って、長い長い静岡県を抜け神奈川県に入り、もうじき海老名SAという所でなぜか大渋滞!

ハイウェイラジオによれば、伊勢原付近で車4台の追突事故により5kmの渋滞が発生、通過に2時間近くかかるとか! さらに大和トンネルで車7台の追突事故発生! たぶんこの渋滞のせいで起きた事故だろう。大和トンネルはすでに通過していたのがせめてもの救いだったが…。ちゃんと前見て走れよな~、もう!

完全停止と3m前進を延々繰り返す。それでも遅々として進まぬ隊列。思い余ってカミさんに連絡を入れ、大阪行きの新幹線チケットを最終便に変更させた。3時間近く経って、やっと事故現場が現れた。そこには真ん中の車線でグシャグシャにツブれた車が2台残っていた。当然左側一車線規制となっている。

渋滞はすでにここから後方15kmに伸びている。大和トンネル事故も含めると30km以上にはなっているだろう。あ~あ。

事故現場を通過すると一転信じられない風景が広がっていた。なんと前方には車がほとんどいないのだ! あっという間に東京料金所到着、ここにも車の列は無く、ほとんどノンストップでクリア。続く首都高も同じ状況で、事故現場から30分後には渋谷まで来てしまっていた。結局帰宅したのは午後6時過ぎだった。

そして新幹線で大阪・神戸への遠征に赴いたのであった。 ・・・疲れたなぁ。



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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコースティックギターやウクレレを弾いて70年代フォークを弾き語ったりするのが大好きです。遂に40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2などの弦楽器に囲まれる生活となって幸せです(^^)

もうひとつの大好きはコンパクト欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経て2010年から「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

そしてさらに10年経って取り巻く環境も変化し、4枚ドアとペーパー息子のために安全装置付きのクルマの必要性が。偶然出会った「MAZDA3 FB 20S Burg-S PMG with SIG-S」を2020年から愛車に迎えました。

現役時代は某企業でプロフェッショナルな社内研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、2nd Stageは頼れる薬局のOYAJIを目指したいとDgSで張り切ってます。

2013年から膀胱がんサバイバーを継続してます。無病息災よりも一病息災くらいがちょうど良いのかもしれません。

とか言ってたら、2020年に肝がん発生。予防接種からのHBV感染〜暴飲暴食からの脂肪肝〜部分的な肝硬変と来ていたので特に驚きませんでした。最期は肝臓だなと覚悟も決めてたし(^^;)

幸いこれも早期で表層だったため、切除手術を経て無事に終わりました。これで「ダブルがんサバイバー」の誕生です(^^)

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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