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こうなるのかな?

検査入院前の検査外来受診。大分ツアーの最終日から始まった頻尿、排尿痛、膀胱収縮痛の3大症状は日を追う毎にじわじわと強くなり、頻尿は日中1時間毎(夜間は2時間毎)、排尿痛は思わずウッとなるほどに、排尿後に来る膀胱収縮痛はジンジンヅキヅキと断続的に継続するようになった。症状自体はBCG膀注療法の強烈な痛みのレベルではないものの、それでもいっそ入院を一週間前倒しでお願いしたいくらいではあった。

ここまで来るとさすがの私もclassⅤのがん細胞に対する生体の免疫反応の発動だろうという希望的観測よりもがん細胞の増殖による症状の現れではないかという悪い方へ思わざるを得なくなっていた。

そこで今日の外来診療時に主治医のT先生へ前回診療時以降の症状の進展を話し、もしかしたらがん細胞が腫瘤を作ったせいかもしれませんねと訊いた。そしたらT先生はこともなげに「内視鏡で見た膀胱はとても綺麗でしたからねぇ」と言ったがそれ以上は特に何も触れずに「抗菌薬は今度はこれで行きましょう」と前回とは違う処方をした。

つまりは、この一連の症状は生体の免疫反応でもがん細胞の増殖のせいでもなく、単なる膀胱炎だったというわけなのだ‼️

ならば私の話をきっぱり否定して、これは膀胱炎だとはっきり言えばいいものを、相変わらずT先生の言葉は少ない。しょうがないので「夜間の排尿をスムーズにするためにまたα1ブロッカーをください」と付け加えておいた。

さらに、まさかもう使う事もないと思っていた、1年前のBCG膀注療法の時に散々苦しめられた強烈な膀胱痛のためにガメていた鎮痛座薬が冷蔵庫にまだたっぷり残っていたのは幸いだった。

これで対膀胱炎への役者は揃った。

入院前検査として採血、ECG、スパイロ、X線を実施。珍しい男性看護師による採血は思いのほか上手かったが、若い女性のスパイロでは声掛けのタイミングが合わなかったせいか曲線がブレて何と5回もやらされたわ。その後、入院申込手続きを経て看護師による説明と申し送りのための聞き取りへ。

もはや外来のみならず入院手術に関しても常連と化した私は、特に説明を受ける必要もなくいつものように個室を予約。申し送りには「病院食はほとんど食べないけど、他で補給してますから気にしないでください。密かに入院ダイエットも目論んでますから」(^^)

さあ、これで膀胱炎を早く治して来週末に予定されている孫の2歳の誕生日会をこなして、週明けから入院手術へと突入する段取りが整った。

結局、このままで行けば膀胱全摘はまだ遠い先で、定期的に経過観察をしながら異常があれば入院手術を繰り返すという日々になるのだろうか。

その時の引導はT先生に渡してもらうようお願いするしかないだろうけど、どうやら今はまだその時ではなさそうである。





どうなる? どうする?

先月、尿細胞診でclassⅤが初めて検出された前後で膀胱炎を発症し、その3日後には軽快、24日から3日間の大分ツアーも無事に過ごせたかと思ったら、最終日から再び頻尿と排尿痛が始まった。

この症状、BCG膀注療法の時とほとんど同じなのだ。あの時も30分〜1時間間隔で尿意に襲われ、排尿痛を堪えて排尿し、終わった後は膀胱の収縮による痛みが続いた。もちろん今回は痛みのレベルは低い。BCGによる炎症が無いだけ軽く、寝込んだり休職しなければならない事はないものの、鈍痛はしっかり感じている。

さて、これをどう解釈すべきか?

一つは、がん細胞増殖による悪さ。一般的にがんの進展からすればこれが妥当とも考えられるが、それにしては症状が現れるまでの期間が短か過ぎる気がする。classⅤの時の採尿からわずか10日前後でこれほどの症状が現れて来るものだろうかという疑問が残る。以前の再発時には見られた肉眼的血尿も現在のところ全く見られない。

もう一つは免疫反応の惹起。classⅣまではスルーされていたが、classⅤの完全ながん細胞となった途端、リンパ球が反応し、一斉に攻撃した結果の炎症並びに膀胱炎症状なのか。だとすれば、この症状が治まった後に尿細胞診をすれば、少なくともclassⅤは検出されないかもしれない。

検査入院の10日前に外来受診があるので、そこで主治医のT先生に相談してみようと思っている。素人考えだと一笑に付されるかもしれないが、再度尿細胞診だけはしてもらおうと思う。それでもやっぱりclassⅤが出たらいよいよ覚悟を決める段だ。

検査入院でclassⅤの居所が判れば良いが、それが膀胱内で留まっているのであれば、膀胱切除の可能な病院へ転院して手術を受けるのみである。間違ってもまたTUR-Btとその後のBCG膀注療法による地獄の日々に耐える事はしたくない。二度に渡る再発の経験から言えるのは、耐えたところでせいぜい2年と持たないのだからご褒美にすらならない。全くもって割りに合わないという事だ。

そしてまたいずれ再発するのなら、その不安と症状に悩まされるのなら、いっそオストメイトの道を行く方がよっぽどスッキリする。人生いろいろ、それが自分とっては自然の成り行きなのかもしれない。

さてどうなります事やら。何が起きてももう驚かないし。





海岸通のなごり雪〜大分旅行 その3

最終日は次女夫妻のお宅へご挨拶を兼ねて訪問。そこは山と緑に囲まれた日本の原風景のような景色に包まれていて、隣と超接近している我が家から見れば、なんとも羨ましいロケーションだった。本来人が住む場所とは、便利さだけの都会の息苦しい場所ではなく、こういう地であるべきなのだろう。

会食時の続きのようにひとしきり話が弾んだ後、名残り惜しい気持ちを抱えて空港へと向かう。途中、再び津久見ICで降りて、今度はもう一つのお伊勢参りの場所である津久見港のつくみん公園へ。

・・・・・・・

ちょうど地元のお祭りのようなイベントをやっていて賑わっていたが、私の目指す地はそこではない。その喧騒の外にある、伊勢正三の名曲「海岸通」のモチーフとなった海辺に最も近い道路である。果たしてその海岸通りにはほとんど人影は見えなかったから、すぐに歌の世界観に入って行けた。目に入った桟橋の船は保戸島への小型船だけで、歌に出て来るような大型のフェリーの姿は無かったけど。

♫あなたが船を選んだのは 私への思いやりだったのでしょうか〜

桟橋の横にある埠頭の先端まで歩いて、お約束の「海岸通」をスマホから二度流しながらしみじみ感じ入った。

♫夜明けの海が悲しいことを あなたから教えられた海岸通〜

思ったよりも整備されていて、決してひなびた港という感じではない。だけどこの場所を心象風景にして正やんが「海岸通」を作ったのだと思えば感慨もひとしおである。やはり来て良かった。

♫まるで昨日と同じ海に波を残して あなたを乗せた船が 小さくなってゆく〜

・・・・・・・


最後の晩餐は空港にある寿司屋。回転寿司で食べ損ねた関アジもあり、これで豊後の海の幸はコンプリート‼️ 帰りの飛行機が約1時間遅れたので、お土産を買ったりカボスケーキを食べたりして時間を潰した。

振り返れば、大分での3日間は景色、温泉、人に恵まれたとても良い旅となった。今生と言わず、また是非訪れたい。ただし、次はレンタカーをアップグレードして‼️ (^^)

おしまい


海岸通のなごり雪〜大分旅行 その2

二日目は雨も上がっていい天気。今日は別府お上りさんとなって、お約束の地獄めぐりへ。でも7つ全部は面倒なので、特に面白そうな海地獄、坊主地獄、血の池地獄の3つを廻る事にした。

昔見た裏磐梯の五色沼の熱々バージョンみたいな海地獄、まるで妖怪人間ベム(古っ!)のオープニングのようなボコボコが来る泥状の坊主地獄、その名の通り血の色が広がっている血の池地獄とそれぞれ特徴的なものが近い距離に存在している事に驚く。それにしても周りは欧米系外国人だらけってのは今や観光地では普通の風景なんだろうな。

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‪お昼は友人のオススメの地元で大人気という亀正くるくる寿司を目指す。ところが、ナビの精度のせいか、住所表示の不備からか、いくら走っても着かない‼️

あちこち迷って正午過ぎにやっと到着したので、不覚にも既に行列となってしまっていた。並ぶこと40分、関サバ(関アジは入荷無しで普通のアジで)、サザエ、中トロ、アナゴなどを美味しく頂きました。下手な海鮮店よりも回転寿司が正解の法則はこの地でも健在。(^^)‬

・・・・・・・

湯布院へは下道でワインディングを楽しむはずが、上りはパワー不足の上にどうにも足が覚束ず、まるで面白くない。おまけにちょっと攻めるとすぐに「急ハンドルを検知しました。安全運転を心掛けてください」と言うモンだから興醒めもいいところ。どうやら予めナビに組み込まれているようで解除不能、出来たのはアイドリングストップの解除だけだった。何度も言うが、こんなクルマに乗って楽しい人がいるのか? 3日間の総走行距離400kmを共にするには完全にミスキャストだわ。

別の友人から阿蘇の絶景が望める久住高原を勧められていたけど、残念ながらそこまで足を伸ばす時間的余裕は無かった。それでも少し時間の余裕があったので湯の坪街道〜湯布院フローラルビレッジなる所へ寄る事にした。

来てみて驚いた。まるで原宿竹下通りか旧軽銀座のような小洒落たエリアが出現したのだが、面白いのはそれぞれの店の外観だけで、よくよく見ればどこにでもあるようなコレクトショップやドリンクスタンド、お土産物屋が並んでいるに過ぎなかった。まあ、ここも観光外国人だらけだったけど、湯布院駅周辺といい、近年湯布院がエラく観光地化されたと揶揄されているのはこういう所なんだなと納得。

・・・・・・・

さて、着いた旅館はセールスポイント通りに由布岳一望の位置。とはいえスタッフによれば、由布岳が上まで全部見えるのは珍しいとの事で、今日も上の方は雲に覆われていたが、思っていたよりは低い山だったからほぼ見えていると言ってもいいだろう。

部屋の掛け流し露天風呂は何と70℃‼️ こりゃとても入れないので、適宜栓を開けて加水して入るようだ。ところがこれがなかなか難しい。油断するとすぐにぬる過ぎになってしまう。陶器製の湯船は小さめのところが多いが、ここのは通常よりも大型なのでゆったり入れた。別府の湯に比べて硫黄臭は無く、でもお肌スベスベは一緒だった。(^^)

ニ日目はここまで。(さらに続く)



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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコースティックギターやウクレレを弾いて70年代フォークを弾き語ったりするのが大好きです。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2などの弦楽器に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きはコンパクト欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経て2010年から「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

某企業でプロフェッショナルな社内研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、2nd Stageは頼れる薬局のOYAJIを目指したいとDgSで張り切ってます。

2013年から膀胱がんサバイバーを継続してます。無病息災よりも一病息災くらいがちょうど良いのかもしれません。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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