6月あれこれ

ワールドカップがロシアの地で始まった。

前回王者ドイツや常勝ブラジル、さらにはメッシのアルゼンチンまでもがグループリーグで躓いているのを横目に、我が日本代表は引き分けでも大成功とまで評された強敵コロンビアに見事に初戦勝利した。

開始3分でPKとレッドカードで早々と先制点、プレーヤーでも数的優位に立つという、これ以上ない展開が味方したとはいえ、文字通りジャイアントキリングを成し遂げた事にはこれ以上ない賞賛の拍手を送りたい。

特に、開催前に何かと批判を受けていた海外ベテラン組の香川がPKを決め、本田のキックが決勝点のアシストをしたのは良い意味で裏切られたな。決勝のヘッドを決めた大迫もワントップに起用され続けた意味とその価値を見事に体現した。まさに「半端ねぇ〜!」

この調子で次の強敵セネガル、最終戦のポーランドも撃破して堂々一位通過で決勝トーナメント出場と皮算用をしておこう。今のうちは。

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3回目のBCG膀注療法から10日が経過した。

2回目直後にも現れた副作用は、この3回目終了後からも15分毎の極端な頻尿、排尿時の強い痛み、膀胱収縮によるツーンとした痛みの三拍子揃って出現した。その前のTUR-Btでの削り具合が浅かったために、2年前の全8回が終了した後から始まった地獄の膀胱痛の日々ほどではないのは仕事への影響の面でもラッキーだが、やはりBCGは抗がん剤同様なんだな、だからそれなりの副作用には必ず見舞われるんだなと再認識した次第。

10日経った今も昼間でも1〜2時間おきに尿意を知らせるチクチクした痛みは生じるし、夜間頻尿も2回はある。排尿までの強い排尿痛は続いたまま。やっと排尿に至っても尿道にも炎症が生じているのか尿線がやたら細く勢いがない。思わず尿閉になるのではないかと不安になるほど。だが残尿感は感じない。

来週の外来では主治医のT先生にしっかりとその旨を伝えて、今回はここまでにしてもらうようお願いしようと思っている。

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そうそう、今月9〜10日に参加した大学のクラブの先輩達とのコテージお泊まりツアーは無事に終わり、当時たった一人の最上級生だった先輩にも40年ぶりに再会出来た。これが一番嬉しかった。

コテージ到着早々、案の定、コールマンのテーブルに麻雀マット、そして年季の入った象牙製の麻雀牌も持参していて、組み立てるやいなや計6名で2、3位抜けでやりまくった。

抜けてる間は私の持参したTaylor GSminiで、70年代フォークを弾き語り。周りのコテージには宿泊客もなく、音漏れを気にする必要もないから何でも演れる。気分は瞬時に100%あの頃にワープしたのだった。

麻雀は数十年ぶりに先輩達に誘われて新宿で2回ほど打って以来だったが、その時からのヒキは衰えておらず、何と役満(国士)まで上がるという絶好調!

結局、半荘6回でトップ4回。レートは安いものの、私のコテージ代と食糧代はロハになったのだった。

この旅は2年に一度、2泊3日で企画されているという。今回初参加した私は仕事の関係で1泊のみで帰京したが、最後までいたらきっと高速代もガソリン代もロハになっていたような勢いだった事はしっかり記しておこう。満足、満足!



万全の体調で行けそうだ

2回目のBCG膀注療法後の極端な頻尿、排尿開始時の痛み、その後の膀胱収縮による痛みは、まるで2年ほど前の全8回終了後をなぞるかのように出現した。

だが今回はやはりオペ自体が軽目だったせいか、思わず唸ってしまうようなキツいレベルではなく、仕事にも深刻な影響を及ぼすまでには至らず、その期間も2週間経過した昨日にはほぼ収まった。前回の副作用が5ヶ月余り続いたのとは雲泥の差である。

で、本日の外来で主治医のT先生も、前回のように短期間でやり切るよりも適宜インターバルを取りつつやれば良いとのコメントで、来月上旬の大学のクラブ関連のお泊まりイベント後まで空ける事になった。

これでほぼ無症状の快適な日々が続くのだと思うと、束の間の嬉しさがこみ上げて来る。

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さて、その大学のクラブ関連のお泊まりイベントである。

昨年の2月、Facebookから約40年ぶりに再会した3名の先輩達。私が入部した時は4年生が男性1人、3年生が男女4名、2年生が男女7名ほどのこじんまりしたクラブだった。名前は「生化学研究部」、通称「生研」だった。ちなみに我々1年生が男女12名も入部したのは驚きだったろう。

名前からするとお堅い学術系クラブに見えるが、その実は飲んで歌って打つ娯楽系の雰囲気にあふれていた。それでも毎週2回行われた部内ゼミで先取り学習した生化学という学問に出会った事が、物理・数学が大嫌いで文化系を自認していた私を留年や卒延から救ってくれたのだから分からない。

そんな先輩のうち、当時の3年生の男性2名と2年生の男性1名と学生時代よろしくランチを食べて麻雀になだれ込んだのが昨年2月だった。

そして新潟県で薬局をしている当時たった一人の4年生の男性先輩(下宿によく泊めてもらった)と2泊3日でお泊まりするイベントが数年に一度行われていたらしく、今回私も参加を許されたという流れである。ただし私は3連休は難しいので、やむなく1泊2日コースで参加する。

全メンバーは既に還暦も過ぎて、とっくに人生の折り返し点を超えてしまったにも関わらず、会えばあの時にタイムマシーンのごとく瞬時にワープ出来るのはどの学生時代の同窓会も同じだ。

そのお楽しみのためにまずは持参予定のギターの選択。所有アコギの中からMartin D28Mは今のところ門外不出中なので除外、Fender CD-220CE ALL ZEBRANOかTaylor GSmini RWが有力だが、ポータビリティの面から後者のTaylorになるだろうな。

全体の汚れを落とし弦を張り替え、あの頃部室で聞いたLPレコードやギターを弾いたりして歌ったシンガーの楽譜(拓郎、かぐや姫、風は必須!)を詰め込んで、あの頃の空気を感じながら荷作りをする。

旅立つ前のこの辺りが実は一番ワクワクする時間でもある。

それにしても還暦過ぎたOYAJIが集まってドライブし、温泉に浸かり、酒飲んで麻雀(多分やるはず)、ギターで70年代の歌を歌うなんて機会は、ここまで時が流れて来るとなかなか難しいのではと思う。今回はそれだけ貴重な時間、思い切り楽しみたい。




三十三回忌!

11日にBCG膀注療法の2回目を行なった。先月の20日がスタートだったから、3週間のインターバルが取られた事になる。

初めてBCGをやった2年半前は週1回、全8回という教科書通りのスケジュールだった。しかしながら最終回終了後から地獄の膀胱痛の日々が始まり、セカンドTURによるダメージも重なって5ヶ月もの間苦痛に苛まれた。だからBCGはもう二度とやりたくはなかった。

だが主治医T先生は「今回は前回のようにキッチリやらなくてもいい」という方針だと聞いて少し安心した。1月に受けたTURによるダメージも早期だったゆえ軽かったので気持ちもだいぶ楽になった。

だが、そううまくはいかないのが生身の難しさ。

今回はこの2回目の時点で15分間隔の極端な頻尿に始まり、その後ほぼ1時間は保つようになったものの、少しでも膀胱に尿が溜まると疝痛が生じるようになった。それでも前回の立っても座っても歩いても針やキリで刺されるような断続痛に見舞われるというレベルではないのは大きな救いである。

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そんな中、昨日は母方の祖父母の三十三回忌で埼玉県深谷まで往復160Kmのドライブとなった。もちろん途中のPAでトイレ休憩を取りつつ。

祖父母は生前は蔵前の鳥越神社の近くでハンドバックの製造業をしていて何人もの職人を抱えた大所帯だった。加えて高度成長期の波もあって作れば作るほど利益になった時代を生きて来た。一時は袋物協会の会長や横綱吉葉山の後援会長も務めたほどだった。ある意味業界の名士だったのかもしれない。

その葬儀からもう33年も経つ。本当に時が経つのは早い。菩提寺の住職二代目による読経を聞きながら目を閉じれば、祖父母との思い出がいくつもいくつも浮かんでは消えていく。こうして故人を忘れないという事が何よりの供養だと思う。

それにしても齢80超えの三兄弟が親の三十三回忌の日に健在なのはある意味驚異だ。祖父が亡くなったのは享年86歳だったから、その子供もまだまだ行けるのかもしれないが、施主の叔父によればお墓はこれを区切りに畳んで都内の納骨堂施設に移すと言う。

いくら健在とはいえ、さすがに全員が五十回忌を迎えるのは難しいだろう。ましてやそれぞれ千葉や神奈川に住んでいるので、そうそうこの深谷へも来れない。都内の集合型納骨堂なら遥かに行きやすいので賢明な判断だと思う。

法事後の食事はいつもの鰻屋だったが、前回から6年経つ間に随分と味が劣化した気がした。この鰻重、焼いて冷蔵したものをチンしたかのようにただただフニャフニャ。ベトついた白飯と相俟って久しぶりに不味い鰻重を食した。思わず佐原の山田の絶品鰻重を思い出した。

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不味いと言えば、最近発売されたア●ヒの「クリアラテ」なる飲料。カフェラテ味の透明な液体なのだが、先日ウチのお店にもこれが納品された後、事もあろうに担当SVから「これは不味いので追加発注はせずに売り切りにすること」という極めて異例のLINEが届いたのである。

自店の新商品をそれほど蔑むのはどうなのかとスタッフが試飲してみたら、異口同音に「不味い!」と切り捨てたではないか。この時私は飲まなかった。もともと色彩も味のうちと思っているから、こんなヘンテコリンなものは推して知るべし。

サントリー「ヨーグリーナ」から始まった透明飲料だがなぜかヒットした。さらに紅茶味も出ていて好調なようだ。その二匹目のドジョウを狙ってのア●ヒの攻勢なのだろうが、最初からこんな評価だったらお先真っ暗じゃないの?

というワケで、私も法事へ行く途中のコンビニにあったので飲んでみた。もはや怖いもの見たさの心境だったけど。

「飲み残して氷で薄まったアイスコーヒー」が第一印象だった。コーヒー本来の香りも少なく、透明だからただの砂糖水に見えるのがまた何とも言えずマイナスイメージだ。CMやってる米倉涼子もチョイとマズったかもしれないな。

ア●ヒの上層部はよくぞこれでゴーサインを出したなと逆に感心した次第。

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今日は、ひと月前に狭いT字路で一時停止違反で飛び出して来たオバちゃん自転車を避けたはずみで側面を電柱に擦り付けてしまった愛車を修理に出す日である。

本当は中学の同級生のクルマ屋に出すはずが、彼の体調が思わしくないからかずっと放置されてしまったため、止む無く過去2回の車検で世話になっている所へ頼む事になった。

来月上旬に予定されている大学のクラブ関係のお泊りツーリングには間に合うようだが、当分車なしの生活になる。代車が黙って出てくるなんてのはお高いDラーは別にしてなかなか無いからね。





乗っ取られ

休日だったのでソファに寝転びながらボーッとテレビを観ていた。するとスマホが鳴った。

見ると名古屋のクルマ仲間のP子さん。訊けば、FBのメッセンジャーから変なメッセージが来ていると。なぜか電話番号とLINEの検証コードを教えてくれというものらしい。

そんな怪しいメッセージなんて、私の友人達は笑ってスルーするだろうと思い、せっかくだからと久しぶりに近況などを語り合っていた。

電話を切ってメッセンジャーを除くと、私から友人達に以下の文言が送信されているではないか!

「今、暇?」(原文まま)

相手が応えると、

「宜しくお願いします。携帯が壊れたから。ライン登録に数名の友達の検証が要るので、メッセージの確認をお願いできる?携帯番号を教えてもらえる?」(原文まま)

とおかしな日本語の文言が送られて、それにも答えると、さらに、

「四桁の検証コードをFacebook送信してくれ」(原文まま)

と来る。これだけで十二分に怪しいのだが、うっかり信じて教えてしまった何人かのLINEは乗っ取られ、今度はそこから、

「近くのコンビニでBitCash点数カードを数枚買ってくれないか」(原文まま)

という、メッセージとしてもかなり不遜な日本語がメッセンジャーとLINEの双方から送られていたのだった。

さすがにそこまで従う人はいなかったが、パスワードを変更するまでは乗っ取られ続けるので、いちいちその手間を掛けさせた事はたいへん申し訳ない。

慌てて、メッセンジャーを送った人に「乗っ取られたようです。スルーしてください」とメッセージを送り、FBのタイムラインにもその旨を投稿した。

結局、全ての友人のうちメッセージが送られた約100人にそこまでの操作を完了するまで2時間以上掛かり、なんて休日だ! となったのだった。

これまで乗っ取られたと思しき友人からレイバンの安売り案内やプリペイドカードを買って来てなどのメッセージを受けた事はあっても、自分が乗っ取られて震源地となったのは初めてだった。

乗っ取ったヤツの目的は、コンビニでナンチャラカードを買わせてその暗証コードを入手する事のようだ。さすがにそこまでの達成率は極めて低いだろうが、乗っ取られた後処理が面倒くさいのはかなわんわ。

まあ、これでアプリを問わず同じパスワードとなっているなんて事はますます回避され、再び乗っ取られる可能性は極めて低くなったと思う。

今回のドタバタ劇については多分に不可抗力の部分はあったにせよ、友人達に要らぬ迷惑をお掛けした事に深くお詫びを申し上げる次第です。





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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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