反安倍の彼方

森友問題に続いて加計問題は、ついに国会終了後の閉会中審査にまでもつれ込んだ。これは他ならぬ、今月初旬に実施された都議会議員選挙における自民党の大敗に象徴される支持率の急降下によるものである。

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実に2/3以上という、公明党を含む与党の圧倒的議席数を獲得した安倍政権は、野党の弱体も相俟って正に一強状態となり、安保法制可決に始まりこのまま改憲発議まで一直線に突き進む様相を呈していた。

そこへ降って湧いた森友問題を端緒に、強者の奢りとしか思えない務台「長靴業界儲かった」政務官、今村「東北で良かった」復興相、稲田「違法選挙応援」防衛相、山本「学芸員はがん」地方創生相など閣僚達の失言、そして加計問題。それらに対する安倍首相や菅官房長官の強気の上から目線対応などに対する国民の反発がその原因であったと言えよう。

もともと質の高い人材とは思えないような閣僚の面々ゆえ、遠からず安倍内閣の足を引っ張る事態を招く事は想像に難くなかったとは言え、まさかここまでワキが甘いとは思わなんだ。

特に稲田防衛相の都議選候補者への応援演説でのたまった「防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としても(一票を)お願いしたい」のセリフは道義的にはもちろん、法的に見てアウトだ。自ら法律のスペシャリストである弁護士であり、言葉のスペシャリストである政治家とは思えないアフォさ加減である。しかも「誤解を招きかねない」と撤回したが、どこが誤解を招くというのか? 誤解の余地すらないド真ん中直球の発言ではないか。

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さて、私から見た加計問題の本質はこうである。

獣医学部新設の悲願のため、構造改革特区の頃から手を挙げては門前払いされて来た申請自治体の愛媛県今治市と事業主体の加計学園。国家戦略特区になっても申請するのは言わずもがな。そんな歴史があるから計画内容はハナから他者よりも具体的で、自治体共々加計ありきで進むのは自然な成り行き。

その加計に対して、政府の開学時期を含めた特区の早期実施という命題の下に、行政側が事前相談を受けたり認可条件に対する不備を助言しながら認可に持って行くのも当然の推移。にわか仕立ての京産大が辞退したのも当然の結果と思われる。

そもそもアベノミクスの経済成長戦略の下の事案である限り、首相をはじめとする政府の意向が反映されるのは当たり前で、だからこそ、そこにさまざまな解釈が出来るような場面も生まれやすくなる。組織における人と人の間には「忖度」も生じるだろうし、長い友人関係の中で思わぬ「利害関係」が生じることもあり得る。それらをネガティブに受け取れば「疑惑」にも映る。

これら一連の疑惑に対して、さまざまな関係者が語っているが、彼らも人間である以上、記憶の曖昧さ、思い込み、恣意的な解釈などが言動や文書で飛び交うのも当然だろう。要は難癖をつけようと思えば、それなりのネタは出て来るだろうし解釈も可能だ。だが、「無い」の証明が不可能な限り、最後は水掛け論に行き着くしかない。

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それでもここまで疑惑を犯罪として裏付ける決定的な証拠が出てこない以上、もはや明確にクロとは言えない。にも関わらず、野党や反安倍世論が安倍おろしに躍起になる背景には、支持率低下による政権不安定を通じて、安倍政権の目指す最大目的である憲法改正を阻止しようとの思惑が透けて見えるのである。

誰が言ったか「もり(森友)、かけ(加計)、(安倍)おろし」

蕎麦屋じゃあるまいし。






前出し

「先生のお店は前出しがしっかりされていてキレイで気持ちがいいですね」

定期的に店に訪問してくるメーカーのラウンダーから、最近こんな言葉が聞かれるようになった。さらに複数エリアを管理担当する自社のSV(スーパーバイザー)も同じセリフを口にした。

「前出し」とは業界用語で、買い上げられて凸凹になった商品陳列棚の商品を引っ張り出してフェイス(棚の最前面)を揃える事で、ヘンな意味はない (^_^;)。これが出来ていると見た目にキレイで気持ちがいいので、お客さんの購買意欲が刺激されるし万引き防止効果も得られるという。それゆえ、前出しは商品の如何を問わず、小売店の基本ルーチンとして入社研修などでもしっかり教えられているはずである。

だから私はそれらの言葉に少なからぬ違和感を覚えた。競合店なども見ているラウンダーの社交辞令ならともかく、自社SVまでがそんな当たり前の事にコメントするのは変な話で、まるで他の店舗では為されていないかのように感じられたのだった。まさかねぇ。

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知らない間に台風3号が長崎県に上陸し、こちらの雲行きも怪しくなっている今日の公休日、お出かけドライブは止めて、ウチの店の近隣エリアの他店舗訪問をする事にした。それらの店舗の成功事例の抽出のための訪問と言えば大袈裟だが、商品陳列方法やPOPの文言などで参考になるものをパクって取り入れたいというのが本音である。もちろんお忍びで。

訪問店舗を選んだ基準は、第一に車で回るので駐車場のある店舗、そして常勤薬剤師が配置されている店舗である。薬剤師がいれば医薬品売り場のメンテナンスはされているだろうし、さまざまな工夫もされているだろう。これが薬剤師不在店舗だと、社員である登録販売者は他の売り場も担当しているため、どうしても医薬品売り場への注力が疎かになりやすいからである。

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それらの条件に叶う店舗がそのエリア内に3店舗存在していた。仮にA店、B店、C店とする。まず開店30分後の10:30頃にA店へ。さすがに駐車場完備の店舗、ウチの店の2倍以上の売り場面積がある。店内を見渡すと、レジや品出しなどをしているスタッフが3名くらい視界に入った。

医薬品売り場に行くと、そこには薬剤師不在を知らせるプレートが掲げられていた。偶然私と同じ公休日だったようだ。さっそく売り場に目を移した瞬間、そこには目を疑うような光景が展開されていたのだった。ほとんどすべての棚の商品が凸凹どころか、グチャグチャ同然になっているではないか!

まだ開店1時間も経っていないから、この状況は今朝のものではなく、少なくとも薬剤師が在店していた昨日以前からこうだったのだろう。それにしてもこの子供が遊び散らかしたような陳列棚では、どう見たって購買意欲がそそられようもないではないか。しかもあちらこちらに欠品による空スペースも目立つので、さらに情けない光景を呈している。

フェイスの凸凹を歯並びの悪さとすれば、欠品による空洞は歯っ欠けである。歯槽膿漏でもこれほど酷くはないだろう。

暑い日なのにドリンクストッカーもスカスカである。こんな有様だったら、邪な者が商品を一品二品無断拝借しても分からないだろうよ。

正直ガッカリした。ウチの店も公休日の翌日に出勤すると商品が凸凹になっていたりワープしている事があるが、それはあくまでも部分的だ。さらにこの状況は医薬品売り場だけではなかったところが、この店が日常的に基本ルーチンが為されていない事を雄弁に物語っていた。

残念ながら、このような店から参考になるようなものは見出されなかった。

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A店はきっと何か特別な事情があっての事だったのだろうと思い直してB店へ向かった。

B店に着いたのは11時少し前だった。ここもウチの店の2倍以上の売り場面積で、この時4〜5名のスタッフがいたが、薬剤師は不在だった。そして売り場の光景もA店と同様に、あちらこちらで前出しも出来てなく欠品も目立っていた。

A店に続いてB店まで。これは不幸な偶然なのか?

さらに唖然としつつ、11時15分過ぎに最後のC店へ。ここではレジに女性スタッフが2名と店長らしき男性がいた。やはり薬剤師は不在、どうやら火曜日を公休日としている薬剤師は多いようだ。

となると陳列棚の光景は・・・やはり推して知るべしだった。それでもA店、B店よりは欠品が少なく、フェイスの凸凹が目立つ程度だったのはまだ救いがあった。ただし、医薬品に半額シールを貼って現品限りのワゴン上に置いてあったのは疑問だった。いくら売り切り終了品であったとしても、仮にも医薬品を半額投げ売り同然に扱うのは同じ薬剤師として納得いかんわ。

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こうして他店舗訪問が(虚しく)終わった。そしてラウンダーやSVの言葉の意味が分かった。当たり前だと思ってやっていた事は、実は必ずしも当たり前ではなかった。

おまけに私が入店して売り場を回って店を出るまで、いずれの店舗でも「いらっしゃいませ」も「ありがとうございました」の声もなかった。スタッフと目が合ったにも関わらず。正直、ガッカリを通り越して呆れ返った次第。

日頃、休憩室に掲示されているものの、特別に意識もしていない社訓にも「我々は常にお客様の立場に立って仕事を進め、」とか「仕事はまず整理整頓から始めること」とあるが、こういう光景を目の当たりにすると、あながち無用の能書きとは言えず、それどころか再度全社に徹底すべき真理と言っても過言ではないだろう。

私だって決して几帳面だとか整理好きだというワケじゃない。だけど日々、管理している売り場のメンテナンスには自然と気を遣う。時には食料品や雑貨売り場でも前出しを行なっているし、アルバイトにも促している。自宅の整理整頓は疎かにしていても、店の顔であるフェイスの乱れはガマン出来ない。カッコよく言わせて貰えば、それが商人の家に生まれ育った私の矜持かもしれない。



選択できること 選択したこと

「人生で一番泣いた日です」というあまりに悲しい言葉と共に市川海老蔵が愛妻小林麻央さんの死去を23日に発表した。享年34歳だった。

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私の34歳当時と言えば、サラリーマン最後の転職をしておよそ1年経った頃、そして2番目の息子が生まれた頃である。身体的にも絶好調で営業職をバリバリこなしていた時期でもあった。

それまではほとんど病院のお世話になった事は無かったが、その数年後に網膜剥離を罹患したのが最初の本格的入院手術経験で、その後の名古屋転勤時にも再度網膜剥離の入院手術を経験した。

さらにその10年後に股間の違和感を契機に膀胱腫瘍が発覚したが、幸い早期だったためTUR-Bt(経尿道的内視鏡切除術)の適応だった。もっとも、その時の病院の診療科医師達の対応に不満があったため、退院後のフォロー診療は受けなかった。

もともと膀胱腫瘍は再発しやすい。案の定2年後に別の部位に再発を来して再度TUR-Bt。ただし、今度はその診断をした開業医の後輩が部長を務めている別の病院を紹介してもらった。

そこで病理診断とガイドラインに基づいてTUR-Btを二度受け、さらにその後に術創部出血によるAUR(急性尿閉)も発症したので、短期間に都合3回も入院するハメとなった。こうなるとほとんどの病棟看護師と顔なじみになるという、決してありがたくない常連患者となっていた。

退院後しばらくして開始したBCG膀注療法の副作用による膀胱痛に悩まされること足掛け2年、今年6月の声を聞いたあたりでようやく膀胱痛も排尿痛もない無症状に至った。

まだまだ再発の不安とフォロー検診が必要な時期であるのは確かなのだが、今のところ、少なくとも発病以前の状態に戻った事は嬉しい限りだ。いやあ、ここまで来るには我ながら長く辛い道のりだったとしみじみ思うのである。

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このように私あたりの入院手術治療のプロセスを辿っても、治療継続中の転院はおろかセカンドオピニオンを求める間も無く、一般と同様のいわゆる標準治療を受ける事が既定路線だった。それが当然といえば当然なのだが。

麻央さんの場合は、今から3年半前に夫と受けた人間ドックで乳房に腫瘍が見つかったという。乳がんの確率は五分五分と言われたようだが、そこは政治家や芸能人の御用達病院で有名な赤坂山王病院。それゆえ決していい加減な見解などではなかったはずだ。

その後に受けた再検査は、セカンドオピニオンの意味もあったのか東大の主要関連病院である虎の門病院だった。彼女は授乳中だった事もあり、ここでも確定診断には至らなかったという。

2つの病院の一流の専門医がいずれも確定診断を下さなかった事が、彼女にある意味必要以上の安心感を与えてしまったのかもしれない。家業の繁忙も相俟って、指示された再検査時期を2ヶ月も超えた8ヶ月後の検査でついに乳がんの告知に至ったが、その時にはすでに転移も生じていたという。これが2年8ヶ月前の事だった。

この告知から海老蔵の会見による公表までの1年半の間、彼女はいわゆる標準治療と呼ばれる抗がん剤治療と外科治療を拒否し、それを勧めた虎の門病院を去った。そして鹿児島のクリニックでナンチャラ四次元放射線治療やナンチャラ水素水の免疫療法などを受けていたという。

1年半後、今度は聖路加病院で検査を受けた時には遂に肺転移と骨転移も併発したステージⅣとなってしまっていたのだった。

その後は緩和ケアを受けていたようだが、なぜか聖路加病院から慶大病院へ転院。治療目的は定かではないが、そこで標準治療を受けたようだが、残念ながら時すでに遅く、最期の時を自宅で迎えられるよう自宅療養として退院した。その1ヶ月足らずの後に息を引き取ったのだった。若さゆえの進行の速さだった。

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彼女のこの一種華麗とも言える治療歴は、我々のような一般人にはとても選べないし辿れるものではないだろう。普通なら最初に疑われた段階で精密検査に移り、確定診断が下されたらそれを受け入れ、直ちに標準治療を開始していたはずである。選択肢があるとすれば、せいぜい治療を受ける病院をどこにするかくらいである。

だが幸か不幸か、彼女のもとにはさまざまな情報や多方面に及ぶツテが集まって来たのだろう。それが選択肢を徒らに増やし、標準治療を勧めた専門病院などを拒否してしまえる環境を作ってしまったのではないかと思われる。

他ならぬ自分自身の事なのだから、選択肢が多いというのは必ずしも悪い事ではないはずだ。だがその半面、川島なお美さんの場合のように選択肢があるだけについつい自分の望む形に近いものを選んでしまうのも人情だろう。

「たぶんそれほど悪い状態ではないだろう」
「切らずに治せるならそうしたい」
「この治療法ですばらしい効果があったと聞いた」
「ここから奇跡が起こるかもしれない」

自らが選んだ結果だと言ってしまえばそれまでだが、初めて疑いが持たれてからたった3年半で帰らぬ人となってしまったのは本人は言うまでもなく、家族にとっても極めて不本意な転帰だったに違いない。合掌





命の連鎖

去年、6年目を迎えた愛車BMW120iCoupeのリコールの通知を受け取るも、その文面に「準備が整いましたら再度ご連絡します」とあったので放置しておいたら、今月になって「お客様のリコール修理未実施が判明しましたのでご連絡ください」との通知が来た。

「おいおい、待ってろと言ったのはそっちじゃないか。まるで修理に出してないのはこっちのせいみたいな通知を寄越しやがって」と少しムッとしたのを抑えディーラーへ電話し、指定工場へ車を持って行ったのが月曜日。

で、本日金曜日は大嫌いな膀胱内視鏡フォロー検査の日だけど、車を受け取りがてら渋々病院へ。その際、走行時にもサイドブレーキランプが点灯したままだったが、予約時間があったのでそのまま病院駐車場へ向かった。そしてエンジンを切ると今度はリフトアップアラートが鳴るではないか。

痛みこそないものの、出す器官にモノを入れるという違和感に苛まれつつ検査を終えて再び工場へ。

担当者曰く、リコール修理のミスでブレーキ関係のデータが飛んだらしいと。もう一度プログラムを書き換えるので入院してくれと。

おいおい、おたくは修理後に動作点検しないのか?
そもそもこれは私からの修理依頼じゃなくリコールだよな?
そんなこんなで自宅と工場ともう2往復してるぞ。今度取りに行くと3往復だぞ?
もう一度言うが、これはユーザー都合ではなく会社都合のリコール修理だよな?
だったら交通費くらい出してもバチは当たらんだろっての!

おかげで内視鏡検査で異常なしという嬉しい結果も霞むくらいムッとした一日となってしまった。

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さて、膀胱がんを患ったからというワケでもなく、ことさら大上段に死生観なぞのたまう気はないものの、著名人の最近の訃報に触れるたびについつい自分の最期はどんな結末が待ち構えているのだろうと妄想してしまう。

今年に入ってからでも、渡瀬恒彦(72歳)、松方弘樹(74歳)、かまやつひろし(78歳)、与謝野馨(78歳)、佐田の山(79歳)、藤村俊二(82歳)、ペギー葉山(83歳)、船村徹(84歳)、三遊亭圓歌(88歳)、京唄子(89歳)、三浦朱門(91歳)、鈴木清順(93歳)という主だった著名人が逝った。

だが、それぞれの享年からすれば、多少の差はあれどもまあまあ天寿を全うしたと言えなくもない。

一説によると、昭和30年代以降生まれは平均寿命が60歳台にも縮まる可能性があるという。もしかしたら、90歳過ぎまで生きて大往生などと言われたのは昔話だとなる日も近いのかもしれない。

かねてからこのテーマについてカミさんともいろいろ話す事があるが、彼女は私よりも十分に年下ゆえ、確実に私の方が先に逝くと信じて疑わない。だが最近、「何言ってんのよ。美人薄命だから私の方が早いかもよ」などとうそぶくようになった。

はいはい、アンタが美人薄命だったら、世のほとんどの女性の寿命は60歳にも満たない事になるでしょ! 全女性の9割は還暦前に死ぬってか?

ま、それはともかくとして、どんな理由でどんな最期を迎え、そしてその瞬間はどんな感覚で幕が降りるのかは知る由もないが、こんな事をしみじみ考える瞬間があるのも、私を襲ったここ数年の既往歴が為せるワザなのかも。

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4月のとある日、珍しく長男からメールがあり電話して欲しいと言う。言われるままにコールバックしたら、なんと嫁さんがご懐妊と!

予定日は11月頃と言うから、あと半年くらいで私はジイさんの仲間入りをしてしまう事になる。我が家は代々25年周期で次世代が生まれて来た。親父が25歳の頃に私が生まれ、私がその頃に長男が生まれた。

その体で行けば、長男が25歳の頃に子供が生まれるはずだったが、彼の結婚自体がわずか2年前だったのだからアウト。それを持って我が家のジンクスは崩れ、それならいっそ子供が出来なかったら私がジジイになる日も来ないと密かにほくそ笑んでいたのだった。少年時代から何かと童顔で苦労した私が、ようやくこの歳になってアラ還には見えない若造りを謳歌させていただく番だし。何せ周りの同世代はもっと早くから孫が出来て、リッパなジジイババアと化していたからシメシメである。

それなのに期せずしてご懐妊の報が来たので、慌てた半面、改めて命の連鎖についても実感を伴って考えさせられたというワケである。こうやって命は脈々と受け継がれて行くのだろう。

・・・いまだ精神年齢は30代とも自負しているこの私がジジイか。いっそ、うれしはずかし朝帰りでもしてやろうか。

これで少なくとも秋までは死ねなくなったのは確かではあるが。(^_^;)





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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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