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何やってんだよ!

アジア大会が日本柔道のメダルラッシュに沸こうが、突然貴乃花親方が引退しようが、沖縄県知事にデニー玉城氏が当選しようが、カープが三連覇しようが、高橋由伸監督が辞任しようが、今井絵理子参院議員が橋本元市議と交際宣言しようが、オプジーボ誕生の基礎研究に対してノーベル賞受賞しようが、10日前から現れた極度の炎症による強い膀胱痛の辛さは変わらんのだよ〜! ってそりや当たり前だけどね。

そんなワケで、バイト諸氏が退職、咳で肋骨骨折、風邪などで相次いでリタイア、ダウンしてまさに野戦病院状態のウチのお店にさらに私自身が追い討ちをかける体たらくを演じるハメになってしまった。

間断なく襲われる痛みに耐えかねて早退した先月末以来、終日安静にしていても一日の半分位の時間帯に断続的に襲われる強い針刺し痛に苦しみ、仕事を休まざるを得ない日々を送っている。

本日の外来受診時に主治医のT先生へこの現状を訴えたものの、前回までの治療経緯から既に想定内だったよと言わんばかりに「久しぶりにイスに座れない姿を見ましたよ」なんて言われ、「まあ、それは治療反応性が良いとは言えるでしょうが、収まるのは時間に任せるしかありません」と、相変わらず患者の痛みには無頓着な発言。

この経過をH店長へ報告し、今しばらくの休みを願い出た。重ね重ね申し訳なく、さすがの私も精神的に弱気にならざるを得なかった。なまじ身体の他のパーツはピンピンしているから、なおさら無力感が募り虚無感に苛まれるのだった。

お前はこの一大事に何やってんだ! と。

・・・・・・・

とはいえ、就寝時以外のほぼ全ての時間を横になって過ごしているリビングのソファー。膀胱刺激症状により概ね一時間に一度訪れる膀胱痛を伴った尿意のため、よりトイレに近い場所を陣取っているに過ぎないのだが、それも連日まんじりともせず一人で過ごしていると、さすがにマンネリ化して来る。

就寝後、2〜3時間に一度の夜間頻尿を経て朝8時前にベッドからトイレに立ってからこのソファに移動して朝食と服薬。痛みの程度によっては1個目の坐薬投入。

TVはワイドショー。これが昼の時間帯を挟んでさらに別のワイドショー。その後はニュース番組2つを経て夜7時からバラエティ番組やらスポーツ番組やら。地上波がつまらなければBSへ。そして最後もニュース番組のハシゴ・・・。

ま、いずれにしても連日BGM代わりに漫然とTVをつけている事になる。同時並行でスマホを弄るが、それもじきに飽きが来る。ホントに絵に描いたようなマンネリ、コピペし続けているかのような毎日なのである。

残念な事に趣味のギター弾き語りや買っただけで未見の映画DVDなどには手が延びない。こういう日々を送っているとどうにも興味が湧いて来ないのだ。

出た! 「興味、喜びの喪失」・・・これはうつの症状か!? www

それはともあれ、今後ともこまめな尿細胞診によってがん細胞の有無をモニタリングしつつ、BCG → 即時的膀胱刺激症状 → 遅延的炎症症状 → 症状沈静化 → BCGを適当な間隔を取りながら繰り返して行くしかないのだろう。

痛みが生じ、それに耐えている時は、せめて自身の白血球ががん細胞を一つ一つ駆逐しているというイメージを持つようにしている。

正直、まだまだこの状況を今の自分の当たり前の姿として受け入れたくはない。あくまでいっときの姿なんだと思いたい。いずれはそうせざるを得ない時が来るのかもしれないが、でももしかしたらBCGを卒業し、永きに渡って無症状の日々を手に入れられる時が来るかもしれないと期待を込めて。

人は確固たる存在には至れないのか。
心ですら、日々あれこれ揺れている。




お願いしますわ!

8月の中旬に最終兵器ボルタレン坐薬を手に入れて以来、膀胱に鈍痛を感じる事はあるものの、耐え難い鋭い針刺し痛は何とか抑えられているような日々が続いて来た。

そこで、痛みが治まって来た勢いで8月24日、都合4度目のBCG膀注療法を行なった。3回目から2ヶ月チョイ空いたので、そろそろいってみようかというタイミングになったからだった。

その後の症状発現は以前と同じ感じで、当日は強い頻尿、そして炎症による膀胱痛と排尿開始時の痛みとなるのだが、今回は炎症部位が原発巣の膀胱出口部に加えて尿道の途中にも惹起されているようだ。つまり2ヶ所に炎症が起こり、2ヶ所から別々の痛みが発生して来る感じなのである。

こうなると本命の針刺し痛の元となる膀胱痛だけでなく、排尿時以外にも痛みを感じる尿道痛(いわゆる竿の途中に感じる痛み)もそこそこキツい。何も今回2ヶ所じゃなくてもいいじゃないかとまたも我が身を怨む。

それがいけなかったのか、BCG実施後の夜、尿意がありトイレへ。尿が出る前の尿管を駆け下りて来る強い圧力は感じるものの、肝心の液体が出て来ない! 腹圧をかけてもせいぜいポタポタポタ程度。

すわ、恐怖の尿閉か⁈

初めての尿閉を経験したのは約3年前。あの時は術創部の出血によるコアグラ(凝血塊)が尿道を塞いだのが原因で、慌てて病院へ電話して駆け込み、帰宅していた主治医が病院へ取って返してカテーテルを入れてくれたというドタバタ劇があった。今回もこの二の舞かとの不安がよぎった。だが今は真夜中、何とか少しずつでも絞り出して耐える他はない。既に尿意を催す間隔は10分〜15分、それだけ排尿出来てないという事である。

幸い、頻尿のせいでもともと蓄尿量が少なかったため、膀胱がパンパンに張る事もなく、少しずつではあるけれど排尿も戻りつつあった。やがて朝になったらポタポタがチョロチョロになったので取り敢えず事なきを得たのだった。ああ、ビックリした!

次の外来で主治医にその旨を告げ、ユリーフを処方してもらった。同時に頻尿対策で飲んでいたベシケアは中止。排尿困難なのに抗コリン薬はナンセンスだからね。

で、これで痛みも日を追って軽減して来るかと言えば、現実はそう甘くはないのだった。今は尿道痛よりも膀胱痛がキツいと感じる日が多い気がしている。

事実、昨日も朝からそんな痛みに悩まされていたが、それでもまだ我慢出来て何とか勤務を全うした。今朝もそんな調子である程度時間が経過すれば痛みも和らぐと踏んでいたが、さすがに大型台風24号が接近しているためか、針刺し膀胱痛が2度目の坐薬投与でも引かない。その上に、台風接近に強迫観念を抱いたのか、午前中からお客さんが結構な数押し寄せ、痛みを堪えて応援レジや相談、接客などをこなしていたが、その活動量に伴う痛みに遂に耐え切れず、勤務前半の14:00過ぎにギブアップ。無念の早退をせざるを得なかった。

このブログにも何度も書いて来たが、私は前社の社内研修職人という仕事も天職と自任していたが、今のOTC薬剤師という仕事も職場環境を含めて大変やりがいを感じていて、第二の天職とも認識している。だのに我が身のこの体たらくが嘆かわしいし悔しくて堪らない。

還暦超えの齢から無病息災は叶わなくとも、一病や二病息災は許容範囲のはず。それは重々分かっている。だがしかし、それがよりによって身体活動の中心位置の痛みとの闘いを強いられる日々が来るとは全く予期していなかったわ。

どうせ長生きするような人間じゃないんだから、今やりたい仕事くらいは支障なくやらせてくれってんだ。お願いだから。




なおみの夢!

大坂なおみがテニスの四大メジャー大会である全米オープンで見事に優勝した。これはシングルス史上初の快挙だった。

しかも決勝の相手はメジャー24勝目を懸けた女王セリーナ・ウイリアムス。彼女の自滅もあったものの、ストレートで破っての堂々たる制覇だった。

松岡修造も錦織圭もいまだなし得なかった偉業に心から拍手を送りたい。

・・・・・・・

だが、世間はそうではない輩がいるようだ。

昨日の凱旋会見の席上、濵田理央という朝日新聞系記者がこんな質問をし、彼女は戸惑いながらも答えた。

記者「海外で、大坂さんの活躍や存在というのが、古い日本人像を見直したり、考え直すきっかけになっているという報道があります。ご自身のアイデンティティというのをどのように受け止めているか?」

大坂「(不思議そうに)その報道はテニスに関してですか?」

記者「日本人との間に生まれた人が日本人という古い価値観があるが?」

大坂「(戸惑いながら)それは質問ですか?」

会場からは失笑が漏れた。

大坂「私は自分のアイデンティティに関して特に深く考える事はなく、私は私である、という風にしか思っていない」

この後、さらに質問を続けようとした記者に司会者が「もう結構」と断じたのはGJだった。

恐らくこの記者は、彼女の生育環境や容姿が一般的な日本人像とは異なる事を、いかにも世論が抱いた印象を代表するかのつもりで質したのだろう。しかも持って回った彎曲した言い方で直接差別的発言とは取られないような抽象的な表現で。

さしずめ彼女から「これまで自分のアイデンティティについては色々考えさせられて来ました。そんな私を日本人として受け入れてくれた事に感謝します」とでも引き出したかったのだろう。

哀れなほど下衆な輩である。

・・・・・・・

多民族国家であるアメリカやフランスを例に取るまでもなく、もはや単民族なんていう集合体は意味を成さない。もちろんこの日本でも。

古くは大相撲の大鵬、プロ野球の鉄人衣笠、太田幸司、サッカーの闘莉王、F1の鈴木亜久里などなど。

近いところでもプロ野球ダルビッシュ有、陸上室伏広治、ケンブリッジ飛鳥、柔道ベイカー茉秋、バスケ八村塁など枚挙にいとまがない。

同じ女子テニスでも宮城ナナがいた。だが、彼ら彼女らが会見やインタビューでこれほど不躾に質問された事はないだろう。もう一度言う、胸糞悪い下衆の極みである。

個人のフィジカルが結果に少なからず影響を与える個人競技ほど、欧米人よりも体型的に小型なこれまでの日本人が不利だった事は否めない。だが、社会的にも生物学的にも国籍とDNAが日本人ルーツである限り、どこをどう取ろうがその人は「日本人」であり、逆にそれを否定出来る要素はどこにもないのである。

ならば純粋な〇〇人なんて現在の世界を見渡しても何処にいるというのか。敢えているとすれば、世間とは一切隔離されたごく少数の民族だけだろう。

混同してはならないが、だからと言って日本は移民国家ではないという事である。移民を受け入れ、日本国籍を付与すれば日本人誕生という話は、それとは全く別の問題であると断っておく。あくまでそのアイデンティティはDNAにあるのだ。

いずれにせよ、大坂なおみは讃えられるべき偉業達成者である。また、同時にTwitterなどで俎上に上がる車イステニスでメジャーどころか年間グランドスラムを5度も達成している国枝慎吾も讃えられるべき偉業達成者である。その違いはあくまで競技の種類が区別されているだけで、プレイヤーが比較されるものではないのは言うまでもない。




最終兵器「坐薬」

相変わらず続く膀胱痛。立っても座っても歩いてもツーンと来る鋭い痛みが断続的に起こった2年前よりはまだマシだが、それでもその日その時になってみないと分からない痛みの程度と頻度が仕事を邪魔しに来る。

もはや期待されたロキソニン+イブプロフェンなんて組み合わせもほぼ通用しない状態で、こうなったら最後の武器を手に入れるしかないと思い至った。

それはボルタレンの坐薬。それも術後に麻酔が切れた後の疼痛を緩和してもらった50mgのヤツ。これを外来受診時に主治医に所望。取り敢えず頓用という事で10個ほど処方してもらった。

で、早速翌朝の出勤前に本日の先発投手として投入。坐薬は滑りを良くするために基材にグリセリン脂肪酸エステルという油脂成分が含まれているため、投入後しばらくすると投入口付近がヌルヌルした感じがして来る。便通も良くなるので、必ず排便を済ませてから投入しないとオジャンになるし。(^^;)

だが、さすが麻薬を除いて最強部類の鎮痛薬ジクロフェナク、坐薬という投与経路も手伝って投入後15分〜20分で痛みの感触が薄まって来る。これなら少なくとも午前中は凌げる。実際には8:30に投入した坐薬は概ね12:30過ぎまで鎮痛効果を発揮した後、徐々に痛みの輪郭がハッキリし出すので、ここら辺りが中継ぎ投手のタイミングとなる。

ただし最初は坐薬の連投は避け、例のロキソニン120mgに中継ぎをスイッチした。坐薬連用は肛門や直腸を痛める恐れがあるからね。

すると、やはり鎮痛効果は弱くなった事が自覚される。だが耐えられないという程でもない。まあ、それも結局はその日の痛みの程度に左右されるのだろうが。

やがて夕刻。これまた概ね17:00過ぎともなると股間がツンツン疼いて来るのを感じる。鎮痛効果の強弱はともかく、その持続時間自体は坐薬も経口薬もさほど変わらないようだ。

で、ここからクローザーとして再び坐薬投入。このまま終業時間を迎え帰宅に至る。この間、もはや身体が痛みに慣れたのかどうか、特に問題なく行動出来た。

帰宅さえしてしまえば、ソファに横になっている限り重力も膀胱出口にかからず、鎮痛薬無しでも比較的平穏に過ごせる。強い排尿開始痛の方は相変わらずだが。

そんな坐薬に味をしめた私は外来受診時に主治医に増量をお願いするものの、保険の関係とかで頓用として1回に10個しか処方して貰えない。これまで2回(20個)手に入れたが、痛みのキツイ日などは先発・中継ぎ・クローザーと坐薬3連投の日もあるゆえ、当然足りなくなる。

そこでカミさんの有料ホームの訪問医のクリニックを受診して相談。腰痛(痛みを堪えて変な姿勢で立ち回ると腰に負荷が掛かり軽いギックリ腰みたいになっているのも事実)の緩和という事で2個/日×30日処方で60個の坐薬を手に入れた。これで闘いのコマは揃った。嗚呼、ありがたや! ありがたや!

そうこうしているうちに、ここ2、3日は痛みの程度、すなわち膀胱の炎症の程度が弱くなって来ているのを自覚するようになった。強い痛みがあまり出ず、シクシクとした鈍痛モドキだけになったので何とか先発投手のみで乗り切れた日もあった。ただ、2年前もそんな一時期があり、その後またぶり返したという苦い経験があるから、ぬか喜びになるのを警戒はしているが。

何にせよ、鋭く強い針刺し痛が間断なく押し寄せていた地獄の日々に比べれば、今は天国なのは違いない。だけど涙が出ちゃう、ビビリなんだもん。

加えて、鎮痛薬の種類、剤型による効果や作用時間の差異を身をもって経験出来たのは小さからぬ財産だろう。今後、痛みの相談のお客さんが来た時の言葉に自信が持て、治療提案の説得力が増すこと請け合いだから。

これからも検査結果や症状によってさらなるBCG膀注療法は続くだろう。1クール8回のうち今回はまだ3回。そして投与の都度、このような副作用に見舞われる事は想像に難くない。

CIS(上皮内がん)ともなれば、もはやTUR-Bt(膀胱内視鏡手術)も効果薄、何せ境界線が不明瞭なので削り切れないのだ。だから当面は薬物の膀胱内投与を続けていくしかない。その過程でがん細胞が無くなればこちらの勝ちとなる。負ければ膀胱全摘が待っているだろう。

不安げな私にカミさんは、「重症のがん患者を大勢診て来たT先生からすれば、あなたなんか全然軽い患者なのよ。全摘や転移がん治療の必要もない今は、多少の辛さ不自由さを抱えても生活していけるのだから、むしろ幸運と思えばいいのよ。痛みはガマンしないでどんどん鎮痛薬を使えばいいんだし、そもそも健常人のように何も支障がないなんて事は無いんだし、病気を飼い慣らすってのはそういう事でしょ」

さすがナース、おそれ入谷の鬼子母神!




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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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