40年ぶりとは思えない

公休日を土曜日にシフトさせたため、火曜日〜金曜日まで4連勤となった先週。さらに通常の発注や品出しなどのルーチン業務に加え、カゼ薬から花粉症シーズン用薬への棚替え作業をこなし、まさに肉体労働三昧の果ての週末を迎えたワケである。

そこまでして辿り着いた土曜日こそ、実に40年ぶりの再会の日だった。相手は大学の先輩3名、いずれも私が大学1年生の時からどっぷり浸かったクラブ、生化学研究部(通称 生研)の先輩方である。そもそも生化学の生の字も知らなかった私、新入生クラブ説明会の日にある先輩に声を掛けられ部室に行ったのが運のツキで即入部。

それからは授業もそこそこに部室に籠って(八王子の山の中だったので、一旦登校したら外に逃げ場がない)麻雀やトランプゲーム、ギターなどに精を出し、部活の帰りには決まって府中あたりの安居酒屋で1000円コンパ(燗酒、煮込み、サンマ塩焼きなどが一品100円の時代、1000円もあれば十分飲み会が成立した)、ロクに家にも帰らず先輩の下宿に転がり込んだりしていたから、そこらのクラブの先輩後輩より遥かに濃い繋がりだった。

私自身もそんな心地良さに甘え、後輩らしからぬワガママな振る舞いをしていたのだろう、そんな先輩方が卒業して以降、現在までほとんど声も掛からず交流が途絶えていたのだった。とある日、FBで繋がった先輩の一人STさんからこの日のお呼びが掛かるまでは。

・・・・・・・

集合場所は新宿御苑前のイタリアンでのランチだと言う。御苑前エリアなら勝手知ったる場所、ほぼ時間ピッタリに到着すると、そこにそのSTさんが先着していた。STさんからは予め今日のメンバーの集合写真を送ってもらっていたので、その姿形に違和感はなかったが、それでもリッパな還暦越えOYAJIになっていた。少し遅れてSKさんとTJさんが到着、これで本日のオールスターキャスト4名が揃った。

上越の実家で調剤薬局をしているSZさんこそ来れなかったものの、あの頃の濃密なメンバーとおよそ40年ぶりの再会となったのだった。

積もる話に時間の経つのも忘れ、ランチを終えたのが2時間後の午後3時。そこから新宿駅方向へ向かいつつ雀荘を探す。もはや雀荘なんて日陰の植物だとSKさんが言う通り、途中の路地を覗いても存在の気配すらない。ようやく駅の近くまで来て数軒見つけたが、今度は意外な事に満員御礼状態。その客と来たら、若い世代も数組いたがほとんどは我々以上の世代のOYAJIばっかり。まるで行き場を失った年寄りのたまり場のような様相だった。これが今の雀荘風景だったのか。

3軒目で空き卓にありつき、私は実に20数年ぶりに牌を握った。麻雀に夢中になっていたのは高校生手前から社会人10数年くらいまで。一時は生涯無敗伝説の桜井章一氏の戦術まで勉強したものだったが、それも今は昔、勝負勘には全く自信がなかったが、先輩方の意向なら仕方ない。せいぜい大負けしないようにと祈るばかりだった。

結果はマイナス600円のトータル2着だったからまあいいか。守りはソコソコだったが、攻めの感覚はシッカリ錆び付いていてどうにもならなかった。これがブランクというモノなんだろう。

半荘3回ほど打って、今度は夕食を兼ねて居酒屋へ。さらに昔話に花が咲き、それぞれの息子娘の現況を話し終わったところでお開き。時間は午後11時近く、あの頃だったらまだまだ宵の口だったが、酒もやめた今の私にはこの時間まで飲み屋にいる事自体が珍しいのだった。

・・・・・・・

次回は先輩方が何年かに一度使っているという妙高のバンガロー(SZさんが参加できるよう、彼の居住地の近場へ行くため)で宿泊麻雀を兼ねて集まろうという事になった。私は今の仕事ではせいぜい一泊しかできないが、それでも今回会えなかったSZさんとの再会も楽しみである。

同窓会であれ、こういう個人的な集まりであれ、お互いの顔を合わせた瞬間にあの頃へタイムスリップする感覚はいつでも嬉しいものである。今回も瞬時に場の空気があの頃へ戻った。とても40年ぶりとは思えなかった。日頃、前方への時の流ればかりに弄ばれている身にとって、なまじ利害関係のない人達ゆえ、そんな仲間との集まりは安心して過去へ帰れる貴重な時間なのかもしれない。

ま、生きてればこんな事もある。




誕生の日に

日本時間の21日未明、海の向こうでは大統領選で大方の予想を覆しヒラリー・クリントン氏を破ったドナルド・トランプ氏が第45代アメリカ大統領に就任した。一方、ここ日本では坂口敦朗というOYAJIが還暦秒読みとなる59歳の誕生日を迎えた。

ドナルド・トランプという名前は、もともと私の記憶に刻まれてはいた。今から30年ほど前だろうか、彼は不動産ビジネスの大成功者として時代の寵児となり、彼に関する幾多のビジネス書が書店に並んだ。そのうちの一冊を私も購入した。内容はもう忘れたが、当時のバリバリ現役ビジネスマンにとって、ある意味バイブルとも位置付けられていた書籍だった。

そんな人物が紆余曲折があったにせよ、まさかアメリカ大統領になるとは思わなかった。就任直前の支持率では何と不支持が支持を上回るという現象も起きている。民主的なシステムで選ばれた大統領なのに認めないと言ってみたり、反対デモまで行うとは、アメリカもとんだ民主主義国家である。ま、突き詰めれば民主主義なんて所詮こういうモンなのだろうな。

さて実際のところ、私が還暦直前を迎えるなんて、誰より私自身がイメージを持てなかった。今でもそうである。だって来年赤いチャンチャンコなんだぜ? 一体どんなジジイになっちまうんだってんだ!

今の仕事に就いて一年半が過ぎた。膀胱がんの入院手術などで出足は少々躓いたものの、何とか今日まで大過なく、そしてここが重要なのだが、仕事に関してほとんどストレスフリーの日々を過ごして来れた事が嬉しいのである。つまりは抱いていたイメージ通りの仕事だったという事である。

言い方を変えれば、前社までの営業やオフィスワーク&研修ツアーなどの日々は、必ず目的達成のためのプレッシャーが付いてまわり、特に研修職人時代はそれが天職と感じつつも、周りからもあらゆる意味でプロフェッショナルを求められ、自分で自分にかなりプレッシャーを掛けていた。

それが一転、自分で自分のみを管理しつつ、ひたすら顧客志向で対応すれば自ずと結果が付いてくるという日々。自分の言動に対してエンドユーザーからダイレクトな感触を得られる単純さが良いのだ。

もちろん1日8時間の立ち仕事や品出しや棚替えなどの肉体労働的な側面もあるが、それを補って余りある顧客とのコミュニケーションが楽しかったりする。多分、数あるドラッグストアの中で、ここが一番いい意味で泥臭い地域密着型の営業形態だからだろう。

それでも親会社の毛色の異なるスタイルが日々迫りつつはあるが、ま、今のところは天職になりかけていると言えるだろう。

・・・・・・・

さて、およそ30年ぶりにFBを介して再会した元同僚のN君から、今朝誕生日祝いのメッセージが届いた。出勤時間まで余裕があったのでしばらくやりとりしていたが、そこで驚くべき事実が伝えられたのだった。

これまた30年ほど会っていないN君と共通の友人であるTさんが、何と先週スキー場で雪崩に巻き込まれて亡くなったという。そのスキー場ではバックカントリー走行も可能らしく、それゆえ毎年のように遭難事故が起きているというが、Tさんはスノボによるバックカントリー走行にこのスキー場へ年に何度も通っていて、万一のためのビーコンなどの装備を万全にし、バディを組んで滑っていたそうで、決して安易に考えていたわけではなかったそうだ。

だが、このところの大寒波による降雪とそれによる大雪崩は予想外だった。突然の雪崩に飲み込まれて消息を絶ってしまったという。捜索も限界に達し、遂に打ち切りとなってしまったそうである。

思わず「諸行無常」という言葉が浮かんだ。

自営業に身を転じていたTさんは、経済的余裕と時間的自由を手に入れていたはずである。だから勤め人がいなくなった10日過ぎから悠々とスキー場入りしたのだろう。降ったばかりの新雪に勝手知ったるバックカントリー、さぞや爽快だったと思う。

物事は回数を重ねればそれだけ事故に遭う確率が上がる。これは一つの不幸な偶然だったのかもしれない。そうであったにせよ、とても理屈で割り切れるものではない。残された家族や友人にとって、それはどんなに悲しい偶然だっただろうか。

Tさんを偲んで、大好きな「風」の歌をここに捧げたい。



「あいつ」 詞曲 伊勢正三

雪の中 一人の男が 山に還って行った
ただそれだけの話じゃないか 慌しい季節の中で
花束投げたあの娘の言葉が こだまして帰って来るけど
雪解け水の音に消されて また静けさが訪れる

だからもう忘れちまえよ あんなやつのことは
こんな可愛いひとを残して 一人で逝くなんて
あいつがたとえ思い出ひとつ なにも残さなかったのは
あいつにすれば精一杯の 愛だったんだね

春が来たら去年と同じように また山で迎えよう
それまでにきっと あいつの得意だった歌を覚えているから
それまでにきっと あいつの得意だった歌を覚えているから



Tさん、どうか安らかに 合掌





リスクファクター

まずはそのまま検査袋へ呼気を吐き出す。続いて一錠3500円也の錠剤(13Cでラベリングされた尿素)を飲んで横臥位で待つこと5分、さらに座位で15分待って再び検査袋へ呼気を吐き出す。この2つの検査袋に呼気排泄された二酸化炭素を比べてピロリ菌の有無が判定される。一昨日、主治医による定期検診を兼ねてこの呼気試験をしたのだが、本日、その結果を聞きに胃カメラ検査をしてもらった先生の外来を受診した。

この先生には過去に大腸ファイバー(CF)もしていただいた。その時も今回の胃カメラの時も苦痛をほとんど感じさせないほどウデは確かなのだが、自分の話の途中で患者が質問をするのを良しとしないタイプだという事も学習していたので、先生の話が終わるまでは相槌以外は口にせずに黙っていた。結果は、2年前の血清検査時に19.6(カットオフ値<10)だったものが、0.7(カットオフ値<2.5)と見事に除菌成功!

先生曰く、再感染する確率は極めて低いから今後のピロリ菌検査の必要はない、胃カメラの胃炎所見も治癒していくでしょうとの事。ただし胃がんについては人間ドックのバリウム検査では分からないから、年一度程度は胃カメラで確認した方が良いとも。いいえ先生、無事確認のための胃カメラなんてもう結構ですわ。

・・・・・・・

思えば昨年から今年の前半は痛みとの戦いの日々だった。BCG膀注療法による膀胱・尿道炎のせいだが、何せ歩くのも座るのも排尿するのもいちいち膀胱痛に襲われ、仕事中でも思わず立ち止まって膝に手をついて痛みをやり過ごした日々が半年以上続いた。その苦悩の記憶が褪せていないゆえ、今度は普通に動ける事のありがたさに心から感謝する日々である。

3ヶ月前の膀胱鏡による膀胱がんのフォロー検査でも異常が無かったので、これで我が身に巣食っていたがん細胞とピロリ菌という、ヘタをすると生命に関わりかねないリスクファクターがひとまず失せたというワケだ。メデタシメデタシ。このお祝いとクリスチャンでもないのに一足早いクリマスを兼ねて外で晩飯でも食おうとカミさんが言うので、寒くもなさそうなのでそうする事にした。

そのカミさんから最近、車の箱替えの話が出てくるようになった。車なんて動けばいい主義のカミさんからそんなセリフが出て来る事自体が青天の霹靂だが、私としてはまだまだ今の愛車に乗り続けたいと思っている。乗り換えたい明確な車があるじゃなし、今の車にはナンダカンダと手を入れてるし。安易な箱替えはそれこそリスクファクターだ。

とは言うものの、せっかく財務省に提案されたからには検討しておくのも悪くない。カミさんも新車なら高価な外国車も2〜3年経てば相当安くなる事を認識したようで、そのセンを狙ったらなどとも言う。次が生涯最後の車になるかもしれないからね、とも。

私のイメージとしては、子供も独立して夫婦二人の生活というのを前提とすれば、今の車もそうだが、ここは大人のクーペスタイルを貫きたい。さりとてウチの地元の道路環境では大型車は取り回しは苦労するだろうから、せいぜい4mチョイ×1.8m程度までのサイズとなるだろう。メルセデスならCクラスクーペかSLKあたりまで、BMWならZ4か4シリーズあたりまで、プジョーなら208CCか308CC、アルファならジュリエッタ、VWならビートルターボ、国産車ならいっそロードスターRFか? まあ、純粋な2シーターでいいと割り切れるかどうかは怪しいが。いずれにせよ、結論を出すのは当分先である。

・・・・・・・

そう言えば、これまた最近、大学のクラブ(その名も何と生化学研究部、略して生研!)の先輩からFBを通じて40年振りのお誘いがあった。先輩曰く、卒業後の私の行状が何かと落ち着かないように見えたので、しばらく距離を置いていたという。そうこうしているうちに40年が過ぎ、その後、FBの投稿などを見ていて落ち着いたと判断し声を掛けようという事になったらしい。

おいおい、私ってそんな風に見られてたワケ? もっとも先輩達から見たら、現役時代から私自身がある意味リスクファクターだったのかもしれないけど。

遠いあの頃、週のほとんどを生研の部室でダベったりギターを弾いたりして過ごし、あるいは馴染みの居酒屋で酒や麻雀に明け暮れ、当時4年生の先輩宅に転がり込んでは泊まっていた。その一方で、3年生で習う生化学の教科書を先輩方が週2回ゼミ形式で解説(これが部活動のベースだった)してくれたおかげで生化学という学問に興味を持て、そのおかげで数学、物理が大嫌いな文系人間だった私は留年もせずに卒業出来、国家試験にも合格出来たのだった。私にとって生研は、まさに遊びと学びの巣窟だった。

そんな人達との正月明けの再開を大いに楽しみにしたい。





まさかまさかのトランプゲーム

誰もが投票前日まではおろか、開票に至ってもヒラリー・クリントンの勝利を信じていたのではないか。11月9日、史上最大のジャイアント・キリング(番狂わせ)が起こった。

いくら前代未聞の不人気合戦であったにせよ、ドナルド・トランプのさまざまな暴言がある意味斬新であったにせよ、最後の最後はアメリカ国民の「良識」が「よりマシな方の」大統領を選ぶだろうと私も思っていた。

結果的には総投票数ではヒラリーが上回ったものの、獲得選挙人数では大きく差をつけられ、アメリカ大統領選挙独特のシステムによってトランプの当選が決まったのだった。

トランプと言えば、不動産投資でアメリカン・ドリームを体現した成功者として、数十年前に伝記本まで出版されたビジネス界の偉大な人物である。私の本箱にもハードカバーの彼に関する本が鎮座していた。全部読んではいないけど。その彼がまさかここへ来てアメリカ大統領になるとは、まさに隔世の感、いや青天の霹靂である。

ともあれ、ここまでヒラリーが票を集められなかったとは。まして相手は常識を疑うような暴言癖の泡沫候補だったのだ。評論家は中央政府への不信が大きかったとか中流ブルーカラー層の支持が得られなかったなどと言っている。

・・・にしても、だからと言ってトランプに入れるかねぇ。これじゃまるで勢いでEU脱退に票を入れてしまって後悔しているイギリス国民に被って見えてしまうわ。アメリカの影響力はイギリスよりも遥かに大きいから、そうならなきゃいいとは思うが。

所詮は外野に過ぎない日本では、ここまでの事情を認識出来なかったのは仕方がないのかもしれないが、それほどまでにアメリカ国民のメンタリティは人種、年代、所得層、宗教などが複雑に絡み合って形成されているという事なのだろう。

さてさて、これで本当にメキシコ国境に壁が作られるかどうかはさて置き、年明けの就任後直ちに宣言するとしているTPPからの離脱は実現性が高いと見る。ならば、日本政府はもはやTPP批准の強行裁決などに必死にならず、TPP破綻後のアメリカなど主要国との二国間自由貿易協定(FTA)の推進強化に持って行く位のしたたかさを示して欲しい。

安倍首相は大統領選真っ最中のニューヨークで国連総会に出席した際、他国の首脳は保険を掛けてトランプとも会っていたのに、ヒラリーとだけ表敬訪問を受けたという外交的失態を犯している。今になって慌ててお祝い電話を掛けたり会談を申し入れたりしているが、この外務省の状況判断ミスは大きい。

トランプ勝利で昨日下がった日本の株価は、今日になって1000円近く上げている。昨年、メンドくさいからと退職金の自己運用分を「強気の日本株100%コース」にしている私としてはホッとしている。トランプもあの暴言は選挙用の炎上商法で、実はそれほど非常識な人物ではなかったとホッとする日が来る事を期待している。

あ、それと、選挙戦序盤から一貫してトランプ当選を予言していた木村太郎が、今朝からフジTVにトランプとお揃いの真っ赤なネクタイを締めてドヤ顔で出ずっぱりなのがちょっとウザい。




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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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