乗っ取られ

休日だったのでソファに寝転びながらボーッとテレビを観ていた。するとスマホが鳴った。

見ると名古屋のクルマ仲間のP子さん。訊けば、FBのメッセンジャーから変なメッセージが来ていると。なぜか電話番号とLINEの検証コードを教えてくれというものらしい。

そんな怪しいメッセージなんて、私の友人達は笑ってスルーするだろうと思い、せっかくだからと久しぶりに近況などを語り合っていた。

電話を切ってメッセンジャーを除くと、私から友人達に以下の文言が送信されているではないか!

「今、暇?」(原文まま)

相手が応えると、

「宜しくお願いします。携帯が壊れたから。ライン登録に数名の友達の検証が要るので、メッセージの確認をお願いできる?携帯番号を教えてもらえる?」(原文まま)

とおかしな日本語の文言が送られて、それにも答えると、さらに、

「四桁の検証コードをFacebook送信してくれ」(原文まま)

と来る。これだけで十二分に怪しいのだが、うっかり信じて教えてしまった何人かのLINEは乗っ取られ、今度はそこから、

「近くのコンビニでBitCash点数カードを数枚買ってくれないか」(原文まま)

という、メッセージとしてもかなり不遜な日本語がメッセンジャーとLINEの双方から送られていたのだった。

さすがにそこまで従う人はいなかったが、パスワードを変更するまでは乗っ取られ続けるので、いちいちその手間を掛けさせた事はたいへん申し訳ない。

慌てて、メッセンジャーを送った人に「乗っ取られたようです。スルーしてください」とメッセージを送り、FBのタイムラインにもその旨を投稿した。

結局、全ての友人のうちメッセージが送られた約100人にそこまでの操作を完了するまで2時間以上掛かり、なんて休日だ! となったのだった。

これまで乗っ取られたと思しき友人からレイバンの安売り案内やプリペイドカードを買って来てなどのメッセージを受けた事はあっても、自分が乗っ取られて震源地となったのは初めてだった。

乗っ取ったヤツの目的は、コンビニでナンチャラカードを買わせてその暗証コードを入手する事だろうから、そこまでの達成率は極めて低いだろうが、乗っ取られた後処理が面倒くさいのはかなわんわ。

まあ、これでアプリを問わず同じパスワードとなっているなんて事はますます回避され、再び乗っ取られる可能性は極めて低くなったと思う。

今回のドタバタ劇については多分に不可抗力の部分はあったにせよ、友人達に要らぬ迷惑をお掛けした事に深くお詫びを申し上げる次第です。





三月記

ウッカリしてたらもう3月も過ぎていた。3月は仕事もプライベートもいろいろあったので、遅ればせながら記録しておこうと思う。

プライベートではやはり体調。相変わらず術後の合併症である膀胱刺激症状による排尿開始時の強い痛みは継続中。ほとほと自分の身体が自分でイヤになる。いったいいつになったら元に戻るのか。

それでもまあ、今回は排尿時の痛みの他は過去に味わわされたキツい針刺し痛は無く、せいぜいシクシクと来る程度なのは幸いだが、そのためにBCG膀注療法はまだスタート出来ていない。スタートしたらしたで、どうせまたキツい膀胱炎を生じるのだろうから、それはそれで地獄のスタートでもあるわけだけど。

・・・・・・・

30日はカミさんの誕生日で4月1日は結婚記念日である。わざわざエイプリルフールを選んだのは誕生日直後で覚えやすい日付けだという事と後で揉めた時に「あれは冗談だったんだよ」と言い訳出来るためである。

彼女の誕生日は私もたまたま公休日だったので、お気に入りの天ぷら店で初めて一番高いコース(と言っても@1諭吉)を予約した。彼女はワインのハーフボトル、私はノンアルビールがせいぜいだから料理代プラスアルファは微々たるものなのはいつもながら安心材料である。

才巻き、鮑、白魚などなど天ぷらが9品、間に和食系の小料理が3品、シメに土鍋で炊いた蟹飯、デザート2品と来れば、さすがに腹一杯。正直、この歳になってここまでのボリュームはtoo muchだな。もちろん味は文句なしに美味だった。

・・・・・・・

昨年9月から広島の本社研修を受けていた二男が帰って来た。

広島では、会社から徒歩2分の家具付きの部屋が3万5千円と東京では信じられない位リーズナブル。広島という街も会社の雰囲気も気に入ったようで、なかなか楽しい日々を過ごしていたようである。

彼が特に驚いたのがマツダスタジアムの熱気だと。まるで球場全体がカープファン一色の如く揺れていたそうだ。フランチャイズの熱がこんなにダイレクトに表現されているのを初めて見たと。さすが我がカープの地元。食べ物といい、事ほど左様に広島はいい街なんだから、いっそそのままいれば良かろうに。

だが予定より半年早く、入社時から言われていた東京進出のための要員として帰され、いよいよ正規配属メンバーの一員となったのだった。初出勤先は直接クライアントの会社で、そこは藤原竜也のCMでおなじみのあのIT関連会社だそうだ。

まあ、ここからが本当のスタートなので、せいぜい頑張ってくれ。

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仕事では、いい結果が出た月だった。

推売コンクールとなっているアレ●ラのプライベートブランド品(PB品)の売上げが、今月中旬に遂に西地区第1位(全店でも第2位)となった。

医薬品売場やレジでアレ●ラを手にしたお客さんに「こちらのお薬はアレ●ラと主成分が同じで、CMをしてないから一錠あたり20円も安いですよ。これ一箱でひと月持ちますよ」とスイッチする作戦が功を奏し、今シーズン通算300箱近くを売り上げた。

同じPB品の現物をレジ前にも展開して、売場で見逃したアレ●ラを手にしたお客さんにレジスタッフが声掛けをするという連携作戦が、まさに勝利の方程式だったと実感した。

そのせいもあって、タマ数が足りなくなって欠品のピンチに陥った事態が勃発し、今月二度ほど古巣のお店に頼んで回してもらったりもした。古巣のお店は人手不足もあってPB品の売上げは芳しくなく、ウチとは逆に棚に山積みになっていたのは残念な光景だった。

この仕事に転じた最大の理由は、製薬メーカーの営業や研修トレーナーで培った知識を、立場上当時は叶わなかったエンドユーザーである患者さんのために直接活かしたいという思いだけだった。だからかつての仕事で意識し続けていた売上げなどの業績や会社からの評価だのは今や関心が無かった。

ただ、お店で扱っているOTC医薬品を武器として、ある意味医師的な立場となって相談に来るお客さんに有益な治療提案をするという日々に喜びを感じているのである。

そんな中で、医薬品の処方の優劣のみならず、コスト面でもお客さんのメリットとなるものがあれば推奨販売をするのは当然の事で、今回はアレ●ラのPB品がそれに該当したのだった。会社の方針とも一致していたし。

花粉が飛び始めた2月こそ第4位あたりをキープしていたが、H店長の指示のもと、売場とレジの二方面作戦で着々とスイッチが進行し、その成果が3月中旬に身を結んだ第1位獲得だった。私はその実績表に感謝の言葉を添えて休憩室に張り出したが、数字的な結果よりも、むしろコスト面のメリットを享受したお客さんがその数だけ出来たという事に満足感を覚えたのだった。

この勝利の方程式が確立すれば、来年の花粉症シーズンも期待できるし、花粉症のみならず風邪薬など他のPB品のコンクールでもきっと良い結果を残せるに違いない。

やはりチームワークは個人技を凌駕するという事である。





冬の華たち

2月9日から始まった平昌オリンピックが25日に閉幕した。今回日本勢が獲得したメダルは金4、銀5、銅4の計13個で、1998年長野大会の10個を超えて最多となった。

印象的だったのはこの13個のメダルのうち、実に8個が女子だったという事。女子選手の基礎的な力が上がったとも言えるが、一方で欧米の選手と比べてフィジカル勝負ではない種目で日本人選手の高度なテクニックが活かせた結果とも言えるだろう。

男子種目はタイムや距離を競う種目などではまだまだフィジカル勝負の面が大きいが、女子種目においてはその差をテクニックでカバーできる余地が少なからずあったのは興味深い発見だった。

・・・・・・・

スピードスケートの高木姉妹は凄かった。妹の高木美帆は2010年のバンクーバー大会に中学生として最年少代表で出場したものの惨敗。次のソチ大会では代表落選、代わって姉の高木菜那が出場したがやはり惨敗。

そんな悔しい経験を乗り越えて今回姉妹揃って代表となって、何と何と美帆は金銀銅メダルの個人コンプリート達成、菜那はダブル金メダルの快挙を成し遂げた!

彼女らが帰宅したら凄い光景が待っている。彼女らは両親にメダルを掛けてあげたいと言っていたが、それどころの騒ぎじゃない。3個の金メダル、さらに銀と銅もある。とても両親だけじゃ掛けきれない嬉しい悲鳴が聞こえて来るようじゃないか! 頑張って良かった良かった。

圧巻だったのが高木姉妹を中心としたパシュートだ。空気抵抗を最小限に抑えた選手間の距離を詰めたあの素晴らしく綺麗な隊列が、個人技に秀でた外国人チームを打ち破り、最大のライバルだったオランダチームをも2秒近い大差で破り、堂々の金メダルを獲得した。個人のパワーでは敵わなくても、チームワークでそれを凌駕する姿は日本人らしくて気持ち良いじゃないの!

すでに世界中に報道されているように、今後はこの日本チームのテクニックが世界標準として世界中のチームの目標にされるだろう。

・・・・・・・

期待されて期待通りに結果を出したのが男子フィギュアの羽生結弦と宇野昌磨。さすがだわ!

羽生はオリンピック2連覇という王者に相応しい貫禄の成果を挙げた。だが試合後に、痛めた足はまだまだ完治していなかった事を告白。それを乗り越えての素晴らしい演技にさらに感動を覚えたのは私だけではないだろう。

メダルには届かなかったものの、フィギュア女子の宮原知子、坂本花織も素晴らしい演技を見せてくれた。特に宮原はフリーでノーミスと言っていいくらい鮮やかな出来だった。表彰台までもう一歩だそ!

それにしてもロシアの15歳ザキトワのまるで精密機械、女王メドベージェワの貫禄の演技には圧倒された。この演技を見せられたら金と銀は当然だと納得するしかないわな。

・・・・・・・

先駆者でありキャプテンでもありながらリザーブとして裏方に徹した本橋麻里率いるチーム「ロコ・ソラーレ北見(LS北見)」は、初メダルとなる銅メダルを獲得した。しかも予選で一度は敗れたベテランスキップのミュアヘッド率いるイギリスチームを破っての偉業だった。この勝利に本橋の貢献は相当な大きさだったに違いない。

4-3で迎えたラストエンド。最後の最後にミュアヘッドの一投が僅かにズレたため日本のNo.1ストーンが残り、1点のスチールとなったのだった。もしも弾き出されていたらイギリスが2点を取って銅メダルはイギリスとなったという際どい勝負だった。

予選リーグの結果から予選敗退もあった中で、アメリカの敗戦によって辛うじて予選突破した運の強さもあった。カーリング自体が選手の調子や氷の状況に左右される「運」の要素が少なくない競技だけに、運を味方につける事も勝利には必要だ。苦しい戦いの最中でも彼女らは笑みを絶やさなかったのが印象的だったが、最後の最後に勝負の女神も微笑んだ。

・・・・・・・

ジャンプ女子の高梨沙羅もメダル獲得。ひと時W杯優勝を独り占めしていた彼女だったが、ライバルであるノルウェーのルンビやドイツのアルトハウスの技術的進化により、直前まで振るわなかった。本番でも彼女らの進化はホンモノだったと思わせる結果に高梨はその次の順位に留まった銅メダルだったが、何よりまだ彼女は若い。次がある!

・・・・・・・

500m女子で悲願の金メダルを獲得した小平奈緒。それまで良い結果が出ず、単身オランダへ行って大胆なフォーム改造に挑み、それを見事に会得してオリンピックレコードで優勝という絵に描いたようなストーリー。ライバルで親友でもある韓国のイ・サンファの肩を抱き、泣きじゃくる彼女の健闘を讃えた姿は全世界の感動を呼んだ。

そこには開幕前から有象無象が跋扈するくだらないオリンピックの政治利用の思惑なんざをものの見事にぶっ飛ばした光景があった。

記録として日本選手のメダル獲得を記しておく。

【金】
500m女子:小平奈緒(オリンピックレコード)
フィギュア男子:羽生結弦(オリンピック2連覇)
パシュート女子:高木菜那、高木美帆、佐藤綾乃、菊池彩花(オリンピックレコード)
マススタート女子:高木菜那(初代女王)

【銀】
1000m女子:小平奈緒
1500m女子:高木美帆
フィギュア男子:宇野昌磨
ノルディック複合男子:渡部暁斗
スノーボードハーフパイプ男子:平野歩夢(2大会連続)

【銅】
ジャンプ女子:高梨沙羅
モーグル男子:原 大智
1000m女子:高木美帆
カーリング女子:本橋麻里、藤澤五月、吉田夕梨花、吉田知那美、鈴木夕湖(初メダル)

Congratulations ‼︎
お疲れさまでした〜 ‼︎

そしてパラリンピックも頑張れ〜!





今度はCISかよ!

先月の膀胱内視鏡手術(TUR-Bt)で削った切片の病理診断は予想に反して上皮内がん(CIS)だった。

振り返れば、4年半前に初めて受けたTUR-Btの時は表在性乳頭がん。いわば膀胱がんの初期型だった。

その2年後に受けたTUR-Btは同じ表在性だったものの、粘膜下層まで浸潤の疑いありで2ヶ月後に2nd TUR-Btを受けた。浸潤は否定されたものの、その後に受けたBCG膀注療法の副作用による重度の慢性膀胱痛に数ヶ月間悩まされた。

さらに2年半後、フォロー検査で引っかかり、都合4度目のTUR-Btを受けたのが先月、還暦の誕生日の2日後だった。

疑わせるような自覚症状はまるで無かった。もしこれが初発だったらまだまだ受診すらしていないだろうから、今回はフォロー検査を受けていたからこその超早期発見だったと言える。ならばそれこそオデキのようなモンだと勝手知ったる入院手術を軽く受け入れただけに、このCISという病理診断には困惑した。

CISは乳頭状の腫瘍を作らず、膀胱上皮内に広がって増殖するタイプで悪性度は高い傾向にあると言われる。膀胱がん治療ガイドライン(GL)でも、治療法としてはBCGもしくは抗がん剤の膀注療法、あるいは膀胱全摘とある。CISを放っておけば、いずれ浸潤がんから他臓器転移を起こし、生命に関わるとも。

それゆえ、痛みに長く苦しんだBCG膀注療法のようにQOLをかなり侵害される治療を繰り返すくらいなら、多少の不便さは生じるが、いっそ全ての根源である膀胱を取っ払ってしまうのもアリかな、などとも考える。ストーマに集尿袋を付けてさえいれば、再発にも膀胱痛にも悩まされない日々が送れるのである。

そんな思いも交えながらカミさんと家族会議モドキをした。

結果、確かにTUR-Btを受けるたびに悪性度が高くなる傾向があるのは不安材料だ。だが、それについては主治医のT先生が「教科書的にはそうかもしれないが現実はさまざま。これまで良くコントロール出来ていると思う」と言っていたし、現時点ではまだ全摘に踏み切る段階ではないので、もう一度BCG膀注療法にトライすれば良い。ただし副作用がキツければ即リタイアして、十分な時間を空けて再開するならすれば良いとなった。

その旨を2週間後の外来でT先生に告げ、現在発症している術後の排尿時膀胱痛が治まってからBCG膀注療法を始めようという事になった。スタートは来月以降になるだろう。

そう決めると人間というのはゲンキンなモンで、ならば人生二度目の東京オリンピックを観てやろうとか、人生最後のクルマは何にしようかとか、孫が物心つくまでは生きてやろうとか、まさに世俗の欲が頭の中を巡ってくる。

そういえば、かねてからボンヤリとイメージしていた我が身の68歳往生説も徐々に現実味を帯びて来ているかも。だとしたら、まだここ数年では死なない運命なのかもしれない。なんてね。




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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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