FC2ブログ

不躾

店長が公休日だった今朝、開店前に店の電話が鳴った。この時間帯の電話はスタッフの遅刻や欠勤に関わる連絡が多いので嫌な予感がしたけど、案の定、高校生バイトのK子からだった。

「寝坊したので少し遅れます」
「そうですか。で、あとどれくらいで来れる?」
「わかりません」
( … はあ?)「いや、今から支度してここまで来れる時間だよ?」
「わかりません」

自分が遅れる時間も言えないなんて随分と無責任で失礼な話だなと思ったが、開店前の慌しさもあって電話を切った。おそらく彼女はこれまでの遅刻電話で他のスタッフから到着時間を訊かれた事なんてなかったのだろう。

・・・・・・・

果たしてK子が来たのは、何とその2時間後であった。ちなみに彼女の自宅は店から15分の所にあると同級生のバイト嬢から聞いていた。

今さらスタッフへの管理指導などをする立場にはない私でも、さすがにこれは看過できず、事務室で彼女に訊いた。

「電話から2時間というのは少し遅れるレベルを超えてますよ。どうして?」
「… 起きたのが自宅じゃなかったから」
( … はああ?)「それはあくまであなたの都合であって、こちらが預かり知る事じゃないです。あなたはまず契約時間迄に来る事が仕事ですから」
「… 」
「奉仕活動ならいざ知らず、お金を貰うって事は、その仕事に責任を持つという事ですよ。ましてお店はチームプレーでやってるから、あなたの仕事のみならず、それをカバーしたスタッフの仕事も滞ってしまうんですよ」

ここに至っても彼女の口から「すみません」の一言も出ない。過去の彼女の挙動から予想はついたが、改めて驚きだった。

「今後はこういう事のないよう自己管理をしっかりしてくださいね」
「… はい」

来た時と同じ解いたままのロングヘアーでフロアに出ようとするから、

「他のスタッフにはお詫びをしてね。あ、それと髪の毛は束ねて」
「… 」

… こんな按配だと、こちらの真意は彼女に毛頭伝わっていないな。

・・・・・・・

この一件で彼女のワースケは当初7時間(うち休憩1時間)だったものが、休憩込み5時間となったため、就業規定により休憩時間は取れなくなった。にも関わらず、この日の責任者である社員2号(正社員は店長=1号と彼の2人だけ)は休憩時間をそのままにしていた。これでは実勤4時間になってしまうじゃないか。

それに気付いた私が指摘すると「昼ごはん抜きは可哀想だから」などと言うから「ならばもう1時間延長するかどうするか、彼女に訊いてよ」ホントに社員かよ、こいつ。

結局、時間は伸ばしたくないと言う彼女の要望でそのまま休憩無しの勤務継続となった。当然でしょ。

そして彼女の終業時間がやって来て、私の目の前の事務室でタイムカードを押し、これも想像通りだったが、無言で更衣室へと消えて行き、やがて他のスタッフにも一切挨拶なしに帰って行った。挨拶なしも今に始まった事じゃなし。

・・・・・・・

K子の勤務態度などはこれまでも度々問題になり、当初の週3回勤務契約が2回になり、最後は1回になった。それでも出たり出なかったりで、いい加減に再契約は無しにすりゃいいものを、パワハラ怖しの店長はそれも告げられなかったのだった。

「躾」を礼儀作法の形とすれば、彼女の言動は躾が為されていない「不躾」そのものだ。他の同級生バイト嬢達もキッチリしているとは言い難いものの、少なくとも彼女よりも基本的な躾は為されている。同級生曰く「K子は彼氏とモメると学校にも出て来なくなる」との事。そんなメンタルなら早晩フラれるかもなんて笑ってもいた。バイトよりデートなんだよね。

まあ、それを差し引いても時間も守れず、挨拶も出来ずの彼女、これまでまともな躾を受けて来なかったのはミエミエで、掛け値なしに彼女の親の顔を見てみたいわ。

きっと親にもマトモに怒られた事のないだろう彼女にとって、思ってもみなかった相手に説教(?)されてメンタルに響き、このまま来なくなろうものなら悪いがこちらとしては思うツボ。それもいいけど、そうなると彼女は近い将来、就職先などでも同じ事を繰り返し、やがて見放され惨めな顛末を辿る事も予想される。それ以前に就職すら覚束ないかもしれないが。

直すなら言ってくれてる今なんだけどね。言われているうちが華、言われなくなったらお終いなんだよ。





2000万円ですって!

人生100年時代に終生不安のない水準で生活を送るためには、年金以外に夫婦で2000万円の老後資金を用意しておかなくてはならないという金融庁ワーキンググループの発表。

折しも参院選が近づく中、過去に年金問題が選挙の鬼門となった安倍政権は、何と諮問した側の麻生財務相がその報告書の受け取りを拒否するという信じ難い愚挙に出た。報告書の枝葉末節はともかく、大筋は言ってる通りだろうに。

・・・・・・・

2000万円という金額が妥当かはさて置き、すでに高額の年金を受給している世代よりも若年層では、誰がどう考えたって年金支給額だけでそれまでと同等レベルの生活水準が維持出来るなんて事はあり得ないというのは、国民誰もが多かれ少なかれ肌で感じているはずである。それも厚生・共済年金受給者の話で、資産の無い国民年金のみの受給者ではさらに切実な問題となる。

また、高齢になるに従って食費などは少なくなるはずとする反論があるが、逆にほとんどの場合、医療費の自己負担額は増加して来るから、生活費全体としてはそれほど減額にはならないだろう。私の数度に渡る入院手術もアラカンあたりからである。

住居費も65歳時点で住宅ローンは払い終わっているという前提だが、我が家のように依然として残っている世帯もあるだろうし、修繕などにも少なからぬ費用が掛かって来る。まあ、死んでしまえばローン終了、それまでだけどね。(^^;)

リタイアしてヒマを持て余していれば趣味や旅行などにも興じたいだろうから、当然そこにもお金が要る。事実、我が家でもここ数年は定期的に温泉ドライブ旅行に行っているが、それもささやかながらも金銭的時間的余裕の為せるワザだ。もちろんそれなりの出費となるが、そこはスルーして見ないフリ。(^^;)

これはSNSにも上げているが、そもそも年金の「100年安心プラン」は年金の「制度設計=システム」の話であって、「支給額」の多寡の話ではない。なのに詐欺だ何だと野党や一部マスコミはあげつらって騒ぐが、お門違いも甚だしい。意図的にミスリードするんじゃないっての‼️

・・・・・・・

老後資金や年金問題が話題に上がるたびに、生活とは詰まるところ「お金の問題」であり、資本は我が身なのだとしみじみ思う。老後、不自由な身体でただ息をしているだけでは生きているとは呼べない。いわゆる「健康寿命」でどこまで生き長らえるのか。それが叶わない場合には自ら人生を自らの判断で終えられる選択肢、いわゆる「安楽死」の議論もある。

超高齢化社会が目の前に迫っている今、これからの高齢者はひとたび認知症を発症したり脳血管障害などを発症して身体を壊しお金もなく病院に断られ施設にも断られ、少子化で頼る家族もないとなれば、その行く末には生活保護に孤独死が待っているというのだろうか。それじゃ一人の人間の死にざまとして余りに寂し過ぎるというモンだろう。

数年前まで自分は多分70歳前に早死にするだろうなという漠然としたイメージを持っていたが、何回かの闘病を経て落ち着いた今は、逆に意外としぶとく生き続けるのかもしれないなどと何とも恐ろしい予感が頭をよぎるようになった。

生活維持の面も含めて長生きに脅威を感じてしまうなんて、この世はいたずらに長く生きてはいけないのかもしれない。如何に生きるかを考えるよりも如何に死ぬかを考えなくてはならないのは世知辛いばかりだが、ならばジタバタせずにアッサリ逝く事が本人にも家族にも幸せな事なのだろう。私の理想は、前夜にドンチャン騒ぎをして次の日の朝死んでいたというシナリオで、これは昔も今も変わらない。





還暦過ぎてアリス初参戦!

🎵九段下の駅を降りて 坂道を〜
🎵屋根の上に光る玉ねぎ〜

武道館の屋根のギボシを見るとついこの歌を口ずさんでしまう。

梅雨入りした東京、あいにくの蒸し蒸し雨模様だったが、一歩一歩会場に近づくにつれ気持ちがフツフツと燃え始める。これがコンサートの魔法なのかもしれない。

開場までにはまだ数十分あるのが、すでに公式グッズ売り場のテントには人々が群れていた。その先の入口付近には降ったり止んだりの雨を避けるように開場を待つ人々が建物の下に群れていた。

いやぁ〜、それにしても周りを見渡す限り、観客の年齢層は私よりも確実に高い。友人を介して私が彼らを知ったのは1973〜4年頃、彼らの自作ではない「青春時代」を歌っていた頃だった。その後、カバー曲「今はもうだれも」で一躍注目され、深夜放送「セイ! ヤング」の谷村新司のDJを聴きながらファンとなっていった。だからかれこれ45年以上のファン歴なのである。

そんな私よりもここに来ているファンが高齢という事は、あの時代の彼らをほぼ同年代で知ったという事なのかもしれないが、正直言ってこの光景はまるでどこぞの演歌コンサートみたいな風情だった。

🎵養老院サンバ〜! ←分かる人しか分からないだろーな (^^)

・・・・・・・

私のシートは南西スタンド。ステージを少し上から俯瞰する高さだが、正面からややベーヤン側の非常に見やすい位置だった。隣の南エリアはどうやらスポンサー企業などの招待席の模様。なぜか場違いな背広姿の年配者ばかりが開演直前にゾロゾロと。

そしていよいよ開演のブザーが鳴った。

オープニングは「LIBRA」と「BURAI」。先日のNHK「SONGS」でも驚かされた、70歳にしては十分過ぎるほどの声量がスピーカーから轟く。でもこの2曲はまだ前菜に過ぎない。

メインはいきなり来る‼️

「今はもうだれも」「冬の稲妻」「ジョニーの子守唄」「君のひとみは10000ボルト」「涙の誓い」「夢去りし街角」と、この全ての曲のフルコーラスを覚えている私には、実に素晴らしい生アリスの生カラオケタイムだった。スピーカーのボリュームが大きいので、声を振り絞っても周りの迷惑にはならないのをいい事に思い切りシャウト‼️ シャウトしながらいつしか涙ウルウル。確実に魂が揺さぶられている。

「愛の光」「知らない街で」「走っておいで恋人よ」まで生カラオケタイムは続く。思えば、予習弾き語りを昨夜やったとはいえ今日のセトリの8割以上の曲のフルコーラスを覚えていたのは我ながら大したモンだったな。

あ、そうそう、これも定番の「終止符」とチンペイコーナーでの「それぞれの秋」ソロバージョンもしっとりと聴かせてくれたわ。

今回はアリスコンサート恒例のキンちゃんコーナーだけでなく、それぞれのメンバーにもコーナーがあり、しっかり時間を割いていた。さすがに齢70を迎えた彼らもよく考えている。演奏なしの3人のコーラスタイムなども適宜織り交ぜ、所々で上手く一服タイムを確保していたようだ。ま、それも止むなし。

そして新曲「限りなき挑戦」から「エスピオナージ」「狂った果実」までロック調で続き、「帰らざる日々」でムードを変えていよいよド定番「遠くで汽笛を聞きながら」でフィナーレ‼️

当然これで終わるわけはない。

アンコールは「チャンピオン」に「さらば青春の時」でいよいよフィニッシュ‼️ そして3人退場。

待て待て待て〜‼️ 肝心のあの曲がまだだろ〜‼️

というファンの思いもあって再度のアンコール。ここで彼らのパターンをよく知らずに帰りかけた俄かファン達も慌てて足を止めていた。

最後の曲は「明日への讃歌」‼️

そーだ、これだろ〜、これしかないだろ〜‼️

・・・・・・・

というワケで大満足のコンサートが幕を閉じた。今まではテレビかDVDが一番の特等席だからわざわざコンサートに出向かなくても十分だとうそぶいていたが、今日改めてライブの臨場感とアーティストとの一体感こそコンサートの醍醐味なんだと再認識した。帰宅して日付変更線を超えた今も興奮冷めやらず。

思えば45年前の10代に知ったアリスを還暦過ぎになって初めて生で観られたのは何かの縁だと言えるのかもしれない。若い頃はコンサートに行く機会もなかなか得られなかったし、あの頃の彼らの歌をこの歳になって聴き直しみて感じる事もある。

年月を経ても第一線の現役で活躍しているアーティストは声の衰えを感じさせない。そしてその歌声は誰にも似ていない独自の武器。そして類稀なる才能から紡がれる歌は広い層に支持され長く歌われ名曲と呼ばれる。

吉田拓郎、南こうせつ、さだまさし、松山千春、桑田佳祐、小田和正、矢沢永吉… しかり。

・・・・・・・

そういえば先日、こんな事があった。

勤務先の店で一日中流れている有線は「最新ヒット」らしきチャンネルで、そのどれもが誰のどんな歌かは私には皆目分からない。それが何度も何度も流れて嫌でも耳タコとなり、やがて曲名とアーティストの名前がどこからか知らされるという繰り返しだった。米津玄師すらそうだった。

ところがある朝、そのチャンネルから聞き覚えのある声が流れて来た。

いやまさか、若いアーティストばかりのこのチャンネルに取り上げられるはずはない。しかもこれは初めて聞く曲だ。でも何度耳を凝らしても彼の声としか思えない。

そして確信した。

これは紛れもなく谷村新司の声で、恐らく今度のツアーのためのアリスの新曲に違いないと。嬉しい驚きで店のスタッフに言ったものの、当然誰もピンと来ないどころかまるで知らなかった。嗚呼ジェネレーションギャップ極まれり。

・・・・・・・

今回はひょんな事から早目にネットに申し込んでまあまあの席をゲット出来た。アリス後期の曲から聴き始めたカミさんもコンサートには満足したようで、良いチケットだったと感謝された。

アーティストの楽曲はCDやDVDという記憶媒体に記録されてはいるが、やはりアーティストとファンは人と人の繋がりなのだ。それが実感できるのがコンサートなんだ、と。

そして青春時代を共に過ごしたアーティスト達が現役バリバリのうちにコンサートに行っておこうと決めたのだった。あの日の気持ちに帰るために。

帰れるんだ、これで、帰れるんだ〜‼️
ライラ・ライラ・ライラライ・・・





騙し騙しでリフレッシュ

風薫る五月にしては大雨は降るわ真夏日になるわで、まるでどこの熱帯地方だと言わんばかりの気候が続いている。仕事の白衣も昨日からケーシー型の半袖に一足早い衣替えをしたところである。

時代は変わり「令和」が始まった。もちろんだからといって特段日常生活が変わったわけではないが、去年の痛みに苛まれた日々から約半年が過ぎ、ようやく落ち着いたと言える日常を迎えられるようになったのは本当に喜ばしい。

まだ完全に無痛状態とは言いがたいものの、長く続いた排尿後の疼痛もほぼ無くなり、定期検診の採尿でも実にキレイな尿だそうで、尿細胞診もclassⅢで推移している。これは採取した尿中に異型細胞が認められるが悪性と断定出来ないという判定で、主治医T先生曰く「BCGで膀胱をかなり痛めつけて来たからこういう判定もありますね。これだけで良し悪しは言えないし。総合判断だからこの後も尿細胞診と内視鏡検査のチェックはして行きましょう」

このまま騙し騙しでも構わないのでがん細胞との共生状態が続く事を願うばかりである。

とはいえ、未だに基本2〜3時間で尿意を覚えるし、夜間頻尿も午前4時前後に一度やって来る(これを私は午前4時の壁と呼んでいる)。昼間の尿意は仕事が忙しいとなぜかインターバルが延長し、気がつくと前回の排尿から4時間位過ぎている時もあり、あれだけ頻回だった尿意も今やそこまで正常に近づいて来たのかな、でもまだ痛めつけた膀胱は完全に正常には戻っちゃいないだろうから、まぁそんなモンだわなと捉えている。

・・・・・・・

自覚症状が安定しているスキにとばかりに、我が家恒例のストレス解消&リフレッシュ企画である温泉ドライブ旅行も順調に実施に移せている。

3月は千葉県南房総の小湊へ、今月は軽井沢経由で嬬恋村へと、去年はほとんど出掛けられなかった仇を取るかのように動いている。もはや病みつきとなり定番化した露天風呂付き客室はもちろん、行き帰りのランチも少しリッチな気分で選んでいる。今回は旧軽井沢の音羽の森ホテルのフレンチランチ。敢えてド定番の万平ホテルを外してみたが、これがまた大正解で、味もコスパも大満足! こりゃリピート確定だとほくそ笑んだ。

リピートと言えば、これまで露天風呂付き客室の温泉宿には20ヶ所近く行って来たが、温泉地のリピートはあったものの、そう言えば温泉宿のリピートはまだ無い。紹介サイトのユーザーレビューには何度もリピートしましたなんて記載もあるが、その人はどういう理由でリピートしているのかが不思議だったりする。

昔、スキーなどで利用したお馴染みの旅館はスキー場へのアクセスや予約の取りやすさなどの利便性の面でリピートするというのは分かるが、固定の場所へ行くのが目的ではなく、車であれこれ自由に動く前提であれば話は別だろう。

私などは、たとえ満足出来たとしても同じ宿に再度行くのなら、まだまだ良さげな未訪問の宿がいくらでもあるから、まずはそこを訪れてみたいと思うのである。そもそもそのエリアの観光スポットをあれこれ忙しく廻るよりも、宿に早目にチェックインして客室露天風呂でノンビリ過ごしたいと考えている。ま、そこは歳取ったせいかもしれないが。

今後も出来れば季節毎には温泉に出掛けたいとカミさんは言うが、それは意外に的を射ているのじゃないかと思う。すでにこの先、何が起きてもおかしくない年代に足を突っ込んでるし、先々に楽しみを作る事でともすれば単調になりがちな日常のモチベーションとするのは大事な作業である。

さて、このまま騙し騙しが続けられてるうちに、いよいよカミさんの親族がいる大分県の温泉巡り企画を真剣に考えてみようかな。




Number of Access
Since 25. Dec. 2001
Day by Day ・・・
My Profile

Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコースティックギターやウクレレを弾いて70年代フォークを弾き語ったりするのが大好きです。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2などの弦楽器に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きはコンパクト欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経て2010年から「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

某企業でプロフェッショナルな社内研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、2nd Stageは頼れる薬局のOYAJIを目指したいとDgSで張り切ってます。

2013年から膀胱がんサバイバーを継続してます。無病息災よりも一病息災くらいがちょうど良いのかもしれません。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

Recent Comments
データ取得中...
Search
Translation
PDF Exchanger

Weather Forecast

-天気予報コム- -FC2-