万全の体調で行けそうだ

2回目のBCG膀注療法後の極端な頻尿、排尿開始時の痛み、その後の膀胱収縮による痛みは、まるで2年ほど前の全8回終了後をなぞるかのように出現した。

だが今回はやはりオペ自体が軽目だったせいか、思わず唸ってしまうようなキツいレベルではなく、仕事にも深刻な影響を及ぼすまでには至らず、その期間も2週間経過した昨日にはほぼ収まった。前回の副作用が5ヶ月余り続いたのとは雲泥の差である。

で、本日の外来で主治医のT先生も、前回のように短期間でやり切るよりも適宜インターバルを取りつつやれば良いとのコメントで、来月上旬の大学のクラブ関連のお泊まりイベント後まで空ける事になった。

これでほぼ無症状の快適な日々が続くのだと思うと、束の間の嬉しさがこみ上げて来る。

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さて、その大学のクラブ関連のお泊まりイベントである。

昨年の2月、Facebookから約40年ぶりに再会した3名の先輩達。私が入部した時は4年生が男性1人、3年生が男女4名、2年生が男女7名ほどのこじんまりしたクラブだった。名前は「生化学研究部」、通称「生研」だった。ちなみに我々1年生が男女12名も入部したのは驚きだったろう。

名前からするとお堅い学術系クラブに見えるが、その実は飲んで歌って打つ娯楽系の雰囲気にあふれていた。それでも毎週2回行われた部内ゼミで先取り学習した生化学という学問に出会った事が、物理・数学が大嫌いで文化系を自認していた私を留年や卒延から救ってくれたのだから分からない。

そんな先輩のうち、当時の3年生の男性2名と2年生の男性1名と学生時代よろしくランチを食べて麻雀になだれ込んだのが昨年2月だった。

そして新潟県で薬局をしている当時たった一人の4年生の男性先輩(下宿によく泊めてもらった)と2泊3日でお泊まりするイベントが数年に一度行われていたらしく、今回私も参加を許されたという流れである。ただし私は3連休は難しいので、やむなく1泊2日コースで参加する。

全メンバーは既に還暦も過ぎて、とっくに人生の折り返し点を超えてしまったにも関わらず、会えばあの時にタイムマシーンのごとく瞬時にワープ出来るのはどの学生時代の同窓会も同じだ。

そのお楽しみのためにまずは持参予定のギターの選択。所有アコギの中からMartin D28Mは今のところ門外不出中なので除外、Fender CD-220CE All ZEBRANOかTaylor GSmini RWが有力だが、ポータビリティの面から後者のTaylorになるだろうな。

全体の汚れを落とし弦を張り替え、あの頃部室で聞いたLPレコードやギターを弾いたりして歌ったシンガーの楽譜(拓郎、かぐや姫、風は必須!)を詰め込んで、あの頃の空気を感じながら荷作りをする。

旅立つ前のこの辺りが実は一番ワクワクする時間でもある。

それにしても還暦過ぎたOYAJIが集まってドライブし、温泉に浸かり、酒飲んで麻雀(多分やるはず)、ギターで70年代の歌を歌うなんて機会は、ここまで時が流れて来るとなかなか難しいのではと思う。今回はそれだけ貴重な時間、思い切り楽しみたい。




三十三回忌!

11日にBCG膀注療法の2回目を行なった。先月の20日がスタートだったから、3週間のインターバルが取られた事になる。

初めてBCGをやった2年半前は週1回、全8回という教科書通りのスケジュールだった。しかしながら最終回終了後から地獄の膀胱痛の日々が始まり、セカンドTURによるダメージも重なって5ヶ月もの間苦痛に苛まれた。だからBCGはもう二度とやりたくはなかった。

だが主治医T先生は「今回は前回のようにキッチリやらなくてもいい」という方針だと聞いて少し安心した。1月に受けたTURによるダメージも早期だったゆえ軽かったので気持ちもだいぶ楽になった。

だが、そううまくはいかないのが生身の難しさ。

今回はこの2回目の時点で15分間隔の極端な頻尿に始まり、その後ほぼ1時間は保つようになったものの、少しでも膀胱に尿が溜まると疝痛が生じるようになった。それでも前回の立っても座っても歩いても針やキリで刺されるような断続痛に見舞われるというレベルではないのは大きな救いである。

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そんな中、昨日は母方の祖父母の三十三回忌で埼玉県深谷まで往復160Kmのドライブとなった。もちろん途中のPAでトイレ休憩を取りつつ。

祖父母は生前は蔵前の鳥越神社の近くでハンドバックの製造業をしていて何人もの職人を抱えた大所帯だった。加えて高度成長期の波もあって作れば作るほど利益になった時代を生きて来た。一時は袋物協会の会長や横綱吉葉山の後援会長も務めたほどだった。ある意味業界の名士だったのかもしれない。

その葬儀からもう33年も経つ。本当に時が経つのは早い。菩提寺の住職二代目による読経を聞きながら目を閉じれば、祖父母との思い出がいくつもいくつも浮かんでは消えていく。こうして故人を忘れないという事が何よりの供養だと思う。

それにしても齢80超えの三兄弟が親の三十三回忌の日に健在なのはある意味驚異だ。祖父が亡くなったのは享年86歳だったから、その子供もまだまだ行けるのかもしれないが、施主の叔父によればお墓はこれを区切りに畳んで都内の納骨堂施設に移すと言う。

いくら健在とはいえ、さすがに全員が五十回忌を迎えるのは難しいだろう。ましてやそれぞれ千葉や神奈川に住んでいるので、そうそうこの深谷へも来れない。都内の集合型納骨堂なら遥かに行きやすいので賢明な判断だと思う。

法事後の食事はいつもの鰻屋だったが、前回から6年経つ間に随分と味が劣化した気がした。この鰻重、焼いて冷蔵したものをチンしたかのようにただただフニャフニャ。ベトついた白飯と相俟って久しぶりに不味い鰻重を食した。思わず佐原の山田の絶品鰻重を思い出した。

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不味いと言えば、最近発売されたア●ヒの「クリアラテ」なる飲料。カフェラテ味の透明な液体なのだが、先日ウチのお店にもこれが納品された後、事もあろうに担当SVから「これは不味いので追加発注はせずに売り切りにすること」という極めて異例のLINEが届いたのである。

自店の新商品をそれほど蔑むのはどうなのかとスタッフが試飲してみたら、異口同音に「不味い!」と切り捨てたではないか。この時私は飲まなかった。もともと色彩も味のうちと思っているから、こんなヘンテコリンなものは推して知るべし。

サントリー「ヨーグリーナ」から始まった透明飲料だがなぜかヒットした。さらに紅茶味も出ていて好調なようだ。その二匹目のドジョウを狙ってのア●ヒの攻勢なのだろうが、最初からこんな評価だったらお先真っ暗じゃないの?

というワケで、私も法事へ行く途中のコンビニにあったので飲んでみた。もはや怖いもの見たさの心境だったけど。

「飲み残して氷で薄まったアイスコーヒー」が第一印象だった。コーヒー本来の香りも少なく、透明だからただの砂糖水に見えるのがまた何とも言えずマイナスイメージだ。CMやってる米倉涼子もチョイとマズったかもしれないな。

ア●ヒの上層部はよくぞこれでゴーサインを出したなと逆に感心した次第。

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今日は、ひと月前に狭いT字路で一時停止違反で飛び出して来たオバちゃん自転車を避けたはずみで側面を電柱に擦り付けてしまった愛車を修理に出す日である。

本当は中学の同級生のクルマ屋に出すはずが、彼の体調が思わしくないからかずっと放置されてしまったため、止む無く過去2回の車検で世話になっている所へ頼む事になった。

来月上旬に予定されている大学のクラブ関係のお泊りツーリングには間に合うようだが、当分車なしの生活になる。代車が黙って出てくるなんてのはお高いDラーは別にしてなかなか無いからね。





乗っ取られ

休日だったのでソファに寝転びながらボーッとテレビを観ていた。するとスマホが鳴った。

見ると名古屋のクルマ仲間のP子さん。訊けば、FBのメッセンジャーから変なメッセージが来ていると。なぜか電話番号とLINEの検証コードを教えてくれというものらしい。

そんな怪しいメッセージなんて、私の友人達は笑ってスルーするだろうと思い、せっかくだからと久しぶりに近況などを語り合っていた。

電話を切ってメッセンジャーを除くと、私から友人達に以下の文言が送信されているではないか!

「今、暇?」(原文まま)

相手が応えると、

「宜しくお願いします。携帯が壊れたから。ライン登録に数名の友達の検証が要るので、メッセージの確認をお願いできる?携帯番号を教えてもらえる?」(原文まま)

とおかしな日本語の文言が送られて、それにも答えると、さらに、

「四桁の検証コードをFacebook送信してくれ」(原文まま)

と来る。これだけで十二分に怪しいのだが、うっかり信じて教えてしまった何人かのLINEは乗っ取られ、今度はそこから、

「近くのコンビニでBitCash点数カードを数枚買ってくれないか」(原文まま)

という、メッセージとしてもかなり不遜な日本語がメッセンジャーとLINEの双方から送られていたのだった。

さすがにそこまで従う人はいなかったが、パスワードを変更するまでは乗っ取られ続けるので、いちいちその手間を掛けさせた事はたいへん申し訳ない。

慌てて、メッセンジャーを送った人に「乗っ取られたようです。スルーしてください」とメッセージを送り、FBのタイムラインにもその旨を投稿した。

結局、全ての友人のうちメッセージが送られた約100人にそこまでの操作を完了するまで2時間以上掛かり、なんて休日だ! となったのだった。

これまで乗っ取られたと思しき友人からレイバンの安売り案内やプリペイドカードを買って来てなどのメッセージを受けた事はあっても、自分が乗っ取られて震源地となったのは初めてだった。

乗っ取ったヤツの目的は、コンビニでナンチャラカードを買わせてその暗証コードを入手する事のようだ。さすがにそこまでの達成率は極めて低いだろうが、乗っ取られた後処理が面倒くさいのはかなわんわ。

まあ、これでアプリを問わず同じパスワードとなっているなんて事はますます回避され、再び乗っ取られる可能性は極めて低くなったと思う。

今回のドタバタ劇については多分に不可抗力の部分はあったにせよ、友人達に要らぬ迷惑をお掛けした事に深くお詫びを申し上げる次第です。





三月記

ウッカリしてたらもう3月も過ぎていた。3月は仕事もプライベートもいろいろあったので、遅ればせながら記録しておこうと思う。

プライベートではやはり体調。相変わらず術後の合併症である膀胱刺激症状による排尿開始時の強い痛みは継続中。ほとほと自分の身体が自分でイヤになる。いったいいつになったら元に戻るのか。

それでもまあ、今回は排尿時の痛みの他は過去に味わわされたキツい針刺し痛は無く、せいぜいシクシクと来る程度なのは幸いだが、そのためにBCG膀注療法はまだスタート出来ていない。スタートしたらしたで、どうせまたキツい膀胱炎を生じるのだろうから、それはそれで地獄のスタートでもあるわけだけど。

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30日はカミさんの誕生日で4月1日は結婚記念日である。わざわざエイプリルフールを選んだのは誕生日直後で覚えやすい日付けだという事と後で揉めた時に「あれは冗談だったんだよ」と言い訳出来るためである。

彼女の誕生日は私もたまたま公休日だったので、お気に入りの天ぷら店で初めて一番高いコース(と言っても@1諭吉)を予約した。彼女はワインのハーフボトル、私はノンアルビールがせいぜいだから料理代プラスアルファは微々たるものなのはいつもながら安心材料である。

才巻き、鮑、白魚などなど天ぷらが9品、間に和食系の小料理が3品、シメに土鍋で炊いた蟹飯、デザート2品と来れば、さすがに腹一杯。正直、この歳になってここまでのボリュームはtoo muchだな。もちろん味は文句なしに美味だった。

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昨年9月から広島の本社研修を受けていた二男が帰って来た。

広島では、会社から徒歩2分の家具付きの部屋が3万5千円と東京では信じられない位リーズナブル。広島という街も会社の雰囲気も気に入ったようで、なかなか楽しい日々を過ごしていたようである。

彼が特に驚いたのがマツダスタジアムの熱気だと。まるで球場全体がカープファン一色の如く揺れていたそうだ。フランチャイズの熱がこんなにダイレクトに表現されているのを初めて見たと。さすが我がカープの地元。食べ物といい、事ほど左様に広島はいい街なんだから、いっそそのままいれば良かろうに。

だが予定より半年早く、入社時から言われていた東京進出のための要員として帰され、いよいよ正規配属メンバーの一員となったのだった。初出勤先は直接クライアントの会社で、そこは藤原竜也のCMでおなじみのあのIT関連会社だそうだ。

まあ、ここからが本当のスタートなので、せいぜい頑張ってくれ。

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仕事では、いい結果が出た月だった。

推売コンクールとなっているアレ●ラのプライベートブランド品(PB品)の売上げが、今月中旬に遂に西地区第1位(全店でも第2位)となった。

医薬品売場やレジでアレ●ラを手にしたお客さんに「こちらのお薬はアレ●ラと主成分が同じで、CMをしてないから一錠あたり20円も安いですよ。これ一箱でひと月持ちますよ」とスイッチする作戦が功を奏し、今シーズン通算300箱近くを売り上げた。

同じPB品の現物をレジ前にも展開して、売場で見逃したアレ●ラを手にしたお客さんにレジスタッフが声掛けをするという連携作戦が、まさに勝利の方程式だったと実感した。

そのせいもあって、タマ数が足りなくなって欠品のピンチに陥った事態が勃発し、今月二度ほど古巣のお店に頼んで回してもらったりもした。古巣のお店は人手不足もあってPB品の売上げは芳しくなく、ウチとは逆に棚に山積みになっていたのは残念な光景だった。

この仕事に転じた最大の理由は、製薬メーカーの営業や研修トレーナーで培った知識を、立場上当時は叶わなかったエンドユーザーである患者さんのために直接活かしたいという思いだけだった。だからかつての仕事で意識し続けていた売上げなどの業績や会社からの評価だのは今や関心が無かった。

ただ、お店で扱っているOTC医薬品を武器として、ある意味医師的な立場となって相談に来るお客さんに有益な治療提案をするという日々に喜びを感じているのである。

そんな中で、医薬品の処方の優劣のみならず、コスト面でもお客さんのメリットとなるものがあれば推奨販売をするのは当然の事で、今回はアレ●ラのPB品がそれに該当したのだった。会社の方針とも一致していたし。

花粉が飛び始めた2月こそ第4位あたりをキープしていたが、H店長の指示のもと、売場とレジの二方面作戦で着々とスイッチが進行し、その成果が3月中旬に身を結んだ第1位獲得だった。私はその実績表に感謝の言葉を添えて休憩室に張り出したが、数字的な結果よりも、むしろコスト面のメリットを享受したお客さんがその数だけ出来たという事に満足感を覚えたのだった。

この勝利の方程式が確立すれば、来年の花粉症シーズンも期待できるし、花粉症のみならず風邪薬など他のPB品のコンクールでもきっと良い結果を残せるに違いない。

やはりチームワークは個人技を凌駕するという事である。





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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコギとウクレレを弾いて昭和を歌ったり、カラオケでも昭和を歌ったりしてます。最近は40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2に囲まれて幸せです。

もうひとつの大好きは欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経てゲルマン製装甲車のような「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

それをキッカケにBMWオーナーズクラブの「Club BMW 1(CB1)」「BMWメタボ白髪連合会」などのメンバーにもなりました。

某企業のプロフェッショナルな研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、ステージを替えて今後は頼れる薬局のOYAJIを目指したいと思います。

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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