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オペ可能です

今日は肝予備能(ICG)と肝シンチと造影CTの3本立て検査を受けに行った。

受付を済ませ、例によって人間牧場のようにズラッと並んだ採血ブースで1回目の採血。次に外来処置室にて試薬を静注し、リクライニングチェアで15分待って再び採血。都合3回の注射は痛みこそなかったが、注射嫌いの私には苦行だった。

処置室で試薬を静注したのは若手の医者(研修医?)で、その手技もおぼつかない様子で隣のナースに指示を受けながらどうやらこなした感じだった。もっとも、昔のように口やかましく若手医師に指示するナースではなくなったけど、ま、若手なんてのはこんなモンで、こうやって経験を積んで行くんだろうなと微笑ましく見ていた。

続いて前回同様に外来の呼び出しを待っていたが、これまた前回同様に待てども次の検査の時間が迫っても呼ばれない。前回はそれでもムダに待っていたが、今回は受付に申し出て検査を先にした。やはり積極的に動くべきなのだ。

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核医学検査室にて肝シンチ。本日4回目の静注だわ。検査機械は手前に平べったい板と奥にCTみたいなトンネルがあり、さすが大学病院、ついでにCTも撮れちゃうのかと期待したけど、結局造影CTは別だった。

主治医K先生の説明によれば、ICGの結果からオペは可能だと。予定では来年1月の4日〜22日あたりまでの実施となるようだ。どうせなら早めにしてもらおう。

オペ可能との判定なのでこの後、肝血管の走りを把握するための造影CTを撮って終了となるのだが、何と本日5回目の注射が待っている。打たれた造影剤は今までの中で一番身体があったかくなった。大盛りだったのかな?

いやぁ、今日の午前中に色素、RI、造影剤と続け様に注入されたが素朴なギモン、果たして肝臓に悪影響はなかったのか。まあ、現代医学の進歩で安全な試薬が開発されてるのだろという事にしておこう。(^^;)

会計は2諭吉強。今までの外来診療料で一番高い支払いだったわ。

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今日に先立って先週の土曜日に膀胱の方の主治医T先生を受診。前回の尿細胞診の結果がclassⅣと出た。

あれ❓「原発がんは2ヶ所で暴れない」という私の理論は間違っていたのかな。

とはいえ、当然今の肝がん治療を優先させるため、オペ後の回復を待っての再受診となった。オペは来年1月と予想されるので、受診は2月頃になるだろう。その頃にはまた以前のようにclassが下がっているかもしれない。

いろいろ賑やかだが、そうやって人は死に近付いて行くんだなとボンヤリ思ったりして。





治療プロセスが見えて来た

先月撮った肝エコーと造影MRIの結果を訊きに外来へ。

まずは初診時と同じ消化器内科。MRIに写った腫瘍を測定したらおよそ2.5cmだったと‼️

あれ❓ 10月のドックの時は1.5cmだったはず。こんな短期間に成長したのか❓ 「超音波画像は境界が不鮮明なので誤差が大きい」と担当医師。

「発生部位が肝表面なので、ナノナイフなどの穿刺療法では出血リスクが大きいから切除手術になります」とは次に受診した消化器外科の教授先生。おそらくラパロ(腹腔鏡)手術となるでしょうと。

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その次は准教授先生の外来に回ったはずが、なぜか私の番号が表示から外れた。いよいよ大学病院の長待ちが始まったかと待ってても再表示されない。田舎の食堂じゃあるまいし、まさか忘れてるなんて事はあるまいと更に待つこと2時間。我慢できずにカミさんが受付に申し出ると慌てて別の先生の診察室へ。おいおい、やっぱ忘れられた存在になってたのか❓

結果的にその先生がオペまでの担当医となった。肝硬変の影響もあるので肝予備能の検査の予約をして、今日はそのまま心電図と胸部X線を撮って終了。

手術入院の必要日数を訊いたら、2週間程度だと。その後の自宅療養を含めたら1ヶ月程度の休職を余儀なくされそうだ。手術は来年1月あたりが予想されるが、またまたお客さんやスタッフ達に迷惑を掛ける事になるのは忍びない。

まあ、腫瘍マーカーも高値を示していたので悪性は明白だったため、短期とはいえ入院しなければならないと心配した肝生検をスキップ出来たのにはホッとしたけど。

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それにしても膀胱がんといい、製薬会社勤務時代に研修などで散々喋って来た事が次々に我が身に降りかかって来るのはどういう巡り合わせなのだろうか。

もちろん肝臓や膀胱の疾患治療薬を扱っていたのだから当然と言えば当然だが、実際に治療プロセスを経験するとあの時喋っていた事柄に如実に実感が加わる。ああ、患者はこういう気持ちを持ってこういう侵襲に耐えながら治療に臨んでいたのかと。

今、もし同じ内容を喋らせてもらえたら、もっともっとリアルな話が出来るだろうなと苦笑しつつ、リアルに治療に挑みましょうか。




やっぱりいたんだなぁ

今の店舗に移って間もなく、アラフィフの女性スタッフと一緒に昼食休憩に入った。彼女は新参者の私に気を遣ってくれたのかもしれないが、昼食を食べながら色々と話しかけてくれた。

それによると、彼女は独身でこのDgSにパートとして採用された後に契約社員として登用されたと。しかしながら現在この会社で正社員に必須とされている登録販売者(登販)の試験には何度かトライするものの合格出来ていないと。今年はコロナ禍で試験会場が遠くなったので受験は見送ったとも。

それを聞いて私は、この業界で社員スタッフとしてやって行くには登販の資格は重宝されるので取っておいた方が有利ですよとは言っておいた。

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この店舗には登録販売者の資格を有した、いわゆる有資格者が店長と親会社から出向した社員の2名いる。彼女は無資格だが鍵持ちで、店長不在日などのワークスケジュール(ワースケ)の作成もしている。各スタッフのその日の業務分担時間割り表である。

さらにこの店舗のローカルルールに応援レジの割振りがある。レジは3箇所にあり、パートやバイトスタッフには1時間交代のレジ専任があり、その他にブザー2回で駆けつける優先応援レジと4回で駆けつける第2応援レジがワースケ上に振り分けられている。

私が今まで勤務していた店舗では、応援レジはブザーが鳴ればその時に手の空いた者が自発的に駆けつけるという性善説ルールだった。だからこの強制的な応援レジの割振りには違和感を覚えたが、任意に駆けつけるとなると来ないスタッフも出て公平性に欠けるからこうなったと聞いて、ま、性悪説に則ればそれも仕方なかろうと受け入れた。

それでも薬剤師が応援レジを義務化された経験が無かったので、最初の頃は自分がどの時間帯で優先か第2応援かがよく分からず、スタッフから指摘されたものだった。

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今は季節が春夏から秋冬に移り、DgSも棚替えの時期になった。私の担当の医薬品だけでも10を優に超えるジャンルに分かれていて、そこを棚落ち品と新製品を入れ替えつつ全体をその時期にあった配置や装飾に替えるという作業を行なう必要があった。

棚の衣替えのようなものであるが、これが結構な時間を要するので、大幅な変動の生じる季節プロモーション棚や風邪薬棚など大きなジャンルの棚替えの際は、予め申告して応援レジの振り分けを極力軽くしてもらわないと、作業途中にいちいち呼ばれてどうにもならなくなる。

それでも私は事前申告したのは2回で、その他の棚替えは接客と応援レジの合間に少しずつ進めるようにした。基本的に人が足りない現状で、棚替えと言いながら治外法権に身を置くのも気が引けたし、棚によってはそこまで大幅な変動があるわけではなかったから。

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そんなある時、何気にここ10日間のワースケ表を見返してみてビックリ‼️

そこには件のアラフィフ女性社員が彼女の直近6回の勤務日全てに棚替えと記入して応援レジの割振りをほぼ無しにしていたのだ。彼女の担当は化粧品だけなのに、なぜこんなに多くの日数を棚替えとして割く必要があるのか❓ しかもここ数日を振り返っても彼女が懸命に棚替え作業をしていた光景は無かった。他のスタッフの話でも、彼女は何をしているのかよく分からない様子だったという。

ただでさえこの店舗では店長や社員の応援レジの割振りは少なく、特に優先応援レジの時間帯がほとんど割り振られていなかった。その理由として、トラブル対応があった際にいつでも駆けつけられるようフリーにしているというのが思い浮かぶが、そんなものはレジをやっていたって十分対応可能だ。単にそれを隠れ蓑にして楽しているだけとすら思われる。

また、私のワースケも優先応援レジや第2優先応援レジがいつの間にか全体の5割前後に割り振られるようになった。開店時から5時間連続どちらかが割り振られていた日もあった。どうやら彼女には、医薬品に関する接客を通じて推奨販売や優良顧客の創造を推進するという薬剤師の仕事をさほど重要視していないようにも窺われた。薬剤師と言えど応援レジをやって当然のスタッフの一員に過ぎないという認識なのかもしれない。

私は終業1時間前の時間帯だけは割り振りをしないで欲しいと要望はした。出社時は朝礼や開店準備があるから余裕を持って出る代わりに退社時はとっとと帰る主義の私、ヘタするとレジ混雑で定刻に帰れなくなる恐れがあるからね。

そもそも社員(正確には店長と彼女)が応援レジにほとんどタッチしない事が普通になっている店舗なんて初めてだし、薬剤師にここまで応援レジを課す店舗も自分の経験上では初めてである。おかげで接客時間はもちろんのこと、PB品や推売品へスイッチも販売コンクールへの活動時間も大幅に制限されてしまっている。なので結果は推して知るべし。

まがりなりにも他のスタッフより高い給料を貰っている薬剤師の業務はこれでいいのか❓

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それを確信させられた一件があった。

私の公休日に出勤するパート薬剤師のU先生がいる。私の検査日の都合で、その先生と勤務日を入れ替えた昨日、ワースケを見たらU先生は勤務時間の実に9割が応援レジに割り振られているではないか‼️

彼女はU先生と私が交代した事を店長から聞いていなかったようで(こんな報連相すら機能していないおかしな組織なのだが)、私の勤務日と知った途端、言うことを聞くU先生と違う私から文句を言われないよう慌てて5割ほどに削減したワースケを作り直したのは何とも分かりやすかったな(^^)

その旨をU先生にLINEしたら、やはりU先生も他のスタッフへの言動や接客サービスなども含めて彼女に対しては苦々しく思っていて、他のスタッフと同じ思いをしていたと知った。困った社員だと。

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彼女は規則最優先という考えの持ち主で、夏の盛りのエアコンも社内基準では暑過ぎるとスタッフが下げても元に戻すし、有線BGMもチャンネル変更を許さない。納品日に使うゴミ袋も使いやすい大型からすぐ満杯になる家庭用サイズに変えちゃうし。異を唱えると、途端に会社の指示だと言ったり、店長に言って判断して貰えと振っちゃうし。規則に固執する前に何を優先すべきか、どうすれば快適な職場になるかを、たまには自分の頭で状況判断してみなさいな(^^)

最近気が付いたが、薬剤師と登販のみが記入する医薬品管理帳簿に、無資格にも関わらずなぜか研修と書いて自ら記入していた。しかも遂行業務に医薬品相談まで含めて。これは明らかに違法行為で、その記録になるから記入を止めようとしたが、前店勤務の時から記入するよう言われていたから書いていると言う。店長にも言ったが未だ続けているから私も店長もナメられてるのか❓

仕方がないので、着任日前後の特記欄に「この記載内容は本人の誤認識による記載であって、業務遂行も含め管理薬剤師の指示ではない」旨を付記しておいた。これで何かの調査が入って問題が生じたら彼女と店長と会社の責任問題となるだけ。もはや知ったこっちゃない。

彼女の事を頭が固いと評するスタッフもいるが、私に言わせりゃ固いのではなく単にウマシカなんじゃないかと(^^)

ネットでも迷惑お局様の話が挙がるが、今まではホントにそんな人がいるのかと半信半疑だったが、今はしっかり目の前にいるから話はホントだったんだなと痛感している。

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人生のセカンドステージにいる私にとって、仕事へのスタンスはあくまでお客さんの役に立つという初志貫徹のみで、会社の未来やら人事評価やら、ましてやスタッフの育成なんて興味もないし、するつもりもない。ただし、我が身に降りかかる火の粉はキッチリ払い除ける。今回の一連の件で、いよいよ導火線に火を付けようかという場面にまで来ていた。

ところがある時、来月から中途社員一人がウチの店舗に配属される通知が社内メールで届いたのだ。そうなるとウチの店舗に正社員と契約社員が私を含めて5名にもなる。ウチの規模の店舗でそんな人員配置はあり得ないから、これは誰かが動くとすぐにピンと来た。

それは出向社員か彼女かだろう。聞いた噂ではウチの店舗規模では無資格の彼女の拠り所である美容アドバイザー(BA)も要らないという話も挙がっているようだ。出向社員もその仕事ぶりには他のスタッフから批判もあるが、大人しいだけ人畜無害で彼女のような不快感は抱かれない存在だという。

さて、ここは導火線に火をつけるのはしばらく保留にして、月末の異動通知でも待つとしましょうか(^^)




いよいよプロローグ

紹介状と画像CDを持って大学病院へ。

受付開始時間を目指して早めに家を出たものの、電車で一駅なのでわずか15分で到着。新装開店の施設はさすがにキレイだ。玄関フロアには新装大学病院お約束の広い吹抜けや大型エスカレーター、カフェ、コンビニも備え、まさにシティホテルのロビーのような佇まいだ。

それでも初診受付には既に20人くらい座っていた。数十年昔、営業で大学大病院を回っていた頃は、患者たちは早々と病院に来て我先にと順番を取るためにごった返していた。今はその時代に比べてよほど整然としている。

8時の受付開始後15分で呼ばれ、さらに15分後に作成されたカルテや診察券を持って診療科へ。

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消化器内科外来受付で問診票を記入して自分で血圧を測り、初診用診察室の前で待機。この時の初診患者は10人くらいか。

程なくして呼ばれて診察に入ったら、そこには「初診は教授先生が診る」という昔の風景はどこにもなく、若手の先生が一人いるだけ。看護師すらいない。

問診票に基づいて既往の概要を話し、造影MRI検査とその後の外来の予約をして採血室へ。検査受付は自動販売機で券を受け、2分後に呼ばれた採血室の中は何と12ものブースがあって次から次へと作業が進んで行く。まるでオートメーションか人間牧場かという眺め。

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そんなこんなで受付から会計終了までたったの1時間半足らず。新型コロナの影響もあるとは思うが、大学病院の受診は一日掛かりなんて話はどこへやら。ヘタな中小病院や開業医の方がよっぽど時間を要するかもしれない。これなら仕事前にも通院可能だわ。いやあ、時代の進化ってのは凄まじいね。

ともあれこれで肝がん治療ドラマのプロローグとなった。これからどんな検査をして、どんな治療が選択されるストーリーが待っているか。さまざまな期待や不安を抱えつつここに通う事になる。





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Chaie<チャイ>

Author:Chaie<チャイ>
最初のWebsite開設は2001年のクリスマスのことでした。その後、紆余曲折を経てこのBlogへ引越して今に至ります。これからも日々の記録とさまざまなテーマについての意見や感想などを屁理屈コラム日記風に綴りたいと思ってます。

生まれも育ちも東京の下町です。東京タワーやチキンラーメンと同い年なので結構生きてますが、せめて精神年齢くらいは若いつもりでいたいなと。

自称「日本酒のソムリエ」のつもりでしたが、検査値との闘いの末に禁酒に踏み切り、それ以来かなり普通の生活を送ってます。

下手なアコースティックギターやウクレレを弾いて70年代フォークを弾き語ったりするのが大好きです。遂に40年来の憧れだったMartin D-28Mと80年代製のKamaka HF2などの弦楽器に囲まれる生活となって幸せです(^^)

もうひとつの大好きはコンパクト欧州車! プジョー乗りのサークル「POOB(プジョー太平洋OYAJIベルト)」の関東地区元締めなるものをやってます。

実は、足掛け10年乗って来た愛車「プジョー206XS」のミッショントラブルにより箱換えを余儀なくされ、ここでも紆余曲折を経て2010年から「BMW120iCoupe」を新たな愛車としました。

そしてさらに10年経って取り巻く環境も変化し、4枚ドアとペーパー息子のために安全装置付きのクルマの必要性が。偶然出会った「MAZDA3 FB 20S Burg-S PMG with SIG-S」を2020年から愛車に迎えました。

現役時代は某企業でプロフェッショナルな社内研修職人を目指して定期的に全国を飛び回ってましたが、2nd Stageは頼れる薬局のOYAJIを目指したいとDgSで張り切ってます。

2013年から膀胱がんサバイバーを継続してます。無病息災よりも一病息災くらいがちょうど良いのかもしれません。

とか言ってたら、2020年に肝がん発生。予防接種からのHBV感染〜暴飲暴食からの脂肪肝〜部分的な肝硬変と来ていたので特に驚きませんでした。最期は肝臓だなと覚悟も決めてたし(^^;)

愛と情熱を持ってはっきりモノが言える「熱きガンコジジイ」になりたい!

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